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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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閑話 とある留守番の日常



 毎日の食が少々さびしくなってきた。

 ひもじくはないが、楽しみが減ったのだ。


「残っているのは、漬け込んだ肉とスープの素だけか」


 食料庫の魔道冷凍庫をのぞき込んだリンウッドは、小分けされたスープの元を取りだし、糊付けされた板紙を読む。


「鍋に素を入れ、水を一リル(200cc)加えて魔道コンロに置き、火力三で加熱。濃度が均等になるようにかき混ぜ、鍋の縁に沸騰の泡ができたら二十数えて火を止める……よし」


 順番と数量、タイミングをしっかりと書き記したレシピは、茹でるしか能のないリンウッドでも失敗しない。ふむふむ、とレシピの手順通りに冷凍魔猪骨スープを完成させた。野菜や豆も一緒に冷凍された濃縮スープを椀に注ぎ、少しさめた茹で芋の皿とともにテーブルに着く。


「……いただきます」


 湯気の立つスープはほかほかとあたたかそうなのに、自分の声には妙な寂しさと寒さを感じる。リンウッドは急いでスープに口をつけ、その濃厚な味わいと熱で身体を満たした。ホウレンソウの三人との習慣がすっかり身についている。それによって寂しさを感じるなど、ずいぶんと飼い慣らされたものだと息がもれた。

 茹で芋とスープの朝食を終えると、まずは見回りだ。アキラの結界は強固で、森の魔物が侵入することはない。だがこの結界の難点は、敷地から出て行くものに関しては何の制約もないという点だった。


「ふむ、やはりアキラの魔力で染めた鞭縄なら、拘束は可能だったか」


 共同の研究室として使っている部屋に入ってすぐの机脚に縛り付けた杖が、確かにそこに存在するのを確かめたリンウッドは、仮説が正しかったと満足げに頷いた。

 リンウッドが最初に異変に気付いたのは、アキラたちが深魔の森を発ってから数日後だった。

 今回の依頼において、アキラは魔力を持たない修理師として行動すると決めていた。魔力のない人族が杖を持っていては不自然だからと、ミノタウロスの杖も萌芽の杖もここに残していったのだ。


「……まさか杖が動くとはな」


 彼が気付いたとき、研究室の片隅に置かれていたはずのミノタウロスの杖は、入り口扉に近い棚の陰に転がっていた。はじめは素材を出し入れする際に移動させたのかと気にもしなかったのだが、その後、開いた扉の隙間から転がり出ようとするのを見て、義眼の故障を疑うほどに驚いたのだ。

 杖を研究室に戻し、萌芽の杖の横に並べて置き数日観察を続けた結果、ミノタウロスの杖が、何らかの意思を持っており、自力で移動していると認めるしかなくなった。

 以来、リンウッドの研究対象が一つ増えた。


「一晩の移動距離は、障害物がある場合はおよそ五マール(50センチ)、障害なしの直線だと十から十五マール(1~1.5メートル)といったところか」


 毎日の記録を見直した彼は首を傾げた。


「扉を開けたわずかの間に移動してみせたときがやはり異常だな。あれがなければ杖に意思があると考えもしなかったが……さて、意思決定しているのは、どの部分だろうな?」


 机の脚に縛り付けられたままの杖を、リンウッドは角度を変えてねっとりと観察する。


「ミノタウロスの角柄に刻まれているのは多数の補助魔術の陣だけだ。銀の爪にも力はあるが、こちらにも思考を作り出すような魔術陣はなし。魔力に満ちた石だが、これは天然か人造かがはっきりせんな。魔術陣も刻まれてはいないし。だがこれが一番可能性は高い……エルフの技術で作られた魔石だとしたら、製造過程で術を練り込んだのか?」


 長い魔術師生活で培った知識でも太刀打ちできないエルフの技術が、リンウッドを魅了していた。近づくのは命がけだが、こうやって片鱗が転がっているおかげで、まだまだ生き飽きる暇がないのだ。


「柄と爪と石のすべてが揃って意思がうまれるのか、あるいは石によって他が動かされるのか……」


 そして杖の意思は何を目指して移動するのか。


「これは簡単だな。アキラを追いかけている以外にないだろう」


 置いて行かれた杖が主を追おうとしているのだ。リンウッドが知りたいのはその移動手段だ。今のところ観察されているのは転がるだけだが、建物の外に出れば座布団のように飛ぶのだろうか。あるいは地下に降りて転移を試みる可能性もあるだろう。


「どの程度の意思があるのか、調べるにはどうすればいいものか」


 普段の彼は独り言は多くない。だが今はあえて杖に聞かせるつもりで、考えを声にしていた。自分の声になにがしかの反応を見せるのではないかと、じっと目を凝らして観察を続けるが、杖はリンウッドの目があるところではビクリとも動かない。


「ふむ、まあしばらくはこのままだな。縛り付ける主の魔力に対してどう行動するのか、見極めることにしよう」


 金鞭鎖を打ち破って移動すれば、主への反逆の思考も存在しうるし、かつそれだけの力があると証明できる。動けなければ主への絶対服従か、魔力的な反抗ができないという証拠ともなる。どちらの結果になってもリンウッドには興味深いだけだ。

 杖の観察を終えた彼は、自分の研究机に座り、途中で放置していた人体検知魔道具の改良にとりかかる。ジョンの体内を調べた魔道具の改良が、現在彼が最も重視している研究だ。サクリエ草も興味深いが、やはり自分が使う魔道具の性能を高めるほうが楽しい。そのせいか寝食を忘れ没頭することも増えた。


「まあ、食べる楽しみがある間は問題なかろう」


 冷凍保存庫に作り置きの料理が残っている間は、空腹を感じれば自然と足が台所に向かうのだから不思議だ。


「料理が残っている間に帰ってきてくれると助かるんだがな……それか、マイルズが戻ってくれば」


 彼らが森を出て三ヶ月、さすがに依頼の完遂はまだだろう。王子らをマナルカトに送っていったマイルズは、そろそろこちらに戻ってもよいころだ。だが久しぶりの故郷なのだ、滞在が数ヶ月延長される可能性はある。


「……まったく、ずいぶんと飼い慣らされたものだ」


 リンウッドは自嘲し首を振った。世間の目から逃れ、ひとところでの定住を恐れて放浪してきた自分が、まさか空腹と人恋しさを嘆くようになるとは予想外だ。

 だが悪くはない。

 彼は遅く感じる時の流れを忘れるため、人体検知の魔道具改良に没頭した。


   +


 リンウッドの食事が茹でた丸芋と畑の野菜だけになって一ヶ月ほどしたころ、ようやくマイルズが深魔の森に顔を出した。


「コウメイたちは狩りか?」

「いや、濃紺のエルフの使いで出ている」

「それは、しばらく帰ってこないな」


 コウメイの食事を期待していたのだろう、少しばかり残念そうなマイルズは、土産に持ってきた酒瓶をテーブルに置いた。その動きに引っかかりを覚えたリンウッドが眉をひそめる。


「……腕、どうした?」

「ああ、船旅でちょっとな」


 右肩の関節に残る痛みを見抜かれたマイルズは、凄腕の治療魔術師はこんな小さな変化も見逃さないのかと感心する。新しく作った診察の魔道具で診たいと頼まれ、診察を受けることにした。

 リンウッドはまず首から肩、背中にかけてを触診した。すぐに痛みの原因を探り当てたが診療は終わらない。これが人体探知の魔道具だとどう反応するのかを調べるため、マイルズを寝台に寝かせ、右肩で敷くように金属板をあてがった。壁塗りの(コテ)のような器具で患部に触れる。


「魔力を流す。痛みや異変を感じたら言ってくれ」


 マイルズの肩にはいくつもの傷跡が残っていた。まだ若いころに負った傷跡から、つい最近、大陸周回船の甲板での立ち回りで受けた打撲痕まで、なかなかに派手である。それらに探知道具を押し当てながら、触診で見つけた痛みの原因が魔力にどのように反応するかを確かめる。


「どうですか?」

「……感覚として症状は理解できるが、これを客観的に示すにはどうすればよいか、それが難しい」


 マイルズは少し目を見開いたのち、彼らしいと小さく笑った。肩の状態をたずねたのだが、リンウッドは魔道具の使い勝手のほうに意識が向いているらしい。

 診察を終えたリンウッドは、板紙に図面を書いてマイルズにもわかりやすく原因を説明した。


「ここの脱臼が完全に治っていない。利き腕の治療を中途半端にしておくのは感心せんな」

「錬金薬を使っても治らなかったから、これはもう老化だろうと諦めていたんだ」

「あんたの身体は年齢よりも若いし、よく鍛えてある。だが若造どもと比べれば錬金薬の効きが悪いのも事実だ、仕方ない。負傷を残しておいては他にも響く。異変を感じたら早めに診せに来ることだ」


 肩に効くように特別に調合された錬金薬は、軟膏状をしていた。患部にタップリと塗り込み、熱を吸収するスライム布を巻いて数日をみるようにと指示が出た。


「診察代金はいくらだろう?」

「実験に付き合ってもらったからただで……いや、肉を焼いてくれるか?」

「そんな簡単なことでいいのか?」

「酒には茹で芋よりも肉料理があうからな」


 芋好きのリンウッドも、そろそろ肉料理が恋しくなっている。自分で焼くよりはマイルズの野営飯のほうが何倍も美味いのだから、それを治療代として要求した。


「飲んでいくだろう?」

「リンウッド殿の秘蔵の酒か」

「古物ばかりだが」

「新しい名酒に興味があるなら、今度持ってこよう」


 マイルズは度々リンウッドのもとを訪れ、新しい酒と食材を持参する。単調な留守番に飽きはじめていた彼は、野営飯とともに酒を楽しむ機会を歓迎した。

 何度目の飲み会だったろうか。そろそろ夜の寒さが身に応える季節になっていた。

 その日はマイルズの様子がおかしかった。


「町でなにか大事でも起きたか?」

「ギルドに奇妙な手配書が回ってきたのだが、どうしたものかと悩ましくてな」


 マイルズが顔をしかめるのなら、手配書はアキラたちかもしれないと推測したリンウッドだ。潜入先で失敗し、ギルドに手配されるとは彼ららしくない。これは近々逃げ帰ってきそうだと思ったが、続けたマイルズの言葉は予想外の内容だった。


「大陸南街道にヘル・ヘルタントの戦馬が現れたというのだ」

「……あの鋼の軍馬か?」

「そうだ。サンステン側から国境を破って西に向かっているらしい」


 ヘル・ヘルタントの戦馬は国家機密だ。それが他国に存在するだけでもあり得ない事態だというのに、砂漠を単身越えてきた戦馬は、何かを探すように移動しているのだという。森や平原を闊歩するだけなら問題はないが、農村の田畑を突っ切って荒らしたり、街道で動きを止め交通を止めているのだという。捕獲しようとした冒険者らは返り討ちにあい、兵士も対象が他国の戦馬とあっては下手に手を出せずに困っているらしかった。


「ついに王都から、捕獲せよと命令が出されたが、それが難しくてギルドも頭を抱えている」


 オストラント平原で国境線の争いを続けているウェルシュタント国としては、ヘル・ヘルタントの戦馬を手に入れ、同じ魔道具をアレ・テタルに作らせようと考えているらしい。


「あの軍馬は冒険者数人がかりでも難しい、おそらく損害だけが積み上がるだろう」

「マイルズ殿なら捕縛できるのではないかね?」

「まっすぐ西を目指しているようだし、遭遇はないだろうな。もし機会があったとしても、他国の機密に関わりたくない。俺は遠慮するつもりですよ」


 軍馬は大陸南街道をまっすぐ西に移動している。進路を北に変えなければ出会うこともないだろう。


「それにしても、魔道戦馬というのは指揮官なしに動くものなのですか?」

「移動の様子を聞く限り、そいつはヘル・ヘルタントに戻ろうとしているようだな。かの国の魔道軍馬には、帰巣の魔術が刻まれている。それが働いているのだろう」 


 戦のどさくさで敵国に持ち去られた軍馬を自国に取り戻す策だ。本来なら戦場から自国に戻るだけなのに、何故サンステンにあったのかはわからない。それを突き詰めれば複数国家の闇に踏み込むことになりかねない。通り過ぎるのを待つのが無難だろう。

 その日は冒険者ギルドで使われている魔道具や、リンウッドが開発した魔道具の話題を肴に飲んだ。

 次は一ヶ月後と約束したマイルズが、数日後に血相を変えて深魔の森にやってきた。迎え入れたリンウッドは、戦馬に村が襲撃されたのかと問うた。


「いや、今度のは戦馬ではない……リンウッド殿は、戦馬のように勝手に動く鎧人形を作った覚えはありますか?」

「鎧?」

「大陸中央街道に、首の外れた甲冑騎士があらわれた」


 マイルズが町に戻った翌日、今度は騎士が装備する全身鎧が街道を西へと移動しているとの情報がギルドにもたらされたのだ。右手に抜き身の剣を、左手には外れた頭部を持った鎧だ。人が着ているのではなく、鎧そのものが歩いている様は、街道沿いの人々を震えあがらせていた。


「鋼の軍馬もだが、そういった魔武具は俺の趣味ではないな」

「リンウッド殿の作ではないとしたら、一体誰が作ったのだ?」

「戦馬人形はクリストフの得意とするところだが、鎧人形を製作したとの噂は聞いていない。だが組まれた術式の系統は酷似しているだろうから、おそらくは弟子の誰かではないかと思うが」


 あいにくクリストフと直接のつながりのないリンウッドは、彼の弟子らがどこで何をしているのかまでは知らない。


「その鎧も西を目指しているというなら、やはりヘル・ヘルタントの魔武具だろうな。戦馬と鎧人形を一組としてどこぞで実験でもしておったのが、誤作動でもおこした結果、というところではないか?」

「誤作動」


 迷惑な、とマイルズの表情が歪む。冒険者ギルドを通じ、進路沿いの町や村に連絡しなければならないだろう。他国の機密魔武具にどう対処するかは、各地の領主や兵士に丸投げするしかない。

 情報を得たマイルズはハリハルタにとんぼ返りだ。それを見送るリンウッドは、飲み会はしばらくお預けのようだと残念がった。


   +++


 夜が冷え込むようになり、コウメイの残した菜園の野菜もほぼ消費し尽くした。深魔の森の冬は雪に覆われることはない。そのため冒険者も活発で、ハリハルタやサガストは冬でも賑わっており、ギルドも暇にはならない。またヘル・ヘルタントの魔武具への警戒もあって、マイルズはなかなか町を離れられないようだ。

 酒飲み友達の訪れがなくなった寂しさを紛らわせるかのように、リンウッドは研究に没頭した。人体探知の魔道具は小型化をすすめ、日々観察を続けていたサクリエ草は、季節でその働きがわずかに変化することを発見した。アキラを追いかけようとする杖が狙っていた移動手段が地下の転移魔術陣と知り、慌てて食料庫の扉を封印する。

 食生活はともかく、研究に関しては充実した日々を過ごしていたリンウッドの生活を一変させたのは、冬も終わりが近いとある早朝だった。

 まだ空に星が瞬いている未明、とてつもなく大きな魔力の爆発に起こされたリンウッドは、攻撃魔術用の杖を握って私室の小屋から飛び出した。


「アキラの結界が働かなかったのか?」


 魔力の爆発は結界内でおきている。なのに結界は破壊されていないのだ。何者かが侵入したに違いないが、それが可能な人物は限られている。


「まさかエルフの襲撃か」


 咄嗟に攻撃の杖を持って飛び出したが、侵入者の正体を確かめず逃げるべきかもしれない。

 彼が迷うわずかな間にも、魔力の爆発が続いた。

 畑の向こう側、シュウの運動場となっている広場だ。

 そこから大きな魔力が三つ感じ取れる。


「三人のエルフとすると……アレックスと、レオナードと、あと一人は誰だ」


 建物の裏を回り込み、壁に隠れて広場をのぞき込んだリンウッドは、あり得ない光景に思わず杖を取り落としていた。

 そこにいたのはエルフではなかった。


「…………人、形?」


 天から降り注ぐ稲光を、黒光りする首なし鎧が横飛びして避けた。

 焼け焦げの残る鋼の軍馬が石を蹴り飛ばす。

 二本足の鎧や俊敏な馬と違い、転がるしか移動手段のない杖は、石の直撃を受け菜園へと弾き飛ばされた。

 派手に転がった杖は作物のなくなった畝に刺さって止まる。

 紫魔石がキラリと光り、再び雷が落ちた。

 軍馬と鎧と杖の三つ巴を前に呆然としていたリンウッドは、落雷が薬草園の囲いを粉砕したことで我にかえり、慌てた。


「い、いかん。止めねば」


 周囲を探して打ち捨てられていた金鞭鎖を回収し、素早く補修して身構える。

 信じられないことだが、軍馬と鎧から発せられているのはアキラの魔力だ。結界を破らず侵入を果たせた理由はそれだが、何故杖が二つと敵対しているのかがわからない。同じ主を持つ魔武具同士、意思疎通はないのだろうか。


「あればこのよくわからん状況にはなっていないか」


 とにかく止めねば薬草園が被害を受ける。帰ってきたアキラの怒りも怖いが、リンウッドもいくつか実験的な栽培をしている薬草があるのだ、それを魔武具らに破壊されてはたまらない。

 杖を拘束できる金鞭鎖なら、軍馬と鎧も一時的に止められるだろう。余裕さえできれば魔術陣に手を加えて封じればいい。


「うまくいってくれよ……」


 ミノタウロスの杖による落雷攻撃に便乗し、リンウッドは攻撃の杖を振った。

 魔武具らの足元を崩し、土で軍馬と鎧の足を絡めとる。

 落雷と同時にミノタウロスの杖を魔武具らに向けて蹴り、金鞭鎖を絡めて縛ると、鎖に残っているアキラの魔力を消さぬように調整しながら、自分の魔力を重ねて金鞭鎖を強化した。

 落雷の衝撃と、自分を支配する魔力と同じ力に反抗できなくなった魔武具たちは、ようやくその動きを止めたのだった。


「……いいか、暴れるなよ」


 魔道具たちに語りかけながら近づいたリンウッドは、素早く鎧の首から内側をのぞき込んだ。背の真ん中にある魔力供給線を見つけ、杖先で引っ掻いて断絶させた。軍馬は脇腹の裂け目をこじ開けて、背骨部分の動力線を断つ。少々乱暴な手段だったが、これで二体の魔武具は完全に動きを止めた。


「ふあぁ、後始末は朝になってからだな」


 緊張が途切れるのと同時にあくびが漏れる。

 リンウッドは騒ぎの根源をその場に残し、寝床に戻った。


   +++


 朝食を作る前にチラリと広場をのぞき、動きを止めた鎧と軍馬、そしてそれらに縛り付けられた杖の存在を確かめて、リンウッドは勝手口から台所に入った。

 茹でた芋にコウメイ特製の香草塩をふりかけ、酢漬け野菜を添える。白湯とともに質素な朝食を終えてから、リンウッドは後始末に向かった。

 日の光の下で薬草園に被害がないのを確かめてから、彼は魔武具らを振り返る。


「……厄介なものを拾いやがって」


 弟子の魔力の色が濃く残る魔武具を眺めていた彼は、ため息をついて検分に取りかかった。

 内部に刻まれた魔術陣によれば、戦軍馬はクリストフの設計をもとに、ヘル・ヘルタントの魔武具師が作った一体だった。これが制作者自身の作品であれば、これほど簡単に司令権が書き換わることはなかっただろう。

 鎧人形の制作者はドミニクとあった。トレ・マテルの魔法使いギルド長の名は知っている。ではこれはオルステインの戦人形だろうか。トレ・マテルが王家に屈したという話は聞いていないし、彼がこのような戦人形を作ったとは知らなかった。術式の傾向はクリストフに似ているが、少々稚拙だ。師弟関係なのだろうと推測する。


「頭部はどこにあるんだ?」


 広場を見渡したリンウッドは、森へ繋がる木の根元に転がっている兜を見つけた。兜の内側にもびっしりと魔術式が書き連ねられている。


「なるほど、こちらに遠見術を施しているのか」


 遠隔による鎧人形の操作はできないが、兜の目を通じて周囲の状況を知ることは可能なようだ。鎧騎士に紛れ込ませ、正確な戦況を知るために使われていたのだろう。

 これらの魔武具をどう扱うべきかと考え込んでいたリンウッドの耳に、駆け込んでくる足音が聞こえた。


「リンウッド殿、これはいったい?!」


 夜通し走り通したのだろう、マイルズの全身からは汗が流れ、熱りで湯気が立っていた。


「ああ……やはりここだったのかっ」

「やはり、ということは、これらを追ってきたのかね?」

「ええ、町壁の一部を壊して森に入ったので、その行方を見届けなくては思い……」


 いろいろな意味で疲労困憊のマイルズを居間に招き入れたリンウッドは、冷たい水と茹で芋を差し出した。

 リビングの大きなガラス窓から、鋼の軍馬と鎧人形を眺めるマイルズの目は、困惑と諦めがまじった複雑な色をしている。どうギルドに報告したものか、考えがまとまらないのだろう。


「リンウッド殿、あれらには帰巣魔術が施されていると言っていなかったか? どうしてここに来たのだ?」

「主であるアキラの魔力を追ってたどり着いたようだ」


 隠れ家に施された結界を維持するため、アキラは相当量の魔力を蓄積してから旅立っている。当の本人が魔力を抑えて隠密行動を取っているとしたら、魔武具らが主人の魔力を求めてここにたどり着いたのも当然だ。

 肘をついた左手に額を乗せて、マイルズは投げやりにたずねた。


「……アキラはいつどこでこんな物を手に入れたんだ?」

「エルフの使い先だろう。おそらくだが、何かしらのきっかけでこれらを起動させざるを得ない状況に陥ったのだろうな」


 魔力が強すぎたか、勢い余って大量に注いだか、あるいはその両方によって、司令権までが書き換わってしまったに違いない。


「アキラにこれらの主となった自覚はあると思うか?」

「ないだろうな……」


 あれば何かしらの対処しているはずだ、とリンウッドが断言すると、マイルズは頭痛を堪えるように硬く目を閉じた。


「つまり、アキラが拾って捨てたせいで、ここ数ヶ月の一連の騒ぎとなったわけか」

「……そのようだ」


 それぞれから大きなため息がこぼれ、重なった。

 マイルズは出奔王族よりも扱いに困る物体の観測と対処に追われ、そのおかげでリンウッドは飲み友達との時間を奪われ、また安眠を妨害されたのだ。


「リンウッド殿、酒をもらえんかな?」

「まだ朝だぞ?」

「素面であれらの後始末を考えたくないのだが」

「ああ、そうだな。この前もらった新酒にするか」


 ハリハルタに近い農村で作られている地酒は、果実を原料にしているせいか香りが甘い。シュウの好みそうな味だと思いつつカップに注ぎ入れた。

 しばらくは無言で酒を飲んでいた二人の前に、ひらりひらりと小さな光が舞い降りた。


「魔紙……ミシェルか」


 するりと手のひらに滑り落ちたそれを読んで、リンウッドの眉間の皺が深くなった。


「何か良くない知らせですか?」

「アキラは戻っていないのか、と。戻ってきたら知らせてほしいそうだ」


 マイルズの視線が、鋼の馬と甲冑のオブジェをチラリと見た。


「リンウッド殿はアキラとの連絡手段があるのだろう? ミシェル殿と、アレらのことを知らせないのか?」

「あいつらはへそ曲がりだからな。知らせたら絶対に戻ってこないぞ」


 ミシェルからの文面は短く簡素なものだったが、文字は苛立ちにか荒々しく乱れていた。用件はアキラにとって都合の悪いものに違いないだろう。鉄の軍馬も甲冑騎士も意図した結果ではないだろうから、知れば帰還がさらに遅くなるだけだ。


「……リンウッド殿はあれらをどうするつもりですか?」

「アキラが戻ってくるまで放置だ」

「動き出して、近隣の町や村を襲う可能性は?」

「動力部分の主要な術線を切った、まだアキラの魔力はタップリ残っているが、魔術陣に欠損がある状態ではどうやっても動かせんよ」

「あれを動かさないと、修理しないと契約してもらえるだろうか」

「それほどまでに安心が欲しいか……わかった」


 冒険者ギルドの相談役としても、そこの保証は譲れないのだろう。返事を聞き安堵したマイルズは、新酒を味わうように口に含んだ。そんな彼にリンウッドがたずねた。


「マイルズ殿はギルドや王家にどのように報告するのだね?」

「深魔の森で見失った、とだけ報告する。事実だからな。森の中で消えてからの行方は誰も追えないのだから、それで問題はない」


 ギルドは調査に人を出すほど余裕はないし、王家もわざわざ森の奥まで兵を派遣はしないだろう。この森の最奥地が禁忌だというのは王家も承知しているはずだ、とマイルズは力強く断言した。


「禁忌かね。それは初耳だ」

「目指しても到達できる者はいないんです、一般的には知られていませんよ。ただ各国の王族には、ナナクシャール島と同じ意味で触れてはならない場所だと伝わっている、と聞いている」

「あの島と、同じ?」


 ナナクシャール島に長く住んだリンウッドだが、この森とあの島とでは共通点が思いつかなかった。


「エルフですよ。この森の最奥にはエルフに関わる場所が存在していて、踏み込もうとすれば国が滅びるほどの報復があるらしい」

「本当かね?」

「信じるだけの根拠はあります」


 疑わしげに眉を跳ねさせて見せたリンウッドは、実際に最奥に到達してみればわかりますよと不思議な笑みで返され、追及を断念した。マイルズを正直でまっすぐな男だと思っていたが、さすがに名だたる冒険者集団を率いていただけはあり、実にうまく腹黒さを隠していたようだ。


「……やめておこう。藪は不用意につつかぬほうが安全だ」

「同感です」


 二人はしばらくの間、窓から見える魔道具を眺めながら、無言でちびちびと酒を飲んだ。


「戻ってきたアキラは、アレをどうすると思いますか?」

「さあな。壊すか、活用するか、どちらかだろうな」

「できれば壊して欲しいが」


 アキラが軍馬や鎧人形を便利に使いはじめたら――。


「手に負えん事故が起きるに決まっているぞ」

「止められる者がいないのが厄介ですね」


 放置ではなく証拠隠滅すべきだろうか。そんなことを考えながら、リンウッドは空になったカップに二杯目を注いだ。


 エルフのお使いを終えたホウレンソウの三人が、寄り道を経て深魔の森に戻ってくるのは、まだ少し先のことである。



この閑話をもって、ヘルミーネの遺物は終了です。

長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。

楽しんでいただけたのであれば幸いです。


(個人的にこの閑話を書くために10章を書いたような気がしています……留守番でも心安らかに過ごせないリンウッドさん、哀れ)


次章までは少しお時間をいただきたいと思います。

現在、kindle版の閑話集を作成中です。

発行は年末か来年早々を予定しています。

確定次第X(旧twitter)や活動報告にてお知らせいたします。


また2021年の12月にアドベントカレンダー的な企画として短期連載をしましたが、今年はご長寿の方で連載を予定しています。

次章の再開まではこれらを読んでいただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
[一言] リンウッドさんはレシピがあれば調薬の延長で料理できると思うんだよな
[良い点] リンウッドさんがだんだん料理の腕を上げている? お肉も焼けるようになるといいですね。 [気になる点] アマイモ3号に置いていかれたエルフが探しにきちゃうのでは? 杖って転移陣使えるんだ?!…
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