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シュテル男爵家ご令嬢の探し人



 銀板の表示をたどればすぐに追いつけるだろうと考えていた二人だが、残念なことに彼らのペットはわがままであった。


「また止まった。今度は何だよ?」

「倒したことのない魔物を感知したらしい」

「馬のクセに、戦闘狂かよー」


 どうやら砂漠の疾走を楽しんでいたらしいアマイモ三号は、楽しい砂漠の運動を中断させられ不満のようだ。主人であるアキラの命令だというのに、勝手な理由でしばしば足を止めては憂さ晴らしをしている。

 アキラの手から手綱を奪い取ったシュウは、街道から勝手に外れようとするアマイモ三号に聞かせるように、大声を出した。


「もうコイツと箱馬車、捨てていこーぜ。早いとこコーメイの無事を確認してーのに、寄り道してる暇ねーんだ」

「そうだな、戻ってこないということは、何かしらの面倒に両足を突っ込んでいるに違いないんだ。のんびりしている暇はない」

「よし、じゃーこの辺にコイツ捨ててこーぜ」


 二人の棒読みの台詞を聞いたアマイモ三号は、それは命令なのか? と確かめるように振り返る。シュウが手綱を手放し、アキラが腰鞄の手荷物を確かめるのを見た戦軍馬は、捨ててゆく「コイツ」が自分であると理解した。

 途端、アマイモ三号の力強い前足が地面を蹴った。

 蹄の形の穴を開けながら、車軸が悲鳴を上げるスピードで疾走しはじめる。


「おわっ、あっぶねー!」

「何か落ちる音がしたぞ。割れ物じゃなきゃいいんだが」


 御者台から転がり落ちそうになったシュウは、座面にしがみついた。箱馬車の壁に背を預けていたアキラは、壁面に備え付けたランプか、寝台がわりの箱が転がったのだろうかと眉間を揉む。


「本当に、面倒くさいペットだ」

「最初っからこーやって走れよなー」


 街道に戻ったアマイモ三号は、徒歩の旅人や他の馬車を蹴散らす勢いで疾走した。


   +


 この先に大きな商業都市や、保養地があるわけでもないのに、街道は人や馬車で混み合ってきた。列になる馬車の横を徒歩の旅人が抜いて行くが、その足もすぐに止まる。


「兵士がいるらしいですよ」

「検問をしているようです」


 ザワザワと前方から流れてきた情報を聞き、シュウは屋根のうえに上がって目を凝らした。アキラは手綱に魔力を流し、用意していた認識阻害の魔術を発動させる。これで鹿皮の偽装の不自然さも誤魔化せるだろう。


「十人くらいかなー。ガチガチに鎧で固めた兵士がいるぜ」

「何かあったのかな」

「検問っつったら普通は指名手配犯を探してるとかー、近くの町から罪人が逃げ出したとかー、どっかの村が襲われてその犯人を捜してるとかじゃねーの?」

「こんなところで検問したって無意味だろうに」

「だよなー」


 人通りが多く整備された安全な道は、人の記憶にも残りやすく痕跡も隠しにくいため逃走には不向きだ。犯罪者は道なき道を隠れて逃走する。街道に検問を作ったところで、後ろ暗い連中は手前で大きく逸れ、森や林に身を隠して通過する。だからこそ町門での検めが重要になるのだ。


「迂回するかー?」

「今からだと不審に思われるだけだ。そのまま進もう」


 ゆっくりと、だが確実に列が進み、彼らの馬車の番がやってきた。

 兵士の赤い制服には町の紋章は入っていなかった。どこかの私兵のようだ。街道を私的に通行止めにできるのだ、おそらくは主人は貴族だろう。

 私兵らの検めは、徒歩の旅人には緩く、人を隠せそうな馬車には念入りだった。


「中を検めるぞ」

「お前たちはそこを動くな」

「おい、入り口はどこだ?」


 扉どころか窓らしきものも見あたらないと兵士がアキラを睨む。シュウが御者台の後ろを指さした。


「出入りはこっちだぜ」

「中は暗くて狭いですよ。窓を開けますので少し待ってください」


 二人を押しのけて中に入った兵士が文句を言う前に、アキラが片面の上壁を大きく開いた。目を丸くした兵士らだが、すぐに明るくなった室内を手荒く捜しはじめた。蓋をしてある箱を開け、樽を蹴り、毛布や寝具をめくって落とす。天井入り口に気づいて屋根の上にもあがった。


「あーあ、ぐちゃぐちゃにしやがって。片付けるの面倒なんだぞー」

「今の蹴りで簡易冷凍庫(樽)が壊れたな」


 探しているのは物ではなく人のようだ。アキラは対外用の微笑みで兵士にたずねた。


「ずいぶんと入念ですが、どのような犯罪者を探しているのでしょうか? 手配書があるなら見せてもらえませんか? どこかで見かけたかもしれませんよ」

「手配書はないが……お前たちは冒険者だな。それなら女薬草冒険者を見かけたら、シュテル男爵家に知らせてくれ。二十歳くらいの明るい栗毛の女だ」


 探されている人物に心当たりのある二人は、密かに顔を見合わせた。もしや霊園手前の襲撃もそのシュテル男爵家の指示によるものだろうか。


「男爵様に手配されるなんて、その女薬草冒険者はいったいどんな悪事を働いたのです?」

「詳しくは言えんが、(かどわ)かしだ」

「拐かし……」

「情報提供者には報償を支払う用意がある」


 兵士は連絡先の書かれた板紙をアキラに押しつけ、期待しているぞと肩を叩く。

 行って良し、と通過を許された二人は、自然な速度で馬車を走らせた。検問の場所が豆粒ほど小さくなってから、ようやく板紙に目を落とす。


「シュテル男爵、ハルドラット地方のホムロス町の領主だそうだ」


 拐かしと説明されたが、誰がさらわれたのかは教えられなかった。手配のために罪状をでっち上げたのか、それとも兵士らにも教えられていないのかはわからない。 


「コーメイさらったのって、やっぱそいつら?」

「どうだろうな。探しているのはエラさんだから検問に引っかからなかったのかも……」


 考え込むアキラを他所に、シュウはサンステンの地図を広げた。銀板に表示された地図を横に並べ、コウメイの位置を探す。


「その男爵が犯人かはわかんねーけど、コウメイがいるのがリスビンデって街なのは間違いなさそーだぜ」

「ホムロスは隣町なのか」


 地図を指先でなぞったアキラは、二つの町の距離を計算し決断する。


「先にシュテル男爵を探ったほうが良さそうだ」

「コーメイ助けなくていいのかよ?」

「子供じゃないんだ、自力で脱出くらいするだろ」

「エラさんもいるんだぜ。俺らが駆けつけるまで囚われの王子様やってそーだなー」


 赤の他人とはいえ妊婦を人質にされれば、コウメイの性格なら力任せの脱出は選ばないぞとシュウが指摘する。


「あいつが大人しく囚われているわけないし、王子様という柄じゃない」

「囚われの死神……なんかほっといても大丈夫そーだけど、エラさんにとってコウメイの顔は王子様っぽいし、貴族も関係してるんなら色々こじれてそー」

「だからこそ、情報収集が必要なんだ」


 アキラは二人の襲撃を命じたのが誰なのかを考え続けてきた。砂漠と霊園のどちらも、エラに嫉妬した平民女性はありえないだろうと考えていた。費用と手間を考えれば権力を持つ者と考えるのが自然だ。ギャレットの関係者が怪しいと思っていたが、先ほどの検問で新たにシュテル男爵の可能性も浮かんできた。


「まあ、シュテル男爵の可能性は低いとは思うが」

「何で? さっきのアヤシーじゃねーか」

「男の薬草冒険者を探していたのなら可能性として排除できないが、探していたのは女性だ。探すくらいなら襲撃はしないだろう?」

「それはそーかなー」


 さらった犯人の目的はともかく、男爵がエラと思われる薬草冒険者を探しているのは間違いないのだ。こちらの目的も調べておいたほうがいいのは間違いない。


「なんか推理小説っぽくなってきたなー」

「面白がるな」


 アキラは畳んだ地図でシュウを小突いた。

 どちらにしても貴族が絡む厄介ごとに巻き込まれているのだ、コウメイを救出して終わるような単純な話ではないだろう。


「いくぞ、目的地はハルドラット地方だ」

「りょーかい。アマイモ三号、頼んだぜー」


 シュウの声が届くと、鋼の軍馬は任せておけと返事をするように頭を振ってから、その速度を上げたのだった。


   +++


 リスビンデ領都の手前にあるホムロスは、ほどほどに賑わう田舎町だ。

 アキラとシュウは町の手前にある林に馬車とアマイモ三号を隠し、偽装した荷袋を背負って徒歩で町に入った。


「この宿も駄目だったか」


 目立った特産物があるわけでもなく、産業が発展しているわけでもないのに、この町で宿を取る旅人は多い。三件目の宿屋で宿泊を断わられた二人は、大通りに並ぶ建物の列を振り返る。この通りに面した建物全てが宿屋だが、そのほとんどの軒先に満室を示す旗がかけられていた。断わられたばかりの宿も、アキラの二つ前の客で満室になったのだ。


「今日は祭りかなにかかよ?」


 シュウは耳を澄ませて祭りの気配を聞き取ろうとするが、それらしき賑わいは伝わってこない。自力で空き部屋を探すのを諦めた二人は、冒険者ギルドに向かった。


「この様子じゃ、ギルド提携の宿も満室かもなー」


 ダメ元でと足を向けたが、やはり空き宿はないと申し訳なさそうに謝られてしまった。同じように断わられた冒険者らがロビーの床を寝所にしようとして職員に追い出されている。


「この町、規模のわりに宿が多いよな。それ以上に旅人が多いけど」

「今日は何かの催しがあるのですか?」

「普段からホムロスはこんな感じですよ」


 戸惑う二人に、褐色に日焼けしたギルド職員が慣れた様子で説明する。


「ハルドラット地方で魔鉱石が産出することは知ってますか?」

「マコー石?」

「魔鉱石、魔力を帯びた岩石だ」


 魔術師であるアキラには馴染みのある素材だった。


「普通の鉱石と違って魔力の通りが良い特性があり、防具や魔道具などに多く使われているんだ」

「詳しいんですね、もしかしてあなた、専門家?」

「いいえ、以前に魔道具の修理をしていたことがあるだけです。ではこの賑わいは魔鉱石の取り引き目当てですか」


 そうだよ、と褐色の職員は大きく頷いた。

 鉱山主であるハルドラット領主は、魔鉱石の取り引きをリスビンデ領都の街中でだけ行うと決めていた。取り扱いを許された商会も街外に販売店や窓口を作ることは許されておらず、大口小口にかかわらずリスビンデでしか取引が行われない。


「だから魔鉱石を買いたければここまでくるしかないけど、リスビンデの宿は数が少なくて値段が高いから」

「手前の町に手頃な宿をたくさん作ったのか」


 ホムロス町からリスビンデ街までは馬車で鐘一つ半、開門と同時に出発すれば日帰りも可能な距離だ。魔鉱石の運搬や馬車の護衛の仕事も多く、ホムロスを拠点にする冒険者は多いらしい。


「その魔鉱石って、そんなに高価なのかよ?」

「物による、かな」


 アキラはずいぶん前に魔法使いギルドで手伝わされていた仕事を思い出していた。

 魔鉱石にも種類があり、魔鉄や魔銅は耐久性や軽量化を求める道具や武器に使われている。兵士の鎧や武器、貴族の馬車らにもだ。扱いの難しい魔鉱石を打てる鍛冶師は、どこの工房でも引っ張りだこだ。

 魔法使いギルドが買い入れていたのは魔銀や魔晶石だ。魔力に染まりやすい魔銀は、品質の良い魔道具や魔武具を作るのには欠かせない素材だが、産出する鉱山は大陸に二つしか存在せず、価格もかなり高かったと記憶していた。


「確か当時は五十ラル(グラム)で五千ダルくらいだった」

「ふーん?」


 高いのか安いのかわからないと首を傾げるシュウの耳元で、アキラは職員に聞こえないようにこっそりと囁いた。


「シュウのサークレットにも使われているぞ。たしか五百ラルくらいだから、魔銀だけで五万ダルだ」


 当然サークレットは魔銀そのままではなく、複数の素材や魔力を練り込んで製造されている。錬金加工代金の他にもデザイン料や魔術効果にあわせた料金が上乗せされるため、正規の手段で入手しようとすれば、数十万ダル、いや百万ダルは余裕で請求される品だ。


「まじかー、……あ」


 鉢巻き越しにサークレットを押さえたシュウが、鼻の下を伸ばし品のない笑みを浮かべたのをアキラは見逃さなかった。襟首をつかまえて引き寄せ、穏やかだが温度の感じられない声で問いかける。


「まさか質入れしようなんて、考えていないだろうな?」

「えー、まさかー?」


 口では否定しているが、シュウの視線はアキラを避けるように泳いだ。


「けどさー、財布落として無一文になったときとかは仕方ねーよな?」

「シュウなら高額な魔物もすぐに狩れるだろう?」

「近くに手頃な魔物がいなかったらどーすんだよ?」

「そんなときのために上着の襟裏に硬貨を隠してるんだろうが」

「あー、そーだった」


 上着を脱ぎ捨てて一人砂漠を疾走した失敗から、ブーツの靴底や、ズボンの腹部分にも隠しポケットをつけていた。全部合わせれば、財布を落としても武術大会への参加費用を余裕で支払えるだろう。

 残念そうにため息をつくシュウを、アキラは呆れ顔で睨む。


「よく考えろよ、売ったのと同額では買い戻せないんだぞ、そんな大金をどうやって捻出するんだ?」


 俺は出さないぞ、と釘を刺し「コウメイも手伝わないと思うぞ」と二本目の釘も打ち込んだ。


「だよなー」

「あと、ミシェルさんにバレたら雷落とされる」

「細目が一発でぶっ倒れるヤツか。俺まだ死にたくねーなー」

「だいたいシュウはソレの扱いが雑すぎる」


 唯一無二の魔武具というだけでなく、多くの希少な素材と紫級魔術師の秘技によって完成したサークレットなのだから、そのへんに投げ置いたり、ましてや間違って尻で踏んだりするな、と普段から思っていただろう小言がアキラの口から出てきた。


「だから売らねーって。もういいだろ!」


 ちょっと大金に目がくらんで想像しただけで実行したわけではないのだ。それに論点がズレはじめている。ズレても説教なのは勘弁してくれと、シュウは強引に話を止めた。

 魔銀の価格に詳しい様子に、職員はアキラとシュウを魔鉱石を買いに来た商人とその護衛だと思ったようだ。


「魔銀の仕入れに来たのなら、シュテル商会に行くといいよ」


 彼の口から出た男爵家と同じ名前に、アキラの笑顔が美しくほころんだ。


「男爵様と同じ家名なんですね。もしかして?」

「ああ、この町の領主様の商会だよ」


 口上のなめらかな職員によれば、シュテル男爵はハルドラット伯爵の家門では新興の貴族家だそうだ。先代までは平民であったシュテル男爵は、ホムロスに宿場町を作って栄えさせた。その功績への報償として伯爵より魔銀と魔晶石の販売権を与えられたそうだ。魔鉄や魔銅らは大口の取引先があるが、魔銀の販売先は魔法使いギルドくらいしかない。せっかくの販売権だが手間ばかりかかるカスを押しつけたと、古くからの家門らは嘲笑って溜飲を下げていた。ところが男爵がインゴットではなく宝飾品に加工して売り出したところ、流行に敏感な個人客や宝飾商人の目にとまり、今では手広い商いで財を稼いでいるという。


「なるほど、魔銀の輝きは普通の銀よりも美しいですし、魔力を帯びていますからお守り代わりに求める人は多いでしょうね」


 魔術師の作るアミュレットと比較すれば、その効果はささやかなおまじない程度だ。だが身につけた際の見栄えを気にする女性には、魔術師の作るセンスのないアミュレットよりも、シュテル商会の美しい宝飾のほうが評価が高い。


「シュテル商会は女性向けの店ですが、男性のあなたにも似合う品があると思います。ぜひ行ってみてくださいよ」


 商会の宣伝が熱心すぎて怪しいが、情報を聞き出すチャンスである。アキラは興味があるふりでたずねた。


「男爵様は商才のある方なのですね。女性向けの宝飾品に目をつけるなんて、男性はなかなか思いつきませんよ」

「実は男爵様ではなく、発案したのはお嬢様なんですよ」


 職員は才能にあふれた美しい男爵令嬢を褒め称えた。魔銀と魔晶石の宝飾品で財を得た令嬢は、才気にあふれ行動力のある人物だそうだ。男爵家には跡取りの長男がいるが、そちらよりも末のご令嬢が爵位を継いだほうが領地も栄えるだろうと評判らしい。


「才媛ですね」

「しかもお美しくて求婚者が列を連ねていたと聞いています。でもね……」


 褐色の職員は声を落として残念そうに語った。

 令嬢は求婚者に見向きもせず、幼いころから思いを寄せていた子爵令息と婚約したそうだ。だが不幸なことに、三年前に令息が病に倒れてしまい、結婚が延期されているのだという。


「お嬢様ほど美しく才能に恵まれ財産もあれば、もっと良い縁談はいくらでもあると思うんだよね」


 健康的な肌を怒りに染めて、職員は病弱な子爵令息への不満を口にする。


「確かに子爵様は男爵様より上だけど、まともな医者にもかかれないような貧乏貴族にお嬢様はもったいないよ、そう思わないか?」


 三年も寝たきりで起き上がれない病弱さを理由にすれば婚約の解消は難しくないはずなのに、男爵令嬢は婚約者が病を克服するのを待ち続けているのだという。


「へー、婚約者にそこまで惚れてるなんて、健気じゃねーか」

「ああ、だからでしょうか」


 シュウは職員の愚痴に調子を合わせ、アキラは得心したというように頷いて誘導する。


「街道でシュテル男爵の兵が、薬草冒険者を探していたんですよ」

「すげー熱心に探してたよな。あれ、婚約者のためだったのかなー」

「男爵の兵士が?」


 職員は「聞いていないぞ」と眉をひそめた。薬草冒険者の管轄は冒険者ギルドだ。兵士に探させるよりも、冒険者ギルドの情報網を使うほうが効率もよいし信頼のおける薬魔術師を探せる。なのに自領のギルドを無視した手配は、信用していないと明言したも同然だ。


「お嬢様に限って、そんなことは……」


 心酔している男爵令嬢の不可解な行動を知り、ガッカリする職員を軽く励まして、二人はギルドを出た。


   +


 そろそろ閉門時間が近づいていた。

 宿を取れなかった旅人や冒険者は、男爵が用意した広場にテントを張り野宿の支度をはじめている。二人は箱馬車に戻ると決め、市場の屋台で食料を調達し町を出た。

 すっかり日が暮れ、無数の星が空に輝きはじめる。町壁が見えなくなり林に向かって街道を逸れたあたりで、二人はホムロス町で得た情報を整理しはじめた。


「男爵のおじょー様が探してるのって、やっぱ婚約者のための薬草冒険者なのかなー」

「まさか。下位とはいえ貴族、しかも財産がたんまりとあるご令嬢だぞ。普通なら医薬師ギルドを通じて高位の治療魔術師を手配するだろうし、それが出来なければ薬魔術師、腕の良い医者や薬師、となるはずだ」


 冒険者ギルドに隠れて私兵に探させているのは、後ろ暗い目的があるからだろう。


「女薬草冒険者を探しているのか、ギャレットの(エラ)を探しているのかでも話は変わってきそうだな」

「エラさんに嫌がらせしてたのは男爵のおじょー様じゃねーってことか?」

「普通に考えて、貴族は嫌がらせんなんてしないで、邪魔者は即座に排除するぞ。相手が平民ならなおさらだ」

「じゃーなんでエラさんを探してんだよ?」

「男爵が探しているのがエラさんだと決まったわけじゃない。女性の薬草冒険者はどこにでもいるし、兵士も明言していなかった」

「けど状況的に他は考えられねーぜ」


 偶然にしてはできすぎているとシュウが強く主張する。


「病気の婚約者ってのがギャレットさんだったら、すげーキレイにハマるじゃねーか」

「そうだな。だが砂漠を越える旅のできる冒険者が病弱であるはずがない」


 それに死体は健康的な成人男性の体格だった。


「今は健康になったのかもしれねーだろ」

「あるいはどこかの誰かがギャレットさんの不在を隠すために流したデマか。どちらにしても不確定要素が多すぎるな……」


 帰り着いた林には、箱馬車だけがぽつりと寂しく置き去りにされていた。


「あー、またアマイモ三号が抜け出してるぜ」


 箱馬車につないであったはずの軍馬の姿はない。かの魔武具は主に似たのか、器用に手綱も馬具も自分で外してしまう。


「アマイ」

「放っておけ、面倒くさい」


 呼ばなくてもそのうち戻ってくるとシュウを止めたアキラは、箱馬車に入り折りたたみのテーブルを設置した。携帯型魔道コンロでハギ茶を沸かし、冷めてしまった屋台料理を手早く温める。


「「いただきます」」


 魔猪肉と根菜の煮込み、香草を練り込んだバターを塗って焼いたパン、薄切りにして焼いた角ウサギ肉、それらをつまみながら二人は明日の予定を確認する


「早朝に出発し、開門と同時にリスピンテ街に入る。俺は街で情報収集にあたる。シュウは銀板の示す場所を見つけてくれ」

「コウメイがいたらどーする?」

「接触できそうならあちらの状況を聞き取ってほしいが、多分無理だと思うぞ」


 襲撃という荒っぽい方法で連れ帰った人物を、外部に接触できるほど自由にさせているはずがない。シュウが強引に侵入するのでなければ接触はできないだろう。


「ギャレットさんって、実はタラシヤローだったのかなー」

「……似ている別人のそういう尻拭いは、絶対にごめんだな」


 アキラのため息は深く重かった。


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