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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間3 深魔の森に生きる人々

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深魔の森への帰還



 コウメイが深魔の森に帰ってきた。

 ちょうどバーベキューグリルを囲んだ食事中に戻ってきたコウメイは、そのまま夕食に加わった。鉄板の上にある食材の偏りに顔をしかめた彼は、急いで焼き肉用のソースを作り、冷凍庫の肉を切って追加し、紫ギネと赤芋とレト菜を空いている鉄板で炒めてシュウに押しつけた。アキラに頼まれて最近お気に入りの濁り酒をとってきたリンウッドは、コウメイのカップに注ぎ渡す。


「「「おかえり」」」

「ただいま」


 帰還の乾杯の後、彼らは存分に飲み食いしながら不在時の情報を交換した。


「この鉄板、使い込んでるんだな」

「ずーっと焼き肉三昧だったからなー」

「一ヶ月以上もか? よく飽きなかったなぁ」

「確かに飽きたが、飢えるよりはましだ」


 アキラは苦笑いで、リンウッドも「毎食ではなかったから耐えられた」と答える。コウメイが作り置きしていた冷凍料理は、各自が料理当番のときに活用したため、半分ほどに減っていた。


「コーメイがいなくてもちゃんと飯は食えるんだ、そこんとこちゃんと覚えとけよなー」


 ふんぞり返って自慢するシュウのセリフに、コウメイはアキラを振り返った。


「マイルズさんから何か聞いたのか?」

「コウメイが心配性だと呆れられた。叱られたんだろ?」

「ああ、ちょっと前にな。アキもか?」


 その問いには柳眉をピクリと撥ねさせて答えた。馬鹿にするな、と睨まれたような気がして、コウメイはごまかすように酒に口をつける。ナナクシャール島で壊滅的な食生活に泣き言をこぼしていたときとは違い、今回は偏りはあれどもそれなりの食生活を送っていたようだ。どうやらマイルズの指摘どおり、仲間は彼が心配するよりも生活能力が備わっているようだ。


「前々からわかってはいたが、料理は美味いし、面倒見はいいし、甘えていたと自覚させないあたりも上手すぎて、コウメイは厄介だと改めて思い知った」

「厄介なのかよ」

「感謝はしているぞ。だが依存はだめだ」


 アキラの拳が膝下のない右足をトンと叩いた。


「素材集めはどうしてもコウメイとシュウに頼らなくてはならないが、それ以外はできるだけ自立したい」


 だからあまり甘やかすなと釘を刺されたコウメイは、寂しそうに肩を落とした。


「なー、島はどんな感じだった?」


 野菜炒めを焼いた肉で包んで食べるシュウが、どんな魔物を討伐したのかと目を輝かせてたずねる。


「冒険者の数が激減してたぜ。転移魔術陣は閉鎖。出入りはネイトさんの仲介した船だけになったから、かなり寂しい感じだ」


 島の住人はアレックスとミシェルとロビン、そのほかには一つのパーティーが滞在しているだけだった。


「あ、そーいやコウメイがいねー間は、台所の幻聴が聞こえなかったなー」

「確かに、ぐっすり眠れた」

「そりゃ良かったな。俺はおさんどんの毎日だったぜ」


 討伐しているよりも厨房に拘束される時間のほうが長かったと、コウメイは仏頂面で愚痴った。


「リンウッドさんの住んでた家に泊ってたんだけどな、飯のたびに細目が押しかけてくるんだよ。しかも注文が多い」

「あぁ」


 想像に難くないと三人は同情の視線を向けた。

 アレックスは料理ができない。そしてミシェルは料理はできるが、それはアレックスが望む料理ではなかった。


「ミシェルさん、料理ができるのか」


 アキラが驚くのも当然だろう。付き合いは長いが、男爵家当主時代は料理人に任せきりだったし、彼女が武器以外の刃物を持つところなど見たことがない。だがコウメイによれば、彼女は簡単な料理は作れるのだそうだ。


「肉を焼くのはシュウよりも少し上手だし、茹でるのならリンウッドさんより何種類もの食材を食えるように茹でられるぜ」


 味付けはシンプルで無難だ。いかにも冒険者の野営飯というのが彼女の料理だ。コウメイの手料理を食べ慣れたアレックスは、ミシェルの料理では物足りないだろう。


「俺らが島を離れてからしばらくは我慢してたらしいけど、最近は美味い飯が食いたいつってうるせぇのなんのって」


 子供のように地団駄を踏む姿がみっともないと、ミシェルに雷を落とされ、ロビンにはウザがられ、数少ない冒険者には呆れられていた。


「自分で作ればいいだろうに」

「あいつ転移できるんだろ? 大陸の美味い飯屋で好きなだけ食えばいいじゃねーか」

「島の管理人だから代理がいなきゃ離れられねぇんだってさ……リンウッドさんに戻ってほしいみてぇだけど」

「断わる」


 即答した彼にコウメイは一枚の魔紙を渡した。


「それに一筆書いてくれ。ミシェルさんがチェック済みだから問題ねぇと思うぜ」

「魔術契約書か。ふむ、不備はないし抜け穴もなさそうだ」


 文面を確かめたリンウッドは、少なくともアレックスには縛られなくて済むと呟いて、短く一言を記入し署名を入れる。彼の魔力で満たされた途端、魔紙は空へと舞い上がりかき消えた。


「そんなに簡単に署名して大丈夫だったのですか?」

「アレックスに代わって島の管理を『する』か『しない』かを問う内容だったから、否と書いて署名した。契約魔術だ、否をなかったことにはできん」


 リンウッドは満足そうだがアキラは不安に顔を曇らせた。あのアレックスが素人にでもわかるような大穴の開いた契約魔術書を作るだろうか。なにかが裏に潜んでいるのではと疑いたくなるのも当然だ。


「だからミシェルさんにチェックしてもらったんだろ」

「いったいどういう小細工で騙したんだか……」

「世の中には知らないでいるほうが良い事ってのは山ほどあるんだぜ?」


 ニヤリとするコウメイの笑みが悪辣だった。確かに、知らなければ関わることもなく平穏でいられるだろう。アキラはつい数日前に身をもって実感したばかりだ。


「それで肝心の虹魔石狩りはどーなんだよ?」

「けっこう集められたぜ。やっぱりエルフの狩り直前は大きめの魔石がよく獲れる」


 コウメイが取り出した小さな巾着の表面は、ぎっしりと詰められた魔石によってデコボコといびつに膨らんでいた。今回は特に大きめの魔石が多く入手できたようだ。彼はそれをアキラに手渡した。


「実際の討伐は十日くらいだったかな。エルフのつけた目印を探すのに時間がかかったが、討伐自体はそれほど難しくねぇし」


 シュウなら三日もあれば足りるだろうとコウメイが断言する。


「早く終わったんなら、さっさと帰ってくれば良かったのに。俺らおもしれー実験してたんだぜ」

「実験?」

「こちらでも『知らないほうが良かったかも』な出来事があったんだよ」


 苦笑いのアキラは、マイルズとのフィールドワークからのアレコレを語った。


「へぇ、マイルズさんと討伐か」

「討伐じゃなくて調査だ。おかげで色々と手詰まりになってしまったが」


 サクリエ草の研究とマイルズとのフィールドワーク、その後の秘密の検証の結果を聞いたコウメイは、呆れ半分、疎外感半分で拗ねた。


「俺のいねぇ間に何やってるんだよ」

「うらやましがるんじゃねーよ。スタンピードだってのに戦闘が全然なかったんだぜ」

「不謹慎だぞ、シュウ」


 渋面で咎めるアキラにシュウは食ってかかる。


「アキラはいいよなー。毎回でっかい魔法を一発かましてただろ。俺だって一回くらい思いっきり暴れたかった」

「深魔の森は頻繁にスタンピードが起きてるらしいから、アキが起こさなくてもそのうち討伐機会はあるだろ。それを待ってろ。しかし……厄介だな」


 ウナ・パレムにいたころから、コウメイも人為的にスタンピードを発生させる方法を察していた。だが一度も自分にも可能になるとは考えなかった。この情報がどこかのギルド経由で権力者に渡れば、戦争の最終兵器となるのは間違いない。

 だがシュウは、コウメイの危機感を、深刻に考えすぎだと否定した。


「そんなに心配する必要があんのかよー。魔物には敵味方なんて関係ねーんだぜ。スタンピードは起こせても魔物を操れねーなら、危なすぎて戦争になんて使えねーだろ」

「シュウの主張もわかるが、俺はコウメイに賛成だ」


 アキラの意見をリンウッドが頷きで援護する。


「極限状態の指揮官が冷静でいられるとの保証はない」

「敗戦間際まで追い詰められたら、自暴自棄でスタンピード起こして敵国を滅ぼそうとか、よそに奪われるくらいなら自国を滅亡させてやるとか……そういう破滅思考の奴がいねぇとも限らねぇんだよなぁ」

「俺には理解できねーけど、確かにそーいう奴もいるよなー」


 一般的なスタンピードなら多少の犠牲はあれど止めることができる。だが殲滅を狙って起こされたスタンピードは止められないだろう。


「サクリエ草の発芽や栽培を探るのは、ウナ・パレムの動き次第だな」

「手紙はトルンの港町で出したぜ。船便で輸送されてるはずだ。もうそろそろ届いててもいいはずなんだが」

「あちらも公開できる情報の選択に悩んでいるのかもしれないな」


 アキラは個人的に兄弟子サイモンへ情報を求めたが、安易に漏らしてもよい内容ではないとあちらも悩んでいるだろう。返事に時間がかかるのは仕方ない。


「研究は返事が来るまでいったん中断だな」


 何杯目かの濁り酒をすすりながら、リンウッドがそう締めた。


   +++


 彼らにいつもの生活が戻った。

 朝食の席に着いたリンウッドは、いつもならば誰よりも早くそこにあるはずの大きな身体がいないのを不思議がった。


「叩き起こさなくていいのか?」

「マイルズさんに甘やかすなって叱られたしなぁ」

「声をかけたが、返事はなかった」

「起きてこねぇんだから仕方ねぇよ」


 本日の朝食は魔猪肉ベーコンと丸芋のクロックムッシュ、豆とクズ野菜のスープに千切りにした赤芋と白芋の酢和えだ。見慣れない調理パンを警戒するリンウッドだが、一口食べると気に入ったようで、あっという間に平らげてしまった。


「このパンは美味いな。芋とチーズがいい。だが量が少ない」

「シュウの分も食べていいぜ」

「いいのか?」

「ガキ扱いするなって主張してたし、飯は自分で食えるって豪語したんだから文句は言わせねぇよ」


 シュウ抜きの朝食ミーティングがはじまった。本日のコウメイは畑仕事に専念だ。留守にしていた間はアキラが最低限の手入れをしていたが、薬草園ほど念入りに管理はされていなかった。


「冬の収穫に向けていろいろ仕込む準備だな」


 丸芋に白芋に赤芋、それと玉菜にも挑戦してみるつもりだ。

 アキラは薬草園の手入れと、ハリハルタから注文された薬草の収穫をする。シュウにはお使いに走ってもらわねばならない。


「それと魔力回復薬の在庫が少なくなったから、補充分を作る予定だ」

「治療薬と回復薬も作っておいてくれ。島でミシェルさんに頼むと高くつくんだ」


 駆け引きの下手なシュウが、ぼったくり価格に引っかかるだけならまだいい、下手に取引きして面倒事を押しつけられてはかなわない。彼が島に渡る際には大瓶入りの錬金薬を持たせる必要がありそうだ。


「リンウッドさんは?」

「魔道具の修理だな。マイルズ殿に頼まれた品がある」

「先日シュウが持ち帰った魔道具ですか」


 ハリハルタの冒険者ギルドで業務に使用している魔道具が故障したとかで、修理をリンウッドに依頼してきたのだ。


「ギルド業務用の魔道具修理はアレ・テタルにいる魔武具師にしかできんが、輸送にかかる時間と代金を考えれば俺に頼むほうが早くて安いと判断したのだろう」


 正規修理金額の七割とマイルズ推薦の名酒で引き受けたそうだ。

 酒が手に入ったら味見させてくれ、とコウメイが頼もうとしたとき、ドタバタと騒がしい音がして隠し扉が勢いよく開いた。


「あー、匂いがすると思ったら、やっぱり飯食ってる――って俺の飯は?!」


 寝間着のまま食卓に駆け寄ったシュウは、自分の空の皿を見て叫んだ。確かに料理がのっていた痕跡はあるのにとコウメイにくってかかる。


「食った。声はかけたぞ。起きてこなかったシュウが悪い」

「もっとでけー声かけろよ、コレしてたら聞こえねーよ」


 シュウは耳に詰めていた栓を抜いた。未明の幻聴が気になるのなら使えと、少し前にアキラが渡してあったのだが、たいへんに良い仕事をしているようだ。


「朝飯の時間は決まってるんだ、食いたきゃ自力で起きてこい」


 コウメイがいなくても飯には困らないと言ったのだから、有言実行するだけだろうとリンウッドは冷たい。


「ちくしょー、朝飯に何食ったんだよ?」

「ゴロゴロ丸芋とカリカリベーコン入りのクロックムッシュ、チーズましまし」

「蹴り飛ばしてでも起こすべきだろーっ!!」


 リビングガラス窓が震えるほどの絶叫が耳に堪えたのか、コウメイはクロックムッシュを追加で作り、アキラは声だけでなく杖も使ってシュウを起こすようになった。



新しく増えた二つ名については黙秘しました。

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