表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間3 深魔の森に生きる人々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

222/402

深魔の森の診療所 

本日、7/24公開予定の分も間違って投稿したため、最新話の一つ前も忘れずに読んでいただけると嬉しいです…。




「……だ、裏、葉脈……よく、……」


 真夏に飲み干す冷たい井戸水のようにすっきりとした、それでいて包み込むような心地よい声が彼女を目覚めさせた。


「ここをよく見なさい。枯れ葉のように見えて、違うだろう?」

「ほんとだ。ちゃんと水分がある」


 誰の声だろうと耳を傾けていたら、愛しい息子の弾むような声が聞こえて、彼女は跳ね起きていた。


「ジョンっ!」


 勢い余ってベッドに転げ落ちた彼女は、床に膝を突いたまま声のしたほうを仰ぎ見る。魔道ランプで照らされた窓際のベッドで、半身を起こしたジョンが目を丸くして、けれど嬉しそうに母親に笑みを向けていた。


「よかった。ジョン、無事だった」

「心配したのはぼくのほうだよ。母さんずっと寝てるんだもの」


 拗ねたように唇を尖らせる息子は、図鑑のような厚い本を膝の上にひろげ、手には薬草を握っていた。あれはセタン草だ。


「……強く打ったようだが、痛くはないか?」


 息子の側に座っていた声の主が心配そうに彼女を見おろしていた。月明かりを集めたかのような長い銀髪を、首の後ろで無造作に束ねた青年だ。薄紫のローブの胸元には、赤いリボンが揺れている。


「銀の……賢者、さま?」

「ん?」


 首を傾げた彼の銀色の前髪がさらりと流れる。銀の瞳に長いまつげが影を作り、眉間には心配げに皺が寄った。


「起き上がれないのか?」


 自分を見あげたまま呆けている彼女を、痛みで動けないのだと思った彼は、助け起こそうと手を差し伸べる。だが足を滑らせたのかバランスを崩して彼自身が倒れ込んだ。


「大丈夫ですか?」

「それをたずねるのは私のほうですよ。あなたは私の計算以上に薬が効いてしまったようで、ずいぶん長く寝ていたんです。気分が悪かったり、身体に変調は感じませんか?」

「い……いいえ、大丈夫です。何も問題ありません」


 ベッドの木枠を掴んで身体を支えた彼は、壁に立てかけてあった杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。その動きと足音で、マユは彼が片足を失っていると気づいた。


「あの、あなたがジョンを診察してくださる治療魔術師様ですか?」

「私は助手ですよ。彼を診るのは私の師匠です」

「アキラさんは赤級の薬魔術師様なんだよ」

「赤級!!」

「ぼくに薬草の本を貸してくれたんだ。ほら、見てよ」


 彼女の息子には移動の疲れや見知らぬ場所への緊張はないようだ。錬金薬も効いているのだろう、ジョンはとても朗らかに膝の上に開いた本を自慢する。

 それは薬草標本を貼り付けた手製の図録だった。標本の保存状態も良いし、外見の特徴や似た雑草との見分け方、効能に至るまで詳細に記録されている。医薬師ギルドでも図録は売っているが、これほど綿密で丁寧なものはない。


「これ、アキラさんが作ったんだって。すごく面白いんだよ」

「楽しんでもらえて嬉しいよ。さあ、もう寝なさい。約束はお母さんが目覚めるまでだったはずだ」

「はあい」


 ジョンは愚図ることもなく植物図鑑を閉じアキラに返した。その素直さに目を丸くしたマユだが、枕に頭を預けた息子の瞳に不安の色がよぎるのを見て、いつものように彼の額に手を置いた。汗にぬれていない額はさらりとしている。


「母さんの手、今日はあったかい」

「あなたが発熱していないから、そう感じるのよ。ゆっくり休みなさい、また明日ね」

「うん、また明日」


 さらさらとした前髪を撫で分け、おやすみのキスを落とす。

 ジョンは安心したように瞼を閉じた。

 マユは息子の穏やかで規則正しい寝息を確かめて、魔道ランプの明かりを消す。

 暗くなった部屋を、彼女は遠ざかるコツコツとした硬い足音を追いかけた。


   +


 母子が眠っていた寝室を出たその部屋は、まるで昼間のように明るかった。

 魔道ランプの灯りで夜を追い出した広い部屋には、食卓テーブルとクッションを敷いた長椅子が置かれている。銀色の美貌と、身体の大きな冒険者に席をすすめられ、彼女は遠慮がちに腰をおろした。

 コウメイの姿が見えないと不安そうな彼女に、二人は改めて名乗る。

 銀髪の薬魔術師はアキラ、鉢巻きをした身体の大きな冒険者はシュウ。喧噪を嫌い、森の奥でのんびりと暮らしているのだと説明する。


「簡単な飯しかねーけど許してくれよな」


 鼻歌が聞こえてきそうなほど機嫌の良いシュウが、彼女の前に料理の皿を置く。薄切りにしようとして失敗した不格好な形のパンに、串に刺したままの焼いた魔猪肉が山盛り、添えられた新鮮なエレ菜は彩り程度の量しかない。


「遠慮しねーで食ってくれよ」

「無理する必要はないぞ。起き抜けでコレはさすがにキツイだろう?」


 大量の焼き肉に圧倒されるマユを見て、アキラは自分の胃袋を基準にするなとシュウを止める。


「ジョンは粒ハギの粥を食べた。薬も飲ませたから心配はいらない。肉よりはそちらのほうが食べやすいなら鍋にあるが」

「この量は無理だけど、お肉で大丈夫です。冒険者時代はいつもこんな感じだったから」

「おー、食え食え。マユ、さんって細せーし、もっと太るべきだぜっ、て、いてーよ」

「女性に『太れ』は失礼だぞ」


 蹴られた脛を抱えたシュウは、「だからモテないのだ」と辛辣だが正論を囁かれて落ち込んだ。

 肉の香りに誘われたのか、彼女の腹がきゅるるとかわいらしく空腹を主張する。顔を赤くしたマユは、恥ずかしさをごまかすかのように立ち上がり、二人に頭を下げた。


「あの、お礼も言えてませんでした。見ず知らずの私たちにこんなに良くしてくれて、ありがとうございます」

「そんなに畏まらなくていーんだぜ。俺らが好きでやってることだし」

「そういうわけには……息子の診察と、治療、お願いします。代金も払いますし、私にできることなら何でもします」

「遠慮する必要はない……と言われても、気になりますよね?」


 苦笑いのアキラの言葉に、彼女は大きく頷いた。


「青級の治療魔術師様の診察なんて、貴族でも滅多に受けられないし、赤級の薬魔術師様の処方薬だって、本当なら一回分に一万ダルを請求されても文句は言えないのに」

「アキラの錬金薬って、そんなに高けーのかよ?」

「高くはないですよ、適正価格です」


 材料はその辺に生えてる薬草なのに、ぼったくりだろうとシュウは驚き呆れている。だがそれを咎めたのは、アキラではなくマユだった。使われている材料が同じでも、灰級と赤級の錬金薬の品質には雲泥の差がある。ましてや特別な処方は財産だ。そんな貴重な錬金薬を、同じ薬魔術師の自分が無料で享受するのは許されない、と熱く語る。


「何年かかってでも、対価を払わせてください」

「ならば……」


 目を細めたアキラは、彼女を静かに見据えた。


「ここにいる間だけでいいので、私の仕事を手伝ってください」

「そんなことで……いいのですか?」


 赤級の薬魔術師の手伝いなら、金を払ってでも手伝いたい魔術師は山ほどいるだろう。雑用を手伝うだけでもさまざまな発見があるはずで、望んでもできない学びの機会だとマユは胸を弾ませている。


「私はこんな足ですから、一人で作業をすると効率が悪くて。こき使いますがよろしいですか?」

「はい、頑張ります。どんどんこき使ってください!」


 施しではなく対価を払うとはっきりして気持ちが楽になったのか、食欲を取り戻したマユは串肉を三本ぺろりとたいらげた。残った肉をシュウが食べている間に、アキラはジョンの診察やここでの生活について説明してゆく。


「診察と治療にあたるのは治療魔術師でリンウッドといいます。今日はもう寝ているので明日の朝に紹介しますね。私は薬魔術師のアキラです。証明はこれ」


 赤い魔石の魔術師証を差し出され、マユも身分証を見せた。アキラが感心したように灰の紋章部分を見ている。


「若いのに、優秀ですね」

「……アキラさんにそれを言われても」


 同年代、いや数歳は若いであろうアキラのほうが遙かに優秀だとマユが指摘すると、彼は苦笑いを見せた。


「こう見えて、それほど若くはないんですよ」


 魔力量の多い魔術師が長寿なのは常識だが、アキラは魔力量は長生きだけでなく老いの速度にも影響すると説明した。

 なるほど、とマユは自分よりも年下に見える美貌の青年を眺め、続いてシュウに視線を移す。

 そうは言うけれど、アキラはやはりずいぶんと若くに才能を発揮したのだろう。彼らには幼なじみ学舎からの友人のような気安さがある。本人が主張するほど彼らは年上ではないように思えた。

 どちらにしてもアキラが若くして赤級に達した優秀な魔術師であるのは間違いない。彼から学ぶことはたくさんあるだろう。マユはこの機会を無駄に過ごすまいと決意した。


   +++


 翌朝の朝食の席に現れたリンウッドを見て、マユは怯んだ。

 厳つい輪郭と無愛想な表情は町の冒険者でも見慣れている。だがその瞳が魔物のような赤であると気づいた瞬間に、恐怖と緊張がみなぎった。


「この色は持病のようなものだ、気になるなら色眼鏡をかけるが」

「し、失礼しました。大丈夫です」


 目の色は恐ろしいが、その声は意外なほどに温かみがあった。見せてもらった魔術師証も濃い青の紋章で間違いはない。リンウッドもアキラも、その高すぎる色級と異質なほど目立つ外見をしている。町や村から遠く隠れるように暮らしているのは、彼らが目立ちたくないからだと理解した。

 疲れた様子のコウメイが用意した朝食を食べた後、二人の魔術師とともに母子の寝室に移動した。診察と治療にはマユの立ち会いが許された。


「邪魔じゃありませんか?」

「母親であり薬魔術師でもあるきみが、我が子の治療を見極めなくてどうする」


 遠慮する彼女をリンウッドが叱りつけた。


「君には薬魔術の知識があり、我々の診察や診断内容を理解できるのだ。我が子に他人が危害を加えはしないか見張ってやるくらいの気概を持て」

「は、はいっ」

「リンウッドさん、もう少し声を小さくしてください。シュウが怒鳴り込んできますよ」


 青級治療魔術師をなだめたアキラは、マユにも遠慮は不要だと注意する。


「あなたの息子さんの治療に関して、私たちは何も秘匿するつもりはありません。疑問があれば声をかけてください、納得できるまで説明します」

「わかりましたっ」


 治療に口を挟む行為は、一般的な治療魔術師なら診察を疑うのかと機嫌が悪くなるし、下手をすれば治療を放棄されてしまうだろう。彼女の気持ちを優先する二人への信頼は一気に高まった。たとえ見慣れない奇妙な魔道具を使う検査を提案されても、信頼は揺るがないくらいに。

 リンウッドが取り出したのは、ジョンを診察すると決めてから作った魔道具だそうだ。彼自身もはじめて使うのだという。


「これは身体の内部を調べる魔道具だ。人体解剖の経験はあるか?」


 彼女は大きく首を振る。薬魔術の学科で教わるのは薬草と魔物素材の知識だけ、一般的な治療魔術の学科に人体を解体する授業はなかったはずだ。


「学校では無理ですよ、人体、ですからね」


 アレ・テタルで教鞭を執った経験もあるというアキラは、さすがに倫理面で問題があると苦笑いだ。


「薬魔術も治療魔術も人体を知らねば的確な治療はできん。戦場に行けば捨て置かれた死体がゴロゴロしとる。機会があれば解剖(ひら)いておくといい。勉強になるぞ」


 アキラは物騒な助言を聞き流し、数枚を貼り合わせて大きな一枚にした植物紙をひろげた。つたない筆の人体絵図はどちらが描いたのだろうか。


「この魔道具で頭から足の先まで、人体の内側を探知します」


 それはリンウッドの手のひらよりも一回り大きな、鍋つかみのような形をした魔道具だった。おそらく材料は魔物の皮だろう。さまざまな薬草や魔石で加工したそれに、魔術陣が描かれている。あまりにも細かく、皮の片面に隙間なく刻み込まれている。彼女では文字を拾うことすらできなかった。


「手を入れ、こうして人体を挟んで魔力を流す」


 対になった魔道具の間を流れる魔力で、体内の異物や病魔の根源を探るのだと説明を受けた。少しずつ、まさに手探りの探査となるため、ジョンの負担は大きい。何度も眠らせたくはないが、間違いのない検査結果を求めたいからと、再びジョンを眠らせた。


 リンウッドは眠るジョンに魔道具を近づけ、ゆっくりと病魔を探ってゆく。何かを探知するとアキラに人体絵図へ書きとめさせる。一鐘ほどの時間をかけ全身を魔道具で探り終えたリンウッドは、濃い疲労のため息をついた。

 心配と期待とで待ちきれないマユは、リンウッドに結果をたずねた。


「熱と痛みの原因は、見つかりましたか?」

「そうと思われる複数の根源らしきものを見つけた」


 アキラから人体絵図を受け取り、彼女に見せて書き込みを一つ一つ説明していった。


「魔力が反応したのはこの十六ヶ所だ。この中では肝臓と肺、それと骨と血液が病魔の種である可能性が高い」

「十六ヶ所も……」

「全部が病魔かもしれんし、そのどれか一つかもしれん」


 はじめて使う診療の魔道具だ、わずかにでも疑いのある反応をすべて書き出したため、どれと確証は持てないとリンウッドは言った。


「負担にならないよう、一日おきに探知を繰り返し、絞り込みたい」


 目覚めたジョンに魔道具の影響はないようだった。何度か同じ診察と、血液検査を適宜受けなければならないと説明すると、ジョンは寝ているだけでいいのだから毎日でも大丈夫だと健気に返した。


「はやく良くなりたいという気持ちはよくわかるよ。だが魔道具の調整に時間がかかるんだ。一日おきで我慢してくれるか?」


 ジョンの入院生活は快適だった。日々処方を変える錬金薬によって苦痛や熱は抑えられ、コウメイの美味しい料理で栄養をとり、アキラから薬草知識を学び、シュウに運ばれて日差しと森の空気を浴びる。


 マユの日々も充実していた。二人の魔術師は薬草の扱いがマユ以上に長けているだけでなく、調合のちょっとした手順やタイミングが恐ろしいほどに絶妙だった。彼らがさらりと流す作動がさりげなさすぎて、それが品質を左右すると気づかなかったほどだ。マユは二人の魔術師を師と仰ぎ、錬金薬の調合や薬草園の手入れ、魔道具の修繕といった作業を手伝い、自らの知識と技術を磨いた。


 何度目かの魔道具診療を終え、リンウッドがジョンの病魔の根源を突き止めた。

 母子を森の家に迎え入れてから、二十日目のことだ。


「彼の発熱と全身の痛みの原因は、骨だ」

「骨、ですか? それは、どこかが骨折しているということですか?」


 リンウッドの診断結果を聞いたマユは首を傾げた。症状が出はじめたころのジョンは幼児で、マユは子供を背負って薬屋を経営していた。目を離す隙などなかったし、骨折するような事故もなかったはずだと言うと、赤目の治療魔術師はゆっくりと首を横に振った。


「骨折ではないよ。正常な骨に、本来は存在しないはずの瘤のような骨が生じているんだ。奇形の一種と思われるが、それが全身のあちこちにできている。奇増骨と名付けるが、それが血管や神経を圧迫して、痛みや発熱の原因になっている」

「……それは、治るの?」

「奇増骨を取り除けば痛みも熱もなくなる」


 リンウッドは手術が得意だから安心していい、そうアキラが補足すると、マユは喜びに歓喜した。だが彼女の喜びに反して、二人の表情は硬いままだ。


「だが根絶は難しい」

「え?」

「これはジョンの身体の特性……体質のようなものだ」


 ますます理解が及ばないと、マユは不安げに二人の師を見る。


「他人よりも毛深いだとか、髪が伸びるのが早いとか、成人前に大人と同じくらい身体が大きくなる人や、逆になかなか背が伸びない人など、人の身体にはそれぞれちょっとした違いがあるだろう。ジョンの骨はそういう類いの性質が、通常よりも極端なんだ」

「それは、骨に異物ができる特性、ということですか?」

「骨の成長が部分的に異常なほど活発なのだ。今ある奇増骨を取り除いても、放置していれば再び骨がいびつな成長を遂げる」

「な、治らないのですか?」

「増殖を抑える薬を飲めば、今後の奇増骨は抑え込めるが……」


 リンウッドが言葉を濁した後を、アキラが続けた。


「奇増骨を抑える薬は、骨の成長を抑える薬でもあるのです。飲み続ければ、まだ幼いジョンの成長を阻害する可能性が高いのですよ」


 診断結果を何日か前に聞いていたアキラは、リンウッドとともに治療方法を模索してきた。今ある奇増骨は外科手術で取り除けば問題はない。だが再発不可避となると、これから先の対策が必要だ。だがどれだけ検討しても、錬金薬にできるのは成長の抑制だけだった。


「そんな……!」


 治ると知り歓喜した直後に無慈悲な事実を告げられ、マユは両手で顔を覆って泣いた。


「……ジョンは、どうなるの? ずっと痛みと熱に苦しまなきゃいけないの? 治療をしたら大人になれないの!?」


 アキラは泣き崩れる彼女を支え、妹にするようにその背をやさしく撫でた。

 彼女の手を取ったリンウッドは、薬草の色に染まった細い指先をしっかりと握りしめる。


「ジョンのこれとは一生付き合ってゆかねばならない。それを制御するにはマユさんの力が必要だ」


 薬魔術師である彼女がジョンの体質と錬金薬を上手くコントロールできれば、多少の制限はあっても成長できるだろう。


「絶望せんでもいいだろう。シュウやコウメイほどたくましくなれはせんが、アキラを一回り小さくしたくらいには成長できるはずだ」


 彼女は自分を支える銀髪の薬魔術師を振り返った。穏やかに微笑んでいるアキラは、こちらの男性にしては細身だが、決して小さくはない。


「コウメイやシュウのような身体になりたいのなら、諦めるしかないがね」


 彼らのような冒険者をめざしても、身体が大きくなる成長過程で結果的に奇増骨ができてしまう。この世界の成人男性としては小柄になってしまうが、小さく弱いなりに生きるすべはいくらでもあるとリンウッドが慰めた。


「……ジョンは、息子は魔力があれば薬魔術師に、なければ薬草冒険者か薬剤師になりたいと言っていました」

「筋肉よりは脳を鍛える代表的な職だ、いいと思いますよ」


 ずっと病に苦しんだからか、あるいは薬草や錬金薬が身近にあったからか、薬魔術師である母親の背を見て育った子供は、母親と同じ道を歩みたいと思ったようだ。


「いいことじゃないか」

「ありがたいです。でも、レオンががっかりするかも」


 彼女の夫もまた幼いジョンを背負って頻繁に森に出かけていた。冒険者の仕事を誇りにしており、将来は親子で討伐にと夢見ていたのだと、彼女は切なそうに語った。


「薬草冒険者になるなら、同じパーティーで活動も可能ですよ」


 冒険者を兼業する薬魔術師もいるのだから、望みがないわけではない。だがまずはジョンが健康を取り戻さねばならない。手術に耐えられるだけの体力をつけ、奇増骨を切除してから錬金薬治療だ。

 治療の方針を決めた三人は、ジョンにどう説明するか悩んだ。だがこれまでも本人の希望で選択してきたのだから、ありのままを話すべきだとマユが強く望んだ。

 自分の病の特質と治療法、それによる弊害を聞かされたジョンは、アキラが想像していたよりも淡々と現実を受け入れた。


「シュウさんみたく大っきくなれないのは残念だけど、薬草採取にいけるような身体になれるのならいいよ。それとアキラさんみたいな薬草の畑も作りたい。できるかな?」

「できるわよ。私も裏庭を薬草園にしようって考えてたの。手伝ってね?」


 ジョンは検査にかかった二十日の間に、食欲をとりもどしていた。コウメイの作る野菜スープは濃厚で満足感があるが、大人たちが食べている料理を食べたくなったらしく、回復に対する熱意は高かった。

 そして大人と同じ料理を食べられるようになると、体力も目に見えて回復した。室内を伝い歩きするのがせいぜいだった彼は、そこから二週間かけて支えなしに庭を散歩できるくらいまで体力を取り戻し、無事に手術の日を迎えた。


 手術はジョンの体力を見極めながら、二回にわけて行われた。

 リンウッドが執刀し、アキラはその補助、マユは二人の手伝いをしつつの立ち会いだ。

 何度も人体解剖の経験があり、義肢制作や外科手術の経験豊富なリンウッドや、知識として人体構造を知っており、戦いの場でも血と肉を見慣れているアキラとは違い、マユは息子の身体をナイフが切り開くたびに涙ぐみ、流れ出る血とあらわになった肉体内部を目にして卒倒しかけた。

 だがギリギリで堪えた彼女は、決して目を離さず、息子の治療を見届けたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ