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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
11章 穀物大捜索

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偽造魔術師証を持つ魔術師



 予想はしていたが、テルバウム冒険者ギルドに提示されている依頼は、アキラの知る他国のギルドとはずいぶん違っていた。


「討伐依頼ではなく、傭兵募集のほうが多いな……」


 どこの国でも戦争の多い国境近い冒険者ギルドには、傭兵団が多く所属するとは聞いていた。実際にその目で確かめるのははじめてだ。アキラにとって国境は通過する場所でしかない。唯一ダッタザートは例外だが、あの街は国境でありながらも地形に恵まれ、睨み合うことはあっても戦争の起きない特殊な国境だ。そのため傭兵団も見かけなかった。

 冒険者集団も傭兵団も冒険者ギルドに所属しているが、その働きは正反対だ。冒険者集団が主に魔物や魔獣を討伐するのに対し、傭兵団は対人戦闘が主な仕事だ。正直、関わりたくはない。


『力自慢はぜひ我がガウオル傭兵団に』

『後方で安全な仕事を約束、グルジード傭兵団は薬魔術師を求めています』

『足の速さを活かした伝達係募集中、ゾレット傭兵団』


 貼り出された求人はどれも傭兵団のものばかりだ。他には近隣の複数領主名での雑役兵募集がある。最も好待遇の契約兵募集には国名が書かれていないが、もしやウェルシュタント国側の依頼だろうか。


「敵国側から兵を募るとは、策士だな」


 住民にとっては、どちらが勝ってもさほど生活が変わるわけではないのだ。農地が荒らされるリスクを考え、より稼げる陣営につくのは当然だろう。地元のものでなければ知らない地理や地形の情報を得るために、敵国側の人間を雇い入れるのは常套手段だ。


 求人の掲示板の前には、熱心に条件を読む数人の男たちがいた。そしてすこし離れて求職者を吟味している男たちがいる。彼らは求人を出している傭兵団の者なのだろう。自団の張り紙に注目する求職者や、目立つ体格の冒険者に積極的に声を掛けていた。


 物珍しげに募集を読んでいたアキラだが、狩猟服を着ていても彼の外見は貧弱な薬草冒険者だ。魔術師の杖を持っていない彼が魔術師であるとわかるはずもなく、声を掛ける者はいない。だがアキラが求人欄から離れると、落胆の声があちこちから聞こえた。自分のような貧弱な冒険者でも数合わせに必要なのかと呆れつつ、アキラは冒険者向けの掲示に目を向ける。


「魔物の討伐報酬は低いな。国境兵が訓練代わりに請け負っているのかな?」


 そのかわり魔獣肉の買い取りは盛んなようだ。価格も悪くはない。討伐ついでの狩りでは、兵士らを養うのに足りないのだろう。薬草の買い取り価格も悪くはない。受付でたずねてみれば、最近価格を上げたばかりだという。


「冬までに錬金薬を作り貯めなくてはならないのに、この時期は収穫作業が忙しくて農村から薬草が回ってこないんですよ」

「この町に薬草冒険者はいないのですか?」

「ご覧の通り、冒険者よりも傭兵のほうが多いのです」


 いないわけではないが、農業と兼業している者が多く、どうしても秋口は仕事を受ける者が少なくなるのだそうだ。


「町には医薬師ギルドはありますか?」

「北町にありますよ。あちらでも薬草の買い取りは行っていますが、できればこちらに売っていただけると助かります」


 冒険者ギルドは国境兵団と契約を結んでおり、開戦までに規定の薬草を納品しなければならないのだという。アキラは明言を避けてから、買い取りしている薬草リストを書き写し、そのまま北町に向かった。

 石造りの道を歩きながら町の人々の様子をうかがう。冬が来るたびに戦争のはじまる生活に疲弊しているのではと想像していたが、予想外にその表情は明るく朗らかだ。堅固な街壁に守られ被害を受けることがないのか、それとも戦争になれてしまった故の開き直りなのかはわからない。


「薬草と薬瓶の看板は……あれか」


 開け放たれた扉の前には診療を待つ人々が並んでいる。治療費を払えない無料診療目当てではなく、民間医や一般薬では治らなかった病や怪我を抱えた患者が多いようだ。アキラは静かに建物の裏に回り込み、勝手口をノックした。

 何度目かのノックの後にあらわれたのは、顔色の悪い青年だ。杖にもたれるようにしてやっと立っている彼は、アキラを見て目を丸くした。


「お忙しいときにすみません。旅の薬魔術師ですが、何か手伝えることはありませんか?」

「薬魔術師……本当に?」


 驚きよりも疑う気配の強い青年の視線を受け、アキラは用意していた魔術師証を差し出した。それを丁寧に吟味した青年は、安堵の息を吐く。


「灰色の紋章、本物のようですね、良かった」

「偽の魔術師証を持つ者がいるのですか?」

「失礼しました。実は、いるんです。特に治療魔術や錬金薬が作れる魔術師は傭兵団や国境騎士団が高額で雇い入れるので、色級を誤魔化したり、魔術師証そのものを偽造する人もいて困っているんですよ」

「それは……患者には迷惑な話ですね」


 色級を偽装しているのはアキラも同じだが、実力以上に見せかける不正ではないので罪にはならない……はずだ。

 杖をついた青年はハリーと名乗った。事務と雑用の担当として医薬師ギルドに雇われている。診療室では二人の治療魔術師が忙しく働いており、こちらにチラリと視線を向ける余裕もないようだ。ハリーはアキラを調合室に招き入れた。


「早々で申し訳ないのですが、ここに書いてある錬金薬と一般薬を作ってください。ああ、あとでギルド長がちゃんと検品します」


 いきなりの申し出に驚くアキラに、彼は疲れのこもった声で、医薬師ギルドには専門の薬魔術師が在籍していないのだと説明した。


「錬金薬を作れるのがギルド長だけなのですが、診療のほうが忙しくて」

「わかりました。調合道具をお借りしますね」


 つい先ほどまで使われていたと思われる調合台で、アキラは指定された錬金薬と一般薬を手早く作った。素材は完璧に用意されているし、求められる品質への指示も的確だ。アキラは必要と思われる数量より少し多めに調合する。一般薬の仕上げに取りかかろうとするころ、患者が一区切りついたのか診療室から二人の治療魔術師が出てきた。

 一人は四十代の男性だ。顎にあるホクロが円熟した男っぷりに色気を加えている。その隣にいるのは二十代に見える栗毛の女性だ。長い髪を後頭部で乱れのない団子にまとめている。清潔感にも好感が持てるし、キリリとしたたたずまいから仕事ができる雰囲気を醸し出していた。

 彼はアキラが製薬を終えるのを待ってから声を掛けた。


「ギルド長のオーグだ。素晴らしい調合を見させてもらった。的確で品質も均一、この量を短期間で作り終えるとは、腕の良い薬魔術師殿だな」

「調合台をお借りしました。とても使いやすくてよい道具ばかりですね。本職がいないと聞いていたのに、整備が完璧で驚きました」


 自分の師匠の調合台は雑多なものが溢れかえっているので、整理整頓の完璧なこの調合環境が羨ましいと褒めて返すと、オーグは笑みほころんだ。ご機嫌なまま完成薬品の検品にかかった彼は、アキラに渡された錬金薬を検めた直後、緊張に表情を強張らせた。


「失礼だが、アキラ殿の色級をお聞きしてもよろしいか?」

「灰色ですが?」

「本当に……?」


 疑われたのは二度目だが、ハリーとオーグとではその方向が違うようだ。


「何か問題がありましたか?」

「……灰級の薬魔術師が作ったとは思えない品質なので、驚いています」

「間違いありませんよ。ちゃんと魔術師証を確認しました。先生に教わっていた偽装を見抜く方法も試しましたから、本物です」


 ハリーが慌てて確認を怠っていないと主張し、アキラもそれを証明するため魔術師証を差し出した。オーグは難しい顔で念入りに確かめ、納得するしかないというように息をついた。


「ぜひ当ギルドにお誘いしたいが、その意思はなさそうですね」

「ええ、数日後には町を離れる予定です」

「どちらに所属されるつもりです? 騎士団、あるいは傭兵団?」

「まだはっきり決まっていませんが、どこかの村になると思います」


 会話は繋がっているのに互いの認識にズレがあるようだ。それは何だろうとアキラが首を軽く傾けると、オーグは苦笑いで頷いた。


「失礼しました。魔術師証への裏書きを求めてきたのではなかったのですね」

「裏書き?」

「ええ、あなたには不要でしょう」


 オーグは二階のギルド長室へアキラを招き入れた。こちらも掃除と整頓が行き届いた、機能的な部屋だ。来客用の椅子は実用を重んじる素朴なもので、綿の入った薄いクッションの赤が唯一の彩りだ。

 向かい合って座った二人は、あらためて名乗りあった。テルバウム医薬師ギルドの長である彼は、黄級の治療魔術師だ。地方のギルドをとりまとめるにはずいぶんと高位だが、それは彼がこのオストラント平原にある村出身だからだそうだ。


「この地方にのみ発症する病の研究をしていたら、いつの間にかギルドを押しつけられたんですよ。それでアキラさんはどういう目的があって当ギルドに?」

「探し物をしておりまして、短くとも春まではこの近辺の村々に滞在する予定なのですが、それにあたってこの町を含めた一帯の、冬場の医療環境を知りたくて訪問しました。さきほどハリーさんに、魔術師証を偽造して傭兵団や国境騎士団に雇われる者もいると聞いたのですが」

「偽装は……困ったことに、事実です」


 オーグは恥じ入るように苦く笑った。


「戦争さえ起きなければ、寒さに強い作物を育てられるくらいには温暖な地方だが、すぐ隣が戦場ではおちおち畑を耕してもいられない」


 そのため村人らの冬の仕事は、木材加工や皮加工といった手仕事に従事する者と、国に雇われて雑役として働く者に別れる。かなりの数の村人が出稼ぎに行くのだそうだ。


「まるで季節労働者じゃないですか」

「オストラント平原ではそういう認識だな。納税代わりに兵役に就く者もいるが、稼ぎを目的とした就兵の場合、危険な仕事に従事するのだから高い報酬が欲しい――」


 わかるな、と視線を向けられ、アキラは呆れた。そんな安直な考えで偽造魔術師証が出回っているのか、と。


「魔術師であると名乗れば、騎士団に高額な報酬で雇われるのですね?」

「薬魔術師や魔道具師なら後方勤務で安全なのも偽造が後を絶たない理由だろうな」

「オーグさんが『裏書き』と言った理由がよくわかりました……」


 偽造した魔術師証で採用された錬金薬を作れない薬魔術師や、魔道具を修理できない魔道具師のおかげで、昨年は国境線であるムルラダ川から五万マールほどウェルシュタント軍の侵入を許してしまった。王都から魔武具騎士団が派遣され、なんとか川から一万マールの地点まで押し戻したが、川がウェルシュタント国に奪われたことで、国境近辺の農村や商人は、港までの物資運搬に川船が使えなくなったのだ。ほかにもヘル・ヘルタント軍の損害も膨れあがっており、ムルラダ川から一万マール内にあった田畑の今年の収穫は全く期待できない状態だ。


「今年は偽造証対策として、国から真偽を確かめたうえで裏書きせよと通達があってね。薬魔術師を名乗る者には実際に錬金薬を作らせるし、治療魔術師だと主張する者には診療にあたらせる。自称魔道具師には簡単な魔道具修理をさせているんだ」

「なるほど、それでハリーさんは何の警戒もなく私を調合台に案内したのですね」

「ああ、彼には魔術師証の見分け方を教えてある。いろいろな口実で訪問者に試作させ、私が検品して裏書きするのだが、あまりにも多くてね……今月に入ってもう五人目だよ」


 当然その五人は全員偽者だったため、裏書きには騎士団と打ち合わせてあった印を書き入れてある。こういった確認作業は、本来なら魔法使いギルドの職員を派遣させるべき案件だが、人材不足はヘル・ヘルタント魔法使いギルドも深刻らしく、近隣一帯で唯一の魔術師組織である医薬師ギルドに、全ての負担がのしかかっていた。

 濃い疲れを色気のある笑顔で誤魔化したオーグは、アキラが何を探してオストラント平原にやってきたのかとたずねた。


「このあたりでは、他国では珍しい穀物が多く栽培されている、と聞いたので、私たちの故郷で主食だった『米』という穀物を探しに来たんです」

「ふむ、コメ、かね。私も平原の生まれだが、聞いた覚えがないな」

「仲間が農業ギルドで調査していますが、おそらくあちこちの村を訪ねて珍しい雑穀を探すことになると思うのです。村との交渉の際に、薬魔術師であることが有利に働けば……と下心がありました」


 もしも米を発見しても、それが村にとって希少性の高い穀物だった場合、栽培方法の伝授や種籾を譲り受けるのに金銭では解決できない可能性もある。そういったときに自分が薬魔術師であれば有利に働くのではないか。交渉においてどの程度強く出られるか、その線を知りたくて医薬師ギルドをたずねたアキラだ。


「大陸中どこでも実力のある魔術師はもてはやされる。どこまででも強気でいられるというのに、謙虚なことだな」

「脅迫になるのは嫌ですし、自分たちで栽培できなかったときは代行をお願いしなくてはなりませんからね。私たちの住まいはウェルシュタント国ですし、可能な限り穏便に友好的に取り引きしたいですから」


 いくらコウメイにやる気があっても、アキラ自身に多少の経験があったとしても、米を美味しく栽培できるとは限らない。最初の数年は失敗覚悟で挑戦するつもりだが、気候や土壌があわずに栽培を諦める可能性だってあるのだ。そのときに確実に米を入手できるルートを確立するためにも、アキラは自分の魔術を効果的かつ友好的に使うつもりでいた。


「医療環境は診療待ちで並んでいた人々を見ればだいたいわかっただろう?」

「農作業中の怪我人や、持病が悪化した人が多いようでした」

「冬になれば、ハリーのように兵役中に負った傷が痛む患者が増えるんだ。こればかりは錬金薬も効かないし、治療魔術か一般薬で症状を一時的に緩和するしかない」


 なるほど、そのあたりで恩を売ることができそうだ、とアキラは深く頷いた。


「それと村に恩を売るのもいいが、できるなら医薬師ギルドにも少し力を貸してもらえると助かるんだが」

「町にいなくても出来ることはありますか?」

「この冬だけの派遣ギルド職員というのはどうだろう?」


 戦争がはじまれば町まで治療を受けに来るのも難しくなる。村々を転々とするアキラが治療や投薬を請け負ってくれれば、無理をする患者も減るし、なによりオーグに錬金薬を作る余裕が出来る。


「騎士団に納める大量の錬金薬を作るためには徹夜をしなければならないが、そんな無理を続けられるほど私は若くはないんだよ」


 見た目は四十代の後半というところだが、積もり積もった疲労のせいで顔色が悪く老けて見えているのだろう。オーグの実年齢はもう少し若いかもしれないとアキラは予想した。


「引き受けてくれれば私も助かるし、アキラ殿も堂々と治療行為が可能だ。当然対価を取ってもかまわないし、後ろ暗い取り引きを持ちかけることなく恩が売れるよ」

「……会ったばかりの私をそこまで信用してもよろしいのですか?」


 突然やってきて錬金薬を作って見せただけの敵国の薬魔術師に、自国医薬師ギルドの肩書きを託すというのだ。疲れすぎていてまともな判断が出来なくなっているのではないだろうか。アキラが心配げにそうたずねると、彼はおかしそうに噴き出して、晴れ晴れとした顔で手を差し出した。


「魔術師証に裏書きをしよう。期間限定のギルド所属の魔術師であると、誰にでもわかるように」

「正気の沙汰ではありませんね」


 呆れの声とともに彼が差し出した灰級魔術師証を受け取ったオーグは、色気のある笑みを返して断言した。


「私はいたって正気だよ。アキラ殿の作った錬金薬は確かに灰級に相応しい効能に調整されていた。だが保存期間は赤級か、もしかしたら青級でも相応しいくらい長持ちする品質だった」


 アキラは気まずさを誤魔化すように視線を逸らせた。地方の医薬師ギルドにいる魔術師はせいぜい白級だろう、そう侮っていた彼の傲慢さが導いた失敗だ。


「その魔術師証は偽造だが、あなたは本物だ」

「……本物の魔術師証であると一筆お願いできますか?」

「ギルドの肩書きを背負っていただけるのでしたら喜んで」


 この冬いっぱい、もしも春以降もオストラント平原に逗留を続ける場合は、その都度話し合うと決め、二人は契約魔術を取り交わした。



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