国家魔術師団、入団
広場での営業を早めに切り上げたアキラは、そのまま魔術師団の詰め所に向かった。通行証を提示し、魔道具の修理代金を受け取りに来たと伝えると、職員は大慌てで奥にひっこみ、すぐに濃い紫色のローブを着た男を連れてきた。
「昨日魔術鍵を開けたのはきみ?」
ふさふさと豊かな……豊かで自由奔放すぎる毛髪のせいで、頭部が巨大に見える中年魔術師は、アキラの顔を見た途端その手を掴んだ。
「他の魔道具も修理してみてよ!」
「その前に、先日の代金を支払っていただけますか?」
引きつり気味の笑みで誤魔化しつつアフロ頭から離れようとしたのに、手は意外なほど強く掴まれていた。
「あ、ああ、そうだっけ? いいよ、きみ、すぐに支払って!」
「ヒッター様、それは歳出係の仕事です。手続きが必要で……」
「じゃあ僕が行くよ、さあ!」
鳥の巣のようなふわふわとした髪を揺らしながら、ヒッターと呼ばれた男は握ったままのアキラの手を強引に引っ張った。
はじめての建物内を、おそらくは部外者立ち入り禁止であるはずの奥へと、アキラは連行されてゆく。せっかくの機会だと周囲を素早く観察した。魔術団の本拠地だというのに、防御魔術の類いは一切感知できない。建物も素直なもので、隠し部屋や通路が作られている様子もなかった。
「はい、三千ダルだったね、これでいいだろう?」
「確かに、いただきました」
「じゃあ次の修理を頼むよ、席はこっちだ」
「待ってください、席とは?」
「きみの席だよ」
有無を言わせず連れ込まれた部屋には、魔道具が山積みにされた机があった。魔道具の山の向こうには、カイゼル髭とぎょろ目が座っている。アキラを見た途端、二人は青ざめて立ち上がり、魔道具の山が雪崩を起こした。
「あ、おまえはっ」
「やあベギスル、素晴らしい魔道具修理師が仲間になったんだ、面倒見てやってくれよ」
「なんですと!?」
「待ってください、私は仲間になった覚えはありませんが」
「おや?」
アフロ頭が不思議そうに揺れ、カイゼル髭は心底から嫌そうに顔を歪め、ぎょろ目は驚いて魔道具を取り落とす。アキラは掴まれたままの手を取り返した。
「だって、入団したよね?」
「していません!」
「団長、こんなところに居たんですか……やあハギモリさん、修理代は受け取れたか?」
アキラはタイミング良くあらわれた眼帯を捕まえ、半ば本気で揺すり抗議した。
「ミキさん、この方をどうにかしてください。強引に引っ張り込んだあげく、勝手に私を入団させて働かせようとするのですよ」
「……ヒッター団長、ちゃんと入団条件の説明して、本人の了承もらったのかよ?」
「え、先払いの給料受け取ったんだから、入団の意思ありでいいんだよね?」
「それは先日そこの髭の方が踏み倒した修理代です!」
「あれ?」
「団長さんよぉ……」
異世界であっても社会人としては不適合としか思えないこの男が、オルステイン王家直属魔術団の頂点だと、ミキが説明する。
人材不足なのか、こう見えて実は凄腕の魔術師なのか、アキラは探るようにアフロ頭を眺めた。
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カイゼル髭の敵視の目から逃れて団長執務室に移動したアキラは、ヒッターの執拗な勧誘を受けていた。同席するコウメイも前のめりのアフロを押さえ込むので精一杯のようだ。
「見ただろ、あの壊れた魔道具の山。あれを直してみたいと思わないか?」
「思いませんね」
机だけではない、棚にも床にも壊れた魔道具が積み重ねられていた。いくら修理の早いアキラでも、あれを押しつけられたら過労死は確実だ。現にカイゼル髭もぎょろ目も死人のような顔色をしていた。
「じゃあなんで魔術師団に来たの?」
「未払い金の回収です」
「せっかく来たんだからさ、入団しちゃいなよ」
本当にこれがトップなのかと懐疑的な視線を向けると、コウメイは哀れむような表情で大きく頷いた。魔術団内部でも腫れもの扱いされているらしく、入団したばかりの魔術剣士にお世話係が押しつけられているらしい。
「団長、せめて待遇とか入団資格くらいは説明しなきゃ駄目だろ」
「ミキがしてよ」
「はいはい……えぇと、あらためて自己紹介な。俺は魔術師団員で、団長の護衛についているミキだ。こちらはヒッター団長」
「国一番の魔術師、が抜けてるよ」
にこにこと、邪気のない子供のような笑顔でしっかりと主張するヒッターは、己の実力に絶対の自信があるようだ。彼に見えない角度でコウメイが苦笑いを堪えている。
「入団資格の条件がこっちで、待遇がこっちな」
二枚の板紙を差し出され、ざっと目を通す。入団資格は魔力を持つこと、またそれを使えること、とある。
「私は魔力がありませんよ」
「そうなの? 魔道具修理したんでしょ?」
「魔力がなくても、修理できますから」
アキラがそう説明すると、ヒッターは目を丸くした。
「面白いね、ハギモリ。気に入ったよ。魔力なくても仕事が出来るなら問題ないよ」
魔道具修理の実績があれば十分だと魔力の有無は不問にされた。
「待遇は住居(入寮)と制服の貸与、飯は寮で三食食い放題、給与は月に五万ダル」
安いだろ? とコウメイが視線で問いかける。
「露店で魔道具を修理しているほうが稼げますね」
「だよなぁ」
「だったらいくら払ったら修理引き受けてくれる?」
「月の給与の他に、魔道具一つの修理につき二千ダル」
「そんな安くていいの? 払うよ!」
吹っ掛けたつもりの言葉に即答され、アキラは慌てて続けた。
「それと露店での商売を続ける許可と、寮ではなく今の部屋での生活の許可と家賃の補償を」
「通ってくるの、面倒くさくない?」
「わたしは王都に来たばかりですよ、閉じ込められるのは嫌です」
コウメイは寮暮らしだし、シュウも街兵の宿舎に入っている。これでアキラまで寮住まいになってしまったら、こっそり情報交換もできなくなるではないか。
「そうかぁ、仕方ないね、下町に住むのは許可するよ。寮の部屋も用意するから、帰るの面倒になったら使っていいよ」
するのか、と驚きにアキラは目を見開いた。機密保持を考えれば断わられるだろうと思っていたのだ。
「その代わり、所属は魔道具修理室じゃなくて、僕直属だから」
「直、属?」
「団長に振り回される部署だ、よろしく頼むぜ」
「……他の団員は?」
「少数精鋭なんだ」
にっこりと笑ったアフロは、二本の指を立ててアキラの前に突き出した。
「まさか二人だけなのか?」
コウメイに握手を求められたアキラは、剥がれ落ちそうになるポーカーフェイスを必死に維持し、なんとか他人の振りをしたままその手を掴んだのだった。
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正式に入団が決まってすぐに連れてゆかれたのは、魔術師団の訓練場だ。色とりどりのローブ姿の魔術師らが、魔力の属性に分かれて攻撃魔術の腕を磨いている。訓練を中断させ、団長自ら「直属の新しい団員」とアキラを紹介する。一斉に向けられたのは嫉妬の視線だ。その圧に思わず腰が引けた。
「ハギモリは優秀な魔道具修理師だからね。これで夜の廊下も明るくなるよ」
庁舎や宿舎の魔道ランプを最優先に修理させるとの言葉を聞いて、彼らの表情は嫉妬から嘲りに変わった。攻撃魔術を使えない者への見下しは露骨だ。
「仕事場は僕の部屋の隣だよ。ミキが運んでくる魔道具の修理をやってね」
「先ほどの魔道具の部屋が仕事場じゃないんですか?」
「あの鍵を開けられる修理師に、あの部屋の魔道具はもったいないよ。きみが楽しめる修理しがいのある魔道具があるから、そっちを頼むね」
「団長、その前に廊下の魔道ランプの修理してもらうんだろ」
たった今団員らの前で宣言したのをもう忘れたのかとコウメイが注意する。
「あれ、そんなこと言ったっけ? 仕方ないな、とりあえず敷地内の魔道ランプなんとかしてよ」
じゃあね、と手を振った団長は、ローブの裾を翻しながら火属性の魔術師らの集まりへと駆けてゆく。その後を追うコウメイが、修理の場所は事務室で教えてもらえとアキラを訓練場から追い出した。
「……あんなので組織の長が務まるのか?」
気まぐれ、あるいは気分屋、つかみ所のない自由奔放さ。あるいは鳥類に匹敵する物忘れの早さは、どこかの誰かを彷彿とさせた。振り回される嫌な予感しかない。
訓練風景を観察した限りだが、魔力量を偽っている魔術師はいないようだ。話を聞けそうな者がいないかと探したが、修理師を下に見る彼らはアキラが話しかけても無視を貫いている。カイゼル髭とぎょろ目も、アキラを職責を奪いにきた敵だと認識しており警戒が強い。探りを入れられそうなのは事務職員しかなさそうだ。アキラは玄関横の事務室を訪ね、壊れた魔道ランプへの案内を頼んだ。
自己紹介し魔道ランプの修理を申し出たアキラに、職員が最初に示したのは玄関灯だった。故障の原因は魔術式の摩耗だったので、銀の針でなぞり書きして修理は完了したのだが、手際が良すぎて「直った」の言葉は信用されなかった。
「本当に直ってるんですか?」
「どうぞ、点けてくださればわかりますよ」
疑り深い顔のまま事務職員が壁のスイッチを押す。
「え……嘘っ、直った、魔道ランプが直りましたよ!」
点け、消し、点け、と繰り返して感動に浸った後は早かった。職員は五階建ての詰め所建物のあちこちに散らばった壊れた魔道ランプへとアキラを連れ回す。アキラは修理の傍らで事務職員から情報を聞き出した。
「なるほど、団長は王族の方なのですね」
「公爵となられた王弟殿下の第二妃様のご子息で、優秀な魔術師なのを見込まれて王族に引き上げられたんですよ」
彼が団長に任命されたのは、実力や統率力以外の理由だろうと思ったのは正しかったようだ。あんなのが王位継承権を持っているなんて、オルステイン王家はよほど人材が不足しているのだろう。それにあの程度の魔力量で評価されるのにも驚きだ。
「優秀な魔術師、ですか」
「魔術師団で最も強力な攻撃力を持つ魔術師なんですよ。あ、団では団長と呼んでもかまいませんが、ここを出たら殿下とお呼びくださいね」
「団長は下町に出かけたりしないでしょう?」
団の外で会うことはないと首を傾げるアキラに、職員は真顔で言った。
「なに言ってるんですか、ハギモリさんは直属なのですよ、王宮に随行するのも役目です。ミキさんも護衛をしているじゃないですか」
なるほど、直属というのはお世話係という意味だったのか。だが王宮に堂々と足を踏み入れるチャンスがあるのは好都合だ。アキラは薄らと笑いを浮かべて壁のランプ修理に専念した。
アキラが雑談に紛れて情報収集をしていたように、職員もさりげない会話で探りを入れてきた。
「ハギモリさんはどこで魔道具修理を勉強したんですか?」
「ニーベルメアです。生まれが国境に近い村で、色々あってあちらに住んでいたときに、魔道具師から教わりました」
「で、では、あなたは魔法使いギルドの認定を受けた魔道具師なのですか? 魔道具を作れるのですか?」
「残念ながら、魔術師の才能はなかったみたいです。私ができるのは修理だけで、魔道具は作れないんですよ」
魔石をはめ込む場所が物理的に壊れていたせいで術式との接点が失われていたランプは、補強材を埋め接点を固定して修理は完了だ。薄暗い階段に灯りがつくと、壁際に集まっている埃が目についた。
「さすがの腕前です。団長が直属にするだけはあるなぁ」
「慣れているだけですよ。魔道ランプは修理に持ち込まれることが多いですし、構造もほとんど同じですから」
「ハギモリさん、修理室の二人に教えませんか?」
「あの二人は嫌がると思いますよ」
「ですね……団長命令、出してもらおうかな」
半ば本気で具申を検討する職員の様子に、アキラは心中で「やめてくれ」と叫びつつ、ランプ以外の修理には少し手を抜こうと決めた。
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昼下がりに未払い金の請求に行って個性の独特な最高権力者に振り回され、気がつけば入団させられただけでなく大量の魔道ランプの修理に奔走させられた。密度の濃い午後を過ごしたアキラは、襲い来る疲労感に身を委ね、ベッドに横たわっていた。
「なんで昨日教えてくれなかったんだ」
「そりゃ新鮮な驚きがあったほうがアキは自然体でいられるだろ」
約束の日ではないというのに部屋にやってきたコウメイに、アキラは多少の苦情を込めて問う。
「……あのヒッターというのは、どういう人物なんだ?」
「職員から聞いたんだろ?」
「王族らしいな」
だが知りたいのは肩書きではない。
「変わり者だろ」
「それは見ればわかる」
昨夜と同じように窓から忍び入ったコウメイは、疲れを理由に夕食を抜いたアキラに皮をむいたレギルを差し出す。
「団一番の火属性の攻撃魔術師」
「らしいが……あの程度でか」
「何か試したのか?」
「彼の後ろで魔術を展開させたのに、全く気づいていなかった」
「ああ、あれか」
訓練場でアキラを紹介しているときに試した。あんな間近で他人の魔力が動いても気付かないなど、アキラからすれば黒級以下の評価だ。それは団長だけでなく、あの訓練場にいた多くの魔術師団員らも同じだ。仮にも魔術師と名乗るのなら、他人の魔力の気配に敏感でいてほしいものである。
「火の玉ぶっ放してるところ見たことあるけど、結構強力だったぜ?」
ほとばしる火の玉が標的にした壁を黒焦げにしたとコウメイが証言すると、アキラは蔑むように笑い飛ばした。
「杖を使っているんだろう? おそらく増幅の魔術陣が刻まれた杖だ」
「そういや杖を持ってねぇときの魔術は見たことねぇわ」
のっそりと半身を起こしたアキラがレギルを囓ったのを見て、コウメイも一切れを口に放り込む。
「入団と同時の直属配置だ、当たりがキツくなりそうな気がする」
「仕方ねぇよ。俺って前例があったからなぁ」
「コウメイも初日だったのか」
「いや、俺は三日目だ」
コウメイが入団したとき、最初に配属されたのは魔力属性の同じ部隊だ。だが攻撃魔術師と魔術剣士では訓練内容も魔術の質も違う。連携を考えもしない彼らは、コウメイを追い出して盾部隊に押しつけた。魔術師団において魔術を使わない唯一の部隊でも、コウメイの存在は不協和音だった。攻撃魔術師らを守る役割を果たす盾部隊に、攻撃にしか魔力を発揮しない剣士は邪魔である。
「たらい回しにされた結果、団長付きで落ち着いたんだよ」
新たな部署が新設されたのである。アキラも魔道具室の二人や攻撃魔術師らと毛色が違う。そのため異動を繰り返すくらいなら最初から預かってしまえ、とヒッターは考えたらしい。
「綿埃みたいにあちこち気まぐれに転がっていく人だから、お目付役をかねて護衛しろってことになったんだ。おかげで王宮の警備配置にも詳しくなったぜ」
「だったら探し物の保管場所の見当はついたのか?」
「それはまだだ。さすがに団長から離れて探るのは難しい」
コウメイはヒッターのお供をしながら調べて書き起こした城内の地図を差し出した。彼の行動範囲は王族にしては限られており、城の奥深くまで探るのは難しかった。だがアキラもお目付役に抜擢されたことだし、二人がかりなら図面を埋めるのもそれほど時間はかからないだろう。コウメイとは違う視点で探せば発見の確率も高くなる。
「まあ、しばらくアキは魔道具師の修理に専念させられるだろうけどな」
「さすがに入団したばかりの俺を王宮に連れて行くことはないか」
警戒されて当然だと息を吐いたアキラに、コウメイは申し訳なさそうな顔をした。
「いや、あの人アキが修理するのを見たいらしいんだよ。そのために珍しい魔道具をかき集めるつって走り回ってたから、すげぇ忙しくなると思うぜ」
工場見学が大好きな子供に、延々と仕事を見せなければならないらしいと知って、アキラはげんなりとした。
「……なんであのアフロが団長なんだ」
他に適任者はいないのか? と問うアキラに、コウメイは「王族の考えることなんか知らねぇよ」と苦笑いで返したのだった。
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翌日、ヒッターはアキラの前に山のような魔道具を持ち込んだ。そのどれもが複雑で応用の必要なものばかりだ。特に多かったのは魔術鍵だ。彼は王城からかき集めたであろう鍵のかかった箱をアキラに開けさせたがった。
「……無理です」
「そうなの? きみならできると思うんだけど」
「私はただの修理師です。魔術師じゃありません」
「でもアレは直したよね?」
「……あの鍵はそれほど複雑ではなかったので」
「ふうん、そうなんだ」
アフロ頭を小刻みに揺らしながらアキラをまっすぐに見つめる瞳は、つぶらで澄んでいるのに、どこか底知れない不気味さがある。ヒッターの言動や思考が、よく知る厄介な人物に重なるような気がした。
「じゃあさ、どこがどう壊れていて、どう直したのか教えてよ」
「どこがといわれても、説明が難しいのですが」
「ベギスルの修理の仕方と違うみたいだからさ、それ知りたいんだよね」
ベギスルとは誰だとたずねようとしてカイゼル髭だと気付いた。全部署を連れ回されたときに、ヒッター団長がベギスルに、新入りに手本を見せろと修理を命じたのだ。アキラはそれを見てあまりの酷さに思わず目を見開いた。驚いているところを見せまいとすぐに表情を引き締めたのだが、ヒッターは見逃さなかったのだろう。
「ハギモリはニーベルメアの魔道具師に教わったんだろ。それなら自己流のベギスルとは違う方法で修理したんだよね? それを見せてほしいだけなのに。嘘ついちゃだめだよ」
根負けしたアキラはため息を堪えて「ハギモリ」に設定した技術で直せる魔道具を手に取った。
オルステインの王族に技術提供などしたくはないが、魔道具修理が滞るのは平民の生活にも影響する。アキラは内心を読まれないよう細心の注意を払って言葉を選び、開示しても問題のないギリギリを探りながら、ヒッターに説明をはじめた。
「私の修理方法は、消えてしまったり破損している魔術式の補強なんです」
「魔術式って消えるものなの?」
「消えますよ。手紙だって質の悪いインクは消えますし、紙は破れて破損するでしょう。同じです。彫り描いたものなら長持ちしますが、インクで描いたものは劣化が激しいんです」
「ふうん、じゃあハギモリは魔術式を読んで理解できるんだ?」
「理解できているのは初歩的な、とても簡単なものだけですよ? 修理は魔術式を理解してなくても可能ですから」
ヒッターにもわかりやすいように大きめの魔道具を選び、アキラは実際に修理して見せた。彫刻の装飾が素晴らしい小ぶりなタンスほどもある箱は、音楽を奏でる魔道具だ。扉を開いた内部は小物を収納できる棚になっている。アキラは内板を取り出してヒッターに見せた。
「描かれている魔術陣のこの部分、薄くなっているのがわかりますか?」
「引っ掻いたみたいになってるね」
収納していた荷物を出し入れする際に少しずつ削り消えてしまったのだろう。
「これを書きなぞってはっきりさせるのが私の修理方法です」
「思ったより簡単だった、驚きだ」
「やってみます?」
「面倒くさいね。ハギモリがやってよ」
好奇心はあるが探究心はないらしい。アキラはヒッターの視線を意識しながら、覚束ない手つきで魔術陣を補修してみせた。
「直ってないね」
「消えかかっていた部分をなぞり書きする修繕方法だと、書き損じたら直らないんです」
魔術陣は正確に描かねば発動しない。アキラは自分にはそれだけの知識がないと示すために、何度か失敗をして見せ修正を繰り返した。五度目の修理で魔道具から音楽が流れ出ると、ヒッターは満面の笑みでアキラの肩を叩いた。
「うん、やっぱりハギモリを捕まえて正解だ。慣れたらもっと難しい魔道具の修理もできるようになるよ、頑張って」
本当ならば秒で完璧に直せる魔道具を、手間と時間をかけて下手くそな魔術陣を描いて修理せねばならなくなったアキラは、これからの不毛な日々を思って奥歯を硬く噛みしめるのだった。




