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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
2章 大航海

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12 港町ドレスタンでの六日間


 初日。


 オルステイン国の港町ドレスタンは物々しい雰囲気に包まれていた。岸壁には町兵だけでなく近衛兵が目を光らせており、着岸するすべての船と乗客を取り調べているようだ。


「何で近衛兵って分かるんだよ?」

「腕の紋章だ」

「オルステイン王国の緑鷹か、なるほど」


 予定より三日も遅れて入港した定期周回船の朽ち果てた様子は、港で働く人々や兵士たちを驚かせた。港の役人が駆けつけて船長と何やら言葉を交わし、しばらく待たされた後にようやく下船が始まった。

 舷縁にかけられた階段梯子を降りた先では、兵士が一人一人の荷物をあらためていた。


「すげー厳戒態勢ってやつ?」

「何を……誰を探しているんだろうな」

「多分、アレかねぇ」


 三人は島で下船した棺桶を思い浮かべていた。


「ま、俺らには関係ねーし」

「いや……少しまずいかもしれない」


 気楽に構えているシュウの横でアキラが表情を曇らせた。アレか、と察したコウメイは荷袋を背負い直した。クラーケンの肉の中に埋め込んだ巨大な虹真珠は、言い訳の難しい代物だ。所有権を証明するものはないし、入手方法を問い詰められても応えられない。あれは保持しているだけでも色々と疑われかねない代物なのだ。


「何とか誤魔化して見せるしかねぇな」


 まったくもって厄介な代物を押し付けられたものだ。

 遅々として進まない検問に苛立ち文句を言っていた乗船客らも、近衛兵の存在を認めた瞬間に途端に口をつぐんで大人しくなる。


「顔を出せ」


 近衛兵の命ずるままに、アキラはフードを脱ぎ身分証を渡した。さらりと流れた髪と整った顔を見て目を見張った兵だったが、職務を忘れるほどではなかったらしい。


「薬魔術師か、こちらへ来い」


 心配そうな二人と引き離されたアキラが連れて行かれたのは、兵たちの臨時の詰め所となっている港湾事務局の建物だった。武器を取りあげられた後に通された部屋では、勲章をジャラジャラとこれ見よがしに飾った中年近衛兵がニヤニヤと質の良くない笑みを浮かべ脅す。


「これからの審問に正直に答えよ。罪を隠せば腕輪に拘束される期間が延びるだけだぞ」


 アキラは怒りを表に出さないように注意を払いながら、勲章男の問いに淡々と答えていった。何処から船に乗り、船内でどういう行動をとり、錬金薬を誰かに融通したのか、憶えている限りすべてに答えた。


「白級は下から三番目です。許可を得ている錬金薬のレシピは回復、治療、解毒、麻痺、魔力回復の五つ、一般的に出回っているものですね」

「今ここで作って見せよ」

「それは出来ません。調合の魔道具がありませんので」

「錬金薬を作れぬ薬魔術師などいるわけがない。身分を詐称しておるのか? 正直に作ってみせよ、隠しだてをすると罪が重くなるだけだぞ!!」


 勲章じゃらじゃら男は握りこぶしを机に叩きつけた。暴力の片りんを見せ、恐怖を与えて証言を得るテクニックだ。

 この男が薬魔術師や錬金薬の錬成について無知だということ、すでに何らかの罪をかぶせるつもりでいると察したアキラは、何とか回避する方法を探った。


「何も隠していません。それよりも、私は何の容疑で取り調べられているのでしょうか?」

「貴様が知る必要はない」


 勲章中年が書記官に目配せすると、何やらメモをして外に待機している兵士に渡した。それから後も、度々メモが部屋の外へ運び出された。アキラの証言の裏を取るためだろう。


「荷物の中にあった保存薬草を何に使った? 錬金薬を調合したのではないのか?」

「あれは船酔いの薬に使いました」


 商人に頼まれて何度か薬を調合したと説明すると、勲章の表情が険しくなった。何時、商人の名、売った薬の量、他に作った薬はないのかと高飛車に詰められた。


「配った薬の残りはどこだ?」

「荷物の中に少しありましたが、調べられた際にすべて兵士に預けてあります」

「こっそり錬金薬を作って、商人を通じて渡したのだろう!」


 誰に、何の錬金薬を渡したことにしたいのか。


「ですから白級の調合には魔道具が必要です。魔法使いギルドか医薬師ギルドに問い合わせればすぐに証明できます」

「町医者どもに何がわかるっ」


 思うような証言が得られないといらだつ勲章中年は、顔を赤らめてダンダンと机を叩いた。


「証言など必要はない。お前の仲間の荷から道具が見つかれば言い逃れはできんのだぞ」


 これは最悪の場合、証拠を捏造される可能性があるな、とアキラは唇を噛んだ。コウメイたちが上手く誤魔化してくれるのを期待するしかない。


「遅くなりまして申し訳ありません。証言を取ってまいりましたっ」


 勲章よりも良心の感じられる四角い顔の近衛兵が、張りのある声で調査結果を告げた。同行者の荷からも、周回船からも調合の魔道具は発見できなかった、船員たちがアキラから傷薬を受け取ったこと、またその薬が錬金薬ではなかったことは押収した現物から判明した。そしてアキラと乗客を仲介した商人の証言や荷物、取引記録に不審なものは発見できなかったこと。最後に医薬師ギルドで確認し、白級の薬魔術師の能力の証明も取ってきていた。


「何か他にあったはずだろう」

「いいえ、何もございませんでしたっ」


 書記官、見張り兵、部屋の外にいる町兵や他の近衛兵にまでしっかりと聞こえる大きな声でハキハキと答える四角い彼は、おそらく上司の「証拠を探せ(作れ)」という命令を理解できないタイプのようだ。

 彼の誠実さと鈍感さに助けられたアキラは、日暮れ寸前になってようやく解放されたのだった。


   +


「酷い目にあった」

「陰謀渦巻くオルステインってな」


 疲労困憊で外に出てきたアキラに、コウメイは水筒を渡した。昼前に拘束され、それから飲まず食わずで今まで取り調べを受けていたアキラは、甘みを足した温かな茶を飲んでほっと息つをついた。


「アレはどうなった?」

「イカ足の中に埋め込んでただろ、食材で押し通した」


 乗船していたほぼ全員が、コウメイがクラーケン料理を作ったと証言したのだから、それ以上は手を出せなかったらしい。


「腹減っただろ、飯にしよーぜ」

「先に休みたいなら部屋に上がるか?」

「……飯にしてくれ」


 下船した人々が詰めかけた宿は何処も満室だ。先に解放されていたコウメイらがあちこち探して確保した町はずれの宿に落ち着き、食堂で料理と酒を囲んでアキラの慰労会がはじまった。


「「「カンパーイ」」」


 エル酒で乾杯し、剣魚(つるぎうお)の塩焼きを堪能した。脂ののった柔らかな白身が舌の上でほぐれて美味い。赤身魚のぶつ切りを甘辛く煮込んだ一品は、酒がすすんで困るとコウメイがニヤついている。


「明日からの予定だが」


 腹が膨れ、酒に満足した頃に、アキラが二人に伺いを立てるように言った。


「悪いが、俺は医薬師ギルドを中心に動きたい」

「何かあったのか?」

「ああ、おそらくだが、医薬師ギルドが俺の能力証明をしてくれなければ、今頃は冤罪で牢の中だったと思う」


 取り調べでのやり取りを説明し、医薬師ギルドに礼をしたいのだというアキラの希望に、二人も一緒に行くことにした。


   +++


 二日目。


 ずいぶんと冷え込むと思ったら、夜の間に雪が降っていたらしい。家々の屋根にうっすらと雪が積もっていた。


「うう、寒ーっ。毛皮の防寒着買おうぜ、な!」

「そういやシュウは雪の冬って初めてだったな」


 転移最初の冬に豪雪を経験している二人は、ナモルタタルよりも北に位置するのにこの程度なのかと拍子抜けしていた。


「お前ら寒くねーのかよ」

「寒いがこの程度の雪は大したことはないな」

「腰のあたりまで雪に埋まる経験してるからなぁ」


 朝食時に宿のおかみさんにたずねると、この辺りは海風が北山部からの雪雲を押し返すため、気温は下がるが雪は滅多に降らないのだと教えられた。


「雪が降ったから今日は海風もそれほど強くないだろうね。お日様で温まるには丁度いいよ」


 おかみさんの言うとおり、町のそこかしこの日なたでは、厚着をした老人たちが椅子を並べて座っていた。煙草をふかし、持ち寄った菓子を食べながら、のんびりおしゃべりを楽しんでいる。平和だ。


   +


 ドレスタンの医薬師ギルドは、冒険者ギルドの真向かいにある小さな一軒家だ。二つ並ぶ扉のうち、左側は診療所になっており、開け放たれた扉の前には貧しい身なりの女性や子供が何人も並んでいる。


「朝から行列なんだな」

「ギルドの診療所って、無料で治療してるんだよなー?」

「町にもよると思うぞ。ダッタザートでは無料診療枠があったはずだ」


 列の横を通り過ぎ、右側の扉をノックした。返事はない。


「失礼します……」


 そろりと開けた扉の向こうには、小さなテーブルが一つ置かれているだけだった。少し広めの板紙とその横に小さなベル。


「ご用のある方はベルを鳴らしてください、だってさ」

「忙しそうだし、どーする?」


 ギルド事務所側の壁はくり抜かれていて、そこから診療所で忙しく働いている姿が見えている。患者は建物の外にまで並んでいたし、とてもベルを鳴らして呼び出せる雰囲気ではない。


「夕方に出直そう」


 礼をしに来たのに邪魔をしては本末転倒だ。アキラは手持ちの板紙に用件を書き込んで机に置き、医薬師ギルドの事務所を出た。


   +


 そのまま正面の冒険者ギルドを訪れた三人は、掲示されている魔物情報をチェックした。


「意外に魔物素材の採取が溜まってるみてぇだな」

「角ウサギ肉、安っ。草原モグラも安すぎねー?」

「オーク肉に暴牛はかなり高いし、魔猪も他所よりは高いな。薬草は……高騰しているのか」


 肉の買取価格や魔物の討伐報酬は国の補助金があるため、何処のギルドでも似たような金額が設定されている。だがここの買取価格表では、そのセオリーが全く無視されているようだった。ゴブリンの討伐は報酬が二十ダルと角ウサギ肉並みに価格が下落しているのとは逆に、銀狼や魔猪といった皮素材の買取価格が一枚二百ダルと他所での七、八倍になっている。アキラが顔を顰めるのももっともで、薬草に至っては十倍以上の値段がつけられていた。


「なーんか、嫌な感じ」


 港といい森といい、あまり居心地よくはなさそうだと顔を見合わせていた時だった。


「おう、お前ら、船の客か?」


 背後からかけられた声に振り返ると、がっしりとした身体つきだが背の低い男が、三人を無遠慮にじろじろと見ていた。多少の警戒をにじませて「なにか?」とアキラが問うと、男は同情するような笑みを浮かべた。


「ここらの狩場が初めてなら、地図を確認しといた方がいいぜ。今は狩場が制限されているんだ」

「制限?」

「港で貴族連中に絡まれただろう。あいつらが狩場のいくつかを接収しやがったんだよ。近づくと面倒になるだけだ、悪いことは言わねぇから職員に最新情報を聞いておけ」


 彼は別の冒険者にも同じように声をかけていた。狩場を接収というのはなかなかに不穏な状況だ。三人は空いている受付に向かい、職員に男の忠告についてたずねた。


「この地図をご覧ください」


 職員が出してきたのは、ドレスタン周辺の地図だ。港を中心にした町の北には草原があり、北西には湖を囲うように森が、西に延びる街道は森の端をかするように整備されている。南西の草原には複数の農村があり、町の南は海風を遮る山が連なっている。そして町の東は港と漁村。そんな地図のなかに、いくつもの×印が書き込まれていた。


「もしかしてこの×印が接収された場所なのか?」

「正確には接収されているわけではないのですが、王都からきた近衛兵や領主様の部下らが占拠している場所でして」

「何でそんな事態になってんだよ」


 開拓された農地や領主個人が所有する土地以外では、人々が狩猟や採取することが許されていた。冒険者らはそこで魔物を討伐し、魔獣を狩り、薬草や果実などを採取して生計を立てている。


「……大きな声では言えませんが、中央での権力争いの余波がこの辺りにまで及んでいまして」


 王子派と王弟派で王位継承を争っており、それぞれの陣営が戦支度に各領内からめぼしい素材を狩りつくしているのだという。この町を治める領主は王子派で、彼らが周辺のおもな狩場を占拠しているのだそうだ。


「次の王様って、ふつーは子供じゃねーの?」

「普通じゃない何かがあるから、争いに発展したんじゃないか?」

「面倒くさそうだし、近寄らねぇのが一番だな」


 アキラは地図の写しを購入し、薬草採取に適した場所の情報を聞き出してギルドを出た。


   +


 町の周辺で薬草の多く自生する場所は二か所ある。もっとも有用なのが北西の湖を囲む森だが、そちらには×印がつけられていた。もう一つの採取場は真南にある山のふもとの小さな森だ。


「南東寄りの山には近づくなよ。羽蜥蜴の狩場だとかで、近衛兵らが常駐しているらしいから」


 面倒ごとには近づかないに限ると肝に銘じているのだが、最近は遠ざかろうとしても向こうから近づいてくる気がする。気のせいだと思うことにしているが。


「薬草があれだけ高騰しているんだ、調合薬の方も値上がりしている可能性があるな」


 アキラは表情を引き締め薬草探しに集中した。錬金薬の基本となる薬草を優先して採取してゆく。


「やはり成長が遅い、基準に達した物が少ないな」


 薬草は冬でも枯れることはないのだが、流石に成長は鈍くなる。成長の足りないものや色味の薄いものを避けて慎重に選び摘み取っていく。

 その傍らでコウメイとシュウは双尾狐と縞小熊を狩った。角ウサギの穴倉も見つけたが素通りした。


「何でウサギ肉があんなに値下がりしてんだ?」

「供給過多が原因だろうな。暴牛の草原は接収されてて狩れねぇから、仕方なく角ウサギを狩って帰る。しかも一羽二羽じゃたいした稼ぎにならないから、大量に狩って持ち込む」

「肉屋の倉庫は角ウサギであふれているんだろう」

「そーいや朝飯も角ウサギだった」


 育ち盛りの肉体労働派としては、淡白で脂身のほとんどない肉よりも、したたる肉汁を楽しめる暴牛や魔猪肉を食べたい。


「もしかして、この町で食える肉料理って、角ウサギ料理だけなのか?」

「かもな」

「船旅の飯がーっ」


 シュウが絶望したとでもいうように天を仰いだ。


   +


 双尾狐と縞小熊の皮素材を冒険者ギルドに売却し、その足で再び医薬師ギルドを訪ねた。無料診療が終わったからか、左の扉は閉じており患者らしい姿も見えない。


「いらっしゃい。医薬師ギルドにどのようなご用件かしら?」


 受付机で書き物をしていた四十前くらいの女性が、来訪者に気づいて顔をあげる。アキラの喉元にある、薬魔術師の白の結び飾りに気づくと笑顔で立ち上がった。


「もしかして伝言を残してくれていた方?」


 にこやかに手を差し出した彼女の薄青色の上着には、同じ白い結び飾りがついていた。


「私が当ギルドの責任者のマライアよ。よろしく」

「白級薬魔術師の評価証明をしていただいて助かりました」


 正面から顔を合わせ、しっかりと握手を交わしたが、彼女はアキラの顔に見惚れ気色ばむことはなかった。嬉しくなったアキラは、船の修繕が終わり出航できるまでの間、お礼代わりに医薬師ギルドを手伝いたいと申し出ていた。


「災難だったわね。でも、気を使わなくてもいいのよ」

「手伝わせてください。ずっと船中でしたので、しばらく錬金薬を作っていないのです。練習を兼ねてと言ったら失礼かもしれませんが、お願いできませんか?」


 アキラは採取してきた薬草を取り出して「魔道具の使用料です」とマライアに渡した。驚いて目を丸くした彼女は、薬草の束を吟味し、すぐに計算してにっこりと笑顔を返した。


「いい選別眼ね。最近はまともな薬草が手に入らなくて困っていたの」


 一番の採取場が接収されているのだから、医薬師ギルドも困っているだろうという予測は大当たりだったようだ。


「あいつらもう二カ月も港に居座ってるのよ。おかげで物価は上がるし、独占されて材料は不足するしでとても困ってたの。あなたの好意に甘えさせてもらってもいいかしら?」


 診療所の手は足りているので、調合の魔道具の使用料として薬草をギルドに納めてほしいというのがマライアの希望だった。そのかわりギルドの魔道具は好きに使ってもらって構わない、との条件にアキラは即座に頷いていた。


   +++


 三日目。


 医薬師ギルドには、医療に携わる魔術師よりも、魔力を持たない薬師の方が数が多い。彼らは代々伝わる配合薬を日々処方し、町の人々に販売している。錬金薬との違いは即効性だけだ。兵士や冒険者には錬金薬が必要だが、普通に暮らしていれば、少しだけ治りを早くしてくれる配合薬で十分なのだ。

 いざという時のために効き目の高そうな配合薬を憶えておこうと、アキラは調合(レシピ)集を見せてもらった。


「つなぎと味の調整に偏っているんだな」


 薬草をそのまま配合した物に比べ、保存性と飲みやすさに重きを置いた結果、配合薬は薬効が犠牲になっているようだ。アキラは落胆のまま本を閉じた。


「効き目が薬草汁の半分以下なら憶える必要はないな」


 コウメイとシュウが聞けば「味は大事だからっ」「頼むから飲みやすさを追求してくれ」と懇願しただろうけれど、不幸なことに二人はアキラとは別行動だった。


   +


 アキラと別れ冒険者ギルドで肉と素材を売り払った二人は、ニーベルメアへ向けた防寒服の調達にきていた。


「あったかくて動きやすいのがいーよな」

「野暮ったいのは避けようぜ」


 二人は富裕層が手放した古着を売る店を選んだ。そこでは流行遅れだが素材も縫製も上等の中古服が、まるで新品のように飾られていた。ざっくりと店内を見て回り、毛皮の一角にたどり着いたシュウが笑いを堪えながら「これ見ろよ」とコウメイを呼んだ。


「これゴージャスでいいんじゃねー? アキラに似合うぜきっと」


 笑うに笑えないとコウメイが苦虫を噛み潰した。


「何処のクルエラだよ」

「くるえらって、誰だ?」

「ツートンカラーの悪役魔女」

「……」


 どうしよう、似合いすぎる。シュウは深紅の絹で裏打ちされた純白の毛皮のコートを静かに棚に戻した。


「このあたりが良さそうだな」


 コウメイは討伐や採取に出かけることを考え、隠れ羊の毛を織り圧縮してできた分厚い生地の、ロング丈のコートを選んだ。センターの深めのスリットが足の動きを邪魔しないし、何より脇下の部分が縫い合わされず穴あきのままという面白い作りが気に入った。だがそれを見たシュウは嫌そうに指をさして。


「これ寒くねーの?」

「コートを着たまま戦うなら、動きを阻害しないからこういう奴の方がいいんだぜ」


 重ね着をしていても腕の可動性を損なわない面白い工夫だ。


「襟の毛皮も温かそうだし、このサイズなら下にもう一枚着込めそうだ」


 この上からマントを重ねることもできるだろう。試着して剣を振るうときのように肩を動かして見せると、シュウも気に入ったようだ。体格のいい二人にあうサイズのものを店員に探してもらい、微調整を依頼した。


「それ、アキラの分か?」


 腰近くまであるケープのついたインバネスコートの会計も一緒に済ませようとするコウメイを、趣味が合わなかったらどうする気だとシュウが止めた。


「服は自分で選びてーだろ」


 確かにコウメイの選んだ深い青はアキラによく似合いそうだと思う。双尾狐のふわふわの尾を使ったゴージャスな襟も、ケープの作るシャープな肩のラインも、アキラは見事に着こなすだろう。だが、毛皮の素材だとか、ポケットの位置や色にスタイル、そう言ったこだわりポイントは趣味が強く出るはずだ。こう見えてもファッションにうるさいシュウは、自分の服を他人に選ばせるなど考えられない。当然アキラもそうだろうと思っていたのだが。


「アイツに服の趣味はない」

「は?」


 ついでに言えばセンスも無いぞと呟いて、コウメイはアキラのコートの代金もさっさと支払ってしまった。


「アキが自分で選ぶと日曜日のおっさんになる」

「……あの顔で?」

「あの顔で」


 コウメイは塾帰りに買い物に誘った時のことを思い出していた。あの時にアキラが選んだのは、動きやすさと目立たない色という二点だけに特化した無属性定番セレクトだった。それまで見てきた私服のアキラとは別人のチョイスに驚いて、恐る恐るに普段はどうやって服を買っているのかとたずねてみれば、妹と母親が選んでいるのだという。


「そーいや、ずっとコズエちゃんがコーディネートして、サツキちゃんが飾りつけてたな」


 アキラの美形度が跳ねあがっていたのは女子二人が思う存分に楽しんでいたせいだ。


「しばらくはキラキラしく飾ることもねぇだろうし、地味に落ち着くだろうぜ」

「……そーなるといいな」


 力なく同意したものの、シュウは確信していた。これから先はコウメイがアキラを飾り立てるのだろう。今コウメイが選んだコートも、アキラが着ればとても地味とは程遠い見栄えになるに違いなかった。


   +++


 四日目。


 早朝、コウメイたちの宿に商人エドモンドが訪ねてきた。


「やっと近衛兵の許可が出たんだよ」


 三人の朝食に同席し疲れ切った様子でスープを飲むエドモンドは、昨日の昼まで港湾事務局内に拘束されていたらしい。取引先の商家から身分を証明してもらえたことで、ようやく解放されたのだそうだ。


「想定していた以上に問題がありそうで、私は不安だよ」


 拘束されている間に西回りの船に乗って引き返すことも考えたが、取引先に身元保証をしてもらった手前、挨拶もせずに帰ることもできなくなってしまったと嘆いている。愚痴を言いに来たのかと呆れていると、コウメイたちが食べ終わるのを見届けてから、彼はすっと背筋を伸ばして真剣に頼み込んだ。


「君たち、私の護衛をしてくれんかね?」

「とっくに断っただろ。それに俺らが護衛についたって権力には逆らえねぇんだぜ」

「だよなぁ……はぁ」


 オルステインでの円滑な旅路は、護衛の数ではなくコネと賄賂を用意できる潤沢な資金で決まるようだ。この国での商談で果たして利益をあげられるだろうかと、ため息を吐いたエドモンドは、迎えにきた使用人に急かされて気乗りしないまま旅立っていった。


「これから先、あちこちの陣営で留め置かれて、そのたびに面倒くせぇ取り調べ請けるなんざ、絶対に嫌だな」


 その都度兵士や役人に小遣いを掴ませなければならないのだ。不経済で非効率的な旅路が衰退するのも当然で、交易の港町だというのに、ドレスタンは活気が萎みつつあった。


   +++


 五日目。


 コウメイとシュウは冒険者ギルドでの換金を終えると、船の修繕作業の見学に向かった。進捗具合によっては出航日が決まっているかもしれないと期待して。


「おー、ズタボロの布切れがきれーに直ってるじゃねーか」


 クラーケンに引き破られていた帆は新品に取り換えられていたし、割られていた舷縁は損傷個所がわからないほどきれいに修繕されている。どうやら最終確認の段階まで進んでいるらしかった。

 乗船券売り場には多くの乗客が出入りしていた。皆は出港予定を確認するとすぐに踵を返し、旅支度を整えようと市場へ向かっていく。


「明日の六の鐘に出航か。思ってたより早かったな」

「次の港までは三日かかるのか、それくらいなら角ウサギばっかでも我慢できそーだ」


 船旅での食事が気にかかるシュウは、美味そうな料理を買って帰ろうぜとコウメイを急かした。


   +++


 六日目。


 早朝に宿を引き払った三人は、船室に荷物を運び終え再び町に下りていた。


「短い間でしたがお世話になりました」


 無料診療の終わる時間を狙って訪問し、改めて礼をしたアキラだ。


「お世話になったのはこっちの方だわ。あなたが居てくれたおかげで、近衛兵どもの無茶な大量注文に対応できた、ありがとう」


 昨日の医薬師ギルドは、王子派の近衛兵らに大量の薬草を押しつけられ、翌日までに錬金薬にしろという無茶な命令を受けパニックになっていた。マライア一人ではとても不可能だと頭を抱えていたところにアキラが顔を出し、二人がかりでひたすら錬金薬の調合を続けた。アキラが宿に戻ったのはそろそろ十一の鐘が鳴りそうな深夜だった。


「ニーベルメアに行くって言ってたわよね、良かったらこれ持っていって」


 そう言ってマライアは魔封の施された手紙を差し出した。


「あっちの魔法使いギルドと医薬師ギルドには知り合いが何人かいるのよ。それ紹介状だから、困ったことがあったら使ってちょうだい」


 驚きに丸くなったアキラの目は、ギルド長と手紙の間を何度も往復していた。


「遠慮しないでちょうだい。こき使ったお詫びなんだから」

「……ありがとうございます」


 カラッとした笑顔で押しつけられた紹介状をアキラは作り笑いで受け取った。

 表書きには三人の名前が記されていたが、その誰にも覚えはない。アキラたちは終着地予定地を隠してはいなかったが、その目的は一言も漏らしていないはずだ。偶然なのか、なにかの作為が働いているのか、アキラには判断がつかなかった。


   +++


 鐘の音に送られて、アメリア号は六日ぶりに航路に戻った。多少の遅れは見込んだうえでの航行日程だが、次便に追いつかれるのだけはマズいらしく、船は帆を全開にして海原を進んだのだった。



次話で第2章の大航海は完結です。

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