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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
12章 砂に埋もれた面影

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契約終了


 ダッタザートの街に入った彼らは、街門からまっすぐに冒険者ギルドに向かった。


「口座開設がモルントですので、全額出金には時間がかかります。五日後にこちらの引換証をお待ちいただけますか?」

「彼らの口座に全額振り替えなら、あたしが来る必要はないんじゃない?」

「全額を、ですか?」


 指示を聞き返す窓口職員は、少し待つようにと言い警戒を隠さないまま奥へ引っ込んだ。他ギルドで開設した口座から全額出金し、それを持ち帰るのではなく無関係のパーティー口座に入金しろというのだから警戒されるのも当然だった。


「身分証は二人分揃ってて問題ないはずなのに」

「一部や半分だったらこれほど警戒されなかったと思いますよ」


 ボダルーダで受け取るはずの報奨金が夫婦の口座に入金されていたため、残高は予想よりも多かった。また子連れの女性を見慣れない冒険者らが囲んでいることもあり、彼女が脅されるか騙されているのではないかと警戒されたようだ。

 困り顔のアキラが「子どもとの生活のためにも半分は残しては」と繰り返したのだが、エラは契約だからと譲らない。


「お待たせしました、こちらへどうぞ。上席が別室にて確認作業を行います」


 案内されたのは二階にある、出入り口から最も遠い個室だった。


「ご夫婦は入室ください、ホウレンソウの方々は隣です」


 コウメイに続いて部屋に入ろうとしたアキラとシュウは、隣室へ案内され別れた。

 エラを待っていたのは誠実さと精悍さがにじみ出る中年のギルド職員だった。役付職員らしい彼は、おだやかな笑顔で赤ん坊を抱いた彼女に椅子をすすめたが、コウメイには一瞬視線を流しただけで言葉をかけなかった。


「かわいい赤ちゃんですね」

「ありがとう。確認ってなに?」


 社交辞令や雑談をしている暇はないのだとエラが急かすと、彼は困ったように眉を寄せて書類を差し出した。


「ギルド規約? 本人が自分の口座からお金を引き出すのが違反なわけないでしょ」

「違反ではありませんが、状況がまずいのです。ギルドは冒険者が騙されたり脅されて財産を奪われないように、まとまった急な出金や他人への高額送金の指示があった場合に、事情の確認義務があるのです」


 これから子育てにお金がかかるのは誰の目にも明らかな母親が、全財産を他人に送金しようというのだからギルド職員が止めるのも当然だった。


「この送金はどういった名目の金銭なのですか?」

「仕事の依頼料よ」

「どこのギルドで依頼したのです?」

「ギルドは通してないわ……でも、個人の依頼は禁止されてないはずよ」

「禁止はしていませんが、推奨もしていないんですよ。それで、全財産が必要な依頼とはいったいどのような仕事だったのです?」

「護衛よ」

「砂漠を渡るためにしては高額すぎませんか?」

「……あたしたち犯罪に巻き込まれて閉じ込められてたの。そこから逃げるのを手伝ってもらったのよ」


 エラの説明を書きとめていた彼の視線が、硬く口を閉じ無言で立つ眼帯の冒険者に向く。その目が呆れに細められた。


「その犯罪の詳細を、支障のない範囲で聞かせてください」


 犯罪者が貴族であることを隠して語られたエラの説明は、矛盾だらけだった。だが彼は深く追及せず、笑みを堪えた面白がるような顔で送金承認のサインを入れた。


「五日後にホウレンソウの口座に送金が完了します。ご主人との共同口座はどうしますか?」

「解約してください。ギャレットの口座も……閉じていいよね?」


 一歩引いた後ろに立つコウメイを振り返った彼女は、どうするのかと問いかける。


「閉じてくれ。冒険者も廃業だ」

「……わかりました。冒険者証は回収します」 

「あの、それ、無効処理したのを、貰えない?」


 身を乗り出したエラは、廃棄するくらいなら譲ってほしいと頼み込んだ。

 砂漠で荷物の全てとともに夫の命も失った。出産まで子爵家で暮らしたが、そこでのギャレットは貴族の令息だった。彼女の夫である冒険者ギャレットの形見はそれしか残っていないのだ。子どもが物心ついたころに父親が冒険者であったと話してやりたいのだと、彼女は必死に頼み込んだ。


「わかりました。無効の刻印を押してからになりますが、お返ししましょう」


 聞き取りはこれで終わりだ。冒険者証の処理が済めば呼ぶのでロビーで待つようにと、彼はエラたちを個室から送り出した。

 ダッタザート冒険者ギルドの二階ロビーは、まるで酒場のようにテーブルと椅子が置かれている。呼び出しを待つ者や書類を書かされている冒険者らで満席だったが、赤ん坊を抱いたエラをみつけたパーティーがテーブルを譲った。厳つい顔立ちの男らは、すやすやと眠る赤ん坊に目を細めている。


「座らないの?」

「まだ仕事中だ」


 コウメイはエラと赤ん坊を守るように立ち、不埒な者が近づかないようにと冒険者らを視線で牽制している。


「もう仕事は終わってるじゃない」

「あんたの故郷に送り届けるまで、と契約したはずだ」

「そうだった。でも、もういいよ。ここで終わり」

「……いいのか?」


 困惑するコウメイを見あげて、エラは小さくほほ笑んだ。


「ダッタザートまでたどり着けたからね、後はどうとでもなるわ。それに……あたし、これ以上惨めになりたくないから」


 コウメイはギャレットではない。故郷の村まで付き合わせたら、それを忘れてしまいそうだから、と彼女は目を伏せる。


「お待たせしました、エラさん。こちらへどうぞ。一階職員が引き続き対応します」


 ふんわりとした印象の女性職員がエラに声を掛けた。彼女に促されて立ったエラは、まっすぐにコウメイを見あげて宣言する。


「依頼は完遂されました。ここで契約終了です。報酬が五日後でごめん」

「いや、十分だ」

「あんたに頼んでよかった、ありがとう」

「冒険者冥利に尽きる評価だ、こちらこそありがとう」


 コウメイが握手を求めて手を差し出した。


「元気でね」

「それはこっちの台詞だ。子育て大変だろうけど無理するな」


 励ましの言葉が終わる前にコウメイの手が離れる。

 彼女は小さな笑みを返して、階段の下に消えた。


   +++


 椅子に腰を落として背もたれに体を預けたコウメイから大きなため息が漏れた。


「長かった……」


 階下に姿が見えなくなってやっと心身が軽くなった。このまま澤と谷の宿で風呂に浸かり、そのままぐっすり眠りたい。そんな願望を膨らませる彼の視界の隅で、ヒロが手招きしていた。パーティーに対する事情聴取に加われというのだろう。

 揶揄われるのを覚悟して個室に入ったコウメイを迎えたのは、ヒロの笑いを含んだ声だった。


「どうして結婚式に呼んでくれなかったんですか?」


 コウメイは人の悪い笑みの昔なじみと、その脇でニヤニヤしている二人を順番に睨みつける。


「結婚してねぇからだよ」

「おや、ギャレットさんは婚姻届にサインしたんでしょう?」

「あれは代筆だ。それに俺はギャレットじゃねぇ」

「彼の身分証で入国したのに?」


 コウメイは空いている椅子に座り、そのへんで勘弁してくれと両手をあげた。


「事情はアキとシュウに聞いたんだろ、虐めるなよヒロ」

「呆れているんですよ。砂漠で討伐に明け暮れているとばかり思っていたのに、いったい何をやっているんですか」


 この世界で生きた時間は同じだというのに、ヒロはまるで学校をサボった中学生を叱る父親のような表情をしている。


「おい、お前ら、ヒロにどんな説明したんだ?」

「正直にありのままを、だが?」

「エラさんの旦那が砂漠で亡くなってー、それがコウメイのそっくりさんでー、貴族の親父さんに息子と間違われてさらわれてー、婚約者にモテモテでー、四ヶ月も二人っきりで監禁されててー、子どもが生まれて脱出してー、あとコウメイの墓石が立派だったなー、って」

「間違ってないな」


 指折り数えたシュウにアキラが即座に頷く。

 呆れ顔を深めたヒロは脱力して頭を振った。


「ほんとうに、いったい何をやってるんですか、あなたたちは」

「俺らを一緒にするなってー」

「エラさんの依頼を請けたのは俺たちじゃないんだぞ」


 逃れる機会はいくらでもあったのに、エラを見捨てる選択をしなかったのはコウメイだ。


「俺、コーメイがエラさんに惚れちまったのかなーって疑ってたんだよなー」

「ありえねぇって」

「そうなのですか?」


 護衛っぷりは板についていたし、エラの夫という身分証に相応しい態度はとても自然だったし、これで赤ん坊を抱いていれば完璧だった。それに彼女はまんざらではなさそうに見えたとヒロが正直な感想を口にすると、コウメイは露骨に疲れを顔に出した。


「依頼中だったんだぞ、周りを騙すのも役割じゃねぇか」


 だがもう身代わりをする必要はなくなったとコウメイは目を細める。


「ああ、そうだヒロ、彼女の金、半分返しといてくれるか」

「いいんですか?」

「彼女の故郷まで送り届ける契約だったんだよ。けどさっき契約終了になったからな」


 契約を打ち切られたのだ、報酬を満額受け取るわけにはゆかないと言うと、アキラが即座に同意し、シュウも大きく頷いた。


「契約が途中で終了したのなら、全額は受け取れないな」

「一文無しじゃ故郷に帰れねーし、子育てにも金は必要だよなー」

「……そういうところですよ、コウメイさん」


 ヒロはため息をつきつつ、返金を受け負った。


「もう門は閉まっていますので仕方ありませんが、みなさん早めに街を出たほうが良いですよ」


 出産直後に無理をした彼女を、医薬師ギルドの治療院に送り届けるよう職員に指示してある。数日は母子ともにゆっくりと療養するだろう。医師の許可が出ればギルドが責任をもって故郷に送り届けるつもりだが、そのころには返金も終わっている。残高を知って彼女がコウメイを探そうとするのは間違いないだろう。


「長居する予定はねぇよ。けど身分証がな」

「死亡抹消されていましたからね、再発行ではなく、新たに登録することになりますよ」

「お、用意がいいじゃねぇか」

「こんな真っ黒な偽装工作を下っ端にさせられるわけないでしょう」


 差し出された書類に必要事項を記入する。保証人欄にはすでにヒロの名前が書き込まれていた。パーティー登録の変更届にも署名し、享年四十八歳のコウメイが抹消され、新たなコウメイが追加登録される。

 書類をのぞき込んだシュウが噴き出した。


「コーメイ、ハタチかよ? 見えねーって」

「新規加入の若造か、こき使えるな」

「おー、いいねー。使いっ走りにしてやろーぜ」

「今までもさんざんこき使ってたじゃねぇか、勘弁しろよ」


 衣食住の大半を支えてきたコウメイは、からかう二人を爪先で蹴った。


「明日の昼ごろには冒険者証を渡せると思います。今夜はうちに泊ってください」

「大浴場、久しぶりだなー」

「宿代はいくらだ?」


 さすがに十数年前と同じ宿泊料ではないだろうとたずねると、今日は満室だと返された。


「窮屈かもしれませんが子ども部屋で我慢してください」

「すまない、一晩だけ厄介になる」

「俺たちなら居間の床でも廊下でも大丈夫だぞ?」

「ユウキが家を出たので空いてますし、ベッドは一つしかありませんから、二人は床に毛布ですが」


 成人と同時に冒険者登録をした息子は、つい半年前に仲間と拠点を王都に移したのだという。


「へー、王都にねー。やってけんのかなー」

「いくつになったっけ?」

「十七です。あのころの俺たちよりずっと腕利きですよ」


 自分がこちらに放り出されたときと同じ年になった息子は、父親の背を追うように修行に明け暮れているという。あの小さな少年が立派に成長したものだと、三人は親戚の伯父さん気分のくすぐったさを楽しんだ。


「みなさん、街を出てどうするんですか?」

「リンウッドさんに頼まれた素材集めをしてぇが、国境で止められそうだしなぁ」


 数日前に国境を越えた男が、別人の身分証で再び入国しようとすれば、さすがに国境警備兵も黙ってはいないだろう。


「一度森に戻って、また出直しだな」

「半年も時間を空ければ大丈夫だろう」

「冬ごろですか。それなら久しぶりに武術大会に出てみませんか?」


 ヒロが武術大会の参加要項をシュウの前に置いた。


「へー、部門別も団体もちょっと規定が変わったなー」

「色々と改革したようですがイマイチ盛り上がらなくて、運営委員会も困ってるんですよ。コウメイさんとシュウさんが出てくれたら、少なくとも大会の質は向上します。お願いできませんか?」

「するする、ぜってー優勝するからまかせとけって!」


 ヒロが頼む前から、シュウはすでに出場どころか優勝する気満々だ。


「コーメイも出ろよな。決着つけよーぜ」

「決着はついてるだろ」

「リベンジだよ、今度はぜってー俺が勝つ!!」


 今度は緊箍児に邪魔されない勝負がしたいと息巻いているシュウとは違い、コウメイは目立つのはこりごりだと乗り気ではないようだ。


「コウメイさん、俺も危ない橋を渡っているんです、譲ってもらえませんか?」

「ずいぶんと腹黒い大人になったもんだなぁ、ヒロも」

「何をおっしゃる。お三方にはかないませんよ」


 新規ギルド登録用紙をひらひらと見せられては、コウメイもNOとは言えない。次の武術大会への出場を承諾するしかなかった。


「では、帰りましょう、澤と谷の宿へ」


 二人から確約を得たヒロは、ご機嫌で三人を促した。


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