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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間3 深魔の森に生きる人々

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ハリハルタの求人募集



 コウメイの狩りは主に食料調達が目的だ。シュウの討伐は挑戦と娯楽。そしてアキラが森に入るのは素材が目当てである。

 深魔の森はナナクシャール島ほどではないが、魔素が濃く魔物の生態系も豊かだ。そこそこ稀少な魔物も隠れ住んでおり、不要な素材を売却すれば良い収入になる。

 その日シュウがハリハルタの冒険者ギルドに持ち込んだのは、魔猪と角ウサギの皮が五と九、大蜘蛛の糸袋は七、雷蜥蜴の皮が四、それにゴブリンの討伐部位十五だ。


「先週あんなにたくさん買い取ったのに、今週もこんなに……」

「在庫がダブついてるなら、よその町に持ってくけど?」

「い、いやいや、ウチが買い取りますから、絶対に余所に売らないでくださいよ!」


 ギルド職員は取り返されまいとカウンターに置かれた素材に覆い被さっている。査定にかかる時間はおよそ鐘一つだ。さてどうするかとシュウはギルドを出た。

 町の見物や買い物での時間つぶしは、最初の数回で飽きてしまった。ハリハルタは冒険者の町だ、観光に向いた場所はないし、商店の品々も定番がほとんどで、見て回っても面白みはない。どこかの酒場兼食堂で腹ごなしも考えたが、こちらも似たような料理ばかりで食べ飽きている。娼館で遊ぶにも日が落ちなければ店の扉は開かない。結局暇つぶしがてら知り合いを訪ねてゆくことになるのだ。


「マイルズのおっさーん」


 呼びかけ、何度か拳で扉を叩いたが返事はない。


「討伐に出てんのかなー。隠居なんだから家でゴロゴロしてりゃいーのに」


 シュウは来た道を帰りギルドに戻った。カウンター職員は予定より早く戻ったシュウを見て焦ったように立ち上がる。依頼を見ているから慌てるなと合図を送って、彼は掲示板に足を向けた。


「買取素材の一覧表に、パーティー募集、護衛依頼に討伐依頼。農村の手伝いは少ねーなー」


 深魔の森の影響か、ハリハルタ周辺は人の住む場所にも頻繁に魔物が出没する。近隣の村は定期的に冒険者を雇い魔物を追い払うのだ。街道に沿っての討伐や護衛依頼も多い。シュウは討伐依頼を中心に板紙をチェックしてゆく。


「やっぱりゴブリンとオーガか。あとはレッド・ベアに吸血コウモリかなー」


 熊系魔物は討伐報酬だけでなく素材も金になる。だがシュウがレッド・ベアを狙うのは、解体に長けたコウメイが同行するときだけだ。下手に解体してギルド職員に叱られたくはない。魔物のチェックの次は薬草だ。アキラの薬草園から何を調達してくればいいのかと、シュウは隅にある依頼に目を移した。


「サフサフの根にユルック草とヤーク草がそれぞれ十束ずつ。定番だなー」


 忘れないように板紙に書き写した彼は、見落としはないかと顔を上げて、新しい募集を見つけた。


『薬草冒険者求む。詳細は面談にて。サガスト町ササオカ薬店』


 よその町に求人を出すのは珍しいと目についた。特にサガストは深魔の森の端が近いため、そこそこの冒険者が集まる町だ。薬魔術師が店を開いていることもあり、こちらよりも地元のほうにこそ優秀な薬草冒険者がいるはず。アキラの薬草の卸先をハリハルタにしたのも競合がいないからである。


「薬草冒険者って馬鹿にされて、町を出て行っちまったのかねー」


 ハリハルタだけでなくサガストにも薬草を卸せるかもしれないと、シュウはその求人内容も書き写した。


   +++


 ハリハルタで雑用を終えたシュウは、魔物を狩りながら森の隠れ家に戻った。証明部位を詰めたスライム布の袋を差し出されたコウメイは、頭痛を散らすように額を叩いている。


「ゴブリンを狩るのは町に向かうときにしろつっただろ」


 何度言えばわかるのだと叱るコウメイから視線を逸らしたシュウだ。そこにゴブリンがいたから討伐したのだ、襲いかかられて見逃すのはもったいないではないか。


「これの保管、どうするんだよ」

「冷凍庫に」

「てめぇのステーキ肉がゴブリン臭くなっていいのか?」

「サーセン! 次から気をつけますっ」


 異臭の漂う証明部位を十日間も保管することを考えれば、コウメイがくどくどと文句を言うのも当然だろう。彼らが町に立ち寄るのは、十日から二週間おきなのだ。ひとまず生ゴミ用の桶に入れて戸外に置いておき、アキラに冷凍の魔法を頼むとしよう。


「えーと、これが換金した金で、こっちが明細。それと次の薬草はこんな感じで」


 食後にしっかり叱られるよりも、食べながらついでに叱られるほうがマシだと判断したシュウは、丸芋のポタージュスープを飲むコウメイに金の入った小袋を、ボウネと赤芋のピリ辛炒めを口に運ぶアキラには板紙を渡した。


「……薬草はともかく、この求人は何なんだ?」

「あー、それ、ちょっと気になったからさー」


 町の薬屋や冒険者ギルドが、仕入れルート確保のため専属の薬草冒険者を募集するのはままある。

 だが。

 アキラの手元をのぞき込んだコウメイは、目を見開いて魔猪肉カツを頬張るシュウを振り返る。


「このササオカって、日本人なのか?」

「やっぱり、そー思うよな?」

「ニホンジン?」

「……我々の同郷かもしれない人族です」


 聞き慣れない地名と、色をなくしたアキラの声に、リンウッドは粒ハギのリゾットから顔を上げた。アキラはまるで亡霊を見たかのような顔をシュウに向けている。


「シュウ……おまえ」

「ん?」


 何故気づかないのかとアキラは深いため息をついた。コウメイも気まずそうに首を振りシュウから視線を逸らしている。


「コウメイ、サガストに行ってくれるか?」

「この依頼主を探ればいいんだな?」

「ああ、とりあえず接触せず情報だけ頼む」


 アキラに渡された板紙を懐にしまい込んで、コウメイは不安材料に釘を刺した。


「俺が戻ってくるまで、シュウはサガストに出入り禁止な」

「は? 何でだよ?」


 彼らが利用するのはハリハルタの冒険者ギルドが中心でサガストに用はない。だが依頼を持ってきたシュウの気が向いて、ふらりと立ち寄られると面倒になりそうだ。念のためと禁止したのだが、逆にシュウの興味を引いてしまった。


「……コウメイ」

「悪ぃ」

「なんだよー、のけ者にすんなよなー」

「のけ者じゃない、適材適所だ。シュウの出番はまだ先だ、それまで森の奥でレッド・ベアを相手に遊んでてくれ」


 不満たらたらのシュウをなんとかなだめたアキラだった。


   +++


 アキラのみつくろった薬草を持ったコウメイは、懐かしいサガストの町に向かった。

 転移して最初にたどり着いた町には、楽しい思い出よりも苦く苦しい記憶のほうが多い。近づけば痛みを思い出しそうで身体が強張ったが、町壁が目に入るようになっても意外に何も感じなかった。

 冒険者証を提示して町門をくぐる。

 大規模な農村の住居地区といったほうが相応しいような、素朴でのどかな田舎町なのは変わらない。小さな家々は間隔をあけて建てられており、大きな建物は行政舎と冒険者ギルドと商業ギルドくらいだろうか。

 コウメイはぶらりと町の中心部に足を向けた。小さな商店を見て回り、雑貨の店で木の皮を編んで作った籠を買った。食材店で塩と野菜の種を購入する。古着屋で農作業用のズボンを見ていると店主とその妻に声をかけられた。


「それで大丈夫かい? 兄さん背が高いから短いかもしれないよ」

「長いのはねぇのか?」

「それが一番長いんだ。同じ色の足し布がある、これも一緒に買えばいい。あんたの嫁に縫ってもらってくれ」

「俺の嫁は縫い物が下手なんだよなぁ」


 それよりも、とコウメイは愛想笑いで薬屋はどこかとたずねた。


「嫁に買ってこいって頼まれてる薬があるんだよ」

「それなら、そこの路地を入った先にあるよ。ササオカ薬店て看板が出てる」


 古着屋夫婦に教わった薬屋は、かつて旅商人とともに町に寄ったときに訪れた医薬師ギルドの場所に間違いなかった。


「医薬師ギルドじゃなくて、薬屋になったのかね」


 小さな一軒家の扉に、店名の書かれた看板が打ち付けられている。ノックしてからノブを握った。


「……留守か」


 扉にはカギがかかっていた。横の窓からのぞくと室内に薬棚や箱が見えたが、店員の気配はない。もう一度、今度は強めに扉を叩いたが、やはり返事はなかった。


「おや、もう買い物は終わったのかい?」

「それが扉が開かなくてね。留守のようだ」

「そうかい、今は店番がいないから仕方ないかもなぁ」

「人手が足りないなら、手伝いを雇えばいいんじゃねぇのか?」


 薬が必要なときに買えないのは困ると、少しばかり強めに不満を口にすると、古着屋夫婦は薬屋をかばった。


「店を手伝っていた旦那が遠征に出ちまったんだよ。子供が病気で手もかかるし」

「看病して、店も開けてなんて一人じゃとうてい無理なんだ。薬が必要なら冒険者ギルドに行くといいよ。一般薬もギルドで買えるようになっているから」


 古着屋夫婦からこれだけ聞き出せれば十分だろう。二人に礼を言ってコウメイは冒険者ギルドに向かった。


「病気の子供のいる薬魔術師で、旦那が遠征ってことは兵士か冒険者かな……逃げたんじゃなきゃいいが」


 町は小さく冒険者ギルドもそれほど大きくない。そのため錬金薬の需要もハリハルタほどはないだろう。おそらく薬草の入手は夫や冒険者ギルドから仕入れ、足りない分は自ら採取するのだろう。子供が病気になったため、確実な仕入れルートが必要で薬草冒険者を急募したのかもしれない。

 昼間のギルドに冒険者の姿はいない。狭いカウンター席で退屈そうにしている若い赤毛の女性職員に声をかけた。


「薬草を買い取ってもらえるか?」


 眼帯の怪しさを補って余る甘ったるい笑顔で、コウメイは定番の薬草をカウンターに並べる。


「それとさっきササオカ薬店に寄ったんだが閉まっててね。ここで一般薬を買えるって聞いたんだが」

「ああ、マユのお薬ですね。お茶薬は取り扱ってませんけど、丸薬ならありますよ」


 マユ。

 こちらの名前でも、あちらの名前でも通用する、懐かしい響き。


「……それ見せてくれるか。あと錬金薬も。薬草の代金で買いたいんだが」

「では先に薬草を査定しますね」


 赤毛の職員は少々雑な手つきで薬草を検品し、丸薬なら五個まで、錬金薬なら一本が買えると査定結果を告げた。


「この町の薬魔術師は女性なのか?」

「若いけどすごく腕がいいんですよ。六年ほど前にマユが派遣されてきたんです。まさか灰級の薬魔術師を派遣してもらえるなんて思ってなくて、ギルドも助かってます」

「へぇ灰級か、すげぇな」

「ええ、マユはすごいんですよ!」


 頬を赤く染めた彼女は、コウメイの気を引こうとカウンターに身を乗り出した。豊かな胸を両腕で押し上げコウメイに見せつける。


「その薬魔術師って、君みたいな情熱的な赤毛かな? それとも夜のような艶のある黒髪?」

「黒髪だけど、艶はどうかな。あんまりおしゃれしてないし」

「じゃあ瞳は? 君みたいな鮮やかな緑なら見とれてしまうかもなぁ」

「あら、ふふふ」


 コウメイの褒め言葉に気を良くしたものの、その興味が自分ではないことに拗ねて、彼女は唇を尖らせた。


「彼女は瞳も黒いんですよ。それと旦那さんは腕利きの冒険者ですから、言い寄ったりしつこく値切ったりしないほうがいいですよ」

「俺にも怖い嫁がいるんだ、浮気はしねぇよ」

「マリーナ、無駄口を叩いていないで仕事をしなさい」


 職員専用のドアからロビーに現れた栗毛の女性職員が、マリーナを叱りつけ、コウメイにも咎めるような厳しい視線を向ける。取引相手の情報をペラペラとしゃべる危機感のなさは職員としては致命的な失態だ。本来なら客の前で叱責しないのだろうが、さすがに彼女の職務違反を見かねたのだろう。

 上司に叱られて首をすくめた彼女に、コウメイは声を落として気にするなと囁いた。


「悪かったな、古着屋の夫婦が子供の病気を心配してたからつい」

「そうなんですね。今日もお休みだったなら、ジョンの具合が良くないのかも……」

「そりゃ心配だ、早く良くなるといいな」


 三種類の丸薬を一個ずつに、治療錬金薬を一本購入したコウメイは、栗毛職員のにらみつける視線を背中に感じながらギルドを出た。

 街道をまたぎ川の手前を西に進んで森に入る。そこからは威圧で魔獣を追い払いながら走った。まだ昼前だ、急げば今日中に森の家に戻れるだろうか。早く帰って、話し合わなくてはならない。


「間違いねぇ、ササオカ・マユにジョン。十中八九、あの子だ」


 かつて見捨てた、同郷の子供。

 コウメイは新しく転移した日本人か、自分たちと同時期に転移した誰かだと思っていたが、アキラは「ササオカ」という名字だけでマユである可能性に気づいていたのだろう。厄介だが放置できない存在。


(シュウ)の名前を子供につけたのか」


 一刻も早く話し合わなければと、コウメイは購入した籠や古着を捨て、全力で森を駆けた。


   +++


 深夜というよりも未明に近い時間に帰宅したコウメイは、シュウとアキラを起こし、サガストの薬魔術師は彼女に間違いないと伝えた。

 ササオカ・マユ。

 シュウが転移させられる前に乗っていたバスに、病気の母親と同乗していた子供。たしか当時の年齢は四歳か五歳だったはず。あれから、子供がいても不思議ではない月日が経っている。

 無理矢理起こされ、眠気に意識を半分ほどゆだねた状態でコウメイの報告聞いたシュウは、瞬時に覚醒し言葉を失った。


「マユが……」

「俺が町で得たマユの情報だ。ササオカ薬店の店主で灰級の薬魔術師。六年前にサガストに赴任。黒髪黒目、年齢はわからないが病気の子供がいる。名前はジョンだ。夫は冒険者で遠征に出ていて不在」

「薬魔術師というなら医薬師ギルドか魔法使いギルドに登録があるはずだ。問い合わせればあのマユかどうかはすぐに確かめられる」

「問題は彼女とどう関わるか、だな」


 コウメイとアキラは絶句したまま固まっているシュウを振り返った。


「シュウ、どうしたい?」

「え、俺?」


 居眠りを起こされたかのようにビクッと身体を跳ねさせたシュウは、混乱のままコウメイとアキラを交互に見ている。


「だから彼女をどうしたい? 助けたいんじゃないのか?」

「……いいのか?」


 自分たちは止むに止まれない場合を除き、転移者には極力関わらないように生きてきた。これから先もそれは変わらないのが三人の共通認識だったはずだ。


「シュウは助けたいんだろう?」

「……あのときの俺は、ちっせーマユを助けられなかったから」


 シュウはかつて握っていた小さな手を思い出し、自分の手のひらを見つめた。


「俺たちは転移者と敵対しているわけじゃねぇぜ。これまでかかわったのがたまたま相容れない奴らばっかりだったってだけだ」

「知り合いが困っていて助けが必要なら、それが同郷の者でもこの世界の者でも、可能な範囲で手助けする。それだけだ」


 あのときは自身が生きるのに精一杯で、母親を喪い、異世界に放り出された子供を見捨ててしまった。その後悔はシュウだけのものではない。


「コウメイ……アキラ……ありがとう」


 マユをどう助ければよいか、三人はその方法を探りはじめた。



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