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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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魔術師団の生活



 サークレット(隷属と矯正の魔道具)をつけた者は警戒には及ばないと考えるのだろう。監視対象から外されたアキラは、魔術師団の詰め所や訓練所、書庫や魔道具室にも自由に出入りできるようになった。あの地下室もだ。


「杖を借りにいくか?」

「ガラクタに用はない」


 最高の素材とエルフの技術で作られた杖とは比較にならない、とアキラの発言には遠慮がない。苦笑いのコウメイは、訓練場からアキラに向けられる刺々しい視線を遮るように立ち位置を変えた。


「それよりも、視線が露骨だなぁ」

「監視じゃなければ問題ないぞ」


 サークレットを着けられる前までは、警戒の色味の濃かった魔術師らの表情が、今では毛色の異なる新人への下世話な興味と、奴隷に落ちた魔道具修理師を蔑むものに変わっていた。元から魔道具師を低く見る彼らは、アキラを魔術師団の底辺と決めつけている。


「攻撃魔術をつかえてこそ魔術師だって考えは偏ってるし、そもそもあいつら他の魔術職を馬鹿にできるような実力じゃねぇだろ」


 二人が見学していたのは、団長自ら指導する魔術訓練だ。だがその様子は呆れるほどに稚拙である。当たらない攻撃魔術、命中してもびくともしない的。魔術学校の及第点ギリギリの学生のほうが実践慣れしているだろう。とても戦場で役に立つとは思えなかった。


「アレ・テタルなら魔術師とは名乗らせないレベルだぞ」

「森に出て魔物を相手に何回か戦えば、一人や二人は使い物になりそうなんだがなぁ」

「使い物になったら困るんだから余計な助言はするなよ」

「わかってるって」

「俺は書庫に行く。護衛をしっかり務めろ」

「護衛じゃなくて監視だろ?」


 迂闊な発言をするなと睨むアキラに、コウメイは指で作ったバツで口を押さえて片目をつむって見せる。緊張感に欠けるコウメイの爪先を蹴って踵を返したアキラは、一人書庫に向かった。

 四階の階段から遠い書庫に常駐しているのは、管理のフォルトだ。入室の許可を求めると、彼は黄ローブで包んだふくよかな身体を嬉しげに揺らしてアキラを招き入れた。


「待っていたよ、ハギモリは魔術陣を書き写したいのだったね?」


 アキラが返事をする前に、彼は数枚の羊皮紙と魔術書を押しつけた。


「一つの魔術陣につき五枚書き写してくれ。記号や形を間違えないよう、丁寧に。ああ、魔術陣だけでいいから。周囲の文字は書き写さなくていいよ」


 図書室を利用する感覚でおとずれたアキラだったが、仕事が待っていた。

 どうやら魔術書の複製を作っているのではなさそうだ。一体何のためにとたずねると、彼はアキラが予想していなかった用途を口にした。


「それはもちろん、魔術陣の効果を確かめるんだよ」

「効果を、確かめる?」


 どうやって? と疑問の顔に、フォルトは丁寧に検証方法を解説した。


「魔術陣に魔力を流せば魔術が発動する、これは魔術の基本だ」


 フォルトによれば、魔術書が読み解けなくても、その魔術陣が何のためのものかは簡単に検証できる。書き写した魔術陣に魔力を流せばいいのだ。そうやってフォルトはどんな魔術が発動するのかを検証している。複数枚を用意するのは、失敗したときの保険だそうだ。


「魔術陣に魔力を流すと、成功しても失敗しても紙が燃えて消えてしまうんだよ」

「燃えてしまうんですか、魔術は不思議ですね」


 魔紙を使えば燃えて失われることはないのだが、教える必要はない。アキラは感心したふりで話を合わせた。


「五枚ということは五人の魔術師が試すんですか?」

「ああそうだよ。魔力に属性があるのは知っているかね?」

「得意な魔術でしょうか?」

「そうとも言うね。魔術師は属性の一致する攻撃魔術しか使えない。それは魔術陣も同じでね。どの属性の魔力に反応するのかを確かめるんだ」


 そうやって検証しても発動しない魔術陣のほうが多いのだと、フォルトは悔しそうにふくよかな身体を縮こめた。その検証方法なら、攻撃魔術以外の魔術陣は効果を確かめられなくて当然なのだが、教えてやる筋合いはない。


「私がちゃんと魔術言語を読めたら、成功率は上がるんだけどね」

「……フォルトさん、読めるんですか?」

「ほんの少しだけだよ。この文字は『魔力』で、こっちのは『魔術』だ」


 ぽっちゃりとした指がいくつかの文字を指し示し、その意味を説明する。数は少ないが、彼は正しく魔術言語を理解していた。


「どなたかに習ったんですか?」

「独学だよ。私は子供のころから魔術師に憧れていたんだ」


 幼いころから魔術師に憧れていた彼は、六歳の判定で人生最初の絶望を味わった。中級貴族の四男に生まれたフォルトには、継ぐような爵位も土地もない。貴族学校を卒業後、職を得ての独り立ちを求められていたため、王宮の下っ端役人として働いていた。


「王宮の図書館には魔術書も収められているんだ。休憩時間のたびに通って魔術文字を解読したんだよ」


 意味のわからない謎の言語を眺めているうちに、同じ文字の並びや単語があると気付いた。魔術書の表紙に書かれているいくつかの文字が、章題や本文中にも多く登場するのだ。頻繁に登場するそれらの文字を拾って推察するという方法で、フォルトは三十ほどの単語を翻訳したのだと自慢げに語った。


「すごいですね……」


 その探究心と執念は、間違いなく研究者や魔術師向きだ。彼に魔力があれば魔術師としての道も開けたかもしれない。

 アキラの感嘆が上辺だけではないと感じたフォルトは、ほろりと涙をこぼした。魔道具師や薬魔術師が格下に扱われている魔術師団において、魔力がなく書庫の管理をするだけのフォルトは、修理師のハギモリと同じくらい侮蔑されてきた。己の努力を評価され嬉しくてたまらないと、彼は鼻息も荒く自身の研究結果を披露する。


「見てくれるかい、これは私が作った翻訳用の単語一覧だ」


 植物紙を閉じた冊子は大切に、だが頻繁に活用しているのだろう、開き癖がついている。


「この魔術陣は水属性か風属性の魔術だと思うよ。ほら同じ項に『水』と『風』の文字があるだろう」


 水ではなく「糸瓜の水」だし、ただの風ではなく「渦風」だ。ちなみにその頁に書かれた魔術陣は水鏡を作るためのものだが、「ハギモリ」には読めないものなので指摘はしなかった。


「こっちの本は見慣れた薬草の絵がいくつもあるから、文字を判別しやすかったんだ」


 さすがに薬草名の間違いは少ないようだ。八割ほどは正しく翻訳されている。

 フォルトは自分が指示した書写仕事も忘れて、アキラに己の研究成果をあれもこれもと取り出しては見せた。アキラの額にサークレットがあることも警戒を緩める一因だったのだろう。

 アキラは楽しさを堪えきれない様子で語るフォルトに付き合いながら、さりげなくここに収納されている本や、王宮図書館の魔術書について聞き出していった。


「この書庫に収められている魔術書と王宮図書館の蔵書と、フォルトさんにとってどちらが魅力的ですか?」

「それはもちろんここの書庫ですよ! ここには文字の書かれた魔術書ばかりですから」

「王宮図書館の魔術書は魔術陣ばかりなのですか?」

「いいえ、何も書かれていないんです」


 蔵書量は同じくらいだが、王宮の魔術書はその半数が白紙だとフォルトが断言した。


「何故なのかずっと疑問に思っているのですが、全ての頁が白紙なんです」

「それは……不思議ですね」

「ええ、何も書かれていない本を魔術書としてありがたがるなんて、私には理解できませんね」


 文字の書かれていないそれは、ただの紙の束でしかない。そう言い切るフォルトにアキラは同意するように頷いてみせる。だが内心では、それこそが真の魔術書なのだと呆れていた。魔力を持つ者にしか読めない書、その知識を得るに足る力を持った者でなければ読めない書にこそ、魔術師は価値を認めるのだ。

 フォルトの目を盗んで指輪を使ってみたが、やはり魔術団書庫にヘルミーネの魔術書が紛れ込んでいる可能性はないようだ。可能性があるのは、王宮の図書館収蔵の魔術書だろう。なんとか口実を作って王宮図書館に通えるようになりたかった。

 話を聞き出す間にも、アキラは引っかかることなくすらすらと魔術陣を書き写す。その手慣れた様子はフォルトを唸らせた。


「ハギモリは書写が上手ですね。それに手が早い」

「魔術陣は魔道具の修理で見慣れていますから」


 慣れた作業だったせいか、つい無意識に手が動いていたようだ。アキラはよそ行きの笑みで誤魔化し、書き写した羊皮紙を束にしてフォルトに渡した。


「私は魔道具修理には詳しくないのですが、ハギモリは修理も早くて確実だと聞いています。特別な修理方法があるのかな?」

「特別かどうかはわかりませんよ。私は師に習った方法しか知りませんから」

「ほほう、それは具体的に、どのようなやり方なんです?」


 今度はフォルトが探りを入れてきた。純粋な興味ではないだろう。魔道具修理と魔術言語では全く分野が異なるのだ。フォルトは知識を楽しもうとする表情ではなく、使命感に駆られたような顔つきだ。誰かに、おそらくはカイゼル髭あたりに、秘訣を聞き出せと命じられたのだろう。

 オルステインの魔術師団に魔術知識を残すつもりはないが、魔道具の修理技術は市井の人々にも必要不可欠だ。最低限なら大丈夫だろうと、アキラは二つだけ情報を提供すると決めた。


「魔道具の故障はおおよそ二つの原因に分けられます。一つは魔石と魔術陣をつなぐ回路が壊れている場合です」

「魔力が伝わらなければ道具が動かないのは当然だね。もう一つは?」

「彫り刻まれた魔術陣に問題がある場合です」


 手荒に扱ったことによる破損や欠損だけでなく、長期間の使用による摩耗もその一因だ。


「薄くなってしまった魔術陣をなぞり描きしたり、欠けた部分を描き加えるのが私の修理方法なんですよ」

「なぞり描きには、なにか特別な道具を使っているのかい? 例えば特殊な魔道具だとか?」

「魔道具ではありませんが、師から教わった銀筆を使っています」


 アキラが取り出して見せた銀筆を、フォルトは固唾を呑んで凝視している。理由をつけて取り上げろと命じられているのだろうか、机の上にある指がそわそわと動き、彼の顔も緊張に引きつっている。


「粘土と黒鉛と銀を錬って細い棒状にして、焼き固めたものです。先を針のように細く削って使っています」

「そ、そんなに簡単な物でいいのか?」

「これで魔術陣の修復が出来ているのだから、良いのだと思いますよ」

「いやいや、大変興味深い話だったよ」


 銀筆の材料を手早く書きとめたフォルトは、安堵したように息をつき、何事もなかったかのように魔術陣の書き写しに戻った。銀筆と修理法の情報を得てカイゼル髭の修理技術が上がるのは癪だが、大金をはたいた市井の人々が、壊れたままの魔道具を返却されるよりはマシだ。

 アキラも彼のたくらみなど素知らぬ様子でペンを走らせる。フォルトが指定する魔術陣を読み解き、それがオルステインに与えたくない魔術であった場合は、書き写す際に少しばかり手を加えて無効化させた。

 五の鐘が鳴り昼の休憩時間になると、フォルトはアキラを書庫から追い出した。勤務時間を厳守させるためというよりも、彼が席を外すためだろう。


 訓練を終えた魔術師や、詰め所で働く事務員らが、昼食を求めて向かうのは騎士団食堂だ。

 国防を担う国家騎士団と王家を守る王宮騎士団、そして魔術師団が使う食堂は、大人数の利用を想定し座席数も多い。だが食事時に三団から人が押し寄せれば、待ち時間も長くなる。アキラも廊下にできている長い列の後ろについた。


「今日は魔猪肉と野菜の炒め物か、角ウサギ肉の蒸し煮だそうですよ」


 前にいた青い制服の騎士が、鼻の下を伸ばしながら昼食のメイン料理を教えてくれた。選択は二つ、どちらもパンとスープは共通。追加料金を払えば大盛りにできる、とすでに知っている情報まで大げさに教えてくれる。礼を言うアキラの苦笑いをどう勘違いしたのか、鼻息も荒く手を差し伸べた。


「この混雑だと席を探すのも大変ですよ、どうでしょう我々の席に来ませんか?」

「すみません、同僚と待ち合わせていますので」


 前のめり気味の誘いとエスコートを笑顔で断わり、角ウサギ肉の蒸し煮を選んで食堂を見渡す。下町の食堂とは違い、騎士たちの容貌は清潔で手入れの行き届いている者ばかりだ。青い制服の多い中にあって黒い騎士服姿で眼帯のコウメイはずいぶんと目立っていた。


ミキ(コウメイ)は渡り鳥の中に紛れ込んだ烏だな、毛色が違いすぎて隠れられていない」

「そういうハギモリ(アキ)こそ、鴨の群れに囲まれた白鷺だぜ。入ってきた瞬間のざわめきを聞いたか?」


 ニヤリと唇の端をつり上げたコウメイが、隣の騎士を押しのけて席を作った。譲ってくれた騎士に会釈して遠慮なく座る。すでに魔猪肉を半分ほど食べ終えていたコウメイは、アキラの速度に合わせてフォークを持つ手を止めた。


「昼からの団長は執務室で書類仕事に専念する予定だ。護衛の必要はないだろうから、俺は訓練場に行く。後は任せた」

「わかった」

「それと明日の四の鐘、正面玄関に待機だ。修理道具一式を持参すること」

「どこかに出かけるのか?」

「朝一番に何人かの貴族家の家宰から手紙が届いていた。そのどこかだと思うが」


 修理道具の持参が命じられているということは、貴族の館への出張修理だろう。アキラを使って貴族家に恩を売るのか、それとも共謀して何かを企んでいるのか。探るような視線に、コウメイは苦笑いで小さく首を振り、己の額に意味深に触れた。


「命令は命令だ」


 アキラは己の額にある輪の重みを意識した。戸惑ったように首を傾げて見せ、聞き耳を立てている周囲の騎士らに、あえて聞こえるように自信なさげな声を出す。


「貴族家の魔道具修理なんて恐れ多いです……」

「今のところ魔道具の修理はハギモリにしかできない。俺まで処罰されるんだ、失敗は許されねぇぜ」


 不安がる美貌の修理師を励ますのではなく、追いつめるように厳しい声をかける魔術剣士を、正義感と下心に溢れる騎士らが睨みつけていた。

 視線を引きつけたまま、二人は食事を終わらせて席を立つ。


「仲が悪そうに見えただろうか?」

「どうだろうなぁ。奴隷の腕輪と隷属と矯正のサークレットのせいで、仕方なく行動しているって雰囲気は出したつもりだぜ」


 共闘していると疑われなければ十分だ。

 食堂を出たところで二人は別れた。昼から国家騎士団の訓練に参加するコウメイは左手の廊下へ、ヒッターのお守りを引き継ぐアキラは魔術師団のある右の小道に踏み出した。


   +++


 武器と魔力の融合という物珍しさを理由に勧誘されたコウメイは、団の魔術師たちとは反りが合わなかった。彼らは攻撃魔術こそが魔術戦の主役であり、剣に魔術をかけて戦うコウメイは魔術師として邪道だと反発し、存在しない者として徹底的に無視した。確かに王道ではないが、邪道とまで言い切るのかと呆れたコウメイだが、遠巻きにされるのは都合が良いのでそのままにしていた。

 たまに団長のご機嫌伺いを兼ねてすり寄ってくる者もいるが、訓練で協力しようという気配はない。王族(ヒッター)とのつながりを持ちたいと近づく連中を、コウメイはすっぱりと突き放していた。


「好機をつかんだんだ、纏わりつかれちゃ自由に動き回れねぇよ」


 幸いなことに奴隷の腕輪を着けられて以降は、団長(ヒッター)の監視も緩みがちだ。奴隷の腕輪が完璧だと信じているのだろう。実際、単独行動時に感じていた監視の視線が、今はない。

 コウメイは国家騎士団の詰め所の扉を叩いた。


「今日もお世話になります」


 実務室で声をかけて許可をもらい、訓練場に向かう。


「こっちの騎士連中の戦い方は、冒険者に近ぇんだよな」


 貴族の子弟で構成される王宮騎士団とは異なり、国家騎士団はほとんどが平民出身だ。これは守る対象と戦う相手が異なるからだ。王宮騎士団は王族を守るために存在するが、国家騎士団は国を守って戦う。よって戦力になるならどんな武器を使っても、どんな戦い方をしても許されるし、家族のいる生き汚い連中を集めている。そういった騎士らをコウメイは嫌いではなかった。


 コウメイの姿を見た青制服の騎士たちは、気安く「待っていたぞ」と声をかける。彼らも魔力と剣で戦うコウメイ(ミキ)との訓練を楽しんでいるようだ。

 青制服の国家騎士との訓練は、ヒッターのお供で鈍りかけた身体をほぐすのにちょうどよかった。顔見知りになった金髪の騎士と剣を打ち合い、体術の得意な騎士に習って素手の戦いに磨きをかける。逆にコウメイも騎士らに魔術師との戦い方を教えた。


「ミキ、気付いているか?」

「コソコソとこっちを見ている連中だろ」


 打ち合いの相手、確か名前をフランシスといったか、彼がチラリと視線で窓を指し示す。ガラス越しに白い騎士服の男が見えた。青の騎士服は国家騎士団、白の騎士服は王宮騎士団だ。これまでの監視とは異なる、ねちっこい感情が露骨に込められた視線だ。


「白の奴らがこっちに来るなんてはじめてだぞ。なんで目をつけられたんだ?」

「俺が団長の護衛に選ばれたからだ」

「ああ、なるほどな」


 王族に仕え、王族を護るために存在する騎士らにとって、ヒッターの護衛は名誉な職責だ。なのに平民で冒険者あがりの魔術剣士が選ばれてしまった。その不満は王族には向けられない。不満をくすぶらせていたところに、先日の国王主催の舞踏会だ。コウメイが随伴したことで我慢の限界に達したらしい。コウメイに直接の行動に出ようと押しかけてきたのだろう。魔術師団にきて揉めているところを王族(ヒッター)に見られては心証が悪くなるため、こちらで訓練に参加するタイミングでやってきたあたりは姑息だ。


「厄介な連中に目をつけられたな。まあ、頑張れ」

「同じ騎士だろ、何とかしてくれよ」

「無茶を言うな。あっちは貴族、こっちは平民だぜ」


 ヒッター(王族)を味方につけている分、コウメイ(ミキ)のほうが自分たちより有利なのだから自分でどうにかしろ、と金髪の騎士はコウメイの剣を押し離した。


「味方につけてるわけじゃねぇんだけどなぁ」


 訓練を終えて建物を出た途端、コウメイは数人の白い騎士服に取り囲まれた。青服の騎士らは厄介事を避けるように遠巻きにしている。コウメイと剣を交わしたことのある数人の青騎士らが足を止め、無言で見つめることで圧をかけてくれたが、貴族連中にどれほどの効果があったかはわからない。

 巻き毛の白騎士がニタニタとした下品な顔を近づけた。


「我らもヒッター殿下の護衛殿に稽古をつけてもらいたいのだが、どうだね?」

「俺を王宮騎士団の訓練場に入れていただけるのですか?」

「馬鹿を言うな。下賤が我らの訓練場に踏み入る資格はない」

「穢れた者には石畳すらもったいないわ」

「奴隷の相手など、この土埃の場で十分だ」


 剣の柄に手を置き、カッとなったコウメイが剣を抜けばそれを理由に切り捨ててやろうと構える。はやく暴れろ、我慢するな。白騎士らの言葉は侮辱的な蔑みを増してゆく。見守っている青騎士たちのほうが堪えきれなくなっている。校舎裏で取り囲んで集団リンチするような馬鹿は異世界にもいるらしい。


「申し訳ないが、俺はこれから自宅に戻る団長の護衛につかなければならない。遅れれば理由を説明するしかないんだが?」


 てめぇらと違って王族の上司が待っているのだ、邪魔するつもりなら洗いざらいチクるぞ。なにせこちらは下賤の腕輪つきだ、これ以上身分は下がりようがないのだから恐れるものはない。


「貴様のような下賤が不敬だ。殿下の護衛を辞退しろ」

「そうだ、我々王宮騎士団こそが殿下を護る任に就くべきだ」

「平民には荷が重い、貴様もわかっているだろう、な?」


 ヒッターの護衛を辞退しろ、王宮騎士を推薦しろと要求する白騎士らに、コウメイは袖をまくり上げて腕輪を見せつけた。


「申し訳ないが、これがある以上、俺は団長の命令に従うしかねぇんだよ」


 文句は直接本人に言え。できるならば、と半眼で一人一人を見返すと、彼らは面白いように顔色を変えた。腕輪の主はヒッター(王族)だ、その命令を妨害する行為だと示されては、白騎士らは反論できない。


「それでは、仕事に戻りますので。みなさん、ごきげんよう」


 ギリギリと歯を軋ませて悔しがる王宮騎士にケンカを売ったコウメイは、アキラを真似て優雅にその場を立ち去った。


   +


 継承権を持つ王族は王城に部屋を持っている。だがヒッターは窮屈な居住を嫌って城外に邸宅を構えていた。ヒッターを邸宅に送り届けてその日の業務を終えたコウメイは、夕食を求めて下町に向かった。

 冒険者の多い飯屋は賑やかだ。混み合う店内をうろつき、見つけた空席に腰をおろす。一人でも多くの客を確保しようとしてか、客席の間はとても狭い。隣に肩が当たるばかりか背後の客とも背がぶつかるほどだ。

 注文したエル酒と料理が届き、乾いた喉を潤した拍子に、コウメイの頭も後ろの客にぶつかった。


「あ、悪い」

「おー、気にすんな」


 彼の謝罪におおらかな声が返り、陽気な笑顔が振り返った。ハチマキをしたたくましい青年はニヤリとし、お互い様だと手にした串肉を振って見せた。

 そのまま何事もなかったかのように食事をはじめたコウメイは、隣の冒険者の酔いが深くなったのを見計らって、背中合わせの男に合図を送る。


「罠にハマったんだって?」


 笑いを堪えたシュウの声は、他には聞こえないよう小さく潜められていた。


「虎穴に入ったんだ。逃走ルートは?」

「候補は二つ。アキラの身体能力を無視していいならあと五つ。俺が担いでいいんだよな?」


 背負える荷物の限界重量はシュウが上だ。


「仕方ねぇな。キャロルさんからは?」

「本は七冊、赤錆みてーな渋い色の表紙だそーだぜ」

「赤錆か。助かる」


 片っ端から魔術書を確かめる必要はなくなった。


「俺以外に屋根を走る怪しーのがいるんだ、調べてくれ」

「前に言ってたヤツか。わかった」


 必要な情報交換を終えると、先に食事を終えたシュウが席を立った。


「次は三日後、青壁亭な。魔鹿肉料理が評判の飯屋だ」


 また肉料理の店か、との文句を聞く前に、シュウは狭い店内をするりと抜け出ていた。この店にいるどの冒険者よりも立派な体格だというのに、誰にもぶつからない身のこなしはさすがだ。

 次の客が背後の空席を埋めたのを確認して、コウメイも店を出た。宿舎の自室に戻る前にアキラの部屋をたずねる。


「飯は?」

「食堂で食べた。それは?」

「土産のデザートだ」


 レギルを半分に切り割って渡したコウメイは、ベッドの端に腰をかけた。


「ヘルミーネの魔術書は赤錆色の表紙だそうだ」

「こちらの書庫でも探すが、やはり王宮図書館の利用資格がほしいな」

「正面から行かなくても、方法はあるだろ」

「それは最終手段だ」


 忍び入ってこそこそと探すのは手間も時間もかかりすぎる。


「シュウがまた隠密っぽいのに遭遇したそうだ。情報を集められるか?」

「他国の密偵か、王家の影か。書庫室長に探りを入れてみるが期待はするなよ」

「わかってる。俺も青騎士の連中に探り入れてみるわ」


 まだ若いレギルに歯を立てると、酸味の強い果汁が口に広がった。後から追いかけてくる甘さが心地いい。


「明日は団長のお供して出張修理だ、気を抜くんじゃねぇぞ」

「そっちこそ、迂闊な反応するなよ」


 レギルを食べ終えたコウメイは、廊下に気配がないのを確かめて、素早く自室に戻った。



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