8 海賊船
「海賊だっ!!」
誰かのその叫びで完全に目が覚めた。
最初に目覚めたコウメイはすでに身支度を整え終えていたし、シュウも早々に靴を履き終わっている。アキラは慌てて起き上がり、上着に袖を通した。
「客室から出るな! 戦える者は甲板へ!!」
船員の叫びが廊下を走る。
コウメイとシュウは剣を持ち、アキラは杖を掴んで準備を終えた。
「夜襲か、手慣れているな」
「既に船体に取りつかれてるみてぇだぜ。まずは出入り口を確保するぞ」
「りょーかい」
客室を出て、真っ先にシュウが階段をのぼった。
「怪しいのが来たぜー」
甲板からの扉を破って、顔から目だけを出した全身黒ずくめが飛び込んできた。狭い場所での戦闘に慣れているらしく、シュウの剣を見てこの廊下では抜き振るえないと判断したか、刃渡り三十センチほどのダガーナイフを挑発するように向けてきた。
「剣は斬るためだけにあるんじゃねーぜ」
ダガーとともに踏み込んできた黒ずくめに向け、鞘のままの剣先を槍のように突き出した。瞬発力と力はシュウが上だ。腹に入った激痛を堪える隙を逃さず、鞘先で顎をすくい上げるように打つ。腹と顎を連続して強打された黒ずくめは、仰向けに倒れた。
「へー、結構いいダガー使ってるぜ」
敵の利き腕を折り、武器を奪ったシュウは、使い込まれたダガーナイフをアキラに手渡した。
黒ずくめの身体を飛び越えたコウメイが、甲板へと出て剣を抜く。
「こりゃ不利だな」
日頃から戦闘訓練で鍛えている船員たちが、あがってくる海賊を海へと蹴り落としていたが、船の所々に設置されている灯り程度では、黒ずくめの海賊を見つけ出すのは難しい。コウメイは眼帯を外し、両目で周囲を見渡した。
「あがらせるな! 突き落せっ」
バーニーが船員たちに指示を飛ばしていたが、灯りのない影にはすでに何人もの海賊が潜んでいるのに気づいていない。
「結構な数に上がり込まれてんなぁ」
船長室か、それともその先の特別客室の貴族が狙いなのか、登り階段の上と下での攻防が一番激しい。甲板で弱い明かりを頼りに海賊と対峙している者もいるが、暗闇での戦闘に慣れている海賊が明らかに有利な状況だった。
「アキ、灯りだ」
向かってくる黒ずくめを斬り倒しながら足場を作り、コウメイとシュウで船内への入り口を守る。最後に甲板に出たアキラは、杖をかかげて灯球を作り、それを空高くへと投げあげた。
「照明が?」
「おお、見えるぞっ」
「あんなところに!」
「くそっ、やっちまえ!」
突如としてあらわれた光により、船を中心とした海上が明るく照らし出された。陰に潜んでいた海賊たちの姿が露わになり、間近に迫る海賊船の全貌までがしっかりと見える。特別室のバルコニー側では護衛が海賊の侵入を防ぐため死闘を繰り広げていた。
「ケニー班、特級の客を守れ! タイロン班はロープを切れ! 海賊どもの道を断つんだ!!」
海賊船からこちらの舷縁に架けられたロープを伝って、何人もの黒ずくめが乗り込もうとしていた。
「客室に海賊を入れるなっ」
「操舵室を守れ!」
バーニーの指示が飛び、船員たちが統率の取れた動きで守備に就く。戦闘訓練に参加していた冒険者たちも甲板に上がってきて、船員たちの穴を埋めるように戦い始めた。
コウメイたちは下層への入り口を他の冒険者に任せ、海賊船を見渡せる場所に移動した。
「彼らの目的はなんだろう」
「目的? 海賊の目的なんか、お宝に決まってんじゃねーの?」
「海運商の商船じゃないんだぞ、定期周回船の客が持ってる金品なんてたかが知れてるだろ」
誰かを狙ってきたのか、それとも何かを狙ってきたのか。目的によっては戦い方を考えなければ、海賊たちを追い払えない。アキラが難しい表情でそう言うと、海賊を海に蹴り落としたシュウが、探るようにその横顔を見た。
「アキラ狙いとかねーよな?」
「何で俺?」
「だってスパイしに行くんだろー? それ知って妨害しにきたとか」
「スパイじゃなくて調査だ。それくらいでこんな馬鹿げた規模の妨害なんてあるわけないだろ」
ウナ・パレムの魔法使いギルドは、調査員が向かっているとは知らないはずだ。もしも情報が漏れていたとしても、アキラ自身が何を調査しに行くのかわかっていないのに、何を妨害するというのだろう。
「お前らっ、無駄口叩いてねぇで働け」
禿マッチョが「そいつを切れ」とシュウに怒鳴った。
海賊船から投げ入れられた鉤針が舷縁に食い込み、それを支えに張られたロープをめぐって黒装束とコウメイが激しく打ち合っている。シュウは慌てて駆け寄り、乗船しようとする黒ずくめを蹴り落とすと、剣でロープを払い斬った。
「切れねぇっ」
「ダガーを使え」
海賊から奪ったダガーナイフの切れ味は剣よりも格段に上だ。アキラから返されたダガーナイフを太いロープに押しつけ引いた。シュウの力も加わり、刃を二、三度往復させただけでロープが切断され、渡ってこようとしていた海賊もろとも海へと落ちた。
何本もあった海賊船からのロープは、武闘派の船員たちによって全て切り落とされた。舵をきり船体を離しにかかったところで、海賊船に新たな動きが起きた。
「火だ、火が来るぞ!」
黒装束と同じく黒く塗られた船の舷縁に、ずらりと弓兵が並んだ。アメリア号を狙う矢先には炎がめらめらと揺れている。
「帆を燃やされたら終わりだぜ」
「風盾で防いでみる。間に合わなかったら頼む」
船員たちの間を駆け抜けたアキラは、船長室の屋根に上がり杖を構えた。
「風盾!」
できるだけ大きく、船全体を覆うようにと、風の盾を展開した。
次々と射かけられる火の矢が、船体や帆に届く前に弾かれ海へ落ちてゆく。
風盾で防ぎきれなかった矢は、コウメイとシュウが斬り落とし消火した。
三度、四度と続けざまに火矢を射ても、一つたりとも届かない。
海賊船の船先で、チカチカと合図するように光が瞬いた。
黒ずくめらは船員らの攻撃をかわし、一斉に船長室の屋根を目指した。アキラが火の矢攻撃を妨害していると気付いたのだ、魔術師を殺せば形勢は覆る。
「死ね!」
飛びかかってきた海賊のダガーを杖で受け止めた。
流せば斬り返されるだろう。
魔術を維持したまま睨みあうが、このままでは押し負けるし、風盾を保つことも難しくなる。
二人目、三人目が壁を登ってくる気配に、アキラの集中が逸れた。
「あっ」
力が逸れ、ダガーナイフが杖を滑った。
切っ先がアキラに向かう。
「させるかよっ」
マストから垂れたロープを使って距離を稼ぎ、反動をつけて跳んだコウメイは、壁を登る海賊を踏み台にして屋根に駆け上がると問答無用で黒ずくめを斬り倒した。
「ケガしてないな?」
「ああ、大丈夫だ」
アキラを背に庇ったコウメイは転がる敵を屋根から蹴り落とし、登ってくる手を容赦なく斬った。
魔術師の襲撃も失敗だと判断した海賊が、笛を吹いて甲板から海へと飛び込んだ。拘束されていない海賊たちも後に続き、次々と逃げ出してゆく。
ほどなく海賊船がその方向を変えはじめた。
「くそっ、逃げていくぞ」
残された仲間たちを見捨てて、海賊船がアメリア号から離れていく。
「追わねぇのかよ」
「必要性がないんだろう」
周回船は攻撃手段を持った軍艦ではないのだ。海賊船に襲われはしたが、誰かが攫われたわけでもなく、お宝を強奪されてもいない、被害がほとんどないのなら危険を冒してまで追う必要はない。
負傷や気絶により取り残された海賊たちは、屈強な船員たちによって拘束されていった。
「向こうが無傷ってのは悔しーよな」
舷縁に刺さったまま取り残された鉤縄のフックを見たシュウは、その一つを「いけるかな」と離れてゆく海賊船を狙って投げつけた。投擲の得意な者でもこの距離は流石に無理だと、船員たちはシュウの行動を薄ら笑いで見ていたのだが。
「はぁ?」
「嘘だろ」
シュウの投げた鉤縄フックは、見事に海賊船の甲板に着弾していた。遠目にも海賊たちが慌てふためいているのがわかる。
「おー、いけるじゃん」
「兄ちゃん、すげぇな」
「もっと投げるか? 鉤ならまだいくつもあるぜ」
手の空いた冒険者たちが舷縁に引っ掛かっている重いフックを集めてきた。
「狙うなら帆だ。ズタボロにしてやってくれ」
足元に置かれた十字鉤を持つと、シュウは数歩下がって狙いを定め、助走をつけ思い切り投げた。
船首の角度を変える海賊船の帆に鉤が命中し、鋭い針が帆布を裂いた。鉄の重みでみるみるうちに裂け目が広がってゆく。距離が開く前にと、シュウは鉤を続けざまに投げた。ご丁寧に帆まで黒く染めている海賊船は、鉤が命中するたびに見すぼらしくなっていく。
「幽霊船のシルエットみたいだな」
「髑髏マークを描いたらまんまだな」
海賊船が方向を変えるのに合わせ、周回船も舵を切った。
+
「もう大丈夫だろう」
海賊船が暗い海へと消え去り、アメリア号に取り残された海賊らもすべて縛りあげられたのを確認して、アキラは灯球に送り続けていた魔力を止めた。突然あたりが暗くなり船上が騒めいたが、船に備え付けのランプは点いているのだ、船員らは通常に戻っただけだとすぐに気づいた。
「ふぁー、眠ー」
「熟睡中に叩き起こされたからなぁ」
脅威がなくなったと確認できた途端に緊張が途切れ、眠気が込みあげてきた。欠伸を噛み殺すシュウは可愛いもので、アキラはすでに立ったまま目を閉じている。まだ眠ってはいないようだが、このままでは寝落ち確実だ。早々に客室に戻ろうとしたコウメイたちを、指揮をとっていた禿マッチョが呼び止めた。
「あの灯りの魔術を使ったのは、貴方なのですか?」
海賊に向けて怒鳴っていた威勢のよさも、賭け試合で相手を挑発していた下品な口調もない、まるで神に祈るような崇敬な表情でアキラに問いかけた。バーニーの後ろでは多くの船員や冒険者たちが固唾をのんでアキラの反応を待っている。
「……おい、アキ」
コウメイは耳元で禿マッチョらに聞こえないような小声で呼び、背中をひっそりと叩いてアキラを起こした。
「……ええ、私です。勝手なことをして申し訳ありませんでした」
半分眠りに落ちかけていたところを無理やり浮上させられたアキラは、不快を表情に出さないように堪え、伏し目がちに瞬いた。はやく船室に戻って毛布にくるまりたいアキラに、禿マッチョは興奮したようにずずいと迫り寄ってきた。
「勝手など、とんでもない事です。貴方のおかげで死者も出さず、乗客にも船体にも被害がありませんでした」
「お役に立てて幸いでした」
この辺りは海賊船の活動海域ではないため、船員やバーニーらも警戒が緩んでいたらしい。
「船長から魔術師殿が乗船していると伺っておりましたが、いつもフードを被っておられる貴方とは気づきませんでした。何故お顔を隠されていたので……ああ、そうですね、船上のような場所で素顔を晒せば、粗野な者たちに目をつけられかねませんからな」
てめえこそ粗野で獰猛じゃねえかと外野から声が湧いた。いつもコウメイらとともにいる怪しげなフードの下に、繊細で楚々とした美貌が隠されていたとは思いもしなかった、と冒険者たちは驚き、鼻息が荒くなっている。
「船長もお礼をさせていただきたいと言っています。ぜひ船長室に来ていただけませんか」
まるで淑女をエスコートするかのように手を差し出したバーニーを、はじめて認識したとでもいうように、アキラはゆっくりと瞬きをした。甲板の照明が長い睫毛に影を作り、その表情が躊躇っているようにも、怯えに抗って気丈になろうとしているようにも見えて、バーニーは「うっ」と呻いて己の胸を掴んだ。
「めんどーな事になりそうだぜ」
「急いでたからなぁ、マントかぶる暇もなかったし」
禿マッチョの変貌と、取り囲んだ冒険者たちの惚けるような様子を見て、二人は面倒くさそうに顔を歪めた。黙って目を伏せていれば楚々とした美人だが、今のアキラはただ眠気と格闘しているだけだ。大勢の前で寝落ちするという醜態をさらしたくない一念で、アキラは落ちてくる瞼に抗うことに必死だ。禿マッチョの話も周囲の反応もまともに頭に入っていなかった。
コウメイは頭をガシガシと掻いてバーニーの前に割り入った。
「悪いが、明日にしてくれねぇか。魔術師殿は戦闘で力を使い果たして疲れているんだ」
あんたたちも眠いだろう、と周りの冒険者たちに問いかけると、苦笑いと欠伸が次々にこぼれた。
「それでは明日改めて」
「……お願いしたいのですが」
コクリ、とアキラの頭が小さく傾いだ。頷いたのか、睡魔に押し切られて力が抜けたのかはわからないが、銀色の瞳が初めてバーニーを正面から見つめた。
「今回のことは口外しないでいただきたいのです」
「は……?」
意味が分からなかった。何を隠せというのだろうか。バーニーは助けを求めるように近くの船員たちへと視線を投げたが、誰もが疑問の顔で見返すだけだ。
「あの?」
「ここにいる方たち以外には、知られないようにしていただきたいのです。お願いできますか?」
銀色の睫毛が愁いを帯びて重く上下した。何を、と問うことを拒絶されているような気がして、バーニーは困り切った。喋って欲しくないというのは、灰色がかった栗毛の美人が魔術師である事を、だろうか。海賊騒ぎで戦えない乗船客は客室に籠っているし、ここにいるのは船員とごく一部の冒険者だけだ。箝口令を敷こうと思えば不可能ではない。だが。
「申し訳ないが、船長への報告だけはお許し願いたい」
「それは……仕方ありませんね」
船の責任者には逆らえないということだろうと、アキラは仕方なしに了承し、くれぐれもここにいない人へ喋らないでくれと念押しした。禿マッチョだけでなく、海賊船に参加した船員や冒険者たちへも伏し目がちな微笑を向け「お願いします」と細い声で訴える。
アキラは眠気で声が出なかっただけなのだが、勘違いした男たちは任せておけとばかりに鼻息も荒く頷き、色々な意味でこの夜の出来事には箝口令が敷かれることになったのだった。
+
コウメイは淹れたてのコレ豆茶をカップに注ぎ、アキラに差し出しながら問うた。
「てことがあったんだけどな、覚えてるか?」
「……海賊を追い払って、灯り球を消したあたりまではなんとか」
そろそろ昼も近いという頃、ようやく睡眠に飽きて目覚めたアキラは、前夜の出来事を説明されて不思議そうに首を傾げた。海賊の戦闘が終わった後は、やっと眠れるのだとそちらにばかり思考が行っていて、客室に戻って毛布にくるまったことは覚えていたが、その間の記憶は霧がかかったようではっきりしない。
「箝口令を敷いた事は?」
「何のために?」
「それを聞きたいんだよ」
目覚めのコレ豆茶の香りを堪能しながら、アキラは必死に記憶を手繰り寄せた。完全に寝ていなかった時の薄すらぼんやりとした曖昧な記憶が蘇る。
「……あそこで寝落ちしそうになってて」
「半分寝てたな」
「みっともない姿を見られたのを口止めした」
「そっちかよーっ!」
シュウが音を立ててカップを置いた。
「俺はアキラが魔術師なのを隠してくれって頼んだんだと思ったぜ」
「まあ、それもあるかも?」
「何で疑問形なんだよ」
「魔術師だと知られれば、面倒を持ち込まれるだろうからな」
薬魔術師は材料がなければ無力だ。手持ちの薬草は限られているし、調合用の魔道具もないから、錬金薬を作れといわれても不可能だ。だがそれを理解できる者ばかりとは限らない。海賊騒ぎでは命にかかわるような負傷をした者が出なかったため、誰も「錬金薬を作れ」と言ってこなかった。荒事に慣れた冒険者や船員らはできないと理解していても、他の乗客も同じとは限らない。むしろ何故できないのかと責めるだろう。ましてや攻撃魔術が使えると知れ渡ったら何に利用されるか分かったものではない。
「半分寝てたから自信はないが、たぶんそんなことも考えていたんじゃないかと思う」
薄情かもしれないが、もし船内で重病人が出たとしてもアキラは助けないだろう。助けられるだけの知識も経験もない。酔い止め薬を作るくらいはできても、病の治療はできない。
「ま、その辺は大丈夫だろ。連中、絶対に守ってみせますつって張り切ってたから」
何を守るんだか、とコウメイは苦笑いだ。
「アキが寝てる間に、禿マッチョが来てたんだぜ。船長が海賊討伐に協力してもらったお礼に、夕食に招待したいってよ」
「行きたくない」
「根回しくらいは必要だろ、諦めろ」
昼前に返事を確認しきた禿マッチョに、アキラは三人一緒なら招待を受けると答えた。深く被ったフードの下をチラチラとのぞき込もうとするバーニーは、人数についてはおそらく大丈夫だろうと返し、正式なディナーなのでできるだけマナーに沿った服装で来てくれと頼んだ。
「えー、俺らも行くのかよ?」
「海賊討伐のお礼なんだろう、俺だけは不自然だ」
「美味い飯が出るといいんだけどなぁ」
船長や貴族客には、食堂で出されているような不味飯ではなく、料理人が作る特別な食事が提供されていると聞いている。コウメイは船のような環境でいったいどんな美味いものが食べられるのかと楽しみだった。
「今日は訓練はパスだな」
「何して暇つぶすっかなー」
「本を読め、貸すぞ」
アキラの蔵書は読書慣れしていないシュウにはハードルが高すぎる。差し出された本を見て顔を歪めたシュウに、コウメイが革表紙の一冊を取り出した。
「あ、じゃこれ読むか。ナツコさんの新作」
同じ転移者だけあって、彼女の文章は馴染みやすいし、ラノベを読んでいたのなら楽しめるとコウメイが保証した。アキラは嫌そうに本とコウメイを睨んだ。
「何故その本がここにある?」
「貸本屋のクリフがおすすめだって言うからさ」
「へー、キングスコーピオンの時の話か。これなら読めるかも」
自分たちがモデルにされているかもしれないというのに、シュウは全く平気なようだ。創作なのか、著者の思想が加わったノンフィクションなのか、怖いが気になるアキラだ。
「アキも読むか?」
「……そのうちな」
今は薬魔術の教本を読んでいた方が気持ちを落ち着けられそうだ。
その日、日当たりのよい甲板の一角で読書にふける三人は、女性客ではなく冒険者や船員たちに遠巻きにされて過ごした。男たちは風が吹くたびにアキラのフードがめくれるのではないかと期待しては落胆し続けた。おずおずと話しかけた船員が顔を赤らめたり、普段は無精髭で汚らしい冒険者が、珍しく顔を整えて甲板を意味もなく歩き回ったりと、昨夜の出来事を知らない乗客らが不思議がる謎の光景があちこちで見られたが、その真相は決して知られることはなかった。




