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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
11章 穀物大捜索

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国境線の戦い



 領主軍がホリール村に到着した。それと同時にジョージはヘル・ヘルタント軍の司令官職に戻り、軍の指揮を執って国境の砦に居を移した。アキラたちとの連絡役は部下のアルバートに代わる。

 徴税官も兼ねている領主の兵団は、行軍ついでに各地で集めたハギを先遣隊を通じ国に納めたが、それはそのまま駐留軍の食料となった。ホリール村も収穫を終えていたハギの大半を税として納めた。まだ刈り取られていないハギは村の備蓄になる。


 国境砦周辺に領主軍の配置を終えた翌週、ヘル・ヘルタント国軍が合流した。

 王都より派遣された兵士は五百名と、国境防衛戦としてはかなり少なかったが、その代わりに鋼の軍馬が大量配備された。その数は百二十機。これまでの戦では平均して十機、多い年でも三十機ほどしか配備されてこなかったのが、今年は百を越える軍馬が一度に送られてきたのだ。ヘル・ヘルタント軍の本気を感じ取った周辺の街や村は、期待と安堵に涌いた。


 守りを固めた砦は、ウェルシュタント国側の観測に徹した。侵略者はあちらだと示すため、こちらから攻め入ることはせず、敵の侵攻を待ってからの出撃となる。ヘル・ヘルタント軍の準備は万端だ。隠されるように配置された軍馬は、敵を蹂躙するためだけに走り、全身鎧の騎士や戦車(チャリオット)などを蹴散らすだろう。


 ホリール村の労働者宿舎は軍に引き渡され、寝泊まりしていた者らは村の集会場に移された。だが継続して収穫仕事に従事したのは半数ほどで、残りは志願し軍に雇われている。

 アキラたち三人も宿舎を出た。

 彼らが移された先は将軍管轄の宿舎だ。


「それでは契約通り、アキラ殿には捕虜として司令部の監視下に入ってもらいます」


 勲章のついた騎士服を身につけたジョージ・カレント将軍自ら、アキラを迎えにやってきた。同行していた彼の部下らのうち、最も若いマシューはコウメイの監視に、運動能力が最も高いハンフリーがシュウの監視についた。常に張り付くのはその二人で、残る兵士は交代だ。


「武器は預からせてもらうが、ホリール村からレッド・ベアの討伐の話は聞いている。今日一日は武器の携帯を認めるので、討伐を全て終わらせるように」


 最近では村に近づこうとする個体が激減したため、森の奥まで探しに向かわなければならず、一日の討伐数は減っている。それでも予定頭数まであと十頭以下だ、二人がかりなら一日で終わるだろう。


「私たちは監視です、討伐には関与しませんのでそのつもりで」

「あ……いてぇっ」


 シュウの足を踏み「足手まといだしー」との余計な一言を寸前で妨害したコウメイは、了承したと頷いて応える。


「アキラ殿は本日より錬金薬の作成に従事してもらう」

「他の薬魔術師たちと同じ部屋なのですか?」

「調合魔道具や完成した錬金薬の警備と管理の都合上、別室にするのは効率が悪い」


 アキラの技術を見て軍の薬魔術師らが学んでくれれば、との思惑もあるようだ。

 作業場は医療部隊の管理する建物の、診療室と療養部屋の奥だ。アキラは軍服を着た薬魔術師らとともに、ひたすら求められる錬金薬を作ることになる。


「戦がはじまるまでは備蓄を増やし、開戦後は医師の求めに応じた薬を作ってくれ」


 聞けば勤務時間はあってないもののようだ。アキラは捕虜扱いであるため、戦況によっては昼夜を問わず軍医の要望に応えなければならない。自分から捕虜の扱いをと申し出たのだから文句は言えないが、事前に可能な限りの作り貯めをしておこうと密かに決意する。


 コウメイとシュウによるレッド・ベア討伐は日暮れ前には無事に終わり、村も軍もたっぷりと食料を備蓄した。熊の毛皮をコートやマントに仕上げるには時間が足りなかったが、寝床や敷物として大いに防寒に役立つだろう。

 アキラは拘束時間は求めに応じてひたすら錬金薬を作り続けた。仕事の早いアキラの調合により錬金薬の在庫は増えた……増えすぎたため貯蔵用の容器が足りなくなった。仕方なく村から酒樽や鍋を接収するありさまだ。

 彼は私的な時間を使って、コウメイが持ち帰ったり、こっそりと集めていた薬草で、密かな目的のための錬金薬も作り貯めていた。


「国境向こうのウェルシュタント軍がやる気になってるらしい。開戦は近いぜ」


 監視のマシューから情報を聞き出したコウメイによれば、ヘル・ヘルタント軍の諜報兵は、ウェルシュタント軍を唆すような情報を流し、開戦を急がせているらしい。王都から派遣された兵は五百しかいないだとか、今年は鋼の軍馬がまだ到着していないだとか、上位の色級攻撃魔術師の雇い入れに失敗しただとか。そういった真偽の織り交ぜられた情報を得たウェルシュタント軍は、こちらの戦力が充実する前に一気に侵攻すべしと動きが活発になっているのだそうだ。


「それ重要機密だろー、よく聞き出せたなー」

「捕虜ってのは名目上だしな。魔術契約があるから油断してるのと、あとは少しでも協力してくれって無言の懇願のつもりなんだろうぜ」


 彼らが迷宮都市で伝説になってしまった冒険者であるのも、口が軽くなる一因ではあるらしい。


「開戦は明日か明後日だろうってさ」

「いよいよか……」


 アキラは結界魔石で隠した錬金薬の樽の数々を振り返る。

 ジョージの脅迫めいた交渉を受け入れてから、こちらの準備も万端だ。


「じゃ、あとは終戦までは臨機応変に各自行動だな」

「錬金薬は適宜補充しておく、ドンドン使ってくれ」

「コバンザメはどーすんだよ?」

「振り払うとアキの待遇が悪くなるだろ。連れ回すしかねぇよ」


 監視はあくまでも監視だ、彼らは二人の行動に口を出さないかわりに、決して監視のない時間を作らないと契約を交わしている。破れば捕虜待遇のアキラが真の意味での捕虜となるだけだ。


「グチグチうるさそーだけど、りょーかい。邪魔になったら猿ぐつわはめて運べばいーか」


 シュウの機動力を考えれば、早晩ハンフリーは担がれることになるだろう。


「無茶をするなとは言えないが、気をつけろよ」

「そっちこそ、殺気だった馬鹿に無理難題押しつけられそうになったら、遠慮せずにあのハゲを盾にするんだぞ?」

「ハゲは酷いな。将軍はあえて剃っているだけなのに」

「知らねーよ」


 皿に残った最後の熊肉をシュウが平らげ、彼らの密かな打ち合わせは終わった。


   +


 平原に凍るような風が吹いたその日、ウェルシュタント軍が侵攻を開始し、国境の戦いがはじまった。


   +++


 開戦と同時に、コウメイとシュウはホリール村を離れた。

 いくつもの小さな樽を背負子にくくりつけ、目立たないように土色のフード付きマントで全身を隠す。当然のように同行しようとする軍服の監視二人に、コウメイが一つだけ注文をつけた。


「俺たちについてくるなら、その軍服は脱いでくれ」

「どういう意味だ?」

「的になりたくねぇだろ?」


 コウメイとシュウが向かおうとしている場所に気付いた二人は、彼らが脱走を計画したのだと思い頭に血を上らせた。


「アキラ殿を残して、何と薄情な!!」

「これだから冒険者は!」


 驚きや落胆よりも怒りが真っ先に湧きあがったようだ。


「あのさー、アキラ見捨てて脱走する気なら、あんたらに余計なこと言わねーでとっくに居なくなってるって」

「俺らがアキを見捨てるわけねぇだろ、契約を守ってちゃんとこっちに戻ってくるって。ただ武器なしで行くには難しい場所だから、少しでも生存率を上げてぇだけだ」


 これから向かう先では、ヘル・ヘルタント軍の制服は格好の目印なのだ。彼らのとばっちりで足止めされたり負傷したくないだけだと冷たく言う。


「……何を考えているのか、さっぱりわからん」

「わからねぇなら黙って見てりゃいいだろ。あんたたちに与えられた役目は、俺らから目を離さねぇことと、行動を邪魔しねぇことだ。違うか?」


 だからといってウェルシュタント国に侵入しようとするコウメイとシュウを放置できない。監視を続けるならば、覚悟が必要だ。コウメイの指摘どおり、ヘル・ヘルタントの軍服では見つかった瞬間に取り囲まれ、良くてそのまま捕虜、最悪の場合はその場で戦死だ。


「ぐずぐずしてる暇ねぇんだ。置いていくぞ」

「あ、待ちなさい」

「ハンフリー、ど、どうしますか?」

「く……仕方ない、行くぞ」


 ハンフリーとマシューは軍服を脱ぎ、軍章の刺繍されたマントを無地のものに変え、慌てて二人を追いかけた。


 戦場を大きく回避してウェルシュタント国に入ったコウメイとシュウは、戦いの余波で被害をうけた村々に立ち寄り、背負った小樽を配り歩いた。


「ウェルシュタント軍からの見舞いや補償はあるかもしれねぇが、それは春になってからだろ? 怪我人を春まで放置してたら、命は助かってもその先が厳しい。どう使うかは村長の判断に任せるぜ」


 国境に近ければ近いほど、人々は疲弊していた。毎年の戦争疲れで表情を失った人々は、治療錬金薬を前にしても心が動かない。コウメイが己の手の甲を噛み切った傷に、小樽の錬金薬を一滴落として治して見せてようやく、錬金薬が本物であり現実なのだと我に返るのだ。

 そんな村や町が数え切れないほど存在していた。一つの村に樽ひとつでは足りず、シュウは何度も国境を越えては錬金薬を運んだ。作り貯めていた錬金薬はすでに使い切り、今はシュウが持ち帰る薬草で、アキラが睡眠時間を削って作った物を配っている。


「こっち側は想像以上にひでーな」

「国の補償が十分じゃねぇんだろうな。充実した軍備や兵数を見てる限り金に困ってる様子はねぇから、出し惜しんでやがるんだろうぜ」


 国境の戦争で被害を受けているのはヘル・ヘルタント側も同じだ。だが蓄積された絶望はウェルシュタント側が大きいように見える。

 二人に同行するハンフリーとマシューは、ただ監視しているだけではもったいないと気づき、敵軍の目を盗みながらの諜報活動をはじめた。コウメイらとともに荒れた村や町を訪ね歩き、その惨状を書き記しては、シュウが戻る際に上司へと情報を送り届ける。予定外の諜報活動の成果が自軍を有利に導いたと喜んでいた二人も、敵国の平民の惨状には平静でいられないようだ。


「まだ十日だというのに、この有様はまるで何ヶ月も戦が続いているようだ……」


 先制攻撃を受けた直後のヘル・ヘルタント軍の猛反撃により、ウェルシュタント軍は大きな損害を出した。兵の半数を失った軍を立て直すため、近隣領主へ出兵を命じ、犯罪奴隷を投入し、それでも戦力が足らず町や村から徴兵して、となりふり構わず戦力を投入している。戦争を眺めるしかできない平民も、戦う兵士も、おそらくは将校らも、敗戦の色を感じているだろうに、ウェルシュタント軍は止まらない。

 開戦から十五日目、最初に小樽を預けた村に再び立ち寄ったが、そこに村人は誰一人いない。村に隠れていたのは、戦場から逃れてきたと思われる脱走兵らだ。コウメイは家主を追い出した彼らに気付かぬふりをして村を素通りした。


「この戦争、いつ終わるんだろーな」

「きっかけが必要だが、難しいだろうな……」


 敗北は確実だというのに、ウェルシュタントは引くに引けないままズルズルと戦いを続けている。完膚なきまでに叩き潰されるまで終わらない可能性は高い。だがそれではヘル・ヘルタントの負担も大きすぎるし、ウェルシュタントという国が揺らぐ可能性も出てくる。


「ウェルシュタント、やべーな。どーするよ?」

「どうもこうも、俺らに何ができるっていうんだ?」


 自分たちはウェルシュタント国の居候だ。国を動かせる力も、影響力も、伝手も、何も持っていない。ミシェルがアレ・テタルに健在であれば何かしらの働きかけはできたかもしれないが。

 自分たちだけなら国がどうなろうと知ったことではない。移住でも放浪でもして好きに生きられる。だがダッタザートで暮らすコズエやサツキやヒロは、その家族の生活は、ウェルシュタント国が揺らげば影響を受ける。彼らは簡単に国や街を捨てられないのだ。

 大切な家族の住む国が亡くなるのはいただけない。


「ヘル・ヘルタントはウェルシュタントを属国にするのか?」

「我が国にとって、これは防衛戦争だ。侵略戦争ではない」


 むすっとした声が二人の呟きに割って入った。


「荒廃した土地など押しつけられても面倒なだけだ。我が国の望みは、国境線を正しく定め、ウェルシュタント国に楔を打ち込むことだ。すでにそのように働きかけている」

「ああ、サンステンに仲介を頼むってヤツか?」

「……それに加えて、ダッタザート辺境伯に働きかけている。その成果はあるだろう」


 ハンフリーらの送った情報から、サンステンの仲介だけでは弱いと判断したジョージ・カレント将軍は、ダッタザート辺境伯をそそのかし、その内容を王家にもそれとなく伝わるように仕向けた。


「西ウェルシュタントの財政は度々の戦でボロボロだ。それを東ウェルシュタントが支えているが、さすがに何も得られない消耗戦を何年も続けている現王家に、ダッタザート辺境伯も思うところがあったらしい。国境の状況を囁いて、共倒れになる前に東は独立してはどうか、いっそ王家に代わってウェルシュタント国をまとめてはいかがかと提案した」

「……簒奪を唆したのかよ」

「ダッタザート辺境伯がクレムシュタル王家の予備であるのは事実だし、その資格は十分にある」

「で、ダッタザートは簒奪を決めたのか?」

「いや、こちらの思惑通り、王家が考えを変えそうだとの報告だ」


 西側だけでは戦争を維持できないし、東側に独立をほのめかされれば、クレムシュタル王家の選択肢はほとんど残されていない。敗戦となれば、最悪、ウェルシュタント国は山脈より東だけとなり、クレムシュタル王家の血はダッタザート辺境伯家を残して根絶やしとなるだろう。それは王家の交代である。ここに至ってようやくクレムシュタル王家は、最も損害の少ない結末である停戦を受け入れるしかないと気づいたようだ。当初の予定通りにサンステンの立ち会いの上で休戦協定を結ぶことになるとハンフリーが語った。


「おい、それ機密情報だろ。俺らにぺらぺら喋ってていいのかよ」

「ホウレンソウは喋らないだろう?」


 短期間のうちにずいぶんと信用されたものである。いや、機密を教えることで彼らに縛りをかけようというのかもしれない。コウメイはコバンザメ二人を睨みつけた。


「……ヘル・ヘルタントはそれっぽっちで納得するのかよ?」


 国境線の引き直しだけでは、これまで費やした軍費や損害に見合わないのではないか、との疑問は残る。


「新たな国境は、ムルラダ川の源流である湖をこちら側にした線を引く予定だ」

「水源確保か。それ、ウェルシュタントは受け入れねぇだろ」

「受け入れざるを得ないようにもっていくんだ、そのくらいの交渉術はあるぞ」


 水源を確保すれば渇水に悩まされなくなるし、ウェルシュタント側の支流への水量も、ヘル・ヘルタントの裁量で決められるのだから、戦後の交渉にも優位に立てるだろう。


「全部計画できてんのなら、さっさと終わらせてくれねぇかな」


 彼らが身を潜めている場所からは、一列に並んだ鋼の軍馬が土埃をあげて駆けるのが見えた。田畑であった場所を踏み荒らし、戦車(チャリオット)も蹴散らし、甲冑の騎士や革鎧の雑兵も分け隔てなく潰して進んでいる。

 一方的な殺戮を見せられるのは何度目だろう。慣れてきた自分が嫌だと、コウメイは立ち上がり、シュウも樽を背負う。


「……軍馬の進行方向に、集落があったな」

「じーさんが何人か残ってたはずだ」


 歩ける者、避難先のある者はとっくに逃げ、親族のいない足腰の立たない老人がひっそりと息を潜めていた。食料と錬金薬を置いてきたのは四日前だ。鋼の軍馬が集落を避けてくれれば良いのだが、そういった操作をするのは砦にいる魔術師だ、期待はできない。


「コウメイ、軍馬に攻撃は」

「しねぇよ、そういう契約だからな。そのかわり、荷物運びくらいは手伝ってもらえるだろ?」

「時間がねー、急ぐぜー」


 グズグズするなとハンフリーの後ろ首を掴んだシュウが、マシューにも手を伸ばす。引きずられてはたまらないと身を翻した彼は、コウメイを追いかけるように走り出した。


   +


 コウメイらは錬金薬の小樽を背負って戦場を駆け続けた。

 開戦から二十八日目の午後、平原に太く大きな笛の音が鳴り響く。彼らはウェルシュタント軍に休戦の旗が掲げられるのを見届けた。



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