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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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燃える王城



 翌日、出勤したアキラはまっすぐにヒッターの執務室に向かい、魔道具を片づけてくれと頼んだ。


「団長が持ち込んだ魔道具が溢れて、修理をする場所がなくなっています」

「あれ、そうだっけ?」

「見てください、足の踏み場もないんですよ」


 アキラのために用意された隣室に引っ張って行き、のんきなアフロに現状を突きつける。修理が終わった魔道具、直らなかった魔道具、直せと集められた魔道具、それらの山に占拠された室内は足の踏み場も危うい状態だった。


「修理が終わったものを元の場所に戻してもらわないと困ります」

「どこにあったのかなんて知らないよ、ハギモリが戻してよ」

「私だってわかりません。運んできた方々を呼んでください」


 ヒッターの命令で集められた使用人らは、アキラの指示を受けて魔道具の運び出しに取りかかった。


「こちらにより分けた物は、魔道具室でも修理が出来ると思いますのでそちらに運んでください。その角に集めてあるのは修理できなかった魔道具です、元あった場所にお願いします。机の側にある物は修理が済んでいます。相応しい場所にお願いしますね」


 修理できなかった魔道具は高価な物が多いのか、修理済みの品よりも扱いが丁寧に見える。駿馬人形は王宮騎士数人が回収にやってきた。動くようになれば軍馬として騎士団に与えられる予定だったらしく、直らなかったと知ってアキラに嘲りの目を向ける。


「お役に立てず申し訳ない。ところでこれは騎士団で保管されるのですか?」

「お前が知る必要は無い!」


 アキラを侮蔑した騎士らは、身分の高そうな侍従らとともに駿馬人形を丁寧に運び出していった。

 場所が開いたので細工ついでに残った魔道具の修理に取りかかると、高慢そうな女官がいくつかの魔道具を新たに持ち込んできた。今すぐ目の前で直せと命じられ、他の魔道具を脇に置いて取りかかる。


「この宝石箱の鍵は私の腕では直せません。こちらの魔道ランプは大丈夫です。灯りを点けるここを押す際に、傷をつけたことが故障の原因ですので、それさえ気をつければ長持ちしますよ」


 この魔道ランプにも警鐘を鳴らす魔術陣が施されていた。これまで修理した物よりも精度が高く強力な物だ。おそらくは王族の住まう付近の守りの一つなのだろう。いつものように灯りのスイッチだけ直して、警鐘の魔術陣は無効化しておいた。

 ついでとばかりにガラクタの山から魔道ランプを選び出し、修理を優先させる。ただ灯りをともすだけの物もあれば、警鐘なり探知なりの魔術陣が刻まれた物もある。明かり以外の仕掛けに気付かないふりをして、細工とともに修理を終わらせて侍従らに返す。火を使わない灯りは、安全が求められる場所に優先して設置されるはずだ。あれらのうちのいくつかが宝物庫やその近辺に配置されるようにと祈った。


「ランプ修理しか満足に出来ぬ者に、陛下のお宝に触れさせるなど言語道断!」

「……そうおっしゃるのに甲冑を持ち込む意味がわからないのですが」


 駿馬人形を持ち帰ったはずの王宮騎士団員が、今度は頭から爪先までの甲冑一式を運び込んだうえでアキラを侮辱する。


「これも魔道具だ。駿馬はヘル・ヘルタントの高度な魔武具だから貴様に修理できなくて当然だが、この甲冑はトレ・マテルの下等どもが作った甲冑騎士兵だ、そのくらいは直せるであろう?」


 何を言っているのかこの馬鹿は。そう罵りたいのを堪えるアキラは作り笑いを深めた。甲冑騎士を作ったドミニクの師は駿馬人形の制作者クリストフだ。そんじょそこらの魔道具修理師の手に負えるわけがない。

 アキラが見たところ、甲冑の魔術陣に不備はなかった。内蔵されている動力源が空になっているだけなので、魔力を充填してやればすぐにでも動かせる。もちろん説明してやるつもりはない。


「魔道具ならともかく、国王陛下の魔武具は畏れおおくて触れません」


 頭を下げて持ち帰ってもらった。この甲冑騎士も直れば騎士団に下げ渡される予定だったらしい。騎士ならば自己の鍛錬に励むべきだというのに、過酷な戦場を魔武具に頼る気でいる彼らだ。その武力は逃走の脅威にならないだろうと切り捨てる。


「へえ、ずいぶん部屋が広くなったね」

「半分は魔道具室に運んでもらいましたから」


 従僕や女官が足繁く出入りする部屋に、ヒッターが青あざだらけのコウメイを引き連れて現れた。荷物持ちくらいは出来るだろうと連れ回されているようだ。コウメイは抱えていた箱を作業テーブルに置いた。その箱には手持ち用や壁掛け用など、さまざまな用途の魔道ランプが入っていた。


「ハギモリが来たおかげで、ベギスルもやる気になってくれたよね」

「そうですか」

「ところでさ、ハギモリの師匠っての、オルステインに呼べない?」


 どういう意味かと首を傾げる彼に、ヒッターは敵対関係にない色持ちの魔術師を団に引き入れたいのだと言った。


「トレ・マテルの系譜を避けると、国外から招くしかないじゃない。けど伝手がなくてさ。ハギモリはニーベルメアで師匠についてたんでしょ。あっちから誰か呼べないかな? もちろん厚待遇は保証するよ」

「それは具体的にはどのような待遇でしょうか?」


 まさかだまし討ちのように隷属の魔道具を装着させたり、給与や勤務時間の説明もなしに即日残業までさせるような待遇を厚待遇というつもりかと、アキラの視線が鋭くなった。一歩引いた場所に立つコウメイの表情も引きつっている。


「それはもちろん、ぼく直属の部下として厚く遇するに決まっているだろう」

「……何分遠方ですので、返事をいただくまでに数ヶ月はかかるかと思います」

「あれ、色持ちの魔術師は、魔術で手紙を送れるよね?」


 ヒッターが言翔魔紙の存在を知っているのは王族だからだろう。今はどうか知らないが、トレ・マテルが健在なころのオルステイン王宮では、雇われた魔術師らが言翔魔紙を使って国のために情報収集をしていたはずだ。


「それは魔術師間において、いくつかの条件が整った場合です。わたしは魔力のない修理師ですから、そもそも魔紙に手紙を書いても飛ばせません」

「魔紙も作れないの?」

「私は修理師ですから」


 アフロは難しい顔で考え込んでいる。先日の公爵家襲撃犯が捕まらないことで、騎士団や魔術師団も焦りはじめているらしい。王族でもあるヒッターは、攻撃魔術師だけでは影響力を強められないと今さら気付いたらしく、魔術師団の強化と自身の立場を優位にするため、彼なりに策を練っているようだ。


「そうか、ハギモリって案外使えないな。まあいいや、ランプが直ったおかげで王城の廊下もずいぶん歩きやすくなったし、きみはランプ専門の修理師として頑張ってよ」

「…………ありがとうございます。精進いたします」


 力を入れすぎて割れてしまうのではないかと思うほど強く奥歯を噛みしめて、アキラはにこやかな表情を維持しつつ頭を下げた。このアフロの横暴に耐えるのもあとわずかだと言い聞かせて、なんとか怒りを押さえ込んだのはコウメイも同じだ。

 昼食までは持ち込まれた魔道具の修理に専念し、昼からはフォルトとともに王城図書館に向かった。


「ハギモリさんは書き写しに専念してくださいね」

「フォルトさん、私にも少しは図書館を楽しませてくださいよ」


 嬉々として魔術書を選び出すフォルトをなだめ、自分も図書館を見て回りたいと席を立った。各地の統計資料や王都の人口記録、過去の犯罪や裁判の記録といった資料の棚を中心に、アキラは必要な情報を拾い歩く。


「腕輪をはめるのは王都で捕らえた犯罪者だけなのか。軽犯罪者は俗称『掃除屋』と呼ばれ都市内の汚れ仕事を与える。重犯罪者は牢獄か」


 鉱山や戦争に投入されていないのは、奴隷の腕輪への信頼が薄いせいだろう。平民の牢獄は街兵の管轄にあるが、貴族や魔力のある犯罪奴隷は王宮騎士団の管理下にあるらしい。


「奴隷の名簿はさすがにないか」


 騎士団の事務室、あるいは団長室の書棚あたりを探れば見つかるかもしれないが、探る手間も暇も掛けている余裕はない。推定エルフがどこに潜んでいるのか気になるが、あちらの出方を待つのではなく、こちらはこちらで勝手に事を進めさせてもらおう。

 パラパラとめくっていた資料を棚に戻したアキラは、探し物をしているかのようにキョロキョロと辺りを見回しながら、人気の少ない棚の間に身を滑らせ、指輪を使う。光が指し示すのは前回確認したときと同じだ。


「……公爵家襲撃の影響はなさそうだな」


 邸宅の破壊と魔術書の強奪に何かしらの警戒を抱かれ、保管場所を移した様子は見られない。これなら警備のほうも特に変化はないだろう。

 魔術書を一冊持って戻ったアキラは、フォルトからの雑談でさまざまな情報を引き出しながら書き写し作業を続ける。


「王城は平民にも開放されている場所があるそうですね。よかったら帰りにそちらを通ってもらえませんか?」

「どうしてです?」

「入団直後からずっと働きづめでしたし、せっかくの王城なのに一度も見学したことがなくて」


 アキラは少し寂しそうに額のサークレットに触れた。それが隷属と矯正の魔道具であることと、それを着けられた経緯を知っているフォルトは、多少の寄り道といったささやかな望みくらいは問題ないと判断した。


「ちょうど庭園の花壇が花盛りです。そちらを見学してから戻りましょう」


 少し早めに書き写し作業を切り上げて、フォルトは来たときとは異なる廊下を歩きアキラに王城の案内をした。


「こちらの棟は下級文官が働いています。主に戸籍や行政許可に関わる部署が中心ですね。市民が直接申請に訪れる場でもありますから、できるだけ門に近い場所に配置されているんですよ」


 アキラは優秀なガイドの説明に耳を傾けつつ、周囲の目を盗んでは指輪の光の方角を確かめる。


「奥に見えるのは食堂です。深夜でも食事が出来るのですよ。ええ、夜番の騎士や舞踏会の裏方を支える職員らのために、料理人も交代勤務です。私も夜食が欲しくなったらこちらに買いに来ています」


 場所を変えれば光の数や差す方角に変化があらわれた。


「王宮騎士団と国家騎士団の詰め所はご存じですよね。両方から近い平屋の建物は近づいてはいけませんよ。あそこには犯罪奴隷が収容されています。特に王宮騎士団はハギモリさんが団長……殿下に目を掛けられているのが気に入らないのです。口実をつけて先日のように暴行されるかもしれませんから、絶対に近づかないでくださいね」


 気をつけますと返すアキラの顔に残る痣は痛々しく、すれ違う職員らのほぼ全員が驚いたように振り返っている。


「ああ、見えてきました。きれいでしょう、あの噴水を真ん中に季節の花が植えられているんです。ちょうど春の花が終わって、今は夏らしい花と緑を楽しめますよ」


 開放されている噴水庭園には、多くの平民が王城を背景にした美しい庭園を楽しんでいた。淡い赤の小花が房のように集まった花や、花火のように広がる白い花、太陽のように明るく華やかな橙色の大輪に、ドレスのようなひだの美しい花、ラッパのような形の紫色の花と、庭師の努力の成果に人々は見とれている。

 アキラは一つ一つの花の前で足を止め、じっくりと堪能する影で、密かに指輪の光を観察していた。

 閉門も間近になると平民は名残惜しそうに庭園を去ってゆく。

 アキラもフォルトに促され、暗くなる空を意識しつつ魔術師団の詰め所への帰り道に戻った。


「寄り道に付き合っていただいてありがとうございました。はじめての王都の観光を楽しむ間もなくこちらに詰めることになったので……すばらしいものを観れてとても楽しかったです」

「いやいや、ハギモリさんのおかげで魔術陣の写しも順調ですからね、息抜きの時間ができて私も助かっています……ああ、そうだ」


 残業しなくても一日のノルマをこなせるようになったとご機嫌のフォルトは、最後にとっておきの景観を見せましょう、とアキラを王城の東にある林に誘った。


「どうです、ここから見あげる王城の雄大さと、夕日に輝く美しさ。郭内に住まう者しか見ることのできない景色ですよ」


 太陽が沈みゆく空を背景にした城は、白く力強く存在を主張している。空は炎が燃えているかのように鮮やかな橙に染まり、炎の浸食を拒むように城は光を放っていた。


「美しいですね」


 王城に見とれるフォルトの後ろで、アキラは指輪の光の数とその方角を確かめ、満足げに微笑んだ。


   +


 業務時間を過ぎて詰め所に戻ったアキラは、そのまま退勤を告げて宿舎に帰った。

 部屋の扉を閉め、用心のために結界魔石を四隅に設置してから地図を取り出した。コウメイが書き記した王城の大雑把な地図だ。そこに先ほど見聞きして確認した情報を追加し、指輪を使った地点から光の差した方角に線を引く。


「……これは、何の意味があるんだ?」


 線の交差する位置を確かめたアキラは、首を捻るしかなかった。七冊で一組の魔術書の一冊だけを公爵に下賜したのも謎だったが、残した六冊をそれぞれ全く異なる場所に分けて保管する理由もまた謎だ。


「なんでこんな、奇妙なことに」

「何が奇妙なんだ?」


 頭を悩ましていたせいでコウメイが忍び入ったことに気付かなかった。


「魔術書の保管場所なんだが、これをどう思う?」


 空白の多い図面を見せ、印の入った箇所を確かめたコウメイは眉をひそめた。


「これもしかして、魔術書で囲んでいるのか?」

「コウメイもそう思うか?」


 魔術、あるいは魔法というものがわかっていないオルステインの王族は、魔力を放つ魔術書を結界魔石か何かだと思っているのだろうか。

 印は王城の、おそらくは王家のプライベートな区画を取り囲むように配置されているようだ。アキラは苦笑いを堪えられなかった。


「ま、これだけわかれば回収も難しくねぇし、やるか」

「ああ、ランプの細工に気付かれる前に終わらせよう」


 持ち帰りの夕食をつまみながら、二人は入念に打ち合わせた。


   +++


 深夜、王城は炎に囲まれた。


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