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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
9章 奔放すぎる療養記

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リフォーム計画


 仮住まいのつもりで大掃除した金華亭の二階を気に入ったミシェルは、こちらを住まいとして改装すると決めた。掃除を終えて休憩に入るなり書きはじめた改装プランを見て三人は呆れる。


「このサイズの研究部屋と書庫は、床が抜けますよ?」

「そのために改築するのでしょう?」

「寝室がゴーカだよなー」

「枕が変わると眠れないのよ」

「一階の厨房、魔道調理器具に総入れ替えするのか。すげぇな」

「ミシェルさん、料理するんですね」


 知らなかったとアキラが顔をあげると、彼女はコウメイを指さし「彼が使うのよ」と満面の笑顔だ。


「俺かよ!」

「大人数の食事は茹で芋専用の台所より、こちらの厨房のほうが作りやすいでしょう?」

「そりゃ広いほうが動きやすいし、魔道調理器具は助かるけどな」


 五人分、アレックスを入れても六人分ならリンウッドの台所で十分なのだが。茶のカップを差し出しながら苦笑いでそう返すと、彼女は「職人の食事はこちら持ちなのよ」とこぼした。


「職人?」

「おそらく五、六人呼ぶことになるわ、今の倍、いいえ大食漢ばかりだから三倍くらいは作らなくてはならないし、お酒も沢山飲むから、この食堂を使うのが一番なのよ」


 そう言って茶菓子の皿を脇に寄せた彼女は、新しい板紙に改築工事の計画表をさらさらと書いて見せた。それによれば最初に金華亭の厨房工事に着工とある。


「こんな辺境に呼び寄せるのだから、職人の食と住は保証しなくてはならないし、できればコウメイの美味しい料理で彼らを懐柔して、少しでも工賃を値切れないかと期待しているの。頼んだわよ」

「ただ働きはしねぇぞ」


 相続財産の後始末を手伝ったコウメイは、彼女の財布事情を熟知している。島に大工を呼び寄せる費用はかさむかもしれないが、ミシェルは庶民向けの一軒家など十でも二十でも余裕で建てられる大金持ちだ。


「ケチねぇ」

「どっちがだ」

「なー、アレックスの家が最後だけど、これ大丈夫なのかよー?」 


 自分の菓子を食べ終えたシュウが隣の皿に手を伸ばしながら、順番が逆じゃないのかとミシェルにたずねた。防護魔術があるとはいえ、アレックスの家は風雨に晒されたままなのだ。島には潮風にさらされて朽ちた家々がいくつもある。雨の少ない環境だが、その分太陽による劣化の影響は大きい。


「最後でいいのよ、防護魔術が雨風を防いでくれているじゃない」

「……魔術で防犯だけじゃなく、自然からも守れるのか」


 魔術の汎用性に驚くアキラの裾を、それまで黙って茶を飲んでいたリンウッドが引っ張り、エルフの魔術が規格外なのだとささやいた。


「それなら天井に穴が空いたままほっときゃいーじゃん」


 無駄金かける必要はないと主張する三人に、自宅の改装案に希望を書き加えようとしていたアレックスが抗議の声を上げた。


「ワシ、のぞかれ放題やん、落ち着かへんわ」

「てめーをのぞきてーヤツなんてこの島にいねーよ」

「最近の犬は喋るんか? 珍しいよってちょっと標本に欲しなったなぁ」


 尻尾の毛を毟ろうと伸ばされた手から素早く逃れたシュウは、ミシェルの背中に隠れ舌を出している。


「確かに実害はないかもしれないけれど、みっともないのは嫌よ」


 外聞が悪いと彼女は顔をしかめているが、身内しかいない孤島で体面を気にする必要があるのかとアキラはこっそり首を傾げた。


「倉庫の修繕と改築が一番費用がかかるのよ、見積りも難しいしね」

 魔法使いギルド長職の俸給を失ったミシェルは、蓄えで足りるだろうかと心配そうだ。

「豪邸の新築じゃあるまいし、屋根の修理と倉庫の増築がそんなにバカ高いわけねぇだろ?」

「いや、高いやろなぁ」


 ミシェルよりも先にアレックスが応えた。


「たぶんワシには払えんくらい高うなるで」

「これからも素材が増えることを計算して、ちょっと特殊な改築を頼むから、職人も特別な一族にしか頼めなくて……彼ら、ふっかけるのよね」

「……いったいどこの誰に依頼するつもりなんですか?」


 そもそも契約魔術の必要な怪しい島に渡ってくれる職人などいるのだろうか。しかも工事の半分以上が魔術的処置となれば魔術師以外は考えられないが、アキラはアレ・テタルにもウナ・パレムにも大工技術を持つ魔術師の存在を知らない。


「鉱族の職人よ」

「ドワーフ?」

「ドワーフ族って、大工もいるのか?」

「基本は発掘と鉱物の加工だけれど、彼ら家を作るのも上手いのよ」

「そういや、ケギーテの水路の街もドワーフが作ったとかいってたな」


 魔法使いギルドのエレベーターや水中に作られた転移部屋を思い出した彼らは、技術力の高さは折り紙付きだと納得するしかなかった。

 以前にも依頼したことがあるのだろう、ミシェルはロビンの伝手で大工仕事の得意な職人を派遣してもらうつもりらしい。


「ただ注意が必要なのよ。彼ら腕はいいし仕事も早いけれど、勝手に素材にこだわって予算をはるかに超えたり、頼んでいないものまで作っちゃうから」


 間取りや設計図を渡してあっても、目を離した隙に予定外の増築が済んでいたり、予算を伝えてあっても、素材にこだわりすぎて気がつけは二倍三倍の費用がかかっていたなんてのはよくあることらしい。


「倉庫に魔術を組み込むつもりだから、きっともの凄い費用を請求されるわね」

「アレックスのガラクタ置き場なんだから、本人に払わせりゃいーじゃねーか」

「ワシ、金もってへんし」

「……ヒモめ」


 腹黒陰険細目の昼行灯に新しい称号が加わった。


「アレックスが費用を負担したら、わたくしが素材を好き勝手に使えなくなるじゃない」


 どうやら二人の間で、改築費用の負担と素材管理の対価として、必要なときに必要な素材を自由に使う契約を済ませているらしかった。


「ケチくせー! ミシェルさん、セコッ!」

「ミシェルさんなら理由を付けて素材を巻きあげるくらい簡単だよな?」

「もしかして素材を買うよりも、改築費用を払ったほうが安い……のか?」


 アレックスの集めた魔物素材は今では入手不可能な稀少なものが山ほどある。倉庫の建築費用と稀少素材の購入費用を天秤にかければ、もしかしたら建築費のほうが安いのかもしれない。


「アキラ、使いたい素材があったら遠慮なく言ってちょうだい。安く分けてあげるわ」

「まてや、ミシェルの好きにしてええ言うたけど、勝手に売ってええとは言うてへんで」

「弟子が必要とする素材に協力するのは師匠の務めよ」

「……素材獲得も修行ですから、遠慮します」


 面倒くさそうだという気持ちを笑顔で隠したアキラは、今まで便利に拝借してきた事実を棚上げし、今後はよほどのことがない限り素材小屋を頼るまいと心に決めた。


「……そうなると、自分用の素材を集める必要があるな」


 大陸に戻ればこの島の素材を入手するのはほぼ不可能になる。島にいる間に討伐に励み、素材を貯め込んでおきたい。


「普通の倉庫なら、それほど建築費用はかからないんですよね?」

「彼らに依頼するつもり?」

「今すぐではありませんが」


 大陸に戻っても一つの街で長く暮らせない彼らは、常に移動し続けてきた。アレ・テタルのミシェルの家が彼らの帰る唯一の場所だったのだが、それも失われた。旅暮らしに疲れたときに戻って、ひっそりと過ごせる拠点が欲しい。


「あー、わかる。秘密基地欲しいよなー」

「違う」

「そうじゃねぇよ」

「じゃ隠れ家?」

「……シュウが言うと、なんかニュアンスが違うんだよなぁ」


 眉間を揉むアキラは無言。苦笑いのコウメイは、茶を注ぎ足してそれでいいかと息をつく。


「建築費用が知りたいなら間取り図を描いておくといいわ。場所にもよるけれど、人族のごく普通の家や倉庫なら、それほどかからないと思うわよ」


 島にやってきたドワーフ族の職人にならば、ロビンに口利きを頼めば割引もあるだろうとのことだった。


   +++


「書庫がデカすぎ。あと倉庫に隣接した研究室と温室ってなんだよ。引き籠もるつもり満々じゃねぇか」

「なんで二段ベッド? 嫌いじゃねーけど、せっかくの一戸建てなんだろ、俺だって個室欲しーよ」


 食料調達を兼ねたリハビリの狩りから戻ったコウメイとシュウは、アキラが描いた自己の希望に忠実な秘密基地の間取りにクレームを入れていた。


「俺は拠点に必要なものを書き出しただけだ」

「生活する最低限の必要な設備が足りてねぇんだよ。風呂以外の設備がなおざりすぎだ」

「秘密基地なんだからさー、もっと遊び心を爆発させよーぜ」

「だったら好きなように書き足せばいいだろ」


 ダメ出しされたアキラは不貞腐れて二人に板紙を押し付けた。さっそく台所や居心地の良い居間や広くゆったりとした寝室、屋根裏部屋や隠し階段といった各自の欲望のおもむくままに書き足した結果、素人目にも建築不可能な間取り図が完成していた。


「面白そうだが、これはねぇな」

「びっくりハウスになんか住めるか……」

「えー、面白いんだからいいだろー。退屈しねーぜ?」

「シュウが掃除するならいいぜ」

「遊んで壊しても修理は自分でするんだぞ?」

「……もっとフツーの家でいーかなー」


 夢と遊び心の詰まった間取り図は焚きつけとなって消えた。


「現実的な話をするが、もし拠点を作るなら何処にする?」


 コウメイを手伝って野草の筋取りをするアキラが問うた。


「どこって、この島じゃねーの?」

「ここを拠点にしたら死ぬまでアレックスの後始末をさせられるんだぞ?」


 エルフ族との接点も近いのだ、たまにふらりと寄るくらいならいいが、拠点とするには危険極まりない。


「できればウェルシュタント国内で、王都から遠くて、身を隠せ、生活に不便がなく、人が寄り付かない場所が理想だ」


 アキラがウェルシュタント国にこだわるのは、妹らがダッタザートに住んでいるからだ。国内ならば何かあったときに駆けつけやすい。彼の気持ちも分かるが、難しいだろうとコウメイとシュウは顔を見合わせる。

 この世界の土地は国王のものであり、領主は国から領地を預かって管理している。貴族や平民が家を建てようとした場合、国の代官である領主に許可を得て土地を借りるのだ。勝手に家を建てて住むと、不法占拠だとか追徴税だとかいろいろと面倒になる。


「ねーだろ、そんな場所」

「こっそり住んでても見つからなきゃ罰せられることはねぇし、税金もかからねぇんだが」


 ダッタザートの北の森は冒険者や村人らが森を抜けて頻繁に移動しているため、隠れ住むのは難しい。役人が決してたどり着けないような奥地は意外に少ない。それこそナナクシャール島のように特殊な魔法で隠された場所でなければ、彼らの条件に一致する土地は存在しないだろう。

 熊獣人らのように境界を越えるような仕掛けを作らなければ無理だとシュウは呆れたが、アキラには心当たりがあった。


「深魔の森はどうだ?」

「なんか聞いたことあるよーな、ないよーな?」

「あそこか……確かに冒険者でもなかなか奥までは踏み込まねぇし、近くに田舎町があるから買い物にも困らねぇな」


 魔物は森の奥から際限なく湧いており、稼ぐのにも困ることはないだろう。あの頃の自分たちにはとても住めた環境ではなかったが、今の自分たちなら余裕だ。

 顔を合わせて頷きあう二人の間に割って入ったシュウが、それは何処だとたずねる。


「俺たちの、スタート地点だ」


 この世界に放り込まれた二人が最初に降り立った場所。

 森を抜けるまで丸二日かかった、あの森だ。


「へー、なんかいいな。そこ決めよーぜ」


 理想の間取りはともかく、拠点となる場所が決まって、彼らの気持ちは久しぶりに弾んだ。ドワーフ族の職人らの到着が待ち遠しかった。



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