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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
9章 奔放すぎる療養記

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島の平穏な日常


 赤芋はすり潰してペースト状にし、青銅大蛇の骨でとった出汁で溶いてスープに仕上げた。味はシンプルに塩で調える。大蛇の肉は薄切りにして野草と炒めた。こちらは少し刺激の強い香辛料を使い、薬草の風味を打ち消す。全く使われていなかったハギ粉で大量のクレープを作り、半分は食事用に、もう半分は土産のジャムを薄く塗り重ね即席の甘味に仕立てあげた。もう一品ほしくなり、丸芋と赤芋を茹でる。


「まさかマヨネーズを使い切ってるとは思わなかったぜ」


 アレ・テタルには三ヶ月の予定と聞いていたので、それくらいは保たせる量をつくって魔道保管庫に入れてあった。なのに予定より早く戻ってきたコウメイは、作り置いた調味料がどれもこれも空っぽなのに呆れた。


「渡してあったレシピで料理してりゃ、使い切ることねぇのに」


 茹であがった芋をブロック状に切り整え、香草と溶かした魔猪の背脂で軽く和えた。小量の背脂をマヨネーズがわりに使ったポテトサラダの完成だ。少々風味が違うが、魔猪脂の臭みは香草が緩和しており悪くはない仕上がりだ。


「お、美味そー、っイテ」


 味見をするコウメイを真似て伸びてきたシュウの手を容赦なく叩き落とす。


「叩くことねーだろ」

「口で止めても聞かねぇだろ」

「だってすげー腹減ってんだぜ」

「それはシュウだけじゃねぇ」


 コウメイは食堂から自分の一挙一動を凝視している連中を振り返った。リンウッドは食前酒のお代わりを注ぎ、アキラは空になったハギ茶のカップをもてあそび、ミシェルは上品に微笑みつつも膝の上のナプキンをそわそわと触っている。


「まだなん? 腹の虫が口から這い出てきそうなんやけど」


 アレックスにいたってはフォークとスプーンを握りしめ、まるで子どものように柄尻をテーブルに叩きつけて催促していた。


「もったいねぇからその虫を食ってろよ」

「えぇ、虫食えとか、ワシ鳥やあれへんで?」

「鳥のほうがマシだろ。羽は布団にできるし、肉は食える」

「確かに、エルフは食えんな」

「あまり美味しそうじゃないわね」

「骸骨も惨滅も酷すぎん?」

「うるせぇ、食いたきゃ手伝え!」


 ナナクシャール島に戻るなり飢えた三人に台所に押し込められ、不在時の食生活を聞いて叱りつけるよりも先に食べさせねばと限られた食材で献立を組み立て、やっと料理が完成というころに「ご相伴にあずかるわね」と割り込んでテーブルについた二人の分まで慌てて追加せねばならなくなった彼は怒りを爆発させた。


「シュウ、皿を運ぶ! 落としたら三日間飯抜きだからな」

「お、おうっ」

「細目! スープの鍋を運べ! こぼしたらローストビーフの約束は無かったことにするからな」

「ほ、細目て、ワシ? コウメイ、もうちょっと他の呼び方あるやろ」

「じゃあ腹黒」

「それはワシやのうてミシェルやん」

「あらあら、ふふふ」


 ミシェルの笑みが深くなった。

 膝のナプキンをもてあそんでいた指がすうっと伸ばされ、アレックスに向けられる。


「誰が腹黒なのかしら?」


 その問いかけは答えを必要としていなかった。

 パチンと指が鳴り、小さくはない落雷がアレックスに直撃する。


「さすが、惨滅、容赦ない」

「手加減はしているわよ?」

「飯が巻き添えにならないようにだろう?」


 リンウッドは床に伸びているアレックスを椅子に座らせ、背もたれで身体を支えて放置した。この程度でくたばるようなエルフではない。


「ふふふ。コウメイ、食事はまだかしら?」

「材料が限られてるから、たいしたものじゃねぇぜ?」


 サイドテーブルに並べられた料理の大皿から、コウメイが皿に料理を取り分けてゆく。蛇肉と野草の炒め物を中心に、ポテトサラダとクレープを添える。


「「「「「「いただきます」」」」」」


 最近ではミシェルらも、彼らと食事をする際には手と言葉を合わせるようになっていた。


「芋を煮たのは同じなのに、何故こんなに美味いのだ?」

「同じじゃねぇよ」


 赤芋のスープを首を傾げながら飲むリンウッドに、加熱と調理は違うとコウメイが指摘する。ミシェルも赤芋のスープが気に入ったようでリンウッドと競うようにお代わりを要求した。シュウは大蛇肉ばかりを食べ、コウメイの目を盗んで薬草をアキラの皿に移動させている。主治医がそれを見逃すはずもなく、お代わりの皿にはリンウッドの告げ口によって肉抜きの炒め薬草が山盛りになっていた。アレックスはポテトサラダが気に入ったらしく、シュウと最後の一盛りを奪い合った。アキラは美味しい薬草を拝むように味わっている。

 にぎやかな食事が終わり、食後にコレ豆茶とジャムクレープケーキが出されたところで、お互いの不在期間の情報交換がはじまった。


「じゃあミシェルさんはこの島でしばらく身を隠すのですか?」

「ええ、ほとぼりが冷めたら冒険者に戻ろうと思うの」

「惨滅、再びか……」

「嫌だわ、そんな黴の生えた古い名前なんて、もう誰も知らないわよ」


 笑顔に似つかわしくない鋭い目を向けられて、複数の視線が「どうだか」とさり気なく逸れた。

 俗世と完全に縁を切った彼女は、島ではのんびりと余暇を過ごすつもりらしい。それならとコウメイが討伐の手伝いを頼んだ。


「虹魔石狩りの?」

「ああ、アキの足じゃ奈落討伐は無理だし、シュウも獣人の能力を使えねぇとなると、奈落の魔物に俺一人じゃ厳しすぎるんだ」


 アレックスからは虹魔石の探知はするが戦力は貸せないと釘を刺されている。コウメイはギルドの頂点にいた彼女の攻撃魔術に期待していた。だが彼女は、申し訳なさそうに目を伏せて。


「悪いけれど、わたくしはエルフ族に恨まれているの。手伝わないほうが良いと思うわ」


 ミシェルの関与が知られれば、せっかく手に入れた虹魔石を彼らに没収されるかもしれない。アレックスが討伐に手を貸せないのと同じ理由だと聞いては、コウメイは引き下がるしかなかった。


「じゃあ奈落はあきらめて、できるだけ南部のデカい虹を持ってそうな魔物を狙うしかねぇな」

「奈落に下りないのなら、俺も討伐に行くぞ」

「上の森なら獣人の能力を使うほどの強敵はいねーよな?」


 コウメイが留守の間に訓練を重ね、ヘルハウンドの動きにもついてゆけるようになったと胸を張るアキラと、食料調達ではない討伐が楽しめると張り切るシュウ。


「アキラが行けるんやったら、ワシが案内する必要ないん違う?」

「てめぇは契約を反故にするつもりか?」

「せやかてワシが探知する必要のうなったんやから無効やろ?」


 ぐうたらはどこまでもサボることしか考えない。コウメイはにっこりとした明るい笑顔でとどめを刺した。


「じゃローストビーフも当然無効だな」

「ええっ、それは堪忍や。ごっつ美味いソースなんやろ、ワシそれ食いたいねん……しゃあないわ、張り切ってノルマ終わらせたる」


 粒芥子のソースと甘酸っぱいチェゴソースで堪能する暴牛肉ローストと聞いて、ミシェルが悔しそうに唇を噛む。


「虹狩りを手伝わないと食べさせてもらえないのかしら?」

「一人分作るのも効率悪ぃし、全員に行き渡る量は作るぜ」

「ええ、それズルいわ。ワシの肉やで! 食うんやったら手伝わなアカンやろ」

「手伝ってもいいのだけれど、長老たちにバレたとき、あなた代わりに叱られてくれるの?」

「……ちょっとくらいやったら分けてやってもええで」


 アレックスの案内による三十五回目の虹持ち魔物の討伐が終わってから、じっくりと腰を据えて暴牛料理を囲む食事会を開くと決まった。


   +


「今晩だけ泊めてちょうだいね」


 あてにしていたアレックスの家は半壊しており、修繕が終わるまでは住めない。使えそうなのは金華亭の二階だが、日の暮れた今からでは掃除もままならない。一晩だけよろしくと微笑まれ寝室を明け渡したリンウッドは、コウメイたちの部屋の空いている二段ベッドにおさまった。


「ワシのベッドは?」

「てめぇの寝床は素材小屋に立派なのがあるだろ」

「ガラクタがごろごろしとるし」

「ガラクタなら捨てちまえ」

「あ、ちゃうちゃう、素材や素材。ベッドが素材で埋まっとんのや」

「廊下があるだろ」

「天井に大穴あいとるやん」


 素材を詰め込まれた各部屋には横になれるほどの床はなく、唯一荷物の積まれていないロビーと階段の天井には大穴が空いたままだ。

 ベッドに先に入ってしまえば権利を主張できるとでもいうつもりか、アレックスは寝室に駆け込み奥の下段に潜り込もうとした。


「俺のベッドに入るな」

「師匠が弟子と一緒に寝ぇてもええや、ぐふうっ」

「いいわけねぇだろ。シュウんとこ行け」


 後ろ襟をつかんで寝台から引きずり降ろしたコウメイは、咽せるアレックスを強引にシュウの寝る上段に押しあげた。


「えー、ぜってー嫌だぜ。コイツ寝相悪そうだし」

「ワシかて嫌やわ。狼がかさばって寝返り打てへんくらい狭いやん」


 ベッドはシングルサイズ。シュウ一人でも窮屈なそこにアレックスが横になれる隙間はない。押しつぶされて、あるいは蹴り出されて落ちるだけだ。


「じゃ、下の段でリンウッドさんと寝りゃいいだろ」

「ワシ、骸骨と同衾する趣味あれへん」

「……勘弁しろ」


 落下防止柵にぶら下がって逃げようとする細目をそのまま押し込もうとしたが、仏頂面のリンウッドがコウメイを睨んで抗議する。


「じゃあ俺のベッドに入れてやるよ」

「え、堪忍して。ワシ、絞め殺されたないし」


 コウメイが抱き枕を絞め殺すという話はシュウから聞かされていた。背骨を折られてはかなわない。


「しゃあないわ、ミシェルんとこ行こ」


 コウメイの手から逃れたアレックスはそそくさと寝室を出て行った。


「……行くのか」

「あの二人、そーなん?」

「知らねぇよ」

「おっさん、いーのかよ?」

「放っておけ。どうせ蹴り出される」


 毛布を引っ張り上げたリンウッドの言葉が終わらぬ間に、階段を挟んだ向こうで落雷の衝撃とともにカエルの潰れたような悲鳴が聞こえた。


「廊下で気絶してるぜ」


 扉から顔を出して様子をうかがったコウメイが、どうする? と室内を振り返った。


「寝てるんなら放っておけ」

「朝になったら目覚める」

「おやすみー」


 翌朝のミーティングでミシェルの仮住まいとなる金華亭の大掃除と、アレックスの素材小屋の早急な修繕が話し合われた。



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