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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間3 深魔の森に生きる人々

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旅立ちを阻む災いの影



 目的あるいは目標ができれば努力は苦ではなく喜びとなる。

 転移させられて二十数年、どこの食材店にも、穀物商も取り扱っていない米を探す旅を目前に、彼らは弾むようなふわふわとした日々を送っていた。


 アキラは長旅にも不自由しないようにと熱心にリハビリと義足の調整を続け、コウメイは目的地の情報収集に明け暮れる。魔物を狩って路銀を貯めるシュウは、大量の討伐部位や魔物素材を持ち込み、ハリハルタの冒険者ギルドを慌てさせていた。


「旅立つのはいいが、できれば冷凍保存庫に料理を詰めておいて欲しい」


 留守番のリンウッドがコウメイにそう頼んだ。丸芋生活に戻るのは苦ではないが、コウメイの料理に慣れた今は、突然断ち切られるのは寂しく辛いものだ。


「いくら冷凍できても、長期保存は向いてねぇんだけどなぁ」

「いつごろ戻る予定だ?」

「目的が見つかったら、だな」


 あるいは存在しないと諦めるまでは深魔の森に戻らない予定だ。


「早ければ数ヶ月、下手したら数年は帰らねぇが、そんなに大量の料理なんて無理だ」

「それなら三ヶ月分くらいでいい」


 そのころにはマイルズも戻っているだろう。丸芋と酒の配達があれば食いつなげると言うリンウッドに、コウメイは呆れ顔だ。薬草園の手入れついでに菜園の世話をし、必要な野菜を収穫して食べてくれと大切な畑をマイルズに託した。


「種は冷却保存庫の壁際に保管してある、好きな野菜を育ててくれ」

「丸芋は」

「芋は収穫した中から数個を種芋にするんだよ。全部食うんじゃねぇぞ」

「食えないのか……」


 ガッカリする様子を見ていると菜園の……いや丸芋の栽培管理は期待できそうにない。リンウッドの食生活を頼むとマイルズ宛の伝言を残さねばならないようだ。

 そうこうしているうちに冬が終わった。

 相談したわけではないが、はじまりの日に発つと三人の意思は自然に固まっていた。


 終わりの日の夜、四人でかこむ食卓には、最後の晩餐とばかりの豪華な料理がずらりと並んでいる。リンウッドの好物の芋料理が数種類に、シュウのリクエストに応えた唐揚げとトンカツ、そして暴牛肉のステーキ。アキラのための野菜料理も、レト菜の煮浸しにボウネと赤芋ピリ辛炒め、乾し白芋の煮付けや黒芋のポタージュスープと充実している。


「ネイトさんのところに顔を出してから、トルンの港町から船だな」

「久しぶりだな、元気にしておられるだろうか」

「そっかー、アキラはここに引っ越してくる前に会ったきりだもんなー」

「五年、いや六年ぶりになるのかな」

「相変わらずだぜ。年寄りをこき使うなって文句言うくせに、楽しそうに繋ぎ役やってる」


 定期的にナナクシャール島に渡っていたコウメイとシュウは、寂れた海辺の村で何度か酒を酌み交わしたそうだ。


「手土産は薬草で良いか?」

「錬金薬のほうがいいぜ。あと魔術玉が少し欲しいって言ってたな」


 以前は冒険者ギルドで誰でも購入できていた魔術玉だが、現在ではスタンピードのような例外を除き、その管理は徹底されている。魔術玉の購入者は登録され、定期的に保有数を調べられる。こうなったのは乗り合い馬車の襲撃に使われたり、犯罪者の脱獄に使われたりと、悪用が続いた結果だ。


「海のならず者らを追い払うのに必要なんだってさ」


 隠された島への航路を守る魔術玉は、大陸で入手するわけにはゆかない。かといってナナクシャール島のミシェルに作ってくれと頼むのも気がすすまないらしい。

 コウメイから必要な魔術玉を聞き出したアキラは、土産は道中の暇なときにでも作ろうと頷いた。


「くー、この鳥唐揚げ、サイコーだよなー」

「チーズ入りの芋団子揚げがたまらん」

「切り干し大根(白芋)の煮物……米が欲しい、ご飯が」


 リンウッドは無言で酒と芋料理を交互に堪能している。


『おーい、アキラ。ここ開けてくれへん?』


 目の前にある好物を堪能するのに忙しい四人は、その雑音にしばらく気付かなかった。いや、気付かないふりをした。


「魔猪肉のカツも、すげー肉がやわらけーんだけど」

「ああ、それ薄切り肉をミルフィーユ仕立てにしてみた」

「だから箸で簡単に割れるのか」

「年寄りにはこれくらい柔らかいほうが良いだろ?」

「ジジイ扱いするな。まだ百四十九歳だ」

「立派な老人だろ。やわらけぇ丸芋団子ばっかり食ってたら、噛む力なくなるぜ?」


 シュウは手のひらほどもある大きなカツにかぶりついた。たった一口でミルフィーユカツの半分をぺろりと食べてしまう豪快なシュウとは反対に、アキラは箸で小さく切り分け、サラダと交互に味わっていた。


『聞こえてへんの? なあコーメイ、この重しのけてくれへん?』


 ドンドン。


「アキラもじーさんみてーだよな」

「失礼な。俺のどこが」

「だって茶色い野菜料理ばっか食ってるじゃん」

「シュウこそ肉ばかり食べていたら、若くして七大生活習慣病待ったなしだぞ」

『せっかく訪ねてきてんねんで、はよここ開けぇや』


 ダン、ダン、ダン!

 壁から雑音と振動を感じたような気がしたが、気のせいだ。


「ナナダイセイカツシュウカンビョウとは何だね?」


 病と聞いたリンウッドが、酒と丸芋料理よりも興味深いと顔をあげる。


「私たちの故郷で死亡率が高いと言われている病です。食や生活環境が病に起因すると考えられていますね」

「ほう、食や生活環境が……興味深いな。シュウがセイカツシュウカンビョウになったら是非診せてくれ」


 人体実験はアキラでやれと返事をしようとしたシュウを、その声が遮った。


「ワシが呼んどるの無視して、ジブンらだけで美味い料理で宴会とか、ええ根性しとるやん」

「ぎゃー。出たっ」


 鶏唐揚げの皿に伸びる手を叩き落して、コウメイは台所を振り返る。冷凍貯蔵庫が突破された音は聞こえなかった。遠くで雑音はしていたが、無視しておけば諦めるだろうと思っていたのだが。


「まさか蹴破ったのかよ?」

「ワシ、そない野蛮やないで」

「……アレックス、転移は反則ですよ」

「こっちはずっとノックして声かけとるんやで。それ無視するほうが悪いわ」


 居るはずのない陰険エルフを見て、シュウはトンカツの皿を持って部屋の隅に逃げ、コウメイはまだ聞こえてくる強いノックの主を確かめようと食料貯蔵庫に向かう。室内に残る魔力の歪みを感じ取ったアキラは細目を睨みつける。冷たい視線など全く堪えていないアレックスの意識は、テーブルに並べられた料理に移っていた。素早く取り皿を持ちいくつかの料理をのせている。


「お、この肉を揚げたやつ美味そうやん。そっちの揚げた団子は何なん?」

「丸芋団子ですよ」

「なんや芋かいな」

「とろとろチーズ入りです」

「それも一個もらおか」

「やらん」


 伸ばされたフォークはリンウッドが弾き返した。フォーク同士を打ち鳴らすなんて行儀が悪いと顔をしかめるアキラの耳に、再び雑音が届いた。


『アレックス! あなたここに何をしに来たのか忘れていないでしょうね?』

「……呼んでますよ?」

「この紐みたいな茶色いんは何や?」


 細目はどちらの声も聞こえないフリをするつもりらしい。


「千切りにした白芋を乾した保存食だ。角ウサギ肉と煮込んでいる。おいシュウ、ちょっと手伝ってくれ」


 アレックスの問いに答えたのは台所から戻ってきたコウメイだ。苦虫をかみつぶしたというのに相応しい顔で、トンカツの皿を空にするシュウを引っ張ってゆく。


「アキ、細目を逃がすな」

「わかった」


 コウメイが何をするのか察知したアレックスが外へ逃げようとする。その寸前に鳥唐揚げを細目の口に押し込んだアキラは、腹黒エルフがふごふごと呻いている隙に魔金の鞭縄で縛りあげた。


「はひら、はにふんへん」

「何を言っているのかわかりませんね」

「あらあら、お食事中にお邪魔してしまったのね、ごめんなさい」


 まったく申し訳ないと思っていない笑顔のミシェルが、コウメイとシュウを従えて台所から現れた。


   +++


 食卓テーブルは広い長方形、彼らが使っているのは背もたれのない長椅子だ。これは一人用の椅子よりも大人数が席に着けるという利点を重視して設置したものであり、決してアレックスらが座ることを想定していたわけではない。


「この鳥肉の揚げ物、お酒がすすむわ……罪作りね」

「チーズ入った芋団子も美味いで。ワシはこのピリ辛ソースで食うんが気に入ったわ」

「おい、食ってねぇでさっさと用件を済ませろ」


 とげとげしいコウメイの態度に怯むほどアレックスは繊細ではない。


「なんでそないイケズなんや」

「俺らの家を勝手に増築しといて何言ってやがる」

「ワシやあれへん、ミシェルやで」


 アレックスが彼女に命令してやらせたと思っていたアキラは、どういうつもりかと唐揚げにピナ果汁を搾りかける師匠を睨んだ。


「レオナードに頼まれたのよ、あなたたちと連絡が取れるようにしておけって」

「エルフ族に我々を売ったんですね……失望しました」

「人聞きが悪いわね。彼からは一ダルたりとも受け取っていないのだから、売ったことにはならないわよ」


 独り立ちする弟子に何か祝いを贈りたいと考えていたところに、レオナードからアキラに連絡を取れるようにしておいてほしい、と頼まれたのだ。連絡手段として条件付きの転移魔術陣を押しつけられたのでドワーフらに増築を頼んだが、レオナードからは金銭も対価も受け取っていない。それどころか設置費用はミシェル負担だ。


「ね、かわいい弟子を売ったりしていないでしょう?」


 欺瞞だ、と吐き捨てたアキラの声は届いていない。


「勝手に設置した転移魔術陣は……条件付きだそうですが、それはどのような?」

「ここに転移できるのはわたくしだけなの」


 アレ・テタルやダッタザートといった各地の魔術陣から転移しようとしても、ミシェル以外にはここの存在は開示されない。これは隠れ住みたいというアキラたちの希望を最大限に尊重しつつ、レオナードの希望を叶えた結果だそうだ。


「だからアレックスが一人で押しかけることはないから安心してちょうだい」


 安心できるものか、と三人の目が据わっている。


「転移陣を使わなくても、好きに出入りできるじゃないですか」


 エルフの転移に魔術陣は不要だ。その証拠に、シュウが冷凍保存庫を移動させる前にアレックスは彼らの前に現れている。


「それを指摘されると、なにも言えないわね」

「ワシ、ジブンらのおらん家に勝手に入ったりせえへんて」


 不在の他人宅に侵入するのは犯罪行為ではないかとアレックスが呆れている。

 細目の口から一般常識を聞かされた彼らは、うんざりしたように息をつく。アレックスに関してはむしろ在宅時に訪問されるほうが迷惑だ。来るなら不在時にしてほしい。だがそれを口にして言質を与えるわけにはゆかない。アキラはズキズキと痛み出したこめかみを押さえた。


「ここに引っ越したばかりのころ、何度もあのドアを叩いてたのはアレックスだよな?」

「安眠妨害でしたね」


 早朝に騒音で叩き起こされた日々、耳栓を着けて眠る煩わしい夜は忘れられるものではない。


「何しにいらしてたんですか」

「引越祝いにきたのよ。アレックスを荷物持ちとして連れていたから」

「あんな早朝に?」

「……朝食をご相伴に与れたらいいな、と思ったの」


 やはり開かずの扉の封印は正解だったようだ。だが前回は諦めたのに今回は強引に開けさせたということは、二人の訪問目的はアキラたちが望まない不穏なものに違いない。たずねたくはないが、聞かずに済ませるのも不安だ。


「……それで、今回は何のご用なのです?」

「それやねん、ワシらアキラが両足に戻ったお祝いに来たんや」

「迷惑だ」

「なんやて?」

「メーワクだっつってんの!」

「そもそもどうして義足が完成したとわかったのです?」

「だってあなたたち、十二月のエルフの狩猟日前に島に来なかったじゃない」


 義足を作れるだけの虹魔石が貯まり、もう狩る必要がなくなったと考えて当然だ。コウメイらが季節や一年の区切りといったタイミングで物事を新たにはじめる傾向にあると知っていれば、終わりの日の晩餐を狙って訪問すれば間違いなく捕まえられる。


「……完全に読まれてやがる」

「侮っていたこちらの失敗だな」

「そんなに嫌がらないでちょうだいな。お祝いの品も用意してあるのよ」


 そう言って差し出されたのは、黒魔石の指輪だった。小指の爪ほどのささやかな大きさの魔石が、幅のある銀の輪に埋め込まれている。


「へぇ、ミシェルさんが作ったにしてはシンプルなデザインじゃねぇか」

「ゴテゴテしてねーし、邪魔にならねー感じ?」

「……気持ちだけで十分ですのでお持ち帰りください」


 普段使いに良さそうだと好意的に見る二人とは違い、アキラは一目見た瞬間にそれが魔武具だと見抜いた。しかも高度な魔術が複数埋め込まれた、使い捨てではない指輪だ。これを受け取れば、指輪の魔術が必要な何かをさせられるに決まっている。


「受け取ったほうがええで?」

「レオナードから預かった依頼を果たすのに、それが助けになるわ」

「やはり……それですか」


 彼女が差し出した手のひらに、アレックスがどこからともなく化粧箱を取り出して置く。

 片手に乗せるにしては大きめのその箱は、黒く艶のある塗料で仕上げられていた。縁を金細工が飾り、蓋には宝石のような輝きを放つ螺鈿で不思議な模様が描かれている。感嘆の吐息を堪えられないほどに美しい箱には、貴族や富豪らに何としてでも手に入れようと思わせる魅力があった。これがレオナードからの贈り物でなければ、大切にしようと思えるのだが。


「アキラへのお仕事だそうよ」

「お断りします。エルフ族から仕事をいただくほど落ちぶれておりません」

「一族からやあれへんで、レオナード個人の頼みや」

「受けておかないと、直接本人が来るわよ?」


 押しかけられ、屈服させれられて働かされるよりは、依頼であるうちに引き受けたほうが精神的にも楽なはずだと、ミシェルは経験があるような含んだ視線で三人を見ている。


「どこに隠れても彼ら《エルフ族》からは逃れられないの、開き直ったほうが楽よ?」

「それは経験からの助言ですか?」


 地を這うようなアキラの問いかけに、ミシェルは無言だ。ただ薄く笑って不憫な弟子を哀れむように見ている。

 アキラはコウメイを振り返った。

 苦笑いの彼は、好きにしろというように小さく頷く。

 うんざりしているシュウに視線を向けると、両手をあげて「任せる」と短かな声が返った。


「……依頼というならば、当然報酬をいただけるのですね?」

「その箱に入っているそうよ」

「前払いとは気前がいいですね」


 半ば自棄気味に吐き捨てて、アキラはその箱を受け取った。

 艶光りする蓋を開けたとたん、彼は壮絶に顔をしかめて仰け反る。


「……虹魔石ですか」


 放たれる魔力から身をかわすように数歩後退したアキラに代わって、コウメイが箱の中をのぞき込んだ。


「でっけぇな。これ、ミノタウロスとかサイクロプスあたりからとった魔石か?」

「あなたが虹魔石を必要としていると聞いて用意したらしいのだけれど……」

「情報が遅いですよ」


 苦笑いのミシェルに、アキラはため息をついて返す。義足のための魔石は集め終わって久しい。もういらないのだと突き返して断わることもできるが、この大きさの虹魔石は滅多に手に入るものではない。コウメイの眼帯にチラリと視線を動かしたアキラは、義眼のスペアに使うのも良さそうだと思い受け取ることにした。


「それは前金や。成功報酬はちゃんと払うて言うてたで」


 もちろん美しい箱も報酬だそうだ。売れば一財産、どこかの王都に豪邸を購入できるほどの額で売れるだろうとミシェルが保証する。


「高額報酬イコール厄介な案件でしかねぇだろ」

「依頼主がエルフってだけでじゅーぶんやべーって」

「断わって藍色のエルフが押しかけてきたら、ここの結界なんて一瞬で破られるだろうし、この家も木っ端微塵だろうな……」


 素直に引き受けるのが一番被害が少ないとわかっていても頷きたくない。


「米探しがー」

「逃げても追いかけてきて、引き受けるまで邪魔されるんだろうなぁ」

「こちらをさっさと片付けたほうがマシか……」


 虹魔石を箱に戻したコウメイは無言で酒瓶に手を伸ばし、シュウはやけくそのようにステーキ肉を頬張る。アキラはコウメイが注いだ酒を一息に飲み干して、すわった目つきで腹黒い師匠らを睨んだ。


「それで、私たちは何をさせられるのです?」



【あとがき】


米探しに行けなくなりました。

こんなところですが「幕間3 深魔の森に生きる人々」はこれにて終了です。

最初に想定していたより長くなってしまいました。

楽しんでいただけたのであれば嬉しいです。


次章は9月下旬に連載開始の予定です。

具体的な日程が決まりましたら活動報告やペケッターにてお知らせいたします。

8~10月は参加するwebイベントに合わせて、無特典シリーズの閑話SS折り本をネットプリントで公開する予定です。

ペケッターにてお知らせしますので興味のある方はチェックください。


旧作の改稿版全8巻がkindleにて発売中です。

大幅改稿+書き下ろしもありますので、よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。


HAL/高槻ハル

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― 新着の感想 ―
[気になる点] このミシェルさんの絶妙に迷惑な感じ!!! 毎回腹黒く厄介ごと押し付けてきて好きになれないという感情が沸々と・・・ お世話になってるしって思いもあるけど、あんまり釣り合いが取れてないので…
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