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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
11章 穀物大捜索

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閑話 四年ぶりの我が家



 リアグレンで五樽ほど降ろしはしたが、それでも大量の樽とともに帰宅を果たした三人は、玄関にたどり着く前の、ハギ畑にしようと考えていたシュウの運動場の真ん中で存在感を放つ戦軍馬と甲冑騎士の像を前に、言葉を失っていた。


「「「……」」」


 空飛ぶ座布団と同じ魔術陣を書いた布を握っていたアキラの手から力が抜ける。

 布が浮力を失い、ドサ、ガタ、ゴトン、と樽が地面に転がった。


「な……なんで、ここにあるんだ?」

「これ、ロープじゃねーよな?」

「鞭鎖だな。アキの杖も一緒に絡まってるぜ」


 コウメイの声が届いたのか、杖の紫魔石が存在を主張するようにキラリと光った。


「何がどうなってんのかさっぱりわからねぇ。リンウッドさんはどこだ?」

「リンウッドのおっさーん、いねーのかー?」


 謎のオブジェと立ち尽くすアキラを放置し、地面に落ちた樽を転がしながらコウメイは我が家に向かう。

 四年ぶりの懐かしさに何かしらの感情が湧きあがるかと思ったが、その前に見せられた軍馬と甲冑の置物のせいで、感動も郷愁もさっぱりだ。


「リンウッドさん、いねぇのか? リンウッドさん!」

「そんなに連呼しなくても聞こえている……四年ではたいして成長しなかったか」


 小屋から出てきた岩顔の中年は、相変わらずズルズルとローブの裾を引きずってあらわれた。苦笑いはどこか嬉しげだ。


「ただいま帰ったぜ」

「ああ、お疲れさん。成果はあったようだな。それがコメとかいう穀物か。栽培するのか? 畑が足りないのではないかね?」


 大量の樽を見て弟子たちが目的を達したのだと知ったリンウッドは、蓋を開けて中を見せろと興味津々にコウメイに迫る。この穀物の試食はいつするのかと、リンウッドには珍しく前のめり気味だ。


「今晩にでも食わしてやるよ。それよりも、あれ何だよ?」


 コウメイが振り返った視線の先には、呆然と立ち尽くすアキラと雨ざらしで放置したままの魔武具らがあった。


「それは俺が聞きたい。ある日突然あれらが乗り込んできたんだ。お前ら、いったいどこで何を拾ったんだ?」

「拾った覚えはねぇんだけどな、まあ、心当たりは、ある」


 苦々しく笑うコウメイの様子に、話は長くなりそうだと察したリンウッドは、まずは旅の疲れを癒やせと三人に風呂をすすめた。


   +++


 真っ先に汚れを落としたコウメイは、懐かしい台所を観察する。作り置きの食料が尽きてからは、芋を茹でるための鍋しか使っていなかったらしい。魔道コンロの周囲だけは清潔に保たれていたが、それ以外の調理器具や魔道家電は埃を被っていた。


「畑作りの前に大掃除だな」


 水回りだけ手早く掃除したコウメイは、冷凍保存庫に残っていたコレ豆を淹れる。食料庫に甘芋が転がっていたので、洗ってそのままオーブンに突っ込んだ。情報交換が終わるころには焼きあがっているだろう。

 風呂上がりでさっぱりしたシュウと、四年ぶりの湯船を堪能してもまだ戦馬らの衝撃から回復しきれないアキラも、居間の空気を吸ってほっと息をついた。それぞれの席に座ると、しっくりとした懐かしさと安堵が涌いてくる。

 野営での雑なものではなく、丁寧に淹れられたコレ豆茶を飲んで人心地ついた。


「まずはリンウッドさんから、アレらがここにある経緯を教えてもらえますか?」

「あれらが近隣の冒険者ギルドを騒がせたのは三年前の冬だ」


 オルステインの発した依頼兼手配書のこと、冒険者や魔物を蹴散らして移動する鉄の軍馬と甲冑人形がそれぞれ北と南のルートで深魔の森にやってきたこと、偶然にも同時に辿り着いたため魔武具同士の戦いになり、アキラの杖までが参戦しての三つ巴で薬草園と菜園が破壊される寸前だった。仕方なく捕縛して動きを止めたのだとリンウッドは説明した。


「あれをどうにかしてくれ」

「なんで私が」

「アキラの魔力を嗅ぎ分けて辿り着いたんだぞ、飼い主はお前だ」

「飼ってませんよ!」

「ぶっは――ぁ!!」


 自分に責任はないとアキラが主張するのと、シュウが堪えていた笑いを爆発させるのは同時だった。


「まさか、アマイモ三号が、こっちくるとか――ぶははっ、おっかしーの」

「笑い事じゃないっ」

「アマイモ三号?」

「あの馬の名前だぜー」

「アキラが芋好きとは知らなかったな」

「私が名付けたんじゃありません! そもそも何でこっちに来るんですか?」


 エルネスティを乗せてマナルカト国に向かったのではなかったのか?


「アキラはアレらをどうやって手懐けたのだ?」

「手懐けたんじゃありませんって。脱出のときに活用しただけです」


 ミシェルの依頼でオルステインに向かってからの出来事の、主に軍馬と甲冑に関わるあたりを手短に話して聞かせた。

 説明を聞き終えたリンウッドは、なるほど、と深く頷いた。


「飼い主になって当然の流れだな」

「どこがですか!?」

「魔術陣と魔石(動力源)に自分の魔力をたっぷり注いだのだろう? 強引に流し込んだせいで、魔術陣に記録させていた所有者の魔力が上書きされていたぞ」

「……」


 魔武具の扱いは難しいのだ。なのに大雑把な扱いで利用しようとしたアキラの自業自得だと、リンウッドは弟子を窘めた。


「良い勉強になったな」

「……勉強にはなりましたが、まったくもって良くはないですね」


 窓越しに見える鉄の置物を横目で眺め、アキラは深々と息をつく。


「なぁ、その理屈だと、強い魔力で上書きすれば、飼い主の変更ができそうなんだけど?」


 コレ豆茶のお代わりを注ぎながら指摘したコウメイの言葉に、アキラの瞳に希望の光が生まれる。だがリンウッドには、弟子の傷心に配慮する細やかさはなかった。


「アキラより強くて大量の魔力を注がねばならんぞ」


 それが可能なのはエルフ族くらいだろう。

 コウメイはうなだれるアキラの背を励ますように叩いた。


「アキ、諦めて馬と案山子を飼おうぜ」

「……諦めたくない」

「諦めたほうがいいって。だってアキより強い魔力持ちであの馬と人形に興味を持ちそうなのって、どう考えてもアレックスくらいしか思いつかねぇぜ?」

「あー、アレックスならすげー楽しそーに遊びそうだよなー」

「……」

「あいつの遊び方は遠慮が無い。島でならいいが、大陸で遊ばれては迷惑だ」


 リンウッドの言葉がとどめとなって、アキラは戦馬と甲冑人形を飼うしかない現実を渋々に受け入れたのだった。


   +++


 リンウッドに監修されながら、アキラはアマイモ三号と甲冑人形の魔術陣を書き写していた。あれからの話し合いで、戦軍馬は移動用に、甲冑人形は防衛用に使うと決めたが、このままでは扱いづらい。魔術式を全て解明し、最も適した形に改変し、求める能力を付与するための下準備が必要だった。


「防衛ったって、ここはアキの防護魔術があるんだからさ、畑仕事の手伝いさせられるようにならねぇか?」


 畑作りの合間にコウメイとシュウが魔武具の内部をのぞき込む。触らせて破損させてはならないと、リンウッドは見張りだ。


「甲冑に何をさせる気だ?」

「畑耕したり、水まきやらせたり、荷物運ばせたり。あとは害鳥を追っ払ってもらえたら楽できるんだよなぁ」


 森の家とその周辺を守る魔術は、害意のある危険な存在は排除するが、畑を狙ってやってくる魔獣や野鳥は阻めない。芋畑を掘り返されるのも困るが、これからは米作りをはじめるのだ、畑の種籾を掘り返して食べられたり、実った穂を野鳥集団に襲撃されたくない。


「案山子か」

「動く案山子だな。畑が荒らされねぇように定期的に見回ってくれると助かる」

「条件設定が難しいな……」


 甲冑の内腹に刻まれた魔術陣を修復しながら、ここにどのように命令を書き加えれば良いのかと頭を悩ませた。コウメイの要望は、敵と味方の判別設定がファジーすぎて難しい。


「なー、そもそもこいつら、アキラ以外の命令聞くのかよ?」

「難しいだろうな。魔武具は戦場で指揮が混乱しないよう強制力が働いている」


 所有者、あるいは指揮監督者として登録された者以外の命令は基本的に聞入れない設定だ。現行のままではコウメイの望む働きをさせたくとも、毎回アキラが指示を出し直さねばならない。

 野次馬らの会話を聞き流していたアキラだが、自分しか命令できないのは面倒だと気づき、リンウッドに改良案の助言を求めた。


「複数の指揮権設定は出来ないんですか?」

「ふむ、この魔術式には余裕があるから、五人くらいまでは何とかなるな。軍馬のほうもあと二人くらいなら追加できそうだぞ」


 ただしアキラが最上位なのは変えられないと断言された。

 魔武具らに自分も命令できるようになると聞いて、シュウが目を輝かせる。


「それって俺も初号機に命令できるよーになるのか?」

「初号機……とは?」

「その甲冑だよ」

「シュウ、勝手に名前つけるんじゃねぇ」

「だってさー、馬にはアマイモ三号って名前があるのに、甲冑人形だけ何もねーの、かわいそーじゃん」


 押しかけペットに愛着などないアキラは、愛称くらい好きにつけさせるつもりだったが、次がありそうな不穏な名前だけは許可できなかった。


「数字とか後継機がありそうな名前だけはやめろ」

「えー」

「馬がアマイモなんだから、甲冑はマルイモでいいだろう」

「……芋シリーズもやめてください」


 リンウッドの案も即座に却下した。結局名付けはコウメイに任され、カカシタロウと決まった。


「所有者をアキラに固定、命令権限者にコウメイとシュウを追記して」

「リンウッドさんも加わってください」


 自分が不在時にシュウが面白半分で暴走させたとき、止められるのはリンウッドだけだからと、アキラは安全装置の役割を彼に求めた。


「俺もか?」

「何があってもリンウッドさんなら力業でどうにか事を治めてもらえそうですから」

「非常事態が起きる前提なのはいかがなものか」

「備えあれば憂いなしですから」


 責任を押しつけられて岩顔を歪めたリンウッドだが、この三人との付き合いならそれが一番負担が少ないと納得し受け入れた。

 そんなふうに外野の意見をあしらいながら、二体の魔武具から構成する魔術式を全て書き写したアキラは、本格的な改変作業に入った。リンウッドと二人してああでもないこうでもないと複雑な術式を書き散らしている。

 その間、コウメイとシュウは大急ぎで畑を拡大し土を耕した。野菜を中心とした区画は家に近い日当たりの良い場所に、芋類を充実させた畑は野生動物の観察がしやすい場所に、そしてシュウの運動場の半分以上を開墾して赤ハギ畑にする。


「狭いなー。これじゃちょっと訓練しただけで畑に突っ込んじまいそーだぜ」

「森を開墾すればいいだろ。薪もできるしちょうどいい」


 畑を耕し終えたシュウは大きめの斧を手渡された。不在の間に消費された薪の量は予想よりも少なかったが、住人が四倍に戻ったのだから冬の消費量は多めに計算しておきたかった。


「わかった。ついでに肉狩ってくるぜー」


 どこまで開墾するつもりだ、との突っ込みは間に合わなかった。どうやら開墾を理由に逃げたようだ。


「まだ腐葉土を混ぜ込んでねえってのに!」


 たった一人で新たに作られた赤ハギ畑に腐葉土を運び混ぜねばならない。土作りが終われば種まき、そして水やりだ。一人には広すぎる畑を前にめまいを感じたコウメイは、カカシタロウの早期実用化のために何をすれば良いのかを必死に考えた。


   +++


 道中に狩った魔獣や魔物の素材と買い出しのメモを持ってハリハルタにお使いに出かけたシュウは、翌々日マイルズを伴って帰宅した。

 六十八歳になるというのに全く衰えを見せないマイルズは、現役時代の身体を今も維持していたし、覇気も変わらない。だが赤錆色の髪の半分は白く変わっていた。


「おっさん、久しぶりだな」

「出かけっぱなしとは思わなかったぞ」


 クワを手に振り返ったコウメイを見て目を細めたマイルズは「かわらんな」と懐かしそうに呟いた。


「それで四年もかけて、コメという穀物は見つかったのか?」

「見つけたぜ。こっちでは赤ハギって名前らしい」

「ほう、これが。俺ははじめてだな」


 マイルズの故郷でも、彼が現役時代に旅をしたさまざまな土地でも、赤い色のハギは食べたことがないらしい。


「食材店には卸されてねぇし、飯屋でも提供されてねぇ、栽培してる農村だけで消費されてた一風変わったハギだからさ」

「なるほど。で、これは食わせてもらえるのか?」


 三人の帰還を知らされ、コメの味を自慢されて触発されたマイルズは、それほど美味いのならぜひ味わいたいと、野菜と芋を土産に押しかけてきたらしい。耕されたシュウの運動場だったはずの場所を眺めて、呆れとも感嘆ともとれる息をついた。


「ずいぶん広げたんだな。これでは手が足らないだろう」

「カカシタロウとアマイモ三号が使えるようになれば、もう少し楽になると思うぜ」


 何だそれは? と首を傾げれば、戦軍馬と甲冑人形が指し示された。


「……名前をつけたのか、そうか」

「馬は俺じゃねぇぜ。元から名前がついてたんだ」

「どちらも褒めようのないセンスだ」

「うるせぇ」

「それで、土産話は聞かせてもらえるのか?」


 赤ハギ料理だけではなく、冒険者としては魔武具入手時の話も聞きたい。そう言ったマイルズに、コウメイは使っていたクワを差し出した。


「長くなるぜ、何日か泊まっていけよ。あと飯を食いたきゃ畑を手伝ってくれ」


 苦労して手に入れた貴重な赤ハギ料理をタダで食わせるのはもったいない、働かざる者食うべからずだと唇の端を上げるコウメイだ。

 マイルズはクワを受け取って慣れない作業を手伝いはじめた。コウメイが腐葉土をまいた後をシュウとマイルズが耕してゆく。やはり労働力が多いと進みが早く、昼食前には大雑把な作業を終えた。

 マイルズの土産をありがたく活用し、葉野菜と薄切り肉を手早く炒める。その間に茹でていた丸芋を潰してシンプルに味付けた。


「肉が少ねー」

「まだ食料庫が空なんだよ」


 四年の不在は長かった。リンウッドのために作り貯めた大量の料理は当然残っていないし、食材も丸芋以外はほとんどされていない。芋畑で見つけた貧弱な黒芋と赤芋に、薬草園で豊かに茂っていた薬草ら、マイルズの土産、そしてシュウに買い出しを頼んだ調味料と卵くらいしか食料がないのだ。


「この前狩った肉があるだろー」

「お使い前にてめぇが食い尽くしたのを忘れたのか?」

「俺がいねー間になんで肉を狩らなかったんだよ?」

「畑が忙しくて討伐に出かける余裕なんかねぇ」

「じゃー昼から俺が肉を狩ってくる。この近くなら魔猪か大蛇が近いよな?」


 狩り場は変わっていないよな? とシュウに問われたマイルズではなく、ほとんど討伐に出かけないリンウッドが答えた。


「どうせ狩るなら、馬の毛並みに似た毛皮を狩ってこい」

「肉のついでだし、毛皮くらいは問題ねーけど、馬の毛並みっぽいって馬じゃ駄目なのかよ?」

「馬泥棒は犯罪だぞ」

「角のある魔馬は女神の使いだ、絶対に狩るなよ」


 アキラとマイルズに注意を受けたシュウは、じゃあ何の魔獣を討伐すればいいのか教えろと開き直った。


「そうだな、模様のない魔鹿の毛皮が一番いい。軍馬一頭の表面を覆うには、最低でも十頭は欲しい。余裕を持って二十頭分だ。できるだけ背側に傷をつけるなよ」


 リンウッドが討伐対象を指定し、その用途も説明したが、枚数を聞いたシュウは面倒くさがった。


「別に毛皮なくてもよくねーか?」

「鉄の軍馬はこのままでは人前に出せんだろう」


 甲冑人形はその面を外さなければ中が空洞だとは気づかれないが、鉄の馬はそういうわけにはゆかない。


「見たままの金属製であることを隠さないのであれば、農耕馬にしか使えんぞ」

「えー、町まで乗っていきてーのに」

「ヘル・ヘルタントの軍馬に乗って現れたら、その場で町兵に囲まれるだろうな。軍馬を探せって手配書は、まだ取り消されてないんだ」


 最後の目撃情報がハリハルタ近辺だったこともあり、数年経った現在でも定期的にギルドに伺いがきているとマイルズが釘を刺す。


「オルステインとしては取り戻したいだろうし、ヘル・ヘルタントも回収したがっているだろう。ウェルシュタント国も欲しがるのは間違いない。ハリハルタのギルドがどこに高く売りつけるか、興味があるな」


 どこかに押しつければ管理の手間が省けると気づいたアキラは、シュウにそのままでハリハルタまで乗って行けとそそのかす。だがどこかの国に回収されても深魔の森に戻ってくるのは間違いない、よけいな面倒が増えるだけだとマイルズにたしなめられた。コウメイも具体的な想定事例でアキラの危機感を煽る。


「ヘル・ヘルタントのハゲやオルステインのアフロがハリハルタにやってきたらどうする気だ。あいつらしつけぇぞ」

「王家に目をつけられるのも厄介だぞ。ここはウェルシュタント国内だ、居住に関して誤魔化していたアレコレを盾に取られるやもしれん」


 二人に畳みかけられ、飼うと決めたのなら最後まで面倒をみろとリンウッドに叱られたアキラは、不貞腐れてそっぽを向いた。


「魔鹿を狩ればいーんだな?」

「できるだけ似た毛色のを選んで狩ってこい」

「りょーかい。しばらくは鹿肉かー。あれ煮込みが美味いんだよなー」


 単調な畑仕事から解放されたと喜ぶシュウだ。


「軍馬に毛皮を被せるのはいいが、誰が縫うんだ?」

「リンウッドさんだろ?」


 編み物ができるのだ、縫い物もそれなりにこなすはずだと三人はマッシュポテトの皿を抱え込む男を振り返った。


「俺の裁縫技術はローブに空いた穴を塞ぐ程度だ。マイルズ、革職人に心当たりはないか?」

「また無理難題を……さすがに戦軍馬を目にして口をつぐんでくれそうな職人はいませんよ」

「困ったな。皮を装着できねば農耕馬にしか使えんぞ」


 ヘル・ヘルタントの戦馬を農作業に従事させると聞いて、マイルズは思わず額に手を当てた。贅沢すぎる使い方だが、それが一番平和なのは確かだ。


「まあ、そのうち策も思いつくだろう。材料は集めておいて損はない」

「魔鹿って角が厄介なんだよなー」

「討伐が嫌なら畑を耕してくれ」

「肉狩り頑張ってくるぜ!」


 長期不在の間に色々と足りなくなっていた品や、新しくそろえなくてはならなくなった物をそろえている間に、魔術陣の改変が終わった。


   +++


「懐いてんなぁ」

「モテモテじゃん」

「……」


 魔術陣を改変し、動力源との接続を戻した途端だ。アマイモ三号はアキラの体に頬をすり寄せ、カカシタロウは跪いてアキラの片手を恭しく握っている。一緒に拘束されていた杖もしきりにチカチカと存在を主張しているが、馬と甲冑ほどのインパクトはない。


「魔術陣の働きを確認したい。何か命令をしてみろ」

「……離れろ」


 アキラの命令は短く簡単なものだ。だが馬も甲冑も、そろって首を振り拒絶する。


「命令を無視ではなく拒絶するのか。感情に似たものが魔武具に備わったか。これは良い魔術陣に仕上がったようだぞ」

「よくありませんよ。持ち主の命令を聞かない道具なんていりませんから捨てましょう」


 渋面にひやりとした空気を漂わせたアキラの声に、馬と甲冑が即座に一歩さがって距離を開けた。杖の魔石も光とともに存在を消す。


「ふむ、面白い戦馬と人形が完成したものだな、これは色々試してみなければ」


 稼働を再開した魔武具にご機嫌なのはリンウッドだけだった。



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