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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
10章 ヘルミーネの遺物

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毒の行方



 発動した塔の防御魔術は、転移部屋とそれに付随する建物を地中深くまで埋め隠してしまったのだという。


「計算したところ、ここはおよそ二千マール(二百メートル)ほどの深さにあるようだ」

「そして北東の森までは三万五千マール(三.五キロ)あるが、そのうち四分の一ほどを掘り進んでおる」

「ナジェルの土魔術で地面を柔らかくしながら掘るんじゃが、肉体労働など全くしてこなかったわしらには過酷すぎての」

「……お怪我がなくてなによりです」


 辞書より重い物など持ったこともなさそうな老魔術師らが、ツルハシやショベルで横穴を掘る姿を想像した三人は、よくぞ無事でいられたものだと驚いた。たとえ治療魔術師がいたとしても、土属性の魔術師がいたとしても、素人のトンネル掘りは危険なものだ。一キロ弱の長さのトンネルが崩落しなかったのは奇跡だろう。


「我らはできるだけ早く脱出したい。転移魔術陣が使えない以上はアキラたちもここから出るためにはトンネルを掘るしかないのだ、協力してもらえるだろう?」


 彼らは地中生活を楽しんでいると笑うが、それはアキラたちがあらわれたことへの安堵と虚勢だろう。疲労は濃く隈も目立つし、皺も深く濃い。肌つやは良くないし、手の皺や爪は土色に染まっている。極度の緊張と肉体的な疲労は限界寸前だったのだろうとアキラは察した。


「防御魔術によって地中に潜ったのなら、解除すれば地上に戻れるのではありませんか?」

「解除はできんのだ。この地に転移魔術陣を復刻した当時に作られた塔と魔術だ、それも最終防衛とも言われる防御魔術は、解除を前提に作られてはおらん」


 ナジェルは残念そうに首を振る。それに、と。ドミニクらは吹っ切るようにアキラを見据えた。


「もし解除できるとしても、するつもりはない」

「何故です?」

「オルステイン王家には、魔法使いギルドと転移魔術陣が失われたと思わせておきたい」


 ここには国が、オルステイン王家が欲する物がいくつも保管されている。それらが自分たちの命令によって失われたと思わせておきたいのだ。


「これだけ地中深くに埋まり、よそからの転移も不可能になったのだ、常人は盗みに入れはしない、完璧だよ」


 各地の高位魔術師が何度も転移を試みたが、誰一人としてトレ・マテルに転移できなかったのだから、王都の魔術師以下の者に転移できるわけがないとドミニクは断言する。


「ああ、アキラたちは例外中の例外だぞ」

「例外が一件でもあれば、防御は完璧とは言えませんよ」


 懐疑的なアキラを彼らは笑い飛ばした。


「そう頻繁にエルフ族に送られてこられてはたまらんよ。今の大陸にエルフ族を手なずけて転移魔術陣を自在にできる魔術師は存在せん。アキラの他にはな」


 手懐けてなどいない、と声高に主張したいが、エルフに転移させられたと言ってしまった手前黙るしかなかった。


「けれど転移魔術陣をこのままにしていて大丈夫なのですか?」

「問題ないだろう。地中深くとはいえ確かに存在しておるかぎり、封印の働きに影響はないはずだ……もしかして地上では魔物が溢れたのかね?」

「いえ、そのような話は聞いていません」


 では現状維持が最良だと老魔術師らはつぎつぎに頷く。


「脱出した後は、塔をどうするつもりですか?」


 地中深く埋めたまま放置するのかと問うと、彼らは目を見開いて「まさか」と口をそろえた。


「ここは静かで研究に没頭できる場所だ。手放したりするものか」

「物資の転移は可能なのだから、研究素材の取り寄せには困らないのだぞ、もったいないではないか」


 脱出後にも密かに塔に通うために、彼らは街の中ではなく森へ向けて長いトンネルを掘りすすめるのだと口々に語った。その様子は秘密基地を作ろうとする子供のようだと、コウメイらから笑いが漏れた。


「まるで地下組織だな」

「おお、確かに地下ではあるな」

「魔法使いギルドも元は秘密の組織からはじまっておるそうだ。原点に還るだけじゃな」


 コウメイの合いの手に明るく応える老魔術師らだが、その瞳は重責と覚悟に満ちていた。アキラは仲間を振り返ってその肩に手を置いた。


「ちょうど肉体労働に向いた仲間がおります。穴掘りのお手伝いくらいはできるでしょう」

「おお、助かるよ。なかなかの体つきだ、期待しておるぞ」

「討伐と穴掘りは勝手が違うかもしれんが、すぐに慣れるぞ。わしらも慣れた」

「これでわしらも楽ができるぞ」

「思う存分にこの二人をこき使ってくださいね」


 アキラに押し出されたコウメイとシュウは老魔術師らに囲まれた。期待のこもった笑顔で肩を掴まれ、手を握られ、腕を叩かれる。二人は引き気味に土に汚れた手を握り返す。

 肩の荷が下りたのだろう、思いのほか大きな安堵の息を吐いたドミニクは問いかけた。


「手を貸してもらうのだ、我々もアキラの目的に協力しよう。君らはトレ・マテルに何を求めてきたのだね?」

「横穴掘りの対価として相応しいかどうかわかりませんよ?」

「かまわん、遠慮するな。何が欲しいんだ? 情報か伝手か、あるいは品か?」

「……こちらで保管している竜血の毒です。あれを私に譲っていただきたい」

「なるほど、君たちの目的はそれか」


 因縁の猛毒の名を聞いて、和やかだった部屋の空気が一変した。にこやかだったドミニクの表情も強張っている。トレ・マテルの失態が発端となり、何人もの人が犠牲になった。ミシェルの葬儀を思い出しているのだろう、彼は静かに目を伏せる。


「あれをどうするつもりだね? ミシェル殿の復讐に使うのであれば、渡せんぞ」


 横穴掘りの手伝いも要らぬ、とドミニクはアキラを静かに見据える。


「復讐はもう終わっていますから、その心配は不要です」

「そうか……では、何に使うのだ?」

「処分します。私はあれを、この大陸から抹消してしまいたいのです」


 ミシェルから回収を頼まれたことはきっかけだ。アキラ自身も、あれの発生にかかわった後悔を、心の片隅に引っ掛けたままずっと過ごしてきた。


「あれを消し去るなど……ああ、ミシェル殿の弟子ならば竜血の毒の浄化も可能か」


 足をふらつかせたドミニクは椅子に腰を落とし背を預ける。背もたれに支えられる彼の身体が、ひとまわり小さくなったように見えた。


「いいだろう、横穴が完成したら竜血の毒を渡そう」

「そんなに簡単に信用しても良いのですか?」


 穴掘りの対価とは釣り合わないとの理由で断わられると思っていたのだ。譲渡を許されるとしても、契約魔術を要求されるくらいは覚悟していたのに拍子抜けだ。


「アキラはミシェル殿の弟子だ。彼女があの毒で苦しむ姿を見ているのだろう?」


 だから信用するのだとドミニクは目頭を押さえた。


「この世にあれを流出させてしまったのは我々の罪だ。浅慮と過信の果てにとんでもない毒を作ってしまった。償わねばならぬというのに、我々には隠し守ることしかできなかった。アキラに後始末を押しつけてしまうのは卑怯だが、……頼む」


 まっすぐにアキラを見あげる青い目は、深い悲しみと後悔の色が濃い。


「ドミニクさんたちだけが悪いのではありませんよ。私にも……覚えがあります。そのときはそれが最善だと思っていたのに、導き出されたのは封じるしかない結果だった。みなさんは竜血の毒を封じようとしたのに、盗み奪った者に罪があるのです」

「だな。最初から毒を作ろうとしたわけじゃねぇんだし、できあがったとしてもそれを悪用しようとする奴がいなけりゃ何の問題もなかったはずだ」


 竜血の毒を作ってしまったことがはじまりではないと彼らは知っていた。迷宮都市で好奇心と欲望に忠実に行動した自分たちこそが、本当の意味での根源なのだ。

 アキラは土汚れの染みついたドミニクの手を取った。


「私たちは王家が隠し持つ毒も回収しにゆく予定です。成功すれば、オルステイン王家はトレ・マテルを発掘しようとするかも知れません。あの毒を諦めるとは思えませんからね。横穴で密かに出入りするにしても、警戒は怠らないでください」

「それではあなたたちがオルステイン王家に狙われることになりますよ」

「いいぜ、俺らは来る(もの)は拒まねぇよ」

「むしろこっちから行かなくてすむなら楽でいいよなー」


 彼らの自信に満ちた言葉と笑い声は、重い空気を吹き飛ばした。


   +++


 転移室に付随する塔は七階建てだ。

 各階一室で、最下層が転移室だ。その上が魔道具や魔武具置き場に使っている倉庫部屋で、地下五階と四階は現在は魔術師らが寝室として使っている。寝室といってもベッドがあるわけではなく、束ねたハギ藁と毛布で作った粗末なマットレスで老人らは寝起きしていた。三階には水回りが集められており、小さな洗い場と台所、そしてトイレが完備されているのには驚いた。二階は研究部屋だが地下六階の倉庫とたいして変わらない雑多な部屋だ。そして一階が打ち合わせ部屋であり居間でもあり玄関としても使われている。

 ドミニクらが掘りすすめている横穴は、直線の一本道ではなかった。


「万が一、抜け穴から侵入されたときのために、少々わかりにくく設計してみた」

「わかりにくく、ねぇ」

「これ、ただの迷路じゃん」

「……楽しんでますね」


 図面を見せられた三人は苦笑いだ。高低や分岐がいくつも作られた横穴は、まさに迷路である。防衛を兼ねていると言い訳しているが、本当は彼らが過酷な肉体労働に耐えるための楽しみとして必要だったのだろう。

 土属性であるナジェルが掘り進む先の土を軟らかくし、各地から転送されてきた掘削魔道具で穴を掘っていた。重量軽減の魔術陣を雑に書き込んだ布袋に残土を詰め運ぶのがシュウとコウメイに割り当てられた役割だ。アキラには掘削魔道具への魔力供給係が与えられている。


「掘り出した土はどこに運ぶんだよ?」

「転移室だ。ある程度たまったらケギーテに送る」

「ゴミを押しつけて大丈夫なのかよ」

「あの街は常にどこかで地盤工事が行われているんだ、わざわざ山から土を運ぶ手間が省けると歓迎されたぞ」


 残土と引き換えにケギーテからは食料物資が転送されてくるそうだ。


「さて、今日の食料を送ってもらうためにも、どんどん穴を掘りすすめるぞ」


 アキラの余りある魔力のおかげで掘削魔道具の充電要員から外された老魔術師らも、残土運びに何度も塔と横穴を往復していた。

 暗くジメジメとした横穴は、老魔術師らの身体に合わせた広さしかない。窮屈そうに背をかがめるコウメイとシュウは、天井に頭をぶつけながらアンディが袋に詰めた残土を運び出し、アキラはナジェルの魔術で柔らかくなった地面を掘りすすめてゆく。


「なぁ、確か地下トンネルつくって銀行強盗する映画、あったよな?」

「エイガ、とは何だね?」

「芝居はわかるよな? 俺らの故郷で芝居を記録したのを映画って呼んでるんだ」

「たしか実際に起きた事件を元にした映画だったはずだ」

「へー、それおもしれーのか?」

「知らねぇ」

「観ておけばよかったかな?」


 横穴掘りの参考くらいにはなったかもしれない、そんな馬鹿げた会話をしながらも彼らは残土を袋詰めする手を休めない。


「ナジェルさん、床や壁を魔術で補強してもかまいませんか?」


 ただ土を掘っただけの横穴は存外脆いものだ。ケギーテから差し入れられた補強材で最低限の安全は確保されているが、ぽたりぽたりと染み落ちる地下水やときおり落ちてくる小石の存在は不安をあおる。


「かまわんが、何をどうやるのだ?」

「少し厚めに土壁の表面を固めるんです」


 アキラは床と両壁と天井に、土を固め乾燥させる魔術陣を書き込んだ。それに魔力を注ぎ込むと、魔術陣の周辺の土がまるで石壁のように変化する。


「ほう、なかなかだ」

「これならシュウの石頭がぶつかっても崩落はしなくなりますよ」

「確かに」

「俺の頭の心配はしねーのかよ」


 反射的に振り返ったシュウが、額を低い天井にぶつけた。その衝撃で強化されていない一部が崩れ落ちる。


「本格的な整備は脱出した後のつもりだったが、生き埋めになるのはごめんだな。とりあえず簡易的な補強をしておくか」


 ナジェルはこれまで掘ってきた横穴の補強をアキラに頼んだ。


「それとドミニクとこの魔術陣について話をしてくれ。この通路の設計はあいつだ、必要な補強魔術も合わせて計画を見直すだろう」


 横穴の補強をしながら塔に戻ったアキラは、残土を転移させ終えたドミニクに補強計画について提案した。現在の横穴は脱出を目的としており、脱出後にもっと歩きやすく安全な通路に仕上げるつもりだったドミニクは、アキラが書いて見せた魔術陣と自分が考えていた補強設計を見合わせると良さそうだと喜んだ。


「どーせ迷路にするならさー、落とし穴とか騙し扉とか作ったら面白くねーか?」


 ドミニクが食事休憩に集まったみなに意見を求めると、シュウがお代わりを要求しつつ真っ先に手を上げた。


「部外者が入って来れねーようにしてーんだろ? だったら罠とか作ると効果的だと思うんだよなー」

「シュウっ」

「おまえという奴は!」 


 鉱族の障害物トンネルを再現されてはたまらないと、コウメイとアキラが慌てて止めたが遅かった。


「罠……その発想はなかった」

「素晴らしいな!」

「面白そうだぞ、何にする?」


 元来魔術師という人種は、好奇心と探究心に極振り傾向にある生き物だ。ましてや組織がほぼ解散状態になっても最後まで塔に居残り、騎士団と戦い地中生活に楽しみを見出すほどの変人たちだ、シュウの提案を聞いた途端、興奮してさまざまな魔術罠を思いつくあたり業が深い。


「足が地面に埋まる魔術なんて良さそうだぞ」

「眠りの魔術もいいぞ、アレは簡単で仕掛けやすい」

「永遠に同じ場所を歩き続ける幻影を見せるのはどうだろう」

「幻影なら通路が崩落するのはどうだ? 逃げ帰るだろうから後始末も楽だ」

「なら水が押し寄せる幻影も面白い」

「どれにするか迷うのぅ」

「一つに絞らんでも、迷路は長いんだ、いくらでも仕掛ける場所はあるぞ」


 老魔術師らは食事を忘れて設計書を囲み、ああでもないこうでもないとドッキリ魔術回廊を構築しはじめてしまった。


「……シュウ、どうしてくれる」

「焚きつけるんじゃねぇよ。盛り上がっちまったじゃねぇか、もう止められねぇぞ」

「作りてーんなら作らせりゃいーじゃん。それに防犯も兼ねるんだから無意味じゃねーだろ」


 嬉々として罠の数や仕掛ける位置、魔術の強度を話し合う彼らの熱意は、部外者が割って入ったところで止まらないだろう。盛り上がるドミニクらをうきうきとした表情で眺めるシュウに気付いたアキラは、すっと目を細めた。


「シュウ、本音は?」

「正直に吐けよ」

「えー、本音とかねーよ?」


 言葉で否定するが、視線は天井あたりを彷徨っている。


「なるほど。だったら当然、完成したら遊んでみたいなんて考えてないな?」

「魔術の罠と鉱族の罠と、どっちが面白いか比べてぇなんて、まさか思ってねぇよな?」

「……一回くらい、だめ?」


 脳筋マッチョが小首を傾げ上目遣いにねだっても効果はゼロだ。刺さるように冷たい笑顔のアキラに爪先を踏まれ、コウメイの力強い腕に首を拘束されこめかみにグリグリと拳を押しつけられたシュウは、ドッキリ魔術回廊への挑戦を断念したのだった。


   +++


 掘削魔道具が休むことなく動き続ければ、老魔術師らも合わせて残土を運び続けねばならない。結果、トンネルは老魔術師らだけで掘っていたときの数倍の早さで距離を伸ばし、わずか十日ほどで目的の北東の森に到達した。


「木漏れ日がこれほど辛いとは……」

「暗闇が恋しいぞ」

「草原モグラみてぇなこと言うなよ」


 大木の根元に開いた洞のような出口から這い出した老人らは、二年ぶりの日の光を浴びて嬉しそうに目を細める。やはり自然光と魔術灯では肌に感じる温かみが違う。懐かしい太陽の熱は疲労で軋む身体をやさしく温めてくれていた。


「おっと、こうしている場合ではないな。隠蔽せねば」


 老魔術師らは塔につながる穴を隠す魔石碑を手早く埋め込んでゆく。作業を終えたドミニクは伸ばした腰を拳で叩き、同じように身体をほぐし終えた仲間に声をかけた。


「さて、一度塔に戻るぞ」

「いいのかよ? 久しぶりの外なんだろ、もっとゆっくり身体を伸ばしたらどうだ?」

「外を堪能するのは準備を整えてからにするよ。ここは森の中でもまだ浅い場所だ。冒険者に見つかるわけにはゆかんからな」


 それにアキラたちの荷物を取りに戻る必要がある。脱出路が開通してから譲り渡す品は、まだ塔に保管されているのだから。

 彼らは再び横穴に戻り、塔に向かった。迷路はまだ完成していないため、ほぼ道なりに進めば塔にたどり着くのにそれほど時間はかからない。

 ドミニクはアキラを転移室に招き入れた。


「これが、竜血の毒だ」


 転移室の石壁に作られた隠し棚の奥に、その毒は保管されていた。厳重に封をされた瓶をアキラに手渡す。蓋には魔術鍵が、瓶には叩いても落としても割れないようにと不壊の魔術陣が刻まれている。


「これで全てですか?」

「トレ・マテルが保管しているのはこれで全てだよ」


 もともとはこの瓶が四つあったのだという。


「国家魔術師団の密偵に盗まれたのは二つだ。そのうち一つはウェルシュタントに流れ……ミシェル殿に」

「ウェルシュタント王家に残された残りの毒は、全て処分済みです」

「そうか……では残るのはオルステイン王家に保管されている一瓶だ」


 王家とその周辺の監視は続けており、塔が地下に隠れるまでは竜血の毒を使われた形跡はないとドミニクが保証した。


「アキラは王都ギナエルマに向かうのか?」


 期待するような表情の彼に、アキラは小さく笑って返す。


「ええ、あちらで残る竜血の毒を回収する予定です。やはり王城でしょうか?」

「間違いないだろう。あの王は替えのきかないものは全て側近くに隠し持つからな」


 毒瓶を腰鞄の奥にしまい込むアキラに、ドミニクは植物紙の切れ端を渡した。


「モルタ薬店……?」

「薬魔術師をしている私の娘が営む店だ。私の生まれ育った村の名前で店を出している。連絡をしておくから訪ねていくといい。ギナエルマは街に入るのが難しいが、モルタ薬店を訪ねていくといえば少しは検めも緩くなるだろう」


 黒級薬魔術師である彼の娘は、ギルドの魔術師証を捨て、王都で野良の魔術師として活動している。塔にこもっているドミニクの情報源だ。


「困ったことがあれば力になれるだろう」

「ありがとうございます、助かります」

「礼を言うのはこちらだよ。外への脱出を手伝い、竜血の毒の後始末まで引き受けてくれるのだ……これくらいの便宜ではとても礼にならん」


 娘経由で連絡をもらえれば調べ物もするという彼に、アキラはもう一つの探し物の情報を求めた。


「八十年ほど前にヘルミーネという女性の書いた魔術書が流出したのですが、その行方を捜すことは可能でしょうか?」

「ずいぶんと古く難解な調べ物だな。それがアキラの探し物かね?」

「難しいことは承知しています……駄目で元々だと思っておりますので、あまり気負わないでください」

「侮ってくれるなよ、消滅したように見えても魔法使いギルドは健在だ、調べられないことなどないぞ」


 心外だと鼻を鳴らしたドミニクは、アキラに手を差し出した。


「恩を返すと約束したのだ、期待して待っていてくれ」

「はい、期待しています」


 アキラは感謝を込めて老魔術師の骨張った皺だらけの手を握り返した。



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