さまざまな穀物とその料理
アキラは肉汁の匂いを含んだ煙にまとわりつかれながら、待ち合わせの店の側に立っていた。
五の鐘はしばらく前に鳴り終わっている。
「……遅い」
「そんなにイライラするなよ。せっかくの美貌が台無しだぜ。にっこり笑ってこの肉食いながら待ってろよ」
「食事は仲間と一緒にいただきますので」
「そうかい? だったら後で焼きたてをご馳走するからさ、あっちの通路に向かってニコニコ笑っててくれよ」
陽気な店主はアキラを客寄せに使うつもりのようだ。暴れ牛肉の串焼きは一本三十ダル。シュウが満腹になるまで食べる本数を素早く計算したアキラは、臨時の仕事も悪くはなさそうだと頷いた。
「仲間が来るまでの間になりますが、接客も引き受けましょうか?」
「いいのかい?」
「働く代わりに、仲間が食べる肉の値段を少し割り引いてもらえると助かります」
「なら一本を半値でどうだ?」
「二言はありませんね?」
「もちろんだ、俺は正直者なんだぜ」
シュウがどれだけ食べるのか知らない店主が、後で安請け合いを後悔しなければ良いのだが。ともあれ商談は成立した。腕まくりをしたアキラは、屋台の屋根の下に入って客に微笑みを向け、何本買うのかとたずねる。
「あ、あの、な、な……」
「なな? 七本ですか? たくさん食べられるんですね」
「は、え、いや、はいっ」
「ありがとよ、兄ちゃん」
アキラからシクの葉で包んだ焼きたてを手渡された客は、予定以上の本数を買わされた不満を忘れ、だらしない顔でアキラに話しかけようとする。だが次の客が脇に押しのけてアキラの前に立つ。
「肉は五本、それと名前を教えてくれないか?」
「百五十ダルになります。店主、お名前を知りたいそうですよ」
「串肉屋のギーツだ、よろしく頼むぜ」
ちがう、あんたの名前じゃない! と列を作っていた客の顔が一斉に殺気だった。元傭兵の店主ははははと高笑いしながら肉を焼き続け、アキラもすまし顔でそれらを無視し接客を続ける。
「三本たのむ。あなたは暴れ牛の肉が好きなのか?」
「どちらかというと魔猪や角ウサギのほうが好みです」
「なんだ、それなら早く言ってくれよ。角ウサギもあるから焼くぜ」
店主はアキラから好きな味付けを聞き出し、その場で塩と香草であっさりと焼き上げる。
「すみません、その角ウサギのもください。三本!」
「一本二十五ダルだぜ」
「合計七十五ダルですね、ありがとうございます」
暴れ牛肉の匂いでつられた客が、アキラの接客用笑顔で計算を忘れている隙に押し売りするという強引な販売は、農業ギルドで疲れ切ったコウメイとシュウが合流するまで続いた。
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げっそりとして合流したコウメイとシュウは、働くアキラと上機嫌の店主、そして列をなす客の様子を見て状況を理解した。二人を見て残念そうに眉を寄せる店主に温情を見せ、コウメイは列の最後尾に並ぶ。アキラに指示されたのだろう、荷箱の蓋に書かれた看板を手に、シュウがその後ろについた。
「銀髪の接客はここまで!?」
「――そんなぁ!!」
「待ってくれ、俺はまだ二回しか並べてないんだぞ」
「俺はまだ角ウサギを食ってない」
「知らねぇよ」と吐き捨てたコウメイのドスのきいた声と威圧が、看板の後ろで騒いでいた連中を追い払った。
「営業妨害って怒られっぞー」
「どっかで区切らなきゃ終わらねぇだろ」
コウメイとシュウの番になると、店主はあからさまに残念そうな顔を作ってアキラに「おつかれさん」と声をかける。
「約束通りでよろしいですか?」
「おう、全部半額だ。よかったらそこで食って行けよ。立ちっぱなしで疲れただろ」
屋台の後ろにある荷箱を椅子代わりに使えとすすめられた。接客がなくなっても客寄せには使うつもりらしい。立ち食いよりはましだろうと、ありがたく場所を借りた。
「暴れ牛が二十九本、魔猪が十二本、角ウサギが五本だな?」
「うまそーっ」
「焼きたてか、最高だな」
「ピナを絞りかけたい」
荷箱に腰を下ろした三人は、串肉を囲んで遅めの昼食をとりながらミーティングをはじめた。
「明後日から収穫手伝いが決まった。とりあえず三つの村を順に回って、労働力を提供する代わりに、村の外に出してねぇ穀物を教えてもらう取り決めだ」
「寝床もちゃんとした家を貸してくれるらしーぜ」
どこの村にも収穫時期にだけやってくる労働者を寝泊まりさせる建物があるらしく、コウメイは三人で一室を確保していた。
「納屋のハギ藁じゃないのか」
「ここらあたりはそんな待遇じゃ働き手が集まらねぇんだと」
「だが個室というのは贅沢だな」
「むさ苦しー連中と雑魚寝なんかしたくねーってコウメイがゴネたんだぜ」
半野外の納屋よりはましだが、大きな部屋に十数人の雑魚寝が標準だという待遇に、コウメイが三人だけの一室を要求したのだ。
「シュウの設定をちょっと現実に寄せたから、ぼろが出ねぇですむ環境は絶対に必要だろ」
「度を超えた怪力を血統のせいにしたのか。下手に興味を持たれて近づかれる危険を考えれば、たしかに安全な個室は必要だな」
他人の目のある場所では結界魔石も使えないのだ。安眠が確保されたと知ってアキラも安堵する。設定といえば、とアキラは魔術師証の色を二人に見せた。
「俺も薬魔術師で通すことにしたから、そのつもりで」
「へぇ、灰級で、医薬師ギルドのお墨付きか」
「春までの間は近隣の村々を訪ね歩いて治療をする契約だ。ついでに米も探せるだろう?」
度々戦場になるような土地を見知らぬ者が訪ね歩くのだ、運が悪ければウェルシュタント国のスパイと間違えられる可能性がある。医薬師ギルドの後ろ盾があれば、それも防げるだろう。
「アキも込みの三人で労働契約してきたんだが、まあいいか」
「コウメイと同じ働きを期待されると困るんだが……薬魔術師だと明かしたら、そのあたりは交渉できそうか?」
「たぶん。日当分の錬金薬を渡せば文句は言わねぇんじゃねぇかな」
あるいは滞在中に村人の診療を、薬の実費だけですると交渉をもちかければ、反対はされないだろう。就労中の怪我が原因で働けなくなる者がいなくなれば、生産力も上がるのだから。あらためて各村で交渉しようと決めた。
「あとはこの雑穀を料理する場所なんだよなぁ」
コウメイは農業ギルドで手に入れた雑穀の袋を前に、どこかで台所を借りたいと言った。
「宿の厨房は借りられねぇだろうし」
「知り合いがいれば台所を借りられるが……」
「俺ら、この町にきたばかりだもんなー」
いつものような長期滞在なら一軒家を借りるが、今回は村々を渡り歩いての探索予定だ。さすがに台所を使いたいがための一軒家は無駄である。
「兄ちゃんたち、台所が使いたいのか? よかったらウチのを貸そうか?」
いつの間にか店じまいをはじめていた串肉屋のギーツが、頭を突き合わせる三人にそう声をかけた。
「あ、悪い。もう店じまいか」
「銀髪兄ちゃんのおかげで、はじめて売り切れたんだ。礼がわりに台所くらい貸してやるぜ」
荷箱が必要だろうと立ち上がったコウメイは、思いがけない申し出に飛びついた。
「ありがたい。だがあんたも下ごしらえに使うだろう? 使用料はちゃんと払うぜ」
「それなら明日も売り子を手伝ってくれると助かる」
今日のような接客で問題なければ、とアキラがうなずき、両者は握手を交わした。片付けを手伝うシュウは、まだ食べ足りないのか、もっとたくさん注文しておくのだったと残念がっている。
「串肉、美味かったのに、今まで売り切れたことねーのかよ」
「周りを見てみろよ、焼き肉の屋台だらけだろう」
「そういえば、多いな」
市場の屋台の集まる通りは、ギーツのような肉を焼いて提供する店がたくさん並んでいる。商品の肉の種類も調理法も値段も、似たり寄ったりだ。
「これだけ似たような屋台があるんだ、競争が厳しくてね」
「ふーん、けどギーツさんの店の匂いが一番美味そうだったぜ」
だから待ち合わせ場所をこの屋台に決めたのだ、と言ったシュウの言葉に、ギーツは破顔する。
「嬉しいこと言ってくれるね。味は食ってもらわなきゃ知ってもらえねぇだろ。今日はアキラさんのおかげで大勢に俺の味を知ってもらえたよ」
「アキが接客するのは明日までだぜ。その後はどうするんだ?」
「全員は無理でも、半分くらいは客を引き止められる自信はある。明日も大勢に食ってもらって、串肉ならギーツの屋台が一番だって覚えてもらいてぇ。だから期待してるぜ」
ギーツは東町にある台所付きの貸部屋に住んでいた。屋台の片付けを手伝ってそのまま彼の部屋をたずねたのだが、そこにはコウメイが呆れるほど設備の充実した台所があった。
「すげぇ。調理台に並んで水場があるし、カマドは三つ、しかも一つは魔道コンロじゃねぇか」
「広いだろ、俺の寝室よりも立派なんだぜ」
「うわぁ、冷凍保存庫まである。これ家庭用じゃねぇよな?」
この建物はもとは貴族の別宅だったらしい。落ちぶれたか破産したかで手放された一軒家を購入した次の所有者が、内部を細かく区切って賃貸に出したのだという。ギーツは屋台をやると決めたとき、この台所のある貸部屋に引っ越した。部屋のほとんどが厨房設備で、かつて召使いらが休憩に使っていた小部屋が彼の生活の場になっている。
好きに使っていいとの許可を得たコウメイは、嬉々として鍋を借りている。
「アキラが売ってくれるなら、角ウサギを狩ってこなけりゃな」
肉の在庫を数えたギーツが、狩猟道具を引っ張り出してくる。それを見てシュウがむずむずとしはじめた。
「今から狩りに行くのなら、俺も一緒に行っていーか?」
「手伝ってくれるのか、助かる」
「いや待て、狩りはシュウ一人で行ってこい」
「俺はそんなに狩りが下手に見えるのか?」
シュウほど体格には恵まれていないが、狩りの腕は体格で決まらないと不満げな彼に、アキラは小さく首を振った。
「違います。ギーツさん、腿を痛めていませんか?」
「……よくわかったな」
「私は薬魔術師ですから、患者は見慣れているんです」
ギーツの脚については、シュウも、当然コウメイも気付いていた。
「今日は休憩を取る時間がありませんでしたし、痛んでいるのではありませんか?」
「まいった、そこまで見破られるなんて、俺も鈍ったものだ」
気を張っていた彼は、虚勢を張る必要がないとわかると、丸椅子を引き寄せ倒れ込むように腰かけた。左の腿に置かれた手が患部を労るように撫でている。
「負傷したとき、錬金薬を使わなかったのですか?」
「使ったさ。錬金薬がなかったら切断するしかない状態だったんだ……軍馬に踏み潰されたんだ」
乱戦で馬に蹴り潰され、逃げる兵士にも踏まれたギーツの腿は、肉がちぎれ骨が粉々に砕けていた。錬金薬一本でここまで回復したのは奇跡だったが、さすがに元通りにはならなかった。脚はついたが、それだけだ。補強具がなければ二本の脚で立つのも難しい。
「戦争……」
「この町には山ほどいるぜ。さっきの屋台で肉焼いてる奴らも、ほとんどが戦争で負った傷が元で走れなくなったり、戦えなくなった奴らだ」
農作業は立ったり屈んだりの繰り返しだ。収穫期の求人に応募も難しい後遺症持ちの退役兵が手軽にはじめられる商売は限られている。
「そんな顔するなって、これでも俺はマシなほうなんだぜ、脚が残ってるし、痛みもそれほど感じないからな」
残った健常な足と腰に負担がかかるせいで、立ちっぱなしでいると辛いが、こまめに休憩をとればさほど不自由ではないのだとギーツは笑う。
「だが、今日はちょっと疲れすぎているから、角ウサギ狩りを頼んでいいか?」
「おー、任せとけ。十でも二十でもいくらでも狩ってきてやるぜ」
「二十はいらないが、十あれば大助かりだ」
教わった狩り場へと駆け出して行くシュウを見送ったコウメイは、鍋とコンロを借りて雑穀を炊きはじめた。ギーツも明日の仕込みをはじめる。何か思うところがあるのか、アキラも台所の片隅と小鍋を借り何かを作りはじめた。
「肉の下味は薄めなんだな」
「俺は焼きながら仕上げるようにしている。天気によって売れる味も違うからな」
下味をつけた肉を木串に注してゆく彼の手つきは慣れたものだ。コウメイは雑穀鍋の状態を見ながら、ギーツから屋台料理のさまざまな話を聞き出した。たとえば彼が串焼きにこだわるのは、客が持ち帰りやすいようにという配慮もあるが、最も得意とする焼き方だからだそうだ。鉄板も試したが、安全のために使える火力の限られている屋台では、安定した焼き加減にならないらしい。
「確かに、いい焼き加減だった。けどそれだけじゃ他の屋台との差別化は難しいだろ?」
焼いた肉につけられる値段もたかが知れており、どこの屋台でも似たような値付けである。味で固定客を掴めば安定しそうだが、大きく儲けるのは難しいだろう。もう一つ、なにか売りが必要ではないか、とコウメイが問うと、ギーツは難しい顔をした。
「手の込んだ料理は材料代がかかるし、数量の調節が難しい。それに売れなかったときの損が大きすぎるからな」
「なるほどな……そういや木串っていくらで仕入れてるんだ?」
「百本で二百ダルだ」
使い捨てているのだからこれも馬鹿にならない金額だ。
「気を悪くされるのは本意じゃねぇんだが、俺だったら肉をパンに挟んで売るぜ。パン代の分を値上げできるし、挟む物によっては他との差別化ができる」
「俺はパンは焼けん……だが買うのは高すぎる」
販売用に毎日三、四十個もパンを購入する資金がないし、買ったパンに利をのせると屋台で販売できる値段ではなくなってしまう。売れ残れば全額が損失だ。
「だったらパンじゃなくてクレープ……ハギ粉の薄焼きで肉を包んで売れば、串はいらねぇし、薄焼きの分だけ追加料金とれるんじゃねぇか?」
「薄焼き? ああ、ガレットのことか」
コウメイがハギ粉を借りて手早くクレープ生地を焼いてみせると、それなら村でよく食べていたとギーツが懐かしそうに頷いた。下ごしらえした串肉を一本もらって焼き、薄焼きで包み串を抜いて渡すと、はっとしてクレープ包みを凝視する。
「確かに、これなら鉄串を使い回せるし、客も食べやすい」
何故今までこれを思いつかなかったのかと、ギーツは悔しがった。
「ガレットなら俺にも焼ける、明日からでもはじめられるぜ」
「ただし、すぐに真似されるのは間違いないから、それだけで優位に立てるわけじゃねぇぜ」
コウメイに釘を刺され、確かにそうだとギーツは深く頷いた。自分も屋台をはじめるとき、市場で売れ行きの良い店を真似て焼き肉を売ると決めた。ガレット包みが物珍しいのは数日で、すぐにあちこちの屋台が真似るだろう。
「見た目は真似られても、味は真似されないくらい美味いガレットを焼けばいいんだ!」
コウメイの作ったハギ粉だけで作る薄焼きではなく、自分の焼く肉にあう、そして他の屋台が真似できないものを作ってみせる。そう宣言したギーツは、さっそく仕込みを兼ねて試作をはじめた。
コウメイは粉の配合を変えて数種類のガレットを焼くギーツを手伝いながら、雑穀の特徴や扱いを教わっている。
「ギーツの故郷には、市場や農業ギルドで売られていない穀物を育ててなかったか?」
「そうだな、ギナモは売りに出してなかったと思うぞ」
「名前は似てるが、ギナゴと違う種類なのか?」
「同じ種類だと思うぜ。扱いも味も同じだし。ただ黄色っぽいギナゴより土色に近い濃い色をしているからハギ粉の混ぜ物には向かないだろ。だから売らずに村の中でだけ食べてたぜ」
そのギナゴを配合したガレットが焼き上がった。ギーツの生まれた村で食べられていたのは、長ハギ粉一に対し、ギナゴ粉二、毛豆粉一の配分のガレットだ。それで肉を包みコウメイに手渡す。
「へぇ、もちもちしてるのに、表面はカリッと香ばしいな」
「こちらのはガレットが割れてソースがたれる……これなら串のほうが食べやすいぞ」
アキラが試食したガレットは、アラサス粉を加えた均等配分のガレットだ。ギーツの屋台で一番の売れ筋は、仕上げに甘辛いタレをつけ表面を焦がすのだが、パリッとしたガレットが破れて肉汁がアキラの手を汚していた。
「もうちょっと厚くてもいいかもな」
「香ばしさは食欲をそそっていいと思いますが、手が汚れるのでは包んだ意味がありません」
二人の率直な評価を聞きながら、ギーツはさらに配合を変えては何種類ものガレットを焼き、暴れ牛肉だけでなく、魔猪肉や角ウサギ肉、塩焼きや香草焼きも試していった。
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「コーメイもアキラも、サイッテーだなっ!!」
角ウサギ肉だけでなく魔猪肉まで抱えて戻ったシュウは、夕刻まで続いた試作と試食の残骸を見て絶叫した。
「ひでーよ、俺が角ウサギ追いかけてる間に、自分らだけで謝肉祭かよ!?」
「パーティーじゃなくて試食会だ」
「肉食ったのは一緒だろ! しかもこんなに大量に……俺の肉ぅ」
「肉ならまだ焼くから、シュウも試食してどのガレットがいいか教えてくれよ」
「……ガレット?」
肉しか目に入っていなかったシュウは、大量の薄焼き生地にようやく気付いた。コウメイから経緯を説明され、焼きたての肉が包まれたガレットを受け取ると、さっそく大口でかぶりつく。
「うめーよ。角ウサギもうめーし、魔猪もサイコー」
「肉の試食じゃねぇぞ、肉にあうガレットを探してるんだからな?」
「わかってるって。そーだな、満足度が高いのはこのもっちりとしたヤツだな」
ギナゴ粉が最も多い配合の生地を、シュウは一番食べ応えがあって気に入ったようだ。次点は毛豆粉とアラサス粉をそれぞれ半分に減らし厚めに焼いたガレットで、表面はカリッとしているが中はもちもちとしていて癖になると評価した。
「これ、エレ菜の葉っぱを一緒に挟んで食いてーな」
「シュウが野菜を食べたい、だと?!」
「ああ、でも確かにな。どうせなら追加料金で野菜も包んだらどうだ?」
「屋台では葉物野菜の鮮度の管理が難しいんだ。無駄になったら痛いしな」
「それなら薄切りの酢漬け野菜を挟むのはどうです?」
試食続きで胸焼けしているアキラは、スッキリさっぱりしたものを合わせたいと主張する。
「酢漬けか。それなら保存もきくし無駄がない。試してみるか」
ギーツは自家用に作ってあった赤芋と白芋の酢漬けを、焼き上がった暴れ牛肉とあわせてガレットで包んで三人に渡す。
「俺、酢漬けはナシがいーな」
「俺は酢漬けだけでいい」
肉を食べ足りないシュウは酢漬けを取り除いてアキラに押しつけている。胸焼けして苦しいアキラも、酢漬けだけを食べて肉はシュウに丸投げだ。
「こいつらの意見は聞くなよ。そうだな、好みの問題もあるし、希望者だけに追加するのでいいんじゃねぇか」
「うむ、一、二ダルの上乗せで酢漬けをあわせるとしよう」
ギーツはコウメイと原価計算まできっちりと済ませ、それぞれガレット包みは十ダル、酢漬けは五ダルを追加すると決めた。
「さっそく明日からガレット包みを試してみるぜ。いろいろ教えてもらえて助かったよ、ありがとうコウメイ!」
ガレットで包むという思いつきだけでなく、粉の配合や試作まで手伝ったコウメイの両手をしっかりと握り、ギーツは熱苦しいほどの感謝をあらわした。アイデアの対価を支払おうとする彼に、コウメイはきっぱりと断りを入れる。
「俺も雑穀の扱い方を教わったし、実際にガレット焼きながら粉の特徴も掴んだ。こっちも教わった対価を払いたいぐらいなんだぜ」
粉の特徴を教えたくらいで、と驚くギーツに、この土地の人々には当たり前の知識が、自分たちには求めていた有益な情報だったのだ。互いに必要な知識を教え合ったのだから貸し借りはないのだと納得させて、三人はギーツの部屋を後にした。
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屋台の昼食からずいぶんと寄り道したが、悪くはない一日だった。
「米じゃねーけど、美味かったなー」
シュウは表面カリパリ、中はもちもちの厚焼きガレットがずいぶんと気に入ったらしい。
「毛豆粉はトウモロコシ粉で、アラサスってのもパサつく感じだが香ばしさが特徴だな。もちもちの正体はギナゴ粉だ。団子にしてあるから後で食って感想くれよ」
ギーツの台所で炊いていた各雑穀は、固めに握ってシクの葉で包み持ち帰っている。毛豆とアラサスは握っても固まらなかったが、粒の小さなギナゴは軽く握っただけでもっちりとした団子になった。さすがに試食のしすぎで夕食も入らないくらいなので、これは朝食になる予定だ。
「ギナゴ団子は使い方次第で餅っぽいのが作れそうだぜ」
「穀物、奥が深い……」
「餅、いーねぇ、餅! そのギナゴだっけ、たっぷり買って帰ろーぜ」
「カドバ粉が取り寄せできるんだから、ギナゴ粉もウェルシュタントで手に入るんじゃないか?」
「マーシルに販売ルートを聞いとかねぇと」
もしも取り寄せ不可だったなら、専用の畑をつくって栽培したいほどにギナゴが気に入った三人だった。




