ミシェルの葬儀・後
従甥が傀儡にされたのだ、のんびりとアレックスの知らせを待ってはいられない。一族からこれ以上の犠牲者を出す前に片をつけてしまおうとミシェルは決断した。
「昼飯を運んできた俺が異変に気づいて、医者を呼べばいいんだな? けど、治療魔術師が見たらこれが泥人形だってバレるんじゃねぇの?」
「触ったくらいでは分からないわよ。魔力を通せば死体ではないと気づくでしょうけれど、彼らは触らないでしょうね」
これまで方々から派遣されたと主張して押しかけてきた医者連中は、寝台のミシェルを見るなり怯え、近くまで寄ってまともに診察をした者など一人もいなかった。生きたまま身体を腐らせる毒を恐れる医者らは、彼女が死体になったとしても触れて確かめはしないだろう。
「コウメイが死んだと断言すれば、それを受け入れるでしょうね」
「いい加減だなぁ。で、死亡の診断をさせてから、魔法使いギルドに知らせればいいんだな?」
「ええ、葬儀は彼らが仕切りたがるだろうから任せればいいわ。そのかわり、監視だけは怠らないでね」
ミシェルの後始末を手伝うようになってはじめて知ったのだが、魔術師の葬儀は教会では行われず、また墓も作られない。ギルドの塔に運び込まれた亡骸は、ギルドの掟によって荼毘に付されるのだという。
「親族が立ち会えるのは弔問まで、そこから先はギルドの魔術師だけで密かに弔うの。強く拒否されると思うけれど、コウメイは最後まで立ち合って、彼らがわたくしの死に疑いを持っていないか見届けてちょうだい」
「身内も排除するような儀式に、執事が立ち合えるのかよ」
「そこはうまく言いくるめてちょうだい」
「……せめて遺言にでも書いておいてくれねぇか?」
泥人形と入れ替わったミシェルは、死後の雑務をコウメイに指示した後、白級魔術師ニコラの幻影を被って寝室から消えた。
+++
ミシェルの死亡が伝わると、すぐに魔法使いギルドから魔術師らが押し寄せた。彼女の亡骸を迎えに来たはずの彼らは、遺体そっちのけで執務室や書庫の物色に走ろうとする。コウメイは彼らを蹴散らし、葬儀の責任を果たせと尻を叩きつけた。
「葬儀は魔法使いギルドが責任を持つと聞いているが、この様子じゃちゃんと弔われるかどうかも怪しい。主人の最後をあんたらには任せておけねぇ、最後まで立ち合わせてもらうぜ」
コウメイに葬儀だけでなく埋葬の現場にまで立ち合うと主張され、魔術師らは慌てた。最後の弔いはギルドの秘部にかかわるため、見届けは上級の魔術師と各国のギルド長のみにしか許されていない。そう繰り返してコウメイを突っぱねていた彼らだが、最後には許可するしかなかった。
亡骸を迎えにきた魔術師らは、寝台からミシェルの死体を運び出せなかったからだ。
多くの医者らと同様に、彼らは腫れ爛れた彼女に触れたがらなかった。毒を恐れず触れられるコウメイがいなければ葬儀もままならないと気づいた彼らは、特別に魔法使いギルドの深層までの立ち入りを許すしかなかった。
現在の大陸で唯一の紫級魔術師であり、前魔法使いギルド長の葬儀ともなると、質素にと本人の遺言があったとしても大規模なものになるのは仕方ないだろう。
「アレ・テタルの魔術師が参列するのは当然だし、各職のギルド長もわかる。各地の魔法使いギルド長らもまあ付き合いがあるだろうし駆けつけたのは不思議じゃねぇ。意外に知名度があったせいで街の住人らが集まるのも理解できる。けど役人とか貴族は多すぎやしねぇか?」
ギルドの大講堂から机や椅子を取り払い設置された祭壇、そこに向かう参拝者の列はそうそうたる面子ばかりだ。中でも異質なのはカーティス・フォル・ルイス・クレムシュタルの存在だ。
「ど、どうして王弟殿下が……っ」
親族代表として棺の脇に控えていたエグバドの顔が蒼白になり、腰を抜かさんばかりに驚いていた。彼の脚はみっともなく震えている。
一貴族、それも下から数えたほうが早い男爵家当主の葬儀に届けられるのは、役人の書いた定型文に国の印章が押された弔文がせいぜいだ。元魔法使いギルド長という肩書きが加わったとしても、直筆の署名に変わるくらいだろう。よほど親しい間柄であった場合や、政治的に蔑ろにできない相手だったとしても、臣下の葬儀には公爵が名代として訪れるのがせいぜいだ。それが王弟殿下みずから弔問に訪れたのだ、これは異様な事態だと参列の人々がざわめいている。
「……なにしにきやがったんだ?」
「そら、コウメイのせいやろなぁ」
死者の従者として立つコウメイが漏らした呟きに答えたのは、ミシェルの死が王都に伝わってすぐに戻ってきたアレックスだ。彼は弔問客らに献花を渡す係をしながら、コウメイに説明する。
「何で俺のせいなんだよ」
「魔術師の葬儀は特殊やて聞いとるやろ。やのに魔術師やないコウメイが最後まで見届けるんを許された」
たとえ竜血の毒を恐れたからとはいえ例外が出来てしまった、それを根拠にクレムシュタル王家はミシェルの消滅を見届ける場への立ち会いを強行したのだ。
「ミシェルさんは王族にとってそんなにも脅威だったのか?」
「あちらが勝手に脅えて、勝手に危険視していただけよ」
アレックスの隣に立つ彼女はニコラの幻影を被り、神妙な顔で弔問客の誘導係を務めている。自分の葬式の見物かと呆れたコウメイに、滅多にできない経験は楽しまなければもったいないと言い切ったミシェルだ。
「向こうが勝手に怯えて、いらんちょっかいかけただけやで。なんもせえへんかったら困ることもあれへんのに。いつの時代も王族ちゅうんはアホしかおらんのやなぁ」
アレックスは花束で顔を隠した陰で、貴賓参列者席で棺を睨むようにしている王弟を嘲笑った。
粛々と葬儀はすすみ、弔問客の最後の一人が大講堂を出る。同時にエグバドも下級魔術師らとともに大講堂を出された。この場に残ったのは各魔法使いギルドの長らと、アレ・テタルの上級魔術師、そしてコウメイと王弟カーティスだけだ。
アレ・テタルのギルド長職を引き継いだ薬魔術師のレイフが先頭に立ち、静かに塔の中心へと向かう。棺を運ぶのはコウメイとアレックス、老齢のクリストフを除いた各ギルド長らだ。その後ろを灯りを持ったニコラと、まるで見張るような王弟と高位の魔術師らが付き従う。
レイフは講堂の壁に隠された扉を開いた。地下へと続く暗くなだらかな階段を、ゆっくりと降りてゆく。彼の歩みに合せるように小さな灯りが順に点き足元を照らした。
「……嫌な感じだ」
闇と静寂に響く靴音で、かつての記憶をよみがえらせたコウメイは、渋面で闇を睨みつける。
地下へと続く階段をどのくらい降りただろうか。突き当たった壁の前で、レイフが魔力を込めた杖を壁に押しあてた。
囁くような古代魔術言語の呪文が嫌に耳に響いた。
詠唱が終わるとすぐに重く硬い音とともに石壁が動きだし、封じられていた地下室があらわれる。
まるで息を吹き返すかのように、その床がほのかに光を発していた。
「よりにもよって、ここかよ」
壮絶に顔をしかめるコウメイの呟きは、誰にも聞き取れないほど小さなものだった。
闇に包まれた地下室において、床に浮かび上がった魔術陣が唯一の灯りだ。
棺桶が魔術陣の手前で床におろされる。
棺を囲むようにして立つのは、レイフと三人の見届け役、そしてコウメイとアレックスと、カーティス王弟殿下だ。
「蓋を開けよ」
カーティスの命でコウメイが重い蓋を持ちあげる。
棺に横たわるミシェルは薄紫のローブをまとい、胸の前で組み合わされた手にギルド証を握っていた。
「その魔術師証をこちらへ」
硬直した手からギルド証を抜き取ったコウメイは、レイフが差し出した盆にそれを載せた。彼らは魔術師証に直接触れようとせず、口と鼻を布で覆い、金属の棒でひっくり返して慎重にその記述を確かめた。
「ミシェル・サットンに間違いないな」
「紋章の輝きは彼女だけの紫です、間違いありません」
ギルド証を死体に触れさせておくことによって、記録されているミシェルの魔力と、死体に残っている魔力を照合するのだという。もしも他人であれば紋章が本来の色とは異なって現れるのだそうだ。
「では死の証明を」
王族はミシェルの死を疑っている。
これ以上の死の証明とやらはどういうものなのか。興味深げに眺めていたコウメイは、レイフに「亡骸を魔術陣の中央へ運べ」と命じられた。
魔術陣を踏む際に、コウメイは無意識に息を止めていた。だが予想していた足を貫く痛みは感じない。
アレックスとともに泥人形を棺桶から出し、脈動するかのように光を放つ魔術陣の中央に、ミシェルの姿をした泥人形を横たえる。
「まさかここで火葬するのか?」
地下の密室だ。亡骸だけでなく自分たちも焼け死ぬ気かと焦るコウメイに、アレックスは不敵に笑う。
「心配あれへんわ。焼くんは浄化の炎やから」
二人が魔術陣の外に出たのを確かめてから、レイフが杖を掲げる。
青白い炎が杖に灯った。
同じようにして、立ち合う魔術師ら全員が杖に魔力の火を灯す。
『魔力に魅了され世界を満たすために集いし者は、いま魔力とともに大地に還る』
レイフの詠唱が終わると、彼らの炎が魔術陣を覆う。
炎が消えるまでそれほど時間はかからなかった。青白い炎に舐められた亡骸は、一握りの灰すら残さずに燃え失われた。
地下室が再び暗闇に戻り、魔術陣の発する光も消える。
小さな灯りを手にしたレイフが、彼女の魔術師証を確かめ、宣言する。
「……ミシェル殿は大地の魔力に還りました」
そう言って彼は王弟殿下に紋章を見せる。
ミシェル・サットンの魔術師証から、紫の色は失われていた。
+++
魔法使いギルドに登録された魔術師の本人確認も、死も、ギルド証に印された紋章の色で判別する。死体がミシェル本人に間違いなく、そして色が失われたことで死が証明された。自らの眼でそれを確かめたカーティス・フォル・ルイス・クレムシュタルは、満足してアレ・テタルを去った。
「大伯母様は王族と懇意にされるほど偉大な魔術師だったのですね……」
王弟の参列に驚かされたエグバドは、あわよくばとの期待を抱いていた。だが親族への弔いの言葉もないばかりか、一瞥すらしてもらえなかったことで、身の程知らずの夢を見たと恥ずかしそうに呟いた。
葬儀の後、相続した邸宅での贅沢な生活を二、三ヶ月ほど楽しむつもりだったらしいサットン男爵親子は、昼夜を問わずに発動する防衛魔術と、庭に倒れる血だらけの侵入者の五人目を発見した時点で領地への帰還を決めた。
「これが委任状だ。館の売却は任せる」
こんな物騒な都会に長居は無用だと、面倒な後始末をコウメイに押しつけたエグバドは、一日の大半をせん妄状態で過ごすようになった父親を連れてアレ・テタルを去った。
葬儀後、使用人らは雇用契約が終了した書面と、ミシェルからの退職金を受け取って館を去っている。ハンナとレートの夫婦は退職金を元手に、故郷で小さな商売をはじめるそうだ。ハウスメイドのチハルは次の仕事を求めて就活中と聞いている。
館に残っているのは雑務にあたるコウメイ一人である。表向きは。
「一番高値で買う奴に売れってさ」
「それが最良でしょうね」
エグバドを見送ったコウメイは執務室に戻り、彼から預かった委任状をテーブルに置く。文面を確かめたミシェルは満足げに頷いた。
「けど税金がっぽり取られるんは腹立つなぁ」
葬儀の直後からはアレックスも館に住み着いていた。彼は隠れての生活が苦痛ではないらしく、密かにエグバドらの客間に悪戯をしかけては楽しんでいたようだ。サットン親子が早々に逃げ出したのは、襲撃者だけが原因ではなく、目に見えない不気味な存在に怯えたからだろう。
「てめぇが払うわけじゃねぇだろ」
「せやけど四割も持ってかれるて聞いたら腹立たへん?」
ウェルシュタント国は財産の相続に税金はかからないが、不動産の売却には課税される。徴収されるのは売却益の四割だ。
「最終的に四割を回収できるんだから、競売は国が有利だな」
「魔法使いギルドにアレ・テタルの領主、王都の貴族に国。他国の商人の後ろにおるんはどっかの国やろ?」
「こんな物騒なだけの館なんて、購入しても損をするだけなのにねぇ」
人は守りが厳重だからこそ、そこにお宝が隠されていると思い込むものだ。
「ミシェルさんは何処に売りたいんだ?」
「そうねぇ、ギルドに損はさせられないし、ここの領主にはお世話になったから無駄金を払わせるのは心が痛むわ」
「せやったら売りつける先は国か王家か他国やな」
魔法使いギルドや王宮よりも厳重に防衛魔術を展開し、さも重要な魔術や遺産を保管しているように見せかけているが、この館には購入を希望する者らが欲するような秘密は存在しない。
「こんなに上手くひっかかるなんて、なりふり構っていられないのでしょうねぇ」
意趣返しの下準備は完璧だ。ミシェルの財産を相続した田舎男爵が、その価値も知らずに館を丸ごと売りに出したと思わせたのだが、まんまと餌に食いついたのが購入に名のりをあげた七組織だ。
「王家から購入の申込みはきてねぇはずだぜ?」
「ゼートラス伯爵が名乗りを上げているでしょう。彼はウォレス陛下の従弟にあたるの、間違いなく後ろに王家がいるわ」
「何で代理なんて面倒なことしてんだ? 財産を寄こせって命令すりゃ簡単だよな? 王命っての出さねぇのかよ」
「いくら国家君主でも筋の通らない命令は後々を考えると簡単に出せないものよ」
ミシェルに爵位を剥奪せねばならないほどの瑕疵があれば、罰金として財産も没収できる。だが兄テレンスの瑕疵は妹ミシェルの功績で償っただけでなく、それ以上の働きでギルドにも国にも貢献してきた。そんな彼女の相続人から正当な理由もなく財産を取りあげれば、国王専横の前例ができてしまう。それは多くの貴族の怒りを買い王家への忠誠が揺らぐきっかけになりかねない。
「かといって私的に欲していると思われるのも都合が悪いから、代理を立てるしかないの」
「王様ってのは思ってたより好き勝手できねぇんだな」
「できるところもあるけれど、この国の王家は無理でしょうね」
「ほな競うてもらうんは、オルステインの商人とウェルシュタントの王様と、あとはどこにする?」
「ヘル・ヘルタントにしましょう。防衛魔術に引っかかった刺客はあの国の者が一番多かったから」
「隣の国から熱心だな。そいつらこの館に何があると思ってんだ?」
「そら決まっとるやろ。ミシェルが使うとった転移魔術や」
彼女がギルドの執務室と私邸を転移魔術で往き来していたのは有名だ。各国は魔法使いギルド以外への転移魔術を欲しており、唯一確認できているミシェルの転移術を手に入れたがっていた。
「アレ、昔ワシがテレンスに教えたヤツやねん」
都市内に限定した転移魔術を、テレンスは妹や弟子らに教えた。だが彼の死とともに魔術は回収されてしまい、今ではミシェルの他に使う者はいない。彼女がテレンスから継承した魔術だと信じている者らは、他者に奪われる前に手に入れようと躍起になっているのだ。
「ヘル・ヘルタントは転移魔術陣でしょうけれど、ウェルシュタントとオルステインの王家は解毒薬が狙いでしょうね」
両王家とも竜血の毒に関係しているからこそ、何としても手に入れたがっているはずだ。ミシェルは両王家で競ってもらえば儲かりそうだと意地悪く微笑む。
「ウェルシュタント王家はぜったいに引かへんで。解毒薬が必要になったしな」
ミシェルの計画した報復は、首謀者に自分やジェイムズが味わったのと同じ苦痛と恐怖を味わわせることだ。ただし殺さない。王族の死は政治での混乱を招き、庶民にも影響を与える。それは彼女の本意ではない。
彼女がアレックスに託したのは竜血の毒ではなく、肌の変色と変質に激痛を伴う、特別に調合した毒だ。それを知らない王族の誰かは、半狂乱になってミシェルを三年以上も延命させた薬を求めているのだろう。
怯え発狂する姿を眺めたい、そんな陰湿で質の悪い復讐はもうすぐ達成される。
「王弟が葬式にやってきたのは、身内の行く末を確認して覚悟するためだったのかもな。そういや誰に毒を盛ったんだ?」
「第一王子や」
「……王子って、まだ成人前の子どもじゃねぇか。そいつに毒を盛ったのかよ!?」
コウメイは嫌悪感に顔を歪めた。現ウェルシュタント国王の王子は三人だが、その全員がまだ成人していない。報復するにしてもその矛先を子どもに向けるのは気に入らなかった。
「人聞き悪いこといわんといて。好奇心旺盛な王子が、食うないわれとる物をうっかり口にしただけや。悪いんは止めんかった警備や召使いやし、身分を自覚しとらんアホ王子やで」
「……成人前の子どもに、あの激痛は酷だわ」
計画し実行を命じたミシェルだが、まさか父親の罪を子どもに償わせることになるとは想像していなかったようだ。身体を襲う痛みと、醜く変わりゆく姿に幼い精神が耐えられるだろうか、と彼女は眉をきゅっと寄せる。
「胸くそ悪ぃぜ。うっかり飲むような状況をわざと作ったんだろ」
「罠に引っかかるんが悪いんやで。王子やったら迂闊に飲み食いしたらアカンくらいわかっとらんとなぁ」
ウェルシュタント王家は王子の治療のために何としても邸宅を諦めないだろう。
「解毒薬なんて隠してねぇのにな」
王子は王家の一員だが、ミシェルに毒を盛った主犯ではない。その成人前の子どもを巻き込むのは彼女の意思なのかと横目でうかがえば、ミシェルの眉間も怒りに震えていた。
「……アレックス、わたくしは相手を選べと念を押していたわよね?」
「せやから政治的に影響少のうて、国王に一番痛手を与えられる人物を選んだんやで。あれは毒ちゃうんやし、ちょっと痛いのと肌に色がついただけで死なへんのや、問題あれへんやろ?」
報復対象は王族だ、子どもであるというだけで王子が除外されるのは理屈に合わないとアレックスは平然としている。目論見通り、立太子目前の第一王子が毒されたのは、自分の失策の結果だと国王は打ちひしがれていたそうだ。
「……アレックスの性格の悪さを考慮していなかった私のミスだわ」
目的は達成したが後味が悪すぎると、ミシェルはうな垂れて深い後悔の息を吐いた。そして錬金薬をその場で調合し、アレックスに持たせて館を追い出した。
「なんやの、復讐やめるん? らしないやん」
「あなたが毒を盛ったのが、王弟や王妃や先代だったら放置していたわよ」
死なない毒で苦しんで当然のことをしたのだからと嘲笑うつもりだったが、たとえ王族であっても成人前の子供はだめだ。
「計画したのはわたくしだけれど、後味悪いわね。同じ手段を返すのではなく、直接乗り込んで殴り倒したほうがスッキリできた気がするわ……今さらだけれど」
「同感だ。いくら身動きが取れねぇからって、報復は他人まかせにするんじゃなく、自分でやるべきだ。教訓だな」
アレックスを蹴り出した彼女は、ソファに身体を預けぐったりとしていた。閉じた目と唇は深い後悔に打ちひしがれている。
細目がいない機会にたずねておこうと、コウメイは新しく煎れ直した香り茶を差し出しながら問うた。
「ミシェルさんさ、あの地下に入ってすぐにどこか行ってただろ?」
王弟らの足元を照らす係をしていたニコラは、全員が地下に踏み込んだ直後から姿を消していた。
「……他に気づいた人はいたかしら?」
「いいや、みんな燃える泥人形に目を取られてたからな、気づいてねぇだろ」
それならいいわ、と安堵の息を吐いた彼女は香り茶に口を付ける。
「何やってたんだよ?」
まだ悪巧みが続いているのかと呆れ顔で問うコウメイに、彼女は「秘密」とささやいて艶然と微笑んだ。
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コウメイはアレ・テタルの商業ギルドに邸宅の売却幹事を任せた。サットン男爵からの要望は最も高値をつけた者への売却、その一点だけだ。ミシェルらの予想通り、最後まで競ったのは王家の代理であるゼートラス伯爵と、オルステインの豪商だった。
「供託の制度が勝敗を分けたか」
高額不動産の競売においては、予定最高額の全額から八割を供託金として預け入れるという決まりが商業ギルドにはあった。その額を超えての落札も可能だが、落札後は翌営業日内に残金を支払わなくてはならず、それがオルステイン側に不利に働いた。
アレ・テタルのサットン邸を落札したゼートラス伯爵は、即日館に入り、コウメイに退去を命じた。当然ながら、館から紙切れ一枚、私物ですら持ち出しを禁止された。着の身着のまま館を出たコウメイは、見張りと思われる尾行を連れたまま、のんびりとした足取りで街門にやってきた。
「あら、コウメイさんもこの馬車に乗るの?」
「チハルさんも街を出て行くのか?」
乗合馬車の停留所で彼に声をかけた元ハウスメイドは旅姿だ。チハルは確かアレ・テタルで次の仕事を見つけると言っていたが、良い職は見つからなかったのだろうか。これからどうするのだとたずねるコウメイに、彼女は笑みを返した。
「仕事は決まったのよ。来月から冒険者ギルドで働くの。それまでは少しのんびりしようと思って」
東にある湖畔の村へ休暇を過ごしにゆくのだそうだ。
「冒険者ギルド? お屋敷仕事じゃなくていいのかよ?」
「ご主人様に拾われたからメイドをしていただけで、私はハウスメイドを極めたかったわけじゃないから。結構な財産を頂いたことだし、これからは好きなことをしようと思って」
まさかその年齢で冒険者になるつもりかと眉をひそめたコウメイを、彼女は「失礼ね」と軽く睨んだ。
「冒険者の管理の手伝いよ。半年は見習いで、適性があれば本採用だそうよ。コウメイさんの残した失態の記録を読むのが楽しみだわ」
悪戯っぽく微笑んでいた口が、同郷の冒険者に同じ問いを返す。
「コウメイさんはこれからどうするの?」
「仲間のところに戻るに決まってるだろ」
「そう、仲間。私が生きている間にもう一度会えるかしら?」
「……どうだろうな」
ミシェルが拠点を移したのなら、もうアレ・テタルに立ち寄る機会もなくなるだろう。ただこの街には旧知の者も多い、旅の途中で足を向けることもあるかもしれないが断言はしなかった。
コウメイの返事を聞いて、彼女は帽子のつばを下げた。影が彼女の表情を隠す。
「じゃあね」
御者がベルを鳴らし、乗車を急かす。
彼女は別れを告げ馬車に乗り込んだ。窓から顔を出した彼女は、明るい笑顔で手を振っている。コウメイはそれに手を振り返し街門を出た。
尾行の気配は街門をくぐった途端に失せている。東門を出てしばらく歩いた街道脇の木の下で、コウメイをこき使った二人が待っていた。ニヤニヤとからかう彼らの表情は腹が立つほどによく似ている。
「あのおねぇさん、コウメイ見送りとうて待っとったんやない? 」
「こういうのを『モテモテ』っていうんですってね?」
「罪作りな男やなぁ」
「ふざけたこと言ってねぇで、さっさと俺をナナクシャール島に送れよ」
権謀術数などという慣れない仕事を手伝わされて、肉体疲労とは異なる消耗でくたくたなのだ。はやくのんびりとした日常に戻りたい。
「せっかちやなぁ。土産買わんでええんか?」
「コレ豆茶ならわたくしが買ってあるわよ」
「……ミシェルさんも島に行くのか?」
「アレ・テタルを引き払ったのだもの、羽を伸ばせるのは島くらいしかないでしょう?」
「ワシも久しぶりにのんびりしたいわぁ」
「てめぇは虹魔石狩りだろ!」
島は賑やかになりそうだ。




