男爵令嬢と薬魔術師1
踏み台から足を滑らせるほどに動揺した男爵令嬢をなんとか馬車に乗せた。
馬車で控えていた侍女に介抱される令嬢を横目に見ながら、アキラは彼女に絡め取られた日のことを思い出していた。
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開門の鐘と同時にリスビンデの街に入ったアキラとシュウは二手に分れた。シュウは街の探索とコウメイの居場所の確認、アキラはシュテル商会での情報収集だ。
「救出できそーなら連れて戻るぜ」
「オルステインのときのように暴れ過ぎるなよ」
「暴れすぎたのは俺じゃねーし、そもそも最初に爆発したのはアキラだろ!」
便乗はしたが、二人に比べれば王城に与えた損害は可愛いものだと言い返し、シュウは銀板の示す方向に駆け出した。
貴族街に向かうシュウとは反対に、アキラは街の南東部に足を向ける。
街は魔鉱石の取り引きで賑わっており住人の表情も明るかった。表通りに並ぶ店は、民芸品店に家具屋、服飾と装飾の店に宝石商ら、そして何軒か並ぶ気取った食事処に高級な酒を提供する店もある。住人ではなく魔鉱石の取り引きに訪れた者に向けた店が目立った。一つ通りを奥に入ると宿屋の並びがあるが、こちらも立派な高級宿ばかりで、旅姿で踏み入れるのは躊躇われる雰囲気だ。
「職人ギルドの建物が街の中心にあるんだな」
辺境は自然と冒険者ギルドが強くなるものだが、リスビンデの街は魔鉱石を扱う職人が多いせいか、他のどのギルドの建物よりも大きく立派だ。向かい合う位置に商業ギルドがあるのは、事務的な便宜を優先したからだと思われる。
アキラは商業ギルドでシュテル商会の場所をたずねた。紹介状を求められ、ホムロスの町でもらったカードを見せると、職員は小さく頷く。
「大通りを西に道なりに進むと、魔道ランプを三つ連ねた街灯に行き当たる。そこを右に曲がってまっすぐだ」
宝飾店のような店構えなのですぐにわかるとのことだった。
「その紹介状だと、購入できるのは魔銀が五百ラルまでだ。大量購入したかったり、他の鉱石が欲しければ、ユレーブ商会への紹介状を手に入れるか、ギルド販売枠を買うしかないぞ」
採掘された魔鉱石の取引権の大半は、伯爵の経営するユレーブ商会が握っている。取引権は職人ギルドと商業ギルドにも一部与えられており、毎月決まった量をギルドが販売しているのだそうだ。
「失礼だが、どういった目的で何の魔鉱石を買いにきたんだ?」
職員は狩猟服姿のアキラを眺めて、怪訝そうにたずねた。魔鉱石の取引客に見えなかったのだろう。
「さまざまな魔鉱石にも興味はありますが、急いでいるのは魔銀です。魔道具の修理にどうしても必要なので」
「あんたは魔道具師なのか」
「いえ、薬魔術師です」
「薬魔術師が魔道具を修理するのか?」
職員は疑わしそうにアキラを凝視する。一般的に職人は専門とする分野以外の仕事はしないものだ。そのため魔術師も同じだと思っている者は多く、驚いたり疑いの目を向けられるのも珍しいことではない。
「魔術師は専門以外の魔職もそれなりにこなす者は多いのですよ」
「そうなのか、魔術師様というのはすごいんだな」
アキラに紹介状を返した職員は、来月のギルド販売枠に少し余裕があるので、シュテル商会での購入分で足りなければ声をかけてくれ、と囁いた。
「あんたのためなら融通するぜ」と囁いた男によそゆきの笑顔で礼を言い、アキラは商業ギルドを出る。教えられたシュテル商会はすぐに見つかった。
「確かに、宝飾品店にしか見えないな」
穀物にしろ鉱山資源にしろ、大量取引は一見そうとはわからない建物に置かれた事務所で行われるものだ。だが魔銀を販売するシュテル商会は、ごく一般的な宝石店のしつらえだった。窓ガラス越しに見える店内には、魔銀よりも宝石のほうが数多く陳列されているように見える。店内にいる客も魔銀塊を求める客というよりも、宝飾品を買いに来たという雰囲気の者ばかりだ。
店内に入ると、そろいの制服を着た店員がにこやかにアキラを迎えた。
「いらっしゃいませ。はじめてのお客様ですね。本日はどのような品をお求めでしょう?」
「こちらで魔銀を購入できると聞いてきたのですが……宝飾品ばかりのようですね」
ケースに展示されているのは、魔銀をベースにさまざまな石とあわせた指輪や耳飾りにペンダント、髪飾りやブローチといった宝飾品だ。
「お客様の髪に似合う髪留めや、襟元を華やかに飾るペンダントもございますよ。その素晴らしい耳飾りには及びませんが、こちらの赤水晶の耳飾りもお似合いだと思います、試着してみませんか?」
アキラを奥の飾り棚の前まで導いた店員は、流れるようにいくつかの宝飾品をすすめる。耳飾りを顔の横にあてようとする店員の手から逃れて、アキラは紹介状を差し出した。アクセサリーではなく魔銀塊が欲しいと説明すると、店員は残念そうに宝飾品をしまい込む。
「魔銀塊をお求めですか。それでしたら奥でおうかがいしましょう」
紹介状を持った店員は、アキラを隣接する部屋に招き入れた。こちらはテーブルと椅子だけの殺風景な部屋だ。
「こちらの紹介状はホムロス冒険者ギルドのものですね。お客様は冒険者のようですが、どのような目的で魔銀のインゴットをお求めか? 誰かに依頼されたのでしたら、申し訳ないが代理購入は禁止されています」
「代理ではなく私が必要なのです。魔道具の修理に魔銀を使いたくて。魔術師のアキラと申します」
懐から取り出す際に紋章色を偽装してから店員に見せた。
「黒級の魔術師さまですか。魔法使いギルドではなく、わざわざリスビンデに買いにいらっしたのですか?」
「すぐにでも必要なのですよ。けれどギルドのあるペイトンの町は遠いですし、取り寄せする時間も待てません。直接買い付けした方が早いのです。二カレほど必要なのですが」
困り顔を作り購入を申し入れたが、店員は五百ラルまでしか売れないと首を横に振る。
「そこを何とか、お願いできませんか?」
「こればかりは……取引数量は伯爵様と商会主の男爵様が決められたことですので、私どもではどうにも」
「無理は承知です、なんとか融通してもらえませんか?」
「魔銀の取引量は伯爵様が決められたものですので」
やんわりと、だが毅然として断わられたアキラは、「困ったな」と呟いて、ため息をつき目を伏せる。
「それでは、この紹介状で購入できるのは五百ラルだけなのですね」
「今月お売りできるのは、でございます」
店員は席を離れ、壁に掛けられている額縁に近寄った。それは取引規則を書いた販売認可証だ。店員の指が指し示した一行を目で追う。
「当店の会員もしくは紹介状を持つ者への、月額上限量は……」
「五百ラルの制限は一ヶ月間の取引量ですので、月が変わりましたらあらためてご購入いただけますよ」
「来月ですか。商業ギルドにも取引枠は来月まで空きがないといわれました」
「ギルドの枠は早い者勝ちではなく入札ですから、当店よりも割高になると思われます」
制限がなければ魔鉱山を掘り尽くすのも早くなる。また希少な魔鉱石といえども、大量に出回れば価格は暴落する。少しでも閉山を遅らせ、他国からの輸入よりは少しばかり安価に、だが安すぎない価格を維持するために、販売量や取引方法は領主によって厳密に制御されていた。
「本当に困りました。来月まで滞在する余裕はないのです……あの、販売量の制限ですが、表の魔銀の宝飾品にも適用されるのでしょうか?」
「伯爵様が決められたのは魔鉱石塊としての取引です。魔鉱石を加工した製品は含まれませんよ」
「それは、魔銀の宝飾品は紹介状がなくても制限なしに購入できる、と?」
「はい。お好きなだけ、必要な量を購入いただけますよ」
ホムロスを宿場町として発展させた男爵家の手腕は、この商会でも遺憾なく発揮されているようだ。さらりと見た程度だが、魔銀の宝飾品はインゴットよりも高く価格が設定されていた。宝飾品への加工賃が加わっているから当然だ。
五百ラルの魔銀塊を購入したアキラは、手持ちの金が許す限りの魔銀を買うつもりであると匂わせて、ガラスケースに守られた宝飾品に近づいた。
「魔鉱石も使っているのですね」
「魔力の含まれた素材同士は相性が良いので」
そういえば魔銀を好むミシェルも魔鉱石を好んで使っていた。彼女の作る宝飾魔武具は、その性能だけでなく芸術性も高い。さて、ここの職人の腕前はどんなものだろうとアキラはガラスケースをのぞき込む。
「色の鮮やかな魔鉱石ですね。しかも大粒のものが多い」
「含有魔力は少ないですが、魔石と違って大きな石を加工できるのが魔鉱石の良いところです。何より美しさは飛び抜けていますからね」
宝石よりは手頃で美しく、魔石ではなかなか入手できない大粒の石が手に入り、そしていざというときは魔石の代用にもなる。魔鉱石は良いこと尽くめなのだそうだ。店員の説明を笑顔で聞きながら、アキラはぼったくり価格に呆れていた。
宝飾品としての価値はわからないが、素材としてはあり得ない値付けだった。どれも含有魔力量が少なすぎて、アキラの目にはクズ素材としか映らない。宝石のように加工された色魔鉱石はまだいい。酷いのは石を支える土台や装飾だ。魔力の含まれない素材で台座を作り、魔銀を塗りつけただけの代物に見えた。含有量は微量なのにインゴットよりも高額で販売しているのだ、呆れるしかない。素材としての魔銀を求めて仕方なく宝飾品を買った者が怒鳴り込んでこなかったのだろうか、と余計な心配をしてしまうほどに酷い。
「いかがです?」
「……とても美しくて、素材として扱うのは難しいように思います」
「そうでしょう、こちらは宝飾品でございます。素材として販売しているわけではございませんので」
後のクレームを生むような雑な売り方はしていないらしいのはさすがだろう。
アキラはどうあがいても予算が折り合わないとため息をついて見せ、また来月に買いに来ますと店を後にした。
「成金趣味のわりに悪くはないデザインだったが……」
客が素材ではなく宝飾品として買い求めているのなら問題はないが、銀メッキの安物を純銀の値段で売りつけるような商会を経営しているのだ、男爵令嬢は目的のためには手段を選ばない人物のようだ。
「ボダルーダの盗賊は、実家と男爵令嬢のどちらだろうな」
街で聞き込んだ感じからも、男爵令嬢の婚約者への執着っぷりは有名で、彼女なら一緒に逃げた平民など躊躇わずに処分するだろう。砂漠で夫婦を襲ったのは男爵家の指示による盗賊の仕業ではないかと確信を深めた。そしてボダルーダの襲撃だが、その仕事ぶりは訓練された兵士に間違いなく、金稼ぎの男爵と考えるのは違和感がある。
「コウメイを連れ去ったのはギャレットの実家で、令嬢が雇ったのは冒険者崩れだな」
武力を売り物にする傭兵の中には、金さえ積めばどんな依頼でも引き受ける者もいるのだ。荒くれの集まる冒険者ギルドは、決して綺麗な組織ではない。法を犯さないギリギリで活動する者らを密かに飼い、必要に応じて使っている。男爵令嬢が依頼したのはそういう連中だ。
「ギルドに行ってみるか」
他人の依頼、しかも貴族がらみの依頼を真正面から問い合わせて答えが得られるわけはない。無駄だとわかっているが、ギルドの雰囲気から何かしらの情報が得られることを期待して、アキラは冒険者ギルドに向かった。
+
鉱山を抱える街だけあって、冒険者ギルドに掲示されている依頼は鉱夫や運搬業がほとんどだ。魔物討伐に魔獣肉や薬草の買い取りもあるが、それほど多くはない。そして護衛仕事は皆無だった。
掲示板の依頼に目を通したアキラは受付で一人の職員を捕まえ、腕利きの仲間のために短期の護衛仕事はないかとたずねた。
「悪いが、うちに護衛仕事はこない」
「魔鉱石の運搬の護衛だとか、鉱山の治安維持や見回りなどの求人もないのですか?」
「鉱山がらみの治安維持や護衛は、伯爵様の騎士団が独占しているからな」
「平民の護衛を騎士様がするのですか?」
「護衛の対象は魔鉱石だ」
伯爵領を守るのはゾーラント子爵が団長をつとめる伯爵家騎士団だ。彼らが領主様の鉱山事業の守備も務めているため、冒険者に護衛仕事が回ってくることはないそうだ。
「そうですか。仲間は力仕事に向いているので、護衛か討伐かを引き請けるのが一番なのですが」
「討伐ならゴブリンのがあるだろう」
「できれば宿を確保できる仕事がいいんです」
この街での宿の確保の難しさを理由にすると、職員はそれならやはり鉱夫だと言った。
「鉱夫用の宿舎に入れるぞ」
「掲示を見ましたが、どれも期間が数ヶ月以上のものばかりでした。私たちが街にいられるのは一、二ヶ月が限度なのです」
アキラは魔銀を購入しに来たこと、必要な量を買うために街に滞在する必要があり、寝所と仕事を探しているのだと説明する。
「寝所付きの仕事は他にないのですか?」
「食と住が約束されているのは鉱夫や運搬夫だ」
よほど人手不足なのだろう、職員の押しが強い。アキラはきっぱりと断わってギルド提携宿の紹介を頼んだ。
「ウチが持っている物件は運搬の連中の宿舎として使っている。街の宿を紹介できなくもないが、空きがあることが珍しいし、泊まれたとしてもホムロスよりもずっと高いぞ」
「そうですか。ホムロスの町に引き返して、出直したほうが良さそうですね」
この街の討伐や採取の報酬は特段高くも安くもないが、二ヶ月間の高額な宿泊料を払えるほどは稼げないだろう。
アキラは残念そうに礼を言ってギルドを後にした。
宿を探すふりをして街を散策し様子をうかがう。四件目の宿を出るころに五の鐘が鳴った。昼食を買いに広場の屋台に向かい、待ち合わせの人物を探す。
「客の多い肉の屋台は……あそこか」
ひときわ賑わう屋台に近づくと、鉢巻き姿の男がすぐに目についた。声を掛ける前に振り返った彼は、アキラを見つけて歯を見せて笑う。
「よう、おぞがっらじゃれーか」
「串肉をくわえたまま喋るな」
「へーへー。食うか?」
串肉の包みを差し出され、アキラは角ウサギ肉の一本を手に取った。塩だけで味付けされた肉を食べながら雑踏を歩く。
「いたぜ、コーメイ。ゾーラントって貴族の家だ」
「会ったのか?」
「いや、裏庭でオバサンが若いメイドを叱ってたんだよ、坊ちゃんに見蕩れて仕事をサボるなって」
病気療養していた子爵令息が、窓側で読書できるくらいに回復したらしく、若い下働きの女やメイドらが、見蕩れて仕事にならないとぼやいていたそうだ。
「コーメイの奴、鉄の飾格子とガラス窓越しに屋敷の若い女の子をたらしまくってるみてーだぜ」
「ゾーラント子爵……伯爵家の騎士団長を務める家か。そこがギャレットの実家で間違いなさそうだな」
「坊ちゃんはまだ全快してねーからって、ずっと部屋に籠もりっきりらしーぜ。監禁されてんだろーな」
「エラさんは?」
「そっちはわからなかった。コウメイがあの程度の警備を突破できねーわけねーから、たぶんあの屋敷にいるんじゃねーかな」
「彼女を盾にされて身動きが取れないのか」
「だと思うぜ。アキラは何かわかったのかよ?」
シュウに方針を問われたアキラは、食べかけの串肉を睨むように顔をしかめた。自分の命が脅かされる状況なら、コウメイは迷わず脱出しているはず。それをしていないのだ、危ないのは彼女なのだろう。コウメイのことだ、可能性が潰されていないかぎりエラと一緒の脱出を考えているに違いない。
「ギャレットがゾーラント子爵令息なら、シュテル男爵令嬢が婚約者なのも間違いなさそうだ」
貴族の結婚は契約だ。武門で経済的に厳しい子爵家にとり、商会が大成功を収め潤っている男爵家との婚姻は絶対に必要だろう。
「子爵家はエラさんだけじゃなくて、コウメイも取り込みたいのかもしれないな」
「どーいうこと?」
「あくまでも俺の推測だが、子爵家は資金援助のために男爵令嬢との結婚は継続しなければならない」
「コウメイを身代わりにかよ? 貴族って血統にこだわりそーだけど?」
「それはエラさんの産む子供がいる」
貴族男性に愛人や妾がいるのはよくあることだし、その一人が子供を産んだため引き取ったとすれば問題はない。
「ホムロスの町にまで子爵令息が病に伏せっている噂が広がっているんだ、コウメイが代理をさせられるのもそれほど長くはないだろう」
「……コーメイに代役で結婚させて、エラさんが子供産んだらそっちを跡取りにするってことか?」
「そう。跡継ぎができれば偽者は邪魔になる。令息は病弱だという噂があるから病死として処理し、男爵令嬢を実家に戻す。これなら契約は続行され円満にことがおさまる」
「円満じゃねーだろ。病死とか露骨だろー」
「俺の想像だぞ?」
「アキラが言うとそのとーりになりそーでコエーよ」
最後の串肉にかぶりついたシュウは、貴族怖い、アキラも怖いと呟いた。
「で、どーすんの? のんびりしてたらあっという間にコーメイの結婚式になりそーだぜ?」
「向こうの状況がわからないままでは動けないし……どうやってコウメイと連絡を取るかな」
アキラもシュウも、ここまで関わってしまった以上はエラを見捨てたくはない。一刻も早く動かなければと思うが、妊婦を脱出させる難しさがある。入念な打ち合わせが必要だが、その手段がないのだ。
「魔紙は使わねーのかよ?」
「見張られているとしたら、使うのは危険だ」
「なるほど、コウメイも寄こさねーし、こりゃ二十四時間張り付かれてそーだな」
監禁あるいは軟禁する場合、武器や怪しげな手荷物は取り上げるのが常套だ。魔紙も奪われている可能性がある。
「夜中にこっそり忍び込んで、見張り眠らせて打ち合わせるしかねーよな」
今回は空飛ぶ座布団も持ってきているのだから、深夜に子爵邸の屋根に降りて、屋根裏部屋あたりから忍び入るのも難しくはない。
「宿も見つからなかったことだし、一度街を出よう」
二人は夕食になりそうな料理を購入し、宿を取れなかった商人や旅人が街の外に向かう流れに紛れ込んだ。
「妙に兵士が多いぜ。赤と黒だ」
「赤いのはシュテル男爵の私兵だな」
街の外に向かって流れる人の波を見張るように兵士が立つ。その制服は黒と赤の二種類だが、赤いほうには見覚えがあり、黒い制服には街の紋章が入っている。両者の視点も違う。黒制服は街に入る者らを見ているが、赤制服は出て行く人々を入念に確かめている。
「おい、そこの銀髪」
シュウの陰に隠れるようにして歩いていたアキラを、赤制服の一人が呼び止めた。
「先ほどシュテル商会で魔銀を購入した者に間違いないな?」
「そうですが、何か?」
「商会より訴えがあった。取り調べるので騒がず同行せよ」
あちこちに散らばっていた赤制服がアキラを取り囲む。
シュウの視線が「突破するか?」とたずねる。
かすかに首を振って手出し無用と指示したアキラは、声を掛けてきた赤制服ににっこりとほほ笑んで返した。
「何か誤解があるようですね。ぜひ説明にうかがいましょう」




