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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
12章 砂に埋もれた面影

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弔い



 女神の恩恵を授けるだけではなく、死者が神のもとへ向かう階段に導く役割が神殿にはあった。

 ギャレットの死亡証明書を持参して埋葬許可と墓標の申請にやってきたアキラは、神官の長ったらしい説明に興味深げに耳を傾ける。


「死した人は生きた時間と同じ数の階段をのぼります。神のもとに辿り着くまでには、その者の人生と同じだけの時間がかかるのです。またその者が経験してきたすべて、苦も楽も悲も喜も、再び踏み越えねばならないのですよ。ですが真摯に祈れば、一歩で多くの階段を上ることができるのです。そうして辿り着いたそこに御座す神に、新たな命を頂くのです」

「なるほど、寄進によって神への階段が短くなると」

「祈りによって、でございますよ」


 金ではない、祈りのためだと神官は繰り返す。神に声を届けるには、決まった手順と目印が必要で、それを用意するには金がかかる、というわけだ。


「して、墓標はどれにいたします?」


 目の前に並べられているのは、墓標の見本だ。木製が最も安価で、ついで石標となるが、その大きさと厚み、刻印される文字の数によって値段は変わる。

 究極の選択を迫られたアキラは、見本を前に困り果てていた。

 家族や仲間の墓標なら迷いはしないが、今回はよく似てはいるが赤の他人、しかもアキラは代理としてやってきたのだ。後で必要経費を請求せねばならないが、エラが払えない額では困るのに、アキラは彼女の経済状態を知らない。

 教会の管理する墓地に埋葬されるのは、墓標が朽ちるまでという規則がある。木製の墓標は数年しか保たないだろう。その後は誰の者ともわからない遺骨とともに土に還される。


「……あの顔が悪いんだ」


 赤の他人の墓標に金は掛けられないが、遺体が打ち棄てづらいよく知った顔をしているせいで値切りもできない。しばらく悩んだアキラは中程度の石柱の墓標を指定し、求められた額を寄進した。神官によれば、この石柱墓標は五十年は保つという。刻む名は死亡証明書と同じ、埋葬される場所はこちら、とアキラは粛々と手続きを済ませてゆく。


「こちらの書類を墓地管理人に渡せば、あとは埋葬まで任せられますよ」


 名を刻まれた墓標に祈りを捧げた後、必要書類とともに手渡されたのだが、立派なだけあって非常に重かった。これを担いで冒険者ギルドにまで戻る道のりを考えたアキラは、神官に隠れて魔紙を飛ばし荷運び担当を呼ぶ。


「でかっ」


 すぐにやってきたシュウは、用意されていた墓標の大きさに目を丸くした。

 腰の高さほどまである艶々と磨かれた石柱は、下級貴族や裕福な平民が選ぶランクの墓標だ。墓石を担いだシュウは、見送りの神官から高額寄進の礼をいわれて呆れ顔でアキラを注意した。


「多分エラさんは払えねーぞ」

「だからって木製にするわけにはゆかないだろう」

「どーかなー。俺ら、こっちの常識に疎いし?」


 スタンピードの現場や戦いの中で人が死ぬのは何度も見てきた。だがその先の、弔いに関わるのはこれがはじめてだ。


「これから子供産んで育てるんだぜ。すぐには働けねーだろーし、金はいくらあっても足りねーだろーに。もっと安いのを選べよなー」

「仕方ないだろう、コウメイと同じ顔なんだぞ。あまり安物は……後味がな」

「あー、そーかもなー」


 コウメイ本人は似すぎた厄介な他人に感慨や思い入れはないようだった。しかしアキラとシュウはそうもゆかない。死顔にコウメイが重なって見えてしまい、そのたびに痛みだったり締め付けだったり息詰まりだったりと、精神的な疲労が重なっていた。


「さっさとケリつけて、砂漠に戻ろーぜ」

「そうだな、弔いで一区切りつく」


 二人は砂まじりの風の中を、まっすぐに墓地霊園に向かった。


   +


 北門はボダルーダの街で最も小さい門だ。王都へ向かう街道に繋がるのは東門、討伐や採取場である森に向かうには西門を使う。北門を使うのは死者を弔う人々だけだ。門の前には手向けの花を売る屋台が出ている。

 門を出た二人は、少し先に見える小高い丘を目指した。緩やかな坂の石畳に、風に吹かれた花びらが舞っていた。


「あれは、何だ」

「血の臭いがするぜ」


 打ち壊された屋台の残骸と大量の花々と、少なくはない血痕。


「俺たちの箱馬車だ」


 杖を手にしたアキラは素早く周囲を見渡す。見晴らしの良いそこには曲者が身を隠せる場所はない。隠れているとしたら箱馬車の中だが。


「誰もいねぇぜ」


 墓標を投げ出して箱馬車に踏み込んだシュウが、すぐに顔を出して荒らされてもいなければ誰も隠れていないと言った。


「ギャレットさんは残されてた。誰も中に入った様子がねーぜ」

「馬車を止めて花を買ってるときに襲われたのか……襲撃者の人数はわかるか?」

「んー、石畳って足跡がわかりにくいんだよなー」


 膝をついたシュウは必死に痕跡を読み取ろうとしていた。高さや角度、位置を変えて足跡を探す。


「コウメイとエラさん以外は五人か六人。ここらに倒れたみてーだぜ」

「ここの石畳が変色している……魔術の残滓だな。この色は魔術玉か」


 膝を突いたアキラが、黒紫色に変色した石に触れようとして、寸前で手を止めた。


「毒を使われたようだ」

「うわー、サイアクじゃねーかよ」

「致死毒じゃないと思う。強力な麻痺か眠り薬だ」


 残された血痕は、毒を使われたコウメイが、倒れる寸前に二人を斬り倒したものだろう。


「どーする?」

「銀板は?」

「えーと。お、移動してるみてーだぜ」


 箱馬車が荒らされていないということは、襲撃者の目的はエラかコウメイ、いやギャレットだろう。


「追いかけよーぜ」

「いや、今すぐ命が危ないという状況ではなさそうだ、ひとまず彼を弔おう」


 殺人が目的なら毒を使った後でとどめをさし放置すれば済む。エラが盗賊に襲撃されたとあちこちで報告しているのだ、発見されても砂漠の盗賊の報復だと判断されるはず。この場で殺さずに連れ去ったということは、目的は命ではなく生きた誰かの捕縛だ。


「エラさんって、どっかのお嬢さんだったりするのかな?」

「ギャレットさんの実家の可能性もあるぞ」

「どっちだろーなー」

「どちらであっても、厄介ごとに巻き込まれたのに違いはない」

「だよなー」


 顔を見合わせた二人は、うんざりしたように笑い合った。

 コウメイと同じ顔をした死体と出会ったときから、薄々何かしらの面倒に巻き込まれそうだと覚悟はしていたのだ。


「当面は問題ねーとしても、のんびりしてらんねーな」

「ああ、弔いを急ごう」


 置きっぱなしにされていた箱馬車に乗り、アマイモ三号に動けと命ずる。

 御者台に並んで座ったシュウは、カポカポと規則正しい足音を立てる戦軍馬を眺めて、ふとアキラに問うた。


「アマイモ三号はなんか見てねーのかな?」

「魔武具はしゃべらない」

「けどイエスかノーで聞くくらいはできそーだけど」


 シュウの提案に少し考えてから、アキラは声に魔力を込めた。


「……二人は生きているのか?」


 馬の頭は「さぁ?」と疑問符を浮かべた人のように小さく首を傾げる。


「興味ねーことはトコトン無視って、コイツもブレねーのな」


 杖と同じだ、とシュウは苦笑いだ。


「肝心なときに役に立たない魔武具だな」


 ボソリと吐き捨てたアキラの声が届いたのだろう、アマイモ三号は全身を小刻みに震わせた後、これまでの名誉挽回とでもいうように全速力で駆け出したのだった。


   +++


 霊園管理人が案内したのは、同じような石柱墓標の集まる一角だ。

 少しでも早く終わらせようと、シュウが穴掘り人夫を手伝う。

 穴底に納めた見慣れた他人の顔は、穏やかにほほ笑んでいるように見えた。


「想像してたより、キツイなー」

「ああ……」


 いくら穏やかな顔をしていても、別人だとわかっていても、土を被せるのは心が痛んだ。


「俺は仲間の墓穴なんて掘りたくねーからな」

「もちろんだ。だが……」


 この世界に放り出されたころから面差しは大きく変わってしまった自分たちだが、年齢だけはほとんど変化していない。けれど不死ではない自分たちにも、いつかは死を迎える日が来るだろう。それがずっと遠くであるようにと願った。

 強風が吹き付け、シュウの鉢巻きとアキラのマントが激しく揺れた。

 砂漠からの強い風は、ボダルーダ周辺に乾いた砂を運んでくる。

 隣の墓標が砂で白く曇っていた。


「急がないと夜になる」

「そーだな」


 シュウは積み上げていた土を穴に戻した。


「ギャレットさんだっけ、嫁さんのことは俺らに任せて、ゆっくり眠ってくれよ」


 埋葬を終えた彼らは、霊園管理人に花の屋台の惨状と道に残る血痕の通報を頼んでから、そのまま銀板の印を追いかけた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 嫉妬しがちなヤバい杖に続き感情?を持った魔(改造)武具のアマイモがカワイイ 役立たずの名誉挽回に打ち震える姿いいですねぇ 聞かれても興味ないから…って所が実に機械的 銀の君安定の価値観バグ…
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