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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
12章 砂に埋もれた面影

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よく似た他人



 箱馬車が滑り出した。

 砂漠強盗から奪った五頭のラカメルにも引かせれば速度を上げられるのだが、アマイモ三号が嫌がった。


「……飼い馬のくせに、わがままな」


 アキラの呟きに震えはしたが、それでもラカメルと同等の扱いはアマイモ三号のプライドが許さないらしい。結局五頭は箱馬車の後ろに繋いだ。

 砂塵を避けるように締め切られた箱馬車の内側は、魔道ランプのやわらかな光に照らされている。どの方角を見ても果てのない砂漠の厳しさに絶望していた彼女は、壁に囲まれた小さな空間に安らぎを感じたのだろう、壁にもたれたまま目を閉じそのまま眠ってしまった。

 水と煎餅を手に寝室に入ったアキラは、彼女に毛布を掛け、魔道ランプの光を小さくして静かに御者台に戻る。屋根の上から手を伸ばしたシュウが煎餅を摘まんで囓った。


「エラさん、食わなかったのか?」

「眠っていた。心身ともに疲れているんだろう」

「ショックだったろーなー、旦那が目の前で死んじまったらしーし」

「旦那って、やっぱりアレか?」

「そ、コーメイのそっくりさん」


 手綱を握る彼は無言で、頭の上から降ってくる煎餅カスを不快そうに払った。


「ギャレットといったか、彼は二十歳そこそこに見えたな」

「コウメイが若いままだから、兄弟みてーだけど、実年齢的には親子だよなー」

「……何が言いたい?」

「二十年くらい前に心当たりねーの?」

「あるわけねぇだろ!」


 さすがにコウメイが即座に否定する。


「コウメイの息子じゃないとしたら、すごい偶然だな」


 しかもその偶然には厄介事が付随しているのだ。


「盗賊に襲われたのは偶然か?」

「エラさんに聞いてみねーとわかんねーけど、多分違うっぽい」


 シュウの声が低く沈んだ。


「この箱馬車を見て、俺も追っ手の仲間なのかって警戒された」

「追っ手、ね」


 ラカメルの脚の切断面や、ギャレットの体にあった矢傷は全て背後から受けたものだ。


「彼女らは犯罪者だと思うか?」

「違うだろーなー。それにどー見てもあっちのほうが悪者顔だし」

「犯罪は顔でするわけじゃないが……コウメイの顔で罪を重ねるなら、結婚詐欺とかか?」

「おい、アキ、それはねぇだろ」

「冗談だ、気にするな」


 それまで黙って二人の考察を聞いていたコウメイが、勝手に罪名を決めるなと口を挟む。アキラはさらりと流したが、シュウは「シャレになんねーよ」と小さく呟いた。


「コーメイのそっくりさんが手配されてるかどーかは、ボダルーダに着けばわかるんじゃねーの?」

「手配されているのは彼女のほうかもしれねぇだろ」


 だがエラは街に戻るのを嫌がらなかった。犯罪者ではない、少なくとも手配されてはいないだろう。


「じゃ何から逃げてんだと思う? 借金かなー、それとも駆け落ち?」

「シュウ、下世話だぞ」

「だってさー、アキラだって気になってるから、色々考えてんだろー?」


 他人に、しかも厄介事を背負っているのがはっきりした人物に、アキラが珍しく興味を向けているのは、コウメイそっくりな男の背景が気になるからじゃないのかと指摘する。


「気にならないはずがないだろう。亡くなっているんだぞ……コウメイが間違えられる可能性があるじゃないか」


 死体が犯罪者であれば、間違えられたコウメイが逮捕される可能性がある。追われているならば、誤解されたまま追われる可能性がある。その不安を払拭しない限り、サンステン国に気楽に立ち寄れなくなる。


「遺体を回収したのは、別人だって証明するためか」

「えー、コウメイの顔の死体、魔物に食わせたくなかったからじゃねーの?」

「それもあるが、証言を積み重ねる必要があるからな。門兵と街兵、行政舎の役人と教会、あとは冒険者ギルド、そのあたりを連れ回せば何とかなるだろう」


 街門での検め、砂漠強盗の通報、死者を弔う手続き、冒険者ギルドへの報告、これだけ徹底しておけば、万が一間違えられても別人であると証明できる。


「じゃあさー、エラさんの手助けとかしねーの?」

「仕事として依頼されたのならまだしも、砂漠で保護して、夫の遺体を運んでいるだろう、善意は十分だと思うぞ」


 ギャレットがコウメイと同じ顔をしていなければ、彼女に水と食料とラカメルを渡してあの場で別れていたはずだ。


「まったくだ、自分と同じ顔の男の厄介事なんか、関わりたくねぇよ」

「そりゃそーか」


 よく似た他人のアレコレを代わりに背負わされてはたまらない。

 夫との別れの時間を過ごす彼女に箱馬車内を譲った三人は、砂の海を眺めながらこれからどうするかを話し合っていた。


   +


 砂漠の景色を見飽きたころ、控えめに壁を叩く音が聞こえた。

 三人は顔を見合わせ、小さく頷き合う。


「入るぜー」


 明るく声をかけて扉を開けた。

 助けに駆けつけたシュウは覚えていたのだろう、人懐っこく笑いかける顔を見て彼女が安堵の息をつく。

 続いたアキラが魔道ランプの光を強めた。

 室内が昼間のように明るくなると、彼女の目の周りが赤く腫れているのがわかる。何度も噛んだのだろう、唇にも血が滲んでいた。


「エラさんだっけ、腹減ってねーか?」

「水と、携帯食です。遠慮はなさらないでください。ボダルーダに着いたら色々と仕事が待っているのですから、体力は回復させておかないと保ちませんよ」


 差し出された小さな水筒と煎餅から、手、腕、肩と移動した視線が、アキラの顔に辿り着いてぽかんと口が開く。


「で、あんたは何者なんだ?」


 最後に入ってきたコウメイの尖った声にびくりと彼女の身体が跳ねる。振り返った彼女は息をのんだ。横たわる夫と扉の側で立つコウメイを見比べ、警戒するように腹の辺りで手を組む。


「あんたたちこそ、何者?」

「ただの冒険者だぜ」


 彼女は疑うような視線で室内を見渡した。

 限られた空間ながらも居心地良く整えられた寝室のような箱馬車は、そこらへんの冒険者が所有できるものではない。たった一人で盗賊五人をあっという間に無力化する腕は一流以上だし、貴族のような美しい冒険者など存在するわけがない。彼女は警戒を抑えて水筒を受け取った。


「助けてくれてありがとう。ギャレットも……一緒に連れ帰ってくれて、本当に感謝しかないわ」


 深々と頭を下げてから、彼女はようやく渇いた喉を潤した。


「この箱馬車、どこに向かってるの? ダッタザート?」

「ボダルーダですよ。ダッタザートよりも近いので。不都合ですか?」

「そんな贅沢は言えないけど……ただ、あんたたちに迷惑をかけるかも」


 チラリ、チラリと、彼女の視線がコウメイに流れている。


「そーいや名乗ってなかったよな。俺はシュウ、冒険者だ。こっちのが仲間の」

「アキラと申します」

「美人でびっくりしただろ? それで奥のが――」

「……コウメイだ」


 刺々しさを隠そうともしない彼を探るように見つめた彼女は、覚悟を決めて問うた。


「コウメイさんの出身は、リスビンデの街ですか?」

「どこだ、それは」


 立ち寄った街ならたいていは覚えているが、彼女の口から出た名ははじめて聞く。


「ボダルーダから北に街道をすすんで、最初の分岐で北西に向かった先の、山脈の近くにあるの」

「そこがあんたの……そのギャレットってヤツの故郷なのか?」


 ええ、と彼女はため息のような声で応えた。

 夫からは年齢の離れた従弟の存在はともかく、兄弟はいないと聞いていた。だが他人とは思えない瓜二つの容貌に、本人も知らない生き別れの兄弟の可能性を考えたらしい。


「本当に兄弟ではないのね?」

「赤の他人だ。年齢も違うし、仲間の二人も証明してくれる」

「こう見えてコウメイはあなたよりずいぶん年上だし、生まれも育ちもこことは違う場所ですよ」

「俺らの故郷はリスビンデってとこじゃねーぜ」


 もう存在しなくなった帰れない場所だ。そのシュウの言葉に、彼女は複雑そうに視線を逸らした。


「なー、エラさんとギャレットさんのどっちか、手配されてたりする?」

「まさか!」


 彼女は即答したが、アキラとシュウは疑っていた。砂漠の盗賊が狙うのは、希少な素材を手に入れた冒険者か、金と商品を持っている商人だ。身一つで旅をする裕福には見えない冒険者夫婦を襲撃する目的は、彼女ら自身にあるとしか思えなかった。

 疑われていると感じたのだろう、エラは慌てて言い直した。


「犯罪者じゃないわ。でも、追われているの」

「なんで、って聞いてもいーかな?」


 仲間(コウメイ)がギャレットに間違えられたときのために知っておかねばならないと説得すると、彼女は渋々に口を開いた。


「ギャレットは良いところの跡取りらしくて、育ちが良いの。だから女性にすごく人気があって。あたしと出会ったころも、いつも複数の女性に囲まれてたわ」


 呟く彼女の言葉に、アキラとシュウが横目でコウメイを流し見た。

 ギャレットは農地や作物に詳しく、薬草冒険者であるエラと出会ったその日から話が弾み、あっという間に恋仲になったのだという。


「一年前に結婚したんだけど、そのころから嫌がらせが増えてね」


 エラの持ち込む薬草を、ギルドの女性職員は不当に低く査定するし、有益な情報を故意に隠されたこともあった。


「食堂の給仕女も、市場の女店主も、みんなギャレットに横恋慕してたから、本当に面倒くさかった」


 わかるわー、と呟いたシュウの尻をコウメイの爪先が容赦なく蹴る。


「その中に思い込みの激しい女がいてね、彼女は金持ちだからさ、傭兵を雇ってあたしたちの薬草採取を妨害させはじめたのよ」

「それは災難でしたね」


 しみじみとしたアキラの声に、何故かコウメイが視線を逸らす。


「ではその女性が追っ手を差し向けたのでしょうか」

「どうかな。あたしにはわからないよ。少し前にギャレットから町を移りたいって相談されて、その女から逃げたかったし、じゃああたしの故郷に引っ越そうって決めたの」

「ご主人はどうして自分の故郷に帰ろうとしなかったのでしょう?」

「……詳しいことは知らないけど、ギャレットは跡を継ぎたくなくて出奔したんだって。あたしたちが住んでた町は実家の影響を受けそうだからって言ってた」

「実家を嫌っていた理由はご存じですか?」

「さぁ? 死んでも戻りたくないって言ってたけど……ホントに死んじゃったら、逃げてきた意味ないじゃない」


 スライム布越しに夫の遺体を撫でる彼女の目から再び涙が流れた。


「ご実家とどんな理由で決別したかは聞いていないのですね?」

「あそこはもう自分には関係ない世界だからって、教えてくれなかったわ」


 アキラは眉間に皺を寄せた。話を聞く限りだが、追っ手がギャレットの実家なのか、横恋慕女によるものなのか、それとも運悪く砂漠盗賊に襲われただけなのか判断が難しい。


「その女性の名前と所在は? 旦那さんのご実家の家名をご存じですか?」

「女はハリエット。ヌーホル町よ。ギャレットの実家は知らないわ。もう、連絡の必要もないでしょ……」


 指名手配の心配はなさそうだが、運が悪ければ家督アレコレの面倒は避けられそうにない。やはり遺体を回収して正解だった。アキラは濡らした冷たい手拭きを渡し、仲間の身元証明のためのいくつかの手続きに協力を頼んだ。


「いいわよ。本当なら砂に埋めるしかなかったのに、一緒に帰れて、ちゃんとした弔いができるんだもの、お礼にもならないけど、そのくらいは協力させて」


 開門時刻の前にはボダルーダに着くだろう。それまでゆっくり休むように言って、三人は箱馬車の外に出た。


「コウメイのそっくりさんも金持ちのモテモテ坊ちゃんかー」

「関係ねぇだろ」


 まったく面倒くさいことになった、とコウメイは八つ当たりするように進行方向を睨んでいる。

 アマイモ三号に後を任せ、三人は毛布を手に屋根の上にあがった。ピリピリする空気を和ませようとしてか、シュウが「なー、俺のそっくりさんってどんなだと思う?」と問うた。

 毛布を引き上げるアキラは、それに問いで返した。


「どっちがいいんだ?」

「どっちって、何だよー」

「狼頭にそっくりなのか、人族のシュウにそっくりか」

「それは人族に決まってるだろー!」

「そういやちょっと前に、獣化したシュウにそっくりな銀狼を見かけたぜ」


 シュウを揶揄うコウメイの声は、エラと面談していたときとは違い楽しげだ。

 箱馬車の屋根は平らで、偵察や見張りに使うため小さな手すりのような囲いがある。そこに寝転んだ三人は、深く澄んだ星空を見あげる。


「アキのそっくりさんはやっぱりエルフじゃねぇとなぁ」

「関西弁のアキラ――ぶほっ」


 噴き出すシュウを叱りつけるように、夜空に稲光が瞬いた。


「そんなものは見つけた瞬間に、口を開く前に抹殺してやる」

「やめろって」

「自分と同じ顔をアッサリ殺そうとすんなー」


 物騒な暗殺計画を錬るアキラと、それを妨害しようとする二人の瞼は、やがて心地よい揺れに誘われ自然と落ちた。

 アマイモ三号は御者不在でも目的地を間違えることはない。

 馬車は翌朝早く、無事ボダルーダに到着した。



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