新しい足で踏み出す一歩
その日の夕食の主役は、ミディアムレアの暴牛肉ステーキだった。シュウの好物であるほんのり赤みの残ったそれは、肉汁と赤ヴィレル酒のソースの上にのせられ圧倒的な存在感を放っている。テーブルの中央に置かれた深皿は、リンウッドお気に入りの刻み野菜とハルパのソースを絡めた丸芋のニョッキだ。丸芋料理に目のない彼の皿には山盛りに配膳されている。
「ステーキ、お代わりっ」
「その前にサラダを食え」
「えー、せっかくの肉の味が口から消えるじゃねーか」
シュウは自分の皿に盛り付けられたささやかなサラダにすら箸をつけていない。コウメイは食べ残しを許さないため、シュウはいつも最後に嫌々飲み込むのだ。
「最後に好きな味で食事を終えるほうが幸せだろうに」
「だよな。嫌いな物を先に片付けて後は好きな物を楽しめばいいじゃねぇか」
「野菜で腹がいっぱいになったら肉が入らねーじゃん」
「たった二口で食い終わる野菜で腹が膨れるわけねぇだろ」
「なんだ、野菜で腹を満たしたいのか。遠慮しなくていいんだぞ」
シュウの皿に笑顔のアキラが野菜サラダを追加してゆく。肉を守ろうと皿を引き寄せサラダを追放しようとしたが、コウメイがそれを許さない。自分の皿にのせた料理は完食する、それが彼らの食卓ルールだ。
「俺は取り分けてねーだろ」
「シュウの望み通りに盛り付けただけだが」
「望んでねー!!」
賑やかな三人の食事を眺めるともなく黙々と丸芋ニョッキを食べていたリンウッドは、ふと思いついたとばかりに顔を上げた。
「アキラの義足だが、泥人形を使うのは面白いと思わんかね?」
「「は?」」
あまりにも唐突すぎて、コウメイとシュウから間抜けな声がこぼれた。
「連中の死体を作っていて思いついたのだがね、義足を泥人形で作ると表皮の造形や染色が容易なのだよ」
「ああ、なるほど。血を使うのでより自然な脚が作れるというわけですね」
ハルパソースに染まったニョッキをフォークに刺しながらリンウッドが口を開けば、ステーキ肉を薄く切り分けて野菜を添え、赤ヴィレル酒ソースを絡め取るアキラがよどみなく応える。
「そうだ。骨の部分を虹魔石で作り、肉と皮を泥人形で形成すれば、肉体との接合も負担は少ないと予測できる」
「おい……」
「やめろよなー」
ニョッキを咀嚼するコウメイの顔が歪み、ステーキ肉を口に運ぼうとしていたシュウの手が止まる。生々しいそれらを想像して嫌悪感もあらわな制止の声は、手順の検証に夢中のアキラとリンウッドには聞こえていないようだ。
「確証があるのですか?」
「それを得るために試すのだぞ。丁度素材は揃っているんだ、手間もかからんし後始末も楽だ」
「確かに、右足を切り取って利用し、残りは埋めてしまえば簡単ですね」
「どうだ、やってみるかね?」
「面白そうですね」
「よし、では早速」
揃って立ち上がった二人の肩を、コウメイとシュウが強引に引き戻して座らせた。
「『よし』じゃねぇ!」
「飯食ってんのに、スプラッターな話を嬉しそーにするんじゃねーって」
目の前に並ぶ料理がまるで新鮮な死体、あるいは血みどろの人体部位に見えてきたコウメイとシュウだ。食欲を減退させる会話を聞かされたシュウは、せっかくの料理が不味くなったと本気で腹を立てていた。
「だいたい何で義足を泥人形で作るんだよー。アレ、身体の一部だけ作れねーんだろ」
ライとシスの死の偽装の証拠として、リンウッドは彼らの泥人形を作った。泥人形は血液から読み取れる情報を魔術で素材に流し込んで作られる。そのため身体の一部分だけを作ることはできない。リンウッドは泥人形から手足を切断し、証拠に使えとマイルズに渡したのだ。残された泥人形はとても当事者に見せられるものではない。二人に見つからないように隠すのは大変だったし、彼らが旅発ってからも後始末に精神を削られた。深夜の森で人知れず泥人形を埋め隠す作業は、まるで猟奇殺人犯である。
「使わねぇからって、自分にそっくりな泥人形を簡単に処分するとか捨てるとか言うんじゃねぇ」
バラバラ死体を思い出してしまったせいで、ますますステーキ肉が喉に引っかかる気がするコウメイは、アキラの肩を爪が食い込むほど強く掴んだ。泥人形は泥人形でしかない。だが義足にも使えるというだけあって、精巧な複製ともいえるのだ。それを粗末に扱うのは到底許せるものではない。
「いや、粗末に扱うも何も、泥人形だぞ?」
「アキの顔をした、アキの身体の複製だろ」
「自分の複製をちょん切ったり捨てたりできる神経がすげーよな」
「想像してみろよ、サツキちゃんの顔をした泥人形から手足切断して義肢を作って、いらねぇ部分は捨てろって言われたらどうよ?」
わかりやすい例で説明され、アキラの顔が般若かと思うほど険しくなった。
「……許せんな」
「やっとわかったか」
コウメイは疲労感にうなだれた。
アキラはあっさりと説得されたが、リンウッドは粘り強かった。
「せっかく材料があるのに」
「他の魔道具作りに流用すればいいだろ」
「新しい技術になるかもしれんのだぞ」
「だったら脚だけの泥人形を作れるようになってくれ。義足への転用はそれからだ、いいな?」
「アキラへの負担も軽くなるのだが」
元から倫理観が歪曲しているリンウッドは正攻法では止められそうもない。コウメイはニョッキの深皿をリンウッドから遠ざけ、目を細めて選択を迫った。
「丸芋のニョッキ、ゴロゴロサラダ、丸芋団子の揚げ物、カリカリのガレット、暴牛肉との煮込み、フライドポテト」
人質、もとい芋質である。
「わかった。任意の部位だけを作れるようになるまで、アキラの泥人形は作らんでおくから丸芋団子の揚げ物を頼む。チーズ入りで」
「チーズ入りだな、わかった」
安上がりな取引きを終わらせて胸を撫で下ろしたコウメイは、夕食を再開した。生々しいミディアムレアのステーキも血まみれに(見える)ニョッキも、なんとか食べられる心境が戻ってきた。
「義足の話をするってことは、虹魔石はもう貯まったのかよ?」
「ああ、十分な量になった」
「うおー、長かったー」
もう島通いをしなくて良いと聞き、シュウが両手をあげて歓声をあげる。強い魔物を討伐するのは楽しいが、それは仲間とともに戦うからである。ノルマを課せられ淡々と屠り続ける討伐は、シュウにはストレスになっていたようだ。
「二人には迷惑をかけたな、ありがとう」
「いや、迷惑ってことはねーけどさ、島はおもしれーし」
「ただ細目の野郎がなぁ」
「うぜーんだよなー」
「本当に助かった。ありがとう」
二人がアレックスを島に引き止めてくれていたおかげで、アキラは深魔の森でのんびりと療養ができたのだ。義足の素材集めも二人に任せっぱなしだった。この礼はいつか必ず返そうとアキラはひっそりと胸に誓った。
大皿に残っていたニョッキをすべて自分の器に移動させたリンウッドは、シュウの皿からサラダを盗み食うアキラに「明日から作りはじめるぞ」と言った。
+++
リンウッドによれば、魔石製の義肢は作り慣れており、素材が虹魔石であったとしても作るだけならそれほど手間はかからないそうだ。面倒なのはアキラの魔力との調整である。これは実際に装着してみなければ魔力差を修正できない。
「泥人形ならアキラの複製のようなものだから、手間が省けるんだがな」
「……すみません」
一番手間暇と根気の必要な作業を簡素化できるはずのアイデアを封印され、リンウッドは仏頂面だ。製作過程も調整方法も教え込まれたアキラは、彼が面倒がる気持ちがとてもよく理解できる。しかし泥人形を使い捨てする忌避感が芽生えてしまった今、それで義足を作るのは遠慮したかった。
「まずは診るぞ。服を脱げ」
寝台に横たわるアキラの全身の筋肉を、リンウッドの太く無骨な指が触れ確かめる。肩から背骨まわりに腰、そして義足をつける右足を特に念入りに診た彼は、深刻そうに顔を歪めた。
「いかんな」
「何がです? 筋肉は落ちていないと思いますが」
衰えさせるなと口ずっぱく注意されていたため、日常では座布団を使わずに生活していた。そのおかげで左足は健脚を維持している。
「筋肉の付き方がな、歪んどるんだ。木製の義足をつけて生活させるべきだったか……」
杖での歩行は慣れるまでずいぶんと転んで痛い思いをした。なのにそれらの苦労が無駄だったと診断されたアキラは、今さら何をと眉間に皺を寄せる。
「義足をつければ歪みもすぐに戻りますよ」
「人体は意外に融通がきかんものだぞ。試してみるか?」
リンウッドは魔石義足の製作を延期した。そして翌朝に、一晩で作った簡易義足を渡し、それで歩けるか試してみろと言った。
手渡された義足を見たアキラは不安そうに眉をひそめた。その義足は辛うじて足の形をしているだけの木の棒にしかみえない。切断面との接合部分は柔らかく負担のかからない素材でしっかりと作られているようだが。
仮の義足を見たコウメイは雑すぎると不満げだし、シュウも薪にしか見えないと呆れている。
「見た目は悪いがバランスはしっかり作ってある。これで歩けなければ魔石義足を着けても歩けるわけがないぞ」
そんなものかと首を傾げつつ、義足を着け終えたアキラは椅子から立ち上がった。
テーブルから手を離し二本の足で立った次の瞬間、彼の視界は天井と焦るコウメイの顔に占められた。
「あっぶねぇ」
「あ、れ?」
「やっぱその義足が悪いんじゃねーの?」
仰向けに転倒したアキラは、床に落ちる寸前でコウメイに受け止められたのだ。何が起きたのかわからないと戸惑うアキラを、やはりなと眉を寄せたリンウッドが見ている。
「歩く以前に、立てんかったか」
「いえ、そんなはずは」
支え起こされたアキラは、今度こそはと慎重に義足で床を踏む。だがコウメイの手を離した次の瞬間、先と同じように転倒していた。
「アキ!」
「……なんで」
今度も一呼吸の間すらも立っていられなかった。腰を落としたアキラに、リンウッドがいつもの杖を差し出した。
「今度は両足で立とうと思わず、いつものように立ってみろ」
義足が存在しないつもりで、と念押されたアキラは、呆然としながらも杖を支えに立ち上がった。身体が揺らぐことも、視界が突然変わることもない。彼はぴしりと背筋の伸びたいつもの姿勢で立つ自身に驚いていた。
「よし、そのままで義足に体重をのせてみろ……杖をもらうぞ」
重心が移ったのを確かめるとリンウッドはアキラの手から杖を取り上げた。今度は支えなしに数秒立っていられたが、やはりすぐに身体が揺らぎ転倒しかかる。歩くなど到底無理だ。
「わかったろう。片足でいる時間が長すぎて、お前の身体は両足での立ち方を忘れているんだ。歩くなど到底無理だ」
「……」
「魔石義足を着けても同じだ。転び方が悪けりゃ大怪我するし、義足が壊れたらまた虹魔石の集め直しになる。いくらでも作り直せる木の義足で歩けるようになれ。魔石義足はそれからだ」
茫然自失のアキラを励まそうと、シュウの手がその背中を撫でた。
「リハビリ生活がんばろーぜ? 手伝ってやるから、な?」
「片足になったときだって、杖で歩くのにすぐ慣れただろ。両足に戻るだけなんだ、すぐに歩けるようになるって」
「そう……そうだよな」
「ただし、あんまり急ぐんじゃねぇぞ」
アキラの性格を熟知しているコウメイは、無理無計画なリハビリは許さないと釘を刺す。
「リンウッドさん、あんた医者なんだから訓練メニューくらい作ってくれるんだよな?」
「もちろんだ」
こうして虹魔石の義足制作前に、アキラの機能回復訓練がはじまったのだが。
「やっぱりこうなったか」
寝台で悶絶するアキラを眺めながら、コウメイはため息をついた。
コウメイの懸念通り、機能回復訓練をはじめたアキラは、こっそりと自主練をしていた。その結果が声を抑えられないほどのけいれん痛である。
「焦るなつったのに」
「……うる、さいっ」
「錬金薬は使えねぇんだ、自業自得だからな」
「わかっ、て……るっ」
歯を食いしばり、引きつる筋肉を掴んで耐えるアキラを放置するほど薄情にはなれないコウメイだ。彼はアキラのけいれん痛がおさまるまで、根気よく強張った身体を撫で続けた。
+
コウメイとシュウに監視されたアキラのリハビリは順調にすすんだ。義足で立っていられる時間が長くなり、重心を変えられるようになり、支えは必要だが椅子から立ち上がれるようになり、その後は義足で踏み出す訓練、両足を使って歩く練習と、日に日に機能を取り戻してゆく。
朝と昼、そして夕方のリハビリを続けたアキラは、二週間も経たないうちに義足で支え無しに室内を歩けるようになった。
台所からトイレまでの一直線を、ゆっくりとではあるが支えなしに往復できたのを確かめて、コウメイが朝のリハビリ終了を告げる。
「よし、義足外すぜ。シュウ捕まえろ」
「りょーかい。あ、逃げるんじゃねー」
「掴むなっ、担ぐな、俺は暴牛じゃないっ」
「だったらおとなしくしてりゃいーだろ、こら、蹴んなって」
コウメイの合図を聞いた瞬間に逃げだそうとしたアキラだが、座布団に手が届く寸前にシュウによって拘束されていた。両腕ごと身体を拘束して持ち上げられた彼は、両足をばたつかせて抵抗したが、そのまま俵担ぎにされ腰と腿をがっちりと固められた。
動けなくなった足から義足を素早く外したコウメイは、逃げた罰だとでもいうようにアキラの尻を叩く。
「痛いっ」
「よし、義足は外した。あとは頼んだシュウ」
「リハビリ後は気持ちよくて楽しいマッサージですよー」
「楽しくない」
「けど気持ちいーだろ?」
「……」
シュウのマッサージは凝り固まった筋肉をほぐす。こわばりを揉みはじめた直後は痛いが、すぐにぐっすりと眠りこけてしまうのだ。それが悔しいのか、彼は不貞腐れたように唇を尖らせている。
「筋肉酷使して、タップリ寝て、飯いっぱい食って、最高のリハビリ環境だよなー」
「昼飯までゆっくり休んでろよ。午後のリハビリはちょっとハードになるんだ」
「……薬草の管理が」
「それはリンウッドさんに手伝ってもらって俺がやっとく。アキは疲労回復を優先だ」
野菜畑の手入れついでに薬草を収穫するのにも慣れたコウメイだ。自分の手で成長を確かめ、間引き、必要な量を摘み取りたいアキラは不満たらたらだが、主治医の許可が下りるまで畑仕事は禁止だ。
「もうちょっとの我慢だろ。今夜の診察次第で次の段階に移れるんだぜ」
室内での歩行訓練はそろそろ終わりだろう。次は外に移り、石や雑草による平坦ではない地面での訓練がはじまる。そちらでも転ばず歩けるようになれば、次は虹魔石義足を製作し、最後のリハビリだ。
「こんなに時間がかかるとは思わなかった……」
ここまでの二週間とこれからの数週間のリハビリを「長い」とため息をつくアキラに、コウメイは「短いだろ」と渋面で返した。右足を失ってから今日まで六年の月日が経っている。それに比べればあっという間だ、と。
「こっそり銀の賢者サマやってたのは、引きこもり生活に飽きてたからだろ?」
「まあ、な」
「義足が完成すりゃ前みたいに堂々とあちこちに出かけていけるんだ、あと数週間のリハビリくらい我慢しろ」
焦りは禁物だと念を押され、アキラは疲れの残る顔で頷いた。
室内から屋外へと移ったリハビリも順調だった。さらに二週間ほどリハビリを続けた後、診察したリンウッドは「そろそろ良かろう」と虹魔石での義肢作りをはじめた。
自分の義足なのだからと主張して、アキラはリハビリ疲れを押して必ずその工程に立ち会っている。蓄積した疲れからか食欲が落ちはじめると、さすがにコウメイが口を出した。
「本職に任せてアキはリハビリに専念しろよ」
「リンウッドさんに任せたら、どんなギミックを追加されるかわからないからな」
「……俺はそんなに信用がないのか」
朝食の粒ハギと豆のリゾットを食べるリンウッドが、その厳つい顔を曇らせた。彼にしては珍しく、その言葉に傷ついたと表情豊かに示してみせるが、アキラは厳しい視線を向けるだけだ。
「信用してもらいたかったら、シュウのリクエストを書き記した板紙を捨ててください」
「えー、仕込みナイフとかかっこいーじゃん」
「俺の足に格好良さは必要ない!」
アキラの笑みから急速に温度が消えていった。
まだ義足の製作に入る前のことだ、リハビリ後のマッサージでうとうとしていたアキラは、枕元で繰り広げられる不穏かつ不謹慎極まりない会話を聞いたのだ。
「メモは数枚もありましたが、本当にナイフだけですか?」
「……どうだったかな」
「メモってたのは俺じゃねーし」
リンウッドは逃れるようにリゾットの器に視線を落とし、シュウはごまかすように朝どれ野菜のサラダをアキラの方へと押し出す。
「膝から魔術玉を撃ち出す装置と、鉄糸で敵を切り刻む仕掛けと、爪先に毒針を仕込むのと、他に何がありましたっけ?」
アキラは恐ろしいまでに美しい笑みで、指折り数えつつ記憶している会話の内容を突きつける。二人はごまかせそうにないと諦めた。
「……足裏に浮遊の魔術陣を刻むのも面白いとは思わんか?」
「座布団なしで空を飛ぶのは楽しーぜきっと」
「面白くも楽しくもありませんっ!!」
怒りのあまり立ち上がったアキラは、無意識に魔力を放出していた。落雷となってシュウとリンウッドに落ちそうだ。せっかくの食事を雷に黒焦げにされてはたまらないと、コウメイはアキラの両肩を押さえた。
「落ち着けアキ。さすがに全部のギミックを義足に組み込むのは無理だ」
「一つでもお断りだっ」
「わかってるって。シュウもリンウッドさんも本気でアキの義足を改造するつもりはねぇって。そうだよな?」
アキラに向けていた甘ったるい笑みを、瞬時に威圧のこもった凶悪な笑顔に変えて問いかける。ミノタウロス級の魔物に向けるのと同じ威圧をぶつけられた二人は即答した。
「もちろんだ」
「トーゼンだろっ」
二人の返事を聞いてもやはり不安は残るアキラをなだめたコウメイは、代わって見張るから休めとアキラをなだめたのだった。
そんな苦労を重ねて三週間、アキラが仮義足で不自由なく生活できるようになるのと同時に、リンウッドも虹魔石義足を完成させた。
+++
その一歩を踏みしめて、アキラはゴブリンの背に攻撃魔術を打つ。
「風刃」
背骨を斬り砕かれて絶命した魔物が倒れ、木の根に引っかかった。他のゴブリンを屠り終えた二人が、討伐部位を切り取るアキラに近づく。
「無理するなよ、その義足、今日がはじめてなんだから」
「ちゃんと走れてたぜ、すげーな」
複数のゴブリンと遭遇した彼らは、瞬時に討伐を開始した。コウメイが注意を引きつけている間に、アキラは木々の間をすり抜けて背後に回り込み、風刃で屠ったのだ。
アキラの足は下生えをかき分け、木の根を跨ぎ、小石や腐葉土で安定しない地面を踏みしめる。その動きはなめらかで安定している。
「ああ、自分でも驚いている。仮の義足とは大違いだ」
虹魔石の義足を装着した直後にこれほど不自由なく動けるのは、仮義足で両足で歩く感覚を取り戻していたからだろう。彼は虹魔石の義足に何の不安もなく歩行し、走り、飛び、と以前のように森を駆けていた。
「接合部分に違和感とかねぇんだな?」
「今のところは大丈夫だ」
「なー、義足って感覚があんの?」
「触られているなとか、小石を踏んだなとか、はっきりわかるぞ」
アキラは己の杖で義足を軽く叩いた。木製と魔石製の違いは神経接合の有無の差だ。義足が受け止めた情報は、瞬時に生身の肉体が感じる感覚に書き換えられ脳に伝えられる。
「俺の脳も義足を生身の足だと認識しているみたいだ」
例えば木の根を飛び越えるとき、どれくらいの力で地面を跳ばねばならないのか、着地に加わる力がどのくらいなのか、バランスをどう取るのか、そういったことが頭で考える前に自然と身体が動くのだ。
「二本足で歩くことを思い出したってことか。リンウッドさんのリハビリ計画ってすごかったんだな」
「リハビリもだが、魔石義肢もだ。人体と遜色ない、いやそれ以上だ、すごすぎる」
これだけ素晴らしい義肢なのだ、たとえ延命といった副作用がなくても、欠損を抱えた者が彼の義肢を欲するのも当然だ。あらためてアキラはリンウッドの凄さに感動していた。
「それじゃ、そろそろ戻ろうぜ。義足の調整があるだろ」
「もっと歩いていたいんだが」
「またけいれん痛に悶絶してぇのか?」
今日の狩りは魔石義肢によるリハビリの一環だ。いくら完成度の高い義足でも、まだ常時使用する許可は下りていない。
「そんな不満そうな顔すんなって。この調子なら完全復帰も近いだろ」
「アキラが復帰したら、遠征しよーぜ、遠征」
「もうこの森は飽きたのか」
「島に比べたらなー、殺りがいねーっていうか」
もっと強い魔物と戦いたいと愚痴るシュウを先頭に、彼らは森の隠れ家に戻った。
リンウッドの診察を受け、微調整が必要だと義足を外され、リハビリの狩りはほどほどにと注意を受けたが、それ以上の言葉はなかった。
「なー、どこ行く?」
いそいそと大陸地図を広げるシュウにとって、遠征は決定事項らしい。ナナクシャール島に虹魔石を集めに出かけていたとはいえ、田舎の森で隠れ住むのはシュウには退屈だったのだろう。引きこもってのんびりしたいアキラだが、魔石集めをしてもらったのだから二人の希望を優先するつもりでいた。
「今まで行ったことのねぇ場所がいいだろ」
「それだと西の方になるよなー」
地図をのぞき込むコウメイも楽しそうだ。
「お、ここどうだ?」
「シェラストラル……?」
コウメイが指さしたのはウェルシュタントの王都の西にある平原だ。王都に嫌悪感しかないアキラは嫌そうに顔を引きつらせている。
「王都じゃなくて、国境のこの辺だ。ここらって大陸でも有数の穀物地帯だろ」
平原を流れる川を境に、北西はヘル・ヘルタント国、南東はウェルシュタント国だ。主にウェルシュタント側がこの平原を欲してたびたび戦をけしかけている。ヘル・ヘルタントの王都近くには、もっと大きな穀物地帯が存在するため、こちらの平原はかの国にとっては予備的な位置づけだ。だからといって国境線を譲れるものではないが。
「そんな面倒な場所に、どうして行きたいんだ?」
政変や戦争の少ない場所なら他にもあるだろうに、と顔をしかめるアキラに、コウメイはニヤリと笑って見せる。
「ここの辺りって、カドバの生産量が多いんだけどな」
「カドバ……蕎麦か」
「そ。でもそれだけじゃねぇ、名もないような雑穀が何種類も栽培されているらしいんだ」
農民はハギで税を納める。だが戦乱の多いこの地の農民は、戦で田畑を焼かれハギの収穫を失うこともしばしばだ。そんな地で生きる農民らは、飢えから逃れるために税として徴集されない雑穀を育てるようになったという。
「他国には伝わっていないような雑穀の中に、米があるかもって思わねぇか?」
「コメ!? マジか!!」
「ご飯が!」
シュウの目が爛々と輝き、アキラは懐かしい白米の味を思い出すかのように唾を飲む。
「どうする?」
「決まっているだろう」
「コメ探しに行こーぜ!」
そうしてアキラはリハビリに励み、コウメイは旅支度をし、シュウは路銀稼ぎに精を出した。




