大繁盛の魔道具修理業
コウメイが去った後の魔道具修理は盛況だった。面白いのは客の中に貴族の使用人らしき人物が何人もいたことだ。うわさを聞き付けた彼らは複数の魔道具を持参し、一度に大量の修理を依頼する。その場で直すには時間が足りないため預かりを条件にすると、盗難を疑ったのか残念そうに引き下がるのだ。
翌日の昼下がりには、コウメイが、予告通り魔道具を持ってあらわれた。魔術騎士団で魔道具修理の責任者だというカイゼル髭の中年と、ぎょろりとした目の同僚だという男をつれている。髭は濃紺、ぎょろ目は濃赤色のローブ姿だ。二人とも機嫌の悪さを隠そうともしていない。
修理を頼もうとやってきた客は、魔術師団の二人を見て避けるように離れていった。杖と炎の紋章を背負う魔術師らは、尊敬どころか敬遠されているようだ。
「これの錠前がどうしても開かねぇんだよ」
ミキが指し示したのは、五十代と思われる髭の男が抱えている箱だ。ぎょろ目の男は、貴重品なのにともったいぶりながら、不承不承に差し出す。
それは魔物素材で作られた荷箱だった。よく見れば頑丈な錠前がついている。一緒に差し出されたのは魔石のついた鍵だ。錠前か、あるいは鍵のどちらかが壊れたため開けられなくなっているのだという。
「この王都で堂々と店を出すのだ、よほど自信があるのだろう。腕前を拝見するとしよう」
「暴利を取ろうというのだ、さぞかし豊富な魔力を持つのだろう、楽しみだな」
髭とぎょろ目の刺のある言葉に引きつった笑みを返し、アキラは箱と鍵を預かった。
「……これは、少々難しいですよ」
「頼むよ、頑張ってくれねぇか?」
ここはキャロルの助言通り、一度失敗したふりをして反応をうかがってみようと決めた。
まずは錠前のほうを確認する。古い錠前らしく、表面に刻まれた古代魔術文字がいくつか消えかけている。ただ完全に消えているわけではないので、こちらが原因ではなさそうだ。鍵の側の魔石を取り外した窪みを目を凝らして探ると、数カ所に式の途切れがあった。それが原因で鍵が役目を果たさなくなっていたようだ。
「おい、何をしている。修理せんか」
「看板を出しているのだ、できないでは通用しないぞ」
「……」
アキラは正式な手順を踏んでいたが、髭やぎょろ目の修理方法とは異なるのだろう、彼らには鍵をもてあそんでいるようにしか見えないようだ。
「まあまあ、先輩たちと違って彼は若いんです、技術職の魔術師ってのは経験が重要だって言ってたじゃないですか、大目に見ましょうよ、ね」
アキラのイラッとした感情の揺れに気付いたコウメイが、上司と同僚をなだめたが、そのセリフは辛辣だ。齢だけくってまともな経験を積んでいないと当て擦っているのだが、二人は気付いていない。アキラは噴き出したいのを堪え、銀の針で魔術式を修正し魔石を戻した。
「これで直ったと思うのですが、試してもらえますか?」
「よし、私が試してやろう」
差し出された鍵を受け取ろうとするコウメイの手を遮って、年長の髭魔術師が鍵を掴んだ。どうせ失敗だと決めつけるように鼻で笑い、鍵穴に差し込んで回す。
「なに?」
「ま、まさか」
鍵を回した直後、魔石部分がほのかに光るのを見て、二人の魔術師が顔色を変えた。
だが魔石の光はすぐに消え、鍵も開かないままだ。
安堵したのを隠すように嫌らしい笑みを浮かべる二人は、やはり野良はこの程度だとアキラを見下す。
「もう一度、いいですか?」
「ふん、何度やっても同じだが、まあ経験を積むのは悪くないだろうよ」
アキラと同じ目線までかがんだコウメイが、ふんぞり返って馬鹿にするように見おろす同僚らに隠れて小さく片目をつむる。それに小さく笑みを返して、アキラは再び鍵を手に取った。
「これで、どうでしょう?」
「今度は俺が試してやるよ」
ぎょろ目が乱暴に鍵と箱を奪い取った。また失敗だろうと決めつけた態度で荒っぽく鍵を差し込み回す。
魔石から生じた光が鍵をつたって錠前に移り、カチリ、と音がした。
「は……嘘だろ?」
「おい、寄こせ」
箱を奪い取ったカイゼル髭は、錠が開いているのを確かめわなわなと震えた。
「どういうことだ? 我々が何度修理しても直らなかったのに、こいつは魔力も使わなかったのに、なんで直るんだ!?」
「なんでと申されましても」
頬に手を当てて小首を傾げ、途方に暮れたふりをする。この程度の魔道具修理に魔力を使う必要はないのだが、どうやら魔術師団では純粋な技術への評価はとてつもなく低いようだ。
「戻るぞ、中の荷は門外不出の宝だ。このような場所でさらけ出して良い物ではない」
錠前が外されあとは蓋を開けるだけの荷箱を抱えたカイゼル髭は、錠前と鍵をぎょろ目に押しつけると、逃げるように走り去った。
アキラはぎょろ目を捕まえて修理代を請求した。
「三千ダル、お支払いください」
「は、え、高すぎるだろ! たかが鍵を開けるだけだぜ」
「ですがこれまで誰も直せなかったのですよね? 私が修理できなければ門外不出の宝が取り出せないままだったのですよね?」
たかが、というのなら自分たちで修理すればよかったのだ。アキラはほほ笑みとともに三千ダルは格安だと主張する。するとぎょろ目は団の歳出係に請求しろと言い捨てて、これまた上司と同じく人混みをかき分けて走り去ったのである。
アキラは残されたコウメイを振り返り、半目で見据えた。
「……魔術師団はタカリが常習なのですか?」
「悪い、団の金を使うのなら立ち会わせろって言うから連れてきたんだが」
「鍵はちゃんと開きましたよ」
多くの見物人が目撃しているのだ、誤魔化せないぞと睨むと、コウメイは魔術師団の紋章の入った板紙をアキラに渡した。
「歳出係に話をつけておく、明日の六の鐘以降に魔術師団まで来てくれ。これは通行証だ」
「本当に払っていただけるんですね?」
「男に二言はねぇよ」
そう言って野次馬を魅了する笑みを残し彼も広場を立ち去った。
「災難だったね」
「魔術師団は気位が高いから面倒なんだよ」
遠巻きにしていた客らは鬱憤を溜めていたのだろう、口々にアキラを慰める。
「でもあの兄ちゃんは信用できるよ」
「そうそう、最近魔術師団に入ったけど、話のわかるいい奴だ」
「眼帯の彼ですよね? 魔術師には見えませんでしたけれど」
「ああ、彼は剣士だよ。魔術剣士だっけ?」
「剣にね、魔術をかけて戦うんだってよ」
どうやらコウメイは魔術師団への潜入だけでなく、近隣の人々にも好意的に受け止められているようだ。相変わらずの人たらしっぷりに、アキラは笑みをかみ殺す。
「剣士でも魔術師団に入れるんですね。名前からも攻撃魔術師の集まりだと思っていました」
この流れを利用し、魔術師団の情報を集めてゆく。
「珍しいから魔術師団でも浮いてるんだよね」
「あの兄ちゃんだけだよ、剣士なのは」
「団というからには、たくさんの魔術師がいるのでしょうか?」
「確か攻撃魔術師がたくさんいて、薬魔術師と治療魔術師は数人じゃなかったか?」
「さっきの髭の方たちも魔術師でしょうか?」
「ローブを着てたからそうだと思うよ。珍しいよ、街中に出てくるのは」
「魔道具師はいないのですか?」
「聞いたことないな。修理師なら何人か居るが、腕前はあんたのほうが上だと思うぜ」
「それに安いのがいい」
「安いですか? 私としては少々高めにしているつもりですが」
魔術師団の値段を問うと、道具の種類を問わず一個につき五百ダルだという。格安だと驚くアキラに、彼らは魔術師団のほうが高いと断言した。
「あんたは修理できなかったら金は取らないだろ。けどあっちは修理に失敗しても金は返ってこないんだぜ」
「どうしても直さないと困るから何回も頼んでるけど、ちゃんと修理できた道具が返ってくるのは良くて五、六回目、下手したら二十回頼んでも直らないんだよ」
「……それは何と言いますか、結果的に高くつくのでは?」
「そうなんだよ、だからあんたに頼みに来てるんだ」
「お願いね、もうずっと困ってて」
「わかりました、しっかり稼がせてもらいますね」
ずらりと並んだ修理希望者らに笑顔で対応するアキラの露店は、一日中客が途切れることはなかった。
+
周囲の露店が店じまいをはじめるころ、最後の客に魔道具を返したアキラは、新たな魔道具が持ち込まれる前にと片付けをはじめた。
「少しお時間よろしいですか」
背負子に荷物をくくりつけたのを見計らったタイミングで声をかけられた。振り返ったそこにいたのは、お仕着せ姿の商業ギルド職員だ。アキラはかすかに顔をしかめた。職員がわざわざ出向いたのだ、おそらく周囲の露店から苦情が寄せられ、注意しに来たのだろう。
「お騒がせして周りの方々にご迷惑をおかけしましたか?」
「いやいや、謝罪の必要はありません。この二日の評判はギルドにも届いておりますよ」
どうやら苦情ではなかったらしい。では何だろうかと問うと、彼は思いがけない提案をした。
「露店の更新をやめて、ギルドの貸店舗で魔道具修理店を開きませんか?」
商業ギルドの建物には小さな商いのための店舗がある。その一つを格安で貸し出すのでぜひ店子になってくれと言うのだ。
「露店では天候にも左右されますし、周りが騒がしくて落ち着かないでしょう」
職員の視線が道を挟んだ向かいの魔術師団に向けられる。どうやら魔術師らとの騒ぎも耳に届いているようだ。彼はアキラに断わられないように好条件をあげた。
「通常は売り上げの二割をいただくのですが、ハギモリさんには特別に一割でどうでしょう。雨の日も営業できますし、店舗とギルドは奥でつながっておりますから、魔道具の預かりもできますよ。キルドが責任を持って保管します」
なるほど、修理を断わった貴族からの圧力か、とアキラは密かに嘆息した。露店の修理師を屋敷に踏み込ませたくはない、だが修理の必要な魔道具が山ほどあり引き受けさせたい。そこで商業ギルドに話を持ち込んだ。ギルドとしても利があると判断し交渉にやってきたのだろう。
「とても良いお話ですが、商業ギルドに併設の店舗は敷居が高すぎます。それに私は毎日店を開くことはできないので」
「おや、もう他でのお約束があるのですか?」
まさかもう魔術師団に引き抜かれたのかと職員は顔をしかめた。ギルド職員らしからぬ感情的な反応に、魔術師団の嫌われっぷりが現れているようだ。
「そうではありませんが、修理の必要な魔道具は持ち運びできる品とはかぎりませんからね。昨日から何人もの方に、自宅まで修理しに来て欲しいと頼まれているのです」
「でしたら営業時間を午前か午後のどちらかに決め、外回りの時間を確保すればよろしいのでは?」
条件があれば検討するし、便宜も図るとしつこく粘る職員に、アキラは曖昧な笑みを浮かべたまま「検討しますのでお返事は後日に」と誤魔化した。
王都の人々が困っているのは事実だし、もしただの旅人として訪れただけならば、魔道具修理師として活動するのも悪くはない。だがアキラには目的があり、魔道具修理業を本格的に営む暇はないのだ。
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部屋に戻り防犯魔石の様子を確かめた。留守中に異変がなかったのを確かめて、結界魔石と取り替える。
荷物を下ろし窓を開けた。東の空には星が輝いているが、月が遠いせいか辺りはずいぶんと暗い。
「街灯の魔道具も壊れたままなんだな」
夜の街を照らす火は、壊れた街灯にくくりつけた油瓶に、係の役人が火をつけてまわっている。油を節約しているせいか、灯りは小さく街は暗いままだ。
「まあ、好都合だな」
「何が好都合だって?」
頭上から笑いを含んだ声が降ってきた。
「好都合だろう? 忍者の真似事にはおあつらえ向きの暗闇じゃないか」
「確かにな。一国の王都にしてはシケてるが、こっそり忍び込むのに向いてるのは間違いねぇ」
黒い影が屋根の上から滑るように降りてきて、窓の縁に足をかける。ニヤリと楽しげな笑みを見せたコウメイは、音も立てずに窓から室内へ滑り入った。
「シュウは?」
「まだだ。俺もさっき部屋に戻ったばかりだし」
アキラは帰宅途中に買ってきたパンと果物を荷箱の上に置いた。その横にコウメイが肉料理の包みを広げる。まだあたたかい料理から美味しそうな匂いが広がった。窓の外に向けて扇ぎ出せば、シュウはすぐにでもやってきそうだ。
「あのあとどうだった?」
「髭のおっさんがヒスって大変だった」
広場から立ち去った後の顛末を、コウメイは笑いながら話して聞かせた。
昨日、コウメイが魔道具を手際よく修理する露店があると報告すると、真っ先に反発したのが団お抱えの魔道具師たちだ。そのまとめ役であるカイゼル髭が、アキラの腕を確かめてやろうと持ち出したのが、五年の間誰も開けられなかった箱である。国一番の魔術師団の修理師ですら開けられない鍵を、流れの修理師が開けられるはずがない、失敗を笑ってやろう。そんな意図でアキラを訪ねたのに、目の前で魔術鍵が修理されてしまったのだ。カイゼル髭もぎょろ目も立場がなくなってしまった。
「直ったんじゃなくて壊されたんだって中年男のヒステリーが酷くてな」
魔術師団としては、中身よりも鍵と箱を重要視していた。魔術鍵を備え持つ収納箱は貴重であり、ぜひとも解錠したがっていたのだ。そんな品を短期間で修理したハギモリへの幹部の評価は高い。
「明日歳出係のところにきたら、スカウトが待ち構えてるから上手く引っかかってやってくれ」
「わかった。しかしあの程度の鍵を開けられないのか。初歩の初歩だぞ」
「そりゃ連中は基礎が全くなってねぇからだろうな」
団に潜入して実態を知るコウメイは、あれは烏合の集まりだと苦笑いだ。
「統率も取れてねぇし、己の能力を高める努力も、していないわけじゃねぇが明後日の方向に突っ走ってる。魔法使いギルドは闇は深いが優れた組織なんだって再認識したぜ」
オルステインの魔術師団は、系統立てて学ぶわけでもなく、新しい知識を求めるでもない。それどころか歴史のある確立された知識を学ぶことすら忌避しているのだ。
「王家に滅ぼされた連中の知識など学ぶ価値もない、だとよ」
「なるほど、馬鹿なんだな、愚かなんだな」
愚者の集まりを率いる王家の隙を突くのは予想よりも簡単かもしれないと、アキラは不敵な笑みをこぼす。
「ところで、彼らの修理方法はどういうものか、コウメイは知っているのか?」
「知ってるぜ。無茶やるときのアキと同じだ」
「へー、それって強引な魔力押しってことかよ」
いつの間にか窓の外にいたシュウがひらひらと手を振っていた。
「遅いぞ」
「しゃーねーだろ、ちょっと厄介なのに見つかりそうになってさー」
「厄介?」
「隠密? 忍者? なんかそんなのがいた」
部屋に入ったシュウはすぐにしゃがんで身を隠した。コウメイは壁に身体をピタリとよせて、窓の外を警戒する。
「結界魔石があるから、室内をのぞき込まれても大丈夫だぞ」
「シュウ、それは他国の隠密か? それともオルステイン?」
コウメイに問われ、はじめてそれに思い至ったシュウは目を細めた。
「あー、どっちだろ? あちこち探ってるっぽいから、他国?」
「……目的が競合することはないと思うが、厄介だな」
オルステインには国境を接する国から、隠密やら調査員やらが入り込んでいるようだ。特に魔術師団は調査対象である可能性は高い。これから潜入する身としては、こちらの動きを知られるのも困るし、勘ぐられても動きにくくなる。最悪の場合、妨害され戦闘やむなしの場面も考えられた。
「コウメイのほうでそれらしい人物に覚えはあるか?」
「魔術師団は魔力のねぇヤツは目立つし、魔力がありすぎても目をつけられる。今のところ他国の隠密が紛れ込んでる様子はねぇぜ」
コウメイの言葉に続いて、シュウも「問題なし」だと続けた。
「少なくとも、オルステインの密偵の心配はねーと思うぜ」
シュウが王都に来てから三ヶ月、街兵に採用されてから二ヶ月も経つのに、警備兵は彼の偵察行動に全く気付いていない。他国の隠密らしき人物の動きにも気付いていないのだ、オルステインの警備は穴だらけた。
「そんな状態で、オルステインは大丈夫なのか?」
「心配してやる必要はねぇだろ。俺らの仕事が楽に済むんならそれでいいじゃねぇか」
「だからといって気を抜くなよ」
「わかってるって。それより飯食おーぜ」
シュウは持参した大きな包みを荷箱の上に広げた。焼きたての串肉は脂ののった魔猪だ。
「肉だらけ……」
「アキが野菜を用意しねぇのは珍しいな」
「露店に野菜料理の店はないんだ」
仕方なく野菜代わりに果物をいくつか見つくろった。青レギルとビアンだ。
「「「いただきます」」」
シュウが一人十本のつもりで購入してきたという魔猪の串肉だが、アキラは四本目で胸焼けを感じた。
「食わねーならもらうぜ」
待ち構えていたかのようなタイミングで、シュウの手が残り六本を掴み取った。たぶん、目論見通りなのだろう。
コウメイが用意した料理は豆と芋と暴れ牛肉の煮込みだ。西広場の露店に屋台があったなと思い出しながら、アキラは芋と豆をつまむ。
「肉も食え」
「魔猪で胸焼け中だ」
パンは屋台の残り物で硬くなっていたが、アキラが軽く温めるとふんわりと柔らかくなった。煮込みのソースをすくって食べるとちょうど良い。デザートの青レギルをコウメイが手早く切り分けた。
「ウサギリンゴとか、コーメイって無駄に器用だよなー」
「無駄じゃねぇ」
アキラは水分の多いビアンにはかぶりついた。
「そういえば昼間の箱には何が保管されていたんだ?」
「魔術書だ」
「もしかして」
期待に目を見開くシュウに、コウメイは首を横に振る。
「たぶん違うぜ。魔術書から魔力が一切感じられなかった。それと、連中はあれを読めねぇみたいだったぜ」
魔術師団はさまざまな伝手で魔術書を集めており、専用の書庫もあるという。だがコウメイによれば、彼らの中に真の意味で魔術書を読み理解している者はいないとのことだ。
「読めない魔術書を集めて何をしたいんだろーな?」
「使える魔術を増やす方法がそれしかねえって言ってたぜ。書き写した魔術式で実験して、使える魔術を増やしているらしい」
魔術書の中には魔術陣や術式が多く記録されている。それらを見よう見まねで書き写し、魔力を注ぎ込んで発動するかどうかを確かめるのだ。この方法ならば魔術言語が読めなくても魔術の使用は可能だ。だが上手く発動できるのは魔術書一冊で二つか三つほどだという。
「その方法で発動できるのは攻撃魔術だけだろう? 非効率的だな」
「なー、ここに来たときから不思議だったんだけど、魔術師団の奴らって杖持ってねーよな。何でだ?」
杖がなくても魔法は使える。だが個々の属性に縛られるだけでなく、魔力消費が激しくなるため、ギルドの魔術師ですら杖の補助を必要としていた。色級に認められないレベルの魔術師が、杖なしで大丈夫なのかとシュウは不思議そうだ。
「そういえば髭とぎょろ目もローブは着ていたが杖は持っていなかったな。足りないのか?」
「在庫は余るくらいあるぜ。あちこちからかき集めた杖で部屋がいっぱいになるくらいにな。けどちゃんと魔術を発動できる杖が数本しかねぇんだよ。それは団長と取り巻きが独占してて、下っ端が申請しても貸与されねぇんだ」
「壊れた杖を集めてんのか? 意味分かんねー」
「ああ、なるほど。たぶん彼らは使い方がわからないんだ」
杖が働かない理由を知るアキラは、納得したように薄く笑む。
「杖に使い方なんてあるのか?」
「あるに決まっているだろう。杖に刻まれた魔術陣は、そのとき使う魔術に最も適したものを選ばないと効果を発揮しないんだぞ」
下級魔術師の使う黒檀の杖ですら、複数の魔術陣が刻み込まれるのが基本だ。例えば効果を増幅させる魔術陣や、術者の反対属性の魔術を使うための術式、簡易の治療魔術といった魔術陣が埋め込まれている。
「闇雲に魔力を注ぎ込むだけだと、それぞれの術を打ち消すから魔術が発動しなくて当然だ」
見習いがはじめて持つ杖には、魔術陣が一つしか刻まれない。それなら素人でも魔力さえあれば使える。だが代々引き継がれてきた杖や歴史的に名を残した杖などは、下手をすれば数十の魔術陣が刻まれている。熟練魔術師でも瞬時に魔術陣を判別し適切な魔力を注ぐのは難しいのだ、素人にはとても使えはしないだろう。
そう説明をしたところでアキラは不安に表情を曇らせた。
「……コウメイ、その発動しない杖は、まさか処分されたりしていないだろうな?」
貴重な銘入りの杖や大魔術師の残した杖がガラクタ扱いされるのはまだいい。まさか間違って破壊されているとしたら……そう考えたアキラから怒気がにじみ出て部屋の温度を下げた。
「高い金出して収集した杖だ、捨てたり廃棄はしてねぇだろ。元値で買うって話があれば取引きに応じてるみてぇだぜ」
それならよかったと息をつくアキラに、シュウがニヤニヤしながら余計な提案を囁いた。
「倉庫で埃かぶってんならさー、ついでに盗んでくればよくねー?」
気に入った杖があればもらってきて使えば良いというシュウを、コウメイが苦笑いで止めた。
「アレが嫉妬するからやめとけって」
「あ、そーか。暴走したら面倒くせーか」
「何のことだ?」
二人だけで何をわかり合っているのかとアキラは首をひねった。笑って誤魔化した二人は、荷箱の上を片付ける。
「明日が勝負だ、怪しまれねぇ程度に頼むぜ」
「わかっている。情報交換は三日おきにこの部屋で。都合がつかないときはモルダ薬店に伝言でいいな?」
「りょーかい。いよいよ潜入作戦開始か、楽しみー」
窓から去る二人を見送ったアキラは、ミシェルから預かった指輪をはめた。魔力を与えられて目覚めた指輪は、ほのかな光を王宮の方角へと放っている。ヘルミーネの遺物が王都中心部のどこかにあるのは間違いなかった。




