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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
13章 深淵の誘い

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再会祝いのちらし寿司

ご長寿連載再開です。

いつものように月・水・金のお昼更新ですのでよろしくお願いします。



 閉門直前にその馬車はあらわれた。

 街門に到着した黒塗りの箱馬車に窓はなく、人ならば十人は軽く乗れそうな大きさだというのに、それを引くのはたった一頭の栗毛の馬。いかにも怪しんでくれと言わんがばかりだ。

 馬車を降りた大剣の筋肉男とフードを深く被った細身の人物が、門兵にパーティー証とそれぞれの身分証を手渡す。御者台の色男は冒険者証を投げて寄こした。


「被り物を外して顔を見せ……」


 何枚かの手配書の似顔絵を思い浮かべながら、細身が顔を出すのを待っていた門兵は、色白で黒髪の、見蕩れるほどの美貌があらわれて言葉を失った。


「もうよろしいですか?」

「あ、ああ、問題ない」


 身分証は魔法使いギルドのものだ。筋肉と色男の身分証にも不審な点はない。門兵は再びフードで隠された美貌を惜しみながら、目的をたずねた


「冒険者パーティー、ホウレンソウ。コウメイ、アキラ、シュウの三名だな。どういった理由でダッタザートに?」

「武術大会です」

「申し込み、まだはじまってねーよな?」


 ちょうど明日から受付が開始されると教えると、大剣の男が握った拳を空に突き出して大声をあげた。


「よっしゃー、今回はヨユーだ」


 その大げさなほどの喜びようから、この男は昨年受付期間に間に合わず涙をのんだのだろうと理解した。武術大会参加申し込みの最終日は、遠方からやってくる冒険者が閉門ギリギリに飛び込んでくることも多い。街の規則なので鐘が鳴り終われば容赦なく門は閉められる。昨年閉門当番だった同僚からは、街に入れろと扉を叩き怒号を浴びせられたと聞いている。この大剣男もその中にいたのだろうか。


「馬車の中も検めさせてもらうぞ」

「積み荷の証明はこちらにありますよ」

「リアグレンの農業ギルドか」


 黒髪の美丈夫から渡された書き付けには、穀物の樽が十と書かれていた。御者台の背にある入り口から中をのぞき込むと、窓はないが屋根の一部が開いており、薄暗いなかに記録にある農業ギルドの紋章入りの樽が見えた。


「これだけ重い荷を、たった一頭で引いてきたのか」

「ゆっくりだったし、この馬は特別に優れてるんだ、なぁ?」


 酷使する馬主の非道を注意してやらねばと意気込む門兵に、黒目の色男は馬に問いかける。それに答えて艶のある黒尾が嬉しげに動いた。疲れているようには見えないと門兵は安心する。

 一人の門兵が積み荷を検分している間に、もう一人の門兵事務官が手配書の確認を終えた。合図を確かめた門兵は馬車税を徴収して三人に通過の許可を出す。


「武術大会、ガンバレよ」

「おー、ありがとうなー。俺に賭けろよ、儲けさせてやるぜー」


 これから申込期間終了日まで、ダッタザートにはこういった自信満々の冒険者が多く集まってくる。過剰なほどの自信はときに面倒を引き起こすものだ。しばらくは街兵が忙しくなりそうだと、門兵は苦笑いで彼らを通過させた。


   +++


「なんとか誤魔化せたか」

「馬車の中を確かめさせろと言われたときは駄目かと思ったぜ」

「農業ギルドの刻印ってすげー効果あるんだなー」


 シュウは素早く馬車に飛び乗り、開いた屋根から内部をのぞき込む。積み上げた樽の真ん中に、甲冑が膝を抱えるようにして小さくなっている。シュウに気づいて、もういいのか? と問うように首を傾げた。


「アキラが動けって言うまでそのままにしてろよー」


 シュウの言葉に、甲冑は頭部を脚の間に隠すようにして身を縮めた。アマイモ三号と喧嘩をしているときとは別鎧のように素直で大人しい。

 ガタゴトと大通りを進んだ馬車は、小さな看板の宿屋の前で止まった。あたりは灯りなしでは足下も危ういほど暗くなっている。ひっそりと宿に入るにはちょうど良いタイミングだ。


「おかえりなさい、待っていました」

「お兄ちゃん、お帰りなさい。コウメイさんとシュウさんも。お風呂湧いてます、ゆっくり温まってくださいね」


 三人の到着を今か今かと待ち構えていた宿主とその妻は、アキラが扉を開ける前に玄関先に出て彼らを招き入れる。

 灯りのともるあたたかなロビーでフードを脱いだ兄を見て、サツキは言いつけを守った子どもに向けるような満足げな表情で兄を見あげた。


「ちゃんと変装してきたのね」

「苦労したんだぞ」


 重く厚いマントを脱ぎながら、アキラは少しばかり顔をしかめた。彼は目立つ銀髪を黒に染め、コウメイは義眼の上から薄く削った黒魔石を被せて眼帯を外している。リンウッドにコンタクトレンズの説明をし、特別に作ってもらったのだ。


「シュウさんはあまり変わっていませんね」

「よく見てくれよー、髪の色変わってるだろ」

「赤い一筋がシュウさんらしいです」


 髪全体を明るい茶に、前髪の一房を赤に染めたシュウは、少しばかり軽薄な印象に変わっている。

 澤と谷の宿には馬屋も馬車を止める場所もない。冒険者ギルドで預かろうとするヒロに、コウメイが先に積み荷を降ろしたいと言った。


「今年の赤ハギ(コメ)をたっぷり持ってきたぜ」

「いつもありがとう。これで和菓子のキャンペーンができるわ」


 サツキはさっそく武術大会目当ての観光客への売り込みを考えているようだ。

 箱馬車の側壁が開けられ、積み込まれた大量の樽があらわれた。シュウとヒロが宿の食料庫に運び込んでゆく。


「……コウメイさん、これは何です?」


 尖ったヒロの声がコウメイを名指しで咎めた。樽を持ち上げようとしたら、その奥に艶々に磨かれた甲冑が体育座りしているのだ。少し前にあちこちの冒険者ギルドを震撼させた首なし甲冑の騒ぎを思い出し、ヒロは頭痛をこらえるように眉間に手をあてた。


「馬だけでなく、こっちも犯人が身内だったなんて……」

「犯罪者呼ばわりするんじゃねぇ。それに、そいつはアキのだぜ」

「……アキラさん?」

「起動させてしまったのは俺だが、飼い主はコウメイだ。農園の労働力としてこき使っているじゃないか」

「今年の赤ハギ(コメ)もカカシタロウが育てたんだぜ」


 剣の代わりに農機具を持たせても器用に使うので、近年では森を離れる間も農園の心配をせずにすんでいる。


「その大切な農園から連れ出して、一体何をするつもりです?」

「俺らの代わりに砂漠で素材集めてもらおうかと」

「武術大会に専念してるとさー、リンウッドさんの頼まれごとまで手がまわらねーんだよ」


 この前ほとんど手ぶらで森に戻った彼らは、お使いも満足に出来ないのかと叱られた。再び出かける準備をはじめると、やっと素材を集める気になったのかと嫌みとも安堵ともとれる一言をもらい、ダッタザートで武術大会に出るのだとは言えなかったのだ。

 出発前日にこっそり話し合った三人は、畑を耕し、害獣を追い払い、果樹の剪定までする甲冑人形なら、命令すれば魔物討伐もできるのではないかと考えた。試しにゴブリンを討伐させれば、熟練冒険者と遜色ない働きをした。これなら自分たちの代わりに素材収集を任せられると慌てて積み込んだのだ。


「散歩は近場でやってくださいよ!」

「心配するなって、ちゃんと偽装はするから」


 アマイモ三号の引く箱馬車の御者席に座らせておけば、遠目には中身がないとはわからない。鋼の軍馬と甲冑人形は、互いに競いながら効率よく砂漠の魔物素材を集めてくれることだろう。


「……くれぐれも冒険者や旅人に近づかないよう言い含めておいてくださいね」


 何を言っても無駄だと諦めたヒロは、サンステンやオアーゼから苦情や不穏な知らせが入りませんようにと祈った。


 明日の朝、すぐにでも馬と案山子を砂漠に向かわせるというので、箱馬車と馬はギルド預かりに、甲冑は宿のロビーに立たせておくことにする。


「いいか、カカシタロウ。お前は置物だ。絶対に動くんじゃねぇぞ。ただし、客に危害を加えそうなヤツや強盗が押し込んできたら取り押さえろ。脚の骨折くらいは許すが、絶対に殺すんじゃねぇぞ」


 コウメイの指示に頷いた甲冑は、ロビーの隅に入り口を見張るように立った。宿泊客を驚かせないように、ロビーの照明の一部を消してカカシタロウを暗闇に隠す。疲れ切って戻った冒険者や、ほろ酔いの商人はカカシタロウには気づかなかったが、夕食に呼ばれてやってきたコズエとジョイスは誤魔化せなかった。


「びっくりしましたよ、あれ何なんですか?」

「あの……もの凄く恐ろしい魔力の気配をまとっていたのですが」


 澤と谷の宿を我が家のごとく熟知しているコズエと、魔力に敏感なジョイスはさすがに気づいたようだ。久々に食事を囲んで再会を祝おうと呼ばれて訪問すれば、怪しげな甲冑が玄関に設置されているのだから驚いて当然だ。湯上がりでほかほかのアキラから話を聞いた夫婦から、深々としたため息がもれた。


「相変わらずですねぇ。いい歳して何をやってるんですか」

「……魔法使いギルドは何があっても関知しません。できませんからねっ」

「それで結構です。どちらのギルドも煩わせるつもりはありませんので」


 だったら連れてこなければよかったのだ、とヒロとジョイスの作り笑いが引きつる。

 漂う空気を入れ換えるように、新しい料理の皿が置かれた。赤に緑に黄色と鮮やかな大皿にコズエが歓喜の声をあげた。


「わぁ、ちらし寿司だ!」

「キレイですね。ところでチラシズシとはなんですか?」

「私たちの故郷の料理なんですよ」


 薄く細長い黄色い紐と、茹でて緑の濃くなった若皮豆、花の形に整えられた茹で赤芋で飾られたそれらをジョイスは興味深げに眺めている。寿司飯に顔を近づけた彼は、ふわりと鼻が嗅ぎ取った酢の香りに、わずかに顔をしかめた。


「酸っぱいの苦手でしょ。味見して、駄目だったら無理しなくてもいいよ」

「い、いえ、コズエさんの故郷の料理ですからっ」


 ジョイスのスプーンがこんもりと寿司をすくい、決意が萎えぬ間にと急ぎ口に放り込まれた。


「 ! 酸っぱいけど、酸っぱくない。美味しいですっ、これすごく美味しいです!」


 酸味は香るが鋭くはなく、やさしくまろやかな酢は気にならない。コズエの作る粒ハギのリゾットとも違う食感と美味さに、ジョイスは目を見張っていた。


「いつもの粒ハギと食感も違いませんか?」


 粒の弾力が弱い気がすると首を傾げる彼に、コウメイが嬉しそうに返した。


「これは丸ハギじゃなくて赤ハギっていうの」

「少し前にご馳走になったドウミョウジとかいうお菓子の材料ですか! 全く風味が違いますよ」


 どちらも美味しいとジョイスは楽しそうにちらし寿司を頬張っている。

 食後は久しぶりに牛乳寒天だ。シロップは甘さが控えめな代わりに、果汁と酒がしっかりと存在を主張していた。匂いを嗅いですぐに、アキラがシュウから器を取り上げる。


「シュウ、シロップは飲むな」

「えー、せっかくのデザートだぜ」

「あら、駄目だった?」

「シュウには泥酔レベルだ。この半分くらいでも多分キツイ」


 アキラに指摘されたサツキは「大人なのか子どもなのかわからないわね」と笑いながら、酒なしの牛乳寒天を作り直した。


「なー、武術大会の申し込み、明日からだって聞いたぜ」

「受付開始は五の鐘からです。慌てなくても大丈夫ですよ、そんなに混み合いはしませんから」


 近年の芳しくない出場者の集まり具合を嘆くヒロに、コウメイが何故そうなったのかと問うた。


「他町のギルドも真似をして似たような大会をはじめたせいで、出場者が分散してしまっているのと、もう一つは誤った噂のせいですね」

「どんな噂だ?」

「ダッタザートの武術大会は耄碌した老冒険者が優勝する程度の大会に成り下がった、というものです」


 そんな噂を放置しているのかとコウメイが眉をひそめた。対処はしたのだが、こういう噂が広がるのはとても早いのだとヒロは困り顔だ。


「その噂は事実なのか?」

「半分は」

「嘘は成り下がったという部分か」

「耄碌した、もですよ。十年ほど前の大会で、引退した無名の元冒険者が刀剣部門で優勝したのですが、負けた側が悔し紛れにそんな暴言を吐いて、それが拡散されてしまったんです」

「えー、てことは、優勝したのは爺さん冒険者なのかよー?」


 現役冒険者にすれば、引退した老冒険者に敗北したのだ、悔し紛れに勝者を貶める言い訳をしたのだろう。


「ただの老人じゃありませんよ……かつて有名冒険者グループを率いていて、二つ名持ちの、母国で爵位まで与えられた英雄冒険者です」


 その老冒険者に心当たりのある三人は思わず顔を見合わせ、ヒロを振り返った。苦笑いの様子から、彼らの想像通りで間違いなさそうだ。


「なにやってんだよおっさん」

「本名で出場していればそんな噂にはならなかっただろうに、酔狂な」

「優勝かー、やるじゃん。けどなんで偽名?」


 コウメイは呆れ顔で息をつき、アキラはなるほどと頷いた。シュウはニヤリと笑い、そして首を傾げる。


「本名は名が知れすぎていて、忖度が働くのが嫌だからとおっしゃったんですよ」


 元赤鉄のマイルズが出るとわかれば、余計な雑音が大きくなるのも事実だ。純粋に今の実力を試したいのだと言われれば、ヒロも断り切れなかったらしい。さすがにマイルズも優勝できるとは思っていなかったらしいが、蓋を開けてみれば老冒険者が刀剣部門を制してしまった。


「その悪態ついた馬鹿は、相手があのマイルズだって気づいてなかったのか?」

「気づいてませんでしたね。勝者を貶すことでしか矜持を守れない馬鹿だから気づけなかったんでしょう」


 老冒険者の実力と髪の色からその正体に気づいた者は多い。そういった者らはマイルズと剣を交えたことを喜び、衰えを知らぬ猛者ぶりに感涙を滲ませていたという。彼らは流れる噂を否定してくれたが、本人の意向で名を伏せていたせいで、老冒険者の強さを噂好きな連中に信じさせることができなかった。


「そういうわけでダッタザートの武術大会の評判が二極化しましてね、どうにも出場者が集まらずに苦労しているんですよ」


 マイルズの全盛期を知るのは中年から老人に多く、大会で腕試しをしたい若者や名実を高めたい冒険者は、噂が耳に入るとダッタザートを敬遠してしまうのだ。


「腕利きの何人かに声を掛けているのですが、なかなか出場を決めてくれなくて」

「やっぱり有名な冒険者が出てねぇと売り上げに響くか?」

「それはもう。ですのでお二人にはちょっと珍しい魔物を派手に討伐してもらって、街の冒険者たちを挑発してもらえたら助かります」


 そしてにっこりとほほ笑みながら物騒な提案を平然としたのである。


「何か言いたければ大会で、とでも煽っていただければ最高ですね」

「それ、俺らが敵を作るだけじゃねーか」

「ヒロも手段を選ばなくなってきたなぁ」


 呆れるコウメイだが、大会までは暇なのだ。鍛錬を兼ねての討伐対象にそういった魔物を選ぶのは問題ない。街の冒険者らがどう感じるかは知ったことではないし、たとえ闇討ちされてもこちらに被害はないだろう。むしろ余裕で数倍返しする。


「お兄ちゃんは武術大会に出場しないの?」

「ややや、やめてください、アキラさんが出たら勝負になりませんよっ」


 慌てたジョイスがサツキを止めた。ダッタザート魔法使いギルドもアレ・テタルから独立したことから、所属魔術師集めに武術大会を利用している。野の魔術師を発掘しスカウトする絶好の機会なのに、絶対的な魔力量と技術力のアキラが対戦相手をコテンパンにしてしまえば、自信喪失した魔術師らの廃業が続出しかねない。


「ジョイスでも勝負にならないの?」

「ぼ、ぼぼ、僕ですかぁ?」


 妻に問われ、ジョイスの声が裏返る。


「ジョイスの炎の攻撃魔術に勝てる魔術師はいないと思うけど。同じミシェルさんの弟子なんでしょ? どっちが強いのか勝負してみるのも面白いと思うけどな」

「派手な戦いになるでしょうね。きっと観客も喜ぶでしょう。どうですか?」


 コズエに褒められ、ヒロに見応えのある魔術戦は大歓迎だとすすめられたジョイスは、大慌てで首を横に振った。


「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、アキラさんには勝てませんよ」


 炎の魔術は人族になら誰にも負けないと自信はあるが、相手がエルフではそうもゆかない。しかもアキラにはエルフの魔力量だけでなく、豊富すぎる戦いの経験がある。もし二人が同じ魔力量、同じ技術力だったとしても、経験の差ははるかに及ばない。


「それに(ギルド長)が無様な負け姿を晒したら、所属の魔術師に幻滅されてしまうじゃないですか」


 やっとダッタザートでの魔術師学校の開設準備が整い、入学希望の生徒も揃いつつあるのだ。学長がズタボロにされる姿を見せるわけにはゆかない。

 焦り慌てるジョイスを安心させようと、アキラは出場するつもりはないと断言した。


「私はのんびりと街暮らしを楽しむつもりですよ」

「のんびり……つまりは暇、なのでしょうか?」

「まあ、特に用事はありませんね」


 素材収集は二機の魔武具に任せたため、アキラは魔法使いギルドの書庫で読書に浸る計画を立てていた。


「そそ、それならギルドを手伝ってくださいっ」


 弾けるように立ち上がったジョイスが、回り込んでアキラの手を握った。


「アキラさんはアレ・テタルの魔術学校に勤めた経験もありますよね。ぜひウチの教本の監修と、実技の手本を皆に見せてください、お願いします!」


 少ない人員でギルドと学校を運営しなければならないのだが、半年前に採用した若い魔術師が精神的な疲労で療養に入っており、補充が急務なのだとジョイスは訴えた。


「……手伝いのはずが、実は責任者に就任させられていたなんて嫌ですよ?」

「まさか、そんなことしませんよ」


 騙し打ちのような非道なことをすると思われたのなら残念ですと、彼は悲しげに目を伏せる。コズエとサツキに非難の視線を向けられ、アキラは失言を詫びた。ジョイスはアレックスではないのだ、三十年前のようなことにはならないだろうと気持ちを切り替える。


「力を借りるのはアキラさんが街に滞在している間だけです。魔術による雇用契約を結んでもかまいません」

「わかりました。それならお手伝いできます」


 そうまで言われては断れない。どうせ書庫に入り浸る予定だったのだから、ついでに少しばかり手伝うのもいいだろう。そんな軽い気持ちで了承したのだが、ジョイスには涙を流して感謝された。


「よ、よかったぁ。これでやっと武術大会の準備に取りかかれます」


 魔術師部門の試合では、観客に危険が及ばないような魔術を施したり、勝敗の見極めもしなければならない。仕事を抱えすぎており、大会はぶっつけ本番しかないと諦めていたと言われたアキラは、まさかギルド業務を丸投げされはしないだろうな? と口端を引きつらせるのだった。


   +++


 再会の夕食会は満腹で終わった。


「コウメイさんがお料理するときは呼んでくださいね」

「アキラさん、明日からよろしくお願いします」


 仲良く手をつないで帰ってゆく二人を見送り、五人はフロントに戻った。

 宿帳を確かめながら、ヒロが個室と相部屋のどちらがいいかと問う。武術大会が近づけば澤と谷の宿も満室になるが、今はまだどの部屋も余裕があった。


「個室で」

「俺も個室だな」

「えー、俺は一緒がいーんだけど」


 こっそり肉料理を持ち込んで夜中に語り合ったりしたいと言うシュウに、コウメイとアキラは目を細める。


「お前の寝相が酷すぎて迷惑だ」

「寝るときくらい静かにくつろぎてぇ」

「ベッドから落ちるぐらいいいだろ。それに俺はイビキも寝言もねーはずだ」


 深魔の森での寝室は個室だ。旅先でくらいは修学旅行のような楽しみ方をしたいとシュウがごねる。


「それに、だぜ? 俺らが一部屋に固まってたら宿はもう二人客を入れられるんだぞ」


 宿代は室料ではなく一人いくらの宿泊料だ。二室が空けばそのぶん澤と谷の宿を儲けさせられるではないか。


「……そう言われると」

「確かになぁ」

「いや、そんな気遣いをしなくてもいいですよ」


 我が家と同じ気持ちで滞在して欲しいのだ。深魔の森と同じく個室でゆっくり寛いでくれとヒロがすすめたが、妹大事のアキラは経済的支援のチャンスは逃さないとばかりに、最も広い二人部屋に組み立てベッドを入れ三人で滞在すると決めてしまった。


「よーし、じゃあどのベッド使うか、じゃんけんしよーぜ」

「毎日じゃんけんするのか?」

「まさか。順番決めだよな?」

「えー、毎日やったほうがスリリングでおもしれーじゃん」

「組み立てベッドはシュウ固定で」

「だな。壊すなよ」

「ひっでー!」


 深夜のロビーでじゃれ合う三人を眺めながら、ヒロは宿泊手続きを粛々とすませたのだった。



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