秘密基地、発注
レオナードの襲撃をうけた翌日、コウメイたちはできるだけ早く島の外に拠点を持つ必要性を確認し合った。
「細目だけならまだしも、膜の向こうから頻繁に出てこられては厄介だぞ」
コウメイが餌付けするからだ、とアキラの視線が冷たい。あの場では賄賂がなければ無事にやり過ごせなかった、仕方なかったのだと睨み返し、コウメイはエルフ族の派閥とやらに頭を悩ませる。
「藍色の奴が出入りしはじめたら、他にも続くエルフが出る可能性は高ぇよなぁ」
レオナードが人族の領域に踏み込むのを躊躇わないのだから、彼と同派閥のエルフも同じようにこちらにやってくる可能性もゼロではない。
「キンキラの金髪とかが入り浸りそーじゃね?」
「コウメイが責任持って相手しろよ」
「……島に結界、張れねぇか?」
コウメイは二度と呼ぶつもりはないのだが、金髪のエルフは勝手に押しかけてきかねない。結界魔石の応用で隠れられないか、と助けを求められたアキラは、微笑みを深め周囲の空気を凍らせた。
「コーメイが島にいるってバレる前に、さっさと逃げよーぜ」
ドワーフの棟梁に相談して、早めに秘密基地を作って隠れてしまえばいいとシュウが寒さに震えながら前向きな提案をする。
「けど虹魔石はまだ集め終わってねぇんだぞ」
「物がないんだ、焦ったってしょうがないだろう」
エルフ族のおこぼれを掻き集めるのだから、時間がかかるのは最初からわかっていたことだ。失った脚のためにコウメイが焦り空回りするこの状況から脱するには、島を離れるのが一番だ。チラリとシュウに視線を投げてから、彼はコウメイを説得にかかった。
「虹魔石を狩りやすい時期はわかっているんだから、ずっとこの島に住む必要はない。エルフの狩猟日の半月前を狙って島に渡ればいいんだ」
「普段からコウメイ言ってるじゃねーか。効率よく狩れって。虹魔石のとれない間、島でダラダラすんのもいーけど、そのかわりメンドクセーことも覚悟しなきゃなんねーんだろ? だったらメンドクセーのから避難して、討伐ん時だけ島に渡りゃいーじゃん」
アキラとシュウに反論の余地のない言葉で説得され、コウメイは一時的に島を離れる案を受け入れた。
そうなると今度は逃走先を準備しなければならない。
「ロビンさんのコネと、酒と料理と、他に何が必要だと思う?」
超特急の依頼をどうやって引き受けさせるかと策を練った三人だったが、レオナードに破壊された金華亭の壁を修理しにきた鉱族棟梁のオッサムは、打診を拍子抜けするほどあっさりと引き受けた。
「エリンナにな、あんたらを手伝ってやれって言われてるんだよ」
出奔した息子と再び連絡を取り合えるようになったのはアキラたちのお陰だと、彼女はいつも感謝を口にしている。
「俺らもな、小さかったロビンが一人前にやってるのを見られて嬉しいんだ」
だから多少の無理はきくぞとオッサムは豪快に笑う。
話は早いほうがいいだろうと、三人は以前遊び半分に作った間取りを思い出しながら再び図面を描き出した。
「また面白い図面だな。隠し扉に秘密の抜け穴か」
「これを叩き台にして、実現可能な家の図面を作りてぇんだ」
「ワシらは鉱族の職人だぞ、作れないものはない」
目の前にある忍者屋敷かからくりハウスのような図面でも問題ないと豪語するオッサムの言葉を聞き、シュウの目がらんらんと輝く。どうせなら罠も導入したいと言い出しかねない口を両手で塞いだコウメイは、話をすすめろとアキラに合図を送った。
「居住に向いた間取りを相談させてくださいね」
壁の修理が終わるのを見届けた後、彼らはリンウッド宅に場所を移した。コレ豆茶と豆菓子で一息ついてから、オッサムは三人の希望を聞き取ってゆく。
「リビングとダイニングは区切らず一つの空間だ。寝室も広く頼む」
「俺の寝室には作り付けの書棚と広めの机がほしい」
「俺は屋根裏がいいなー。階段の入り口は絶対に隠し扉にしてくれよな! それと――」
「秘密の抜け穴はいらない」
「罠を作ったらシュウを蹴り落とすぞ」
アキラに豆菓子を取りあげられ、コウメイに爪先をぐりぐりと踏まれ、シュウは口を噤んだ。
オッサムは糖衣の豆菓子をポリポリとかじりながら三人の希望を図面に描き起こしている。
「洗い場を二つも作るのか?」
「ああ、一般的な洗い場と、こっちの広いのは風呂専用だ。風呂桶と釜はこの図面を参考にしてくれ」
ずいぶん前に作った鉄筒を使う湯沸かし釜をドワーフ職人に教え、設置を頼んだ。これが完成すればいつでも湯を楽しめるようになる。
「食料貯蔵庫のこっちの壁は冷却保存庫、反対側は冷凍保存庫だ。こっちの壁には可変式の棚をつくってくれ」
台所まわりの注文はとにかく細かい。作業台の奥行きから、調理魔道具のサイズや設置場所、鍋釜の置き場まではっきりとしたビジョンのあるコウメイの説明を、オッサムは聞き漏らさず描き記す。
「客間は必要ないのか?」
「客ねぇ」
建築予定地は人の踏み入らない深魔の森の奥だ。客が来ることなどないだろう。
「エルフや獣人らが来るだろう?」
オッサムはアキラとシュウを見て、一族には知らせないのかと問う。
「おっちゃん、この家は秘密基地なんだぜ。誰にもバラしちゃならねーんだよ」
「完成後にこの図面と建築場所について口外しないという契約魔術を結ばせてもらいます。もちろんその分の費用はお支払いしますよ」
知らせる一族などいないが、押しかけてきそうな人物はいる。客間など作ったら入り浸られるに決まっているのだから作る必要はないと念を押した。
「契約魔術がもったいねぇと思うが、まあいいか」
ドワーフ族は一流職人の集団だ、契約魔術など結ばなくても客の情報を漏らしたりしない。だがアレックスなら契約魔術があってもどこからともなく嗅ぎつけて押しかけてゆくに違いない。オッサムは哀れむように三人を眺めた。
「ついでに俺の小屋も作ってもらえんかね」
図面を囲んで盛りあがる彼らに、診察室にいたリンウッドの声が割り込んだ。シュウが譲った椅子に腰を下ろした彼は、気鬱そうにため息をつく。
「俺にも隠れ場所が必要だ。悪いがアキラたちの近くに潜伏させてくれ」
首に巻かれた魔力がある限り、レオナードからは逃れられない。それは諦めるにしても、島にいれば他のエルフに見つかる可能性もある。昨夜のような死を覚悟するような争いに再び巻き込まれては心臓が持たないとリンウッドが珍しく泣き言を漏らした。
「ああ、アキラの義足はちゃんと作るから心配するな」
「心配はしていませんよ。それよりもご迷惑をかけることになってしまって申し訳ないです」
「小屋なんていわずにさー、俺らと一緒に住めばいーじゃん」
「寝室を増やすのはわけねぇし、美味い飯も保証するぜ」
「いや、俺は研究に没頭できる静かな環境がほしい」
ここ数ヶ月、三人と寝起きをともにしてわかったのは、衣食住が充実した快適な生活は健康的で退屈しないが、騒がしすぎて研究を深めることができないという事実だ。アキラから譲渡されたサクリエ草の研究も止まったままだし、これからエルフの体質に合わせた義足を試行錯誤しなくてはならないのだ、研究に没頭できる環境は絶対に必要だ。三人とは居を別にしたいとリンウッドは譲らなかった。
「仮眠用の寝台と、書棚と机があれば十分だ」
リンウッドの希望を取り入れた図面はその場で描きあがった。六畳間ほどの狭い空間に必要なものをギュウギュウに押し込めた部屋は、椅子から手を伸ばせばたいていの物に届くという、別の意味で居心地の良い空間になっている。
全員の希望を聞き出したオッサムは、最後の仕上げはどうするのかとたずねた。
「防御魔術や探知魔術、それと反撃魔術はどこに埋め込むんだ?」
「……どこの要塞ですか、それは」
「わざわざ鉱族のワシらに発注するのはそのためじゃないのか?」
ミシェルの住む金華亭二階も、アレックスの素材小屋の改築工事にも、仕上げにたんまりと魔術式が組み込まれると聞き、アキラは眉間を揉んだ。忍者屋敷とからくりハウスを回避したつもりだったのに、まさか施工業者から要塞基地が提案されるとは思わなかった。
「これだけ本格的な魔術設計は久しぶりで、ワシらは楽しみにしておったんだ」
アレ・テタルのギルドに埋め込まれていたさまざまな魔術も彼らの手によるものだ。技術は使わねば廃れてゆく。定期的にこういった工事が入ると若手を育てられるので助かる、と嬉しそうなオッサムに「要塞化しない」と断りづらい。
「それでどんな魔術を埋め込む? 監視魔術や隠匿魔術も可能だぞ」
「……隠匿」
反撃用の魔術を組み込んで要塞化するつもりはないが、狩人や冒険者らが迷い込んだりしないように、アキラは何かしらの結界魔術を自身で設置するつもりだった。リンウッドに手伝ってもらえば難しくはないだろうと考えていたが、この際プロの仕事を直に学ぶのもいいかしれない。
「隠匿系の結界魔術は可能ですか?」
「もちろんだ。範囲の指定も可能だぜ」
建物だけでなくその周辺まで効力を発することも可能だと聞き、アキラは発注を決めた。
「それで……お値段は、いかほどでしょう?」
愛想良く微笑んでたずねるアキラだった。
+
「普通の討伐はやはり楽しいな」
ヘルハウンドにとどめを刺したマイルズが、達成感と充実感に満ちた表情で汗を拭う。
「すみません、普通じゃない討伐ばかりお願いしてしまって」
「ははは、奈落の討伐も面白かったし、自分の力の及ぶ範囲での戦いはいくらでも受けて立つが、この前のような悪あがきすらさせてもらえないような戦いは、今後は勘弁してもらえると助かる」
「……あれは私も二度と御免です」
敵意も露わなエルフ族の不意打ちは生きた心地がしなかった、と苦情をこぼすマイルズにアキラは苦笑いを返すしかない。
「休んでねぇで解体手伝えよ」
特注の解体用ナイフを振り回してコウメイがサボっていた二人を呼ぶ。
虹魔石を得られない間の狩りは、大陸で高値で売却できる魔物が中心となっている。オッサムとの交渉の結果、秘密基地建設費用が予想以上にかかるとわかったコウメイらは、島にいる冒険者らの下請けをはじめた。
虹魔石との交換は継続しつつ、高値になりそうな魔物素材を持ち帰っては桟橋で販売していたところ、本格的に活動するなら冒険者としての滞在登録をしろとリンウッドに叱られてしまった。そこで久しぶりにホウレンソウの名前を登録したのだが、その直後からあちこちの魔法使いギルドから素材採取の指名依頼が入るようになったのだ。おかげで秘密基地の建築費用は着実に貯まっている。
「牙と目玉は採取できたぜ。次は皮と爪だ」
魔物を屠り終えたあとは、結界魔石で安全を確保してからの解体だ。コウメイが素材の入ったスライム布袋をアキラに手渡す。
「シュウは爪を頼む。マイルズさん、皮剥ぎ手伝ってくれ」
丁寧に素材を採取したあとは、アキラが残骸を埋葬する。
「埋葬」
ヘルハウンドの死骸のある地面が陥没し、土が覆い被さって血痕一つ残さず隠した。
「変わった呪文だな。それに短い」
「厳密には呪文ではないのですが……地面を掘る魔術と、埋める魔術を二度がけするよりも短くて簡単なので」
「なるほど、上級の魔術師というのはそういう工夫をするから詠唱が短いのか」
感心するマイルズに曖昧な笑みを向けてから、アキラは結界魔石を回収する。
「次、人食蛙の五匹分の皮と粘着液」
「うえー、あれかー」
人食蛙の吐き出すネバネバした唾液は石けんでは洗い流せないほどに強力だ。吐き出される唾液を避けて斬りつけるのが討伐の手順だが、唾液を集めろという依頼だとそうもゆかない。
「砂まみれになってから石けん使うと落ちがいいらしいぜ」
「ジャリジャリして痛ーって」
「施工前に代金を払わないといけないんだ、秘密基地のために頑張れ」
「俺だけの秘密基地じゃねーし!」
粘着液に絡め取られればあっという間にその口に引き込まれ丸呑みされる。実際に丸呑みされかけた冒険者を救った経験のあるマイルズは、厄介なのは粘着唾液だけでなく、伸縮のせいで切れない皮も、閉じてしまったら決して開かないそのがま口も、討伐を難しくしていると知っている。
「喰われる心配ではなく、風呂の心配か。らしいな」
彼らとの討伐は本当に面白くて飽きない。三人よりも先に島を離れると決めたが、こうやって一緒に討伐をしていると撤回したくなってくる。
「マイルズさん、遅れていますが大丈夫ですか?」
「老後資金貯めるんだろー?」
「おっさん、若ぶるんならこれくらいでヨロヨロしてんじゃねぇよ」
先行する三人が足を止め、マイルズが追いつくのを待っている。その表情はやんちゃな子供のようだ。
「まったく、口の悪すぎるガキどもめ」
底なし魔力のエルフと体力馬鹿の獣人と人族をやめた若造を叱りつけた彼は、もうひと踏ん張りだと気合いを入れた。
+++
ミシェル発注の工事を終えた鉱族の職人らは、一族の里には戻らずにコウメイたちが依頼した秘密基地の建設現場に向かう。
「必要な素材は全部集めたぜ」
秘密基地に埋め込む結界魔術の下地のために必要な魔物素材はすべて収集済みである。荷箱五つ分のそれをシュウが船に積み込んだ。
「楽しみにしていろ、最高の基地を作ってやろう」
「基地じゃなくて家です、家」
浮かれたシュウが「秘密基地」と繰り返すせいか、ドワーフらの認識が発注内容からズレはじめているような気がする。不安に駆られたコウメイとアキラは、船に乗り込むマイルズを呼び止め頼み込んだ。
「おっさん、ちゃんと工事を見張っててくれよ、頼むぜ」
本当ならば自分たちで工事に立ち合いたかったのだが、三人はオッサムらの出発までに建築費用の全額を調達できなかった。ロビンの口添えもあって引き渡し時の支払いで許してもらったが、おかげで島に居残り討伐に励まなくてはならない。仕方なく彼らは、先に島を去るマイルズに施主代行をお願いしたのだ。
「わかっている。法的にも後々問題にならないように処理しておくから安心しろ」
ドワーフらとともに島を離れるマイルズは、コウメイたちに代わって建設を見届ける役割を引き受けた。コウメイらが本気で深魔の森の奥に家を建てようとしていると知り、黙っていられなかった。
いくら隠匿魔術や結界魔術を使っていても、定期的に人里に姿を現していれば、いつかは不法居住が露見するだろう。そうなれば領主や国に付け入る隙を与えてしまう。この島では荷物持ちくらいしかできなかったと悔しがるマイルズが、挽回だとばかりに田舎領主との交渉と法的な調整役を引き受けた。
「隠し通路とか、落とし穴とか、礫の罠とか、絶対に作らせないでくださいね」
「そんなに心配するな。彼らは一流の職人だ、図面通りの家を作ってくれるはずだ。ちゃんと契約魔術を交わしたんだろう?」
「ええ、そうなんですが……どうしても不安が完全に拭いきれなくて」
アキラは背中に感じるムズムズとした奇妙な疼きを無視できなかった。
契約内容にも魔術にも穴はないとわかっていても、彼の表情は払拭しきれないモヤモヤで曇っている。その肩を励ますように叩いたマイルズが、ちゃんと見張っておくから心配するなと約束する。笑みを返したアキラだったが、やはり表情は硬いままだ。
「そんなに不安なら、一日も早く金を稼いで深魔の森に駆けつけるんだな」
桟橋を離れる船から、マイルズは手を振ってそう言った。
白く波うつ海に遠ざかる定期船を見つめたコウメイとアキラは顔を見合わせると、マイルズの言葉通り急いで残り資金を稼ごうと頷きあった。
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