ギーナ村の薬師
黄金色のハギを刈り取り終えたワオルの山は寂しげだ。
まだくらい早朝だというのに、何人もの村人が彼らの出発を見送りにきた。名残惜しげな農婦らはコウメイと別れを惜しみ、山頂近くに畑を持つ農家の働き手はシュウに感謝の言葉と手土産を贈る。腰を痛めていた老婆とその孫、発熱から解放された少女までが見送りに来たため、アキラは引きつらないよう笑顔を維持するのに苦労した。
「まだ完全に回復していないのに、見送りなんて心臓に悪すぎる」
村が遠ざかり、見送りの人々が見えなくなってようやく、アキラは安堵の息を吐いた。
「患者が見送りなんて、嬉しいじゃねぇか」
「嬉しくないわけじゃないが、正直、生きた心地がしなかったな」
ワオル村では怪我人よりも病人を診察することが多かった。特に老人や幼い子供を診るとき、アキラはいつも激しくなる心臓を何とかなだめ、必死に診察していた。
持病で苦しむ農婦や、加齢だけでなく病が原因で弱った老人、熱の苦しさに泣きわめく子供を前にしたとき、アキラはテルバウムでの安請け合いを後悔した。リンウッドとともにジョンやライオネルの治療にあたった経験など、実際の病人の前ではほとんど役に立たなかった、と。
もしも治療魔術が、処方薬が効かなかったら、子供は苦しみ続け、最悪は……と想像すると、今でも胃がキリキリと痛む。よくこんな重圧に耐えられるものだと、リンウッドの経験と技量、そして度胸や覚悟をあらためて尊敬した。
しみじみと呟いた気弱なアキラに、振り返ったシュウは呆れ顔だ。
「アキラってそんなに繊細じゃねーだろ」
「シュウに比べればか細ぇぜ」
「いやいや、アキラのほーがぜってー図太いって。俺らの傷に染みる薬ぶっかけて笑ってるんだぞ?」
アキラは乱暴な治療をさせたのは誰のせいだと二人を睨みつける。
「俺は即効性を優先しているだけだぞ。ちんたら治してたら新しい傷が増えるだけじゃない、下手したらコウメイもシュウも死んでたかもしれないじゃないか」
己の状態を無視して敵に突っ込んでいくシュウを、無理を押して戦うコウメイを、何度となく治療したアキラだ。鋭い爪にすっぱりと斬られての大量の出血や、力負けして千切れかけた腕や足、そんな一秒を争う怪我の治療ばかりさせられた時期があったおかげで、アキラの外科的治療魔術の腕は磨きに磨きがかかっていた。
反面、病気治療の技術は素人同然だ。コウメイもシュウも病気には縁のない健康体だったし、異世界で病に伏せっては命取りだと予防につとめる癖がついている。リンウッドに師事してはいるが、実践経験は皆無に近い。まさか経験を積むために、流行病にかかる危険を冒せとは言えない。
「アキラは戦場慣れしているんだな。それなら国境で薬魔術師をやれば儲るぞ」
彼らの会話を聞いていたゴラドが御者台から振り返り、兵士や騎士を相手に稼げとそそのかす。
「コウメイとシュウもだ、傭兵稼業でも十分に食っていけるんじゃないか?」
「傭兵ねぇ」
「気がすすまねーかなー」
冒険者といっても彼らは狩人寄りだ。傭兵寄りの冒険者ならば稼ぎ時を見逃しはしないだろうが、戦争や紛争には食指が動かない。
「まあ、あんたらには向いてないだろうな。実際、どっちかの国のお抱えになるのはすすめられないぜ。傭兵も薬魔術師も、安くこき使われて終わっちまう。稼ぎたいなら流しの薬魔術師はどうだ? 金次第で敵味方関係ないって触れ込みなら、客は二倍だ」
「あんた、自国の味方をしろって言わねぇのかよ」
「そりゃヘル・ヘルタントのために働いてくれりゃ嬉しいが、あんたらは故郷へのこだわりが強そうだからな。他所の国のもめ事にも興味はなさそうだ」
半月にも満たない日々だったが、一つ屋根の下で寝起きし、同じ釜の飯を食い、汗水垂らして働いたのだ、ゴラドはコウメイたちの性質をしっかりと見抜いていた。
「確かに、俺らは金に困ってねぇし、戦争にも興味はねぇ。目的を達したら早々に帰国したほうがよさそうだな」
彼らにはウェルシュタント国民であるという認識はないが、ダッタザートを含めた国の東側への帰属意識が強いのは確かだ。ゴラドの言うようにウェルシュタント国が不利になるような働きを積極的にしようとは思わない。
「次で米が見つかってくれりゃなー」
「ホリール村でしたか? ヘル・ヘルタント国軍の駐屯地に最も近い村と聞いていますが、ハギ以外の特産をゴラドさんはご存じですか?」
「知ってちゃマズイだろ」
髭を揺らして笑うゴラドに、それはそうだと笑い返したコウメイが、どんな村なのかとたずねた。
「戦場に最も近い村だって話だが、イートス村の畑の向こうも戦場の痕跡が残る荒野だった。実際どっちが危ねぇんだ?」
「どっちだろうなぁ」
ゴラドはどちらと決めるのは難しいと唸った。
「危険度はホリールが上だろうな。あそこには司令本部が置かれて、一番偉い指揮官が村で寝泊まりするんだ。国境の砦にも近いしな。ウェルシュタント軍の最終目的は指揮官の首だ。けどそのぶん警備は厳重だし、兵士も騎士も多くいるから実は安全ともいえる。逆にイートスのあたりは、戦場から外れた場所だし、拠点もない。あそこに敵兵が押し寄せることはないはずなんだが……脱走兵や逃走兵は敵兵や見張りのいないあっちに逃げようとするんだよ」
イートス村は、敵味方関係なく殺気だった兵士に脅されたり荒らされたりと、毎年少なくはない被害を受けている。そんな内情を聞けば、ゼノスが尖っていたのも納得できた。
「ただ、ホリールにも問題がないわけじゃないぜ。下級とはいっても騎士たちは貴族だ、村人を家畜か何かのように思っている連中ばかりだ」
言葉を濁したゴラドの表情は、苦々しげに歪んでいた。おそらく口に出すのも躊躇われるような無体に耐えているのだろう。彼はチラリとアキラを見て、仕事が終わったらできるだけ早くホリール村を離れ、身を隠せる場所を探せ、と助言した。
「医薬師ギルドの紋章は頼りになる盾だが、指揮官あたりの上位貴族には無意味だ。面倒を避けたけりゃ、野良治療で稼ぐのは平民兵士か下っ端騎士あたりまでにしとけよ」
「貴族が面倒だってのは、嫌ってほど知ってるぜ」
刈りとりの終わった農道をカポカポと駄馬が走る。ホリール村を目指していた荷馬車は昼前に道を逸れ、大きな池の畔にあるギーナ村で止まった。
「エルミナ婆さんのとこに寄り道するぜ」
「あんたのばーちゃんか?」
「俺じゃない、近隣の村の面倒を見てくれてる薬師の婆さんだ」
病人や怪我人が出ても、簡単に町の医薬師ギルドまで運べはしない。このあたりに住む人々は、ギーナ村の薬師を頼るのだ。
「俺が子供のころは周辺の村まで定期的に訪ねてきてくれてたんだがな、年取ってからはこっちから訪ねていって、村に必要な薬を作ってもらってるんだ」
村に入った馬車は、大きな木の陰にある小さな家の前で止まった。ゴラドは薬草の入った籠とアキラの書き記した処方記録を持って降り、木の扉を叩く。
続いて馬車を降りたアキラはゴラドの後ろに立った。ワオルの山で採取した中に、用途のわからない薬草があった。それがどのように使われるのか知りたかったのだ。
ゴラドの拳が扉を軋ませる。ドンドンという音の合間に、しわがれた声が「壊すんじゃないよ」と叱りつけた。
「入るぜ、婆ちゃん」
「……おじゃまします」
ゴラドは堂々と、アキラは遠慮がちに暗い家にお邪魔した。コウメイとシュウも入りたそうにしていたが、図体の大きな男が何人も押しかけては迷惑だろうと、玄関の外で待機している。
ひんやりとした空気と薬草の香りは不思議と心地が良いものだ。室内の暗さに目が慣れると、壁一面の薬棚と、柱にくくりつけられた乾燥薬草の束が見える。奥にあるテーブルには、薬研車や大小さまざまなすり鉢が置かれていた。
すりこぎの手を止めて顔を上げた銀髪の老婆は、来客を見て顔の皺を大きく動かした。
「おや、ゴラド、新しい嫁さんもらったのかい?」
「違うって。ウチの村に働きに来てた薬魔術師殿だ。婆ちゃんに頼まれてた薬草をアキラが採取してくれたんだぜ」
「突然すみません。採取を頼まれた中にはじめての薬草があったので、お話を聞けたらと思ってお邪魔しました」
「ほう、はじめてかね? ここらではよく見かけるものじゃが……ああ、魔術師殿ならそういうこともあるかの」
言葉の意味がわからず首を傾げるアキラの横で、ゴラドが老婆に薬草の詰まった籠を渡す。老薬師は複数の薬草束から、紫色の筋の目立つ薬草を取り出し、これかね、と視線で問いかけてくる。どうして判ったのかと、驚いたアキラは大きく頷いていた。
「ジョマイ草だね」
やはりはじめて聞く名前だった。採取しながら味見をしたり覚えている限りの処方を試しても、その紫筋の薬草だけが用途を探れなかったのだ。
「ワシのような薬師は魔力で薬効を補えんからの、そのぶん薬草知識は魔術師殿よりも豊富でおらねば、効く薬は作れんのじゃ」
「……錬金薬については、確かにそういった面がありますね」
最終的な錬金薬の品質を決めるのは、薬草ではなく魔術師の魔力だ。どれだけ良質な素材を使っていても、魔術師の術がつたないせいで薬効に魔力を馴染ませられなければ、できあがるのは低品質の錬金薬だ。魔力を溶け馴染ませる技術が高ければ、最低品質の薬草でも高品質の錬金薬ができあがる。すべては魔力と魔術師の技術次第なのだ。
だが魔力を持たない薬師は、薬草の選別と配合だけで求められる薬効を調合しなければならない。そのため彼らの処方には、錬金薬に使用しない薬草も多く使われている。薬師にとって処方は秘匿するべき財産だ。素人にならばまだしも、薬魔術師に見せたくはないだろう。だがアキラは頼まずにはいられなかった。
「もしよろしければ、このジョマイ草を使うお薬を作るところを見せていただけませんか?」
「薬魔術師殿に見せられるような腕ではないのだがね。それにこれは生薬なんだ、今すぐ飲ませるというときでないと作らないんだよ」
患者が出るまで待てるかと問われ、アキラは残念そうに首を横に振った。ギーナ村には立ち寄っただけだ。夜までにはホリール村に着かねばならない。
薬草の検品を済ませた老薬師は、「今までで最上の品質だ」と賞賛の言葉をかける。
「次からもこの品質で納めて欲しいが、無理じゃろうなぁ」
「悪いな婆さん、今回限りだ。村に薬草に興味を持っている子供がいる。そいつを鍛えているんだが」
「ワシが生きているうちは無理そうだね」
老薬師は処方を確認しながら、ワオル村に必要な薬を調合してゆく。アキラは処方記録への質問に答えつつ、調合を手伝って薬研車を動かしていた、そのときだ。
「……エルミナ様、いいか?」
控えめに扉を叩く音に続いて、沈んだ声が老薬師を呼ぶ。ゴラドが扉を開けて招き入れた客は、疲労に押しつぶされそうな顔をした中年男だった。目尻に涙をにじませる男は、先客の存在に気付くと脅えるように身を縮める。
「こやつらはワオル村の村長殿とその使用人だ、気にせんでいい。それで?」
「……前にお願いしていた薬を、頼みたい」
「そうか、みな集まったのかね?」
絞り出した苦しげな声で薬を頼んだ中年は、持参した椀を差し出すと、うなだれて小さく首を縦に振る。そんな彼の背を労るように撫でて、エルミナは紫筋の薬草を手に取った。
「よく頑張った。少し待っていなされ。すぐに調合しよう」
「お手伝いすることはありませんか?」
「手は足りているよ……じゃが、あんたが知りたがっていた薬だ、見ておりなされ」
遠慮がちに申し出たアキラに見学の許可を出した老薬師は、壁にぶら下げていた小さな片手鍋を取った。匙で量りながら水を注ぐ。柱の乾燥薬草や、薬棚の丸薬、保存壺からは魔獣由来と思われる素材を取り出し、天秤ばかりにのせてゆく。その動きには一切の迷いがない。計り終えた薬草らをすり鉢で練り混ぜ、薄布に包んで片手鍋に入れた。水に薬草ら色がにじみ出るまで待ってから、卓上コンロに火を入れ、片手鍋を置く。
「ジョマイ草は使わないのですか?」
「順番があるのだよ。これは完成の直前に使うんじゃ」
石製のすりこぎを手にした老薬師は、ふつふつと泡をたたせる湯に薬効を押し出してゆく。布包みの薬草を取りだし、火を止めた。薬湯を冷ましている間に、新しいすりこぎにジョマイ草の葉を五枚選び取ってちぎり入れる。小さじ一杯の蜂蜜を注ぎ、練りはじめる。
「……紫色が強いのですね」
「それだけ薬効が強いということさ」
ジョマイ草の色に染まった蜂蜜を薬湯と混ぜ合わせ漉すと、緑と茶と紫のまじった食欲減退は確実であろう液体が完成した。エルミナは中年男が持参した椀に薬湯を注ぎ入れる。
「薬代はいらぬ。最後の言葉を交わせる時間は短いぞ、急ぎなされ」
男は何度も頭を下げ、こぼれそうな薬湯を大事に抱えて小屋を出て行った。
彼らの様子に、もしやという考えが浮かび、アキラは思わず片手鍋に手を伸ばした。残る薬湯を指ですくい取り、口に運ぶ。
「……! これ、は」
舐め味わって薬効を探り当てた瞬間、アキラは手ぬぐいに薬湯と唾を吐き出していた。
「エルミナさん、この薬湯は……これは!」
「何かね、薬魔術師殿?」
皺の間からアキラに向けられたのは、現実を知らぬ若造への厳しい目だった。
アキラはその視線から顔を背け、ジョマイ草の葉をちぎり取って口に入れた。噛み砕き、苦みのある汁が口いっぱいに広がっても、薬湯にあった致死の成分は見つからない。使われていた薬草も魔獣素材も、薬としてよく使われている安全なものばかりだった。だがそれらとジョマイ草を組み合わせることによって、彼女は致死毒を作り出している。
患者に毒を処方する。それは許されない行為だ。致死毒のしみこんだ手ぬぐいを固く握りしめたアキラは、怒りと失望とを堪えて老薬師を正面から見据えた。
「……何故なのですか?」
「薬魔術師殿は甘いのう、それに若い」
アキラの怒りを嘲笑するように老婆の目が細められた。
「人はいずれ階段をのぼるときがくる。苦しみ抜いてその時をむかえるよりも、残してゆく者とわずかでも安らかに言葉を交わしたい……どちらもそう願ったからこその処方じゃ」
老衰、あるいは病で朦朧とする者に、最後の力を与えるその薬は、明瞭な思考と苦しみのないわずかな時間と引き換えに、残された命を奪う。
安らかで満足の眠りをもたらす毒は、この村に生きる人々に望まれたからこそ生まれた処方だ。それはギーナ村やワオル村、イートス村も、これから赴くホリール村でも同じだ。村は壁に守られてはおらず、すぐに駆けつけられるほど医者や治療魔術師は近くに住んではいない。死が避けられないのであれば、最後くらいは苦しまずに、思いを伝えて階段を登りたい。そう願う患者や家族のために、エルミナはこの薬を作り出したのだ。
知らぬ間に、アキラは両手を合わせるようにして強く握りしめていた。
「……」
「野に出るにしては覚悟が足りんぞ、若いの」
塔に籠もって研究に明け暮れるのではなく、組織を離れ市井の人々の中で薬魔術師を名乗るのならば、この程度の経験は日常だ。甘ったれるな。淡々と指摘されて、アキラは何も言えないまま、息を詰めて小屋を辞した。
+
足下を見つめたまま、彼はひんやりとした暗い小屋から一歩出た。
ふりそそぐ日の光に凍えた体をあたためられ、アキラは安堵の息を吐く。
ゆっくりと顔をあげ眩しい光を仰ぎ見ると、やさしげな秋の太陽を背にしたコウメイとシュウが心配そうにアキラを見ていた。
「顔色が悪いぜ、何かあったのか?」
「さっき出てったおっさんの面倒に巻き込まれたとか?」
違う、と。アキラは強張った口元を強引に笑みの形にして、大きく首を振って否定する。
「違うんだ……俺がいろいろと至らないと、思い知らされただけだから」
コウメイの手を借りて何とか荷台に乗り込んだアキラは、冷え切った身体を温めるように腕をさすった。太陽の光を浴びても、身体をさすっても、彼の震えはおさまらない。見かねたシュウが自分のマントでアキラを包み、コウメイは労りのこもった表情で、だが誤魔化しは許さないという強く深い声で問うた。
「何があった?」
「……俺には医者は向いていないと、思い知ったんだ」
身体があたたまり、こわばりがほどけると、全身から静かに力が抜けてゆく。
イートス村でも、ワオル村でも、多くの怪我人や病人を治療してきた。特に病人に接するときは、内心の不安を隠しながら薬を作り与えてきたが、エルミナが安楽死のためとも思える毒を処方するのを見て、できない、と瞬間的に思ったのだ。
「経験を積めば自信がつくかもと思ったが、俺には無理だ。骨をつないだり、切り傷を塞ぐだけならなんとかなっても、やすらかな死を求める患者に毒を処方する度胸も覚悟も持てそうにない」
何もかもが中途半端な自身が情けなく悔しいとこぼし、彼は堅く目を閉じた。
アキラの隣に腰を下ろしたシュウが、「筋肉はあったかいんだぞ」と呟いて腕を背中に回す。反対側に座っていたコウメイも、身を寄せて「あたたかい水は得意だ」と水筒を差し出した。
「昔姉貴が愚痴ってたんだけどさ」
空を見あげたコウメイが、太陽の光に目を細めた。
「医者は治して当然、恨まれるのが当たり前、プライベートを犠牲にしなきゃ感謝してもらえねぇ、って」
「コウメイのねーちゃんて、医者なのかよ?」
「爺さんも親父も兄貴も、叔父夫婦も従兄弟も医者だぜ」
「うわー、エリートじゃん。てかコーメイ坊ちゃんだったんだなー」
「うるせぇ。姉貴は世界中に褒められてぇってタイプだったから、ブ厚い猫被って患者に愛想振りまいてたなぁ。兄貴は逆で患者にどう思われても平気でさ、難しい手術を成功させたとか、論文が認められたとか、そういう名誉欲がすげぇんだ」
コウメイの口からはじめて語られる家族の姿を、アキラとシュウは驚きつつも興味深く耳を傾けた。
「親父は感謝も恨みもどうでもよくて、どうやったら正解を導き出せるのかってことしか頭になくて、患者も人間だって気付いてねぇ節があったんだよな。外面だけはいいから巧く取り繕ってたけど。お袋は医者じゃねぇけど、医者の稼ぎが大好きで、金の計算をしているときが一番幸せそうに見えたな」
「なー、コーメイん家の病院、大丈夫なのかよー」
「曾爺さんの代から巧くやってたみてぇだし、性格に問題はあるけど腕はいい連中だから潰れたりしてねぇと思うぜ」
淡々と語る声には、何の未練も憂いもないようだ。
「アキはアキのやりたいことやっていいんだぜ。その小屋の婆さんと同じことをする必要はねぇんだ。できないことを無理にする必要はねぇし、それに罪悪感を持つ必要はねぇ」
患者を思いやって心を尽くすのはいい。だがそれで自分が壊れてはいけない。
「ここまでって太い線を引いといて、そこから向こうは知ったこっちゃねぇって突き放していいんだ」
「……」
「本人が望んでも、親族が望んでも、そういう手助けはしねえって言い張ればいい。アキが心を磨り減らしてまで他人のわがままに付き合ってやる必要はねぇだろ」
「……わがまま、か?」
「わがままだろ。俺たちはあの小屋に住んでる薬師と同じことをアキに望まねぇんだぜ」
生死のかかった場面で、罪の意識を感じさせるような重圧をアキラに押しつけたりはしないと、コウメイは断言する。
「俺は風邪ひかねぇし」
「……そういえばハリハルタで流行した風土病にもかからなかったな」
「悪かったなー、ばっちりかかってよー」
「俺らが重病で生死の境をさまよったら、リンウッドさんに押しつけちまえ。あの人は重圧とか葛藤とか一ミリも感じねぇで適切な治療をするだろ」
「あー、病気はしかたねーけど、怪我の治療はアキラがいいなー。あのおっさん、しょっちゅう麻酔忘れるし」
コウメイの言葉に頷きながらも、シュウはケースバイケースだとアキラにねだる。痛覚への反応具合で怪我の状態を探るリンウッドに、何度も無麻酔治療をされたシュウは、小さな怪我すらも避けるようになっている。
「怪我の功名だろ、いいことじゃねぇか」
「よくねーよ、コーメイだって麻酔なしで義眼グリグリやられてんだからわかるだろ!」
「あぁ、確かになぁ」
痛みにのたうち回る姿を楽しそうに観察するリンウッドの神経は、アキラの金鞭よりも頑丈だろう。
両側からぎゅうぎゅうと押されて、アキラは窮屈さと暑苦しさで噴き出した。
「線引きできる自信は無いから、しばらくは得意な怪我の治療に専念するかな。実際、病気は専門外だし……頼むから、二人とも妙な病気を拾わないでくれよ」
「健康管理は得意だ、任せとけ」
「バカは風邪ひかねーっていうだろ、心配すんなって」
「自分で言うか」
「他人に言われるよりいーんだよ」
ふりそそぐぽかぽかとあたたかな日差しと、ぎゅうぎゅうと両側から押しつけられる体温に、アキラのほころんだ眉の上にうっすらと汗が滲んでいた。
「おう、待たせたな」
薬草の代わりに複数の薬の入った袋を荷台に置いたゴラドは、村を出るとすぐに馬に鞭をあてた。
「ちょっと遅れちまっているからな、ホリール村まで休みなしに走るぜ」
「飯食う時間くらいねーのかよ」
「お前らは座ってるだけだし、一食抜いたって問題ないだろ」
三人を乗せた荷馬車は、それまでよりも速いスピードでホリール村を目指した。




