風変わりな秘密の討伐
前夜の予告通り、日の出と同時にコウメイとシュウはマイルズを連れて森に入った。
「マイルズさん、この島ははじめてか?」
「ああ。いつか腕を試したいと思っていたが、大所帯を抱えている間は渡る機会がなくてな」
長く冒険者を続けていると、エルフの島、死の島、秘められた島、宝の眠る島、といったナナクシャール島の噂は自然と耳に入るようになる。実力を試したいと燃える者や、短期間で大儲けができると憧れる者も多いが、島に渡るには隠れている渡船の管理者を探し出し交渉するか、罪奴隷として連行されるしか方法はなかった。
かつてマイルズが率いていた「赤鉄の双璧」でも、この島で腕試しを試み渡船管理者を探していた時期があった。残念ながらネイトと接触できず、またリーダーが島に近づきたがらなかったため断念せざるを得なかったが。
根っからの冒険者であるマイルズは、噂の森に興味津々だ。青銅大蛇に巨大蝙蝠にヘルハウンド。大陸にいては滅多に遭遇できない魔物らがそこかしこにいる。まさにお宝の島だ。だがコウメイとシュウはそれらを無視して森を西へと進んでゆく。最初に彼らが足を止めたのはゴブリンの巣だった。
「いるか?」
「いねーなー」
「じゃここはパスだな」
気配を察知できるギリギリの距離から巣を観察した二人は、標的を見つけられなかったのだろう、すぐにその場を離れた。コウメイらが観察するのはゴブリンにオーガにオークの巣だ。高値のつく魔物を回避し、何の素材も得られないゴブリンやオーガから彼らは何を得ようとしているのか。
風変わりな討伐行動に、マイルズは疑問を飲み込んで無言で付き従った。
四つめのゴブリンの巣で、獲物を見つけたコウメイは不敵な笑みを浮かべた。
「シュウ、邪魔な奴らを追い払ってくれ」
「りょーかい」
シュウが威圧を開放すると、十数のゴブリンが弾かれたようにいっせいに逃げ出した。ザコを追い払った巣に残っているのは、主であるホブゴブリンと、背中に紫色の斑模様のあるゴブリンだけだ。
「マイルズさんは背中に紫斑のある個体をやってくれ」
「変わったゴブリンだな。新種か、島固有の個体なのか?」
「大陸にはいねぇって意味では固有種だろうな。なりは小せぇが大陸のホブより頑丈で強い、油断するなよ」
剣を抜いたコウメイは巣の主であるホブゴブリンに向かってゆく。
マイルズは紫斑の投石攻撃をかわしながら間合いを詰め、剣を振り下ろした。
一刀両断したはずの剣が、紫斑の手に掴み止められる。
「斬れないだと⁉」
剣を奪おうとする紫斑を振り払い、バックステップで離れた。彼の剣は切れ味が自慢の片手剣だ。火蜥蜴の頑強な皮も切り裂いてきたそれが、たかがゴブリンに傷すら与えられないなんてと驚く。
「なるほど、これがこの島の魔物か」
高鳴る鼓動に惑わされぬよう、彼は大きく息を吸った。
コウメイの言葉通り、紫斑のゴブリンは小さなホブゴブリンともいえるほど強い。そして素早さはそれ以上だ。投石と同時に飛びかかられ、回避を失敗した。爪先が肩を擦り狩猟服が裂ける。マイルズの攻撃もことごとくかわされ、受け止められた。
「動きを止めねば」
戦法を変えた。大陸だろうと島だろうと、人型魔物の弱点は同じだ。手足の内関節を狙い攻撃を加える。打ち砕くことを意識して振るった剣は、数打で紫斑の膝関節を潰した。動きを止めたあとは粘ればいい。
膝が砕かれ、足首を潰され、肘が折れた紫斑は、地を這って逃げようとする。
「終わりだ」
背に刺した剣先を、全体重を乗せて押し込み、貫く。
たった一体のゴブリンを相手にこれほど手間暇をかけるのははじめてだった。
「どうだ、島の魔物は手強いだろ?」
先にホブゴブリンを屠り終えていたコウメイが、マイルズの戦意が途切れたのを見計らって声をかけた。コウメイはすでにホブゴブリンから魔石を取り出し終えている。
「これだけ上位種よりも厄介なゴブリンがうろうろしているんじゃ、コウメイが腕を上げるのも当然だな」
「そいつは印つきの特殊な個体だ。追い払える程度のゴブリンはもうちょっと楽だぜ」
魔石の採取も頼むと言われ、マイルズは刺し貫いた剣で皮と肉を開き魔石を探った。
「……変わった魔石だな」
さまざまな色が輝く石を、彼は知っている。
コウメイの義眼と同じ魔石だ。
それを見た瞬間、マイルズは彼の狙いを知った。
「お前らの目的は、これか」
彼らはこの魔石を集めるために島にいるのだ、と。
+
ひと狩りを終えた彼らは、森の中心にある大樹の丘で火を囲んでいた。
手のひらの上で虹魔石を転がすマイルズが、そろそろ説明をしてくれとコウメイを促す。
「その石は、エルフ族が閉じこもるために必要としているらしい。この島はエルフたちが虹魔石を育てる牧場なんだそうだぜ」
とんでもない秘密をさらりと暴露するコウメイを、マイルズは苦々しい思いで見据える。いくら契約の魔術で縛っていても、知っているのと知らないのでは精神的な負荷が違う。
「性格が悪くなったな」
「図太くなったんだよ。でなきゃこの島でエルフから上前撥ねてられねぇし」
「俺の協力が必要というのは、エルフの報復を引き受けろという意味か?」
「まさか。そこまで卑怯じゃねぇよ」
苦笑いのコウメイは、焼きあがった雷蜥蜴の肉と乾燥野菜を戻したスープの器を渡した。ひとくち、ふたくちと噛みしめたマイルズは、肉の味が感じ取れないことに気づいた。緊張か畏れが感覚を狂わせているようだ。
「心配ねぇって。この島で虹魔石を人族が狩る分にはお目こぼしがあるらしいぜ。アキが狩るとヤベぇけどな」
「だったら俺に押し付ける必要はないだろう?」
「俺はエルフの連中から人族あつかいされてねぇんだよ」
アレックスから聞き出したのだが、エルフ族は戦いの場に残留する魔力を読み取る力があるらしい。森で魔力を使えば、その残滓を感知し、虹持ち魔物を狩ったのが人族なのかそれ以外かを見わけるのだという。コウメイは間違いなく人族だが、義眼のせいなのかエルフらは判別できるらしい。それはミシェルも、狼獣人のシュウも同じだそうだ。
「あのゴブリン、普通とは違う妙な色をしてただろ。あれはおそらく、エルフ族が次に狩るつもりで印を付けた魔物なんだ」
「……本当に上前をはねていたのか」
「俺らが狩ったとバレるわけにはゆかねぇ。だから腕利きの冒険者に代わりに狩ってもらう必要があるんだ」
島にいる冒険者らの中から協力者を見繕えればと思っていたが、印付きの魔物を相手に生き残れそうな者はいなかった。そこにマイルズがやってきたのだ。彼の実力はよく知っている。印付き程度の魔物を相手に命を落としはしないとの確信もあり、弱みにつけ込む形で巻き込んだ。
「そういうわけだ、悪いがしばらく付き合ってもらうぜ」
パラパラと軽く塩を振った串肉を押し付けられ、マイルズはもう一つの疑問を飲み込んだ。エルフ族からの盗みに手を貸したというだけで、味が分からなくなるほど己が繊細だったと自覚したのだ、それ以上の疑問を解消すればもっと他の何かを失いそうで恐ろしくなる。
「そんなに気負わなくても心配ねーって。ずーっと島で腕試しをしたかったんだろ? 念願かなってちょっと頑張ったら、ぐーぜん虹魔石が手に入っただけだからさ。のーぷろぶれむ、だ」
人の姿をした狼獣人は雷蜥蜴肉を頬張りながら、いざとなったら護ってやるから安心しろと彼の背を叩く。
「それを俺らに譲っただけだって主張を貫けば問題ねぇよ」
エルフ族が何を言ってきたところで事実は事実だ。マイルズがたまたま討伐で手に入れた虹色の魔石を、知り合いに譲り渡しただけ、その主張を覆せるだけの証拠を残すつもりはないし、彼らも見つけられないだろう。
「本当に、ずいぶんな悪巧みをするようになったものだな。あの初々しいコウメイは何処に行ったんだ」
「うるせぇ。はじめて会ったときのおっさんだって性格悪かったじゃねぇか」
「なになに、コーメイって最初そんなんだったの?」
「アキラを庇って周りを威嚇する様は、必死さが空回りしてて可愛らしかったぞ」
「ぶほっ、か・わ・い・ら・し・い!」
「かわいくねぇ!!」
大爆笑するシュウは、串肉を取りあげようとするコウメイの手をかわし転がる。
凄みが増しふてぶてしく成長した昔なじみの青年だが、こうやって仲間とじゃれている様子は昔のままだ。アキラとはしないであろう拳を使った二人のじゃれ合いを眺めながら、マイルズは串肉にかぶりつく。
「……プリッと弾力があって、いい塩加減だ。美味いな」
これなら何本でも食べられそうだ。マイルズは火の周りでじゅうじゅうと音を立てる肉の焼き加減に気を配りながら、二人がじゃれ飽きるまで見物したのだった。
+
その日、彼らが手に入れられた虹魔石は一つだけだ。ナナクシャール島の森は広大で、あちこちに散らばる人型魔物の巣をすべて回れはしない。
「二、三日の遠征をしてぇが、ドワーフのおっさんらの飯を作らなきゃならねぇからなぁ」
夜は必ず金華亭に戻っていろとミシェルに命令されている。女傑には頭が上がらないのだなとからかうマイルズに、コウメイは「そうじゃねぇよ」と眉をひそめた。
「鉱族のおっさんらに頼みてぇことがあるからな。機嫌とっときたいんだよ」
「武器を作ってもらうのか」
改築工事のために呼ばれた彼らの専門は金属の錬成だ。ドワーフ族は気に入らない相手にはいくら積まれても武器を作らない。引退したつもりのマイルズも、彼らの鍛えた剣が手に入るのなら、喜んで現役に戻るつもりだ。
「俺らが欲しーのは秘密基地だぜ」
「秘密、基地?」
「違うだろ、拠点だ、拠点」
ナナクシャール島に定住するつもりのない彼らは、大陸に拠点となる家を構えるつもりなのだと説明した。人里離れた森の奥深くとはいえ、領主に無断で家を建て住み着くのだ、人族の大工に発注はできない。ならばドワーフらに建ててもらうしかない。
「せっかく胃袋を掴んだんだ、上手く話を持っていって引き受けてもらわねぇとな」
「……ドワーフはともかく、無断で隠れ住むのはまずいぞ」
マイルズは渋い顔だ。深魔の森の奥深くだとしても、人族の領域である限り絶対に見つからないとの保証はない。領主や国と対立したときに味方は必要だ。地元の冒険者ギルドか、魔法使いギルドに話を付けておくべきだと助言をするが、コウメイは首を横に振るだけだ。
「俺らは色々と訳ありだ、そっちが露見したときの面倒を考えたら、見つかるまでは隠れ住んでたほうが安全だ」
「のんびり隠れ住むつもりの場所で、戦争はしたくねーよ。最初から隠れてるほーが一番いいって」
彼らの主張も一利ある。マイルズは聞かなかったことにしようと目を細めた。
「そろそろ戻ろうぜ。飯の時間が遅くなったらドワーフのおっさんらに恨まれる」
森の外に向かう道すがら、彼らは巨大吸血蝙蝠と魔猪を狩った。蝙蝠の飛膜と毒袋は冒険者から依頼を請けていた素材で、魔猪は夕食の食材だ。
「冒険者からの依頼も請けているのか」
大量の素材を軽々と担ぎあげるシュウに、勤勉だなとマイルズが声を掛ける。
「俺ら、マイホーム資金を貯めてるからなー」
「現金取引をはじめたら、注文が増えて忙しくなった。本国からの注文とやらも増えてるらしいし、島にいる連中だけじゃ手が足りねぇんだろうぜ」
余裕があるなら連中から仕事を引き受ければ老後資金もすぐに貯まるだろうと教えられたマイルズは、島の魔物に早く慣れねばと気持ちを引き締めた。
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持ち帰った魔猪肉は厚く切り、特製のタレに漬け込み、軽くハギ粉をまぶしてからたっぷりの背脂で揚げ焼きにする。丸芋と赤芋のサラダと千切りのレト菜をこんもりと添えて提供すると、ドワーフらは金を払うから酒を寄こせと騒ぎはじめた。
「ミシェルさんも言ってただろ、ここの改修が終わらねぇと酒は出せねぇって」
「わかった、大急ぎで仕上げるぞ」
オッサムは二日後の昼には厨房の改修を終わらせてみせると断言した。予定より三日も工期が短縮されたと呆れるリンウッドも、酒の提供は楽しみなようだ。
「なー、おっちゃんたち。ここの仕事が終わったらさー、俺らの家も建ててくれよー」
ドワーフの里でも一番彼らに馴染んでいたシュウが、お代わりの肉を運びながら頼み込む。出迎えのときの言葉はただの挨拶ではなかったのかと驚く彼らに、シュウは秘密基地計画を説明した。罠のトンネルを嬉々として突破したシュウと、彼に破られまいと罠の精度を上げた職人らは、基本の精神構造が似ているようで、ドワーフらは興味を持ったようだ。
「話し合うんならこれ食いながらにしようぜ」
コウメイがフライドポテトと、昨夜の残りシチューに肉団子を加えて煮つめ、チーズをかけこんがりと焼いた一品を差し出した。
「話の分かる人族だな」
「酒を、エル酒をくれ!」
「だから酒はねぇって」
意気投合したシュウに頼まれ、コウメイの料理に籠絡され、一族が恩義を感じているエルフ族のアキラが微笑んでとどめを刺した。ドワーフらは彼らの求める家づくりをあっさりと引き受けたのである。
「なぁロビン、ジブンの親戚連中、チョロすぎひん?」
「……コウメイたちが上手なだけだ」
「賢いのはいいけれど、ちょっと手を焼くようになってきたのよねぇ」
「師匠ら《あんたら》を見習ってるんだ、褒めてやれよ」
賑やかなテーブルの隣では、アキラの三人の師匠と島の鍛冶職人が、コウメイらの騒ぎを見物しながら楽し気に夕食をとっている。ドワーフにエルフに死人の集うテーブルに、なぜ自分が同席しているのかと恐々としながらも、マイルズは大陸では絶対に見られない光景に胸を熱くしながら夕食を堪能した。




