密かな取り引きと合意
三人はジョージの土産に口をつけて歩み寄りを示し、話し合いに応じた。
「捕虜扱いってことは、俺らは牢屋に入れられるのか?」
「まさか。アキラ殿を投獄などできませんよ」
「アキラは駄目でも、俺らはいーのかよ」
密談の余地を確信した途端に、ジョージの態度は迷宮都市で見せていたような、アキラにベタ惚れの強面に戻っている。
「念を押して確かめておきますが、あなた方はウェルシュタント軍にこちらで知り得た情報を提供しない、との認識でよろしいか?」
「俺らが調べてたのは商業ルートにも乗らねぇような雑穀ばかりだぜ。そんな情報をもらっても、ウェルシュタント軍は嬉しくねぇだろ」
コウメイがここまでに収集した雑穀を見せると、ジョージはなるほどと深く頷いた。
「王都では見たことのない穀物ばかりだな。アキラ殿が集めているということは、なにか特別な効能があるのですか?」
アキラたちが迷宮都市から消えた後、彼はチクダムの花を王都の魔法使いギルドに送った。その地域独自の薬草であると知らされて驚いたものだ。ここで彼らが集めた雑穀にも何か秘密があるのでは、とジョージは疑っていたようだ。
「いいや。食えるようにするまで手間暇かかるだけで、薬草代わりになるような物じゃねぇよ」
「ただの食材ですよ。コウメイは珍しい食材を一度は料理したいらしくて」
「料理……もしや、あの肉団子や、チーズと芋のはさみ揚げは、アキラ殿ではなく?」
「私は表に運んでいただけで、作ったのはコウメイです」
アキラの手作りだと思い込んでいたジョージは、願望を打ち砕かれて肩を落としている。
「牢に入らなくていいなら、俺らは好きに動いてもかまわねぇんだな?」
「一応捕虜という扱いになるので、武器は預からせてもらう。レッド・ベア討伐の間は武器を返すが、見張りの騎士が五人同行する。それと村と畑の周辺から離れないでくれ。夜は必ず兵舎に戻り一日の報告を義務づける」
その条件を満たすならばハギ刈りでもレッド・ベア討伐でも好きにしていいそうだ。
「武器預かりは仕方ねぇとしても、見張りが五人ってのは多すぎねぇか?」
「あなた方にはそれでも足りないと思うが、あまり多くの人員を割けないのでな」
「捕虜としては破格の自由が保障されるのですね。その対価に我々に何を求めるのですか?」
「我が軍のために戦う気はないか?」
「ありません」
アキラの即答に、二人はどうなのだと視線が問いかける。
「俺らは戦争には関わらねーって決めてる」
「戦う相手は魔物か魔獣だけだ、金をもらって人を殺す気はねぇよ」
「それは……ウェルシュタント国のためであっても戦わない、と解釈していいんだな?」
力のこもった重い視線が、彼らを見据えている。
その眼差しを受け止めたアキラは、しっかりと頷いた。
「国境の戦いにおいて、私たちはヘル・ヘルタントにもウェルシュタントにも与することはありません」
「わかった。竜殺しの三人が敵に回らないとわかっただけでもありがたい」
ジョージから肩の力が抜けた。ホウレンソウが敵対しないのであれば、勝利の目が増える。戦力を借りられないならば、別の方面から協力を得たいと、彼は前のめりに続けた。
「国境の戦をこの冬限りにしたいと考えている。オストラント領主軍だけでなく、派遣される国軍は昨年の三倍だ。激しい戦いになるだろう。戦力となれなくとも、例えば錬金薬を作るなどで協力してもらえないだろうか?」
激しい戦いが予想される中、治療魔術師あるいは薬魔術師が一人増えれば負傷者数は大幅に抑えられる。兵士数は戦力だ、アキラの協力があれば戦力維持が期待できる。
ジョージの申し出を、アキラは即答できなかった。
「……それは戦力供与に等しい行為ですよ」
「間者を牢の外に出し自由を与えるのだ、それくらいは呑んでもらえねばこの地の領主や本隊の騎士らに示しがつかない」
消極的な協力が受け入れられなければ、戦が終わるまで砦の牢に入れられる。投獄や脱走は、それを理由にした侵攻に利用されるのだ、受け入れる選択しか許されていない。
「ジョージ・カレント将軍、あなたはこの冬で戦いを終わらせるとおっしゃいましたが、どのように決着させるおつもりですか?」
彼が提示していたのは二つの着地点だ。ジョージはまだ明確な命令を受けていないかのように話していたが、今の口ぶりでは国の方針は定まっているとしか思えない。目を細めたアキラが鋭く問うと、彼は居住まいを正した。
「陛下は併合の地を治めるよりも、内政の充実を選ばれた。近年の国境戦のせいで心許なくなった国庫を満たし、乱れた南部の経済や治安を早急に安定させたいのだ。そのためには、ウェルシュタント国に戦を起こす気にさせないことが肝心だが、それには大陸法に則って国境を正式に定める必要がある」
「ちょっといいか?」
二人の交渉を聞いていたコウメイが割って入った。
「今までの国境は正式に定めたものじゃねえってふうに聞こえたが、どういう意味だ?」
「国境は定まっていたが、あくまでも両国間の取り決めでしかない、という意味だ」
「普通はそれで十分だよな?」
「そうだな。だが第三者が関与していない取り決めは、反故にするのも簡単だ。どちらかが『あれは間違っていた』あるいは『こちらの記録どおりに改める』と正当性を主張すれば危うくなる、その程度の国境線だ」
「ずいぶんといい加減なんだな」
「そんなに簡単に国同士の約束を破っていーのかよー」
「よくはないな。合意を反故にすれば相手国にも周辺国にも非難される。だからそれ相応の正当な理由を掲げて戦を起こすんだ」
ほとんど言いがかりのような理由でも、大陸法の介在しない合意は反故にされやすい。それを防ぐため、二国間の取り決めの際には、ささいな抜け穴も見逃さないように細かな項目まで確認し合う。だがそれでもテーブルをひっくり返されるのを完全に防ぐことはできない。
「ウェルシュタント国はどういう名目で国境の戦いをはじめたのですか?」
「国境を正しく改める、だそうだ」
「それが言いがかりだと?」
ジョージは即座に否定しなかった。戦を預かる将軍としてそれはまずいだろうと呆れるコウメイに、彼は苦笑いで説明をはじめた。
「オストラント平原の国境を定めたのは百二十年ほど前になる。当時、わかりやすかろうと平原の中央を流れるムルラダ川を境界に定めたんだが」
コウメイが荷箱から地図を取り出して二人の前に広げた。大陸全体が記された地図には、主要な都市と街道、山や森に河川、そして国境が記されている。
「ん? ムルラダ川って、どっちだ?」
山脈麓の湖から流れる川は、すぐに二股に分かれている。そのどちらにもムルラダ川と名称がついていた。北ムルラダと南ムルラダだ。
「百二十年前のムルラダ川はここではなかったのだ」
ジョージの指が北ムルラダ川を北寄りに、大きく膨らむようになぞった。
「もとはこのあたりにムルラダ川の流れがあり、国境も川に沿うと定めていた」
「ずいぶん北に蛇行してたんだな」
「何度か川が氾濫し、八十年ほど前に今の北ムルラダの流れに落ち着いた」
なるほど、自然の悪戯で川の流れが南に移動してしまったため、ウェルシュタント国は本来の国境線よりも国土が狭くなったのか。ヘル・ヘルタントは「川を国境線とする」を守り、ウェルシュタントは「かつて川のあった場所が正しい国境だ」と主張していた。どちらの主張も正しいように聞こえるから厄介だ。苦笑いのコウメイとアキラに、ジョージはそうではないと小さく首を振った。
「川の流れが南に移動した後、今から六十八年前に再び国境線を改めているんだ」
それが現北ムルラダ川沿いの国境線だとジョージが説明する。
「当時、川南の平原は数年続きの干ばつで飢饉が続いていた。そこでウェルシュタント国から、国境線を正式に現在のムルラダ川に改めることを条件に、ウェルシュタント側の平原に支流を作りたいと申し出があったんだ」
「それが現在の南ムルラダ川なのですね」
「そうだ。ヘル・ヘルタントとしてはあやふやだった国境が定まるだけでなく、領土が増えるのだから否はない。正式に現在の北ムルラダ川を国境とすると合意がなされた」
なのにウェルシュタント国は六十八年前の合意など存在しない、百二十年前の国境線が正しいと主張して攻め入っているのだ。
「当時は友好国であり関係も良好だったため、合意には第三国を挟まなかった。それが原因で現在の困った状況があるわけだが」
「なるほどなぁ、腹黒さはウェルシュタント国が上だったわけだ」
「腹黒いなどとかわいげのあるものではない、卑劣で悪辣な行為だ」
「政治って怖ぇー」
「ですが客観的に見れば、ヘル・ヘルタント国も脇が甘かったと言われても仕方がありませんよ」
国益を最優先にすれば、隣国がどのような行動に出るか、想定くらいはしておくべきだったと指摘され、ジョージはわずかに表情を強張らせた。
「……ウェルシュタントへの信頼は失墜した。今後は新たな国境線は大陸法に則り、第三国立ち会いのもとで、決して反故にできない形で定める用意をしている」
第三国としてサンステンを指名し、内々に承諾も取り付け済みだ。サンステンを選んだのは同じくウェルシュタントと国境を有する国であることと、東ウェルシュタントの圧力を期待してのことだった。王都は西に存在するが、東のダッタザート辺境伯はもう一つの王家と言われるくらいに血が濃く、サンステンが乗り出せば決して無視できないからだ。
「本当に、この冬で決着をつけるつもりなのですね」
そのような戦略を立て根回しをすすめ備えているところに、ウェルシュタント国の冒険者が国境近辺の村や町をうろついていたのだ。そんなつもりは一切、全く、一ミリもなくとも、間者と疑われたことに文句は言えない。アキラは取り繕ったすまし顔の下で、間の悪さへの腹立ちを叫んでいた。
「それで、薬魔術師として協力は得られるのだろうか?」
再び意思を問われて、アキラは悩ましげに目を伏せた。政治や戦争には関わらないと決めている。けれど村々の苦境の一端を見聞きしてきた彼は、国境の戦いは終わらせると断言するジョージの言葉を無視できない。
迷いに揺れる目でコウメイとシュウを振り返った。二人にも決断は難しいのだろう、眉根を寄せ唇を固く閉じている。
「少し、別室で相談してもかまいませんか?」
「では俺が席を外そう。扉の外で待機しているから、結論が出たら読んでくれ」
ジョージが部屋を出て扉が閉まるのと同時に、三人は息を吐いていた。
「米探ししてただけなのになぁ」
「スパイ疑惑とか、ありえねーよ」
「間が悪すぎたな……で、どうする?」
アキラの問いかけに、シュウが即座に答えた。
「俺はいーと思うぜ」
シュウは心情的にジョージに味方したくなっているようだ。戦争に加担したくはないが、完全終結とその後までを考えた策には味方したいと言った。
「俺は反対だぜ。アキの負担が重すぎる」
後方支援であっても一方に協力するのは加担するのと同じだ。肉体的にも精神的にも負担が偏りすぎる。協力したとなれば記録にも残るだろうし、それが後々に影響しないとも言い切れない。
「二人とも、このまま遁走するという選択はないんだな?」
「面倒くせーから逃げてーけど、それを都合よく利用されたくねーよ」
「戦争が終わるまでは、あのハゲ将軍を見張っておかねぇと。両国で指名手配されちゃかなわねぇ」
交渉の余地があるのなら、自分たちに最も被害が及ばない条件で取り引きしたほうがマシだろう。
「アキはどうしたい?」
「そうだな……錬金薬を作るのはかまわないと思っている。だが積極的に協力したと思われたくない」
詭弁だが、捕虜にされたから仕方なく、という体裁は取り繕っておきたかった。
「アキがいいのなら反対はしねぇけど、片方だけを救命するのはキツくねぇか?」
「それなんだが、少し策を思いついたんだが……」
耳を貸せ、と指で合図され、二人は額がくっつくほど近くに寄った。
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「私の意思ではなく、捕虜に錬金薬作りを強制した、という体裁を整えていただけるなら協力します」
それほど待つことなく部屋に呼び戻されたジョージは、アキラの返答を聞き拍子抜けしていた。迷宮都市での手段を選ばないアキラの交渉を覚えている彼は、難航すると覚悟していたのだ。
「ただし、条件があります」
思いのほか簡単に終わりそうだと気を抜きかけた次の瞬間のアキラの言葉に、ジョージは気を引き締め直す。
アキラは三本の指を立てて見せた。
「条件は三つ、と考えてよろしいか? 俺の責任の範疇で可能であれば、できるだけ希望に沿いたいと思うが、詳細を聞かなければ確約はできない」
「難しいことではありませんよ。一つ目は、負傷者の治療は平等にすることです。どの患者に対しても錬金薬を渋らずに使用してください」
ジョージはアキラの言葉の意味が理解ができないようだ、わずかに眉が跳ねた。
「そんなに難しいことでしょうか? 同じ程度の負傷者であれば、貴族も平民も同じように治療をしてほしいだけなのですが」
「我が軍は死者と軍医が助からぬと判断した以外の者すべてに、適切な治療を行っている」
「その適切な治療を、身分を理由に差をつけないでいただきたいのです」
「差などつけているものか」
そうでしょうか? と小首を傾げるアキラの疑念を、彼は侮辱と感じた。ブルブルと震えを堪えるジョージの顔だけでなく、スキンヘッドまでが赤く染まる。
「たとえば片足を切り落された兵士がいるとします。そのまま放置すれば数鐘の後に死んでしまう負傷者です。即座に足を錬金薬で接合し、適切な処置を行えば数日後には再び戦場に立てるが、あいにく錬金薬は一人分しか残っていない――そんな貴族と平民の負傷兵がいたとして、医療兵はどちらを優先するでしょうか?」
「む……」
錬金薬は無尽蔵に湧き出たりはしない。たとえ軍規で決められていても、貴族兵を先に治療し、そのせいで錬金薬が足りなくなれば、平民兵は止血と傷口の縫合がせいぜいだろう。
「しかしだ、貴族兵と平民兵とでは、育成にかかった時間と金も違えば、血筋への支援もある。なにより背負う責務が同じでは無いのだ」
「では錬金薬が無尽蔵に湧き出るのであれば、平民兵の治療にも使っていただけますよね?」
「それは……アキラ殿は優秀な薬魔術師かもしれませんが、さすがに難しいのでは」
「引き受けたからには、負傷者が浴びても余るほどの錬金薬を作ってみせますよ」
ほほ笑みの形をした銀色の目に見つめられて、スキンヘッドに集まっていた熱が一気に冷え去った。
「そ、それで、二つ目の条件とは?」
「ヘル・ヘルタント軍のために作る錬金薬は、軍から提供を受けた素材のみを使用します」
拍子抜けするほど当たり前の条件に安堵し、即座に「応」と言いかけたジョージは、寸前で思いとどまった。取引条件にするには容易すぎる。
「もう少し詳細を説明いただけるかな?」
「無尽蔵のごとく錬金薬を作ると約束しますが、素材の調達責任はそちらにお願いしたいのです」
「それだけか?」
「……そのかわり、軍に納品する以外に錬金薬を作る許可が欲しいのです」
アキラは自分や仲間が採取した薬草で作った錬金薬の行く先を問わないで欲しい、と頼んだ。
「ウェルシュタント軍に供給するのか?」
「いいえ、どちらの陣営にも譲るつもりはありません」
「では何に……誰に使うのだ?」
「戦場に隣接した村の人々です」
アキラは戦に巻き込まれて体が不自由になった村人らを何人も見てきた。この冬で終わらせるというのだ、その戦いは激しくなるだろう。
「被害を受けた村には、これまでも税の免除や補償をしているぞ」
国は何もしてこなかったわけではないと、ジョージは強く主張する。彼を責めているのではないと伝わるように、アキラはゆっくりと大きく頷いた。
「わかっています、村の人々は毎冬の戦争に飽き飽きしていましたが、国や軍を恨んではいませんでした。被害に対する手厚い補償があったからだと思います。けれど、膝を砕かれて屈めなくなった青年や、腕の筋が断たれたせいで多くの荷を担げなくなった男性は、家族や村のために一人前の働きができなくなったことを嘆いていました」
補償も見舞いも傷が癒えるまでを凌ぐには十分なものだった。だがその後は、不自由な身体で元の生活に戻らなくてはならないのだ。
「国境を守る戦いの意味を、村人らはちゃんと理解しています。だから冬に間に合わせようと必死に働いている。私たちの行動が村々の人たちを不安にさせた、その詫びとして、私的に生成した錬金薬は、兵士ではない人たちに使いたいのです」
アキラも、その後ろに控えるコウメイとシュウも、決意のこもった強い顔をしている。その真意を知ってしまえば、ジョージは否とは言えない。
やはり明確な返答をせずに、彼は三つ目の条件をたずねた。
「三つ目は錬金薬を配るコウメイとシュウの行動に、制約をかけないで欲しいのです。監視兵も外していただけませんか?」
「それでは捕虜とはいえないぞ」
「ですよね。ならば監視兵には二人の行動を、決して阻むな、と命じてください」
「……武器は持たせられんぞ?」
「かまいません」
全ての条件を聞き終えたジョージは、奥歯になにかが挟まっているような、なんとも言えない奇妙な不快感に唸った。
戦力の提供を断固拒否する彼らから、錬金薬の提供を受けられるだけでも、ヘル・ヘルタント軍の力は数倍は底上げされるだろう。出された条件は難しいが、呑んだとしても自軍の不利益にはならない。ならば受け入れるべきだと思う反面、この奇妙な引っかかりを無視してはいけないと経験が主張している。
彼は偽りや謀りが隠されてはいないかと、彼らの顔を見据えて探る。
アキラは凪いだ湖面のような銀の瞳でジョージの返事を待った。
息を詰め、見つめ合い、探り合う時間は、とてつもなく長く感じられるものだ。
根負けし先に視線を逸らせたのはジョージだった。彼は呼吸を思い出したかのように息を吸い、熟考する時間が欲しいと言った。
「明日のこの時間に、返答する。それでかまわないだろうか?」
「ええ、結構です。それとお返事をいただいたときに、魔術契約を結ばせていただきますが、よろしいですね?」
ぐ、っと息を詰まらせたジョージは、気持ちを切り替えるためにか一息で酒杯を空にしてから、彼らの宿舎を立ち去った。
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返答は夜だと言っていたはずなのに、ジョージは早朝の食堂に現れて、朝食中の三人の向かいに座った。寝不足のようで、彼の目元はわずかにむくんでいる。
「今日の予定はどうなっている?」
「熊狩りにゆくつもりですが?」
昨日の調査の結果、異常繁殖したレッド・ベアは八十五体ほど討伐しなければならないとわかった。浅い森のあちこちに熊の爪痕の残った樹木や、足跡や毛、糞などが発見されている。森を出て集落を襲う前に、急いで間引かねばならないのだ。
「それはコウメイとシュウの二人で行ってくれ。アキラ殿には少しお願いしたいことがある」
「俺らはまだ捕虜じゃねぇんだぜ。アキに何をやらせようってんだ?」
「アキラ殿の腕を疑うわけではないが、実際に錬金薬を作るのを見て確かめたい」
とんでもない威力の攻撃魔術を使うのは、迷宮都市で目の当たりにしたので知っている。だが彼が錬金薬を作っているところは見ていないのだ。本当に浴びるほどの量を生成できるのか、それを確かめなければ決断できない。ジョージは薬草は軍が用意するから昨夜アキラが出した条件の通り、一度錬金薬を作って見せて欲しいと言った。
「用意された薬草で作った錬金薬は、当然ヘル・ヘルタント軍の物、ということですね」
「ただ働きさせる気かよ。せめて作業分の金は払えよ」
コウメイに指摘され、ジョージは薬魔術師への標準料金を支払うと約束する。
朝から熊肉のステーキという胸焼けする食事を終え、アキラはジョージに連れられて先遣隊のいる宿舎に向かった。




