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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
9章 奔放すぎる療養記

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206/402

懐柔



 エルフ族の上前をはねて戻ったコウメイは、裏庭で飼育されている暴牛を見て顎を外しかけた。


「本当に生きたまま送ってきやがったのかよ」


 彼らの背丈ほどの木柵に閉じ込められた暴牛は、一晩経っても逃走を諦めてはいない。今も激しい頭突きを繰り返しているが、ドワーフ族の技術とリンウッドの魔術柵は魔獣ごときに破れるものではない。


「はよろーすとびーふ食わせるんやで。ワシちゃんと約束の三十五回を果たしたやろ」

「急かせなくても、ちゃんと作るって。けどなぁ、これ捌くところからはじめたら今日明日じゃ無理だぜ」

「えー!?」

「捌いて、下処理して、ソースの材料も足りねぇし、今から注文したら……次の定期船で届くか?」

「ワシがろーすとびーふを食えるんはいつになるんや?」

「最短で五日後?」


 アキラから「食肉用に処理された肉塊も届いているぞ」と囁かれていたコウメイだが、にこやかな笑顔で事実を隠しアレックスに告げる。


「自分が生きた暴牛を注文したんだ、諦めろ」

「せやかて五日後いうたらワシ木の下で見張りせなならんのやで。ワシの肉やのに!」


 エルフ族の狩猟を人族が邪魔しないように見張る役目は、この島の管理を任された者の最大にして唯一の義務だ。島にいるのに代理は立てられない。


「だったらさー、謝肉祭はその後でいーじゃん」


 シュウがなぐさめようとアレックスの背中を叩いた。


「謝肉祭てなんやの?」

「肉に感謝を捧げて食う祭」

「おお、そんなすばらしい祭があるん?」


 機嫌を直したアレックスは、さぞや美味しい肉料理の祭なのだろうと納得し、次の陽の日まで我慢してやろうと偉そうに宣言する。


「謝肉祭というのはそういう祭じゃないんだが……」

「教えるなよ、アキ」


 本来は断食前に肉に別れを告げる祭なのだが、いま真実を教えても誰の得にもならない。シュウの覚え間違いは先延ばしにする良い口実なのだ。


「エルフ族の狩猟をしっかり見届けてこいよ。約束の肉料理で労ってやるからさ」


 コウメイのその言葉に、アレックスは契約魔術まで強行して異世界版謝肉祭の日を決めた。何があってもその日に約束の肉料理を振る舞わねば、コウメイに裁きの雷が落ちるという容赦ない契約だ。


「……契約魔術というのは、こんなに軽々しく結んでいいものなのか?」


 島の常識は理解しがたいと呻るマイルズに、リンウッドは「あれはエルフの常識だ」と教えた。


   +++


 四月第二週目の闇の日。

 アレックスは数日前の討伐など無かったかのように大樹の元で一族の狩りを見守っていた。ずいぶんと昔に、大勢の人族がこの島に出入りしていたころに決めた条項を、エルフ族は今も守り続けている。


「外の結界強化して人族は入れんようにしとるし、もう立ち合う必要あれへん思うんやけど」


 いま島にいる冒険者らや彼らを派遣したハリ・ハルタの連中も、ミシェルが亡くなったことで、いつ島を追い出されるかと戦々恐々としている。アレックスは今いる連中が島を去った後は、国や領主やギルドからの派遣を断ると決めていた。


「ここに辿り着きたいんやったら、ちゃんと関門(ネイト)突破してもらわななぁ」


 そんなふうに人族の領域にある島の状況は、めまぐるしく変わっている。変化に合わせた見直しをするべきだと思うが、長老らはアレックスの意見を聞こうとしない。彼が怠けたいが故に改変を求めているのだと決めつけているのだ。


「ジジイが完全に耄碌するまで待つしかあれへんけど、付き合わされるワシはたまらんわ」


 声を潜めるでなく、嫌味と悪口を思いつくまま吐き捨てるのは、こちらの音が膜の向こうには届かないからだ。聞こえなくとも見えはするため、苛立ちや怒りを含んだ視線をひしと感じた。だが気づかないふりを貫き、アレックスは星の輝く夜空を見あげた。


「はよ朝にならんかなぁ。コレが終わったらやっとチェゴソースとろーすとびーふや」


 仕事をサボるなら食わせないと脅されたアレックスは、今度こそ予定変更されてはたまらないと、エルフの狩猟が終わったらという条件で契約魔術を結んでこの場に来ていた。


「粒芥子のソースは想像でけるけど、甘いチェゴのソースははじめてや。屠りたてより熟成させたほうが肉は美味いとか知らへんかったし」


 待ち焦がれる肉料理に思いを馳せる彼の口は、妄想の美味を味わうかのようにだらしなく開いている。


「ヴィレル酒のチェリ海藻寄せちゅうんも美味そうやけど、どうせならヴァドス酒で作ってくれへんかなぁ」


 好物の美酒の味を思い出すと、自然とよだれがこぼれた。


「……あ、あかん。こないなとこレオナードに見られたら、ジジイにチクられる」


 顎を流れるよだれを拭いたアレックスは、キリリと表情を引き締めると、一族の奮闘する膜の向こう側に背を向けたまま、空が明るくなるのを待ち続けた。


   +


 虹の膜で覆い隠した森の中で、彼らは一族の世界を守る戦いをはじめた。

 戦いの得意な者は武器を手に奈落へ降り、探知に優れている者は虹持ち魔物を探す。彼らの目的は虹魔石だが、素材を全く必要としないというわけではなかった。今回の狩りでは長老宅の屋根の補修に必要な鎧竜の素材と、夏用の衣類を紡ぐ大黒蜘蛛の糸袋を大量に狩っている。


「レオナード、ちょお見てくれへん?」


 素材狩りを担当していたレオナードは、魔石狩りを率いていたパーシヴァルに意見を求められた。魔力を遮断する袋の中で、集められた虹魔石が固い音を立てている。


「なんや虹の質がようないて狩人から報告あがっとんのやけど、どない思う?」

「……これで全部なんか?」

「せやで」


 大小の虹魔石によってもたらされる肌を抓るような痛みは以前となんら変わらなく感じた。品質に問題はないようだが、それよりもレオナードが気になったのはその重量だ。


「軽すぎひん? 質より量が問題や思うで」

「ああ、それはワシも思うたけど、気にするほどやないやろ。前に不作んときもこんくらいやったし」


 そう言われれば納得するしかないが、レオナードはどうにも違和感が拭えなかった。総重量は確かに不作時並だが、石の大きさが気になった。袋に入っているのは、大きく育ったこぶし大の魔石か、小指の爪よりも小さなクズ石に近い細かなものばかりで、その中間がない。


「……パーシヴァル、これどの辺で狩ったか覚えとるか?」

「ほとんど奈落やで」


 大魔石はもちろん、クズ石に至るまでほぼすべてが奈落の底で得たものだ。そういえば上の森では一つたりとも狩っていないと気づき、パーシヴァルが首を捻った。


「オリビアが見逃すはずあれへんし、上の森は根こそぎ人族に狩られてしもたんかな」


 最近の人族は妙に勘のいい者がまじっており、せっかく育てた虹を奪われることも多くなった。腰痛を理由に欠席の長老に報告し対策を錬ることになるだろう。


「これ聞いたら長老の説教が絶対に長ごなるで。報告抜かすわけにはアカンしなぁ」

「アルがちゃんと見張っとらんせいで、とばっちりがワシらに向くん、堪忍してほしいわ」


 膜の向こう側に見える年下の同族を睨みつけるが、人の幻を被ったエルフはこちらの存在を無視するかのようにそっぽを向いている。


「文句言わせてもらわんと割りにあわへんで」

「アレックス。聞こえとるんやろ、返事くらいせえ」


 魔力を込めて名前を呼ぶと、膜の向こうの影が強張った。だがレオナードの魔力に抗い、彼は一族に背を向けたまま夜空を見続けている。


「いつまでもフラフラしとらんで、ええ加減に腹決めたらどうなんや。おい、聞いとんのか?」

「そないカッカすなレオ。ジブン長老に似てきたで」

「ぐっ」

「あー、アルも聞こえとるんはわかっとるから、無視するんやない」


 レオナードに容赦なく刺さったパーシヴァルの一言は、アレックスに忍耐を強要していた。彼の背中は必死に震えをこらえている。


「今日は長老おらへんから見逃したるけど、逃げ回るんもそろそろ限界やで?」

「アルはうやむやで終わらせとうて長老がくたばるん待っとるんやろうけど、無駄な努力やで。長老が長生きなんはアルに対する怒りが原動力になっとるとこあるて、ええ加減認めたらどうや。だいたいな」


 常々アレックスに思うところのあるレオナードだ、ここぞとばかりに説教がはじまったが、膜の外側の彼は相変わらずだ。無視することでレオナードの怒りを故意に煽っている。相変わらず性格の悪い子供だと、パーシヴァルは含み笑いをこぼした。

 アレックスの見張りはレオナードに任せ、パーシヴァルは虹狩りに戻った。不作なのは仕方ないが、領域を維持するだけの量は持ち帰らねばならない。少しでも大きく重いものをと奈落を駆け回った。

 やがて空が明らみ、膜が力を失いはじめる。

 あれからずっとアレックスを叱りつけていたらしいレオナードを捕まえて、帰り道が失われる前に森を離れる。


「ずっと説教しとったんか?」

「あのアホ、チラッともこっち見いひんのやで。殴ったらな気ぃすまんのに、膜を縫われてもうて出られへんかったし」

「へぇ、アルも我慢強うなったんやな」


 長老の説教に癇癪を起こして反論していた子供も、ずいぶんと大人になったようだ。百五十歳以上も年長のパーシヴァルは、問題児もそれなりに成長しているようだと嬉しそうだが、アレックスと三十数歳しか違わないレオナードはそうは思わなかった。


「……妙やな」


 この前、アレックスを簀巻きにして長老に差し出したときは相変わらずだった。最後は怒りのまま拘束を破って長老宅の屋根に穴を開け逃げ出したのだ。あれからたった五年で、一晩中続いた説教を黙って聞いていられるほど変わったとは思えない。

 レオナードは一族の領域に入る直前で足を止めた。


「パーシヴァル……悪いんやけど長老への報告、頼んでええか?」

「どないしたん?」

「ちょっとアレックスど突いてくるわ」


 レオナードはアレックスがこちらを無視し続けるのは、彼の忍耐力が向上したからでも、大人になって反省したからでもないと確信していた。あれは何か疚しいことがあり、一族に隠しごとをしているときの態度だ。何を隠しているのか暴いてやろうと、彼は再びナナクシャールの森へと向かった。


   +++


 四月第三週の陽の日の夜。金華亭にはアレックスが許可した者が集い、それぞれの種族ごとに大盛り上がりを見せていた。


「謝肉祭ちゅうんは素晴らしい祭やな。年に一回だけなんてもったいないわ」

「なんと、これは年に一度の貴重な祭なのか?」

「その祭典の日に居合わせた俺たちは幸運だな」


 チェゴソースをたっぷりとかけたローストビーフを頬張りながら、アレックスが肉の祭典を誉めたたえると、気に入ったすね肉シチューの鍋を囲んだドワーフらが酒のカップを打ち鳴らしながら同意する。


「……完全に間違って伝わっているぞ」

「え、謝肉祭って肉の祭なんだろ、何か違うのかよー?」

「異世界なんだし、もうそれでいいんじゃねぇの?」


 諦めて肉を味わえと、コウメイはアキラにローストビーフを切り分ける。


「ソースはどれにする?」

「さっぱりしたヤツで」

「じゃピリ根ソースだな」


 コウメイはアレックスと約束した粒芥子のソースと甘酸っぱいチェゴソースだけでなく、紫ギネとレギルの甘みのあるソースに、赤ヴィレル酒をベースにしたコクのあるソース、そしてツンとした刺激を楽しめるすりおろしピリ根のソースまで作っていた。


「ええこと思いついたわ」


 空の皿を差し出しながら糸のような目をさらに細くして笑ったアレックスだ。


「来年の謝肉祭の料理もコウメイがろーすとびーふ作ったらええんや」

「勝手に決めんな」

「どうせしばらく虹狩るんやろ。鍋一杯分ちゅうたら一年や二年で終わらへんのやから、島にどっしり腰据えて、ついでにワシの料理人やったらええねん」

「てめぇの専属料理人なんて絶対にお断りだ」


 来年もここに来れば肉祭に参加できると知り、ドワーフらは勝手に盛りあがっている。


「料理は美味いが、どうにも腰が落ち着かんな」

「人族の我々は肩身が狭いですね」


 客席の端で向かい合って座るリンウッドとマイルズは、息を潜めるようにして酒と肉を楽しんでいる。人族を敵視するドワーフやエルフらにまじって宴会を楽しめるほど、彼らの心臓は強くない。


「ええやん、謝肉祭は年にたったの一回なんやろ。暴牛料理作ってくれたってバチあたらへんで?」

「タダで料理させる気か?」


 この肉料理三昧が何の対価だったかを思い出せとコウメイが凄むと、アレックスは眉間にシワを刻んで、ローストビーフ一枚を食べきるわずかな間だけ謝肉祭と長老のお説教を天秤にかけた。


「虹持ち魔物二十でどや?」

「三十五」

「ワシ今回、結構危ない橋渡ったんやで? ジジイにバレたらワシだけやあれへん、実行犯のマイルズも、虹魔石貯め込んどるジブンもタダじゃすまへんのや」


 それでもいいのかと、エルフの口から自分の名前が出てきた驚きでマイルズは肉を喉に詰まらせた。ケホケホと咽せ、水でなんとか肉を飲み下し、勘弁してくれとコウメイに視線で泣きつく。


「もしかしたら最終的に虹魔石を保有することになるアキラにも何やあるかもしれんで?」


 エルフの長老は長生きなだけあって時間感覚が他種族とは大きく違う。コウメイらにとっての十年が長老にとってはほんの数日の感覚なのだ。


「それだけやあれへん、フィーリクス爺は執念深いんで有名なんや、な?」


 同意を求められたドワーフらは、同意しにくそうに視線を逸らせる。


「……しゃあねぇ、二十で手を打つが、一頭丸ごとの料理はしねぇからな」

「よっしゃ、これで来年も肉祭や! 虹持ち魔物はワシに任せとけや!」


 肉の刺さったフォークを高々と掲げ喜ぶアレックスの背後が不穏に歪んだ。


「なるほどなぁ、えろう虹持ちが少ない思たら、アルが手引きしとったんか」

「げぇ、レオナードっ」


 瞬時に転移し逃げようとしたアレックスの後頭部を、白く長い指が鷲掴みにする。爪を立てる指には濃い筋が浮き、藍色の長い髪が放出される怒りの魔力でゆらゆらと揺れていた。


「い、痛いねんけど」

「掟破りの懲罰に比べたら軽いもんや」


 ドワーフらはとばっちりを避けて口を噤み、酒杯を守るように身を寄せ合っている。ミシェルはコウメイを盾にして厨房に逃げ込み、シュウとアキラは剣と杖に手を伸ばした。リンウッドとマイルズは目と耳をふさいでテーブルの下に隠れる。


「掟を破ったらどないな目にあうか、知らんとは言わさへんで」


 逃げようと抵抗する首を捻って顔を向けさせたレオナードは、空気が弾けるほどの魔力をアレックスに落とそうとしていた。


「破ってへんて! ワシ印付きの魔物は教えてへん!!」

「往生際悪い。嘘をつくんやない、上の森の印付きは全部死骸になっとったやないか。ジブン以外に見わけられる者おるわけないやろ」

「嘘やないわ! 調べたんやからわかっとるやろ、死骸の近くにワシの気配残っとらんはずや」

「確かに残っとらへんが、ジブン今言うとったやん、虹持ち魔物二十でどや、て」

「えぇ、そっから聞いとったん? 堪忍してー」


 森で証拠を掴めなかったレオナードは、コウメイとの会話でアレックスが決定的な発言をするのを待っていたらしい。


「ワシらにバレへんように人族使うて上前はねとるらしいなぁ?」


 アレックスの頭を捻ったまま、レオナードは肉切りナイフを手にしたコウメイに微笑みかける。


「落とし前つけてもらおか」

「最初に言い出したのはアレックスだぜ」

「……アル、ホンマか?」

「え? えぇ?」

「虹持ち魔物二十匹の条件に、俺は三十五匹だって答えてただろ」


 本当の意味での一番最初の交渉はコウメイから持ちかけていたが、時間は遡れないのだし、アレックスは動揺している、強気に出て主張した者勝ちだろう。


「最後の晩餐なんだ、思う存分食わせてやれよ。あんたもどうだ、アレックスが掟破りを決断する価値のある肉だぜ」


 しれっと手早く肉を切り分け、すべてのソースを添えて差し出す。

「ワシの肉ぅ」とうめく細目の声を聞き、藍色のエルフは五種類のソースのかかった肉に興味を持ったようだ。


「何の肉だ」

「暴牛」

「……脂の多い肉は好かん」

「これは脂の少ねぇ赤身肉で作ってある」


 確かにほんのりとした赤みの残る肉にはギラギラとした脂っぽさが見えない。ふむ、と頷いた藍色のエルフは、添えられたフォークを手に取り、端の肉を口に入れた。


「……酸っぱい」

「チェゴソースだな」


 アレックスの後頭部を掴んだまま厳しい顔で感想を呟いたが、その声色は怒っているようには聞こえなかった。それどころか素早く次の肉をフォークが迎えに行っている。五種類のソースとともにローストビーフを味わったレオナードは、空になった皿をコウメイに向けて差し出した。


「真ん中のと最後のツンとくるのを」

「赤ヴィレル酒のソースと、ピリ根のソースだな」

「レオナード、そないパクパク喰うなや、ワシの肉やで。それとええ加減離してぇな」

「逃げないな?」

「こんだけ深う爪痕残されたら何処に逃げても無駄やん」


 片手では食べにくかったのだろう、レオナードはあっさりとアレックスを解放し、コウメイからお代わりの肉を受け取った。


「コウメイ、ワシの肉を勝手に馳走するんやないわ」

「使える手札は使わなきゃ俺らの身が危ねぇだろ」

「……どんどん性格悪うなってきよって」


 コウメイは素早くローストビーフを切り分け、アレックスが気に入っているチェゴソースと紫ギネのソースを添えて押し付け黙らせた。

 エルフ二人が肉を食べている隙に、ドワーフらは酒瓶とシチューの鍋を抱えて金華亭から逃げ去っている。テーブルの下からそろりと頭を出したリンウッドとマイルズも、こっそり裏口から逃走しようとしたのだが、扉に手を伸ばそうとした瞬間に小さな雷に阻まれた。


「話は終わってへんで、食い終わるまで待っとれ」


 直接関わりのなさそうな、あるいは友好種族であるドワーフは見逃しても、敵対する人族は見逃すつもりはないのだろう。

 アキラとシュウが二人を庇うように立ち、必ず守りますと小声で囁く。

 レオナードは三回、アレックスは五回お代わりをした。料理を堪能して満足した藍色のエルフは、臨戦態勢の二人に目を向ける。


「そない怖い顔するんやないわ。ワシはアルを締めにきただけや。残念やけどジブンらをどうこうする権限はあれへん」


 その言葉に気が緩みかけたマイルズだったが、アキラの背が張りつめたままなのに気づいて背筋を伸ばした。


「せやけど虹を集める理由は聞かなならん。クズ石の一個や二個ぐらいやったら目こぼししとったけど、ワシらが育てとったんを盗むんはアカン。そもそも何に使うつもりや? まさか一族の森に攻め入ろうて企んどるんあれへんやろな?」


 領域を守り維持するために虹魔石を使う彼らは、人族が虹魔石を必要とする理由もそれ以外に考えられないようだ。魔力のこもった睨みに捕えられたマイルズは、威圧と殺意の強さに息が止まりそうになっている。アキラの身体がそれらを遮らなければ、そのまま窒息していただろう。


「この方は人族の代表ではありません、責を求めないでください」

「何言うてんねん、ここに人族はそいつしかおらんやろ」

「……え?」


 アキラの背の影で、マイルズは間の抜けた声を漏らした。シュウに庇われるリンウッドは申し訳なさそうに目を伏せ、厨房から様子をうかがっていたミシェルも悲しそうに微笑む。


「虹魔石を必要としていたのは私です。この方は私たちに強制されていただけですから、威圧するのは止めてください」


 二人は魔力をぶつけ合いながらしばらく睨みあっていたが、やがてどちらともなく力を弱め、視線を逸らした。


「……ほなジブンが虹魔石を集めとる理由、教えてもらおやないか」


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顎はずしかけた人二人目(笑) 凍らしたヒュドラより生きてるだけの暴れ牛の方が見慣れた魔物では、コウメイ??
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