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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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屋根の上の戦い



 カタン、ゴトン、と近くのテーブルで料理の皿を置く音がした。

 その音で我に返ったコウメイは、素早く赤錆色の魔術書に上着を被せて隠す。


「シュウ、説明」


 地の底を這うような低く威圧のこもった声に、シュウは遠い目をしてため息をついた。


「コーメイが押しかけてきて、あの館経由のルートを探せって言ったんだろ。だから昨日の夜、あの館に行ったんだよ」


   +++


 もうどのくらい夜の屋根を駆けているだろうか。足音のしない屋根や、頑丈な屋根、住人がいないので休憩しやすい屋根と、王都の屋根事情にも詳しくなってしまった。そんな歩き慣れた屋根を駆けて公爵邸に向かっていたシュウが、通り二本手前まで来たころだった。

 夜空を振動させる大きな爆破音がした。


「え? マジ?」


 駆けつけてみれば、建物は半壊し、火の手があがっている。

 悲鳴を上げ逃げ惑う住人に、消火を急ぐ警備兵と召使いたち。当番の街兵たちも駆けつけている。野次馬が集まりはじめ、あたりは騒然としてきた。


「あー、これチャンスか?」


 ここには回収予定の魔術書があるのだ。このドサクサなら簡単に盗み出せるかもしれない。そんなことを考えながら侵入の機会をうかがっていたシュウは、自分と同じ高さにいる存在に気付いた。

 燃える公爵邸の屋根の上だ。

 屋根から飛び出した窓の影に、誰かがいる。

 この前から度々感じていた気配の主だとすぐにわかった。この騒ぎの元凶も奴だ。見逃すべきか、ここで捕まえて正体を暴くべきか、迷いつつ目を凝らしたとき、向こうもシュウに気付いた。

 その瞬間だ。

 窓影から跳躍した敵は、公爵邸からの距離を瞬きの間に縮め、シュウを襲った。


「マジかよーっ」


 目にもとまらぬ早さで斬りつけられていた。

 獣人の身体能力がなければ、頭を割られていただろう。

 シュウが立っていた屋根を割った影は、着地の反動を利用し再びシュウへ飛びかかる。


「どんな膝してやがるんだっ」


 柔らかい膝は一呼吸も置くことなく身体を跳ね上げ、その剣先がシュウの心臓を狙う。

 素早さは影が上、回避は絶望的。

 ならば。


「力なら負けねぇ!」


 短剣の先が革ベストを貫く寸前に、両手で影の拳を掴んで止めた。

 柄を握った手ごと、渾身の力で握りつぶす。


「がぁ、っ!!」


 ポキポキと骨が折れる音が聞こえ、影が痛みに呻いても、シュウはその手を離さない。

 捻りを加え、同時に影の腹を蹴る。

 瞬時に腹筋を引き締めた影は、もう片方の手に握った苦無のようなものをシュウのブーツに突き立てた。

 カチリ、と金属がぶつかる音がして、苦無が弾き流れる。


「なに?」

「ラッキー! さすが鎧竜の串」


 こちらも潰さねばと捕まえた手首に、硬く冷たい金属がはめられていた。

 頑強な腕輪ごと片手で掴み、力を加える。

 右手の骨は砕かれ、左手の手首も折られそうになっているというのに、影の力はゆるまない。痛みを漏らさず、力押しに負けるものかと屋根を踏みしめる。

 人族の身体のどこに、獣人にあらがえるほどの力が潜んでいるのだろう。

 純粋な驚きと好奇心に、シュウは影の正体を確かめたくなった。

 向かい合い力比べを続けながら、じりじりと立ち位置を変える。

 公爵邸からあがる炎が影の主を照らす。

 鉄錆のような色の前髪はボサボサで、その間からまっすぐに睨む黄金の瞳は獣のように力強い。痛みを堪えて食いしばる唇に血が滲んでいる。


「えーと、どっちだ、これ」


 その顔を確かめたシュウは、目の前の存在の性別に一瞬悩んだ。

 線は細いが弱くはない。むしろ刃のように鋭く強い。獣人の力に抗える体つきは人族の男性のものだが、顔つきは女性寄りだ。


「き……きさま、何者だ?」


 低く凄みのある声は男のものだった。


「それはこっちの台詞だって。あんたこそ何者だよ?」

「ここで何をしていた」

「あんたも燃えてる館の屋根で何してたんだ」


 鉄錆色の髪の男はシュウの手を振り払おうと暴れる。だが骨を砕かれた痛みが影響してか、動きは鈍い。

 いいかげんに力比べを終わらせようと、腕輪を握る手に力を入れる。

 鉄が軋み、継ぎ目が割れる。

 それでも鉄錆髪の力は弱まらない。

 このままではこちらの腕も握り折るしかないと、シュウは冷や汗をかいていた。

 体格はアキラと同じ程度に見えるのに、骨折のハンデをものともしない剛力だ。手を砕いていなければ力負けしていた可能性は高い。


「ありえねー。こいつホントに人族かよ?」


 思わず漏れた声を聞いた瞬間、鉄錆色の髪の男から怒気と殺気が噴き出した。

 目の前でそれをぶつけられ、さすがのシュウも怯む。

 そのわずかな隙をついて、鉄錆が両手を奪い返し、跳び退いた。

 屋根から飛び降りる男の髪が乱れ、虹色の光が揺れる。


「ちくしょー、逃げられたか」


 火事で明るい公爵邸を背に、影となった建物の隙間をのぞき込む。キラキラとした虹色の光もやがて見えなくなった。飛び降り追いかけてもあの俊敏な男はつかまえられないだろう。

 野次馬らを遠ざけようとする街兵の怒鳴り声が、屋根の上まで届いた。シュウの所属する隊の担当区画外ではあるが、この様子だと応援出動もあり得る。宿舎に戻っておくべきだろう。 

 火事騒ぎに紛れたおかげで、屋根の上での戦いは誰にも気付かれなかったようだ。だが朝になれば、打ち割られた屋根や、踏み割られた瓦は見つかってしまう。自分につながる忘れ物はないかと慌てて見回したシュウは、あの男が飛び降りた屋根の端に引っかかるものを見つけた。


「……本」


 あの男の髪によく似た色の小さな本だ。

 革表紙に書かれているのは五の一文字だけ。


「まーさーかー、ね」


 適当な項を開いた。

 白紙だ。


「大当たりかよー」


 シュウは拾った落とし物を懐にしまい込み、急いで宿舎に駆け戻ったのだった。


   +++


「――てわけだ」

「……」


 顛末を聞いたコウメイは頭を抱えた。計画を立て直すたびに予定外のトラブルが発生し、軌道修正してもすぐにとんでもない騒動にひっくり返されてきたが、これは極めつけだ。もう何もかも投げてしまいたくなった。


「ちょっと前に、屋根で見かけた怪しーヤツを調べてくれって頼んでたけど、あれどーなってんだよ?」

「悪い。調べる余裕がなかった」

「これ持ってた奴、たぶん同一人物だぜ」


 屋根の上の散歩が趣味の人間がそれほど多くいるはずがない。あの身のこなしからも間違いないとシュウは断言した。


「コーメイがさっさと調べねーから、あっちに先越されたんだぜー?」

「先も何も、意味がわからねぇ」


 その人物は王家の影ではないだろう。下賜した魔術書を取り戻したければ、公爵に命令すればことは収まるのだ、襲撃し奪い去る必要はない。


「まさか他国の密偵が、俺たちの動きに気付いて先に仕掛けた?」

「コーメイにしては迂闊だぜ」

「そんな気配、全く感じなかったんだぜ」


 自分たちの他にも魔術書を狙う者がいるのだろうか。人族には決して読めない魔術書に価値を認める者が、著者のヘルミーネの他にいるとは思えないのに。


「エルフ連中、俺たち以外にも依頼してやがったのか?」


 ミシェルはそれを知らなかったのか、知っていて隠していたのか。


「ミシェルさんなら後者だろー」

「だろうな……」


 お互いそっぽを向いて他人の振りをしているというのに、こぼれたため息はほぼ同時だった。


「そいつ、王城内で情報収集できる場所に潜伏している可能性が高ぇぜ……厄介な」

「犯罪奴隷かもなー。腕輪を着けてたぜ、ぶっとくてゴツいヤツ」

「それはねぇだろ。犯罪奴隷が牢を抜け出して襲撃なんて無理だ」


 シュウの意見にコウメイは懐疑的だ。オルステインの奴隷の腕輪は雑な作りだが、魔道具としての働きに問題はない。コウメイやアキラのように、装着させられる寸前に魔術陣を破壊すればただの鉄の腕輪だが、普通の人族にそんな器用な小細工はできないだろう。


「無理じゃねーだろ。あいつ人族じゃなかったし」

「は?」


 視線を合わせてはいけないはずのコウメイが、思わずシュウを振り返っていた。慌てて蜜酒に口をつけなんとか誤魔化す。


「根拠は?」

「人間離れしてたから。体格はアキラと変わらねーのに、力は獣人()に匹敵するくらいあったんだぜ」


 それに燃えてる建物とシュウのいた屋根の間には、馬車が余裕ですれ違える広さの道と、貴族様の広大な庭があった。それだけの距離を一蹴りで詰める跳躍力は、人族ではあり得ない。しかし獣人だと断定も出来ない。魔力のない獣人族には魔術書を求める理由がないのだから。


「獣人の特徴があったのか?」

「いや、ねーよ。それにあいつ、獣人じゃなくて、たぶんエルフじゃねーかな」

「……エルフ?」

「ここんとこに、虹魔石が揺れてたんだよなー」


 視線を逸らしたままシュウが耳の下を指さす。


「見間違いじゃねぇのか」

「俺、目はいいし、見慣れてる物と同じなんだから間違えねーだろ」


 宝飾品には詳しくないが、魔石の耳飾りはアキラが身につけている物とそっくりだったのだ。

 コウメイは苛立ちを込めて蜜酒のカップを強く握りしめた。本当にシュウと戦った人物がエルフだとしたら、疑問がまた一つ増えたことになる。エルフ族にも派閥争いがあるようだし、それにからんでの伝達ミスか、あるいはレオナードの策略か。ミシェルに利用された可能性もゼロとは言えないだろう。


「……エルフが回収にくるんなら、俺らにやらせる必要ねぇだろ」


 テーブルに怒りをぶつける寸前で、コウメイは硬く握った拳を引っ込めた。


「決めた」


 シュウは鳥肌が立つほどの怒気があっさりと引っ込んだのに驚き、横目でコウメイの表情をうかがった。半目で楽しげに微笑む横顔が、嫌になるほど色男なのに不気味で怖い。


「コ、コーメイさん? 何考えてるのかなー?」

「エルフ連中にもミシェルさんにも、魔術書は渡さねぇって決めた」

「勝手に決めんなー」

王族(ヒッター)にも貴族どもにも散々痛めつけられたわけだし、遠慮は必要ねぇよな」

「気持ちはわかるけどよー、手加減しよーぜ、な?」

「二、三日中に魔術書強奪して逃げるぞ。王城で騒ぎが起きたら合図だと思え」

「俺は指名手配されたくねーなー」


 穏便に盗み出すという丁寧な仕事をする気をなくしたコウメイは、少しでも早く撤収することだけを考えていた。魔術書を保管していそうな場所を全て暴いてひっくり返せば見つかるだろう。竜血の毒も同様に探せば良い。もし見つからなければ火をつければいい。燃えてしまえばわざわざ処分する手間が省けるというものだ。


「あ、コーメイ、今すっげー不穏なこと考えてるだろ?」

「名案だぞ」

「勝手に進めるんじゃねーぞ。ちゃんとアキラに説明してから行動に移せよ」

「アキが反対するわけねぇだろ」


 いい笑顔で蜜酒を飲む横顔を見たシュウは、説得を諦めた。肉汁たっぷりのソースをパンで拭って口に放り込みながら、脱走兵になる覚悟を決める。そのシュウに、コウメイが魔術書を返して寄こした。


「いらねーのかよ?」

「そっちで保管しといてくれ」


 襲撃者の身体能力がシュウに匹敵するのなら、コウメイでは守りきれない。シュウが肌身離さず持っているほうが安全だ。

 しらけたシュウが自棄のように蜜酒を飲み干し、乱暴にカップを置く。

 それを合図にコウメイはテーブルを離れた。


   +


 夜の闇影を渡り宿舎に戻ったコウメイは、実力行使に出ると宣言した。報告を聞いたアキラは、気持ちはわからないではないがと深く息をつく。


「投げるな」

「投げてねぇ。短期決戦に切り替えただけだ」


 魔術師団や騎士団、ヒッターらにうんざりしているのはアキラも同じだ。だが行き当たりばったりの襲撃は失敗するに決まっている。


「王城は広いんだ、せめて保管場所のあたりをつけてからにしたい」

「そうは言うけどな、時間がねぇ」


 奴隷の腕輪をつけた推定エルフは、自分たちよりも先に王城に潜伏していたのだ。それなのにこれまで行動を起こしていなかった。それは魔術書の保管場所がわからなかったからだ。


「昨日行動を起こしたのは、七冊全部の保管場所を把握したからに決まってる」


 これまで王城内の魔術書は、いつでも盗み出せる状態にあったと考えるべきだろう。公爵邸の情報をどうやって入手したかはわからないが、最後の一冊の保管場所が判明したことで、推定エルフは行動を起こしたのだ。


「そうか、館を派手に破壊し火をつけたのは、陽動か」

「多分な。公爵邸ともなれば王国騎士団だけじゃねぇ、王宮騎士団も出動せざるを得ないからな」


 王家の血を引く公爵家が襲撃されたのだ、貴族騎士らは必死になって公爵家の人間を救出するし、火事も放置はしない。なんとしても犯人を捕まえねばと躍起になるはずだ。


「両騎士団が公爵邸に気を取られている隙に、王城の魔術書を盗んで出奔するつもりだったに違いない――俺ならそうするぜ」


 だが犯行現場でシュウに見られた。目撃者を放置できないと判断した推定エルフは、シュウの口封じを試みたのだろう。


「返り討ちにあうとは思ってなかっただろうな」

「両手が砕かれたのは計算外だったろうぜ。そのせいで王城の魔術書強奪を断念している」

「確かに、昨夜は公爵邸の他では何も起きていない」


 即座に治療し王城に盗みに入っていたなら、騒ぎは公爵邸の比ではないはずだ。コウメイとアキラもあの程度の取り調べで開放されなかっただろう。


「状況からの推測だが、推定エルフのヤツは魔術が使えねぇんだと思う」

「根拠は?」

「アキならどうする? 十数メートル以上も離れた屋根の上の目撃者の口封じに、わざわざ斬りつけるか?」

「風刃を撃つ、あるいは空気を奪って窒息させる」

「だろ?」


 火事騒ぎで騒然としている中で攻撃魔術を使っても、気付く者はいないはずだ。確実に仕留めるなら一番得意な攻撃魔術一発で済む。それをしなかったのは、魔術が使えなかったからだとコウメイは主張した。

 魔術、あるいは魔法の使えないエルフが存在するだろうか。アキラはコウメイの論に懐疑的だったが、エルフ族の全員を知っているわけではないため否定もできない。


「おそらく奴は治療魔術も使えねぇだろう」


 奴隷の腕輪をはめられているのなら、錬金薬の入手にも時間がかかるだろう。そして王都の錬金薬は効果が薄く、複数の骨を砕かれるような怪我に何本使っても、完治まで数日はかかるはず。


「猶予はたぶん二、三日だ。その間に俺たちが魔術書を全部いただいて、とんずらする」

「短期決戦の必要性はわかった」


 コウメイの力説を熟考していたアキラは、納得して大きく頷いた。


「だが時間がないからこそ、確実性を高めたい」

「王城の図書館で手がかりつかめなかったのかよ」

「かなり大雑把な方角だけだからな、さすがに範囲が広すぎる」


 図書館から見て真北と北東を探そうにも、王城の四分の一強を当てもなく捜索していては時間がかかりすぎる。


「王城の、王族の生活区画の図面を手に入れたいな」

「銀板で調べられねぇのか?」

「試してみたが、敷地内の通路や建物は表示されるが、建物内部は一切映らないんだ」

「パブリックはよくてプライベートはダメってことか」


 銀板は便利なようで、肝心なところで役に立たないことも多い。


「さすがに図書館にはねぇよな、最高機密だし」

「図面は無理だと思うが……そうだな、明日も図書館に行くから、そのときに探ってみよう」


 王族の宝物庫、あるいは個人の金庫の場所がわかれば、盗み入るのは難しくはないだろう。


「なら決行は明後日の夜だな」

「あくまでも最短の場合だ。焦るなよ」


 アキラはコウメイを止められそうにないと諦めた。こうなればとことん騒ぎを大きくして安全に脱出できるよう、出し惜しみはしないと決めた。



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[一言] まさかのシュウお手柄でした 慎重にいくのもいいけど強引にいくのも楽しいですね
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