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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
12章 砂に埋もれた面影

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閑話 再会の森

本日よりご長12章の連載を開始します。

いつものように月・水・金の連載予定です。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


「お貴族様のお忍びかね?」

「かもしれんなぁ」


 大陸街道を走る一風変わった箱馬車を目にした旅人らは、驚きと畏れまじりに道を譲った。

 荷を運ぶ馬車ならば、馬への過重を減らし、かつ多くの荷を積めるよう柱と枠だけの軽く簡素な造りになる。だがその箱馬車は、まるで小さな小屋のようだ。壁も屋根も頑丈な作りで、窓も小さく重厚。装飾が一切みられないが、その他は貴族が長旅に使う、動く寝室と呼ばれる箱馬車によく似ている。


「下手に近寄って盗賊に間違われたくない、避けようぜ」


 後方から迫る重い馬車の音に、振り返った徒歩の旅人も、農村の運搬馬車や商隊の馬車、それに定期乗合馬車らも、露骨に道の端に寄る。


「あれまぁ、あんな大きな箱を、たった一頭で引いているよ」

「あんな早さで引かせて、馬が弱っちまいはしないかね」


 驚きと心配の声をよそに、巨大な箱馬車は乗合馬車を軽々と追い抜いた。動く小屋は最低でも四頭の馬でなければ引けないほど重そうに見えるが、その小屋馬車はたった一頭の馬によって、四頭立てにも負けぬ速度で軽快に走り去った。


   +


「そろそろ日が暮れる。今日はこのへんで休もうぜ」


 山向こうに沈む太陽を眺めながら宿場町を素通りし、街道をそれた林の手前で馬車を止めた。コウメイが馬具を外すのを待っていたかのように、アマイモ三号は気持ちよさげに頭を振る。


「水も飼い葉もいらねぇし、つないでなくても逃げたりしねぇし、戦軍馬は使い勝手が良いよなぁ」


 呟きを理解しているのだろう、アマイモ三号は誇らしげに顔をあげると、もっと敬えとでも言うようにコウメイを見おろしている。


「なー、飯の材料、狩ってこよーか?」


 屋根の上から顔を出したシュウが、寝過ぎて強張った身体をほぐしながら食料調達役を買って出た。


「一頭で十分だぞ」

「じゃー暴れ牛を」

「角ウサギにしろ!」

「ちっ、ドケチー」


 彼らの馬車は一般的な荷馬車よりもかなり大きいが、それでも容量には限界があるのだ。シュウが希望のままに狩り続ければ、素材も食料も積みきれなくなる。


「じゃあ俺は野草か薬草を探してくる」

「野草を多めで頼むぞ」


 箱馬車から降りたアキラは、コウメイの注文にひらひらと手を振り、林に向かうシュウを追いかけた。

 町に近い林は新米冒険者らの狩り場のようだ。薬草の成長が採取頻度に追いついていない。ここのトラント草もずいぶんと貧相だ。角ウサギの肉付きは期待できそうにない。思案していたアキラは、木の向こうに隠れたシュウの気配に顔をあげ、角ウサギを逃がそうと物音を立てた。


「邪魔すんなよなー」

「一羽で十分だと言われてるだろ」


 不満そうに木の陰から出たシュウの腰には、すでに二羽の角ウサギがぶら下がっている。


「ここの角ウサギ痩せてんだもんなー。俺は薬草より肉で満腹になりてーんだよ」

「薬草じゃない、野草だ」


 ぶつぶつと文句の多いシュウの解体を監視しながら、アキラは手早く野草を摘む。

 肉と野草、売却素材を手に林を出た。

 夕日に照らされる箱馬車は、側面の上壁を開いていた。軒のようになったその下では火が焚かれ、鍋から湯気がのぼっている。


「しっかし、何度見てもこのキャンピングカー、よくできてるよなー」


 行き交う旅人が走る小屋だと驚くのも当然だろう。三人で意見を出し合って設計し、ハリハルタの大工に作らせた箱馬車は、まさにキャンピングトレーラーそのものだ。

 大きな四つの車輪と太く頑強な車軸に支えられる台座を、風雪や砂嵐が入り込まない密閉された壁が囲う。側面に窓はないが、壁の上半分が開閉できるようになっており、人目のない場所や晴れた日は開け放すこともある。屋根には大きな窓があり、シュウはここから外の景色を眺めたり、屋根の上での昼寝を楽しんでいる。

 御者台の背にある入り口から入った内部は広く、食料や調理器具、替えの衣服などを収納する棚が完備されている。棚の上を昼間は椅子として、夜は寝台として使っている。シュウは夜空を眺められる位置にハンモックをつるしてベッドにしていた。


「キャンピングカーってもっと広くて快適だと思ってたけど、意外に狭くて窮屈だよなー」

「米樽を積んでいるんだ、少しは我慢しろ」


 昨年の収穫を詰めた米樽はダッタザートへの土産であり、遠征時の大事な食料でもある。アキラは足を伸ばして座れないと愚痴をこぼすシュウを叱った。


「わかってるけどよー、ハンモックから落ちるたびに、顔面を樽の角にぶつけるんだぜー、イテーよ」

「落ちなければいいだけだ」

「好きで落ちてるみてーに言うなよな」


 毎晩のように樽にぶつかる音とシュウの声で起こされたアキラは、コウメイと寝床を交換しろと提案したこともあった。だが米樽の隙間にはシュウの体が収まらなかったのだ。ダッタザートで積み荷を降ろすまで快適な睡眠環境は望めそうにない。


「俺は一羽だけって言ったよな?」

「二羽で一羽分なんだよ。見ろよ、すげー痩せてるだろ」

「まあ、ちいせぇのは間違いねぇが」


 シュウに手渡された肉は確かに小ぶりだった。

 コウメイは蓋をしている鍋を火からおろした。ぷくぷくと隙間から泡が吹いているのだが、その香りが彼らの鼻をくすぐる。盛大に腹の虫を鳴らすシュウを牽制しながら、別の鍋に水を張り、角ウサギ肉の半身と野草を刻み入れる。薄切りにした角ウサギ肉を串に刺し、軽く塩と香辛料を振りかけてシュウに押しつけた。肉を焼かせていれば邪魔にならないシュウは、謎の創作鼻歌を歌いながら角ウサギ肉を炙っている。


「ハギ茶でいいか?」


 新たに火を焚いたアキラが湯を沸かす。問いかけへの返事を待たず、煎りハギを投入した。小鍋の湯が気持ちの良い茶色に染まり、芳ばしい香りが立ちはじめると、茶こしを使ってそれぞれのカップを満たした。


「そろそろ蒸し終わりだ。肉はどうだ?」

「完璧な焼き上がりだぜー」


 蓋を開けた鍋では、わずかに赤みのあるご飯が炊きあがっていた。シュウが自慢げに差し出す串肉は、ほどよい焦げ目が食欲をそそる。木皿にご飯と串肉を盛り付け、椀に野草のスープをたっぷりと注ぐ。


「「「いただきます」」」


 とっぷりと日が暮れた平原にある光は、彼らの焚き火と、空に輝く星だけだ。他に野宿をする旅人はいない。


「調理器具と食器を複数持ち運べるのは助かるなぁ」


 今までの旅では、組み立て式の小さな五徳と万能鍋を一つしか持ち歩けなかった。食器も椀と兼用のカップが一つと皿が一枚がせいぜいだ。だがトレーラーなら大中小の鍋にフライパン、小さめのヤカンも複数の皿や椀も収納できるのだ。深魔の森と同じとまではゆかないが、野営でも複数の料理を同時に楽しめるのだから、トレーラー万々歳だ。


「これもアマイモ三号のおかげだよなー」

「戦軍馬じゃなきゃこんなデカくて重い箱馬車は引けねぇ。飼うって決まったときはどうなるかと思ったが、儲けものだったぜ」

「ネーミングセンスは最悪だがな」

「名前、変えられねーんだもんなー」


 飼うと覚悟を決めたとき、アキラは名前を変えようと試みた。だがエルネスティは命名時に魔力で刻み込んでいたらしく、改名しようとすると魔武具の構造魔術陣の均衡が崩れそうになったのだ。アマイモ三号という存在を完全消去してから再度魔術陣を刻むことも考えたのだが、さすがクリストフ作の魔武具だ、その難易度はリンウッドが避けたがるほどであった。


「名前は恥ずかしいが、コイツのおかげで砂漠でも野営が可能になったんだ、たっぷり魔力を食わせてやれよ」


 コウメイの言葉が聞こえたのか、カポカポと弾むような足音が近づいた。魔鹿の皮で作った表皮を着た鋼の軍馬が、鼻先で主人の後ろ頭を小突く。アキラはため息をついて魔力の固まりを遠くへ投げた。弧を描いた魔力の球を追いかけたアマイモ三号は、落下位置で待ち構えパクリと口で受け止めると、弾むように駆け出した。丸呑みした魔力の味を、全身で現わしているようだ。


「犬だな」

「ボール投げられた犬みてー」

「持ち帰られても困るぞ」


 疲れを知らない軍馬と遊ぶのは無謀である。

 鉄の軍馬はとても都合の良いペットであり労働力だ。餌の心配もなければ、つないでおく必要もない。放っておいても呼べば戻ってくるので手間がかからない。一頭で数頭分の働きをするし、鉄の馬なので魔物に襲われる心配もなし。それどころか姿を見ないと思ったら、近くの森で魔物と格闘していたこともあった。


「そろそろダッタザートが見えてくるが……」

「役に立つ馬だが、さすがに街には連れてけねぇよなぁ」

「鹿皮で遠目には普通の馬に見えるが、近づくと粗が目立つし」

「そーか? 通行人はあんま気にしてなかったぜ?」

「それはキャンピングトレーラーが目立っていたからだ」


 門兵の目は誤魔化せないだろうし、馬小屋にいれれば他の馬との差違は明らかだ、素人目にも怪しい馬だと通報されかねない。


「ダッタザートには入らねぇで、ヒロを呼び出すしかねぇな」


 十数年ぶりにコズエやサツキとも会いたかったし、澤と谷の宿でゆっくりしたかったが、鉄の軍馬と奇妙な箱馬車で押しかけては迷惑だろう。米樽を引き渡したあとはまっすぐに砂漠に向かい、目的を達してからの帰りに寄り道をする。そのときは軍馬を森にでも隠せばいい。

 深魔の森を出てからダッタザートまで、彼らは一度も町や村に立ち寄ることなく、キャンピングトレーラーの旅を楽しんだ。


   +++


「遅ぇな」


 ダッタザート南にある森の入り口に隠した箱馬車の影で、コウメイは煎餅の焼け具合を確かめながら苛立ちをこぼした。シュウが街に向かったのは開門直後だ。ヒロを呼んでくるだけなら鐘一つもあれば余裕のはずなのに、太陽が真上までのぼっても戻ってくる気配がない。


「何を手間取ってんだか」

「外出しているのかもしれないな。ギルド役員は外部の会合も多いから」

「やっぱり俺が行ったほうが良かったんじゃねぇか?」


 煎餅をひっくり返す手つきが雑だ。じりじりと落ち着かないコウメイに、アキラは蜜を入れたコレ豆茶を差し出した。


「他人のそら似で誤魔化せるシュウが適任だと言ったのはコウメイだぞ」


 三人揃って最後にダッタザートを訪れてから二十年が経つ。あのころの自分たちを覚えている人はまだまだ健在だ。二十年前と同じ顔を見ても、子供だと考えるのが普通だが、三人がそろって顔を出せば、もしや……と不審に思う人がいるかもしれない。


「アキの顔と色は誤魔化しにくいし、アマイモ三号がついて行こうとしたからなぁ」

「コウメイだって門兵に眼帯を外せと言われたら誤魔化せないだろう」


 髪や目の色彩は派手ではなく、ぱっと見たところ人懐っこい好青年に見えるシュウは、愛用の大剣を携えていなければそれほど悪目立ちはしない。体格の良い愛想の良い青年冒険者はいくらでもいるからだ。性格からはほど遠い隠密業務に向いた外見的特徴を見込んでヒロを呼びに行かせたのだが、さすがに三鐘半たっても戻ってこないのは遅すぎる。


「シュウなら怪しまれないと思ったんだが、どこで足止めされているんだろうな?」

「どっちかってぇと、魅力的な女性に見とれて時間を忘れてる可能性が高いぜ」

「……有り得るな」


 シュウは森の暮らしを存分に楽しんでいるが、機会があれば都会でしか味わえない娯楽も全力で満喫している。今回は後回しにして欲しかったと、アキラのため息がコレ豆茶を波打たせた。


「あと何枚煎餅を焼いたら戻ってくると思う?」

「送り出すときに、おやつは焼き煎餅だと教えておけば、寄り道しなかったんじゃないか?」

「暇つぶしの非常食作りのつもりだったんだよ」


 いくらトレーラーハウスであっても、砂嵐のさなかに煮炊きは難しいだろう。干し肉以外の非常食をと考えて、焼き煎餅を思いついたのだ。ご飯を潰して餅のようになるまで練り、平たく伸ばして網で焼き上げる。朝から焼き続けていることもあり、手つきは慣れたものだ。


「焦げの香りがいいな」

「なぁアキ、風魔法でこの匂いをダッタザートまで送り込めねぇか?」

「匂いに釣られてシュウが戻ってくるとでも?」

「あいつの嗅覚は獣人なんだから、いけそうだと思わねぇか?」

「……試してみるか」


 火の側に座り直したアキラは、杖をコウメイの手元に向ける。小さな風が起こり、焼き煎餅のなんともいえない香りが渦を巻く。


「香りを維持するのは難しいな」


 何度か試して香りを固めることに成功したアキラは、狙いを定めるべく街の方角を振り返って、それに気づいた。


「煎餅で誘い出さなくても良さそうだぞ」


 遠く小さな街壁の方から、荷馬車がこちらに向かってきていた。空の馬車を二頭の馬が引いているのだが、妙に速度がゆっくりとしている。


「手綱を握ってるのはヒロだな」

「貫禄が出ている」


 四十代後半となり、責任ある地位に就いているからだろうか、遠目にも存在感があった。


「手を振ってんのは……おい、まさか」

「サツキ!?」

「コズエちゃんもいるぜ」


 驚き呆ける二人の前で荷馬車が止まり、二人の中年女性がまるで子供のように飛び降りた。すっかり落ち着いたコズエと目尻にかわいらしいシワの目立つサツキだ。


「お兄ちゃん、お帰りなさい!」

「コウメイさん、お久しぶりです」


 荷馬車から降りるなり、サツキは兄に飛びついた。

 妹の勢いをしっかりと受け止めて踏ん張ると、サツキは慌てたような声をあげた。


「あ……お兄ちゃん、足!」

「大丈夫だ、ほら」

「ちゃんと立ってる……足、治ったの?」

「義足だ。もう五年くらいになるぞ」


 飛びついた勢いにも揺らがない、両足でしっかりと立つアキラを見て、サツキの目に薄く涙がにじむ。


「良かった……お兄ちゃん、良かった」

「心配をかけた。ああ、そんなに泣くな、目尻のシワが目立つぞ」

「もおっ、気にしてるのに!」


 泣き顔は怒り笑いに変わる。サツキは万感の思いを込めて兄の腹に拳を押し込んだ。

 久しぶりに六人そろって火を囲む。


「それにしても、どうしてここに?」

「コウメイさんたちがここで待ってるって聞いたからからですよ」

「二人に秘密にはできませんよ、後が怖いですから」


 コウメイがコレ豆茶を差し出すと、コズエは円熟した微笑みで、ヒロは苦笑いで受け取る。シュウは網の上で焦げている煎餅をつまみ食いしつつ、だから戻ってくるのが遅くなったのだと言い訳した。

 ギルドでシュウに呼び出されたヒロは、その場でサツキとコズエに使いを走らせた。コウメイとアキラも近くまで来ているはずだとの確信から、シュウとの面談前に全ての準備を終わらせたのだ。


「仕事が早いな」

「伊達に副ギルド長はやっていませんよ」


 仕事や宿は大丈夫なのかと問うと、一日ぐらいならばと三人は声をそろえた。

 ヒロはギルドの仕事で宿を開けることも多くなり、二年前から従業員を雇い大半を任せるようになっているのだという。サツキとコズエの店もそれぞれ店員がいるため、数日の不在も問題ないのだそうだ。


「お兄ちゃんたちにお米のお礼を言いたかったの」

「久しぶりにご飯を食べたときは、みんなで泣いちゃいましたよ」

「毎年大量に送られてくるのに、なんのお礼もできていないのが気になっていたんです」


 もうこちらで生きた時間のほうが長く、忘れかけていた故郷の味を思い出せた。それだけでも満足だというのに、米は毎年大量に送られてくる。自分たちだけでは食べきれず、サツキは米を使った菓子の開発と販売もはじめていた。


「コウメイさんのお煎餅、味つけはどうしてますか?」

「これは携帯非常食だから、味は濃いめの塩味だな。サツキちゃんはどんなのを作ってるんだ?」

「これ、お店に出している米菓子なんです。味見してください」


 サツキは荷馬車から大きな包みを降ろした。入っていたのは一口サイズのほのかに赤い団子だ。


「粉引きするの、大変じゃなかった? お、これは芋餡か」

「こちらは黒豆餡だな。塩が利いている」

「モチモチしててうめー。これ黒芋(カボチャ)?」


 製法に興味を示すコウメイも、妹の和菓子に笑み崩れるアキラも、純粋に楽しむシュウの反応も、どれも懐かしく嬉しいものだ。


「コウメイさんたち、上着脱いでもらっていいですか。気になるところを補修しますよ」


 狩猟服の傷みぐあいが気になったのだろう、コズエは持ち歩いている仕事道具を広げて、最低限の手入れしかされていない三人の衣服を修繕してゆく。


「今回はどうして自分たちで運んできたのですか? どこかに向かう途中ですか?」

「リンウッドさんに頼まれた素材採取に行くところなんだ。ヒロ、最近の砂漠について何か情報はないか?」


 アキラから渡されたメモに目を通したヒロは呆れ顔を隠さない。


「クイーン・スコーピオンの毒針、砂蜥蜴の皮、砂竜の鱗と魔石……スタンピードでもなければ無理じゃないですか?」


 女王毒サソリは王様毒サソリよりも希少性が高い。以前のキング・スコーピオンのスタンピードでも、数百に一匹の割合でしか湧かなかったほどだ。ましてや砂竜は砂漠の主族だ。


「直近の砂竜出現はいつだ?」

「六、七年前ですね」

「ならそろそろ飽和の可能性はあるな」

「砂竜のスタンピードが起きるんですか?」


 顔色を変えるヒロに、コウメイが違うと首を振った。

 準スタンピードの扱いでオアーゼには定期的に砂竜討伐隊が派遣されているが、正確にはスタンピードではないとコウメイが断言した。


「あれはただの縄張り争いだ」

「砂竜の縄張りは広大だが、個体が増えるとどうしても縄張りが重なってくるだろう? そうすると砂竜同士の争いがはじまって砂嵐が激しくなる」


 定期的に間引けば、準スタンピード規模の討伐にはならないとのアキラの補足に、それはそれで難しいとヒロは頭を抱えた。


「砂漠に行くからキャンピングカーなんですね」

「すごく快適そう」


 開いた壁から見える室内が気になるのだろう、コズエとサツキがチラチラと視線を向けている。


「見学するか?」

「シュウとヒロは荷降ろしだ。奥の二つ以外は全部持って帰ってくれよ」


 積み荷のなくなった室内は、シュウが大の字で寝転がっても壁にぶつからない程度に広々としていた。屋根の上が置き場である砂漠用のソリや、壁に固定された収納家具や天窓へのハシゴ階段、ハンモックベッドを楽しそうに試している。


「壁は厚いですし、骨組みも頑強ですね。これは積み荷がなくても相当重いのでは? まさかシュウさんが引いてきたのか?」


 シュウの力なら軽々と引けるだろうが、目立つのは間違いない。人目をはばからなくてもよいのかとヒロが問う。


「俺じゃねーよ。ちゃんと馬がいるんだぜー」


 シュウは自慢げに笑って口笛を吹いた。


「アマイモ三号、もどってこーい」

「……アマイモ、甘芋?」

「つないでないんですか?」

「三号ってことは、三頭か……」


 軽快な蹄の音が聞こえてくるほうを振り返った三人は、あらわれた馬を見て顎を外さんばかりに驚いた。


「なんで、角ウサギを咥えて……」

「お、大きくて立派なお馬さんね」

「……コウメイさん、まさか、これ」


 サツキは馬の咥える角ウサギの死体に目を見張り、コズエは立派すぎるだけでなく妙に不格好な毛皮から意識を逸らし、ヒロはギルドに貼り出されたままの手配書を思い出して頭を抱えた。


「アマイモ三号ー、どうせなら魔猪を狩ってくれよー」

「俺は角ウサギで良い」

「主人の好みをよく理解してる賢い馬じゃねぇか」


 そして平然と怪しげな馬をかわいがる三人に、彼女らと彼はそろって冷めた視線を向ける。


「お兄ちゃん、説明してくれるかしら?」

「縫製が下手すぎます、誰ですか、この毛皮を作ったのは?」

「コウメイさん、まさかと思いますが、鎧人形に心当たりはありませんよね?」


 門が閉まるまでに街に戻るつもりだった三人は予定を変更し、見かけの若さに甘えて大人になりきれない年上の男三人を、一晩みっちりと問い詰めると決めたのだった。


   +


 火と鍋を囲み、コウメイたちは深魔の森での隠遁生活や米を発見する旅を語り、コズエたちはダッタザートの変化や家族との生活を語った。


「アカリはまだ帰ってくる気はなさそうなの」


 二十歳になった娘は一人前の攻撃魔術師として独立を果たし、現在はアレ・テタルを拠点にさまざまな冒険者たちと討伐に明け暮れているらしい。


「ユウキも修行だと言って、王都に拠点を移しました」

「へぇ、王都のギルドはそんなに評価が上がってるのか?」

「いいえ、かつてあの街にあった、ナナクシャール島への仲介者を探したいのだそうですよ」


 複雑そうな笑みを浮かべる夫婦は、自分たちがその島を知っていると息子に明かしていない。あの島では生半可な覚悟では生き残れないと身をもって知っているからだ。


「ジョイスさんにはお世話になっている」

「ふふ、アキラさんの問い合わせに応えるのは難しいけど面白いって、楽しそうにしているわ」


 アレ・テタルが頼れない今、魔法使いギルドの情報を得ようとすればダッタザートのジョイスしか伝手はない。今後もよろしくと、コズエには深魔の森でとれる薬草の詰め合わせを預けた。


「ところでこの鉄の馬の毛皮だけど、手直ししてもいいかな?」


 素人が雑に型どりし縫い合わせた毛皮は、プロの目には許しがたいようだ。破損時のために積んである予備の鹿皮を差し出しぜひにとお願いすると、コズエはアマイモ三号の皮を脱がせてサイズを測りはじめた。


「少しはマシに見えるよう応急処置をしておきますけどね、用事が済んだら一度ダッタザートに寄ってください。もっとちゃんとしたボディスーツ作っておきますから」


 採寸しスケッチするコズエは楽しそうだ。


「リンウッドさんの仕事は期限が定められていますか?」

「いや、シュウがそろそろどこかに出かけたいと言い出して、どこにするか話し合っていたときに砂漠の素材を頼まれたんだ」


 戻ってくるときにリストの素材が揃っていれば良いとのことだった。

 砂漠の討伐は十数年ぶりだ。長期滞在するなら居住環境を整えるべきだとキャンピングトレーラーを設計し、ハリハルタの大工に急いで作ってもらった。鉄の軍馬のカモフラージュは微妙だったが、結界魔石もあるし、どこの街にも立ち寄らなければ人目につくこともない。


「採取が終わったら森に帰る前に寄って、砂漠の汚れを落しに来てください。宿代も風呂代も、これまで送ってもらった米樽の対価ですから、遠慮せず好きなだけお風呂を堪能してください」

「そうよ、お兄ちゃん。お米のおかげで和菓子も売り出せるようになったの、食べて欲しいから絶対に寄って」

「普段着も狩猟服もカッコイイのを用意しておきますから、ちゃんと取りに来てくださいね」


 家族への仕送りだから金などいらないと繰り返したが、それなら二度と米は受け取らないと突っぱねられ、眼帯と銀髪と鉢巻きは折れるしかなかった。


「すげー汚れて戻るかもだけど、大丈夫か?」

「もちろんです、そのためのお風呂ですよ」

「何ヶ月も砂漠を移動し続けるんだ、いつになるかわからないんだぞ」

「俺らのために宿の部屋を遊ばせておくのはダメだからな」

「大丈夫です、ユウキが出て行ってからはプライベートエリアに空きがありますから、宿が満室でも泊まってもらえますよ」


 そうまで言われては断れない。時期は明言できないが、砂漠からの帰りに立ち寄ると約束した。


「あ、でも、街に入るのは三人別々がいいかも」

「そうね、貸本屋カリン堂もお兄ちゃんのファンクラブもまだまだ健在だから、変装はするべきだと思うわ」

「……あれ、まだあるのか?」


 どうして続いているのだと眉間を揉むアキラに、サツキは哀れむようにため息をつき、コズエは面白がるように小さく笑った。


「アキラさんのファンクラブっていうより、今はナツコさんの著作キャラのファンクラブっぽくなってるかな」

「あの作家もまだ書いてるのか……」

「生涯現役だそうです」


 冒険者を主人公にした作品のほとんどが、ホウレンソウ三人をモデルにしたものだ。最近の読者には著者の作った空想の人物だと認識されており、ファンクラブもキャラクターを好むファンの集いに変貌しているそうだ。


「今のダッタザートでは、銀の長髪美形と、黒髪で眼帯をした女たらしと、怪力自慢のマッチョの組み合わせは、一部のマニアにつきまとわれる覚悟が必要ですね」


 女性に囲まれたいがために、似合わない眼帯をつけたり、髪から色を抜いて銀髪にする者もいるらしい。色や形だけを真似ても目の肥えた女性らは見向きもしないのだが、本物が現れれば「顕現した!」と騒ぎになるのは間違いない。静かに過ごしたければ変装は必須である。


「髪の色を変えるか」

「黒髪がいいわよ、お兄ちゃん」

「コウメイさんも眼帯を外せたらいいんですが、義眼が目立つかな?」

「そうだな、何とか手段を考えてみるよ」

「シュウさんは」

「変装なら慣れてるし、問題ねーよ」


 ニカッと笑ったシュウの何気ない一言に、慣れているのか、とヒロが小さくこぼしたが、話に夢中のコズエとサツキの耳には届かなかった。


   +++


「怪我しないように気をつけて、討伐を楽しんでくださいね!」

「また死にかけるみたいな無茶はしないでね?」

「余裕があればダッタザートに卸せそうな素材も集めてもらえると助かります」


 キャンピングトレーラーで一晩を過ごしたコズエたちは、翌朝、米樽を積んだ荷馬車とともにダッタザートに戻っていった。


「戻る楽しみができたな」

「ああ、さっさと素材を集めてしまおうか」

「砂竜、久しぶりだよなー、楽しみー」


 主人が気合いに満ちているからだろうか、アマイモ三号はいつもより力強い足取りで国境に向け走り出した。



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