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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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嵌められた彼



 修理の必要な魔道具は、全て自分の元に持ち込まれているのではないだろうか。そんな疑念を抱かずにはいられないほど、アキラは多忙を極めていた。


「ハギモリ、これ急ぎなんだけど頼めるかな?」

「無理です」

「そんなこと言わないでさ」

「先日急ぎでと頼まれたものも修理が終わっていないんですよ」


 アキラの作業用に提供されている机の周辺には、持ち込まれた魔道具が山積みだ。ヒッターだけでなく、事務室や会計課、魔術訓練場、カイゼル髭の部屋からもこっそり運び込まれている。その種類は多岐にわたり、量も半端ではない。

 魔道ランプや浄化水筒といった小物から、重量軽減効果のなくなった荷箱や魔術の付与効果のなくなった防具あたりはまだ許容範囲だが、ヘル・ヘルタントの戦馬まであるのはどうしてだ。

 アキラはそれら全てを手に取り、一度は修理を試みるふりをする。露店で直した魔術鍵の難易度を基準に、簡単な品は修理し、難しい品は失敗したとして返却していた。それでも数は増えるばかり。


「この前のは後にして、こっちを先にやってよ。本当に急いでるんだよ」

「氷を作る魔道具ですか……誰が急いでるのですか?」

「王宮の調理場」


 今夜の舞踏会で提供される冷菓作りに必要なのに、つい今朝ほど壊れてしまったのだそうだ。


「予備の魔道具くらいないんですか?」

「それが予備なんだよね。五つあった製氷魔道具が直ってなくてね。予備を使ってる間に注文してたやつが届くはずだったんだけど、その前に予備も壊れちゃったんだって」


 修理できる者がいないため、オルステイン王宮では、高価な魔道具が使い捨てられているとヒッターに事情を説明された。不経済だし、緊急時にも困るのだから、修理技術者を育てる方策をたてるべきだと個人的に具申したくなったが、この国の戦力増強につながる危険性を考えて口をつぐんだ。


「氷を使わない料理に変更すれば良いと思いますが」

「修理できるかもって僕が言ったんだよ。陛下も氷菓が食べたいって言うし、料理長は直るのなら作るって準備してるし」

「直る保証がないのに安請け合いしたんですか?」

「だからハギモリが修理すればいいんだよ?」


 アキラは大声で叫びたいのを必死に堪えた。ヒッターはここ数日にアキラが修理した魔道具を見ており、「ハギモリ」に製氷魔道具の修理は不可能だと理解しているはずなのだ。それなのに無理を押しつけてくるのだから、きっと何かを企んでいるに違いない。その見当がつかないせいで、アキラには選択肢がほとんどない状態だ。


「私が修理できなかったらどうなるんですか」

「そうだね、それが直らないと舞踏会で冷菓が提供できなくて、怒った陛下が料理人を始末しちゃうかもしれないね。製氷魔道具があれば生き延びられるのに、かわいそうだと思わない?」


 きっかけはヒッターの安請け合いだというのに、彼は料理長をかばうつもりがないどころか、率先して責任転嫁を図るつもりのようだ。


「……直せるかどうか、見てみます」

「さすがハギモリ、やさしいね!」


 ため息を隠さないアキラに、ヒッターは人畜無害に見える悪質な笑顔で製氷魔道具を押しつけて立ち去った。


「六の鐘くらいに取りにくるからよろしく」

「……」


 ヒッターの姿が扉の向こうに消えてから、アキラは悔しさをぶつけるように拳で机を叩いた。魔術師団の団長は、笑顔と弾むような口調で平然と卑劣な脅しをかける男だった。見ず知らずの他人がどうなろうと知ったことではないが、ヒッターはアキラの隠す罪悪感を巧みに刺激するだけでなく、彼が逃げ出せないと本能で嗅ぎ取って、そこにうまく付け込んでくる。


「いつまでも我慢できる気がしないぞ」


 さっさと目的の物を盗み出して逃げ出したかった。だが肝心の保管場所がまだ探り出せていない。ヒッター直属になればコウメイのようにあちこちを連れ回され、探す機会はいくらでもあると思っていた。なのに潜入してからのアキラは、ほぼこの部屋に軟禁状態だ。魔道具の修理が終われば好きにしていいと言われているが、「修理師ハギモリ」に設定した能力ではそれを実行すると確実に怪しまれてしまう。


「……潜入手段を間違えたな」


 隠蔽の魔道具を使いつつ、あちこちに不法侵入して家捜しするほうが確実だったかもしれない。そんな後悔を噛みしめつつ、アキラは製氷魔道具の修理に取りかかる。

 備え付けでない魔道具は高価かつ高精度だ。ヒッターが持ち込んだ製氷機も、王宮の大広間の料理テーブル近くに運ばれ使われるもので、調理器具とは思えない装飾が施されているし、その性能も最高級品だ。外装を取り外して魔術式を確認すれば、やはり「ハギモリ」では修理できない高レベルなものだった。


「これを修理してしまうと、齟齬がでてしまうが……」


 何の罪のない料理人に害が及ぶのは後味が悪い。アキラは山積みになった魔道具を眺め、今日は製氷の魔道具にかかりきりになると決めた。鐘四つもの時間をかけて、なんとか一回だけ使える程度に修理できたことにしよう。

 六の鐘が鳴ってもアキラはまだ修理を終わらせず、魔道具を回収しに来たヒッターを半鐘ほどその場で待たせたまま修理を続け、遅れはしたがなんとか舞踏会の最終準備に間に合わせた。


「使えるようになったと思いますが、使用途中で壊れる可能性もあります」

「そうなんだ? でも舞踏会の間くらいは動いてくれるよね?」

「……たぶん、大丈夫です」


 別の意味で疲労困憊のアキラは、運搬係として同行していたコウメイ(ミキ)に製氷魔道具を押しつけた。


   +


「うわー、何そいつ、聞いてるだけでイライラするー」


 魔術師団に勤めはじめてからの、主にヒッター団長への愚痴を聞かされたシュウは、料理の付け合わせだった酢漬けの野菜をアキラに差し出し慰労する。


「そいつの護衛させられてるコウメイがかわいそー。俺はぜってー我慢できねーぜ」

「まったくだ。団で一番強い攻撃魔術師だそうだから、護衛なんて意味がないだろうに」

「おー、アキラが嫌みとか、マジで腹立ってんだな」

「俺は出勤してから退勤まで、ずっと魔道具修理のために一室に閉じ込められているんだぞ。アフロの後をくっついて歩いているだけのコウメイのどこがかわいそうなんだ?」


 八つ当たりが自分にまで飛び火しそうだと肩をすくめたシュウは、そういえばと窓の外を振り返る。


「コウメイの奴、遅くねーか?」

「今夜は王家主催の舞踏会があるんだ、さすがに抜け出せないだろう。団長はアレでも王族だから出席するだろうし、護衛のコウメイも大広間にいるはずだ」

「舞、踏、会!!」


 目が点になるほど驚いたシュウは、噴き出した勢いで床に転がり、そのまま腹を抱えて爆笑した。


「なにそれ、ダンスすんの? コーメイが?!」

「護衛は踊らないんじゃないか?」

「でもさー、あのコウメイだろ。ぜってー美女に目をつけられてると思うんだよなー」

「……あり得るな」


 コウメイは仕事中だと断りを入れるだろうが、ヒッターが面白がって踊るようにと命令しそうだ。貴族や悪趣味な王族らに遊ばれるコウメイを想像したアキラは、そのうっとうしさを想像しシュウのように面白がれなかった。


「何人引っかけるかなー。五人くらい?」

「踊るのは三人、かな」

「よし、賭けよーぜ」


 小銀貨を賭けた二人は、結果は三日後にと笑って別れた。

 だがその勝敗を確認する日はこなかった。


   +++


 アキラが出勤した翌朝、ヒッターは執務室に現れなかった。当然コウメイもいない。事務室に問い合わせると、舞踏会を最後まで楽しんで夜が遅かったため、二人は午後からになると教えられた。


「チャンスか、罠か、どちらだろうな」


 団長執務室に入室する権利を与えられてまだ七日目だ。ヒッター不在の室内を探す絶好の機会だが、彼の信頼を勝ち得ているとは言いがたい現状を考えると、不用意に探りを入れるのは危険だ。


「とりあえず、彼が持ち込んだ魔道具の修理をするか」


 修理の終わった魔道具を彼の執務机に置くという建前を用意して、堂々と探りを入れると決めた。

 壊れた魔道具に占拠された隣室に戻ったアキラは、ヒッターのいる場面では目を背けてきた駿馬人形の前に立った。表面の一部は熱で変色し、胴体側面は大きく凹んでいるが、頭部も四肢も欠けることなく残っている。


「こんな完璧なものを、どうやって入手したんだか……」


 ヘル・ヘルタント国は他国に機密が漏れないよう、破壊された戦馬をその破片一つ残さず戦場から回収している。そんな最上級の機密魔武具を、戦場の混乱にまぎれたとはいえ盗み出したのだ、オルステインの諜報は侮れなさそうだ。


「直せないのに回収したということは、ウェルシュタントあたりに売りつけるつもりだろうか」


 アレ・テタルの魔武具師を引き抜き複製を作らせて戦場に配置すれば、平原の戦況は大きく変わる。ウェルシュタント国ならガラクタでも高値で買い取るに違いない。いや今のオルステインは、金よりも魔武具が優先されるかもしれない。提供の見返りに複製された戦馬を譲り受けるのだ。それをニーベルメアとの戦に投入する……案外それが目的かもしれないと思いながら、これも良い機会だと駿馬人形の多層魔術陣を読み取って行く。


「……これ、壊れてないぞ」


 動力源となる魔力が枯渇していることと、司令権限による命令で動きを止めているだけだ。魔石を交換し、司令権を変更すれば今すぐにでも動かせる状態だった。


「オルステインには残しておけないな」


 アキラは魔術陣に修正を加え、他者の干渉を完全に閉ざすことにした。

 駿馬人形の処理を終えたアキラは、魔術鍵と保管箱、それと複雑な魔術が埋め込まれた魔道ランプを優先して修復する。

 指輪からの光が指し示さないことから、ヘルミーネの魔術書が保管箱に入っていないのは間違いない。だが竜血の毒が収められている可能性はゼロではない。全ての鍵を開け、収納されている品を確認してゆく。だが残念ながら、そのほとんどが宝石や貴金属だった。古い物が多く、特に呪いの魔武具と称されるのに相応しい指輪やネックレスの宝箱は、悪趣味なオルステイン王家らしいと、アキラから苦い笑みが漏れていた。

 古く曰くありげな魔道ランプの中には、灯りをともすだけでなく、侵入者を察知して警鐘を鳴らす魔術陣が組み込まれた品がいくつかあった。それらは灯りがともるように直したが、警鐘の魔術陣は細工をして無効化しておいた。王城のどこに備えられるのかわからないが、そのうち忍び入るのだ、妨げとならないための下準備と思うことにする。

 そうやってめぼしい魔道具を点検し、目的の品を見つけられなかったアキラは、呪いの品の入った宝石箱や、複雑な魔術鍵の箱を閉じて封印しなおすと、ハギモリに開けられそうな魔道具だけをそのままにしてヒッターの執務室に運び入れた。


「ここにもなさそうだな」


 執務室内で指輪を使ったが、指し示す光は王城を向いており、ここにもエルフの遺物はない。


「昨夜のうちにコウメイが何か掴んでいればいいんだが……」


 五の鐘が鳴った。

 屋外や廊下からざわめきが伝わってくる。訓練や職務をしていた魔術師らが、昼食のため団敷地を移動しはじめたのだ。ヒッターが現れるまで時間がない。アキラは素早く書棚や執務机の引き出しを探ったが、竜血の毒や魔術書の手がかりは見つからなかった。

 ヒッターの書棚に飾られているのは、宝石や金銀をまとった本ばかりだ。魔術師と名乗るのなら装飾本(インテリア)ではなく稀少な魔術書の一冊や二冊は収納してほしいものだ。


「……書庫があるはずだが」


 ヒッターに案内された範囲に書庫はなかった。コウメイから聞いていた杖の部屋もだ。事務室で場所を教わり、休憩時間に探れないだろうか。そんな計画を立てている背後で扉が開いた。


「あれ、ハギモリ、何してるの?」

「修理を終えた品をこちらに運んできたんですよ」


 執務机に乗せたいくつかの魔道具を指し示しながら、アキラはさりげなく書棚から離れた。


「魔術鍵が三つに、軽量箱が一つか。頑張ってるじゃないか。そういえば昨日の製氷魔道具、ちゃんと直ってたよ」


 執務椅子に座るヒッターは元気だ。それに比べコウメイはずいぶんと疲労が濃い。昨夜の舞踏会で、朝寝では取れないほど疲れる出来事があったのだろう。労りの視線を向けると彼は苦笑いでひっそりと頷いた。


「そうだ、ハギモリに案内してないところがあるんだよね。修理できるか見てもらいたい物もまだあるし。ほら、行くよ」


 修理済みの確認作業に飽きたヒッターは、魔道具を放置してアキラを急かす。ようやく堂々と敷地内を探るチャンスがきたのだ、アキラははやる気持ちを抑えて団長の後に続いた。

 最初に向かった部屋は衣装室だった。色とりどりの魔術師団のローブが収められており、部屋の奥には洗い場へとつながる入り口もある。


「ハギモリも気に入ったローブがあったら着るといいよ」

コウメイ(ミキ)さんは着ていませんよね。騎士服ですし」

「俺は魔術じゃなくて剣で戦うからな、こんなひらひらしたのを着てちゃ身動き取れねぇだろ」


 コウメイが手近にあった一着をつかみ、背中の紋章を見せつけるようにアキラに渡した。薄紫色の生地に銀糸で刺繍された紋章は、装飾も派手で重い。こんなものを背負いたくないと、アキラは即座に衣類掛けにローブを戻した。


「ミキは仕方ないけど、ハギモリは着といたほうがいいよ。一目で団員だってわからないと、どこから攻撃魔術が飛んでくるかわからないからね」


 団のローブを身につけていない人物を敷地内で見かけたら、問答無用での攻撃が推奨されているのだとヒッターが説明した。どんな防犯システムなのだと呆れながら、アキラは掛けられたローブを一瞥する。

 ここにあるのは魔法使いギルドの色級に倣ったローブばかりだ。ギルドは否定するくせに、階級付けとしてわかりやすい部分は取り入れているのだろう。団のトップであるヒッターは濃紫のローブを着ている。新入りであり、魔術師団では一段下に見られる修理師なら黒を選んでおくのが無難だろう。アキラは黒布に紫の刺繍のローブを選んでその場で羽織った。

 団員の証であるローブの着用を許されたということは、これからは敷地内を自由に移動する許可が出たということだろう。


 次に連れて行かれたのは書庫だった。薄暗く埃っぽい部屋の壁に、天井までの大きな書棚が並んでいる。部屋の中央に置かれたテーブル席は閲覧用なのだろう、何人かの魔術師が熱心に書写していた。


「ここの魔術書は持ち出し禁止だからね」

「閲覧はできるのですか?」

「ハギモリ、魔術書読めるの?」


 向けられた視線には驚きよりも、返事する際の表情を見逃すまいとする強さがあった。アキラは素知らぬふりで魔術陣を見たいのだと答えた。


「私の修理方法はご存じでしょう? できるだけ多くの魔術陣の形を見て覚えておけば、修復時の間違いを減らせます」

「ああ、そうだね。だったら利用許可証を作っておこうか。好きなだけ魔術陣を探すといいよ」


 ヒッターは書写中の黄ローブに声をかけ、その場でハギモリの利用許可証を作らせた。書庫は常に施錠されており、管理者である黄ローブの魔術師が在中時にのみ閲覧が可能。入退室時には許可証を提示し記録が残される。それらの説明の最後に許可証を渡しながら黄ローブはアキラを誘った。


「私的な書写は許可できませんが、手伝いは歓迎しますよ」

「修理の手が空くようでしたら喜んで」


 魔道具室のガラクタが増えはしても減らないことを知っている黄ローブは、アキラの返事を聞き残念そうに肩を落とした。

 書庫を出たヒッターは次はどことは言わず一階まで降り、魔道具室の向かいにある扉を開けた。


「……地下ですか」

「ここにもね、壊れた魔道具がいっぱいあるんだよ」


 扉の先は闇だ。ヒッターが壁を触ると、一斉に魔道ランプが点灯した。それでも薄暗いそこを、彼は慣れた足取りですすんでゆく。


「どうしたの、早くおいでよ」


 ヒッターに促されたアキラは、隣に立つコウメイにチラリと視線を流した。背中は任せておけというように力強く頷くのを見て、アキラはゆっくりとヒッターの後を追う。

 ほのかな魔道ランプで照らされる薄暗い階段を、ふわふわとした頭髪が揺れ降りてゆく。最初の踊り場に降りたとき、頭上で扉の閉まる音がして、コウメイが追いついてきた。

 アキラはヒッターの後ろにいるのを利用して指輪を使ったが、光は階下とは異なる方角を指し示している。ここに遺物は保管されていないようだが、竜血の毒はどうだろうか。


「ここだよ」


 足音が響く階段を二階分ほど降りたところに、重厚な扉があった。ヒッターはその鍵穴に手持ちの鍵を差し込む。魔術鍵でないのは、開けられなくなるのを警戒してだろうか。

 扉が開き、アフロが天井の魔道ランプを点けた。


「どう、すごいでしょ!」


 高らかな声とともに振り返ったヒッターは、どうだと自慢げに室内を指し示す。

 書庫と同じように壁に作り付けられた棚には、魔術師の杖が陳列されていた。棚に収納しきれないものは、床に布を敷き並べられている。


「魔術師の杖ですか。こんなにたくさん……」

「数は覚えてないけど、五百はあると思うよ」

「よく集めましたね。いったいどうやって」

「国境で魔術師から譲ってもらったんだよ」


 好意的に譲渡されたとヒッターは言うが、実際は強制接収だろう。オルステインは国を出ようとする魔術師らに、出国の条件として杖を捨てさせた。また入国してくる魔術師にも杖の持ち込みを禁止している。

 オルステイン国内で杖を保有しているのは、我が魔術師団だけだと彼は自慢げに語った。

 ヒッターはそれらの中から手近にあった一本を手に取ると、それをアキラに突きつける。


「出でよ、火の玉!」

「なっ」


 思わず両手を突き出して壁を作りかけたアキラだが、ヒッターの魔術が不発に終わると気付いて力を緩めた。

 注ぎ込まれたヒッターの魔力は杖に吸い込まれたが、攻撃魔術は発動しなかった。


「ほらね、せっかく集めたのに、ここにあるやつ、ほとんどが壊れてるんだよね」

「……驚かさないでください」


 危なかった、と胸を撫で下ろすアキラに、彼は発動しなかった杖を投げ渡した。

 アキラは黒檀の杖を静かに見つめる。それは独り立ちする弟子に師匠が贈る、標準的な杖だった。魔術増幅と水刃魔術に下級治癒の魔術陣が刻み込まれている。杖の所有者は火属性の魔術師だったのだろう。

 ヒッターの火の玉が不発に終わったのは、杖が壊れていたからではなく、全ての魔術陣に魔力を注いだため、互いを打ち消してしまったからだ。彼が魔術陣を読み取り、増幅にだけ魔力を集中させていれば、火の玉はアキラを焼いていたはずだ。


「これ、直せる?」

「直せません。杖は魔道具ではありませんから」

「杖って道具じゃないの?」

「杖は杖です。魔道具でも魔武具でもないので……これ全部壊れているんですか?」


 アキラは探るようなヒッターの視線を避け、我ながら白々しいと呆れつつ部屋をぐるりと見回した。ざっと見ただけだが、ここに保管されている全ての杖は使用可能な状態だ。


「使っても何も起きないから壊れてるんだと思うよ。そっか、ハギモリでも直せないのか。残念だなぁ……あ、そうだ」


 奥の棚に近寄ったヒッターが、複数の魔石のついた火蜥蜴の杖を手に取った。


「製氷の魔道具を直したご褒美、この杖でどうかな?」

「……修理師の私では使えませんし。それに壊れてるんですよね?」

「でも高値で売れるよ。ハギモリはお金大好きみたいだから、換金すればいいよね」


 どれにする? と笑顔で迫るヒッターの真意が読めない。国内では換金不能、かといって他国に持ち出すこともできない杖を褒美にする。彼は何を言おうとしているのだろう。


「あれ、気に入らない? じゃあ魔道具はどうかな。ハギモリに似合いそうなのがあるんだよね」


 裏のなさそうな笑顔がじりじりと迫り、アキラは無意識に後退っていた。

 得体の知れない不気味さと嫌悪感が、この男は危険だと警鐘を鳴らす。今すぐ戦略的撤退すべき。そう判断したアキラは、わずかにコウメイを振り返る。彼の後ろにある地下室の扉は開いたままだ。逃げ道は確保できている。


「これなんかどうかな? 似合いそうでしょ」


 彼がローブの下から銀の輪を取り出した。ちょうど頭と同じくらいの大きさの、赤い魔石のついた輪だ。


「これ、きみのために特注したんだよ」


 ニタリと笑う彼の狂気に、鳥肌が立った。

 逃げねばと翻した身体を力強い手が遮る。


「ミキ、暴れないように捕まえといてね」

「大人しくしてたら手荒なことはしねぇぜ」

「なっ?!」


 両腕ごと背後から掴み捕らえられたアキラの額に、銀の輪がはめられた。冷たい金属が額の体温を奪ってゆく。


「ええと、『バ、ク』だったかな」

「い……っ!!」


 たどたどしい命令の声の直後に、銀の輪がアキラの頭部を締め付けた。額部分にある魔石から脳の奥へと、落雷に似た痺れが走る。衝撃と痛みはすぐに引いたが、引き換えに身体が痺れた。


「効いてるね。陛下の魔道具師も捨てたものじゃないな」

「な、ぜ」


 腰と身体を抱き支える眼帯を振り返り、アキラは睨み問う。

 コウメイは無言でほほ笑んでいるだけだ。応えたのは楽しげなヒッターだ。


「ハギモリ、もっと出来る人でしょ。なのに隠してるし。せっかくの人材を逃したくないからね。ミキもきみが気に入ったっていうし、護衛を続けるならハギモリを入団させろって条件出されたし」

「悪いな」

「こ、れは、何の、魔、道具」


 重い腕を伸ばして、額の冷たい輪に触れた。感じ取れる魔術陣は二つだ。一つは従属の魔術陣。もう一つはアキラが提案しリンウッドが描いた、あの魔術陣だ。


「犯罪奴隷を大人しくさせる額飾りだよ。きみにあわせて作らせたんだ、似合ってるよ」

「なんの、ため、に」

「きみに直してもらいたいものがあるんだけど、絶対に裏切らないって保証がないと見せられなくてさ」


 銀輪に刻まれた魔術陣はかなり単純化されており、無効化するのは簡単だ。だが額に触れるアキラの手に、コウメイが包むように手を重ねて止めた。


「しばらく痛いと思うけど、一晩経てば治るはずだから。詳しいことはまた明日ね」


 あとはよろしく、と手を振ったヒッターが杖を投げ捨て部屋を出てゆく。

 足音が上階へと遠ざかるのを聞きながら、アキラは身体の力を抜いた。緊張と痛みからくる眉間の皺を、コウメイの指がほぐし揉む。その手首にある鉄の輪を見て、アキラが目を細めた。


「あー、ごめんな?」

「……説明してもらおうか?」

「わかってる、長くなるから場所移すぜ」


 運ぶから寝てていいぞ、という言葉に甘え、アキラは引っ張られるままに意識を深みへと沈めた。



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