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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
9章 奔放すぎる療養記

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207/402

許容


 美味い料理で腹が満たされても、レオナードは誤魔化されてくれなかった。いつの間にか金華亭は彼の魔力で包囲されており、アキラにも、シュウの本気の力でもこの壁は破れそうにない。

 この場を支配する藍色のエルフは、立ち向かおうとする銀のエルフを見据えた。


「人族を庇う理由は何や? 虹魔石を集めて何を企んどる?」


 包囲の隙を探るアキラを、その程度の力量では何を企んだところで無駄だとレオナードは嘲笑う。小手先の技では絶対にかなわないと知ったアキラは、さらけ出すと腹を決めた。


「庇っているのではなく、私がこの方を利用しているのです。少々失敗をしてこのざまですので……」


 アキラはローブの裾をたくし上げて見せた。

 脚のないズボンの裾がローブに煽られ揺れる。


「ふん、情けないヘマしたもんやな。けどそれと虹魔石に何の関係あんねん」

「義足を作ります。生身の身体と同じように動かせる義足です。その素材として虹魔石が必要なのです」

「ジブン、そないな技術もっとったんか?」

「勉強中です。幸いにも研鑽する時間はたっぷりありますから」


 真実に少しだけ嘘を紛れ込ませたアキラの言葉を聞き、シュウの背に隠れていたリンウッドは思わず身を乗り出しかけた。寸前で止めたシュウが、アキラの配慮を無にするなと小さく首を振る。

 魔石義肢の製作技術を持つリンウッドの存在をレオナードに、エルフ族に知られるのは危険だ。人族の中でも特異な彼の才能を、エルフ族が忌み排除に動く懸念がある限り、絶対に知られてはならない。すべてアキラが企み、彼に命じられてマイルズやリンウッドが森を荒らしたことにするのが最も安全なのだ。

 眉をピクリと動かしたレオナードは、すました笑顔で平然と嘘をつくアキラと、張りつめた場の空気など知らぬとばかりに酒をなめるアレックスを見比べ、鼻で笑った。


「嘘はアカンなぁ」


 パチンと彼の指が鳴る。

 放たれた魔力は彼らを圧倒した。

 アキラは杖を盾に耐えたが、力の差は埋めようがない。

 壊れた風盾の隙間から吹き込んだ魔力が、アキラの頬にいくつもの線を描いた。

 コウメイは剣を支えに身を低くし、魔力圧の風に耐えた。

 背にかばったリンウッドを守ろうとしたシュウは、魔力の暴風をまともに受け吹き飛ばされた。


「うおっ」

「シュウ?」


 壁に叩きつけられたシュウが立ち上がるよりも先に、レオナードはリンウッドに迫りその襟首を掴みあげた。


「魔石の目に魔石の腕。アルの弟子の脚を作るんはジブンやな?」

「そ、そうだ」

「リンウッドさん!」

「そないキーキー騒ぐんやない。ワシは長老と違う、ちゃんと話は聞くで」


 だから洗いざらい正直に吐けと藍色のエルフはアキラとリンウッドに迫った。


「アルの弟子が隠そうとするんや、ただの義肢やあれへんのやろ?」

「生身の手足と同じように動かせるってだけでも普通じゃねぇだろ」


 義肢ならこの義眼も同じだと割って入ったコウメイを、レオナードはシュウと同じように指先一つで壁へと弾き飛ばした。


「それだけやったらこない必死に隠そうとするわけあらへんちゃうか?」


 目を眇めたレオナードはリンウッドを引き寄せ、探るように見る。義眼と義肢を見比べていた目に魔力が帯びると、すぐに気づいた。


「けったいやわ。ジブン、人族やったん? 色が違うよってわからんかったわ。しかも奇妙な(なり)しよって、そないなんでよう生きとるな……なるほど、隠しとったんはこれやな」


 面白いものを見つけたとレオナードの頬が緩む。


「そろそろリンウッドさんを解放してくれませんか。息が苦しそうです」

「骸骨やのに、息苦しいんか?」


 問われて頷いたリンウッドがますます気に入ったようだ。レオナードは彼を正面に座らせると、魔石義肢について根掘り葉掘り聞きはじめた。


   +


 リンウッドから魔石義肢の説明を聞き、取り外した義肢に触れて品質を確かめたレオナードは、人族はたまに奇才が生まれるから厄介なのだと眉を顰める。


「知っとったんやろアル、何で報告せんのや」

「面倒やし」

「その怠け根性、今すぐ叩き直したる」


 顔面に向かって放たれた風刃を、アレックスはフォークで軽々と打ち払う。しゃがみ避けたコウメイの頭上を通過した風刃は、金華亭の壁に穴をあけて消滅した。せっかく改築したのにとミシェルの笑みが深く冷えてゆく。


「こう見えてもワシ忙しいねんで。ジジイに知られたら仕事増えるだけやん」


 昼寝と釣りと食事の催促しかしない彼のどこが忙しいのだと誰もが思ったが口は挟まなかった。


「それにジジイ、人族の話なんざ聞きたないていつも言うとるやん」


 長老らは人族と決裂する原因となったメルヴィルから直接被害を受けた世代だ。その恨みは凄まじく、神の許しさえあれば今すぐ殲滅してやるというのが口癖だ。


「それになぁ、これジジイが知ったらややこしいことなるやろ?」

「どう面倒になるのです?」


 二人のエルフのうち、どちらに問うべきかと迷ったアキラは、信用度合いと気安さとを天秤にかけ、アレックスに問うた。


「魔石一つで延命できる時間など、エルフにとってはそれほど長くはないと思いますが」

「そらワシらみたいなピチピチの若もんにはピンとこんやろけど、ジジイらは老い先短いよってなぁ。虹魔石で延命でけるて知ったら先あらそうて骸骨を捕まえに来るに決まっとる」


 細い目をきらりと光らせ「来年の謝肉祭の肉を賭けてもええ」と言い切るアレックスの言葉に、リンウッドはぶるりと身を震わせ慌てて訂正を入れた。


「エルフが延命できるかは、まだ確かではない」


 彼が魔石義肢を作った相手は人族だけだ。しかも寿命を越えて存命している例は、実はリンウッドの他にはいない。これまで魔石義肢を装着した人族は十人ほどいたが、自分とコウメイを除いて全員が死亡していた。

 それは初耳だとコウメイが目を見開いた。アキラとシュウも心配そうに友人を振り返る。


「副作用ではないぞ。義肢が原因と言えば原因だが……人族にとって不老と長寿は垂涎の秘術だからだ」


 リンウッドの義肢によって失った手足を取り戻した者らは、口止めされているにもかかわらず、喜びから口が軽くなってしまう。そのうち、いかに魔石義肢が素晴らしいかを吹聴して回るようになり、付随した不老の効果が誰の目にも明らかになってくると、欲深い者らに追われはじめる。施術した魔術師を教えろと迫られても、身の安全のため数年おきに居住地を変えているリンウッドの行方を知る者はいない。彼らは義肢を狙う貴族や悪漢に襲われ命を失った。奪われた義肢を装着しようとしても、人族の医者や生半可な治療魔術師では、リンウッドのような接合は不可能だ。おそらくは廃棄物として打ち棄てられているだろう。


「把握している限り、俺とコウメイの他にはいないはずだ。そしてエルフに接合するのはアキラがはじめてだ」


 外見は似ていても、人族とエルフ族は異なる種族だ。魔石義肢が同じ効果をもたらすとは断言できない。


「つまり、アキラで試すんやな?」


 そうだとリンウッドが深く頷いた。彼の研究は自身の身体だけでなく、コウメイという若い被験者と、アキラというエルフ族の被験者が現れたことで研究結果の信頼性を高められる絶好の機会を得た。


「もともと長命なエルフ族だ、義肢の効果を確認できるのは数百年も先になるだろう」

「長老が延命目的でそれを身につけても、今すぐ効果があるとは限らへんいうんやな?」

「それでもジジイは欲しがるやろなぁ」


 勘弁して欲しいわ、とアレックスは顔をしかめる。

 レオナードは厳しい顔でコウメイの義眼を指さした。


「ワシはそっちの義眼が厄介や思うわ」


 眼帯ごと義眼をえぐり取りそうな爪先の迫力に、コウメイは思わず目を手で覆い隠した。


「魔石の魔力を使うて攻撃やなんて、なしてそない悪どい手段思いつきよったんや」

「悪どいって……エルフだって魔石から魔力を補填してるだろ」


 以前、金髪のエルフが魔石から魔力を吸い取っていた。コウメイがそう指摘すると、レオナードはものわかりの悪さを嘲笑うように首を振る。


「容量が少のうて使い切るんが早いもんが回復が待てへんて吸うんと、自身の最大量を超えて魔力を保有でけるようになるんとは意味が違うわ」


 コウメイは魔石義肢によって自己の限界を越えて魔力を保持できると証明してしまったのだ。


「ジジイらが人族を滅ぼしたい思うとるのに実行せえへんの、なんでかわかるか?」

「……滅ぼせるだけの力が、ない?」

「せや。全部殺しとうてたまらんのに、それを完遂するには魔力が足らんからや」

「だが義肢を装着すれば……」

「虹魔石たんまり使えば魔力量を増やせるて、それ愛娘殺された爺が知ったらどないなる思う?」


 そろそろ寿命が近づき、魔力にも衰えが見えはじめている長老は、迷わず両目や四肢を虹魔石の義肢に交換するだろう。そうして何倍にも増えた魔力と伸びた寿命を使い、人族を根絶やしにしようとする。

 アレックスの断言に、息を潜めて聞いていたミシェルとマイルズが、悲鳴のような息を漏らした。

 長老らはかつて人族が神に対して行った裏切りも、自分の娘が人族の魔術師に嬲り殺された恨みも忘れていない。


「レオナードさんは……リンウッドさんの存在を長老に報告するつもりですか?」


 アキラはたたずむ藍色のエルフに問いかけながら、座布団に魔力を流し込み、ミノタウロスの杖を握ると、返答次第ではと覚悟を決める。

 アレックスに思惑があって秘匿していたのか、あるいは本当に面倒で報告していなかったのかはわからない。だがこれまでの行動から彼が今さら長老に伝えに行くとは思えない。そうなるとリンウッドの身の安全は、人族の平穏は、藍色のエルフの判断に委ねられてしまう。

 サークレットを外したシュウはすでに狼頭にメタモルフォーゼしていた。コウメイも剣を抜き、すぐにでも義眼の魔力を解放できる体勢だ。マイルズはリンウッドを支え、ミシェルも苦しそうに息を繋ぎながら震える手で杖を握る。


「ワシをどうにかできるつもりか? 思い上がるんやないで」

「勝てないとわかっていても、やるしかないんですよ」

「おい、アルまでそっちなんか」

「すまへんなぁ。ワシ、今が気にいっとるんや」


 アレックスの魔力が張りつめた空気をズタズタに斬り裂く。


「どいつもこいつもせっかち過ぎるわ。ワシ、まだ弟子の質問に何も返してへんやろ」


 レオナードは胸の前で手をパンと叩き合わせた。

 臨戦態勢だった彼らは、次々に力を奪われ膝を突く。

 立ち上がろうにも力が入らず、魔力を巡らせようとしても思うようにならない。平然としているのはアレックスだけだ。


「返事聞く前に殺気とばすんは悪手やで。脅しにもなれへんわ」

「……それで、一族に報告するのですか?」


 レオナードは床に這い問うたアキラにではなく、マイルズと支え合うようにして床に座るリンウッドを向いた。


「危のうて面倒やけど、面白い。そういうもんは紐付けて所有権主張しとかんとな」


 彼の指先が輪を描くと、魔力が糸となって繊細な術式を編みはじめた。レースのような美しい術式は、レオナードの視線の先へと飛びリンウッドの首を締める。


「何をするんです?」

「そない怖い顔せんといて。アルがその女にやっとるんとおんなじで、ワシの紐で縛っただけや。これで長老らでも勝手に処分も利用もでけんなったんやから、安心したらどや」


 喉を撫でるリンウッドは苦痛を感じている様子はないが、不快感や不安感に顔を歪めていた。アレックスによればレオナードの魔力で縛られたリンウッドは、その結び目が解かれるまで解放されることはないのだという。


「リンウッドさんを守ってくださるということは、あなたはアレックスと同じ考えなのですか?」

「快楽主義の愚か者と同じに思われるんは心外や、せやけどワシには長老みたいな人族の殲滅願望があるわけやない」


 エルフ族が人族を恨み嫌っているのは共通認識だが、それを理由にどう行動するかは、実は一族でも意見が分かれていた。長老世代は殲滅せよとの過激派だが、レオナードらの若手世代は棲み分けられていれば良く、数人の罪を種族全体に負わせるべきではないと考えている。


「勘違いするんやないで、ワシは人族を許してへん。長老派に魔石義肢を知られたないだけや」


 彼の言葉を聞いたアキラは、静かに息を吐いた。全身から力が抜け、表情がゆるりと和らぐ。コウメイは剣を握る指をほどき、シュウは狼頭から人頭へと戻った。安堵と疲労で崩れ落ちるマイルズとリンウッドは「助かった」と呟いた。


「ワシの紐がついとっても気にせん(エルフ)はおる。長生きしたかったら島を離れるんやな」


 用件は終わったと立ち上がった彼は、コウメイに土産を要求した。


「虹魔石を横取りするんやったら、詫びくらい寄こさんかい」

「それはこれからも見ないフリしてくれるって意味だよな?」


 コウメイの確認に薄く意味深な笑みを返したレオナードは、ローストビーフの塊肉と五種類のソースを手に機嫌良く金華亭を去っていった。


「ワシの肉やのに、なんでレオに渡すんや」

「肉で安全が買えるなら安いもんだろ」


 アレックスの盾はイマイチ信用しきれないのだから、レオナードに賄賂を送るのは当然だ。


「ところであのエルフ、偉い奴なのか?」

「次期長老候補の一人や」


 エルフ族の長老が亡くなれば、その時点でもっとも魔力量の多い者が後継に選ばれるのだが、いまのところ候補者は三人いるらしい。


「ジジイべったりの人族殲滅派と、神族おっかけて大移動したい派と、現状維持しつつ人族を活用する派でゴチャゴチャしとるわ」


 レオナードは人族に最も害の少ない現状維持派だと聞いたコウメイは、もっと土産を奮発するべきだったと悔いた。


「……かろうじて、命が繋がった」

「生きた心地がしなかったぞ。アキラはよくあんな存在と対等に渡り合えるな」

「決死でしたよ。人族を滅ぼされるわけにはゆきませんから」


 たった一晩で十も老けて見えるほど疲れたリンウッドとマイルズは、気付けだとばかりに蒸溜酒を杯に満たし飲み干した。アキラは妹とその家族、懐かしい仲間を守るためなら踏ん張れると微笑む。


「けどあのエルフ、ツンデレだったよなー」

「そんなに可愛かねぇだろ」

「ツンデレ、って?」

「好意がツンツンしていてわかりにくい捻くれ者って意味だよ」


 レオナードのあの攻撃をわかりにくい好意と受け取るシュウとコウメイの感覚がわからないとミシェルは頭を抱えている。


「コウメイ、他に肉隠してへんやろな?」

「……ローストビーフはあれで最後だが、ステーキ用の肉が残ってるぜ」


 この状況で、しかもたんまり食べた後だというのにまだ食う気なのかと呆れる一同を他所に、アレックスは仕切り直しだとコウメイに肉を焼かせた。



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