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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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襲撃、開始


 人々が寝静まる深夜も、王城の警備兵は眠らない。


「想定以上に探知警鐘の生きている魔道ランプが多いな……」


 アキラが修理した物には細工を施しておいたが、城内に使用されている魔道ランプの総数からすればほんのわずかである。灯りの届かない闇に潜んでいた二人は、黒い衣服に身を包み、顔や髪も頭巾で隠すという徹底した隠密姿で王城を目指している。

 夜の見回りは騎士一人と腕輪付きの奴隷が二人だ。彼らは魔道ランプに照らされた門や、建物をつなぐ外廊下の扉といった、決まった場所を点検して回っている。警戒し探るべきは光の届かない夜闇であるはずなのに、彼らは夜に潜む侵入者の気配を探ろうとすらしていない。


「やる気のねぇ見張りだぜ」

「王城は広いからな、そのための魔道具ではあるが、魔道具師なら過信しすぎるなと指導するんだが」


 魔道具の探知範囲は灯りが照らす範囲と同じだ、その外からランプを攻撃し扉を破る賊はいくらでも存在する。たとえば今まさに扉を破ろうとしている二人のように、だ。


「ここを突破してまっすぐに城の中心部へ向かう」

「遠慮なしにぶっ放せよ」

「もちろんだ」


 ここまでの鬱憤を全て発散させるつもりのアキラは、当然手加減など考えていない。

 見張りらが通用門を離れ、松明の明かりが遠ざかって建物の角に消える。


「アキ、やっちまえ」

「……風弾!」


 巨大な風の礫は、石壁と鉄の扉をまるで焼き菓子(クッキー)か何かのように打ち破る。

 魔道ランプの警鐘は鳴る時間をもらえなかった。

 その代わりに、石壁が崩れ落ち、鉄扉が歪むほどの衝撃音が夜の王城に響いた。

 二人は警備兵が駆けつけるよりも先に、土埃に煙る中へと飛び込んでいる。

 アキラの風弾は、通用門だけでなく、その奥にある壁にも大穴を開けていた。

 壁を何枚か挟んだ向こう側から悲鳴が聞こえる。巻き込まれないように逃げてくれと祈りながら、大きな音が先に届くようにと細工を加えて攻撃を繰り返した。


「公爵んとこ襲った犯人のフリか」

「罪を被せるなら、侵入の手順は似せておかないとな」


 悪辣な台詞をさらりと吐いて次々と風弾を撃つ。短期決戦を決めたときから、素直に迷路のような廊下を進むつもりはなかった。人の気配にだけは気をつけながら、ひたすら城の中心に向け道を拓いてゆく。

 壁の穴をくぐるたびに、二人の影を見た侍従や女官らは、這いずったり半狂乱に泣き叫んで逃げて行く。そうして何枚目かの壁を突破し、中庭を突き抜けてひときわ豪華な細長い広間に踏み込んだときだった。怒号と悲鳴が交錯する中に、力強い足音集団が駆けつけた。


「トレ・マテルの魔術師め、もう逃れられんぞ!!」


 広間の両端から二人を挟み打ちにしようと、騎士らが待ち構えていた。盾と槍を構えて並び、じりじりと迫ってくる。彼らはこの襲撃をトレ・マテルの残党、あるいは間者によるものだと勘違いしているようだ。


「ドミニクさんに悪いことしたかな?」

「連中、完全に地下に潜ってるし、問題ねぇだろ」


 トレ・マテルの老人らは徹底抗戦を決めていた、この程度の濡れ衣なら喜んで着てくれるだろう。


「コウメイ、魔術玉を」

「ついでに忌避剤もあるぜ」

「大蛇用のは効かないぞ」

「じゃあもったいねぇけど赤唐粉末にしとく」


 コウメイは腰鞄から取り出した小さな木筒を、騎士らの頭上へ投げた。

 弧を描く木筒を狙って魔術玉がぶつけられ、強烈な刺激物とともに風圧が騎士を襲う。

 押し倒されただけでなく、目や鼻にもたらされた激痛に転げ回る騎士らの前で、アキラは堂々と風弾魔術を壁に撃ちつける。長広間の壁はこれまでに壊してきた物よりも厚くて頑強だった。三発目でようやく壁に穴を開け、そこから中へ入る。


「ま、待てっ」

「卑怯者め」

「追え、捕らえろ!」


 赤唐による被害の少ない指揮官が後方から声を張り上げるが、痛みにのたうち回っている騎士らに命令通りに動ける者はいない。

 壁の向こう側は小さな部屋だった。

 崩れ落ちた石を積み重ねて穴を塞ぎつつ、室内を吟味する。何かの支度部屋か予備のようだ。


「扉が二つあるが、鉄と木と、どちらにする?」

「両方開けてみりゃいいだろ」


 コウメイは左手の鉄扉に手を掛けた。重いそれに体重を掛けて押すと、キシキシと金具が鳴って隙間が開いた。


「灯りが見える。絨毯もある。こっちは廊下だぜ」

「こちらはガラクタ置き場のようだ。壊れた魔道具が詰め込まれているようだが……」


 右手の木扉を開いたアキラは、そこに見覚えのある魔武具を見つけて目を細めた。駿馬人形に甲冑騎士。それ以外にも戦場から強奪してきたと思われる魔武具がいくつも陳列されていた。


「控えの宝物庫か。ちょうどいい、陽動に使おう」


 二人が右の部屋の扉を閉める直前に、涙で刺激物を流した騎士らが穴から入ってきた。

 コウメイはドンドンと打たれる扉を押さえつつ、早くしろとアキラを急かす。


「意外に脆いぞ、この鉄扉」

「準備は出来た、合図と同時に離れろよ」


 手早く魔術陣を修正し、途中で停止しないようにたっぷりと魔力を注ぎ、起動させた。

 ガツ、ガツ、と踏み鳴らされた蹄は、石床を割るほどに力強い。


「敵を思う存分に蹴散らし、全力で駆けろ……行け!」


 アキラの号令と同時にコウメイが扉から離れる。

 なだれ込む盾騎士を正面から迎えたのは、ヘル・ヘルタントの戦馬だ。

 屈強な盾騎士を一蹴りで踏み越えると、鉄扉とその周辺の壁を体当たりで破壊し飛び出した。


「ぐ、軍馬が動いた!?」

「捕まえろ、あれは陛下の、騎士団の宝だぞっ」

「ぎゃあぁー、おまえ騎士だろ、なんで味方を攻撃する?!」

「ちがう、賊が中に入っているんだ」

「逃すな、追えー!!」


 駿馬人形に続いて起動させた甲冑騎士は、襲いかかる騎士らを容赦なく切り捨てる。その動きはなめらかで容赦がない。魔術で動く人形を知らない騎士らには、これが無人で動いていると思えないようだ。

 ガラクタの陰に身を隠していた二人は、暴れる二体が騎士らを引き連れて遠ざかるのを待ってから、再び行動を開始する。


「宝物庫にしてはずいぶんとしみったれてるな」


 転がる魔道具や魔武具をひっくり返すコウメイは、積もりに積もった埃に顔をしかめている。


「ジャンクパーツばかりじゃねぇか」

「壊れていなければお宝になっただろう品ばかりだ。だからといって放出できない物がここに集められているのだと思う。魔術師にとって宝の山なのは間違いないが」


 苦笑いのアキラは壁に立てかけられた板を手に取った。表面がひび割れたそれは連絡板だ。おそらくはトレ・マテルの残骸から回収した品だろう。修理すれば間違いなく使えるし、細工次第で諜報に最適な道具になる。もしオルステイン王家が凄腕の、それこそミシェルクラスの魔術師を抱えていれば、これひとつで他国の魔法使いギルドの情報が盗み見し放題だ。持ち帰るか捨て置くか悩んで、アキラは連絡板を鞄に入れた。ほかにも拾い物があれば頂いていこうと手早くガラクタを検めてゆく。だが連絡板の他にめぼしい品はなかった。


「毒瓶もねぇな」

「さすがにガラクタと一緒に保管はしないだろう」


 指輪に魔力を注ぐと、光は四方八方を指し示す。


「位置的に、ここが城の中心近くなのは間違いなさそうだぞ」

「てことは本当のお宝部屋は、下か上だな。どっちにする?」

「上だな」


 床近くで光の方向を確かめたアキラは、頭上を破ると決める。

 風弾二発でそれほど高くもない石組みの天井が崩れ落ちた。

 土埃の舞う中から、上階の慌てふためく気配が聞こえる。


「へ……陛下、こちらへ!」

「陛下……をお守りせよ!!」


 悲鳴と、鉄靴の硬い足音が通り過ぎる。

 天井穴から送り込んだ光の玉の後を、コウメイがガラクタを足場に追いかけた。

 扉を閉める音がしてすぐに、コウメイの声が「上がってこい」とアキラを呼ぶ。

 目の前に垂れ下げられた絨毯にしがみつくと、すぐに引き上げられた。


「ずいぶん豪華な部屋だな」

「国王の私室みてぇだぜ。この扉の向こうは寝室だ」


 汚れ裂けた絨毯は高級品、長椅子も応接テーブルも豪華で気品のあるしつらえだ。執務用なのか、それともプライベート用かはわからないが、立派な書机と本棚が窓のない壁の一面を占めている。


「魔術書の魔力で守りたかったのは、宝ではなく己自身か」


 指輪の光はアキラの立つ位置を中心に六方向へと伸びている。

 現オルステイン国王は、国内外に敵がいると認識しているのだろう。城内の騒ぎで起こされたはずの王は、護衛騎士や従者に守られて早々に避難していた。

 散らかった室内を眺めたアキラは、机を調べ、書棚を探す。


「魔術書の回収に行かねぇのか?」

「そのまえにもう一つ回収すべき物がある。大切な物、あるいは危険な物こそ、近くで保管したくなると思わないか?」


 鍵のかかった引き出しを壊して探り、本棚の仕掛けを見逃すまいと目を凝らす。

 書棚の厚みのある台座を不審に思い探っていたコウメイが、底板が外れることに気付いた。


「……あったぜ、アキ」


 パカリと外れた棚底の下から、厳重に封された握りこぶしほどの瓶があらわれた。


「ドミニクさんの説明と同じ容器、間違いなさそうだ」

「残量は半分ってとこかな」


 コウメイは振って液体の跳ねる音を確かめると、自分の腰鞄に収める。アキラが差し出したよく似た別の瓶を隠し戸に収め、元あったように底板を戻して収納されていた本やインクの瓶を並べる。


「そういや偽瓶の中身、水か?」

「錬金薬だ。瓶の内側には長期保存の魔術陣が刻まれているから、十数年は効力を失わない」

「そりゃいい。暗殺しようとしたら治療になるのか。傑作だな」


 目的の半分はこれで達成した。のこるは魔術書だ。もう一度指輪に魔力を注ぎ、光の方向を確かめる。


「なあ、これ一冊、誰かが持って動いてねぇか?」

「シュウではないな。城内……まさか想定エルフ?」

「急ごうぜ、シュウと互角に戦える馬鹿力が相手だ、引き締めねぇと」


 二人は遠くに聞こえる甲冑騎士の剣戟と、戦馬が蹴り砕くさまざまな音を聞きながら廊下に出た。

 王族の護衛が最優先なのだろう、廊下に兵の姿はない。

 陽動の騒ぎとは反対方向へと駆ける二人は、曲がり角に作られた飾り棚で足を止めた。魔道ランプに照らされたそこには、壁を掘って作られた小さな空間があり、赤錆色の魔術書が飾られていたのだ。


「四か」


 手に取ると、警鐘が鳴った。

 他の魔道具も連動しているのか、あちこちから耳障りな高い音が鳴り響いている。


「急ぐぞ」


 兵士がやってくる前にと二人は別の魔術書のもとへ向かう。

 王の居住を囲むように配置されたそれを回収するのは難しくはなかった。追っ手は扉や壁を崩して阻み、待ち構えていた騎士らは風圧で吹き飛ばして転がす。全部を回収し終われば、合図の火の玉を空に打ち上げるのだが、そうは簡単には終わらなかった。

 残る一冊まであと少しというところで、足を止めたコウメイがアキラを抱えて跳び退がった。


「水壁?!」

「いや、水の刃だ」


 二人の進路を閉ざすように、足下から天井へと水の刃が絶え間なく噴き出しているのだ。

 水のベールの向こうに、盾と杖を構えた影があらわれた。


「色持ちの魔術師がいたようだ」

「なるほど、魔術師団はカモフラか」


 この規模の水刃を維持できるのは、本当の魔術師だ。オルステイン王家、いや国王は、元色級を子飼いの魔術師として隠していたらしい。

 一人、二人と、杖を持った影が増えた。


「挟まれたぜ」


 水刃越しに三人、背後に四人。どちらも魔力を帯びた盾を構えている。

 向けられた杖を睨みつつ、アキラは彼らの力を読み取ろうと感覚を研ぎ澄ませた。


「トレ・マテルの残党に告ぐ」


 最初にあらわれた杖の男が、声を張り上げる。


「これだけの才能を失うのは実に惜しい。どうだ、我らとともに陛下のもとで、真の「魔術師」ギルドの一員として名を上げたくはないか?」


 攻撃魔術を跳ね返す盾が、じりじりと二人との距離を詰める。


「理念とやらに囚われて実力を活かしきれない魔術師は不幸だと思わんか? 我々となら存分に力を高められるぞ」

「勧誘みてぇだぜ、どうする?」

「組織に縛られるのはこりごりだな」


 ヒッター率いる魔術師団も、水刃の男の魔術師ギルドも、トップはオルステイン国王だ。上が同じなら組織の体質は大差ないに違いない。それにこの程度の魔術師が何人集結したところで、魔法使いギルドに取って代わるのは不可能だ。


「後ろは風と火だ」

「了解、引き受けた。そっちはいけるか?」

「誰に言っているんだ?」


 敵は元色級魔術師だが、見たところせいぜい黄色だ。青級攻撃魔術師の、ましてや魔力量だけは濃紫級を余裕で越えたアキラの敵ではない。


「突破する」

「おうっ!」


 剣を抜いたコウメイが跳んだ。

 阻もうと放たれた火の壁を、水をまとった剣が切り裂いた。

 打ち返した風刃が盾を持つ魔術師を斬り、剣からほとばしった滴が呪文を唱えようとした火魔術師の気管を塞ぐ。

 盾使いを踏み越えたコウメイは、風魔術師の杖をその腕ごと砕き、残った魔術師の背を蹴り跳ばした。


「終わったぜ」


 コウメイが振り返ると、アキラも制圧し終えたところだった。

 天井の細工や壁紙、カーテンに床の絨毯が、無残な焼け焦げとなって壁に染みを作っている。

 アキラの放った炎弾の熱量は、魔盾だけでなく、水の盾や土の壁といった防御魔術も一瞬で焼き払ったようだ。魔術師の姿はどこにも見えない。


「殺したのか?」

「いや、階下に落として封じた」


 さすがに目の前で人が焼け死ぬのを見たくはない。炎が達する寸前に床を崩し、三人の魔術師らを落として避難させた。それでも頭上に感じた熱量は、力の差を知らしめるには十分だ。

 最後の一冊を回収した後、誰かに奪われた空の飾り棚を確認する。


「やっぱりねぇな」

「先に持ち去られたか」


 指輪の光は南の壁を差している。どうやら公爵邸を襲撃した人物は、アキラたちが全冊を集めるとわかっていたようだ。一冊だけを先に盗み、それを囮に自分たちが追いつくのを待ち構えているのかもしれない。


「エルフが相手か……キツいな」

「話が通じる相手だといいんだが」

「問答無用でシュウに襲いかかったくらいだ、無理だろ?」


 自分たちの集めた六冊を渡してそれで依頼達成となるならそうしたいが、相手がレオナードに友好的なエルフとは限らない。


「三対一なら勝機はあると思うか?」

「どうだろ。けど俺は死ぬ気はねぇぜ」

「俺もだ」


 コツンと拳をあわせた二人は、それぞれ錬金薬を飲んで魔力と体力を回復させる。

 再び兵士の足音が集まってきていた。


「気付けよ、シュウ!」

「火弾!!」


 両手を広げるほどに大きな炎の玉は、石壁を一瞬で溶かし夜空へ打ち上がる。

 太陽のごとく王城を照らした後、王宮騎士団の敷地を直撃した。



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