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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
11章 穀物大捜索

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イートス村


 六の鐘が鳴る少し前までギーツの屋台でひたすら焼き肉のガレット包みを売ったアキラは、労働の対価として渡された作りたてのガレット包み肉を抱えたまま、イートス村に向かう荷馬車に乗り込んだ。


「二人の仲間だと聞いたが……」

「ええ、薬魔術師をしております」


 本物か? と疑うような表情のゼノスに魔術師証とオーグの裏書きを見せると、ゼノスは目に見えて驚き、裏書とアキラを何度も見比べて「ううむ」唸る。


「村の病人を診てもらえるのは助かるが……薬魔術師殿には悪いが、三人で契約を結んでいる。ハギの収穫にも従事してもらう」

「もちろんそのつもりです」


 穀物を運んできたであろう大型荷馬車には幌がなく、彼らは木枠を背もたれに畳んだ敷き布に腰を下ろす。

 ゼノスが集めた収穫労働者らは、鼻をヒクヒクとさせ漂う暴れ牛肉の香りを嗅いでは唾を飲み込んでいる。コウメイとシュウに挟まれて座るアキラは、同乗者らの空腹を訴える視線を避けて身体を小さくし、目を伏せ続けていた。


「あー、やっぱギーツさんの肉は美味いぜ」


 周囲の視線など全く気にしないシュウは、みごとな健啖ぶりを披露している。


「たいした度胸だな、少しは周囲を気にしたらどうだ?」

「なんで?」


 まとめ役であるゼノスは、自身が集めた労働者をなだめるためにか、少しばかり刺のある口調でシュウの無神経さを指摘する。


「三鐘もの長時間、顔をつきあわせるんだぞ、分け与えろとは言わないが、隠れてこっそり食ったらどうなんだ?」

「隠れられる場所なんてねーじゃん」

「あってもシュウの体格じゃ丸見えだろうな」

「……せめて向きを変えるなりして、周囲に配慮してくれ」


 決して乗り心地が良いとはいえない荷馬車で長時間、休憩なしに揺られるのだ、乗り物酔いを考え昼食を控えてきた者は多い。わざわざ敵を作るような行動をとり、夜道で襲われたいのかと凄まれたシュウは、慌てて最後のひと包みのガレットを口に放り込んだ。


 六の鐘と同時にテルバウムの町を発った荷馬車は、街道を逸れて戦場と思われる荒れ地を突っ切りひた走った。日が暮れて、あたりが暗闇に包まれ何も見えなくなっても、馬車は走り続ける。

 荷馬車の乗客らは疲れ切っていた。膝に頭を押し込んだり、頭を抱えて目を閉じたりと、それぞれ楽な姿勢で少しでも消耗を減らそうとしており、会話する余裕のある者はいない。

 シュウも退屈に飽きて剣を支えに居眠り中だし、アキラもこくりこくりと船をこいでいる。振動と音から周囲の地形を探っていたコウメイは、風の香りが変わるのを感じ、そっとと眼帯をずらして暗闇を窺う。

 さざ波のような、だが軽く乾いて聞こえるその音はハギ畑だろうか。空に厚い雲が広がっているせいだろう、月と星の輝きは遠く、義眼でも周囲の詳細はわからなかった。


「この暗闇でよく道がわかるものだな」

「覚えているのは馬だ」


 コウメイの呟きにゼノスの声が返事した。荷馬車には灯りのような気の利いたものはなく、御者台に座るゼノスもほとんど手綱に触れていない。すべて二頭の駄馬まかせだ。


「まだ村に着かねぇのか?」

「そうだな、そろそろ灯りが見えてもいいころなんだが……ああ、あれだ」


 ゼノスの声で起きていた乗客が一斉に顔を上げる。遠く地平の先に、砂粒のような小さな光が見えた。馬が足を早めるにつれ、荷馬車の揺れと光が大きくなってゆく。やがて村の姿がはっきり見えてくると、同乗者らから安堵の声が漏れた。

 木柵で囲まれている集落の入り口から村に入った荷馬車は、まっすぐに町長の家に向かった。収穫労働に雇われた者たちが寝泊まりする宿舎は、町長宅の離れに用意されている。止まった馬車からなだれ落ちるように降りた労働者らは、ゼノスの差配で二階の大部屋へ押し込まれた。


「ホウレンソウはこっちだ」


 一階の端にある三人のために用意された部屋は、慌てて荷物を運び出したような痕跡があった。おそらく広めの納戸か何かなのだろう。


「窓がないのか……」

「なんか狭っ苦しーなー」

「我慢するしかねぇよ」


 そもそもは大部屋は嫌だとわがままを通したのは自分たちなのだから、この程度は許容範囲だ。

 ゼノスに翌朝からの予定を教わると、三人はそのまま納戸部屋で寝床を作った。荷袋を枕に、支給された毛布にくるまっただけだが、長時間の移動疲れのせいか、横になって目を閉じた次の瞬間には、三人とも深い眠りに落ちていた。


   +++


 農村の朝は早い。

 空が明るみはじめる前に村人たちは動きはじめる。収穫労働者の宿舎では、乱暴な手持ち鐘の音で叩き起こされる。労働者らは一階にある食堂に向かい、そこで用意されている食事をとる。

 初日はパンと芋や豆類と煮込んだ魔猪肉だ。前日の昼から食事をとっていない者が多いため、たっぷりと盛り付けられている。

 配膳の農婦から料理を受け取って空席に着いたアキラは、朝からボリュームのある料理にため息をついた。


「胃もたれしそうだ」

「肉が無理なら芋と豆だけでも食っとけよ」

「……ぐぅ」

「おいシュウ、寝ながら食うな、こぼしてるじゃねぇか」


 アキラの皿の肉を自分の皿に取りつつ、船をこぎながらパンをかじるシュウの肩を小突く。

 町で雇われた労働者だけでなく、収穫仕事を担う村人らもこの食堂を利用しているようだ。五十ほどある椅子のほとんどが埋まっていた。全員揃ったのだろう、ゼノスが鐘を鳴らして一同の意識を集める。


「これから組分けを行う。組長の指示に従って収穫作業にかかってくれ」


 村人数人がゼノスの横に立ち、それぞれ名乗ってから自分が率いる労働者の名前を呼び顔を確認してゆく。食事と点呼が終わると、労働者らはすぐに仕事場へと追い立てられた。


「なー、俺ら呼ばれてねーよな?」

「あんたたちは俺と一緒に来てくれ」


 三人をとりまとめるのはゼノスだった。彼は一斉収穫のリーダーとしてあちこちの畑を移動しては、それぞれの組長に指示を出してゆく立場だ。畑は集落を中央にして全方位に広がっている。ゼノスが用意した荷馬車に乗り込み、三人は村南東にある畑に向かった。


「すげー、黄金色の海みてーだ!」

「これは絶景だな」


 地平から昇りかけの太陽が、サワサワと揺れるハギ畑を黄金色に輝かせている。遮るもののない一面のハギ畑は、果てが見えないぼとに広大だ。


「予想以上に大規模なんだな。これゼノスのハギ畑か?」

「個人の畑じゃないぞ、村の畑だ」

「村所有なのか? じゃあ農家は自分の畑持ってねぇのか?」

「もちろん持っているが、これほど大規模なものはない。自分の家族を食べさせられる程度の、小さな畑だ」

「……どうも俺たちの知っている農村と少し違うような」


 首を傾げるアキラに「他所の村のことは俺も知らんぞ」とゼノスが応える。村の運営に興味を持ったアキラは、御者席の近くに座り直して質問を投げ続けた。

 サガストやハリハルタの周辺にある農村は、村長が村人から現金で税を集め、そこから領主に納めた残りから村の運営費をまかなっていた。だがイートス村は、村が所有する畑から収穫した穀物で税を支払い、村人らに分配し、残った作物を町に売却して村の維持費を捻出しているのだそうだ。


「住人らは現金ではなく労働力で村に税金を支払うのか」

「それって育てる作物の選定とかも村長が決めてんのか?」

「いや、畑をとりまとめる代表が集まって、話し合って決めている。まあ最後の決断は村長だが」

「共同経営なのか。食うには困らねぇだろうけど、野心家には我慢ならねぇかもな」

「そういう者が冬場に出稼ぎにゆくんだ」


 少しばかり苦々しげにゼノスは呟いた。配分以上の蓄えが欲しければ、各家が所有する畑で栽培したものを売ったり、森で魔獣を狩って現金を蓄えればいい。だが一攫千金を夢見て冬の戦場に自ら飛び込んでゆく若者が、毎年数人はいるのだそうだ。


「怪我をして帰った連中は、一人前に働けないから配分も少なくなる。悔しがるくらいなら、兵士になんてならなければいいんだ……」


 村に戻って来なかった者がどこで何をしているのか、わからないままだ。兵士として、あるいは別の土地で暮らしているならいいが、おそらくはどこかで野垂れ死にしているだろう。


「見えてきたぞ、あそこだ」


 思い切るように顔を上げたゼノスは、見えてきたハギ畑の端を指さした。木の柵の向こう側は荒野、ここは村の中でも最も戦場に近い畑だった。柵の内側では先に来ていた十人ほどの男たちが、一直線に並んですでに収穫作業をはじめている。


「コウメイとアキラは刈りとりだ。シュウはハギ束を集めて荷馬車に積み込んでくれ」


 鎌を持ったコウメイとアキラは農道から遠い奥にあるハギの収穫にかかった。一人が受け持つ範囲は、三百マール(30メートル)ほどとかなり長い。右へ、あるいは左へと一掴みずつ根元で刈り取って束ね、ハギの穂を無駄にしないよう敷かれた布の上に山積みにしてゆく。

 これを荷馬車に運ぶのがシュウの役割だ。シュウは農道から最も遠いハギ束の山を風呂敷で包むようにしてまとめあげると、ひょいと肩の上にのせた。そして次のハギ束の山でも同じようにして包むと、こちらは手提げ鞄を肩に引っかけるようにして持つと、軽快な足取りで荷馬車まで運んだのである。


「嘘、だろ」

「あれ、二人がかりでやる仕事(もの)だぞ」


 普段ならば布の端を掴んで運ぶのだが、その重量は自分たちの体重の何倍にもなるし、(かさ)もあって持ち上げるのも大変だ。また農道に止めてある荷馬車まではハギ株で足を取られて歩きにくいだけでなく、距離も長い。これを何往復、いや何十往復もする作業を、シュウはたった一人でこなしていた。

 呆気にとられた農夫らの手が止まっていた。平然と刈りとり作業を続けているのはコウメイとアキラだけだ。


「さすが……祖先の血の濃さか」


 ゼノスは乗ってきた荷馬車から馬を外し、満載になった荷馬車に繋ぎなおして一人の農夫に村への運送を任せた。その際、予備の荷馬車を回すように言伝る。この調子でシュウが働けば、荷馬車での運搬が間に合わなくなりそうだ。


 運搬役二人が刈りとり役に回ったことで、収穫速度が目に見えて早くなった。一人が受け持つ幅が狭くなったのだから、どんどん刈り進むのも当然だ。シュウは運ぶハギ山がなくなれば、遅れている者の刈りとりに手を貸し、自らハギ山を作っていた。追加の荷馬車や敷き布も届いたが、それも追いつかなくなりそうな勢いだ。


「おやまあ、ずいぶん早く刈り進んでるんだね!」


 ほがらかな感嘆の声と、ハンドベルの音が聞こえて手を止めた。強張っている腰をほぐしながら身体を起こすと、一人乗りの二輪馬車に立ち乗りした中年女性が目を丸くしてハギ畑を眺めていた。


「昼食だよ」


 彼女はゼノスを見つけると、運んできた大きな籠を渡し、すぐに手を振り去った。

 用意された弁当は茹でた芋が一人一個と、角ウサギ肉の燻製だ。カップ一杯の生ぬるいエル酒も振る舞われる。


「たったこれだけかよー」

「パンよりも芋のほうが腹持ちがいいんだぞ」

「そーじゃなくて、量が足りねーって」


 昼食のために村まで往復する時間がもったいないと、イートス村ではいつも弁当を運ばせている。だが配達となるとどうしても軽食になってしまう。シュウの健啖っぷりを知るゼノスは、昼に足りない分は朝と夜で補ってくれと頼んだ。


「じゃあさ、自分で肉狩ってきて焼いて食ってもいいか?」

「肉を、どこで狩るんだ?」

「そこ」


 シュウが指さしたのはハギ株の残る畑だ。落ちているハギ穂をついばみに、手のひらほどの大きさの鳥が集まっていた。


「クル鳥か。確かに食用になる鳥だが、動きが素早いから難しいぞ」

「やめておけ、シュウ。どうやって鳥を捌くつもりだ?」

「えー、いっつもコーメイがやってるじゃねーか」

「やらねぇぞ。ここには水場もねぇし、あんなちっせぇ鳥の羽根を何羽もむしりたくねぇ」

「それに捌けたとして、どうやって食べるつもりだ? ここには薪はないんだぞ」

「藁があるじゃん」

「それは村の財産だ、シュウが勝手に使っていいものじゃねぇ」


 ハギ藁は馬や牛の飼料になるし、畜舎の敷き床だけでなく、堆肥作りにも活用される。村で消費するだけでなく、町にも買い手がいる立派な商品なのだ。二人に叱られて肩を落としたシュウだが、ぐうぐうと主張する空腹をなだめるのは難しいようだ。


「うー、使っちゃいけねーのはわかったけど、これっぽっちの飯じゃ身体に力が入らねーよ」


 シュウが物欲しげにアキラの燻製肉を凝視している。他に食べる物があるなら燻製肉を譲ってもいいが、今は芋とこれしか食料がないのだ、いくら肉を好かないアキラでも譲るという選択肢はなかった。アキラが無理ならばとコウメイを振り返ったが、最後の一欠片を口に放り込んだところだ。間に合わなかったかと悔しそうにシュウが奥歯を噛んでいる。


「なー、ゼノス、飯の量、なんとかならねーか?」

「満腹だと働きが鈍くなるものだが……シュウの場合は当てはまらないようだな」


 シュウのおかげで今日中に刈り取りたかった範囲はすでに終わっている。数人分の働きをするシュウを優遇すべきだが、今この場でできることはない。明日以降の昼食の量を増やしたいが、材料は限られているし予算を増やすのも簡単ではないのだ。どうしたものかと刈り取られた畑をぼんやりと眺めるゼノスは、人がいぬまに落ち穂をついばむクル鳥たちの乱舞に閃いた。


「シュウはクル鳥を狩れると言ったが、網や罠や、何の武器もないのにできるのか?」


 ゼノスの疑問に便乗するように、休憩中の農夫らも眉をひそめている。


「あれくらい、ヨユーだぜ」

「……もし狩ってくれたら、明日の昼飯の食材にできるんだが」

「そーいうことなら、まかせとけって!」


 勢いよく跳ね起きたシュウが、素手で鳥に飛びかかり捕まえるのを目の当たりにしたゼノスは、驚くのと同時にしてやったりとほくそ笑んでいた。弁当籠を返すのと一緒に絞めた鳥を運べば、予算や手間を割くことなく食材が増やせる。昼食休憩時に毎日鳥を狩ってもらえれば、シュウの食事だけでなく雇い入れた労働者の食事量も増やせるだろう。

 そんなゼノスの思惑を見抜いたコウメイが、小さく笑って立ち上がった。


「それなら俺も狩るしかねぇな」


 コウメイは農道脇で小石を拾うと、シュウが狩るのとは反対方向へと小石を弾き、無防備なクル鳥を何羽も撃ちしとめる。シュウの身体能力だけでなく、コウメイのこの技にも農夫らは仰天して顎を落としていた。


「アキラにも二人のような鳥を狩る特技があるのか?」

「脳筋と一緒にしないでください」


 妙な期待に目を輝かせるゼノスに、アキラは表情はにっこりと、だが声は鋭く返したのだった。

 昼食休憩の間に競うようにして狩ったクル鳥は全部で二十六羽。十数人の農夫らの腹を十分に満たせる量になった。

 ハギを満載にして返す荷馬車に、籠と大量のクル鳥も載せて送り出す。それを見送ったコウメイは、ゼノスに村の周辺に狩りのできる森はないかとたずねた。


「この調子でシュウが飯を食ってたら、村の予算が足りなくなるだろ。その補填だ」

「ついでに薬草も採取したい。約束通りの診療をするには必要ですからね」

「わかった。シュウのおかげで予定よりかなり早く収穫が進んでいるんだ、今日は少し早めに切り上げて森に案内しよう」


 午後からの収穫速度も緩まることはなく、戦場に最も近い南東の畑は一日で二日分を越える範囲を刈り終えた。

 ホウレンソウの三人を連れて早めに畑を離れたゼノスは、村に戻る前に魔獣のいる森に向う。村の北東にある畑のさらに北にある、村人らがよく狩りをする森だ。


「ここは小さい森だ、魔物はいないし魔獣もそれほど多いわけじゃない。狩りすぎれば後々困るから、気をつけてくれ」


 角ウサギ以外は一頭だけにしてくれと釘を刺されたコウメイとシュウは、苦笑いを堪えて魔猪を一頭と角ウサギを五羽狩った。

 ゼノスから村人らが抱える症状を聞き取ってから、アキラも必要な薬草を採取する。魔獣だけでなく薬草も管理されているらしく、採取にも気遣いが求められた。


「なー、平原に暴れ牛の群れとかいねーのかよ」

「荒れ地の方に二つほどの群れがいるぞ。そっちなら好きにしてもいいが」

「よし、明日は暴れ牛を狩ろーぜ」


 人の管理の行き届かない森に慣れたシュウに、この手入れの行き届いた森は物足りなかったらしい。荒野の魔獣なら配慮はいらないと言質を取ってシュウは機嫌を直した。


   +


 夕食後、班長らは計画の練り直しのため別室に移った。食堂はそのまま労働者らの娯楽の場となり、あちこちのテーブルでは賭けやゲームがはじまり盛り上がっている。

 一方、出入り口に近い卓では何人もが無言で列を作っていた。宿舎に寝泊まりする労働者だけでなく、村人らも多く並んでいる。


「痛むのは胃のようですね。明日一日は何も食べず、こちらの薬を飲んで様子を見てください」


 アキラは胃のあたりを押さえる痩せた農婦にこっそりと治療魔術をかけ、その場で調合した一般薬を手渡した。他にも昼間の刈りとりで負った怪我の治療や、ずっと腰に痛みを抱えているという農夫、咳が止まらない子供や、戦場で負った傷が痛むという村人らを順番に診察してゆく。


「傷に触ってもらったら、ちょっとあったかくなって、楽になったんだ」

「おクスリがニガくないの。うれしい。ありがとうきれいなやくまじゅつしさま」

「薬魔術師様を拝んだだけで痛みが消えたような気がするよ」

「まったくだ、あのきれいな顔は不調を忘れさせてくれる。ありがたいね」


 薬魔術師の身分証を看板代わりに卓上に立てかけるアキラは、不調を訴える人々の診療に忙しく働いていた。だが残念なことに、診療待ちの列に並ぶのは純粋な病人ばかりではない。


「薬魔術師様、俺の胸もさすってくださいよ」

「俺は腰が」

「腹と股が」


 ニヤニヤと下品な笑みで治療を要求する者らには、不敵な笑みで前に出たコウメイがアキラに手渡された特製の丸薬をその口に捻り込んだ。


「っがぁーっ」

「に、苦ぇ――」

「水、みずうぅ」


 コウメイとシュウは悶絶する男らを押さえつけ、吐き出そうとする丸薬を強引に飲み込ませた。


「あなたたちのような方にぴったりのお薬です。疲れや不調がとれますから、明日も元気に働けますよ」


 涼しげなほほ笑みで「他に飲みたい方はいらっしゃいますか?」と問いかけるアキラに、下衆い思惑を持っていた何人かが顔色を失って身を小さくした。

 そんな賑やかな時間も九の鐘が聞こえるころには終わりを迎えた。まだ夜の八時、町ならばこれから盛り上がる時刻だが、早朝からの肉体労働で疲れ切っている者らに遅くまで騒ぎ立てる体力など残っていない。

 コウメイとシュウが狩ったクル鳥肉もあり、満足のゆく夕食で誘われた眠気に抗いきれない男たちは、一人、また一人と二階の寝床に去って行った。

 最後の患者の治療を終えたアキラたちも、酔っ払った脳筋に絡まれる前にと納戸部屋に退散する。


「汗臭いな」


 衣服を嗅いだアキラが顔をしかめた。肉体労働の汗や汚れ、そして窓のない個室。匂いがこもって当然だ。借りてきた手桶に水を張り顔や手足は洗ったが、それ以外は濡れ手ぬぐいで拭くくらいしかできない。


「そーいやさっき押さえつけた連中、すげー臭いしてたよなー」

「風呂がねぇんだ、肉体労働後はあんなものだろ」

「せめて汗を拭くくらいはしてほしいものだが」

「期待すんなよ、無理に決まってるんだ」


 思考が不潔な連中に、せめて身だしなみだけでも清潔にと要求するのは酷だ。

 食堂は広かったが、賭け事で盛り上がっていたテーブル付近は、なかなかに濃い異臭がしていた。連中は収穫労働が終わるまでずっとあのままなのだろう。決して近づくまいと三人は顔を見合わせて頷き合った。


「洗濯はどうする?」

「今日は諦めるしかねぇな。明日でっかいタライ借りてくるか」


 寝る前に洗濯して室内に乾すしかないだろう。パンツを眺めながら寝るのか、とシュウのため息がこぼれた。洗濯物は日の光を当てて乾かしたいが、この環境では諦めるしかない。


「……次の村では、せめて水浴のできる環境だといいな」


 こうしてイートス村の初日が終わった。



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