テルバウム農業ギルド
閉門直前に町門をくぐり抜けた乗合馬車は、門兵詰め所の横で止まった。彼ら以外の乗客は町や周辺の住人なのだろう、門兵の検めもすぐに終わっている。
「ウェルシュタント国の冒険者か」
「登録したのはウェルシュタントだが、活動の場は大陸中だぜ」
「サンステンからの周回船で今朝キニックに着きました」
使用済みの船旅券を身分証と合わせて門兵に提出する。各所での手続きの記録に問題もなく、彼らは入町税を支払って解放された。
「よさげな宿と飯屋を探さねぇとな」
「寝心地のいいベッドがいい」
「飯だよ、飯。腹一杯食いてー」
わずか鐘二つの馬車の旅とは思えぬ疲労感は、港での待機時間の長さと、ストーカーから逃げ出す際の精神的な苦痛、そして小腹を誤魔化す程度の食事しかとれていないことが原因だ。
三人は門兵に教わった「黄金の夕焼け」という宿に落ち着いた。冒険者の宿としてはありきたりの作りだが、この宿の料理は、王都の有名な高級料理店で働いていた料理長が腕をふるっていると評判らしい。まだ空は明るいというのに、扉を開ければ宿泊客だけでなく食事客で宿は混雑していた。
「高級料理かー。あれって美味いけど満腹にならねーんだよなー」
「量が少ないなら俺にはちょうど良さそうだ」
「そういうわけでもなさそうだぜ。ちゃんと客にあわせたボリュームと料理みてぇだ」
奥の受付へ向かう道すがら、賑わう食堂を素早く見渡したコウメイは、腕の立つ料理人が、地元の食材で親しみやすい料理を提供する店であると見極めていた。どの客の皿もソースまでキレイに食べ尽くされているのを見れば、味への期待が膨らむ。
宿の受付で空室が二人部屋の一室しかないと聞き、組み立てベッドを借りることになった。寝床を整えるよりも先に食堂に降りたいシュウを引き戻し、木材の組み立てを任せる。
「ベッドなんて後でいーじゃねーかよ」
「暗闇の中でハギ藁を取りに行きたいのか?」
「シュウは満腹になったらそのまま寝ちまうだろ。床で寝るつもりか?」
「えー、これ俺のベッドなわけ?」
「今のうちに組み立て終わったなら、じゃんけんで決めるが?」
「おーし、張り切って組み立てよーか」
手のひらを返したシュウが重い木枠を組み立てている間に、アキラは毛布とハギ藁を運んできた。さすが穀物地帯だ、寝台用のハギ藁は新しいものがタップリと用意されていた。しかもよく乾燥していて良い香りがしている。藁クッションはあまり好きではないアキラだが、ここのベッドでなら快適に眠れそうだ。
「よし完了、飯だメシ」
身支度を調えた三人が降りた食堂は満席だ。三人が座れるテーブルが空くまで、立ち飲み席でエル酒と炙った魔猪肉をつまむ。シュウは美味しそうな料理を、コウメイとアキラは客層を探って店内を見渡した。
「冒険者は少ねぇようだな」
「ああ、農夫が多い。あとは商人か」
「服装の感じだとウェルシュタント国の人間だな、結構いるぜ」
「収穫期が近づいている、穀物目当ての商人だろうな」
ウェルシュタント国にも穀物地帯と呼ばれる一大産地はあるが、それは王都東にあるギルジェスタ山脈の向こう側だ。運搬にかかる時間と経費を考えれば、街道一本で繋がるオストラント平原で穀物を調達したほうが安上がりだ。
「地形だけで考えると、山脈の向こう側がウェルシュタント国なのが不思議だよな」
「山脈を国境に国が別れても不思議じゃないが、そこは王家の政治力のたまものなんじゃないか?」
住まいをウェルシュタント国内に構えてはいても、国民であるという意識の乏しいアキラは、国の行く末など考えるのも億劫そうだ。
「難しー話はナシだ、席が空いたんだ飯食おうぜ」
食事を終えた四人組が席を立つのを見つけたシュウが、二人を急かしてまだ片付けの終わっていないテーブルに着いた。二人が客筋や世情の分析をしている間に料理のリサーチを終えていたシュウが、率先して料理を注文してゆく。魔猪肉と芋の煮込みにキノコと暴れ牛肉の炒め物、魚と角ウサギ肉を潰した団子の入ったスープに、味付けした粒ハギを卵で包んだオムライスのような一品と、どれも美味しそうだが、シュウの好みが反映されすぎている。アキラが慌ててサラダと酢漬け野菜を追加注文した。
「「「いただきます」」」
これが今日最初のまともな食事である三人は、しばらく無言で料理を口に運んでいた。空の皿が増え、物足りないシュウが追加注文をするころにようやく会話が戻ってきた。
「明日は朝イチで農業ギルドだ」
「冒険者ギルドは?」
「そっちは後だ。まずは情報収集して、農家を紹介してもらわねぇとな」
コウメイは多くの品種の雑穀を栽培している村に住み込んで、米の手がかりを探りたいと考えている。そう二人に説明する声を、隣席の客らが遮った。
「兄ちゃんたち農村で働くのか? だったらワオル村に来てくれよ」
「働くならホリール村がいいぜ、飯の美味さは保証する!」
「待てよ、イートス村のほうが日当は高い。ウチの村に来てくれ、頼むっ」
見ず知らずの男らに割り込まれて顔をしかめる間もなかった。自分勝手に勧誘の言葉を投げかけられ、アキラは目を丸くしている。
「あんた隙がなさそうだ、護衛も任せられそうだ」
「いいね、その豪胆な感じ。よく働き、よく食う、あんたにぴったりの仕事があるよ」
全員が屈強な体つきの農夫だが、着衣は作業着ではなく一張羅のようだ。押しのけ合いながらコウメイとシュウの体つきと食べっぷりをほめた。面白いことに彼らの眼中に自分は入っていないと気づいたアキラは、困るコウメイとシュウを楽しげに眺めている。
「あー、おっさんたちうるせーっ。いっぺんに喋るなって」
「俺らはここに働きに来たわけじゃねぇんだが」
「この時期に農業ギルドに用事のある冒険者なんて、収穫手伝いの応募に決まっているだろ!」
勧誘を遮って事情を問えば、彼らはテルバウムの町に、収穫時期の働き手を勧誘しにきているのだという。農業ギルドで人を募集し、集まった働き手を村に連れて帰るのだそうだ。
「へぇ、そういう求人ってのは冒険者ギルドに出すものだと思ってたぜ」
「他所はそうかもしれんが、ここでは農村の仕事は農業ギルドだ」
「それにこの時期の冒険者ギルドは傭兵募集で忙しい」
初秋に町を訪れる冒険者の目的は就兵であり、収穫労働に興味を示すコウメイたちが珍しい存在だ。戦える労働力が目の前にいるのだ、彼らが熱心に勧誘するのも当然だった。
「冬になればまた戦争がはじまるだろ。その前に全部の畑で収穫を終わらせておかないと、運が悪けりゃ兵士らに踏み荒らされちまう」
「早めに収穫を終わらせて、村や畑を守る柵を補強する人手も必要なんだ」
「田畑に被害が出るのですか?」
どちらの国も農地を避けて戦うと乗合馬車で教わった。話が違うとアキラが問うと、勧誘農夫らは複雑な表情で首を振った。
「そいつらの村は国境や砦から遠くにあるんだろうな」
「そりゃ戦争は砦の近くが中心だけどな、戦の流れなんてのは命令する上の思うようにはならないものだぜ」
「死に物狂いで逃げ出す連中には、そこが森だろうが畑だろうが関係ないんだよ」
毎年恒例の戦だが、戦況はその年によって大きく異なる。昨年はウェルシュタント国がムルラダ川を越えて攻め入り、それを押し戻すヘル・ヘルタント兵と激しい戦闘になった。ヘル・ヘルタントはなんとか国境線を守り切ったが、撤退するウェルシュタント兵が戦場に近い畑を踏み荒らして行ったのだ。
「収穫は終わっていたが、立てなくなった負傷兵が何人も転がっていてな」
「弔うのはかまわないよ。だが残していった物を拾ったり探したりして春の植え付けが遅れるのも困る」
「収穫だけじゃない、柵の補強にも人手は必要だ」
「壊せない柵があるだけでそういう被害は減るんだよ」
だから是非とも我が村で働いてくれと、彼らはコウメイとシュウの前に料理の皿を差し出しはじめた。
「悪いがこれは受け取れねぇよ。どこの村で働くと約束できねぇし、閉門前に町に入ったばかりなんだ」
返される料理を恨めしげに見るシュウを押さえ込みながら、コウメイは農夫らに愛想笑いを向ける。
「俺らにも目的があるし、明日農業ギルドで話を聞いてから検討されてくれよ」
自分たちで注文した料理は残っていないし、酒も飲み終えている。シュウが賄賂をうっかり食べてしまう前に撤収したほうが良さそうだ。三人は押しの強い勧誘を振り切って客室に逃げ帰ったのだった。
+
「冒険者ギルドはパスだな」
三人はじゃんけんで決めたベッドに座り、食堂で得たきな臭い情報を前提にこれからの行動を話し合った。
「戦争には参加するつもりねーけどさ、討伐した魔物の報酬とか、魔獣の肉とかはどーすんだよ」
「二人がギルドに足を踏み入れたら、傭兵勧誘に捕まって帰してもらえないんじゃないか?」
アキラは二人の筋肉を見、シュウの大剣とコウメイの眼帯を指した。
「だよなぁ。どう見ても畑仕事より戦向きだし、髭もじゃのギルド職員に囲まれてストーカーされそうだよな」
「えー、そこはキレイなお姉さん職員じゃねーのかよ」
「試してみるか?」
傭兵勧誘担当がきれいなお姉さんなのかインテリ眼鏡の事務員なのかマッチョな腕利きなのかは、実際に訪問して確かめるしかない。確率は三分の一だ。
「どこの冒険者ギルドでも、スタンピードがらみの窓口はマッチョばかりだったじゃねぇか。戦争の窓口が美女って可能性は少ねぇだろ」
「おっさんに囲まれたくねーから、偵察はアキラに任せた!」
武力を期待されない外見のアキラに冒険者ギルドで情報収集が押しつけられた。コウメイは予定通りに農業ギルドだ。
「どこの村も労働力を欲しがってるようだし、働いたら雑穀の種を分けてもらえるかもな」
米を栽培している農家に育て方や収穫後の管理方法も教われれば幸運だ。もちろん米だけではない、他の雑穀の中に深魔の森でも栽培できそうな物があれば、コウメイは種と栽培技術を持ち帰るつもりでいた。
「マジで自給自足を極めるつもりかよー」
「極めるつもりはねぇけど、食い物にはこだわりてぇだろ。さすがに服や道具は専門外だ」
「農業だって専門外だろうに」
「食材にこだわるシェフは産地も吟味するし、自ら育てるんだぜ」
元々ガーデニング趣味のあったアキラの薬草栽培から発展したのならわかるが、コウメイが目指していたのは医者だったはず。だが今ではリンウッドに師事しているアキラのほうがほとんど医者である。
「シェフだと言い張るなら料理の店を出したらどうだ?」
「おー、いいねー。コウメイの料理で儲けよーぜ」
「シュウが給仕するのか? 絶対注文間違えてトラブルになるだろ」
「そっちはアキラに任せりゃいーし」
「アキの給仕も別の意味で厄介だからダメだ。給仕やらねぇんならシュウは何をするんだよ?」
「食い逃げ野郎対策の用心棒?」
「働け!」
「架空の料理店経営はそのあたりにしておけ。農業ギルドはコウメイに任せる。シュウは……そのあたりで魔物や魔獣を討伐していればいいんじゃないか?」
ゴブリンやオーク、銀狼に魔猪などは人里近くに出没して危険だし、田畑を荒らす害獣でもある。討伐して喜ばれはしても迷惑がられることはないだろう。思う存分のソロ討伐ができるとご機嫌のシュウだが、コウメイがそれを止めた。
「シュウは俺と農業ギルドだ」
「なんでー? 俺は野菜とか穀物とかわかんねーんだぞ」
「そっちは期待してねぇよ。シュウは交渉材料だ。米探しに必要なんだから俺に同行だ」
なんとなくコウメイの策を察したアキラは、そっちは任せたと小さく笑った。
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合戦場が近いこともあってか、テルバウムの町は石造りのしっかりとした建物が多いようだ。町が戦火にのまれることはないというが、ヘル・ヘルタント兵が補給のため立ち寄る拠点でもあるため、いざという場合は籠城も可能なように作られているらしい。
冒険者ギルドは東町、農業ギルドは南町だ。ゆっくりと朝食を食べて宿を出た三人は、中央市場のある通りで別れ、それぞれの目的地へと向かう。
「合流は昼飯時だぞー。あの美味そーな串肉の屋台の前だぞ、間違えんなよー」
周囲の人が振り返るほどの大声に、店主が嬉しそうに手を振った。コウメイは苦笑いでシュウの首根っこを掴むと、他人のふりを通して無言で南大通りへと走り去るアキラを見送る。
「朝飯食ったばかりだろ」
「だから昼飯だってば。すげー美味そうな匂いじゃねーか。楽しみだよなー」
「おう、兄ちゃん。少しなら入るだろ、味見するか?」
シュウの大声が呼び込みとなったらしく、屋台には客が押しかけていた。ご機嫌の店主が差し出す焼きたてにかぶりついたシュウは満面の笑みである。
「美味いっ。やわらかくて肉の味がすげー濃いし、脂がたまんねー」
「兄ちゃんが食うと本当に美味そうに見えるぜ、ありがとよ」
幸せそうに食べるシュウの様子でさらに客を呼べた店主は、昼飯は期待しておけと二人に手を振る。
「二人分じゃ足りないってアキの朝飯もつまみ食いしてたのに、まだ入るのか……」
「肉は別腹だろ?」
「デザートは?」
「それも別腹」
「シュウって、狼じゃなくて牛獣人なんじゃねぇの?」
胃袋が四つくらいあっても不思議ではないと呆れるコウメイは、シュウの頭に雄牛の角がついた様子を想像して小さく吹き出した。
「牛の獣人……ミノタウロスか。ぶふっ。腰巻き一枚のシュウは見たくねぇな」
「は? 何? 何で俺がパンイチ?」
「気にするな。ああ、見えてきたぞ」
ハギ穂と鎌の看板は農業ギルドの紋章だ。建物の脇から奥へと荷馬車が頻繁に出入りしている。周辺農村から運び込まれる収穫物なのだろう、どの荷馬車もかなりの過積載状態だ。ほとんどがハギのようだが、中には見慣れない穀物もある。これは期待できそうだと、コウメイは笑みほころんで正面扉を開けた。
「遅かったな、兄ちゃんたち」
「朝一番から待ってたんだぞ」
「さあ、就労取り引きの窓口はあちらだ、すぐに手続きをしてくれ」
昨夜、コウメイらを口説き落とそうとしていた農夫三人が、踏み込んだ早々にコウメイとシュウを取り囲んだ。
「なんで、あんたらが?」
「昨夜、農業ギルドに用があると言っていたではないか」
ワオル村の栗毛の髭マッチョはコウメイの迂闊さを指摘する。食堂では勧誘できなくても、目的地がわかっているのならそこで待ち伏せすれば良いのだと、彼らは早朝から農業ギルドのロビーに陣取り、二人がやってくるのを今か今かと待っていたのだという。
「……マッチョのストーカー、きめぇ」
筋肉集団に笑顔で取り囲まれたシュウは、壮絶に顔を歪めると、豊満な美女や可愛い女の子に笑顔で囲まれたいと遠い目で天井を見あげた。コウメイも汚物を見るような目で三人を見据える。
「昨日も断わったとおり、俺たちは働き口を探しに来たんじゃねぇんだ。そこ通してくれねぇか?」
マッチョ集団が入り口に立ち塞がっているせいで、コウメイたちの後ろにはギルドに用事のある訪問者の列ができはじめている。マッチョらと顔見知りらしい農業ギルドの職員も、さすがに見過ごせなかったようだ。業務妨害だと追い払ってくれた。
「さて、ご用をお伺いしましょう。就労先を求めていないなら、どのようなご用件で当ギルドに?」
マッチョらとのやりとりは職員の耳に届いていたようだ。話は早いとコウメイは目的を説明する。
「市場に出ていない雑穀を探して、わざわざ。はあ、変わった方々ですね」
「誰だって故郷の味は忘れられねぇモノだろ?」
「そうですね、二度と味わえないと思っていた味が再び手に入るなら……ええ、気持ちはよくわかります」
眼鏡のギルド職員は実感のこもった深い声で同意し、協力は惜しまないと言った。どうやら彼にも二度と食べられない味があるのだろう。マーシルと名乗った眼鏡の職員は、二人を農夫らとの商談に使う別室に招き入れた。
「農業ギルドも各地によって得意不得意があります。テルバウムが得意なのは穀物ですね。ですが正直なところ、ギルドでも各村々が独自に栽培している雑穀までは把握していないのです」
ギルドが記録しているのは市場に出される品種が中心だ。マーシルは買い取りや種苗販売の帳簿を調べながら、他国では珍しいが自国ではそれなりに流通しているいくつかの品種名を口にした。
「ハギにもいくつか種類があって、ギルドが仲介しているのは長ハギと丸ハギ、それと小粒ハギですね。それ以外の穀物となると、少量ですがギナゴ、アラサス、毛豆、カドバあたりでしょうか」
「カドバは知ってるが、他のはわからねぇな」
「ハギってそんなに種類があんのかよー」
「俺らが普段食ってるのってどのハギなんだ?」
「食料品店ではすでに粉になっていますからね。ああ、見本がありますよ」
品質確認のために提出された穀物見本は、小箱に入れられて管理されている。マーシルはテーブルにそれらを並べた。引き出しのような箱の内側が格子状に仕切られており、その中に似ているようで似ていない穀物の籾粒が入っている。
「俺たちが普段食べているのはコレだな。丸ハギか」
「この状態で判別できるということは、粉ではなく粒の状態で食した経験があるのですね?」
マーシルによれば町の食材店で販売されているハギ粉は、数種類のハギが混ざったものが粉挽きされて売られているのだという。わざわざ粒の状態で購入するのは、挽き臼を持っているパン職人くらいだ。興味津々にたずねられ、コウメイは粒ハギのリゾットや、スープの具材といった食べ方を教えた。
「リゾット……粥ですか。なかなか贅沢な食べ方ですね」
「贅沢かねぇ」
「このあたりでは納税と軍糧に優先して回されますから、農家の手元にはそれほど残らないのですよ。なのでハギはカドバやギナゴでかさ増しして粉挽きするんです。ハギ粒だけの粥なんて滅多に食べられませんよ」
複数の雑穀のまじる村々のパンは、他の地域や町で食べられるものとは味も食感も少し独特らしい。それは一度食べてみたいものだとコウメイの口端があがった。
「これ、殻をのけて粒を見たいんだが、いいか?」
数粒ならば、と了解を得たコウメイは、長ハギと小粒ハギの実を指先で揉みほぐして殻を剥いた。長ハギは細くねじれたような実をしており、小粒ハギは丸ハギがひしゃげて小ぶりになったような形状だ。
「どっちも米じゃねーよな」
「見た目はな」
食べてみたら実は米と同じ味だったなんて事がないとは言えない。粒のまますこし購入したいと頼むと、種籾は農業ギルドの会員にしか販売していないのだと断わられた。
「他国だけど一応農業ギルドの会員なんだが、どうだろう?」
コウメイが提示したギルド証の表裏を丁寧に検めたマーシルは、後で販売部に話を通しておくと言った。ギルドでもごく一部の個人に販売をしているらしく、そちらで少量なら融通してもらえるそうだ。
「ハギ以外の雑穀の見本もあったら見せてくれねぇか? あと食べ方も教えてもらえると助かる」
「先ほども説明しましたように、ハギのかさ増しに使うのが中心ですね。カドバやギナゴの粉だけでパンを焼くこともないですし」
「煮たり蒸したり、麺を打ったりはしねぇのか?」
「カドバは麺には向きませんし、ギナゴは粒自体が小さすぎて料理するのは難しいのでは?」
ともかく実物を確かめなければ判断できないとコウメイが主張し、ギルドで扱われている雑穀の見本が運ばれてきた。ギナゴ、アラサス、毛豆、カドバの四種類だが、どれも特徴があり見分けは簡単だ。
「毛豆ってのはトウモロコシなのか」
色は薄い緑色をしているが、その粒の形状や実り方はトウモロコシそのものだった。そしてギナゴとアラサスも米ではなかった。
「粒が砂みてぇな小ささだな。これの収穫、大変なんじゃねぇか?」
「ハギやカドバとは違い、一つの大きな殻の中にたくさんの粒が入っているので、収穫自体は楽なんですよ」
ただ刺激に弱いため、ハギの刈り採りのように乱雑には出来ないのだそうだ。
ギルドが扱う雑穀はこの四種類が全部だというので、これも少量の購入を申し入れた。
「それと、ギルドが把握してねぇっていう村独自の雑穀について知りたいんだが」
「残念ながら、あまり正確な情報はないんですよ」
取り引きされない穀物の種はギルドで保存されない。村々独自の穀物があるというのも、職員が村で食事をした際に、このパンは知らない穀物が使われているようだ、と舌や香りで推察しているだけなのだと、マーシルが申し訳なさそうに言った。
「ギルドで取り引きされる穀物は、いざとなれば納税作物になる可能性もあるのです。村独自の穀物は彼らの主食ですし、徴税されない貴重な食料を我々に教えることはありませんよ」
農業ギルドとしても国に報告義務が生じるため、できるだけ聞かないようにしているのだとか。
「ならマーシルさんが個人的に把握してる、ここは何か栽培してそうだって村を教えてくれねぇか?」
交渉は自分たちでやるからギルドに迷惑はかけない。何なら証文を書いてもいい、と頼むと、彼はテーブルの雑穀と扉との間に視線を往復させる間だけ考えてから、ゆっくりと頷いた。
「それでしたら今すぐご紹介できますよ」
「今すぐ?」
「ええ、ちょうど働き手を求めて数日前から町に滞在しています。呼んできますから少し待っていてください」
「呼んでくるって……おーい?」
部屋を出て行くマーシルの後ろ姿を見ているうちに、だんだんと不安が押し寄せてきたのか、コウメイの眉間に皺が寄りはじめた。
「……まさか、あのマッチョどもじゃねぇよな?」
無意識にもれた不安の呟きが終わる前に扉が開いた。
「我が村で働けば、畑の野菜も穀物も食べ放題だぞ!」
「村でだけ食べられている珍しい食材がほしければ、うちの村で収穫を手伝ってくれ」
「報酬に村秘蔵の穀物の種と栽培方法もつけよう、どうだい?」
マーシルを押しのけて駆け込んだ栗毛の髭マッチョと黒髪の胸毛マッチョ、そして赤毛の細マッチョが二人を囲む。
「「「ウチの村で働いてくれ!」」」
驚きに目を丸くしているシュウと、悪い予想が的中して口の端を歪めるコウメイは、マッチョの隙間からマーシルを恨めしげな目で見たのだった。




