交渉成立
栗毛の髭の濃いマッチョはゴラドと名乗った。彼のワオル村は町の北西に見える山にあり、田畑は山の斜面にあるのだという。
「平地とは違う野菜や穀物を育てているんだ、他の村では育たない穀物もあるぞ」
「斜面の畑から収穫できる量はそれほど多くはないだろ。ウチは国境が近いせいで畑が荒らされることも多いからな、国や敵兵に盗まれないよう食べ物に見えない雑穀を数種類栽培している。探している穀物はウチの村にあるはずだ」
黒髪のマッチョははち切れかけているシャツの間から、まるで胸毛を見せつけるように胸を張って数で勝負に出た。彼は国境に最も近いホリール村のチェルダという。
そして赤毛の細マッチョは、ワオル村の特異性やホリール村の多様性にはかなわないが、量なら負けないと強く主張する。
「平地の広大な畑で育てているウチの村の雑穀は、量もタップリある。欲しければいくらでも分けてやれるぞ」
ゼノスの気前の良さには他の二人も目を見張っていた。
机を挟んで向かい合ったコウメイとシュウは、引き気味に彼らの売り込みを聞きながら、提示された就労条件を確認する。労働時間や賃金、寝泊まりする場所や食事の回数などの基本はどの村も似たり寄ったりだが、それは過剰な競争で経済基盤の貧弱な村が無理をしたり、豊かな村が労働力を独占したりしないように、ギルドの指導が入っているからだとマーシルが説明する。
「この三つの他に未登録の穀物育ててる村はねぇのかよ?」
「ありますが、おそらく似たり寄ったりでしょうね。育てやすさや収穫量、食べやすさや味などを考えると、どうしても育てる作物は似てしまいますから」
繰り返される戦争と猶予されない納税に追い詰められ、食べられる雑穀を育てはじめた農村が、少しでも食べやすく栄養価の高い作物を選別するのは当然だ。
三枚の板紙から顔を上げたコウメイは、自信に満ちたマッチョらとの交渉をはじめる。
「マーシルさんから聞いていると思うが、俺たちは故郷で食べていた穀物を探してここにきた。米という作物だが、知っているか?」
ギルドに登録されていない作物の品種をどう呼ぼうと自由だが、虚偽は許さないと威圧を込めてたずねると、彼らは開きかけた口を慌てて閉じ息をのんだ。
「どうやらどこの村にも米と呼ばれている品種はねぇようだな」
「ま、待ってくれ。あんたたちの故郷と呼び名が違うかもしれないだろ?」
「そうだよ、実物を見ないで違うと決めつけるのは愚かだぞ」
「もちろん名前だけで判断するつもりはねぇよ」
ニヤリとコウメイが笑う。
「俺たちは三つの村にある全部の雑穀を確認したい」
「どういう意味だ?」
「順番に村に働きに行く」
「「「それは無理だ」」」
就労者集めに競っていた三人は声をそろえて言った。
「戦争がはじまるギリギリまで収穫は続くんだぞ」
「収穫が早く終わることなどないし、開戦前に終わらなければ冬が越せなくなる」
「そうなったら雑穀とて貴重な食料だ、あんたらには一粒たりとも分けてやれない」
「心配するな、冬になる前に終わらせる。策はあるんだ」
自信ありげなコウメイの態度に、マッチョらは半信半疑ながらも続きを待った。
「まず作付け面積と穀物の種類、去年の収穫が終わるまでにかかった日数と収穫量を教えてくれ」
マーシルに借りた周辺地図を見ながら、コウメイは村の位置と畑の面積、ここ数年の気候に現在確定している労働力まで聞き出した。
「兄ちゃんの見てくれは色男の冒険者なのに、まるで学者先生みたいだな」
「農民は筋肉さえあれば美味い作物が育てられるのか?」
「馬鹿にするな、作物は何も考えないで育つわけじゃない」
「冒険者だって同じだ、討伐で死なねぇように知恵を絞って生き延びてる。まあ、考えなしに暴れてる連中が目立つから仕方ねぇが、そういう奴らはすぐに廃業してるぜ」
「悪かった。それで策というのは決まったのか?」
「ああ、イートス村、ワオル村、ホリール村の順に収穫の手伝いに行く」
赤毛のゼノスは自分の村が最初だと喜んだが、最後になった胸毛のチェルダは絶望に押しつぶされそうな顔である。
「何故ウチが最後なんだ? 戦場が近いことを考えれば、最初に収穫が終わらないといけないだろう!」
「戦場が近いからこそ、最後がいいんだよ」
地図を見るようにと言ったコウメイは、街道を指でなぞってみせた。
「戦争になるのがわかりきってるんだから、秋の終わりには北からヘル・ヘルタント軍が進軍してくるだろ?」
これまでの進軍もすべて街道を通って国境まで移動しているのだ、今年だけ全く違うルートで南下するはずがない。
「マーシルさんに聞いたが、軍は進軍ついでに徴税していくんだろ。つまり戦場に一番近いホリール村がハギを納めるのは開戦直前だ」
「それなら最も北にあるワオル村を最初にしないのは何故だ?」
「働きやすさだな。イートスは作付け面積が最も広いが、平坦な地形で収穫の邪魔になるものがないから、効率よく動けば最も早く収穫を終わらせられる」
「この広さだぞ、ホリールの倍はあるんだぞ、そんなに早く終わるわけがないだろう」
「終わるから提案してんだよ」
「あんた、どれだけ大きなパーティーなんだ?」
どうやらチェルダは、コウメイが数十人の冒険者を引き連れたリーダーだと勘違いしたようだ。
「俺らのパーティーは三人だ」
「さ……たった三人?!」
「だが三十人分の働きはするぜ、コイツが」
コウメイが隣で退屈すぎてむずむずしているシュウを振り返る。
チェルダよりも背が高く、ゴラドよりも大きな筋肉を持つシュウは、確かに数人分の働きをするだろう。それを期待して彼らも勧誘を諦めきれなかったのだ。だがさすがに三十人分は誇張が過ぎる。マーシルも含めた四人が二人に向ける視線には苛立たしさが滲んでいた。
「信じられねぇのも仕方ねぇな。いいか、これから話す内容はこの大陸の禁忌だ、絶対に口外するんじゃねぇぞ」
「き、禁忌?」
「ああ、こいつはな……獣人族の血を引いてるんだよ」
爆弾を落とされた四人の顔から色が消えた。何を言い出すのかと、シュウも目を丸くしている。
「コイツは見た目は人族だが、何代か前の祖先に獣人がいたらしくてな、その血が濃く受け継がれてるんだよ。見た目はごく普通だが、人族ではあり得ないくらい力は強いし足は速い」
コウメイの言葉を疑っているのだろう。探るような、それでいて恐ろしいものを見るような視線が、シュウの全身をなめ回すように見ている。
獣人族ではないと否定しつつ、人族ではあり得ない身体能力の根拠を並べ立てたコウメイは、シュウの肩を叩いてニヤリと笑う。
「腕相撲でコイツに勝ってみろよ」
「三人一緒でもいーぜ」
コウメイの意をくんだシュウは、農作業で鍛えた肉体を誇っている三人を挑発した。
「なんならそっちは両手使ってもいーぜ?」
「く、口先だけだっ」
「本当かどうか、試してやる」
「嘘だったらただで働かせるからな!」
獣人に関する禁忌は冗談でも許してはならないと、マッチョ三人は本気である。シュウの右拳を掴んだ三人の表情は、腕を折る気満々だ。判定は公正にとマーシルがつとめることになった。四人が加える力でテーブルはガタガタと不穏に揺れている。
「用意……はじめ!」
「ぐふっ」
「がっ」
「あぁーっ」
勝負は一呼吸の間もかからずに決着した。
「あんたらの筋肉、見せかけじゃねーんだな、すげーよ」
開始の合図の直後にマッチョ三人をテーブルごと床にひっくり返したシュウは、良い勝負だったと晴れ晴れとしている。
一方マーシルは渋い顔だ。
「テーブルは弁償いただきますよ?」
「俺らの力に耐えられねー机を用意したのはそっちだろ」
ギルドの備品は四本の脚のうち二本がぽっきりと折れていた。根元の接合部分から脚は折れ、天板には亀裂が入っているため、修理は難しいだろう。
「半額を請求させていただきます。支払いが終わるまで雑穀取り引きは保留にしますがよろしいですね?」
「わかった、払うから保留はナシで」
余計な出費はシュウに支払われる賃金から差っ引くとしよう。マーシルをなだめたコウメイは、いまだ床に転がって呆然としている三人の側にしゃがむと、渾身の笑顔を向けた。
「シュウがいれば三つの村の収穫計画が実行可能だってわかるだろ?」
「……ああ、荷運びを任せれば、浮いた人員を刈り取りに回せる」
「彼は足も速いのか? だったら遠くの畑の収穫も同時にはじめられそうだ」
「何日短縮できるか楽しみになってきたぞ」
シュウが成人男性の十数人分の働きをしそうだと納得した彼らは、コウメイとシュウの他に何人集めれば良いか、どの畑から収穫をはじめるかを考えはじめた。
「もしかしてコウメイも、彼のように……秘密の特技があるのか?」
「俺は普通の人族だ、あんたらと同じくらいしか働けねぇよ。けどもう一人は植物に詳しいし、実際に収穫するところを見れば、なにか思いつくかもな」
「そういえば、三人といっていたな。もう一人はどういう人物だ?」
「何だよ、覚えてねーのか?」
昨日の食堂で俺たちと一緒にいたと教えても、三人は覚えがないと首を振る。嘘だろ、とシュウが目を見開いていた。
「アキラを覚えてねーとか、はじめてじゃねーか?」
「俺たちよりも印象は強いはずなのに、アキを覚えてねぇ奴なんてはじめてだ」
無意識に後退った二人は、顔をつきあわせると声を潜めて不安を口にした。
「……まさかこいつら、マッチョな男が好き、とか?」
「性癖や嗜好に偏見はねぇつもりだが、自分が対象となるのはちょっと……」
ぞくりと背筋に嫌な震えが走る。そろそろ秋とはいえ日中はまだ暑く、鳥肌が立つなんてあり得ない気候だというのに、二人はゾクゾクとした寒気を感じていた。老若を問わず好かれるアキラを、特に同性ストーカーを引き付けるアキラを常日頃から不憫に思ってはいたが、同情はしていても少しばかり面白がる感情がなかったと言い切れない。だが彼らはたった今、心底からアキラの気持ちを理解したのだ。
「……今度アキに野菜のフルコースを作ろう」
「おう、そのときは肉がなくても文句は言わねーよ」
強張った笑顔を取り繕ってどうにか平常を保っているコウメイとシュウを眺めながら考えていた三人のうち、一番理性的なゼノスがようやく思い出した。
「もう一人は同じテーブルにいた、銀髪か?」
それなら覚えているぞと栗毛の髭と黒髪の胸毛も大きく頷いた。
「あんな別嬪を忘れるわけがないだろ」
「あれは忘れられないぜ」
コウメイの仲間だと思っていなかっただけだと彼らは声をそろえて言った。
「てっきりどっちかの嫁だと思ったんだよ」
「嫁も立派な働き手だが、あの銀髪はな……集めた連中が騒ぎそうだから、労働力に数えてなかった」
「できるなら嫁は隠しておいてくれ、若い連中が仕事にならないと困る」
面倒はごめんだぞと顔をしかめられ、二人は脱力して首を振った。
「嫁じゃねーって」
「嫁じゃねぇ」
「いや、嫁ってことにしておいてくれ」
「別嬪を争って村人が血を流すのは困るんだ」
「そうだ、どっちでもいいから嫁ってことにしておけ、な」
血を見るのは戦争だけで十分だとうんざりした口調で説得されたコウメイとシュウは、どちらがアキラに事情を説明するかを延々と押しつけあった。




