標準語のエルネスティ
パチパチと火が爆ぜ、川魚の尾ひれを焦がした。
気付いたコウメイが慌てて火から魚を遠ざける。皮が少し焦げたが食べられなくはないだろう。だが誰も、シュウすらも焼き魚の存在を忘れているようだ。
「何というか……」
アキラの吐息のような声がきっかけで、依頼主とその仲介者への愚痴が続けざまに吐き出された。
「息子が回収に動いてるならさー、俺らが出張る必要なかったんじゃねーの?」
「全くだな。報告・連絡・相談がなってねぇぜ」
「もしかしてあんたらがその本を盗みに来たのって、お袋が頼んだからか?」
荒れる三人を前に、エルネスティは青ざめ、魔力をまとって身構える。シュウが無意識に毛を逆立てるほど、彼の警戒は攻撃的だった。全身に魔力をまとわせるエルネスティをなだめようと、アキラは落ち着いた声を意識する。
「本人ではありませんが、あなたの叔父にあたるエルフ経由で……依頼を押しつけられまして」
「え、お袋に弟がいたのか?!」
「……いるようですよ」
親族の存在を知らないのかと首を傾げつつ、関係者を相手に取り繕っても仕方がないと開き直ったアキラは、自分たちがどういう説明を受けてここに至ったのかをざっくり話して聞かせた。
「ご親族が家財を処分したらしいと聞いていましたが、それが息子さんだとは聞いていなくて。驚きました」
「そりゃ驚くだろうな……」
話を聞いてエルネスティは頭を抱えている。「お袋、やっぱり俺のこと忘れてやがったのか」というかすれ声の呟きは、耳の良いシュウとアキラ、そして隣に座るコウメイの耳にもしっかりと届いていた。
気まずすぎて声をかけられない三人は、無言で頷き合うと、何も聞かなかったことにした。
「なあ、聞いてくれるか。俺は家族以外の生き物が、魔物か魔獣くらいしかいないような深い森の奥に住んでたんだ。大人になるまでは森を出るのは禁止されてて、定期的に森の外に行く親父を羨ましがる以外は何も不満に思わず暮らしてたんだぜ」
エルネスティは堪えきれなくなったのか、たずねてもいないアレコレを吐き出しはじめた。
「親父の外見が変わるのが早いんだよ、それが不思議でたずねたら、はじめて人族とエルフ族だって教えられて」
「知らなかったのですか?」
「知らなかったんだよ。はじめて種族の違いを教わって、けどその時はあんまり深く考えてなかったな。自分の両親だし、どっちも普通にしてたから気にならなかった。その組み合わせの夫婦が特殊だって、親父が死ぬまで知らなかったんだよ」
人族とエルフ族の命の長さには差がありすぎた。父親が老衰で亡くなったとき、母親は二十代後半から三十代前半の若いままだったのだ。
「親父にさ、葬式のやりかたとか教わってたから、その通りに埋葬して家に戻ってきた翌朝だよ。お袋がどこにもいないんだ」
「葬儀の翌朝?」
「そんなに早くに?」
家財道具も衣服や数少ない宝飾品も、何もかもをそのまま残し、母親だけが忽然と姿を消していた。父親を亡くした悲しみに浸る暇もなく、エルネスティは母親を探して再び墓を訪れ、迷っているのかもと森を探して走った。夜は家の外で火を焚いて帰ってくるのを待ち続けたのだ。
「けどいくら待っても、お袋帰ってこなかったんだよ」
彼によれば、父親が存命のときから、母親は夫が一番だと言葉でも態度でも示していたそうだ。彼は特に父親にかわいがられて育ったが、母親に嫌われていたとは思っていない。父親に向けるほどではないが、それなりに愛情をかけられていた自覚はあったのに、少しだけ傷ついたとエルネスティはうなだれた。
「その状況での失踪は心配でしたね」
「いや、心配だったのはお袋のことじゃなく、俺の生活」
「ご自分の、ですか」
しんみりとする彼に同情していたアキラは、その返事に咎めるように目を細めた。
「だってあのころの俺の外見、十歳にも満たない子供だったんだぞ!」
当時のエルネスティは四十三歳。人族なら立派な中年だが、彼はエルフ、成人にかかる時間は百年だ。
「見た目が五歳くらいの俺が森に一人残されたんだぞ、まともに生活できると思うか!?」
「それは……」
「ねーよ、それはねーって」
「頭脳は大人でも身体は子供じゃなぁ」
アキラは絶句し、シュウは激しく首を振り、コウメイは焼き魚を差し出した。
以前アレックスに、外見だけ成人しているが実態は雛だと指摘されたアキラだ。エルフの成長速度なら今の自分は四、五歳くらいの身体だろうと想像して身震いする。母親の心配をしている場合ではなかったという主張はもっともだ。
「生き延びられる気がしないぞ」
「子供の姿じゃ、生きづらかったろうなぁ」
「そんな生やさしいものじゃなかったな……」
これまで誰にも語れなかった鬱憤を晴らすかのように、彼は饒舌になった。
人目を避けて暮らしていた一家の収入は、夫婦が狩った森の恵み(魔物や魔獣や薬草)によって支えられていた。獲物の取引きは父親が一人で行っており、数日かけて町に出かけ、素材を売却した金で穀物や調味料、衣類や布を購入して帰っていた。ギルドで他の冒険者に誘われても決して誰かと共闘することのなかったクラークは、町の人々から変わり者だと噂されていたらしい。
「一人で放置されても数ヶ月なら生きられたよ。狩りの仕方は教わってたから食いつなぐのは難しくなかったし。けど調味料や穀物は買わなくちゃならないだろ。服だって傷みが激しいから買わなきゃならない。金が必要で、仕方なく町に獲物を売りに行ったんだ。そしたら役人やら兵士らに取り囲まれて、身元を調べられた」
身分証明を持たない幼い子供がやってきたら、門兵が役所に報告するのは当然だ。良くて迷子、もしや捨て子かと保護されかかったと、当時を思い出したエルネスティがうんざりしたように息を吐く。
「しかもギルドは、俺からは素材を買い取ってくれなかったんだぞ。盗品じゃないかって疑って、皮も角も肉も薬草も、全部没収だ」
正しくは盗品でないと判明するまでの一時預かりだったのだが、エルネスティは二度とそのギルドに足を踏み入れなかったのだから、取り上げられたのと同じだ。
「冒険者ギルドはそういうところ、きっちりしてるからなぁ」
「そのとき身分証作ってもらえなかったのかよー?」
「見た目五歳のガキが『成人してる』って自己申告するんだぞ、受け付けてもらえるわけないだろ」
冒険者ギルドでの登録は成人と認められた十二歳からだが、見た目が追い付いていないエルネスティの言葉は当然受け入れられなかった。
父親の予定では、エルネスティがもう少し成長してから、年齢を偽って町で登録するつもりだったらしい。その前に寿命が尽きてしまったのだ。
「この耳を隠すために布かぶってたから余計に怪しまれて、結局その町はそれっきりだ」
森で暮らしていれば食うには困らない。だが生活のために最低限必要な自作できない品は購入しなければならず、現金収入がどうしても必要だった。
「あちこちの村で物々交換を頼んだり、街道を見張ってて、休憩中の商隊に頼み込んで素材を買い取ってもらったりして、調味料や服や武器を手に入れたけど、ずいぶん足元見られたな……」
できるだけ人目を避け、村や町へ行くときも細心の注意を払ったが、わずか数年で、成長しない子供の存在は近隣に知れ渡った。魔物化した人族なのか、それとも魔物が人族の皮をかぶっているのかと騒ぎになり、エルネスティは生まれ育った森の家を離れるしかなくなった。
「金目の物は全部売り払うつもりで荷造りして、夜逃げしたのが五十歳ちょっと前だったかな?」
成長しない子供の噂が届いていない遠くまで徒歩で旅し、やっとたどり着いた魔術都市で家財を売り払ってまとまった現金を手に入れたのだ。
「売却したのはトレ・マテル?」
「いいや、アレ・テタルってとこだ」
予想していなかった地名を聞いて、三人は顔を見合わせた。だからレオナードがミシェルを通じて話を持ち込んだのかと妙に納得だ。
ふと可能性に気付いたコウメイがたずねていた。
「なぁ、もしかしてあんたら一家が隠れ住んでたのって、深魔の森か?」
「そうだ。あの森の西端の山際に近いあたりだ」
「……ああ、やっぱり」
家族三人で森の奥で暮らしていたころを思い出しているのだろうか。エルネスティは遠い目で空の向こうを見つめている。
コウメイは大きなため息をつき、アキラは目を閉じて眉間を揉んだ。シュウは目を丸くしてエルネスティを凝視する。ハーフエルフの意識がこちらに向いていない隙に、三人はこそこそとささやきあった。
「ご近所さんかー。どーする?」
「西端っつったら俺らのとこから十日くらいかかる、近所じゃねぇだろ」
「ご自宅は自然に還ってしまったそうだし、今後の近所づきあいもまずないだろうし、気付かなかったことにしよう」
頷きで合意を確認したあとは、必要な情報の聞き取りだ。人族のコウメイや狼獣人のシュウよりも、ワケありエルフ同士のほうが話は早いだろうとアキラが探りを入れる。
「売却したのは魔道具ですか?」
「そう。お袋が気まぐれにいろいろ作ってたんだ。それとあんたたちが集めてるソレ」
ヘルミーネの魔術書。
「嫌になるほど魔力を垂れ流してるだろ、魔術師に話を持ちかけたら飛びついてきて、けっこういい金で売れた」
「そういえば何故これを取り戻そうとしたのですか?」
「……お袋がこっちの領域に戻ってきた気配がしたんだよ。探ってみたら実家あたりに出没したのがわかって。勝手に売り払ったのがバレたら……」
ガクガクと震えだしたエルネスティは、己を守るように両腕を組んでいる。
「逃げたって地の果てまで追いかけてきて、ぼこぼこに殴り飛ばされるんだ。だったら集めて返したら拳骨ひとつくらいで済むかな……って」
同じことを他人がやれば命はないが、夫だったらかわいらしく頬をつねって終わり、エルネスティなら顔が腫れ上がる程度で許してもらえるらしい。
いったいどんな母親なのだと呆れた。
「……地の果てまで、ですか」
「ぼこぼこ程度……程度か」
「怖い母ーちゃんだなー」
「怖いんだよ、本当に。まさかお袋がこっちに戻ってくるとは思ってなかったからさ」
エルフの領域に帰れば、二度とこちらに足を踏み入れないだろうと思っていた。戻ってくるとわかっていれば売らずに保管しておいたのに、とエルネスティから愚痴がこぼれる。
「そういう理由で回収を急いでたんだよ」
「……ご苦労様です。ところでこの本、全部で七冊で間違いありませんよね?」
全十巻とか、追補が数冊あるとか、そんな恐ろしい話は聞きたくないと、アキラは詰め寄った。
「間違いないって。実家から持ち出したのも七冊、売ったのも七冊だ」
その言葉を聞き胸を撫でおろした三人だ。
「あのさ、それあんたたちからお袋に返してくれるか?」
「私たちは仕事として引き受けているので、譲っていただけるのは助かりますが……よろしいのですか?」
母親の怒りはどうするのかと視線で問うと、彼は拝むように頭を下げた。
「その代わり、俺が売ったってのと、取り戻そうとしてたってことは黙っててくれ」
「叱られるんじゃありませんか?」
「お袋が執着してるのはソレであって、俺じゃないし」
誰の手を経て戻ってきたかなど、母親は重要視しないと息子は断言する。
「確実にお袋のところに届けばいいんだ。俺が持っていったら売り払ったのもバレるし、回収に失敗したのも知られてボコボコにされるけど、叔父さん経由なら俺の被害はゼロだ」
「探し出されて、お叱りを受ける心配は?」
「お袋は親父にしか興味ないんだ、わざわざ俺を探したりしない」
母子関係としてそれはあまりにも切な過ぎはしないかとしんみりする三人だが、エルネスティはこの八十年ですっぱり思い切っているようだ。
「そういうことでしたら、遠慮なくお預かりします」
「お袋にも叔父さんにも、絶対に俺のことは黙っててくれよ!」
「わかりました。ヘルミーネさんに直接会うことはないと思いますが、あなたの名前も、ここで聞いた話も、忘れると約束します」
振り返って同意を求めるアキラに、コウメイとシュウも笑顔で大きく頷く。それを見て安心したのだろう、エルネスティは少々焦げの目立つ焼き魚に幸せそうにかぶりついた。
+
その後も四人は、川辺にじっくり腰を据えて苦労話を語り合った。エルネスティの精神のありようは、アレックスらではなく自分たちに近い。ましてやエルフ族であることを隠しての生活は互いに共感する部分が多く、話は自然と弾んだ。
「魔力があるのに魔術が使えないのでは、身体が辛くありませんか?」
「そうでもないよ。表皮を硬くしたり、筋肉を強化したりするので魔力を消費してるから」
「肉体強化魔術ってヤツか」
「その見た目で俺と同じくらい力つえーんだもんなー。詐欺だろ」
「見た目で侮る馬鹿には効果があるよ」
ニヤリと笑う表情にこなれ感があった。エルネスティもなかなか良い性格をしているようだ。
「え、ハギモリって四十二歳? なんで成人の身体してるの?!」
「いろいろと事情がありまして……」
「血が混じると変異種も生まれるらしいって聞くけど、そういう変異は生きやすくていいよな」
言葉を濁したアキラを、自分と同じような生まれだと勘違いしたらしい。エルネスティは羨ましげだ。肯定も否定もせず、アキラは少しだけ話題を逸らした。
「姿形はエルフですからね、この耳飾りが手に入るまでは、ウサギ獣人と偽っていましたが、それでも人目を集めてしまって。幻影の魔武具のおかげでとても生きやすくなりました」
「わかる、俺もこれが手に入るまでは本当に苦労したからな。孫と意気投合するまでは人里で落ち着いて生活できなかったもんな」
聞き間違いか? と三人は瞬いた。
「孫……?」
「え、お前、結婚してんの?」
「どーいうことだよっ?」
「ああ、正しくは従甥孫っていうんだっけ」
聞き慣れない親族の関係名称にシュウが大きく首を捻った。
「ジュ、ジュウ、セッソン……?」
「従兄弟の孫、だな」
「親戚いねーんじゃなかったっけ?」
「人族のほうの親戚のことは親父から聞いてたんだ。お袋に知られたら泣かれるから、内緒だぞって……」
しんみりとしたエルネスティだ。結婚相手がエルフ族の女性だったため、クラークは故郷を捨てざるを得なかった。親族に転居先も配偶者の存在も隠して音信不通になるしかなかった父親は、ときおり空を見あげて懐かしそうに親兄弟のことを語っていた。
「独占欲強いかーちゃんだな」
「エルフの執着を受け止められるなんて、親父さんは凄い人だな」
「本当にそう思うぜ。俺の感覚は人族のほうが近いからさ、エルフの女とか恐ろしくて近寄れないよ」
万が一にも惚れられてしまったら、と想像するだけで寒気を感じると、エルネスティは身体を温めるようにさすっている。
「親父が死んだこと知らせてやりたかったけど、俺の外見が大人に見えるくらいに成長するまで待ってたら、親父の兄弟もその子供たちも死んじまっててさ。やっと訪ねていったのに、従甥の孫の代しかいなくて、三代もさかのぼった見知らぬ親戚のことをどう説明していいかわからないだろ……もたもたしていたら、そいつに俺がエルフだってバレた」
幸いなことに、冒険者をしていた従甥孫は、エルフ族や獣人族についての正しい知識を持っていた。彼はエルフに対する偏見もなかったことから、エルネスティのことを上手く隠して親族に説明してくれた。また彼に手伝ってもらい冒険者の身分証を作り、二人でパーティーを組んで大陸中を放浪するようになったのだという。
「けどあいつももう歳だし、いつまでも俺が引っ張り回すのは悪いだろ。可愛い嫁さんもらうならギリギリだと思ったし。俺はこの耳飾りがあれば人族に紛れて生きるのは困らないから、ちょっと前にパーティーは解散したんだ」
「いいよなー、可愛い嫁さん。俺も嫁が欲しー」
「あんた獣人なんだから、群れに戻らなきゃ無理だろ」
「あー、俺もワケありなんだ。群れがねーからこいつらと一緒にいる」
「そうか、なら嫁は諦めるしかないな。異なる種族同士の結婚は、あまり幸せじゃない」
実感がこもりすぎているエルネスティの忠告に、シュウは絶望を感じて倒れ込むのだった。
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オルステイン王家からはすでに手配が回っているだろう。街道で国境を越えるのを諦めたコウメイたちは、南の山脈を超えてサンステンに逃げるつもりでいた。もともと荷物は少ないのだ、戦利品をしっかりと荷造りするだけで旅立ちの準備は終わる。
「あなたはこれからどうするのですか?」
故郷に帰るのか、それとも大陸を放浪するのか、とアキラに問われたエルネスティは、少し考えてにっこりと笑った。
「元相棒がちゃんと嫁さんもらったかどうか、こっそり見に行ってみるかな」
『へー、気になるなー』
五十代で初婚の元冒険者がどんな嫁をもらったのか本気で気になっているシュウは、港町を目指してまっすぐ東に向かうという彼について行きたそうだ。
「新婚家庭を冷やかしたあとは、また放浪するつもりだ」
「あなたソロ冒険者なのでしょう? 大陸をうろうろするのなら、せめて錬金薬くらいは作れるようになったほうが良いですよ?」
「今さら魔術師の弟子なんて無理だよ。まあ油断しなければ大丈夫だと思うから」
油断したからオルステイン国王に奴隷の腕輪をはめられたのではないのか、と突っ込みたいのを堪えた三人だ。
「それよりも、お袋には絶対に秘密にしてくれよな、な!」
頼むぞ、信じているからな、とエルネスティはアキラの手を強く強く握る。それ以上力を入れられると骨が砕けるという寸前で軽い雷を落とし、アキラは獣化したシュウの背中に逃げた。
「もう二度と会うことはねぇと思うが、元気でな」
「どこかの町の冒険者ギルドで偶然会うかもよ?」
「大陸は広いし、それはねぇだろ」
身体強化はほどほどにしろ、と威圧を込めて握手したコウメイもシュウの背に乗った。
「いい毛並みじゃないか」
『だろ? じゃあなー。頑張ってかーちゃんから逃げろよー』
「狼も頑張れよ。可愛い嫁さんが見つかるように俺も祈っておくから」
『祈るんじゃなくて可愛いケモ耳っ娘を紹介してくれー』
「無理。俺、知り合いは人族しかいないから」
『くそーっ』
まったく配慮のない返事をもらったシュウは、悔しさをぶつけるように吠えた。
+++
笑顔で手を振り南に遠ざかる三人を見送るエルネスティは、獣化したシュウと愛馬を比べ、やはりアマイモ三号のほうが凜々しく立派だと満足げに頷いた。
「それじゃ、俺も行くか」
愛馬アマイモ三号もずいぶんとくたびれていた。拾った時点ですでに表皮が焼け落ちていたし、腹の一部は敵の攻撃を受けてへこんでもいた。元相棒は魔法使いギルドにも伝手があったはずだ、修理をしてもらえるよう頼むとしよう。
いつものようにその背に乗り、愛馬の首を撫でて出発だと合図する。
「あ、おい、アマイモ三号。方向が違う。こっちだ、目的地は東だ、おい?」
何度合図しても、言葉で言い聞かせても、駿馬人形は東を向かない。
それどころか。
ヒヒーン、と、発するはずのない嘶きが聞こえるかのように大きく首を振った。
前足を高らかにあげて跳ね、後ろ足が川石を蹴り飛ばす。
「うわ――っ」
突然暴れはじめた駿馬人形は、容赦なくエルネスティを振り落とした。
パカラ、パカラと弾む蹄の音を遠くに聞きながら、落馬の衝撃を堪えた彼がやっと顔を上げたとき、そこにあるのは川のせせらぎと夜の香りだけだった。
「アマイモ三号――!!」
星の瞬く夜空に、エルフの絶叫が響いた。




