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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間3 深魔の森に生きる人々

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深魔の森のスタンピード



 相談があると呼び出されたマイルズが冒険者ギルドを訪れたとき、彼らが駆け込んできたのは偶然だった。


「スタンピードだと?」


 知らせたのは一ヶ月前にハリハルタに住み着いた年若い冒険者だ。マイルズも見た覚えがある。リーダーの青年は長く伸ばした前髪で顔の半分を隠しており、他の冒険者らとも交流をしようとしないので悪目立ちしていた。

 報告によれば、彼の率いるパーティーは大蛇の巣で討伐中に異変に気づいた。どれだけ屠っても大蛇の数が減らない、それどころか確実に増えている。近くに魔核があり、涌く速度からスタンピードの可能性がある。報告せねばと急ぎ戻ってきたのだという。


「場所はどこだ? 何か目印は残してきたか?」

「場所はおそらくこの辺りだと思う。目印はないが、パーティーメンバーが三人残って監視をしている」

「監視、だと?」


 森の地図を指さす冒険者の言葉に、ギルド長は嫌悪を露わにした。こういった場合は目印を残しながらの全員撤退が基本だ。報告を優先するとしても斥候に任せ、リーダーは仲間とともにスタンピードの規模や発生からの経過日数を探りながら、安全に逃げ帰るのを最優先にする。それがパーティーを率いる者の責任だというのに、この若造は仲間を置き去りに真っ先に逃げ帰ったのだ。

 ギルド長の強い不快感の理由が分からないと、くすんだ金髪の冒険者は首を傾げる。何か? と問いかけようとした言葉はギルド長に遮られた。


「現地に何人か向かわせる、案内しろ」

「わかった。サディス、行ってくれるか」


 ギルド長はくすんだ金髪の指示を遮った。


「まて、案内はあんただ」

「我々では不服だというのか」


 サディスと呼ばれた二十台半ばの冒険者が、リーダーをかばいギルド長に食ってかかろうとする。それを無視してギルド長が顔を隠した若者に冒険者の流儀を語る。


「パーティーリーダーはあんただろう、仲間を見捨ててきたその結果を自分で確かめろ。その程度の責任くらい果たせと言ってるんだ」

「……わかった」


 側に控えていた仲間が止めるのを遮って、彼はギルド長の言葉に従った。不服そうな年上の仲間らを身振りだけで抑える様子には、明確な上下関係がうかがえる。どうにも冒険者らしくない連中だ。


「マイルズ殿、彼らに同行し確認してもらえるだろうか」


 振り返ったギルド長は、数多くのスタンピードを終結させてきた彼の経験を頼った。


「連中にもの申せるのはあんたくらいなんだ」


 ついでに若造らを鍛え直してくれると助かる、と小声で頼まれたマイルズは苦笑いを返した。どうやら呼び出し理由の相談は彼らのことだったらしい。


「ギルド長も人使いが荒いな」

「すまん。だが真実スタンピードなら戦力的にもあの連中を外すことはできん。だがあいつらを他の冒険者と一緒に扱うわけにはゆかん。連携もとれんし、何かあったら……。スタンピードの攻略失敗なぞ許されんからな、あんたにしか頼めんのだ」


 職員や他の冒険者らから遠巻きにされている件のパーティーに、マイルズは関心の目を向けた。

 噂に聞く『黄金の鷲』の面々と直接向き合うのはこれがはじめてだ。こんな場末の討伐地に身を置くにしては上品で気位の高い連中だと聞いていたが、なるほど悪い意味で浮いている。

 リーダーとして登録されているのは、成人して数年といった若さの青年だ。長い前髪で顔の半分を隠し、常に仲間を付き従えている。彼らは他の冒険者や住人と言葉を交わすことがほとんどなく、町でも遠巻きにされていると聞いていた。ギルドに持ち込む証明部位からも、ある程度戦える連中なのは確かだ。だが協調性を求められる集団討伐戦において、彼らの存在は扱いを誤れば致命傷となる。


 おそらく彼らは身分を隠した貴族だ。そう囁いたギルド長の言葉に、マイルズはだからこそ自分に押しつけたのだろうと小さく頷いた。


「黄金の鷲だったね?」


 リーダーに声をかけると、彼らはぴしりと背筋を伸ばしマイルズに向き直った。はじめて見る彼らの敬意ある態度に周囲がざわつく。マイルズは眉をひそめ青年に苦言を言った。


「やめてくれ、俺はただの冒険者だ」

「ですが赤鉄のマイルズ殿は騎士であられる」

「母国を離れたら価値のない爵位だ。それよりも魔核の場所へ案内してもらいたい」

「マイルズ殿の指揮下で戦えるのは光栄です」

「……貴殿らの働きに期待する」


 お前たちのせいで老体を酷使することになった、と腹の中で呟きつつ、本音を隠して黄金の鷲を立てておく。

 目を丸くして成り行きを見ていたギルド長が、しきりに目配せを送ってきた。リーダーが仲間以外の者と直接言葉を交わすのは滅多にないことだ。この際に身元を確認してくれというのだろう。マイルズはリーダーの青年に名を問うた。


「改めて名乗ろうか、私は引退冒険者のマイルズだ」

「黄金の鷲、ライオネルと申します」


 軽い会釈の際にライオネルの金髪がさらりと流れ、髪で隠された顔半分に黒い痣が見えた。


「仲間のルーシャスとサディスです。残る三人は魔核近くに残しています」

「ライオネル殿。時間が惜しい、詳しい話は移動しながらとしよう」


 洗練された身のこなしや言葉使い、年齢に名前、そしてチラリと見えた黒痣。ギルド職員や冒険者らにこれ以上は聞かせられないと判断したマイルズは、彼らを急かし足早にギルドを出た。


   +


 黄金の鷲を連れて自宅に戻ったマイルズは、素早く装備を身につけ、常に用意してある遠征一式を背負った。彼の準備を見ていて気づいたのだろう、ルーシャスが慌てて自分たちの装備品の補充に走った。

 町の外に出る寸前で錬金薬や携帯食を補充して戻ったルーシャスと、この町でマイルズがよく組むデロッシが合流した。


「あんたも酔狂だな」

「こういう役回りなんだろう、もう諦めた」


 黄金の鷲の三人を見てマイルズに囁いた初老の冒険者は、貴族の相手は任せたと彼の肩を叩く。

 ハリハルタに最も近い入り口から森に踏み込んだ彼らは、ルーシャスを先頭にスタンピードの現場を目指した。

 森の様子はいつもより落ち着きがないようだ。魔獣の気配は感じられないが、普段は縄張りでおとなしくしている類の魔物が、何かに追われているかのような勢いで襲いかかってくる。


「サディス、無駄撃ちするな。ライオネル様、前に出すぎです」


 黄金の鷲のリーダーとして登録されているのはライオネルだが、討伐において指揮を執るのはルーシャスだった。彼の采配は堅実そのもの、ライオネルの安全を第一に考えた戦闘配置だ。それを踏まえ、マイルズとデロッシは彼らの不足を補うように動いた。何度目かの戦いでようやく老冒険者らの意図に気づいたルーシャスが、それ以後は二人にもライオネルを守る役目を振るようになった。


「俺らに護衛を押しつけるとは、いい根性だぜ」

「怪我させるなよ、何を押しつけられるかわからんのだ」

「わかってますよ」


 それとわからぬように守りつつ、ライオネル自身にも戦わせた。貧弱な体つきで振り回す剣筋は悪くない。筋力が発達すればそれなりの冒険者になるだろう。

 魔物を屠りつつ進んだ彼らは、二つの沢を越えた辺りで三匹の青銅大蛇と遭遇した。マイルズとデロッシがそれぞれ一匹を、残る一匹を黄金の鷲の三人が屠った。

 そこから木の根に抱き込まれた岩のある場所まで移動したところで、再び大蛇が降ってきた。今度は二匹だが先ほどのよりも太く長い。

 樹木を盾がわりに戦いながらライオネルにたずねた。


「魔核はこの辺りか?」

「いいえ、もっと奥の、大岩を越えた先です」


 その大岩には覚えがある。その先というならここから八千マール(800メートル)ほどだろうか。黄金の鷲らがギルドに報告してからずいぶんな時間が経っている。この先には大蛇から身を隠せる場所はないし、残された黄金の鷲の面々が逃れた痕跡も見つからない。

 嫌な予感がして、マイルズは大蛇の頭部を刺し貫きながらたずねた。


「仲間にはなんと指示してある?」

「この場を死守しろ、と」


 ライオネルの返事にマイルズとデロッシは顔を歪めた。


「何故そんな命令をした?」

「冒険者にはスタンピードを討伐する義務があります。それに放置すれば国が滅びますから」

「絶望的だな」

「生きてはおらんでしょうな」

「無礼な、我らが魔物ごときに負けるというのか?」


 弓使いのサディスが二人に食ってかかった。そのすきに大蛇の尾に足元を崩され、陣形に穴が開く。マイルズの剣が大蛇の尾を地面に縫い止め、デロッシがその身体を真っ二つに断つ。頭部に矢の刺さった大蛇に苦戦するライオネルとルーシャスを助け、残る一匹も屠り終えた。


「発生して間もない単一魔物のスタンピードは、即座に大氾濫にまで育つわけではない。それに五人いてもたった二、三匹の大蛇を相手にこれだけ苦戦するのだぞ、次々と湧き出る大蛇に三人で何ができる?」


 己の認識不足と、焦りからの命令がもたらした結果をようやく理解したライオネルは顔色を変えた。


「指示したのは私です、ライオネル様ではない」

「部下の命を預かる意味を知っておきなさい。ルーシャスとやらもだ、己の行動が主の評価に直結すると理解できないのは問題だ」


 主をかばう男を一刀両断にしたマイルズの言葉を聞き、ライオネルの表情が強張った。


「マイルズ殿は私を……知っているのだな?」

「何を、ですか? あなたは冒険者だと名乗った。俺はそのように扱っているつもりだが、何か問題が?」


 自ら名乗った立場に相応しい扱いをする。そう念を押すとライオネルは安堵したように目礼を返した。


「副団長、また来ましたぜ」


 懐かしい呼び名に振り返れば、デロッシが剣を構えている。彼の視線の先には二匹の大蛇がいた。


「青銅大蛇が二匹、うち一匹は双頭か。これは決定だな」

「さっさと片付けてハリハルタに知らせるか」


 早々に双頭を屠った二人は背負子から荷を一つおろした。木々の隙間から空を探し、方角を定めて荷を地面に固定すると、その内部に魔石を押し込んだ。

 石が砕けるような爆発音と同時に、荷箱から赤い煙と光の球が空高く打ち上がる。


「マイルズ殿、あれは?」

「スタンピードが確定したという知らせと、この場所を指し示す目印だ」


 赤い光は上空で二鐘ほどの間輝き続け、地上からは煙がたちのぼる。合図を確認した討伐隊はここを目指してやってくるだろう。魔核から八千マールの距離でこの遭遇率だと、発生した直後と考えて間違いない。拡大する前に包囲網を敷ければ、終結までそれほど日数はかからない。

 自分たちに割り当てられた大蛇を屠り終え、デロッシの設置した赤い煙を吐く道具を不思議そうに見ている彼らの知識を探る。


「スタンピードの発見から終結までの平均的な日数はどのくらいか知っているか?」

「二ヶ月から三ヶ月と聞いたことがある」


 ライオネルも、残る二人も同じ回答だった。


「それは二十年ほど古い知識だな。今は三週間から五週間だ」

「そんなに短くなっているのか……要因は何だろう」

「戦術の共有と、魔術玉の活用だ」


 攻撃魔術師がいればスタンピードの終結は早い。だがそうでない現場がほとんどだったところに、魔術玉の存在が戦いの難易度を下げた。近年の冒険者には常識の知識だが、発生と終結の報告を後日読むだけの貴族は知らない、いや気にもとめていないのだろう。

 どこまで教えるべきかと考えていたマイルズは、近づいてくる気配に身構えた。


「副団長」

「ああ、大蛇ではなさそうだな」


 遅れて剣を抜いた三人も、二人が警戒を向けたほうへと向き直る。

 枯れ葉を踏みしめる足音だ。

 荒れた呼吸と、血の臭い。


「どうやら生きていたようですな」

「錬金薬を用意しろ」

「え?」


 剣を構えたまま、けれど殺気を散らしたマイルズらの言葉の意味を呑み込む前に、四人の冒険者が茂みをかき分け彼らの前に飛び込んできた。

 負傷した三人を守っていた眼帯の冒険者が、マイルズを見つけてニヤリと笑う。


「なんだ、おっさんだったのか」

「コウメイ……これは偶然か?」

「おっさん、厄介事を何でもかんでも俺のせいにするんじゃねぇよ」


 剣を鞘に収めた眼帯の冒険者は、血だらけの仲間に駆け寄る三人を横目で確かめ、すぐにマイルズに向き直る。


「そっちの知り合いみてぇだし、あとは任せるぜ」

「逃さんぞ、スタンピードだ、手伝え」

「ちっ、やっぱりかよ」


 早々に立ち去ろうとするコウメイの上着を掴んだ。他の者に聞こえないよう声をひそめ問う。


「魔核を確認しにきていたのか?」

「いいや、たまたま討伐に来ててスタンピードに行き当たった」


 久しぶりに蛇肉料理を作りたくなって食材を調達にきたら、巣に魔核が発生しており、大蛇に囲まれている三人の冒険者を発見した。助けを求められたコウメイは、スタンピードの報告をする者が必要ということもあり彼らを助けたのだ。ハリハルタまで向かおうとしていたが、近くで発光弾の音がしたので、斥候のギルド職員に押しつけようと移動したらマイルズだったというわけだ。


「そこに転がってるの一匹もらっていいか?」

「好きなだけ料理してくれ。ただし、スタンピードを終わらせてからだ」

「話の途中にすまない、二人は知り合いなのか?」

「彼はたまに町に出入りする冒険者だ。凄腕だ、彼の戦いをよく見ておくといい」


 紹介しようとするマイルズを、コウメイは嫌そうに睨みつける。一目で彼らの厄介さを見抜いたのはさすがだ。


「仲間を助けていただいて感謝する。錬金薬を何本も使ってもらったと聞いた。代金はいかほどだろうか」

「ギルドの販売価格でいいぜ。マイルズのおっさんに預けといてくれ」


 やんわりと直接関わるつもりがないことを伝えると、彼は助けを求めるようにマイルズと仲間を交互に見る。


「今は緊急事態だ。スタンピードが終わってからでいいだろう。先に負傷者を町に送り届けなさい。目印をつけながら戻ってくれ」


 デロッシに渡された赤い紐付きの楔を持って、ライオネルらは負傷した仲間を守りながら来た道を戻っていった。

 木々の間に彼らの背中が隠れて見えなくなると、コウメイは心底嫌そうにため息をつく。 


「また面倒くさそうなのを連れてやがる」

「あのころのお前たちほどではないぞ」


 確かに彼らは厄介だが、エルフと世間知らずの若造の組み合わせのほうがよほど始末に負えなかった。そう囁くとコウメイは苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「そういう意味じゃねぇよ……あいつらの持ってた解毒錬金薬が、効かなかったんだぜ」

「どういうことだ?」


 毒牙を受けた彼らは手持ちの解毒薬を使ったが毒は消えなかった。コウメイが間に合わなければ彼らは間違いなく死に至っていたはずだ。ハリハルタの錬金薬の質が悪いのか、彼らの運が悪いのか、あるいは……。


「仲間割れでハメられたのかと思ってたが、もっと面倒くさそうな事情があるみてぇだな」


 マイルズはその返事を驚いていないようだった。やはりか、と眉間に深い皺が寄る。


「訳ありだと分かっていたが……」

「わかってるくせに、なにやってんだよ?」

「貴族の相手などできんとギルド長に押しつけられた」


 ため息をつきつつ、マイルズは滑りあらわれた大蛇を振り向きざまに斬り捨てる。コウメイも伸び上がった大蛇を縦に切り裂いた。


「アキラにも手伝ってもらいたいが、まだ無理か?」

「無理だな。義足はまだ完成してねぇ」


 スタンピードのために集まる多くの冒険者らに、座布団で移動する姿を見せるつもりはないとコウメイは首を横に振る。


「困ったな。町には治療魔術師しかいないんだ」

「連中の中に魔術を使える奴はいねぇのか?」


 貴族に魔術師になる者はいないが、魔力持ちは存在する。そういった貴族は魔武具師に作らせた武器を使うのだ。連中は貴族だろう? とコウメイが視線で問う。


「彼らは冒険者だ。武器も防具も見た目はごまかしているが性能は貴族仕様。だが魔武具ではない」

「こんな場末に何しに来てるんだ?」

「知りたいのか?」


 陰謀とやらに巻き込まれる気かと横目で問われ、コウメイは首を振る。大蛇を縦に割きながら、触らぬ神にたたりなしだと呟いて話題を変えた。


「シュウもアキも手は貸せねぇが、魔術玉なら用意できるぜ」

「火山の時のような、特別なものを作ってもらえるか?」

「その必要はねぇだろ。見てきた感じだと、一般的な規模のスタンピードだぜ」


 今戦っている大蛇らも、ナナクシャールの大蛇のような頑強さや凶暴さはない。これなら流通している魔術玉で十分対応可能だ。


「わかった。何がどのくらい必要になるかは、本陣を整えてから発注だな」


 彼らは戦闘と並行して打ち合わせながら、討伐隊の第一陣が駆けつけるまで大蛇を屠り続けた。



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