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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
12章 砂に埋もれた面影

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男爵令嬢と薬魔術師2



 赤い兵服に連れて行かれたのはシュテル商会の裏口だ。そこではアキラを接客した先ほどの店員が待ち構えていた。


「申し訳ございません、本日の取引に手違いがございまして、男爵様のお力をお借りしてしまいました」


 アキラを見るなりそう言って頭を下げた店員は、私兵らに手間賃を渡す。硬貨の入った包みを受け取った兵士らは機嫌よさげにその場を立ち去った。どちらも慣れた様子である。


「こちらの方は?」

「私の冒険者仲間です。それで取引で何か問題があったとか?」

「ええ、詳しくは中で」


 二人は先ほどの取引部屋ではなく、その奥にある広い部屋に案内された。調度品はどれも磨かれ艶々としており、意匠も贅沢で豪華。足音を飲み込む厚みのある絨毯は美しく、壁紙は明るく洗練されている。ショウケースの宝飾品を並べたくなる部屋だ。


「お嬢様、お連れしました」


 その豪華な部屋に置かれた座り心地のよさそうな長椅子に、気位の高そうな若い女性がくつろいでいた。髪型やドレスが愛らしく見えるのとは裏腹に、彼女の表情は油断のならない商人のようだ。アキラとシュウを舐めるように見た彼女は、扇で口元を隠した。


「清楚な銀髪と野性の短髪、悪くはないけれど、趣味じゃないわね」


 二人に聞こえないように呟いているつもりのようだが、獣人とエルフの耳にその声はしっかりと届いている。


「わたくしはシュテル商会の頭取、マリアナ・シュテルよ」


 彼女がギャレットの婚約者かと、二人はひっそりと視線で頷き合った。顔立ちはやや幼いが、たたずまいには年齢相応かそれ以上と思わせる雰囲気がある。商会を立ち上げ繁盛させた男爵令嬢は、社交的でしたたか、そして粘り強そうだ。交渉相手として甘くはないだろう。


「銀髪のお前、魔術師だそうね。取り決め以上の魔銀を求めていると聞きました。わたくしのために働くならば、必要なだけの取引に応じましょう」

「……働くとは、具体的にどのような仕事でしょうか。私どもは依頼の途中でこの街に立ち寄りました。そう長く滞在できないのですが」

「それは都合が良いわね。わたくしは錬金薬を作れる薬魔術師を探していたのよ」


 魔銀を買いに来たのが魔道具師ではなく薬魔術師であると報告を受け、彼女はアキラを雇うと決めたらしい。


「錬金薬ならば街の薬魔術師や錬金魔術師に頼めばよいのでは」


 街に薬魔術師がいなくても、鉱山を抱えるこの街なら少なくとも二人以上の錬金魔術師がいるはずだ。その者らに頼めないのかとアキラ問うと、彼女はうんざりしたように目を細めた。


「伯爵様の錬金魔術師には頼めないわ。それに、わたくしが求めている錬金薬は旧聖歴の秘薬よ、石狂いの錬金魔術師には難しいでしょう」


 石狂いというのは言い得て妙だ。そしてアキラも薬草狂いである。「秘薬」と聞きふらりと前のめりになる彼の上着をシュウが掴んだ。引き戻されて我に返ったアキラは、好奇心をなんとか抑え込む。


「旧聖歴の秘薬……それは一体どのような薬でしょう?」

「わたくしのために存在する秘薬ですわ。これがあればあの方の心は私だけのもの……!」


 うっとりと瞳がとろける様を見て、媚薬か、とアキラは作り笑いを深めた。薬師の調合する興奮薬や気持ちを誘う香水、薬魔術師の作る敏感になる麻痺錬金薬や勃起薬など、媚薬とされる類いの薬品はいくつかあるが、さてこの男爵令嬢が求めるのはどういった種類の媚薬だろうか。 


「配合表を見せていただけますか?」

「他言無用ですよ。もしこれを外部に漏らしたなら、魔銀は手に入らないどころか、その命はないと覚えておきなさい」


 彼女はシュテル男爵の私兵だけでなく、街兵やゾーラント騎士団も敵に回すぞと言い放った。ハルドラット地方でその脅しが効かない相手はいないのだろう。高慢な令嬢に深々と頭を下げたアキラは、冷笑を隠して守秘を約束する。

 令嬢の指示で店員が差し出した紙片を読んだ。記された配合表の文字や数値は所々あやふやだ。旧聖歴で使われていたのは古代語だが、錬金薬のレシピなどは古代魔術言語で書かれいる。おそらく書き写す際に間違えたのだろう。そして翻訳の途中で誤りに気づかず放置されている。


「どうです、調合できますか?」


 扇を握りしめる令嬢の手に力がこもっている。

 アキラは令嬢の出方を見ようと匂わせるように言葉を選んだ。


「材料が揃えば、たぶん何とかなると思うのですが」

「作れるのですね!」

「材料が手に入ればです。かなり希少な素材を大量に使う錬金薬のようですから」

「抜かりはないわ、材料は揃っていてよ」

「え?」


 ほほほ、と令嬢は高らかに笑った。手段も選ばず、金銭に糸目もつけずかき集めたであろう素材の目的を思うと、彼女に執着されるギャレットに同情を憶えたアキラだ。


「今すぐ作りなさい、さあ!」

「調合道具が」

「もちろん用意できておりましてよ。オズマ」

「ご案内いたします」


 控えていた店員が逃しはしないとアキラの腕を掴んだ。商会建物は奥に広い作りらしく、ご令嬢の背後にある扉の向こうは階段と廊下だった。引っ張られるアキラを追って、シュウも笑いを堪えながら階段を上る。二階の施錠されていた一室が令嬢の手によって開けられた。


「道具も素材も全て揃っているわ。今すぐ秘薬を作りなさい」


 背中を押されて入った室内は薄暗かった。光による劣化を最小限にするため窓は小さなものが一つだけ、オズマが入り口を塞ぐように立っており逃げ出せそうにない。諦めて室内を見渡した。


「……素晴らしいですね」


 思わず感嘆をもらすほど、魔術師が理想とする調合器具がそろっていた。また調合台の横の棚には素材がたっぷりと収納された保管庫がある。マリアナに急かされたアキラは素材を手に取り検めた。


「お嬢様、残念ですがお望みの錬金薬は作れないようです」

「お前の腕が足りないのかしら?」

「いいえ、素材が……申し上げにくいのですが、素材に不備があります」

「なんですって?」


 集められた素材のいくつかが調合表に記されたものと違っていた。希少すぎて判別できる者がいなかったせいだろう。


「リマの蜜は結晶化したものと指定されていますが、こちらは液体のままですし」


 親指ほどの小さな瓶に入った赤い蜜が結晶化するにはあと三十年はかかるだろう。


「この球根もユラミアに間違いはありませんが、配合表には雌株との指定があります。これは雄株ですね」

「なんですって?!」


 配合表で指定された素材のほとんどが、専門の採取業者が存在するくらいに希少なものばかりであり、一般の薬草冒険者が見分けるのは難しいだろう。他にも間違いはあるが、アキラはそれ以上の指摘はしなかった。手の内を晒すつもりはないし、なにより顔を怒りで赤く染めた男爵令嬢の癇癪が爆発寸前だったのだ。


「オズマ! それらを持ち込んだ者に責任を取らせなさい!」

「は、はいっ」

「薬魔術師殿、正しい素材を集めてできるだけ早くその秘薬を完成させるのです、よろしいですね」

「……私がですか」

「真偽がわかるのです、調合も可能でしょう。期待していますよ」

「待ってください、採取が難しいものもありますし」

「オズマに相談しなさい、便宜を図ります。時間が無いのです、可能な限り早急に完成させなさい」


 応とも否とも返す暇は与えられなかった。マリアナ・シュテル男爵令嬢は美しい赤金の髪を乱し、扉を叩きつけるようにして調合室から出て行ったのである。

 貴族令嬢にはあるまじき乱暴な退出を見送ったアキラは、残されたオズマに短く訴えた。


「困るのですが」


 そもそも自分は「請け負う」と返事をしていない。

 オズマはアキラの持つ配合表(レシピ)を指し示し、言い訳はできませんとほほ笑んだ。


「薬魔術師様はそれを受け取っておりますので、契約は成立しております」

「……困るのですが」

「住まいはご用意いたします。もちろん家賃は必要ございません。商会の傘下には薬店もございますので、そちらを通じて早急に素材を集めさせます」


 令嬢の命令第一のオズマはアキラの足掻きをするりと聞き流し、職員宿舎手配を済ませてしまった。


「…………なんでこうなった」

「アキラ、逃げる気ねーくせに。チャンスだって思ってんだろ?」


 笑いを必死に堪えるシュウに脇を小突かれて、アキラは肩をすくめる。

 シュテル商会や男爵家から情報を得ようとさまざまな種をばらまいたが、まさか囲い込みに発展するとは予想していなかった。厄介ごとに巻き込まれたような気もするが、ゾーラント子爵家とその周辺情報を得やすくなるのだからたくらみ通りではある。アキラは思惑を微塵も見せずにオズマから宿舎の鍵を受け取った。


   +


 商会店員が住む建物は店の裏にあった。殺風景な二人部屋に放り込まれたアキラとシュウは、四隅に結界魔石を配置してようやく口を開いた。


「コーメイ、あのおじょー様に媚薬盛られるのかよ!!」


 爆笑だ。結界魔石がなければ両隣から怒鳴り込まれるくらいの大爆笑だった。


「彼女が飲ませたいのはギャレットだが……まあ、コウメイが身代わりをさせられているとしたら、飲まされるんだろうな」

「ぶほっ、そ、その薬をアキラが作るとか!」


 寝台に突っ伏してなんとか声を押し込めようとしたが無駄な努力だ。シュウの笑い声にアキラが眉をひそめる。


「媚薬なんか作らないぞ」

「えー、でもおじょー様にもらったレシピ、作ってみてーんだろ?」

「あれは媚薬じゃない。飲ませた相手の意思を殺して操る秘薬だ」


 面白がっていたシュウが一瞬で真顔になった。


「何それ、すっげー物騒なんだけど?」

「傀儡魔術の錬金薬版だな。旧聖歴時代の古書から書き写したらしい。おそらく魔法使いギルドの秘匿している錬金薬の一つだと思う……どこから漏れたんだろう?」


 魔法使いギルドに連絡しなくてはならないが、アキラはギルドに直接のコネがない。ジョイスとミシェルのどちらを経由するかを悩み、ダッタザートを面倒事に巻き込みたくないとミシェルに宛てて魔紙を飛ばした。


「その危ねー薬、つくるのかよ?」

「材料が揃わないから作れないぞ」

「……材料が手に入ったら作るのかよ?」

「一度くらいは試しに作ってみたいとは思うが……おい、なんで逃げる? 作らないと言ってるだろう。ああいう錬金薬は後始末がものすごく面倒なんだ、自分の首を絞めることになりかねないから作らない、安心しろ」


 竜血の毒のようなことになっては困るのだ、絶対に作らないとアキラは断言したが、彼の好奇心に対する懸念で笑いが止まってしまったシュウの顔は、心から安心できないと言っているように見えた。


「で、これからどーすんの? 予定が変わっちまったんだけど」

「男爵家側から見た子爵家の情報を集める。あのご令嬢が何か行動しそうな感じだっただろう。コウメイに危害が加えられるようなら妨害しつつ接触して、状況を確認したい」

「おじょー様、なんで媚薬を盛ろうとするのかなー。婚約者なんだからほっといても結婚できるのに」

「……ギャレットが彼女を無視していたか、嫌ってたからじゃないかな?」


 わずかにでも好いていれば、男爵令嬢を捨てて出奔しないだろうし、平民の薬草冒険者とも結婚しないだろう。


「婚約者なんだろ?」

「貴族の婚姻は庶民とは違うらしいぞ。それに好きな男に嫌われていても諦めない粘着質な女性の思い詰めた終着点は、だいたいあんな感じだぞ」

「なんか詳しいっつーか、実感こもってね?」

「……コウメイと別れた八つ当たりに押しかけてきた元彼女は、ああいうのが多かった」

「うわー」


 シュウに知られるつもりはないが、自分の周りにも粘着質で思い込みの激しい迷惑な女性がうろついていたのでよくわかる。


「バレンタインとか誕生日とかにああいうタイプが押しつけるプレゼントは、たいてい嫌なモノが混入しているんだ……」

「え、何が?」

「髪の毛とか……」


 ぞわわ、と鳥肌を立てたのは、当時を思い出したアキラだけではない。恐怖とおぞましさの滲むアキラの声色によってリアルに想像してしまったシュウの全身を、ぶつぶつとした立派な鳥肌が覆った。


「キモっ、きもきもきもっ!!」


 守るように己の腕を抱いたシュウは、モテすぎる仲間二人を二度と羨むまいと心に誓った。


「あのおじょー様のたくらみはぜってー阻止しよーぜ」

「当然だ」


 男爵令嬢がギャレットの死を知ったらどのような行動に出るかわからない。悲しみにくれて引きこもるならいいが、逆ギレしてエラを攻撃したり、そっくりなコウメイに身代わりを押しつけられては困る。


「まったく、そっくりってだけでここまで面倒に巻き込まれるとはな」

「なー、コウメイのそっくりさんがいるってことは、俺とかアキラにそっくりなのもいるかもしれねーよな?」

「……可能性はゼロじゃない。想像したくないな」

「だなー」


 もし自分に瓜二つの他人に出会ってしまったら、瞬時に全てを放棄してその場から逃げだそうと心に決めた二人だ。


   +


 シュテル商会に入り込んだ二人は、職員食堂で挨拶を名目にエル酒を振る舞った。住み込み店員や雇われ冒険者らの口は面白いほど軽くなる。そうして聞き取ったのは、この街とシュテル男爵家、お嬢様の婚約者の評判だ。

 金で成り上がった男爵家は上位貴族とのつながりを欲していた。男爵としては伯爵家の縁戚を狙っていたが、娘のマリアナが貧乏子爵家の嫡男に惚れてしまった。娘に甘い男爵は、貧乏だが歴史のある武門のゾーラント家ならギリギリ及第点だと子爵令息との婚約を取り付けた。だが令息は病弱で気弱、令嬢とは気が合わなかったらしい。婚約がととのって少ししたころ、ギャレットが病に倒れ面会謝絶となった。父親はゾーラント家との婚約を無効にし、別の子爵令息との婚約をすすめようとしたが、マリアナお嬢様はギャレットでなければ嫌だと譲らない。この三年間、返事がなくとも見舞いの手紙を送り、治療薬や回復薬を手配し、回復を祈っているのだという。


「お嬢様の祈りが届いて、子爵令息が回復したらしいぜ」


 少し前にゾーラント子爵家の動きが活発になり、街の外から呼び寄せた治療魔術師が館に住み込んだという。他にも服飾の商会が子息の衣類を新たに納品したこともわかった。床上げが近いと判断したお嬢様は、婚約者への見舞いを申し入れているそうだ。そしてシュテル商会の雇い人らは、内々に結婚の準備をはじめているらしい。


「それと泥酔した店員が妙なこと言ってたんだよなー。仕事を任された何人かの冒険者の行方がわからねーって」

「それは商会雇いの冒険者がか?」

「らしーぜ。何ヶ月か前に傭兵あがりの冒険者何人かが雇われたらしーんだけど、そいつらの姿が見えねーんだってよ」


 その店員は連中に金を貸していたらしい。商会に雇われた者同士だ、身元が確かなため借金の申し込みに応じたというのに、戻ってこないせいで泣き寝入りになりそうだと泥酔して愚痴っていた。傭兵あがりどもはギルドの仲介を経ずに雇われていたため探しようがないらしい。


「傭兵あがりの連中は、仕事を選ばねーからなー」

薬草冒険者(エラ)を執拗に探していた私兵と、目的は同じかもな」


 今となっては確かめようはないが、手足を縛って砂漠に捨ててきた盗賊らがその傭兵あがりだった可能性は高い。


「ギャレット好き好きなだけのおじょー様かと思ったら、やっぱ貴族だよなー、色々暗躍してそーでおっかねーよ」


 貴族令嬢の適齢期は十五から二十歳だ。マリアナは適齢期ギリギリとはいえ、商会で成功を収めるにはかなり若い。貴族らしい権謀術数といい、もし結婚していればギャレットを尻に敷いていたのは間違いないだろう。


「子爵家の坊ちゃんが回復したらしい時期は、コーメイが拉致られた時期と一致するぜ。アキラの予想どーり、身代わりにされてるみてーだな」

「お嬢様にギャレットが偽者だと知られないようにしたいが、どうするかな」


 シュウに忍び入ってもらい状況を伝えるか、あるいは薬魔術師の肩書きを利用してゾーラント家の治療魔術師に接触し、あちらの情報を得るか。

 シュテル商会に回された仕事をこなしつつ策を練っていたアキラは、マリアナ嬢に呼び出され、命じられた。


「三日後にギャレット様の見舞いが許されました。それまでに秘薬を完成させなさい!」



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