大騒乱
シュウのターン
合図を見たら行動しろ。
たったそれだけの指示を与えられたシュウは、勤務を終えると寄り道せずに宿舎に戻って荷造りを済ませた。もともと長居する予定ではなかったため、ギナエルマに来たときに持っていた荷袋に、モルダ薬店で調達した薬と保存食を詰めるだけですぐに終る。
「今夜か、明日か、明後日かー、待機しっぱなしはキツいし、今日やっちまってくれねーかなー」
夜着ではなく黒ずくめの狩猟服を身につけたシュウは、窓の側に置いた椅子に腰をおろして夜の街を眺め時間を潰す。
ところで合図とは、いったい何なのだろうか。
「魔道具預かってるわけじゃねーし、魔紙も使えねーし」
王城とシュウの住む街兵宿舎は、区画が三つも離れている。音や光の合図はよほど大きなものでなければ届かないだろう。
「まさか花火打ち上げるとかじゃねーよな」
そんな派手な合図では人目を忍べない。かといってこの距離でもわかる合図となると他に思いつかなかった。じっと待つのは苦手だとぼやいたシュウは、なんとなく取り出した銀板を眺めた。
「動かねーなー」
コウメイを示す赤い印は魔術師団の宿舎から動いていない。動かない画面を眺めるのにもすぐに飽きてしまい、シュウはベッドに寝転がった。夜は長いのだ、緊張しっぱなしでは疲れるだけだ。行動を開始すればその後は休息する暇もないだろう、今のうちに身体を休めておこう。
そんな言い訳をして目を閉じたシュウは、直後に眠りに落ちていた。
寝入りの早いシュウだが、寝起きはそれほどよくはない。だがその轟音、いや爆音にはさすがにすぐに目が覚めた。
地面が揺れるような轟音に続いて、空気が乱れる。
「マジで花火でも上げてんのかよっ!」
慌てて窓から身を乗り出して見れば、夜の街の風景にも、星空にも、見てわかる異変はない。だがシュウは、不穏な気配がさざ波のように、王城のあたりから街全体へと広がっているように感じた。
「いくかー」
荷袋を背負い、剣を担いだ彼は、窓から夜の街へと飛び出した。
屋根伝いに走るシュウと目的地は同じなのだろう、飛び越えた路地や通りを夜勤の街兵らが駆けている。
石壁と鉄の飾り柵で守られた王城の敷地は、先日の公爵邸のような騒ぎを見せていた。夜当番だけでは足りないのか、宿舎から武器を持った騎士らが飛び出して、そこら中を走り回っている。その様子を高みから眺めるシュウは、銀板でコウメイの位置を確認した。
「騒ぎの元から離れてってるな。こっちの騒ぎを大きくして邪魔する連中を引きつけとけってことかなー」
そういうことならと、シュウは騎士らが集まったそこに飛び込もうとして、我が目を疑った。
門や建物の壁が壊されているのは想定していた。あの派手な爆音からすれば被害は小さいほうだろう。それよりもシュウの目を引いたのは、数十人の騎士らが取り囲む相手だ。
「フル甲冑装備の騎士と、鉄の馬?」
金属の身体を持つ軍馬が騎士団員らを蹴り散らし、一人の甲冑騎士が一度に数人の剣を折り払っていた。その騎士は、王宮騎士や王国騎士の寄ってたかっての攻撃にも、まったく痛みや衝撃を感じていないように見える。そればかりではない、まるで塵を払うかのように打ち倒していた。
「攻撃魔術、撃て!」
乱戦を囲むようにして立つ魔術師団の団員が、アフロ頭の号令でそれぞれの攻撃魔術を撃った。
「うわーっ」
「屈め!」
「避けろー」
ほとばしる攻撃魔術を目にしたシュウは、あまりの酷さに開いた口が塞がらなかった。
「ひでーな、これはねーよ」
号令は立派だったが、それだけだ。魔術師らの魔術は威力も属性もバラバラなだけでなく、狙いも下手すぎた。鉄の軍馬に命中したのはアフロが撃った火の玉だけで、他の魔術らは手前で失速し、騎士の頭部や背中に軽くはない損害をもたらしている。甲冑の騎士に至っては、向かってきた風刃を打ち返していた。
「俺はお呼びじゃねー感じ? あっち担当するかなー」
謎の騎士と軍馬の暴れっぷりは派手だ。囮や陽動はあちらに押しつけて、シュウは壁に空いた穴へ移動した。二人はここから城の中に入ったのだろう。ここで壁役をつとめるのが自分の仕事だ。
「城内へ突入せよ!」
騎士団長が侵入者を追えと声を張り上げる。
甲冑騎士と鉄の軍馬を魔術師と腕輪付きの奴隷に押しつけ、標的を変えた王宮騎士らがシュウが立つ穴に向かってきた。
「お馬さんには負けねーぞっと」
軽装の一人なら簡単だと侮っていた騎士らは、シュウの大剣にことごとく蹴散らされた。複数で同時に斬りかかっても、盾を並べて突進しても、大剣の守りは突破できない。
そうこうしているうちに背後の城内から、太笛のような警鐘が鳴り響いた。
「なんだ?」
まさかコウメイとアキラが罠にでも引っかかったのだろうかと背後をチラリと伺う。
顔色を変えた騎士団長が、正規の出入り口から現場に向かえと指示を出す。目の前の騎士の数が大幅に減った。
薄くなった攻撃をいなしながら、シュウは自分も城内に突入するべきかと迷った。コウメイの腕ならこの程度の兵士は敵ではないし、遠慮を捨てたアキラの魔法なら、たとえ百人に囲まれようとも切り抜けるだろう。
「うん、すれ違いたくねーし、ここで待ってるほうが確実だな」
迷子のときに移動するのは最悪の選択だ。シュウは突破しようとする者を阻み、城内から出てこようとする者も外に引きずり出しながら、二人が出てくるのを待っていた。
あちこちで鳴る警鐘は一向に止まない。甲高い音に耳がおかしくなりそうだと思いはじめたころだ。
首の後ろにチリチリとした痛みを感じると同時に、身体が無意識に動いていた。
振り返って大剣を盾のように突き出したシュウを赤錆色の影が襲う。
「お前、一昨日の!」
受け止めた一撃の早さは一昨日とかわらないが、重みと力強さはなかった。
腰を落とし踏ん張って受け止めた赤錆を、背を狙う騎士らに投げつける。
ぶつかる直前にくるりと身をひねった赤錆は、騎士を踏み台にして跳んだ。そして素早く状況を把握し、逃げるかと思われたのだが。
「アマイモ三号!?」
腕輪付きらに囲まれている甲冑騎士と鉄の軍馬を見た彼は、奇妙な歓喜の叫び声を上げた。
「動けるようになったのか!?」
シュウも騎士も奴隷らも無視して、赤錆が鉄の軍馬に駆け寄る。
感動の再会かと思いきや、軍馬は他の奴隷らと同じように赤錆を蹴り飛ばそうとした。
「俺だよ、俺だ、エルネスティだ!」
赤錆は大声で呼びかけ、軍馬に己の存在を認知させようとしたが、正面から近づけば蹄に頭を割られかけ、背後に回れば後ろ足で威嚇される。強引に背に乗ろうとすれば、首を振って払われた。
「どうしてなんだよ、アマイモ三号ーっ」
半泣きで軍馬に訴えかけながら、襲ってくる騎士や奴隷らを返り討ちにする姿は滑稽だ。
「あ、あま? 三号? 何なんだアイツ?」
甲冑騎士も鉄の軍馬もアキラの仕込みだと思っていたシュウは首を捻った。赤錆がしきりに所有権を主張しているが、軍馬のエルなんとやらへの態度は敵対そのものだ。
「なんでだよ、俺を忘れたのか? 魔力切れになる寸前のお前を国境で拾ってからずっと、一緒に旅した仲じゃないか!!」
必死の訴えなど知らぬとばかりに、鉄の軍馬は仰け反るように後ろ足で立った。そのまま赤錆頭に向け前足を踏み下ろす。
「アマイモ三号っ!!」
「逃げろよ、バカヤロー」
味方ではないし、敵である可能性が高い存在だとわかっていても、シュウは愛馬に見捨てられた哀れな男を見殺しにできなかった。
寸前で鉄の軍馬を蹴って狙いを外させ、赤錆髪の首根っこを引っ張って待避する。
「アマイモ三号に何をする!?」
「何するじゃねーよ、あんたそいつに頭割られかけたんだぞ」
「アマイモ三号がそんなことするはずがない」
「……現実見ろって」
シュウが首の後ろを掴んだままの赤錆髪を突き出すと、軍馬は容赦なく赤錆髪を打ち嬲ろうと頭を振る。
「そんな……どうしてだ、どうして!」
「冷静に観察すりゃわかるだろー、アンタの腕輪が原因だと思うぜー」
甲冑騎士や軍馬は、騎士や魔術師、そして犯罪奴隷らを容赦なく反撃しているが、シュウが近づいても攻撃はされない。シュウと赤錆髪の違いは腕輪の有無だけだ。
「あの馬、魔武具だろ? どーやってんのか知らねーけど、騎士とか魔術師とか、あと腕輪付きの逆らえねー奴らを攻撃しろって命令されてるんじゃねーの?」
「そ……そんなことが出来るのか?」
半信半疑の返事を聞き、両腕に残ったままの腕輪を見て、シュウはこの男が魔道具師や錬金魔術師でないと確信した。数日前に折ったはずの手指の痛みを感じていない様子に、治療魔術専門の魔術師だろうかと想像する。
「その腕輪外せばわかるんじゃねーの?」
「外してくれ」
「あんた、この前の馬鹿力はどーしたんだよ」
「今は骨折部分の強化に集中してるから、余力がない」
よくわからないが骨折は治ったわけではないらしい。あの指では確かに引きちぎるのは無理だろう。シュウは差し出された両手の鉄の輪を掴み、人体を傷つけないように力を込めて腕輪を壊した。
「アマイモサンゴォォォォーっ」
一途なのか単純なのか、果たしてどちらだろうか。
腕輪から解放された途端に、彼は軍馬に向け両手を広げた。シュウの推測は正しかったようだ。軍馬は抱きつこうとする赤錆髪をうっとうしそうに避けたが、攻撃はしなかった。
「おい、腕輪外してやったんだから手伝えよなー」
「何をすればいい?」
「とりあえず派手に騒いで、兵士を引きつけるんだよ」
かなりの数の騎士が城内に突入している。その連中をここに戻ってこさせないと、泥棒をやっているコウメイとアキラの脱出が遅くなるのだ。
「ぱーっとさ、火の柱を立てるとか」
「俺は攻撃魔術は苦手だ」
「あんたエルフなんだろー。有り余ってる魔力を魔術に使わねーでどーするんだよ」
「俺の魔力は肉体を強化するためにある」
アキラと似たような体格でシュウに匹敵する腕力と素早さを持っていたのは、魔力で肉体を頑強にし、筋力と腕力を極限まで高めた結果だったらしい。乱戦やスタンピードでは頼りになるが、できるだけ戦いを長引かせ、音や光で注意を引きつける陽動には向かない魔力の使い方だ。
「役に立たねー赤錆だなー」
「何だと? もういっぺん言ってみろよ、雑種犬め」
「俺は狼だ、狼! 雑種じゃねー」
二人にできる陽動は大立ち回りと大声しかなかった。
腕輪付きや騎士らの攻撃をいなし、怪我をさせない程度に払い飛ばした。ひょろひょろと飛んでくる攻撃魔術をできるだけ目立つように打ち返す。手加減を知らない甲冑騎士と軍馬をさりげなく邪魔しつつ、二人は騒ぎ続けた。
「群れはどうした? 追い出されたのか?」
「てめーこそ、エルフ族を追い出されたんだろ?」
「捨てられたんじゃない、こっちから捨ててやったんだ!」
エルネスティが叫んだ瞬間、王城中腹が爆音を立てて崩れ、巨大な炎の玉が打ち上がった。
振り返ったシュウは、待ち望んだ合図に歓声をあげた。
「たーまやー」




