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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
9章 奔放すぎる療養記

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茹でる、焼く、生。

ほのぼの


 コウメイが連れ去られてからの日々は、苦難の連続だった。


「芋だ」

「説明は不要ですよ」

「今日はどの味で食うかなー」


 ホカホカと湯気の立つ大盛りの茹で芋の皿を囲んで、三人はそれぞれ好みの調味料を手に取る。アキラは香草をブレンドしたコウメイ特製ハーブソルト、いつもは塩のリンウッドだが今朝は少し変わった味にしたくなり、ピリ辛ふりかけを選んだ。シュウは迷うことなくマヨネーズ一択だ。


「一人四個までだぞ」


 丸芋は一つがリンウッドの握り拳ほどもあった。茹で綻びた皮の裂け目から見えるクリーム色のほくほくとした芋は、見た目にも食欲をそそる。ただし食べ飽きていなければだ。


「足りねーよ」

「俺の芋を半分やる」

「じゃ代わりに俺の雑草やるぜ」

「雑草じゃない、薬草だ」

「薬草をサラダにするんじゃねー」


 シュウの皿から刻み薬草が丸ごとアキラの皿に移された。それを見たリンウッドは台所にとって返し、新しい皿にサラダを山盛りにしてシュウの前に置く。


「主治医の作った治療食だ、食え」

「おっさん、治療だって言えば逆らえねーと思ってるだろ?」

「早く元に戻りたいなら食え」


 肉球にスタンピードの後遺症が残るシュウには、早く治るためだとの理由で毎食の薬草サラダが義務化されていた。せめて味が欲しい。


「ドレッシングが切れてんだよなー」


 コウメイが島を離れる前に大量に作り置いたお手軽調味料は、貧相で味気ない食卓に欠かせなかった。茹で芋に薬草サラダにと頻繁に消費したせいで、すでに無くなった物も多い。味付けなしの生薬草サラダを完食するのは苦行だ。シュウは往生際悪くフォークを噛んで顔を背けた。


「ちくしょー。コーメイ早く戻ってこねーかなー」

「まったくだ」

「もう茹で芋は飽き飽きだ」


 何故お前が深々と頷いて同意するのだと、シュウはリンウッドに詰め寄った。


「飽きてるなら他の料理作りゃいいじゃねーか」

「俺は茹でることしかできん」


 肉も野菜も芋も魚も、リンウッドは茹でることしかできない。茹で過ぎた肉は脂も旨味も流れ出ているし、根菜はボロボロに煮崩れるか茹で足りずに半生、魚は鱗や内臓の下処理なしに丸ごと鍋に放り込む。リンウッドが茹でた食料でまともに食べられるのは芋しかない。


「なんでスープにしねーんだよ?」

「忘れたのか、あの味を……」


 物覚えが悪すぎると顔をしかめたアキラの言葉で、シュウはコウメイが島を発って数日後の食卓を思い出した。薬草サラダは嫌だ、茹で芋に飽きた、と文句を言ったシュウのために、リンウッドが具だくさんスープを作ったのだ。


「茹でるだけなのに、なんでああなったのか俺もわからん」


 複数の具材をじっくりコトコト煮込めば、旨味が溶け出してそれなりのスープになりそうなものだが、彼の場合はそうはならなかった。コウメイが残したスープ用合わせ調味料を使って味付けしたというのに、鼻をつまみ涙を浮かべながら流し込むしかない代物だったのだ。


「リンウッドさんは丸芋をほくほくに茹でてくれるだけで十分ですよ」


 食材を捨てられないアキラとシュウは必死になって完食した。あれからスープは一度も作っていない。


「シュウも文句を言うなら焼く以外の調理方法で料理をしろ」

「バーベキュー、サイコーじゃねーか。肉は焼いただけで美味いんだ、他の方法なんて必要ねーよ」

「芋は焼けてなかったぞ」

「野菜を消し炭にしたくせに」


 バーベキューは完成度が高かったが、失敗が無いわけではない。


「芋は茹でりゃいいだろ。それと薬草は野菜じゃねーって。アキラこそなんでも生で食わせようとすんなよな!」

「生食できるものしか食卓に上げていないぞ」

「確かに、食える物ばかりだった」

「あんたら、ぜってー味覚がおかしいって」


 そもそもドレッシングを使い切ってしまったのは、アキラが薬草まじりの野草サラダばかり作るからだ。


「俺の味覚は正常だ」

「俺も正常だな。決して美味しいと思って食べているわけじゃないし」

「それならもっと不味そーな顔しろよ。美味いから薬草モリモリ食ってるようにしか見えねーよ」

「必要だから食べているだけだ。美味しいと思っていたらドレッシング漬けにするわけないだろう」


 そういえばアキラもリンウッドも、薬草サラダには過剰なほど味をつけていた。コウメイの作り置きが早々になくなったのは、全員が競うようにして消費していたからだ。


「不味いの我慢して食うのってゴーモンだろ」


 Mか、ドMなのか? 魔術師というのはみんなこうなのか、とシュウが壮絶に顔を歪める。


「この薬草は完食しろよ。治療食だからな」

「コウメイがいれば気づかないうちに食べさせられるんだが……」


 鼻先にサラダを突きつけられたシュウは、ため息とともに吐き出されたアキラの呟きを聞いて、ぽかんと口を開け、首を捻った。


「もしかして、今まで食ってたサラダに薬草まじってた?」

「気づかなかったのか?」


 肉食に比重の傾きすぎているシュウや草食に偏りがちなアキラのために、コウメイは肉に薬草や野菜をひっそりと混ぜ込んでいたのだとはじめて知ったシュウだ。


「……コーメイ、早く戻ってこねーかなー」


 塩を振った茹で芋でマヨネーズをすくって口に入れたシュウは、食事のたびにこぼすようになった決まり言葉を今日も呟いたのだった。


   +


 朝食をゆで芋と薬草サラダで終えると、シュウは夕食の肉を狩りに西の森へ、リンウッドはギルドの店番に、アキラは野草と薬草採取に北の森へ向かった。


 空飛ぶ座布団のおかげで彼は薬草の群生地までは不自由なく往き来できるようになっていた。結界に近い北寄りの森は薬草の群生地があるが、魔虫の餌場でもあるため警戒は怠らない。

 アキラは監視がいないのをこれ幸いと、薬草を探す合間にこっそり戦闘訓練をしていた。訓練をはじめたころは座布団の操縦と攻撃の魔術を同時にあやつれず、ずいぶんと虫に囓られたものだ。だが近ごろは複数操作にも慣れ、魔虫のスピードに座布団で合わせられるようになり、反撃を外すことも少なくなった。そろそろパワーのある魔獣を標的に訓練したいが、コウメイが戻る前にシュウを説得できるだろうか。


「座布団に乗せてやると約束したら、折れるかな?」


 土産につられてアキラを見張る役目を引き受けたシュウは律儀で頑固だ。こっそり森の奥に入ろうとしても、冒険者らに協力を取り付けているらしく、見つかれば森の外へ連行されてしまう。


「角ウサギくらいなら、大丈夫だよな」


 薬草群生地にやってくる小魔獣なら、バレたとしても咎められることはないだろう。

 アキラは座布団をトラント草の群生地に向けた。角ウサギの群れは音もなく近づくアキラに気づかないまま薬草を食んでいる。剣を抜き、襲いかかったが、アキラの剣が届く前に角ウサギらが四方八方へと跳び逃げた。


「操縦と攻撃の両立はまだ難しいな」


 魔法で攻撃すれば角ウサギなど簡単に狩れるが、アキラの目的は物理攻撃と魔法操作の両立だ。剣に集中すると座布団の操縦がおろそかになり、剣を振り下ろすタイミングとズレてしまう。今も狙いが大きく外れた原因はそれだ。

 そろそろ昼が近いというころ、角ウサギを狩れないままアキラは採取と訓練を切り上げた。今日の昼食当番はアキラだ。ギルドで店番をしているリンウッドに食事を作らなくてはならない。

 アキラは数日前に目星をつけていた果樹に寄り道した。かなり高さのあるその果樹は、下から見てもそろそろ食べごろのようだ。


「座布団があると木登りしなくて済むから助かる」


 シュウがいれば自ら高所に登ってくれるのだが、アキラひとりの場合、これまでなら風刃で枝を切り落とすしかなかった。落下した果実の半分は受け止められず無惨な結果に終わっていたが、座布団で上空にあがれるようになると、熟れ具合まで確認して収穫できるから一石二鳥だ。

 アキラはローブを袋のようにして収穫した柑橘を収納すると、地上近くへ降りるのではなく森を越えてギルドに向かう。ちょうど結界を越えるあたりで森を出るシュウを見つけ、アキラはその隣へと急降下した。


「早い戻りだな」

「あおぉっ、と、なんで空から落ちてくるんだよ。あぶねーだろ」

「落ちたんじゃない、下りたんだ」


 受け止めようと慌てて両手を伸ばしたシュウは、肩にぶら下げていた青銅大蛇を地面に落とした。


「夕食は青銅大蛇か」


 魔獣の血抜きや下処理の下手なシュウは、そのままでも比較的美味しくいただける大蛇をよく狩る。アキラは土まみれになった大蛇の死骸を水で洗った。


「昼も食うぜ」

「シュウの当番は夕食だろ?」

「薬草サラダと果物だけじゃ物足りねーだろ」


 柑橘は空腹を紛らわせられるが、満足感は味わえない。

 リンウッドは客がいないのを良いことに研究資料のまとめに集中していた。二人が入ってきたことにも気づいていない。主治医をそのままに二人は狭い簡易台所に入った。

 アキラは柑橘のヘタを切り取り、皮をのこしたまま一口大に切って皿に盛る。薬草と野草は水で洗って手でちぎり、ボウルで適当に混ぜ合わせたそのままをテーブルに置く。

 魔道コンロに一番大きなフライパンを置いたシュウは、大蛇の尾を切り落とし、大胆に輪切りにして投げ入れる。


「油をひけ」

「あ、忘れてた」


 魔猪の背脂を大きなお玉でたっぷりすくい取って白い煙を上げるフライパンに落とし入れる。パチパチと派手な音を立て脂が跳ねた。


「そんなに入れるな。揚げ物じゃないんだから」

「アキラ、うるせー」

「貴重な油を無駄にするなと言ってるんだ」

「しかたねーだろ、フライパンが焦げるほうがもったいねーじゃん」


 料理した後の掃除は当番の役目だ。汚されたコンロ周りと調理器具の後始末を思い、アキラはドレッシングなしで薬草サラダを食べたときのシュウのような表情でため息をつく。

 台所の騒ぎに気づいたリンウッドが、「飯はまだか」と顔をのぞかせた。


「急かすなって。こんがり焼かねーと、この前みてーに腹が大変なことになるぜ?」


 暴牛のステーキはレアが最高に美味いと信じるシュウが、大蛇肉も美味しく頂こうと張り切ったのは、コウメイが島を離れてすぐのころだった。最大火力で表面だけこんがりと焼いた大蛇肉のレアステーキは、確かに美味しくはあったのだが。


「……完璧に焼いてくれ」


 食中毒の苦しみを思い出したリンウッドは、サラダボウルから特定の薬草をつまみ食いする。


「黒焦げにならない程度に焼いてくれよ。炭は食べられないんだからな」

「わかってるって」


 たいていの食材は火を通せば食べられるものだ。だがシュウはその性格もあってか、火力調節に不自由だ。火は強ければ強いほど早く食材に火が通ると信じており、それを確実に実行する。結果、彼の焼く肉の表面は消し炭、中心部がほんのりミディアム・レアという仕上がりになる。


「焼けたぞー」

「「……いただき、ます」」

「おー、食え食え」


 青銅大蛇のぶつ切りステーキは、予想通り黒焦げだ。三人は慣れた手つきで消し炭の表層を砕きのけて食べている。


「味がない」

「塩あるぜ」

「果汁の酸味で、なんとか……」


 ぶつ切りにして焼いただけなので、当然下味などついていない。除けきれない消し炭のおかげで食材本来の味など分かりはしない。


「ドレッシングねーのは、やっぱキツイって」


 サラダにも塩をかけようとしたシュウだが、塩分のとりすぎだとアキラに注意され、リンウッドにも運動量が少ないのだから控えろと塩壺を取り上げられた。仕方なく果汁で薬味を誤魔化そうとして、ふと気づいた。


「あ、このサラダ、このミカンみてーなのと混ぜてジュースにしたら食べやすくならねーか?」


 閃いたとばかりに、シュウはサラダをアキラに押しつける。


「得意の風魔法でさ、パーッとやってくれよ」

「粉砕するだけなら簡単だが、薬草の癖を殺すには、相当な量の果汁が必要だぞ?」

「食うより流し込むほうが早く終るだろ。試したっていいじゃねーか」


 そうまで言うのならと、アキラは風刃でサラダと果実を粉砕し、できあがったドロリとした液状の物体を彼のコップに注いだ。


「残すなよ」

「色はひでーけど、匂いはいけそーだぜ」


 濃い緑の液体は視界の暴力だが、嗅ぎ取った匂いは薬草の青臭さではなく、柑橘系の爽やかさが強い。ほのかに甘さもまじる香りに、シュウはコレならいけると期待に目を輝かせた。しっかりとコップを持ち、左手を腰にあて、薬草ジュースを一気に流し込む。


「……ぶへっ!!」


 噎せたシュウの口から薬草の繊維が飛び散った。


「汚い」

「もったいない」


 アキラは風膜で、リンウッドは業務日誌でとっさに飛沫を避けた。


「うげっ、ゲホッ、ゲ……っ、マっズーイ!」


 ほのかな甘い香りも、柑橘の爽やかさの欠片も無かった。ただただ苦くて青臭くて舌がピリピリするどろりとした液体を飲む苦行に、シュウは涙目で嘔吐いている。


「……薬草、強すぎっ。水くれよ、水」


 口や喉を洗い流したいと伸ばされた手に、アキラがカップを渡す。


「もう一杯だ、ぐっといけ」

「なんでー?!」

「吐き出しただろう、その補填だ、全部飲むんだぞ」

「治療食は規定量を食わないと効かんからな」

「……」


 二人に逆らいきれなかったシュウは、涙を流しながら二杯目のフレッシュ薬草ジュースを飲み干した。


「夕食もジュースにするか?」

「……サラダでオネガイシマス」


 不味さが同じなら食べ慣れたほうがずっと楽だと気づいたシュウだった。


   +


 本日の夕食担当はシュウだ。昼間狩った青銅大蛇肉を焼くのだが、今度はぶつ切りではなく骨を避けて肉を少し薄めにカットし、串に刺して焚き火で焼いた。


「くうー、美味いぜ、サイコーの出来だ!」

「焦げていない肉は美味いな」

「皮も剥いでほしかった……」


 昼間の消し炭ステーキよりは食べやすく美味しいと評価は悪くはない。シュウは治療食である薬草サラダの味を大蛇肉で消してから、すでに食べ終わっていたアキラとリンウッドの前にクジの筒を突き出した。


「明日の当番、決めよーぜ」


 彼らは毎晩のミーティング時に、クジで翌日の料理当番を決めている。

 細長い木筒に入った箸のような棒が三本。最初にアキラが選び、リンウッドが続いて、残った棒をシュウが摘まむ。


「せーの」


 彼のかけ声で引き抜き、クジの先に書かれた番号を確かめた。


「俺が朝飯かー」

「朝から消し炭は勘弁してくれ」

「うるせーよ。寝起きで薬草サラダのほうがキツイだろ」

「大変だ、丸芋が足りなくなりそうだ」


 空腹では眠れないシュウのために、夕食当番の際はいつも多めに芋を茹でるリンウッドだ。だが食料庫の丸芋は軽い朝食の量ほどしか残っていない。


「注文した食材が届くのは明後日だぞ。それまでどうする?」

「丸芋を茹でる以外の料理作ればいーんじゃねーの?」

「そうか、そうだな、なら赤芋を茹でるとするか」


 あれなら丸芋の三倍の在庫があるから、注文品が届くまで食いつなげるだろう。


「……茹で赤芋、か」

「肉があるだろ、肉が! 茹でただけのニンジンとか、勘弁してくれって!」


 マヨネーズが残っていれば我慢もできるが、今日の朝食で最後の一瓶が空になってしまっている。シュウは絶望だと天を仰ぎ、偶然流れ落ちた星に強く強く強く願った。


「コーメイ、早く帰ってこーい!!」





リンウッドのスープ

敗因は食材の下処理を何もしていなかったこと。野菜の皮はむかない。シュウが釣った魚も丸ごと鍋にin。灰汁もとらない。そして調味料でなんとかしようとドバドバ入れる。食材と調味料が死闘を繰り広げた結果、どこか遠くに旨味が隠れているように感じるのに、舌触りも喉ごしも香りも味も狂気のようなスープができあがった。


シュウの大蛇ステーキ

敗因はせっかちな性格。弱火や中火や強火の意味を理解しておらず、強火は早く焼きあがる、というレベルの認識で表面消し炭、内側は生なステーキを量産。薄切りにして串に刺したのを炙る食べ方だと失敗しない。


アキラの薬草フレッシュジュース

粉砕したほうがより渋味や苦味が増すので、食事療法における薬草生食はサラダが一番食べやすい。シュウのリクエストに応じたが、不味いとわかっていても味のために薬草を減らすことはない。これはジュースではなく食事療法。

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