実りの帰路/エピローグ
去年の冬は短かった、と。
畑に腰を落とした老人は、重く頭を垂れる赤穂が風に揺れるさまを見つめ感慨深げにそう呟いた。
「はじまりの日は決まってるんだし、女神様の恩恵でちゃんと春になるんだろ、長いも短いもねぇよな?」
時の女神の定めにより、この世界では季節の区切りがはっきりしている。夏が長くなる、春が遅い、冬が長いといった変動は起こりえない。コウメイが「耄碌したか?」と笑って返すと、老人が悪童を窘めるようにぴしゃりと彼の腿を叩いた。
「茶化すでないぞ、若造。この辺り一帯はもう十数年もの間、戦争の終わりが冬の終わりじゃった。だが去年は戦争が終わってもまだ終わりの日は遠かった」
「それならなおさら冬を長く感じたのでは?」
「逆じゃよ。戦争をしていた間は、はじまりの日からやっと荒れた畑を耕せておったんじゃ。畑に出られるようになったときが春じゃよ」
本来の冬は、春の種まきの準備をする時期だ。それなのに畑を丁寧に耕すことも出来ず、肥料を作る時間も土に与える暇もなく、かき集めた種を蒔いていた。だが今年は丹念に土を掘り返せたし、肥料を馴染ませる時間もあった。秋の実りを想像しながら蒔く種もたっぷりとあったのだ。そして今、これまでになく豊かに実ったハギ畑を目にし、老人は目端に涙を滲ませている。
「階段をのぼる前にこの豊かな景色を堪能できるのも、あんたらのおかげじゃ、感謝しておるよ」
「何言ってんだ爺さん。感謝してるのは俺らだぜ。爺さんらが匿ってくれなかったら、俺らはヘル・ヘルタント軍に捕まるところだったんだ」
「そうですよ。それに赤ハギのために畑を貸してくださって、栽培も手伝ってもらって。お礼をしてもしきれません」
アキラは少し屈んで老人の目の高さで眼前に広がる畑を眺めた。山間のそれほど広くはない畑は、赤い穂がさわさわと風に揺れている。
「命の恩人に報いるのは当然じゃよ」
「だからってハギの作付面積をあんなに減らして、本当に大丈夫なのかよ?」
「敗戦の影響で増税されたのではありませんか?」
「税は増やせと言われておるが、村に人が戻っておらんのだ、ワシら爺四人分の人頭税など、たいした額にはならん。むしろ徴税で取られない赤ハギのおかげで、ワシらは飢えずにすむんじゃ」
振り返った老人のシワシワの顔は、楽しそうに笑みほころんでいる。
「おい、サボってんじゃねーよ」
大陸の主食である白ハギではなく、彼らがヘル・ヘルタントで入手した赤ハギ(米)の穂が実る畑から、シュウがひょっこりと顔を出した。
「こらコーメイ、じーさんばかり働かせてるんじゃねーぞ」
「悪い、すぐ行く。アキ、ブレットさんを頼んだぜ」
老人の手から鎌と縄を取り上げたコウメイは、彼に代わってハギを刈り取ってゆく。
アキラは老人の前に膝をつき、腫れた足首に薬草湿布を塗布する。しっかりと包帯を巻いて固定し、老人を支えて家に連れ帰った。
一時は脱走兵や悪質な傭兵らに荒らされたブレットの家だが、戦争が終わりアキラたちが身を寄せるようになってからは、修繕され掃除も行き届いている。老人をカマド近くの椅子に座らせ、アキラは薬草茶を煎れた。
「花の香りのする薬草茶は美味いの。あんたの薬がよく効くおかげで、チャートの腰もダリーの膝も動くようになった。見ただろう、畑をつまずかずに歩いておったよ」
「だからといって無茶はしないでほしいのですが」
「それは無理じゃろう。みな嬉しいんじゃ」
収穫作業は重労働だというのに、老人らは誰も彼も笑顔だ。浮かれすぎて鎌を振り回す老人らにはひやひやすると、シュウは何度も愚痴っていた。
「歩けるようになったのですから、お孫さんたちのところに身を寄せることは考えないのですか?」
「こんなに立派に畑がよみがえったのにかね?」
そもそも老人らが廃れた村に残っていたのは、戦禍から避難できる身体と体力がなかったからだ。老人らの家族は親類や遠縁を頼って村を離れた。長距離を移動できない老人らは、避難の足手まといになってはと村に残ったのだ。戦争が終わって家族が戻ってきたときの場所を守りたいとの思いもあった。
「あんたらのおかげで家はなんとか守れたし、畑も立派になった。国同士が停戦を守るのなら、いずれ孫らも戻ってくるじゃろう」
もし戻ってこなかったとしても、それはそれでかまわないのだと老人はほほ笑む。
アキラは薬草茶を口に運んだ。そうは言っても三人が去れば、老人四人だけの村はすぐに立ちゆかなくなるだろう。いくら健康を取り戻したといっても、彼らは日常生活においてアキラたちの手助けを必要としている。
そもそも三人がこの村への滞在を決めたのは、今にも枯れて死んでしまいそうな老人たちを見捨てられなかったからだった。
+++
テルバウムを脱出し国境を目指した彼らは、ヘル・ヘルタント軍の先回りによって進む先を失っていた。
「マシューとハンフリーのこと、忘れてたよなー」
「俺らの抜け道は全部把握されているか……しくじったな」
「どうする。この騒ぎが伝わったら、ウェルシュタント側も警戒するぞ」
強行突破もできなくはないが、停戦協定直後にヘル・ヘルタント側から派手に国境を破れば、再び戦争が起こりかねない。国同士の喧嘩など好きにしろと放り投げたいが、やっと穏やかに暮らせるようになった村人らが、自分たちのせいで再び戦争に巻き込まれる事態だけは避けたかった。
抜け道が使えないのであれば、あとは直に川を越えるしかない。だが監視のないあたりの川の流れは速く、深さも定かではない。いくら夜目が利いても、濡らしてはならない荷を抱えた三人は飛び込む決意がつかないでいた。そこにひょっこりとあらわれたのがブレット老人だった。
「なんと、眼帯殿ではないか。何をしておるんじゃね?」
「爺さん、生きてたのか」
「あんたのくれた錬金薬のおかげで生き延びたぞ。して、隠れているようだが、追われておるのか?」
「ああ、国境を越えられなくて困ってたんだよ。爺さんはなんでこっちにいるんだ? どうやって川を越えた?」
「蛮兵どもに壊された家の修繕に使う川石をひろいにきたんじゃ。ついでに魚も獲って帰ろうかと」
戦争に負けたため川はヘル・ヘルタントの国領となった。そのため夜闇にまぎれてこっそり石集めに来たらしい。
ブレットはコウメイとシュウの顔を確かめて頷き、アキラを見て首を傾げる。
「俺の仲間だ。爺さんにやった錬金薬を作ったのがコイツだよ」
「なんと、薬魔術師殿がヘル・ヘルタントから逃げてきたのかね……もしやワシらに施したのが罪に問われたので?」
恐れ慄く老人に、アキラは錬金薬は足りたのかと問うた。
「それはもう、孫の命が助かりましたし、ダリーの息子の嫁も脚を失わずに済みました。あの錬金薬のおかげです。ありがとうございます」
深々と、地面に額がつくほどに頭を下げる老人を遮って、コウメイはどうやって国境を越えたのかと重ねてたずねた。
「地元の者しか知らぬ獣道があるんじゃ。そこから渡って川を越えられる。ついてきなされ、案内しますぞ」
そうしてアキラたち三人は夜が明ける前に国境を越えウェルシュタント国に入った。
老人に招かれるまま、戦の跡の残る村で身体を休めることにしたのだが、そこにいたのは今にも朽ちてしまいそうな四人の老人らだけであった。
彼らは三人を家族の恩人だ、村の恩人だと歓待し、ほとぼりがおさまるまで住んでくれと空き家を用意してくれた。自分たちの食料にも困っているだろうに、彼らは三人をもてなそうと必死だ。気持ちは嬉しいが、よろよろとした老体が自分たちのために働く姿は見ていられなかった。
老人らの腹を満たすために狩りや採取に励み、健康状態を確認して薬を処方しているうちに、アキラは村を離れがたくなってしまった。それはコウメイやシュウも同じ気持ちだ。荒れ放題の家屋を掃除し、修繕を手伝い、荒れた畑の手入れをした。
「この畑の隅っこを、ちょっと貸してくれねぇか?」
コウメイが大樽の赤ハギを見せ育てたいと頼むと、老人らは自分たちに育てさせてくれと言い出した。
老人らは家屋を荒らされた際にハギの種籾を奪われていた。ウェルシュタント国は敗戦を理由に税の免除はしないと言っており、彼らは種籾を購入するための借金を迫られていたのだ。そこにコウメイたちが種籾の詰まった樽を見せたのだ。税用の丸ハギの種は最低量におさえ、残った畑には赤ハギを育てれば借金は少なくて済むだろう。収穫できた赤ハギのうち、コウメイたちの不要な分を譲ってもらいたいと老人らは頼みこんだ。
「俺たちはハギについては素人だし、赤ハギは厳密にはハギとは違う種類の雑穀だ。育て方もはっきりわからねぇ。爺さんたちが苦労するぞ」
「ヘル・ヘルタントではハギと同じ時期に収穫していたのじゃろう? それなら大きく変わらんじゃろう。様子を見ながら育てればいいし、そういうのはワシらは得意じゃ」
そうして三人は村に隠れ住むことになった。老人らの生活を支えながら、赤ハギの栽培を実地で学ぶ生活は、苦労も多いが楽しいものだった。
畑の耕し方や肥料の作り方に、種まきから収穫までの手入れの方法と、老人らもはじめて育てる雑穀の扱いに試行錯誤だったが、その表情はいつも明るく朗らかだった。
野草や野芋、魔獣を狩って食いつなぎつつ、白ハギと米(赤ハギ)を育て、空き家からかき集めた野菜の種を育てているうちに半年が過ぎ、収穫の秋を迎えていた。
+++
老人らは寝床に入るのが早い。ブレットの家に居候しているコウメイたちは、老人らが寝静まってから、台所で茶や酒を飲みながら翌日の打ち合わせをする。その夜も明日の収穫の段取りを話し合っていた。
「今年は俺らがいるけど、来年はじーさんたちどーするんだろーな」
「細々と暮らせれば良いと言っていたが、心配だ」
村のハギ畑はそれほど広くはない。もとからハギは納税のためだけに栽培されており、村の食生活は狩猟と栽培した野菜や芋で支えられていたという。
「かといって俺らも居座り続けられねぇし」
深魔の森の家を三年も留守にしているのだ。留守を頼んだリンウッドも心配だし、あちらの畑や果樹園も気になる。ハギの収穫は数日内にも終わるだろう。先に収穫を終えた米(赤ハギ)もそろそろ乾燥が終わる。畑に蒔いた樽一つの種籾から、樽二十個を超える米(赤ハギ)が収穫できた。さすがに全部は持ち帰れないだろう。半分は近くの町の冒険者ギルドに託し、ハリハルタまでの運搬を頼むつもりだ。
「じーさんたちは元気なつもりでいるけど、けっこーガタがきてるよな? こーいうこと言いたくねーけど、あんまり長くねーんじゃ?」
「そうだな、今のように元気でいられるのは二、三年だと思う。どうせ俺たちの時間は長いんだ、そのくらいの時間ならここで暮らすのもいいだろう」
「……本当にいいのか、アキ?」
老人らを看取るつもりであるかのようなアキラの言葉に、コウメイが表情を歪めた。
ヘル・ヘルタントの村々でさまざまな患者に接し、ギーナ村の薬師の処方を知って、薬魔術師としての、治療魔術師としての在り方に葛藤するアキラを見てきた。この村でも老人らの体調を気に配り、錬金薬や処方薬を一つ作るのにも過ぎるほどに気を配っている。老人らに対する情はコウメイにもあるが、だからといって自らが疲弊する決断を選ぶアキラを止めずにはいられなかった。
「半年以上も一緒に生活した爺さんたちだ、見捨てたくねぇ気持ちはわかる。けどそのせいでアキが今以上にゴリゴリ削られるのは見てらんねぇよ」
「そこまで疲れてはいないが……そうだな、看取る覚悟はしているが、エルミナさんのようにはできないと思う」
老人らが苦しんでいても、自分はそれを楽にはしてやれない。終わらせられない自分が居座るのは、結果的に老人らを苦しめることになるだろう。
「じーさんたちを残してくのは後味悪りーし、けどコウメイが心配するのもわかるんだよ。どー考えてもアキラの負担が一番重いだろ?」
だからさ、とシュウは落ち込むアキラを励ますように言った。
「親戚を頼って避難したって家族をさ、探すのはどーよ?」
「息子や孫たちか」
「そ。どこに避難したのか聞き出して、手紙書いてこっちの状況を知らせたら戻ってくるかもしれねーだろ」
あるいは老人らを迎えにやってくるかもしれない。
もし親族が見つからなければ、あるいは老人らを引き取れないと断わられたら、覚悟はそのときに決めればいい。
自分たちが引き受けると覚悟を決める前に、やれるだけのことをやってみてはどうかとのシュウの提案に、コウメイとアキラは静かに頷いた。
収穫の合間に、日々の会話の中でさりげなく親族の避難先を聞き出すつもりだった彼らだったが、数日後、それを実行する必要がなくなった。
+
収穫したハギ束の木掛け作業を老人らに任せ、三人は畑で刈り取りに勤しんでいた。
「誰かが近づいてくるぜ」
その日刈っていたのは村の最高齢であるチャートの畑だ。低地にあるそこは沢が近く、やはり戦争で捨てられてしまった隣村へつながる細道があるのだが、そこを歩いてくる気配を感じたシュウが、警戒するように立ち上がった。
「追っ手か?」
「どーだろ。武器を持ってる感じじゃねーぜ」
「油断は禁物だ」
アキラは身を屈めて収穫前のハギの陰に身を隠した。上半身を起こしたコウメイも細道を振り返り、鎌はハギで隠れるように低い位置に持って気配が近づくのを待つ。
防風林の隙間に見え隠れするその人物は、背を丸めて疲れたように歩いていた。身体が重いのか、歩みはとてもゆっくりとしている。俯き足元しか見ていないせいで、その人物は彼らが声を掛けるまで存在に気付かなかった。
「何の用だ?」
「ひいっ、は、えぇっ?!」
弾けるように飛びあがった男は、見知らぬ三人の姿に驚いて後じさり、黄金色のハギ畑を見て絶句した。驚きの声をあげたあと、口を閉じるのを忘れて呆然と目の前の光景を眺めている。
これは追っ手ではなさそうだ。コウメイは鎌を腰に引っかけてひらひらと手を振った。
「見たところ旅人というわけではなさそうだが、ここに何か用か?」
「あ、あの、ここはマルナス村だったと思ったんだが。それにその畑は、チャート爺さんの畑だと思うんだが……」
自信なさげに問う中年男の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「あんた、チャートさんを知ってるのか?」
「もしかして避難した村の住人でしょうか?」
「あんた一人かよ? 他の人はどーしてる?」
コウメイらに畳みかけられて脅えた男は、木の後ろに逃げ隠れた。
「あ、あんたらこそ、ここで何してるんだ? まさか村を乗っ取ったんじゃないだろうな!? チャートさんは無事か?」
男は体格の良いコウメイとシュウを、傭兵か何かだと恐れているようだ。一番威圧感のないアキラが前に出て話しかけた。
「私たちは昨年の冬からブレットさんのお宅でお世話になっています。そのお礼に村の畑を手伝っているんですよ」
「……ブレット爺さんも生きてるのか? じゃあホレス親父は? ダリー爺さんは?」
「みなさんお元気ですよ。今日はハギの乾燥作業をしています」
大きく目を見開いた男の今度の驚きは、喜びがあふれ出ていた。
「い、生きてた! 生きてたんだっ」
男の目にはもうアキラたちは映っていない。
「親父――!!」
声を張り上げた彼は集落へと続く上り坂を駆けあがっていった。
+
痩せた貧相な中年男はホレスの息子、グルドだった。歩いて十日の距離にあるホレスの妻の実家を頼って避難していたが、両国間で停戦協定が結ばれ、これからは戦争の心配はないと聞いて村の様子を見に来たのだという。
「もう親父は駄目だと思ってました。墓を作れたらいいほうだろうと……」
避難先も裕福なわけではなく、よそ者である彼らは村になじめず居心地の悪い思いをしていた。こちらの家や畑が使えるようなら戻ってきて暮らそうと思い、彼が代表して様子を見に来たのだという。
息子との再会を喜ぶホレスの周りには、三人の老人が嬉しそうに、そして期待を滲ませてグルドを見ていた。彼は老人らの期待に応えるように「みんな無事だ」と言った。
「マオルたちは俺たちと一緒の村に避難してるよ。リーナ一家は町で冒険者をはじめてて、ジェイクは配達の仕事で村に来たときに再会した、元気そうだったよ。みんな爺ちゃんたちのことを心配していた」
「そうか、そうか」
「無事に生き延びたか」
手を取り合って子供たちの無事を喜び合う老人らに、グルドが手を重ねて頭を下げた。
「親父、村長、俺たちこの村に戻ってもいいか? マオルもリーナも、ジェイクも戻りたがっている」
「なんで頭を下げる。ここはお前たちの村だぞ」
「でも、俺たちは親父を、村長たちを見捨てて逃げた」
「何を言う。逃げろと命令したのはワシじゃ。村長の命令に従ったおぬしらを責めるわけがないだろう」
ブレットはホレスの息子の背に手をやった。肉が落ち、骨と皮膚が浮き出た身体は、この村にいたころに比べずいぶんとやつれていた。避難先ではみな苦労しているのだろう。
「チャートの畑は見ただろう? あそこにいた三人の力を借りて、畑も家もよみがえった。じゃが彼らは故郷に帰らねばならん。ワシらだけではこの田畑を維持できんのだ。老い先短いワシらの面倒を看させることになるが、それでもかまわんなら戻ってきてくれるかね」
「村長……っ」
村に戻れると大泣きしたグルドは、その夜に出された魔猪肉と豆の煮込みと、赤ハギのリゾットで何年ぶりかの満腹を味わってさらに号泣した。
+++
全てのハギ畑の収穫を終え、グルドが家族を連れに戻った後、アキラたちは老人らに別れを告げた。
「恩人を追い出すようで申し訳ないのう」
「とんでもない、長らくお世話になりました」
「楽しかったぜ、じーちゃん」
「赤ハギの栽培を引き受けてもらえて助かった。面倒掛けるがしばらく頼むぜ」
収穫した赤ハギのうち、半分を大樽に詰めて荷馬車に積み込んだ。荷馬車はブレットの家にあったものを譲り受け、馬はグルドに町で調達してもらった。残る半分の赤ハギは村に譲渡した。今後村で栽培した赤ハギの余剰分をハリハルタに送ってもらう約束だ。
「任せておきなされ、毎年たんまりと樽を送りつけてやるぞ」
「ほどほどでいいって。それと爺さんたちが生きている間だけでいいからな」
息子たちの代にまで引き継ぐ必要はない。自分たちも故郷で栽培をはじめるのだ、数年もすれば赤ハギも自給自足ができるようになるだろう。
「これは薬草を組み合わせるだけの簡単な処方ですが、効きますので役に立ててください」
「赤ハギの収穫量が上がる肥料をみつけたら、教えてくれよな」
「じゃあな、じーさん。長生きしろよー」
四人の老人らに見送られて、十五個もの大樽を積んだ幌のない荷馬車と三人は、人が歩くのとかわらないのんびりとした早さで村を発った。
「しまったな。熊狩りの報酬として隠してあったガラクタをもらっておけば良かった」
「ガラクタ? なんだ?」
「ヘル・ヘルタントの鋼の軍馬のパーツだ」
これまでの戦争のどさくさで拾ったのだろう、ホリール村の農具倉庫の奥に隠されていた。あれを修理すれば過積載の荷馬車も軽々と引いてくれるのに、とアキラは重労働を強いている駄馬に申し訳なさそうな目を向けた。
調達したのは荷を引くための骨太で丈夫な馬だが、さすがに十五樽もの荷物を一頭で引かせるのは無理をさせすぎだ。散歩のようなのんびりとした歩みでは、深魔の森に帰り着くのにどのくらいかかるかわかったものではない。
「使い終わった後で捨てるのにも苦労しそうな魔道具なんかいらねぇよ」
「えー、俺は一頭くらい飼うのも悪くねーと思うけどな」
荷馬車を後ろから押して駄馬の負担を軽減させているシュウは、世話をする必要のないペットを飼うのは大歓迎だと言った。
「名前はさ、アマイモ四号ってのはどーよ?」
「……ネーミングセンス」
「アマイモでいいのか? シュウなら焼き肉一号とか、ローストビーフ二号じゃねぇの?」
「ジュウタロウ二号かなー。じゃあアキラはサフサフ草三号とかトラント草四号?」
「……何故一号、二号をつけるんだ?」
「なんとなく?」
「ペットってのは一匹飼うと際限なく増えるらしいぜ」
ヘル・ヘルタントの機密武器など、そんなにたくさん保持したくはない。一機ですらお断りである。だが例え言葉遊びであっても、声にすれば現実になるような気のするアキラは、二人の軽口の応酬に決して頷かなかった。
最初にたどり着いた町で、アキラは広くて安い布を数枚調達し、重量軽減の魔術陣を書いて荷重を半減させた。
過酷な労働から解放された駄馬の引く馬車は、東へと順調に街道を進む。
王都シェラストラルの手前で街道からそれ、大きく南に回り込んでエンダンの港から船に乗った。数日の航海の後、トルンの港町から街道を北上する。
リアグレンで樽二つを降ろし、ダッタザートへと送る手配をした。農業ギルドでもいくつかの契約と手続きを済ませ、再び街道を北上する。
「リンウッドさん、飢え死にしてねぇよな?」
「芋があれば、多分だいじょーぶだろ」
「さすがに四年も留守にするとは思っていなかったからな……」
のんびりとした街道の長い旅はそろそろ終わりだ。
彼らがハリハルタに着いたのは、三月も半ばを過ぎたころ。
よく晴れた朝だった。
あとがき
11章、穀物大捜索はこれにて完結です。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
念願の米(赤ハギ)が入手できました。長かったです。
12章の前に今回の閑話を書くつもりです。
4年ぶりに我が家に戻ってきたら、押しかけペットらが居座っていたときの驚きを書ければと思っています。
サンステン国での12章は早ければ4月末ごろ、遅れたら5月中旬くらいになりそうです。
連載再開後もよろしくお願いします。
【宣伝】
前作の大改稿版をkindleにて「高槻ハル」名義て発行しています。
よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
無特典で異世界転移させられた彼らの物語全8巻+閑話集




