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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
11章 穀物大捜索

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生き延びる知恵とオヌマスの種


 イートス村での生活は「繰り返し」の一言に尽きた。日の出前から畑に出てハギ畑で働き、昼食休憩の合間に周辺地理を調べ、早めに切り上げて森で薬草を採取したり、荒野で暴れ牛を狩る。

 日暮れと同時に夕食を終え、まだ夜の浅いころから眠りにつくという健康的で単調な生活を送るようになって八日が経った。

 肉を奪い合う夕食を終え、満腹になった労働者らがくつろごうというタイミングで、パンパンと鳴らされたゼノスの手が一同の注目を集める。


「早々にハギ収穫の終わりが見えたため、明日からは担当区域を変更する。ゲイルとムズラの班はギナゴの畑にまわってくれ。ドーグの班は毛豆の畑だ」


 ゼノスらはハギ畑の収穫に二十日はかかると計算していた。ところが予定の半分以下の日程で全ての収穫の終わりが見えてきたため、急遽計画を変更することにしたのだ。

 天候に恵まれたことと、シュウの数人分の働きも大きく貢献したが、それだけではない。アキラが調合し配布した丸薬の効果も大きかった。

 雇い入れた男たちは、毎年二、三日目あたりから体調を崩す者が出るのだが、今年は誰一人として不調を訴える者がいなかった。怪我をしてもすぐにアキラが治療をするため、翌日の仕事を休む者がいないのだ。仮病でずる休みを謀った者もいたが、アキラが楽しそうに渋くて苦い煎じ薬を作るせいで、怠ける者もいなくなった。

 この調子で他の作物の収穫も終わらせたいゼノスは、三人にも新たな畑を割り当てようとした。


「それは約束と違うんじゃねぇか?」


 自分たちはハギ収穫に雇われたのであり、その他についての説明は受けていない。コウメイの指摘で動揺したのはゼノスではなく、食堂にいた労働者らだった。彼らは一日いくらで雇われており、予定が短縮されて収入が減ることを歓迎していない。ハギを刈り終えたからと放り出されるより、他の仕事をもらって一日でも長く働きたい男たちは、余計な指摘をしたコウメイを睨みつけている。

 漂いはじめた険悪な空気を打ち払うように、ゼノスが再び手を叩く。


「担当区域の変更は譲れない。みなは明日もしっかり働いてくれ。ホウレンソウの三人とは別室で話そう」


 仕事と賃金が保証されて空気の変わった食堂から、四人は村長の家に場所を移した。招き入れられたのは応接間のような少し気取った個室だ。ゼノスと向かい合ったコウメイは契約を繰り返す。


「俺たちはハギの収穫を短期間で終わらせる努力をし、その対価として村の外に出していない雑穀を提供してもらう。たしかそういう契約を結んだはずだが、あんたにはその気がねぇみてぇだな」

「とんでもない、約束はちゃんと守る。だが全ての畑の収穫が終わらないと、あんたたちに雑穀の説明をする時間が取れないんだ」


 本当に教える気があるのかと疑いの目を向けられたゼノスは、慌てて言い訳を並べ立てた。


「あんたたちは育て方や食べ方も知りたいんだろ? 癖のある穀物だから、口で説明するだけじゃ理解できないだろう、時間を取ってちゃんと案内するつもりでいたんだ。村が所有する畑の収穫が全て終わったら、必ず!」

「ご心配なく。忙しいゼノスさんの手を煩わせるわけにはゆかないと思ったので、すでに手配は済ませました」

「え?」


 アキラの穏やかなほほ笑みは、有無を言わせぬ妙な迫力があった。


「村の各ご家庭で育てている野菜や穀物を見せてもらう約束は取り付け済みです」

「い、いつの間に、そんな手配を?」

「治療に来られた方々にお願いしたら、みなさん快諾してくださいましたよ」


 毎晩の診療でそんな交渉が行われていたなんてと、ゼノスは驚きと悔しさのまじった複雑な表情で薄笑いを浮かべた。

 昼間の労働で疲れているにもかかわらず、アキラが毎晩欠かすことなく診療し続けたのは、医薬師ギルドからの依頼だけが理由ではない。村人らと顔をつなぎ、良好な関係を結んで雑穀の情報を得るためだった。長年の痛みから解放されたと嬉し涙を流した老婆も、子供が長く苦しんでいた咳が止まったと喜んだ一家も、怪我の治りが遅くて働けないと塞ぎ込んでいた農夫も、みんなアキラがハギ以外の穀物について話を向けると、個人の畑で育てていると教えてくれた。


「さっそく明日からみなさんのお宅をたずねるつもりです」

「……ハギの収穫はまだ終わっていませんよ」

「シュウがいれば俺たちがいなくても十分だろ?」


 契約を持ち出して悪あがきするゼノスに、こいつを好きなだけこき使えとシュウの存在を協調する。意思を問うように見据えられ、シュウはからりと笑って頷いた。


「俺は雑穀のことはわかんねーし、身体動かしてるほうが楽しいからな。今までどーり収穫手伝って、魔獣を狩る、それでいーだろ?」

「毛豆やギナゴの収穫も手伝ってもらえるんだな?」

「おー、まかせとけ」


 数人分の働きをするシュウがいれば十分だろうという顔のコウメイに、ゼノスは悔しげに唇を噛んだ。


「収穫に出ていないからといって、村人は遊んでいるわけじゃない、邪魔だけはするなよ」

「もちろんです。先方の都合は確認済みです」

「村人が嫌がったり断わったら、強引に聞き出そうとするな」

「もちろんです。私たちは交渉はしますが、脅迫するつもりはありません」


 村の住人に接触させまいと頑張っていたゼノスだが、止めきれないと悟ったのか、がっくりと肩を落として頭を垂れた。


「ちなみにだが、ゼノスは俺たちになんて雑穀を教えてくれるつもりだったんだ?」

「オヌマス、だ」


 のろりと顔をあげた彼の告げた雑穀名ははじめて聞くものだった。

 村内で栽培する農家は多いが、他の村や町ではあまり見かけない品種だそうだ。砂粒のように小さいため、粉挽きするのが簡単だということ、調理方法が難しいという理由で他所には広まっていない。

 調理が難しいと聞いてコウメイが俄然興味を持った。


「他所の村が避けてるのは、手間がかかるからか?」

「手間をかけたわりに美味くならないからだ」


 ゼノスの返事に、三人は揃って首を傾げる。


「美味しくないのに育てるのは、強い品種だからですか? それとも栽培が簡単だから?」

「不味いものなんて栽培してて楽しくねーだろ?」

「イートス村の人間は、美味く食べる方法を知っているんだな?」

「もちろんだ」


 三人三様の率直な疑問を、ゼノスは個性がはっきりしていて面白いと小さく笑う。


「種を蒔けば勝手に育つし、天候に恵まれなくても一定以上の収穫が見込め、栄養価も高い。だが食べられるようにする方法がわからない食料は、不埒者に奪われなくてすむ」


 冬が来るたびに村のすぐ側で戦争がおき、戦況によっては村に押しかけた兵士に食料を接収される。そんな環境下の農村で試行錯誤されて残ったのがオヌマスだ。


「イートス村に相応しい穀物だと思わないか?」


 大地に根を張って生きる農民そのもののような、たくましくひねくれた雑穀を、ゼノスは誇らしげに語った。


「相応しいっつーか、癖が強すぎるだろー」

「俺たちが探しているものではないようだが、食べてみたくなったな」

「ああ、調理方法も知りてぇぜ」


 ゼノスはくれぐれも村人の意思を尊重してくれと繰り返し、どこの誰を訪ねるのか教えておいてくれと頼み込んだ。


   +


 毛豆やギナゴの畑に向かうシュウを見送ったコウメイとアキラは、手土産を用意して集落へと向かう。


「ミリカの家はアルトバモンの木が目印だったな?」

「あれじゃねぇか、あの扉が赤い家」


 村長宅の北に位置する家々の集まりが近づくと、パン、パンと何かを打ち付ける音があちこちから聞こえてきた。何の音だと首を傾げているうちに、たわわに実ったアルトバモンの木のある平屋に着く。二人は小さな門扉を開け、赤い玄関扉を叩いた。


「はあぃ」


 ノックに応えた声は家の中ではなく、裏から聞こえてきた。まだ幼い声と軽やかな足音が近づいてくる。


「いらっしゃい、やくまじゅつしさま!」

「こんにちは、ミリカ。寝ていなくて大丈夫なのですか?」

「うん、やくまじゅつしさまにもらったおくすりのんでるから、せきがでなくなったのよ」


 幼い少女の土に汚れた手には、唐辛子のような形状の植物が握られている。ミリカを追いかけてきた母親は、アキラを見て破顔し、深々と頭を下げた。


「薬魔術師様のおかけで娘はこんなに元気になりました。本当にありがとうございます!」

「先日も言いましたが、咳止め薬が効いているだけなので、できるだけ早くテルバウムの医薬師ギルドで診てもらってくださいね」


 アキラはいつまでもこの村にいるわけではない。薬が処方できなくなればミリカは再び咳で苦しむことになる。娘の元気な姿を見て病が完治したと気を抜かれては困ると、アキラは医薬師ギルドで診療を、と繰り返した。


「それでまじゅつしさまはきょうはどうしたの?」

「ミリカに追加のお薬を持ってきたのと、先日お願いしていた畑を見せていただきたくて」

「ああ、あれ……本気だったんですね」


 母親は「困ったわ」と裏の畑をチラリと見る。家庭用の畑を見せるのを恥ずかしがる彼女に咳止めの薬を追加で差し出すと、一呼吸ほど迷ったがしっかりと薬袋を受け取ってアキラを畑に案内した。


「村の畑のような立派なものじゃないんですよ」

「いや立派だぜ。俺らの家の畑はもっと雑で雑草だらけだしな」


 招き入れられたのは家庭菜園というには広い畑だ。柵で囲った畑の左手には赤茶色の唐辛子のような実をつけた植物が、右手には黒く細長い穂が頭を垂れる穀物がある。その間を仕切るように作られた畝では、さまざまな野菜がすくすくと育っていた。


「あのね、あかいのがギナゴで、くろいのがオヌマスっていうの。それでまんなかのまるいはっぱがくろいもで、つんつんしたはっぱのはむらさきギネよ」


 ミリカは握っていた赤い物をアキラに差し出した。


「へぇ、これがギナゴなのか」

「産毛の生えた唐辛子みてぇだな」


 ギナゴの茎や葉はハギとよく似ているが、その穂はまったくの別物だ。一本の茎に唐辛子のような殻が五個から十個ほどがついており、それを支えるためか茎は小枝のように太くたくましい。ギナゴ畑には口を枠で固定した布袋が置いてあった。どうやら収穫作業を邪魔してしまったらしい。


「あまり力を入れてはだめですよ、殻が割れてギナゴが飛んでしまいます」


 つまもうとしたコウメイは、力加減に気をつけろと注意され、そっと表面を撫でるだけにとどめた。殻を覆った産毛はしっとりとつややかだ。

 二人は収穫の手伝いを申し出て、遠慮する母親を説き伏せた。


「それなら、力仕事をお願いできる? あっちに置いてある袋の口を縛って、あの柱に叩きつけてほしいの」

「叩きつける?」


 疑問符とともに母親の指し示すほうを振り返れば、艶々に表面が磨かれた丸太が立っていた。アキラの胴体ほどもあるそれの根元には、ギナゴの殻で膨らんだ袋がいくつも並んでいる。目の詰まった厚布袋の口をしっかりと縛って、コウメイは言われるがままにその袋を丸太に叩きつけた。

 パン、と丸太にぶつかるのと同時に、袋の表面が粟立つように動いた。


「なるほど、袋の中で殻を弾き割らせてんのか」

「あちこちから聞こえていたのは、この音だったのか。脱穀、いや籾すりにあたるのかな?」

「こりゃ力が必要だし、なかなか難しいぜ」


 振り回すたびに分離した殻とギナゴのせいで布袋の重心が変わる。丸太に叩きつける一やタイミングの調整技術が求められる作業を、コウメイは楽しんでいた。


「そのあとは袋から殻だけを取り出して、ああ、殻はその木箱に入れておいてちょうだい。袋に残ったギナゴは、納屋の干し場で乾燥させるの」

「こっちだよ」


 ミリカに裾を引っ張られて連れて行かれた納屋には、木組みの干し場がある。底が布でできた木枠に、袋からギナゴを移して平らに広げる。少女によればここで三日ほど乾燥させるのだそうだ。


「オヌマスの収穫も手伝わせてくれ」


 ギナゴの収穫を終えたコウメイは、もう片端で頭を垂れる黒い穂たちを指さした。お客さんにこれ以上仕事をさせられないと遠慮する母子を押し切り、コウメイは黒い穂の畑に入った。

 こちらは粒の小さなハギか米といった見た目の穂だ。粒は小さいが、そのぶん数は多い。


「これも房のところで切ればいいのか?」

「はい、できるだけ房に触らないようにしてナイフで」


 穂房の先を切り取って集め、こちらは袋の外から揉みほぐして脱穀するらしい。そのあとはギナゴと同じく数日乾燥させて終わりだそうだ。


「図々しいついでに、オヌマスの食べ方も教えてもらえませんか?」

「ごめんなさい、それは村長の許可がないと……」

「むらのひみつなの。へいたいさんにしられたらだめなのよ」

「そうですね、秘密は漏らしてはいけません。無理を言って申し訳ありませんでした」


 いくら娘を治療した薬魔術師の頼みでも、秘匿している技術を勝手に教えれば親子は村で暮らしていけなくなる。無邪気な娘と表情の強張る母親に、アキラは笑顔で謝罪した。


「ミリカ、咳がなくなったからといって薬を飲むのを止めてはいけませんよ。テルバウムの治療魔術師に診てもらうまでは、薬は飲み続けてくださいね」


 収穫を手伝わせてもらった礼を言って、二人は赤い門柱の家を出る。追加の薬と紹介状を手渡された母親は、お土産に数個のアルトバモンを持たせてくれた。


「デザートが手に入ったな。完熟してて甘いぞ」


 先に皮ごとかぶりついたコウメイは、食べごろだとアキラにもすすめる。表面を手で拭って歯を立てると、厚い皮の下にもっちりとした食感の果肉があった。水分は少ないが、そのぶん甘みが濃い。


「果樹園のアルトバモンとはちょっと違うか?」

「この種、持って帰ろうぜ」


 甘い果実を食べながら二人は次の訪問先へと向かった。

 慢性的な胃もたれに悩む農婦の家では毛豆の粉びきを手伝い、腰痛を抱える農夫の畑では、かわりにギナゴの袋を何度も丸太に打ちつけた。


「薬魔術師殿のおかげでだいぶ楽にはなったが、まだ腰が辛くてな。手伝ってもらえて助かった」


 腰痛農夫は遅い昼食代わりにと、火で炙ってあたためた黒いパンを二人に渡した。


「オヌマスのパンじゃ。兵士どもには評判が悪いが、わしらの舌には合うておる」


 表面が少し焦げているが、あたためられたせいかパンは意外に柔らかかった。噛むとサクリと音がし、豊かなハギ粉の香りが広がる。なのに舌に感じるのは全く異なる風味だった。


「香りは美味しそうなのに、苦みかな、癖が強いですね」

「これは確かに、一口目の衝撃が大きいぜ。けど慣れれば美味いんじゃねぇかな、これ」

「ああ、たぶん冷たいままだと、もっと苦みが強いのでは?」


 似たような薬草を知っているアキラが、何の気なしに呟いた。だがそれを聞いた老農夫は見る間に青ざめ震え出す。意図せずオヌマス加工の秘密の一端を言い当ててしまったらしいと気付いたが、二人は素知らぬふりでパンを食べ終える。


「貴重なパンをありがとうよ、じーさん」

「ごちそうさまでした。追加のお薬を渡しておきます、寝る前に必ず飲んでくださいね」


 気付いていないふりを突き通し、二人は腰痛農夫の家を辞した。


「加熱がコツのようだな」

「村をあげて秘密にしているものが、そんなに簡単な方法なのか?」

「もちろんそれだけじゃねぇだろうけど、意外と簡単で単純な過程ひとつで、味なんてがらりと変わるものだぜ」


 料理が不得意なアキラにはわからないが、薬草も同じだろうと言われると納得できる。些細なきっかけだがオヌマスを食べる方法の糸口を掴んだ。

 その後も数件の患者宅を訪問し、薬を渡しながら収穫の手伝いをしたり、村で食べられている料理についてたずねて回った。


   +


 暮れる空の下、刈り取られて寂しくなった畑を眺めながら宿舎に帰ってゆく。その道すがら、二人は村人らの反応を思い出してはため息をついていた。

 最初は薬魔術師の往診を歓迎した村人らも、会話が密かに栽培している雑穀やその調理法になるとみな言葉を濁す。腰痛の老農夫ほどではなくとも顔色を変えたり、薬を突き返して追い返そうとする者もいた。


「結束が固ぇのは結構だが、そこまでピリピリするほどのことか?」

「村は共同体だ、掟というのは俺たちが思う以上に厳しいものかもしれないな」


 二人は訪ねた先で無理に聞き出しはしなかったが、態度が変わってしまった村人の様子は気になっていた。


 完全に日の暮れたころ戻ってきた二人は、松明の掲げられた玄関先でゼノスに捕まった。酷く渋い顔で二人を睨むように見ている。


「遅くなりました」

「もしかして飯の時間に遅れたか?」

「ヘラヘラと……のんきなものだな」


 ゼノスは二人が宿舎に入ることを許さず、村長宅の応接室へと強引に引き入れた。

 扉が閉まった途端、彼は堪えていた怒りを爆発させた。


「村の住人を脅すのは止めろ!」

「脅してなんかねぇよ」

「弱みに付け込んで内情を聞き出し、強請った!」

「……お願いしたつもりでしたが、少し強引だったかもしれません」


 アキラは村人らの脅えたような態度を思い出し、ゼノスの激高もあって、自分たちが間違った行動を取ったのだと気付いた。


「少しじゃないだろう。持病を持つ相手に薬魔術師が『お願い』して断るのがどれほど難しいか、何故分からないんだ!」


 ゼノスに正論で殴られ、アキラには言い返す言葉はなかった。


「あんたらにかき回されて、村の住人が疑心暗鬼になっている。この冬の戦争では村が襲われるのじゃないかってな」


 二人が訪問した先の住人の一部は、彼らがウェルシュタント国の偵察兵ではないかと疑い、村の掟を破っただけでなく、敵国に余計な情報を漏らしてしまったのではないかと脅えている。そう教えられてアキラは蒼白になった。絶句したコウメイは、強く拳を握りしめる。

 まさかそんな誤解が生じようとは思ってもみなかったのだ。


「契約を都合良くねじ曲げて利用しようとした俺にも非はあるだろう。そのせいであんたらの信頼をなくして、行動させてしまったんだからな……だが、薬魔術師殿は頭が良いんだろう? コウメイもギルドを相手に交渉する頭があるんだ、何故もう少し村人のことを考えてくれなかったんだ」

「……すまん」

「冬になれば畑のすぐ側が戦場になる、ここはそういう村なんだ」


 町で雇い入れた人たちを宿舎に隔離し、組を作って村人をつけ昼夜問わず監視するのにも意味がある。


「それに俺はちゃんと約束を守ると言ったはずだ。そのために準備をしていた、町と同じ感覚で勝手に動き回って余計な波風を立てないでくれ!」


 町でもギルドでも、国境の村々をめぐる環境は聞かされていた。それなのに考えが至らず、村を混乱させてしまったのだ。ゼノスに非難されて当然だった。


「申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げたアキラは、訪問した村人に謝罪したいとゼノスに頼もうとして、拒絶の気配を感じ諦めた。


「……あんたたちのおかげで早く収穫が終わった、戦争前の準備をする余裕もできた。村の病人を治療してくれたことには感謝している」

「薬魔術師として仕事をしただけですから、礼は不要です」

「最初の契約の通り、ハギの収穫仕事は終わった。明日の朝、ワオル村へ送っていく。そのときに村長の署名とオヌマスを渡す」


 厳しい声で伝えられた雇用契約の終了を、二人は静かに受け入れた。


   +++


 水路に沿って北に見える山を目指す荷馬車は、ハギ株の残る畑の間をガタゴトと揺れ進む。

 口を引き結んで荷台で仰向けに寝転んだコウメイも、遠ざかる村を見つめ続けるアキラも、その表情は硬い。沈黙の重苦しさから逃れるように、シュウは出発間際に手渡されたオヌマスの袋を引き寄せた。黒い胡麻のような小さな粒をつまんで口に入れ、カリッと歯を立てる。直後に荷台から顔を出し、口の中のものはを吐き出した。


「うげー、苦っ」


 美味しいとは思っていなかったが、まさかこれほど苦く不味いなんてとシュウは嘆いた。これはバモンをはじめて生食したときに受けた衝撃に並ぶほどだと涙目になっている。


「無駄にするな、もったいない」

「大事な種なんだ、粗末にあつかうんじゃねぇ」

「いや、粗末とかってレベルじゃねーだろ。これ食えるのかよ?」


 いくら貴重な穀物の種であっても、不味いとわかっている物をわざわざ手に入れる必要があるのかとシュウは真剣にコウメイを問い詰める。


「料理法次第で甘くなる素材なんていくらでもあるんだぜ」

「その料理方法、なんで教わらなかったんだよ?」

「俺は試行錯誤を楽しみてぇんだ」


 流れる雲を睨むコウメイの表情は、ちっとも楽しそうに見えない。やせ我慢しているなぁと、シュウは呆れの息をつく。

 出発のとき、ゼノスの言葉を遮ったのはコウメイだ。昨夜のうちに事情を聞かされているシュウは、コウメイがオヌマスを美味しく食べる方法を自分で見つけると決意した気持ちは理解した。だが、いつまでも落ち込んだまま鬱々とされるのはたまらなかった。


「おめーらさ、うっとーしいんだよ」


 口を硬く縛り直したオヌマスの袋を、シュウはアキラの背中に投げつけた。


「過ぎたことをいつまでもうじうじ悩んでても仕方ねーだろ。いい加減に切り替えろよ」

「……そんなに簡単じゃない」

「じゃあいつまで引きずるんだよ? 失敗した原因はわかってんだから、次からは同じバカを繰り返さねーようにすりゃいいだけだろ」


 振り返ったアキラは、それが難しいのだとシュウを睨みつける。そんな彼に、シュウは容赦なく告げた。


「コウメイはともかくさー、アキラの対人スキル、後退してねーか?」

「どういう意味だ」

「ずーっと森の家で引きこもってただろ、何年も俺らとマイルズさんくらいしか喋ってねーし。普通の会話とか、相手がどー思ってるのかを感じ取る感覚とか、そーいうの鈍くなってるんじゃねーの?」


 だから村人を訪問したときに失敗したのだろうとシュウが指摘する。


「オルステインでは何も問題はなかったぞ」

「そりゃ相手が腹黒い連中ばっかりだったからだろー」


 トレ・マテルの魔術師たちや、魔術師団の王族やその周辺の連中らとの会話は、コミュニケーションではなくネゴシエーションだ。勝利を目的とした交渉と、素朴で単純な普通の人との会話は同じではない。


「もともとコミュ障ぎみだったのに、引きこもり生活でさらに磨きかかってるよなー」

「……俺は、コミュ障、だったのか?」


 愕然とするアキラに、自覚がないのは厄介だとシュウは目を細めた。


「あとコーメイも、外面だけは一級品なのに、時々とち狂うって自覚、トーゼンあるよな?」

「……」


 返事はないが、コウメイの口端は悔しそうに引きつっている。


「せっかくいい天気なのに、二人そろって暗いのはうっとーしいんだよ。反省したのはわかってるから、ぐずぐずすんのはもー終わり! 次の村で失敗しなきゃいーんだから、な!」


 遠い東の空のくすんだ雲を見つけたシュウは、このままではアキラが雨雲を引き寄せかねないと本気で心配していた。まだ終わっていないイートス村の収穫を雨で妨害したくないし、なにより彼らが乗っている荷馬車には屋根も幌もないのだ。ずぶ濡れになりたくないシュウは、雷雲を引き寄せそうな陰気なアキラを必死になだめるのだった。



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[一言] 純粋な村人とコミュニケーションだとシュウが最強だった! 第一筋肉とはうまく噛み合いませんでしたね 勿体ぶらず教えてくれればよかったのにーとも思えるし 上手いこと契約外のこき使ってやろうって魂…
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