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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
11章 穀物大捜索

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薬魔術師のためらい



 ゆったりとした音色の五の鐘が棚田に響いた。真上にある太陽を見て空腹を思い出す。昼食をどうするかと考えていると、急勾配の畔道を駆け下りてきたシュウに、焼き肉の串を渡された。


「アキラは一本で足りるよな?」

「どうしたんだ、これ」

「上の畑に突っ込んできた魔鹿を狩った。塩味だけどなかなかイケるぜ」


 その場で解体し、角と皮、そして食べきれなかった肉を運んできたのだ。コウメイとゴラドの二人は順調に刈り進んでいるらしく、日暮れ前に戻ってくるとのことだ。焼き肉と薬草で昼食を終え、串をシュウに返したアキラは、再びハギ乾しの作業に戻った。

 疲労とは無縁のシュウの脚力は、ゴラドの畑だけでなく、ご近所さんのハギの運搬にも貢献していた。背負子だけでなく、藁縄で固定したハギ束を両手に抱えて往復している。

 背負子から降ろされたハギ束を乾していると、村人から頻繁に声がかかるようになったが、先ほどの男児のような診療行為を求めるものではなかった。


「妙にキラキラしてると思って見にきたら、すごい別嬪さんがいた!」

「なんだゴラドの野郎、後添えをもらったのか?」

「違います。雇われて働いているんですよ」

「いいねぇ、こんな別嬪と暮らしてんのか」

「あんたみたいな別嬪さんが飯つくって待っててくれたら、毎日が楽しいだろうなぁ」

「……修行がたりませんので、薬草の風味を活かした料理しか作れませんよ?」


 ハギを背負って下山してきた農夫らは、アキラを眺めて少々下品な含み笑いを見せている。その下品な口にとてもよく効く薬草をねじ込んでやるぞ、と笑顔で返してもその意味に気づける農夫はいないようだ。


「まあ、髪がさらさらねぇ。秘訣を教えてもらいたいわ」

「あとで髪に良い薬草をお教えしますね」

「おい、それを俺にも教えてくれ!」

「申し訳ありません、櫛通りをよくする薬草なので、育毛には……」


 平地にある数少ない畑を行き来する農婦らは、通りかかるたびに驚いたり頬を染めたり見とれたりしつつ、楽しげにアキラに声をかけてゆく。それらの様子から、農夫らには女性に、農婦らには男性と認識されているらしいと気づいたアキラだ。どうやら男どもの目は節穴ばかりらしい。

 七の鐘を過ぎ、少し早めに収穫作業を切り上げて下山したコウメイらが戻ってくると、今度は別の意味で騒がしくなった。


「んまぁー、なんて男ぶりがいいんだろうね!」

「たくましいのに品があって、いい男だわ」

「似合ってるよ、その眼帯。影がさして艶が増してるね」


 息を吐くタイミングで距離を詰めてくる農婦らに、コウメイはタジタジだ。


「お兄さん、ゴラドのところなんて辞めてウチの畑を手伝ってよ。美味しいご飯食べさせてあげるよ」

「なに言ってるんだい、ウチの煮込みのほうが美味いよ」

「脂ぎったあんたなんて誰が食うもんかい」

「そっちこそ骨と皮で食うところなんて何にも無いじゃないか」


 背負っていたハギ藁を盾にしたコウメイは、これから夕食の支度があるからと家の中へ逃げ込んだ。

 玄関前で繰り広げられる下品な罵り合いを見物していたシュウが、彼には珍しい低音でボソリと呟く。


「コーメイがモテてて羨ましくねーの、はじめてかもなー」

「俺は一度も羨ましく思ったことはないぞ」

「アキラは別のところでモテモテだからだろー」


 そっちも全く羨ましくねーけど、とシュウの視線が鼻の下を伸ばした農夫らに気色悪げな目を向ける。


「街で女性を見ているシュウも、似たような顔をしていることがあるぞ」

「え、マジ? 俺、あんな変態みてーな顔してんの?」


 好みの女性を見かけたときはあんな感じだったとアキラが断言すると、シュウは手に持っていたハギ藁を取り落とした。


「……気、つけるわ」


 本気で落ち込んだシュウである。

 コウメイとアキラを目当てに集まった村人らを一蹴したのはゴラドだ。薬師様の診察が受けられなくなるぞ、と脅して下品な農夫も掴み合う農婦も追い払う。

 ハギ乾しを終え、室内に戻ったアキラとシュウも交えた夕食の席で、ゴラドはしみじみと呟いた。


「あんたらの仕事に不満はないが、他がいろいろと、な」


 果たしてこの三人を雇って良かったのかどうか、と、深く重いため息をついた。

 昼間狩った鹿肉を丸芋と紫ギネで炒め煮にし、山羊のチーズをたっぷりのせて薪オーブンに仕上げを託す。空いたカマドに大鍋を置き、粒の黒ハギとギナゴを煮ながら、干し肉や細かく切った根菜を入れて煮立つのを待つ。

 手際の良すぎるコウメイの料理を見て、ゴラドは目を丸くした。


「そんなに手の込んだものでなくて良かったんだぞ」

「簡単だぞ。結構手抜きしてるし」


 ゴラドは「これで手を抜いているのか」という感嘆ともため息ともとれる呟きをこぼす。

 熱々のフライパンを取り出すと、山羊のチーズが少し焦げすぎていた。他人の薪オーブンはやはり難しい。大鍋とフライパンを囲んで夕食をとりながら、彼らは仕事の進捗を打ち合わせた。


「天候さえ崩れなければ、予定よりも収穫が早く終わりそうだ。うちの畑が終わったあとになるが、手の足りない家を手伝ってやってくれるか?」

「かまわねぇが、追加報酬をはずんでくれるんだろうな?」

「ザルドルだろ。わかってるよ、手伝い先で手間賃代わりにもらえるように話をつけておく」

「ついでに料理の仕方も教われるか?」

「そっちは自分で交渉してくれ。ああ、口説くなら旦那に刺されないように気をつけろよ」

「おいっ」

「ぶほっ」


 噴き出したのはコウメイではなく、舌を焼いたシュウだ。


「汚ぇぞ、シュウ」

「らっれ、あぢーんらよ」


 焦げ目のついたチーズごと、肉の旨味がしみこんだ芋を口に入れたシュウは、ヒリヒリとした傷みに涙目だ。アキラがこっそりと冷やした水を渡している。


「そういえば昼間の治療先で、私が訪問する予定が村長によって決められているというようなことを聞きました」


 あの老婆は、アキラの診療は村長が予定を立てており、それまでは苦痛を我慢するつもりだったと言っていた。


「病人を何日も待たせるなんてよくありません。私は明日からすぐにでも動けますから、予定を早めるように村長に伝えていただけますか?」


 村長に対する不快感を滲ませたアキラが頼むと、ゴラドは粥の椀を置いて頭を下げた。


「すまん、病人を放置しているわけじゃないんだ……アキラがどの程度の腕なのかわからなかったんでな。調合できる薬の種類や、これまで治療した経験を聞き取ってからと思っていたんだ。それと、村長は俺だ」


 驚いて目を見開いたアキラは声が出ない。シュウは冷ますために出していた舌を噛みそうになったし、コウメイは玉杓子を取り落としかけた。


「あんた、村長だったのか?」

「そんなに驚くことか?」

「だって……な?」

「ああ、村長ってのは、もうちょっと大きな家に住んでるものじゃねぇのかよ?」

「イートス村の村長の家は、二階建てだったぜー」

「村役場も兼ねていたのだと思いますが、応接室や会議室もありましたよ」

「すまねぇなぁ、狭い家で」


 乾燥用の屋上つきではあるが、平屋で一部屋、納屋の二階に増築した部屋を入れても二部屋のこぢんまりとした農家の家だ。一人暮らしには広すぎるが、村の長の家と考えたら質素で狭すぎると思うのも当然だろう。


「まあ、ウチの村の村長は輪番制だからな」

「輪番!?」

「三年交替だ」

「……それは、かなり珍しいのでは?」


 合議によって決められるのも皆無ではないが、たいていの村では世襲だ。任期付きの輪番制というのははじめて聞いた。


「村長としての仕事は村役場でやってるぞ。西の平地にある二階建ての大きな家だ。一階が村人が納めた税金(ハギ)の倉庫で、二階が村長と役人の仕事場になっている」


「もしかして村役人ってのも、輪番なのか?」

「もちろんだ」


 誰もが村長に、あるいは村役人になる。しかも任期中は無償なのだそうだ。村の仕事を輪番制にすることで、治める側の苦労や難しさを村人たちはよく知ることになる。おかげで村の取り決めには協力的だし、非協力的な者に対しては隣人同士が目を光らせてくれる。


「なるほどなぁ、村によって運営方法は全然違うのか」

「街はどこも同じように治められているから、この違いは興味深いな」

「掃除当番みてーなので大丈夫なのかよー」


 俺は絶対にやりたくないとシュウが顔をしかめた。


「それでアキラの、薬魔術師殿ができることなのだが」


 話しているうちにちょうど良く冷めた魔鹿肉を咀嚼したゴラドは、村の薬草でどんな薬が作れ、アキラはどのような患者を診てきたのかと問い、疑っているわけではないと前置きしつつ、魔術師証の確認を求めた。


「若いのに、もう灰級なのか。優秀なんだな。それに医薬師ギルド長の裏書きがあるなら、期待できそうだ」

「研究ばかりでしたので、実践はあまり経験がなくて……傷の治療には自信がありますが、一般的な薬となると、患者の苦痛を和らげるための調薬が中心になります」

「それで十分だ。膝や腰に痛みを抱えてる連中が多いんだ。一時的にでも痛みが消えれば喜ぶだろうぜ」


 明日以降の収穫作業の流れは今日とほぼ変わらない結果に落ち着いた。山腹の棚畑でゴラドとコウメイが刈りとりに専念し、シュウが運搬。アキラは屋根の上で穂かけ作業だ。その合間に村人から請われれば診察に出かける。


「周辺の林などで薬草を採取してもかまいませんか?」

「ああ、問題ない。ついでにちょっと頼まれてくれ」


 ゴラドはいくつかの薬草の名前を出し、採取を頼んだ。なじみのある薬草から、はじめて名前を知る薬草もあり、アキラは興味津々だ。見本の乾燥薬草を見せてもらい、間違えないようにとメモを取る。街に売るのかと問うたアキラに、ゴラドは隣村に納めるのだと言った。


「普段はギーナ村の薬師殿に世話になってるんだが、金じゃなくて薬草で払えと言われてるんだ」


 どうやら山の頂上付近で採取できる薬草は、ギーナ村の周辺には生えないらしい。ワオル村のために調合する薬の材料と、山の特定薬草を代金代わりに定期的に薬を手に入れているのだという。


「そうだ、どこの誰にどんな治療をしたのか、書き残しておいてくれ。渡した薬の種類と数もだ」


 ゴラドは納戸から持ち出した手のひらサイズの板紙の束をアキラに渡した。ギーナ村の薬師に伝えなくてはならないからだ。


「カルテを患者が保管するのか。斬新ですね」

「お薬手帳みてぇなもんだろ」


 村ではずっと昔から、少なくともゴラドが幼少の頃からずっと、診療履歴を自分で保管していた。彼にとっては逆にアキラたちの反応が物珍しく感じる。


「薬魔術師どのに支払う報酬の計算にも使うから、忘れずに控えも残しておくんだぞ」


 控えがなければ対価を払えないと念を押されたアキラは、さっそく今日の患者の様子と処方した薬を書き記した。患者へは明日、様子を見がてら訪ねていき渡すとしよう。


   +


 シュウの脚力と腕力による運搬によって、ワオル村での収穫日程も順調に短縮された。手の空いたシュウを遊ばせておくのはもったいないと、ゴラドが連れ回して人手の足りない農家を手伝わせている。


「何で俺ばっかり働かねーといけねーんだよ」

「じゃあ雑穀調査やるか? 栽培方法だけじゃねぇ、料理のコツもちゃんと聞き出せよ」

「薬草採取が追いついていないんだ、こっちを手伝ってくれないか?」

「行こうぜ、ゴラドさん。今日はどこの畑だっけ?」


 合間に魔獣狩りをして気を紛らわせようというのだろう、背負子の他に愛用の剣も背負ったシュウは、ゴラドを急かして山道を駆け上っていった。

 笑いながら見送ったアキラは、昨日山頂付近で採取してきた薬草の保全処理をはじめる。納品先は薬師なのだ、下手な処理でごまかせないと気合が入っている。

 台所を片付け終わったコウメイは、これからご近所のご婦人らを籠絡に向かう準備に余念がない。昨夜のうちに作った焼き菓子をシクの葉で包み、蓋付きの籠に収めている。


「それで、ザルドルという穀物は手に入ったのか?」

「一応な」

「調理方法は?」

「聞き出してねぇ。だいたい想像つくし、必要ねぇな」


 実物を見て、菓子を味見させてもらった時点で、秘匿するほど難しい調理法ではないとコウメイは当たりをつけていた。なら何の調査に行くのだと視線で問われ、彼は「栽培方法を聞き出すんだよ」と記録用の板紙とペンをポケットから出して見せた。


「村で隠している穀物なんだ、教えてもらうのは難しいんじゃないか?」

「いや、案外簡単だと思うぜ。ザルドルは俺らへの見せかけの餌で、村が本当に秘匿したいのは甘根草のほうだ」


 甘みのある穀物も珍しいが、砂糖の材料になる植物のほうがより価値は高い。うっかり漏らしたことでコウメイに用途を見破られたのは、ゴラドにとっては痛恨だったろう。甘根草の存在を匂わしつつ、そちらに興味はないと示せば交渉はすんなりいきそうだとコウメイは自信満々だ。

 イートス村での痛い記憶がよぎったのか、アキラの表情が少し陰った。


「あまり強引な駆け引きはするなよ」

「わかってるって。懐柔用にちゃんと賄賂は用意してる。これで説得してみせるって」


 女性の口をなめらかにするのは甘い菓子が一番効果的だ。

 そもそもコウメイは砂糖や塩、基本的な香辛料を無理して作るつもりはないのだ。購入したほうが経済的だし、味もいい。ただし醤油や味噌は、発見出来なければ挑戦するかもしれないが。


「醤油や味噌はほしいが、麹菌とか、どうやって探すのかわからねぇよなぁ」

「米があれば作れるらしいが……正直、無理だと思うぞ」

「だよな?」


 素人が菌に手を出すのは、しかも異世界の環境に存在するかどうかも不確かな麹菌を探すなど、砂浜で一粒の砂金を見つけ出すがごとき難易度だ。


「米を見つけて、それを原料にした調味料を探した方が可能性は高いに決まってる」

「なにはともあれ、米だな」

「だがこの村にもなさそうだし、次に期待するしかねぇぜ」


 モチモチと聞いて期待していたが、ザルドルは米ではなかった。だが粉引きすれば餅粉のように扱えそうなので、和菓子を模した菓子を作るのに良さそうではある。農業ギルドを通じて仕入れられなければ、何とか栽培するしかないだろう。


「そっちこそ、臨時医薬師ギルド職員はどうなんだ?」

「なんとか務まっているが、胃に穴が空きそうだ……」


 農作業中の怪我や、老化が原因の症状、原因のはっきりしている急な腹痛や頭痛といった症状は、アキラの薄い知識と隠れて施す治療魔術でどうにかなる。


「これがジョンのような原因のわからない病や、生死に関わる重病は俺には何もできないからな」


 村の住人に深刻な病で苦しんでいる者がいないことだけが、アキラにとっては救いだった。治療魔術師ではなく、灰級薬魔術師にできることはそれほど多くはない。病に関しての実務経験の乏しいアキラは、患者を訪問するたびにキリキリとねじれる胃を薬草でなだめながら、なんとかオーグに求められた役割を果たしていた。


「あと数日待てば次の村だ、胃に穴が空かねぇ程度にしとけよ」


 アキラを励ましながら、コウメイは奇妙なものだと皮肉げに笑う。自分は家業の一端を担うために医大に進学するはずだったのに、現実はほど遠い生業で生計を立てており、彼の代わりにアキラがこちらの医学にどっぷりとはまっているのだ。


「俺のクソ親父が言ってたんだが、医者に出来ることはそれほど多くねぇんだってさ。治療魔術も錬金薬も万能じゃねぇってわかってるんだ、あんまりのめり込むなよ」

「……のめり込むな、か」


 薬草の束を整えながら、アキラは曖昧に頷いた。


   +


 ワオル村での日程もそろそろ終わりが近づいていた。

 コウメイは農婦を巧くたらし込んでザルドルの種を大量に仕入れ、その栽培方法もしっかりと聞き出したようだ。国を超えた取り引きが不可能だった場合の、自家栽培という最終手段を得てご機嫌だ。


 運搬にこき使われたシュウも、山里に現れる魔鹿の討伐は楽しんだようだ。跳躍力のある魔鹿の動きは、魔猪や暴れ牛のような直線的な攻撃とは違い、予想が出来ない分、判断力と瞬発力を鍛えられたとご満悦だ。


 アキラの訪問診療も大きな問題は生じずに終わりそうだ。農作業で怪我をした農夫らの治療や、持病に苦しむ老人らの痛みの緩和はそれほど難しくはなかったが、急な子供の診療に呼び出されたときは、神経と胃がキリキリと痛んだ。幸いにも発熱を抑えるように治療魔術をかけ、作った解熱薬がよく効いたようで、すぐに子供は元気になった。

 子供の回復を見届けた翌早朝、彼らは大量の乾燥薬草とともに荷馬車に積み込まれ、ワオル村を発った。


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