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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間3 深魔の森に生きる人々

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因縁の痣



 スタンピード討伐において最も必要とされるのは、周囲との協調と偏りのない戦力だ。その点からも黄金の鷲の五人を異なる任務に割り振るのは当然の流れだった。

 まずサディスは弓の下手さを理由に戦線から外され、町と討伐本部の間の物資搬送の班に回された。仲間から引き離されたくないと抗ったが、これまで数度の同士打ち未遂を理由に配置換えは強行された。


 これから魔核の攻略に移ろうという戦況で、体力と経験の不足するライオネルは正直邪魔である。包囲の穴を埋める戦力がもったいないと、彼にはマイルズの使い走りを命じた。同時にルーシャスには魔核攻略の最前線を割り振る。年長の剣士もライオネルから離されるのを嫌がったが、ライオネルを守るために戦力を出し惜しみする彼を討伐に専念させるための配置だと押し切った。その理由を聞いてライオネルのほうが気に病んだらしく、ルーシャスを説得していた。

 残る二人にもそれぞれに向いた配置を割り振った。休息時間も異なるため、彼らが接触することは難しくなるだろう。


 マイルズの使い走りとなった王子は、伝令を持って各所を忙しく駆け回っている。魔核攻略の総指揮も任されたマイルズは、各所から情報を集め細かく指示を出していた。


「コウメイさん、よろしいでしょうか?」


 大蛇を屠り終えたタイミングでライオネルが声をかける。

 コウメイが返事をする前に、彼の合図にあわせて冒険者が交代に入る。一歩引いた場所で戦況を見定めるのは得意らしく、交代の指示も絶妙だ。


「呼び出しか?」

「はい。マイルズ隊長が至急にと」


 コウメイは案内する彼の斜め後ろを歩く。あえて髪で隠している左側に位置どる彼に、ライオネルの肩が強張った。それに気付かぬふりで、コウメイはマイルズの作った機会を活かすことにした。


「あのおっさん、また陣を出てふらふらしてるのか。隠居老人だって主張するなら、どっしり座って構えててほしいよな。大御所が出張ってたら周りは気を遣うのに」

「私はスタンピードの英雄騎士の戦いを直接見る機会を得がたく感じています」


 こき使われて苦労してるのではないかとたずねるコウメイに、振り返った彼は心底から楽しげに返した。


「英雄騎士とは持ち上げたもんだな」

「マイルズ殿はそれだけの功績をあげられていますよ」


 マナルカト国から一代男爵を叙爵されたが、権力に紐付けられたくないと本人が強く辞退したため、俸禄も領地もつかない名誉騎士爵を与えられているのだとライオネルが語った。


「へぇ、そうだったのか。詳しいんだな」

「マイルズ殿は冒険者の憧れですから」


 憧れの存在が年齢を理由に引退したと聞いていたが、ハリハルタの地で彼の指揮下で実際にスタンピード討伐に加われた自分は幸運だと目を輝かせている。


「あんた、貴族の坊ちゃんだろ? なのに平民の冒険者に憧れるのか?」

「……私は冒険者です」

「建前では、な。ここの連中はあんたが生粋の平民だとは思ってねぇぜ――気付いてるだろ?」


 押し黙ったライオネルは顔を背けて足を早める。焦って踏み込んだ草藪で大きな石を踏み転びかけた。


「危ねぇ」


 後ろから腕を掴まれ支えられた彼は、逃げるようにその手を振り払った。一歩二歩と距離を開け、探るようにコウメイを見据える。


「そんなに警戒するなよ」


 コウメイは眼帯と長身を活かし、少しばかり悪めいて見えるような表情を作った。


「貴族の身分を捨てて冒険者になる奴は多いんだ。けど自由の対価に捨てたはずの身分や富が恋しくなって戻っていく。あんたは討伐を楽しんでいるようには見えなかったのに、死ぬかもしれない戦いの場に居続けている。なんでだ?」

「……」

「あんたが身分を失ってここに居るのなら問題はねぇ。だがそうでないなら、あんたが死んで処罰を受けるのは、ハリハルタの冒険者ギルドとマイルズさんだ」


 コウメイの言葉を否定できない彼は、悔しそうに拳を握りしめた。


「どうして命を狙う者を側に置く?」

「それはっ」


 どうしてわかったのかという驚きと、罠に填められたという絶望に、ライオネルの顔から血の気が引く。目の前の男を新たな刺客と思い剣に手をやったが、抜く前にコウメイに奪い取られていた。


「抵抗を考えたってことは、あんたは死にたいわけじゃねぇんだな」

「……私を殺しに来たのではないのか」

「俺はひっそり暮らしてぇんだよ、王族殺しなんてやってみろよ、一生逃げ回らなきゃならなくなるだろ」


 王族、とはっきり口にしたコウメイを、彼は睨みつけることしかできない。


「私をどうするつもりです。金や地位を要求しても無駄ですよ」

「命も金も地位もいらねぇよ」

「では何のために私に近づいたのだ」

「マイルズのおっさんが困ってたからだな。あとは……その痣」


 顔の半分を隠す前髪に手を伸ばしたコウメイの手を、ライオネルは反射的に叩き落としていた。


「私に触るなっ!」


 まるで手負いの小動物が、必死に毛を逆立てて威嚇しているようだ。どうやって落ち着かせようかと考える前に、呆れ声がかかった。


「コウメイ、追い詰めすぎだ」

「マイルズ殿……まさか」


 背後からあらわれた憧れの冒険者に救いを求めようとしたライオネルは、すぐに二人が共謀していたのだと気付いて絶望に顔を歪める。


「殿下、怖がらせてしまいましたことをお詫びいたします」

「わ……私は、冒険者だ」

「あなた様がそうありたいと望むのであれば、そのように扱います。だがその前に、どうしてもお聞きしたいことがございます」


 マイルズは視線だけでコウメイに合図を送り、ライオネルをその場から移動させた。

 枯れた沢を越えた先にある岩に彼を座らせ、コウメイと周囲を探って魔物も暗殺者もいないと確かめてから、その前に膝を突く。


「返しておくぜ」


 二人を囲むように四方の地面に何かの細工をしたコウメイは、ライオネルに剣を返すと数歩離れた場所に立った。

 すぐ近くで討伐隊が戦っているはずなのに、彼らの周囲はとても静かだ。密集する木々に隠されたそこには、三人の気配しか存在しない。


「おたずねいたします――殿下はどうされたいのですか?」


 まだ少年の幼さの残る王子は、マイルズの問いに硬く唇を引き結んだまま答えない。


「ハリハルタ冒険者ギルドは、貴族の不興を買うのではないか、あるいは負傷させたことによる責めを負わされるのではないかと警戒しております」


 自分がライオネルに近づいたのは、彼らがこの町から離れるよう働きかける目的があったのだと、マイルズははっきりと言葉にした。


「ですが殿下は命を狙われております。ハリハルタの町は殿下らが立ち去ればそれでよいが、次に訪れた町であなた様が害されれば、その町の者が窮地に立たされます。私はハリハルタの相談役ですが、他ギルドにすべてを押しつけて知らぬ顔をしていられるほど厚顔にはなれないのですよ」


 責める言葉だというのに、声は柔らかく労るような配慮がうかがえた。声高に責められるほうが気が楽かもしれないと、ライオネルは重たげにうつむく。


「……私はどこにも居場所がないのだな」


 膝の上で硬く握った拳が震えている。

 低い姿勢のまま近づいたマイルズは、彼の手を包み込んでその震えを止めた。


「私も、このコウメイも、何が最善であるのかわからないのです。殿下がどうされたいのか、それがわからねば我々は何もできません」


 ライオネルが暗殺者による死を受け入れるのなら、冒険者らに影響しないよう工作しなければならない。死を拒み、逃亡を望むのならそのための準備を、王都に戻りたいのならそれを阻む者を排除する必要がある。マイルズはそう説明した上で、再びたずねた。

 ライオネルは何を望むのか、と。


「私は……」


 顔を上げたライオネルの瞳は、さまざまな感情の嵐にかき回され、自信なげに揺れていた。真摯に見つめるマイルズをおどおどと見つめ返し、二人を守って立つコウメイに探るように視線を向ける。スタンピードだというのに物音一つ聞こえない静かな森を見回し、わずかな木漏れ日に目を細めて小さく息をつき、膝の拳に目を落とす。

 再び顔を上げた彼の瞳は凪いでいた。

 決意を秘めた瞳が、力強くマイルズを見る。


「私は、ここで死にたくない」


 静かな、だが飢えた声がそれまで堪えていた望みを伝える。


「どうせ死ぬのならばこの痣を消して、王宮に戻り、陛下に……父に認めてもらいたい」

「……その痣は、どうして?」


 たずねたのはマイルズではなかった。離れて立ち腕を組んで見守っていたコウメイが、渋面で声を絞り出していた。


「私は十一歳でした。突然奇妙な病にかかってしまい……」


 ライオネルを襲ったのは、全身の皮膚が変色し膨れあがる奇病だ。

 最初は小さな痣だった。どこかにぶつけたかと思うような小さな変色した皮膚は、突如として意思を持っているかのようにうごめき、みるみるうちに全身に広がり膨らんだ。急激な膨張に耐えられなくなった皮膚が裂けると、腐ったような異臭を放った。過去の記録にも残されていない恐ろしい未知の症状に、典医は匙を投げ、ありとあらゆる錬金薬は効果がなく、招喚した治療魔術師の魔術でも癒やせなかった。


「何が原因で発症したのかもわからない奇病は、十数日ほどでおさまりました……この痣を残して」


 ライオネルが長い前髪を耳にかけ、顔の左半分に広がる黒痣を示した。

 額からまぶた、頬の大半と唇の半分が黒く染まった顔を、二人は痛ましげに見る。


「マイルズ殿が私をライオネル・フォル・ルイス・クレムシュタルだと気付いたのは、この痣があったからでしょう?」


 マイルズは小さく頷いて返した。市井には第一王子が根治不能な奇病に倒れ王政を担えなくなった、そのため第二王子が立太子されたと知らされている。


「その痣がなくなれば、あんたの抱えている問題は解決するのか?」


 コウメイの問いかけに、目を伏せたライオネルは悲しげに首を振る。


「私が立太子されなかったのは、痣だけが理由ではないのです。病によって私は生殖能力を失いました」


 血を繋げない王は宮廷を荒らす原因になる。また彼の痣は宮廷や貴族らの「病が伝染るやも」との不安を煽り、そのせいで公爵令嬢との婚約は白紙に戻された。立太子は取り消されたが、政略婚にも使えず、突出した才能があるわけでもないライオネルは、王家のお荷物となった。


「父は……陛下は回復した私から顔を背けるのです。見るに堪えないこの痣が消えれば、きっと父は私を見てくださる。それを願って、私はハリハルタに来たのです。この地に不治の病を治した銀の賢者がいると聞いて」

「父親か……」


 ああ、まだ子供なのだなと、コウメイは視線を逸らせた。

 成人年齢を越えていても、王家という特殊な環境で育った彼は、愛情に飢えた子供なのだ。奇病のせいで親族の誰にも見舞ってもらえず、回復してからも遠ざけられて育った彼は、一縷の望みをかけて冒険者となった。

 因果応報とはいえライオネル自身には何の恨みもない、むしろ同情するコウメイだが、それでも聞き捨てならない言葉に一歩踏み出す。


「銀の賢者ってのは、誰のことだ?」

「コウメイ、威圧を消せ」


 マイルズが王子をかばうように立った。銀の賢者と称される人物に心当たりがあったが、感情的になっては聞き出せないぞと視線で釘を刺す。

 驚いて身をすくめた王子に、マイルズが改めて銀の賢者について問うと、彼の口からは尾ひれがついて広まった噂が聞けた。


「致死寸前の子供の病を治した奇跡の治療魔術師がハリハルタにいたと、医薬師ギルドの噂で聞いたのだ」


 マユとジョンに口止めしていたおかげで、治療魔術師に関する詳細は広まってはいない。だがサガストの住人は、寝たきりで死を待つだけの子供が、駆け回れるほどに回復したと知っている。母子が治療のために町を三ヶ月も不在にしていたのをギルド職員も認めていた。マユがアレ・テタルの治療魔術師に頻繁に手紙を送っていたのも記録に残っている。それらから憶測だらけの噂が広まったのだろう。


「他にも冒険者の間で、深魔の森に稀に姿をあらわす賢者がいるとの噂があるのです」


 深手を負った状態で森に迷った冒険者の前にあらわれた銀髪の美しい人物は、彼に薬草を授けて傷を癒やし、ハリハルタの帰り道を教えた。礼を言おうと振り返ったが、そこには誰もおらず、といった経験を持つ冒険者が何人もいた。


「……初耳だぜ」


 ぼそりと呟いたコウメイに、マイルズは苦笑いだ。冒険者らに近い場所で暮らす彼は、銀の賢者の噂を承知していた。稀にあらわれるという銀の賢者を、精霊か神の使いかのように崇めている者も多い。当の銀の賢者に知られれば、冒険者らは二度とその姿を拝めなくなるだろう。彼らの心の支えを奪いたくないと、マイルズはコウメイらにそれを伝えていなかった。


「噂が当人の耳に入るのは最後の最後なのは常識だぞ」


 知っていたのかと睨まれたマイルズは、視線を逸らしてライオネルに続きを促す。


「深魔の森には魔が集まるが、同時に奇跡も集まると聞いた」


 奇跡の治療魔術師の存在と銀の賢者が同一人物ではないかと考えたライオネルは、その者ならば自分の痣が消せるのではないかと望みを賭けて王都を発ったのだという。


「だが痣を消したいと願っただけで、刺客を差し向けられた。誰が私を疎ましく思っているのかわかってしまったよ……痣が消えたらどうするだろうね」


 泣き笑いの顔は、歪んだ喜びをにじませていた。


「殿下の痣が消え、王宮に戻れば……荒れますよ」

「……そうだな、弟には恨まれるだろう。宮廷を割り争いを起こすことになるだろうな」


 当人にそのつもりはなくとも、それぞれの王子を擁立する派閥が勝手に争うにちがいない。だが第二王子の立太子を覆せるだけの力のないライオネルは、宮廷を乱しただけに終わり、幽閉か毒杯かのどちらかを選ぶこととなるだろう。それがわかっていても己の感情を諦めきれないライオネルは、すべての結果を受け入れる覚悟を決めていた。


「では、あんたの望みは、銀の賢者に会うことなんだな?」

「はい」

「痣が消えなくともか?」


 会えば治療を受けられ、痣が消えると信じていたライオネルは、考えてもいなかったとばかりに瞬いた。


「銀の賢者が消せないと言ったら、どうするんだ?」

「……」

「ルーシャスやサディスに殺されてやるのか?」


 痣を消した後のことしか考えていなかった彼は、再び考えに沈んだが、すぐに顔を上げた。


「私は死にたくない。たとえ痣を消せても……死にたくはないようだ」


 ライオネルの決断に、二人はかすかに頬をゆるませた。


「それでは銀の賢者に会うための策を練りましょうか」


   +++


 大蛇のスタンピード攻略は大詰めを迎えていた。

 包囲は対面の冒険者の姿が見えるまで狭められ、その中心で鈍く輝く魔核に狙いを定める。

 指揮を執るマイルズも剣を手に戦いに加わっていた。

 彼に付き従うライオネルは、忌避剤と魔術玉を手にマイルズらを援護している。


「忌避剤が間に合わんぞ」

「いや、効いていないんだ!」

「魔術玉を!」

「ダメだ、この距離では同士打ちになる」


 突風の威力は忌避剤だけでなく、大蛇も跳ね飛ばす強さだ。

 複数の大蛇に牙をむかれた冒険者が、とっさに魔術玉を投げる。

 発動した突風の魔術は大蛇を撃ち飛ばしただけでなく、対面で戦う冒険者らも打ち倒した。


「包囲が崩れたっ」

「守れ!」


 陣形の裂け目に大蛇がなだれ込む。

 十数もの毒牙が一斉に冒険者らを襲った。

 ある者は噛まれ、ある者は絞められ、ある者は押しつぶされる。


「ライオネル様っ!!」


 斜め対面に配置されていたルーシャスが叫び、持ち場を捨て駆けつけようとする。


「離れるな、総崩れになるぞ!」


 コウメイが彼を阻み、大蛇へと突き返した。

 救助したくとも大蛇が湧き続ければ近づけない。一刻も早く魔核を破壊しなければ、絞められた者も毒牙にかかった者も、大蛇らに押しつぶされた者も救えない。


「切り開け!」


 マイルズの号令で二つの小隊が大蛇の中心部に向け突入する。

 突風の魔術玉で大蛇を退け進み、魔核を斬りつける。

 魔術師不在の戦いは長引くものだ。

 討伐隊が魔核の力を削ぎとどめを刺せたのは、ライオネルが大蛇の波に飲まれ姿が見えなくなってから鐘一つ以上も経った後だった。 


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