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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
9章 奔放すぎる療養記

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ミシェルの葬儀・前



 冒険者らの注文品もあったせいで調達に時間がかかったのだろう。ダッタザートから食材が転送されてきたのは、予定を二日遅れた昼下がりだった。彼らが注文した荷は三箱だ。コウメイが転移室から運び出した荷を、アキラが注文リストと照らし合わせる。


「ハギ粉三袋、カドバ粉が一袋、丸芋が二袋、赤芋に白芋に黒芋は各一袋」

「一箱目、全部揃ってるぜ」

「玉菜が四玉、レト菜が二玉、紫ギネ三袋、ボウネ五本、花豆とガルバ豆がそれぞれ一袋」

「二箱目も問題ねぇ。シュウ、頼む」


 ずしりと重い荷箱を軽々と抱えたシュウが、彼らの住まいへと運んで行く。


「最後の一箱は保冷の魔道具だ。ピナが一袋、レシャとレギルが二十個ずつ、エリンが五個。卵が二十個、牛の乳が三瓶、バターが一カレ(kg)、あとは各種調味料だな」

「アキ、注文リストはそれで終わりか?」


 読み上げられる品名を確かめていたコウメイが、泣き笑いの崩れたような表情で振り返った。


「リストにねぇ品が入ってる」

「生ものでなければ返品できると思うが」

「そうじゃねぇよ。これ」


 保冷荷箱の底からコウメイが取り出したのは、小さな袋と、化粧木箱だ。


「……サツキの菓子箱」

「干しバモンもあるぜ。まるで俺たちが島にいるのを知っているみてぇだ」


 ダッタザートの魔法使いギルド長は、当然マナルカト国でのスタンピードの顛末を知っている。


「ジョイスさんは守秘義務を破るような人じゃないのに」

「あー、アレかも。カドバ粉と、ブブスル海草とチェリ海藻」

「ダメ元で注文したやつか……届くのが遅れたのは、揃えるのに時間がかかったからかもしれないな」


 メジャーではない食材の注文に困ったジョイスが、コズエやサツキに購入先をたずねたのかもしれない。彼は魔法使いギルドの守秘義務を守りつつ、妻やその友人夫婦らに情報を提供し、こうした差し入れが用意されたのだろう。


「最後に会ったのはユウキが生まれたときだったよな」

「ああ、もう八年にもなるのか……」


 こちらは波瀾万丈だが、妹たちは平穏で落ちついた暮らしをしているようで安心した。


「サツキちゃんに会いてぇか?」

「当たり前だ。だがこの足ではな。きっと泣かれる……」


 叱られるのは平気だが、泣かれるのは堪らない。右脚を失ったといつかは知られてしまうだろうけれど、それは義足を得た後にしたかった。


「大切に食おうぜ」

「ああ」


 自分たちへの荷を検め終わった二人は、他の注文品を検め、夕刻に取りに来る冒険者らに備えた。


   +


 カドバ粉で蕎麦を打ち、リンウッドを年越し蕎麦の風習に巻き込んで十二月を終えた。一月に入り、宙に浮く座布団に乗った魔術師の姿に驚かれることも少なくなったころ、ふらりとアレックスが島に戻ってきた。


「なんでワシの家壊れとんの?」

「俺じゃねーよ」

「知らねぇな」

「防護魔術を重ねがけしていますので素材盗難の心配はありませんよ」


 文句を言い連ねる彼は、ちゃっかり食卓机に着いていた。シュウが引っ張っても、コウメイが蹴っても、アキラが座布団に乗せて放り出そうとしても、食い意地の張った細目はリンウッドの席を占領して動かない。


「ミシェルのやつ、エルフ使い荒うてかなわんねん。おやつの菓子も食わせてもらえへんねんで、酷い思わん?」


 どさくさで魔猪肉の肉団子スープと野草の煮浸しの夕食をせしめ、食後のレギルと甘芋のパイをシュウと奪い合って食べるアレックスの愚痴は、当然のように聞き流された。


「どうせサボってたんだろ」

「働かざる者食うべからず」

「ペナルティは仕方ねーよな」

「……酒を粗末にするバカに食わせる芋はない」


 大げさな身振り手振りによって酒のカップを倒されたリンウッドは、呪いのこもった言葉とともにアレックスを蹴った。


「痛っ。ワシ真面目に仕事しとるのに、酷いっ」

「真面目に働いてるなら何でここにいるんだよ」

「ミシェルさんを残してきて大丈夫なのか?」


 アキラは顎にパイのカスをつけたアレックスを睨む。アレ・テタルを引き払う準備はそろそろ佳境のはずだ。毒殺首謀者への報復は終わっていないし、ギルド長の引き継ぎや財産の処分もある。重病人のふりをしつつ密かに働いているミシェルを放置し、島に食事をたかりに来るようなサボリは見過ごせない。


「サボりやのうて、手ぇ借りとうてきたんやで」


 とろりとした甘芋のペーストと煮崩れたレギル果実の焼きたてパイの最後の一切れを頬張った細目は、ペロリと唇を舐めてコウメイを指名する。


「ちょっと手伝うてくれへん?」

「俺が?」

「ジブン、向こうではミシェルの執事やて思われとるし、コウメイが人目集めとってくれたらワシも仕事に集中でけるし」


 コウメイは探るようにアレックスを睨めつけた。


「俺を隠れ蓑にしてどんな悪巧みを計画してるんだ?」

「人聞き悪いこと言わんといて。考えたんはミシェルやねんで」

「真っ黒いのはミシェルさんもか」


 アキラはハギ茶とともにため息を飲み込む。

 甘芋レギルパイのお代わりはないのかと、細目の視線は魔道オーブンとコウメイの間を往復する。


「なぁコウメイ、この菓子もうないん?」

「四切れも食ったのに、まだ入るのかよ」

「甘いんはベツバラ言うんやろ?」

「あなたが最後に食べた一切れは、俺の分だったのですが?」


 一口も味わえなかったと冷たい笑みを向けるアキラから顔を背けた細目は、誤魔化すように「そろそろアレ・テタルに戻るわ」と立ち上がった。その流れで当然のようにコウメイをつかまえ転移しようとする。


「俺は手伝うとは言ってねぇぜ」


 腕をつかまれる寸前に身を躱したコウメイは、挑発するように腰の剣に手を置いた。彼の殺気に応えるようにシュウが指を鳴らし、アキラが杖を手に取る。リンウッドも手術用の小刀を見せつけるように抜いていた。


「みんなして怖い顔せんとってぇな。困っとるワシを助けたい思わんの?」

「思うわけねぇだろ」

「自分がサボりてーだけだよな?」

「戻る前に酒を弁償しろ」

「……リンウッドさん」


 小刀を握った力のこもる手をさりげなく押さえたアキラは、交渉は任せたとコウメイに合図を送った。


「酷いわぁ。ミシェルが可哀想やで」

「卑怯な言い方しやがって……手伝って欲しけりゃ対価を示せよな」

「コウメイ、このごろ性格悪なったんちがう?」

「誰かさんのおかげでな。アキの分のパイまで食ったんだ、当然その対価は払ってもらえるんだよな?」


 捕まえられない間合いで、けれど剣先の狙いはしっかりとその喉元につけて、コウメイは利を示せと迫った。


「しゃあないなぁ、何がええん?」

「虹魔石をよこせ」

「……虹魔石かぁ、それはなぁ」


 コウメイの即答に、アレックスは素早くアキラの右脚に目をやり、珍しく困ったように顔をしかめて唸った。


「エルフのあんたなら獲り放題だろ」

「横流しは堪忍して。いろいろ面倒な取り決めあるし、ジジイ怒らしたらワシの命があれへんのや。命賭けるくらいやったら手伝いなしでどうにかするし」

「魔石の融通が難しいなら、虹持ちの魔物討伐の手伝いはどうだ?」


 アレックスはアキラと同じように虹魔石を感じ取れるのだから、討伐に同行し虹持ち魔物を教えろと要求した。


「討伐するのは俺がやる。てめぇはどれが虹持ちかを教えるだけでいい。それなら言い訳できるんじゃねぇか?」

「んー、それやったら誤魔化せそやな。けど五回こっきりやで」

「ケチくせぇな。五十回くらい付き合えよ」


 鍋一杯分の虹魔石を集めるには百回でも足りないくらいだ。


「ジジイらの目を盗んで狩りせなあかんのやで、十回くらいで勘弁してもらわんと」

「てめぇに狩れとはいってねぇんだ、バレやしねぇよ。四十回」

「バレるにきまっとるがな。あいつら次の獲物に目印つけとるんやで、ちょろまかすにも限度があるわ。二十回」


 コウメイは剣を納め、アレックスは椅子に腰をおろす。気迫のこもった笑顔での舌戦が熱を帯びてきた。


「そこをうまくやるのがてめぇの腕の見せ所だ。また簀巻きにされたくねぇだろ? 三十五回」

「ワシに同じ手は通用せぇへんて。それに割に合わへんし、カワイイ弟子のためでも二十五回が限度やわ」


 誰がカワイイだ、という反論はシュウによって遮られた。弟子の部分は否定しないのかとリンウッドは呆れたように目を細める。


「熟成暴牛肉のロースト、チェゴソースでどうだ。三十回」

「え、チェゴソース? 何それ、ワシ食うたことないで」


 アレックスの気迫が緩んだ。

 ニヤリとした笑みでコウメイが餌を追加する。


「ミシェルさんがらみのてめぇの仕事の手伝いと、粒芥子のソースと甘酸っぱいチェゴソースで堪能する熟成肉ローストの夕食でどうだ? 三十五回」

「く……卑怯やわ」

「果物とヴィレル酒のチェリ海藻寄せもつけるぜ?」

「わかったわ、三十五回、きっちり虹魔石を見極めたる」


 商談は成立した。

 交渉を見守っていたシュウは、よだれを拭きながらコウメイの上着の裾を引っ張り、「俺もそれ、食いてー」とねだった。リンウッドもヴィレル酒が気になると呟き、アキラは野菜がないとメニューにダメ出しをする。

 コウメイは外野の声を無視し、合意を反故にされないようアレックスと契約を交わした。


「それで俺は何をさせられるんだよ?」

「言うたやん、ミシェルの執事や、執事」


   +


 アレックスに連れられ、コウメイは数年ぶりにサットン邸を訪れた。


「ずいぶんと荒れちまってんなぁ」


 手入れされていた庭園は野の雑木のように荒れ、芝は雑草とともに伸び放題、ミシェルお気に入りの果樹の根元も枯れ葉だらけだ。館の窓は鎧戸が閉められ、人の気配もない。館全体が冬空のようにくすんで見えた。


「そら管理するもんがおらんのや、こないなもんやろ」

「働いてた人たちは、解雇したのか?」

「ミシェルは死を待つ病人やし、この先どないなるかもわからん主人のもとで働き続けるより、早めに次の職場に移りたいもんやろ」


 ジェイムズ亡き後、使用人の大半が自ら館を去っていったそうだ。ミシェルも引き止めはしなかった。居残りを希望した者も多かったが、その半分は諜報が目的だったため、アレックスが幻影魔術で惑わせ去らせたそうだ。現在館に残っているのは、厨房の下働きと掃除夫の夫婦に、ハウスメイドと秘書の一人だけ。


「秘書なんて、いたか?」


 毒殺未遂の騒ぎの直後から、コウメイはミシェルの側で執事と護衛を兼業し、魔法使いギルドとの間はアキラがつないでいたが、彼以外に秘書として働く者を見た覚えがない。


「ジブンらがウナ・パレム向かってからの臨時秘書や。ワシが保証しとるんやで、心配あれへんわ」


 諜報員、あるいは刺客ではないと断言するアレックスの言葉を信じ、コウメイは己に求められている役割を確認した。


「俺は料理人と、ミシェルさんの護衛と、使用人の管理をすりゃいいんだな?」

「館の管理もや。ギルド長降りてもまだ雑務残っとって、秘書が頻繁に出入りしとる。秘書から私的な雑務を引き取って片付けてもらいたいんや。必要や思うたらギルドのほうも手伝うてくれると助かるわ」

「ギルド仕事はてめぇの管轄だろ」

「ワシ、最後の仕上げの準備に行かなならんねん」


 細目の表情は、悪戯を企むように楽しげだ。


「詳細は直接ミシェルに聞いて動いたらええわ。ほな、頼んだで」


 玄関先で彼の肩をぽんと叩いたアレックスは、案内は終わったとばかりに姿を消した。


「……まずはミシェルさんと打ち合わせだな」


 重い玄関扉を開いた。荘厳なロビーは以前と寸分も変わらないが、来客を迎える執事の姿はない。掃除夫は真面目に務めを果たしているのだろう、ロビーは暗く陰鬱であったが、埃や汚れはなく手入れは行き届いているようだ。

 ほとんどの窓を封じているせいか、館全体が暗く不気味だ。灯りがともされているのは、玄関とミシェルの寝室と執務室へ向かう廊下、そして使用人らが働く一角だけ。

 暗い廊下を小さな灯りを頼りに歩きながら、コウメイは人の気配を探った。


「……結構いるな」


 使用人は片手の指しかいないはずなのに、館の中には十を越える気配がある。しかも一つの場所に集まっているようだ。気になるが、先にミシェルに会うべきだろう。執務室か寝室か迷って、執務室の扉を叩いた。

 ノックに女性の声が応える。ミシェルの声のようであり、違うようにも聞こえる。コウメイは人好きのする笑顔を作って警戒を隠し、ゆっくりと扉を開いた。


「どちらさまでしょう?」


 銀糸の刺繍で縁取りされた白いローブを着た女性が、ミシェルの執務机から立ち上がる。彼女はコウメイを上から下までゆっくりと観察するように眺め、最後に眼帯で視線を止めた。


「もしかして今日からいらっしゃるという新しい執事殿ですか?」


 沈んだ色合いの赤金髪を後頭部で団子にまとめた彼女は、三十代半ばに見えた。魔術師のローブは地味で飾りけがなく、腰の杖も使い古された黒檀製。研究第一の真面目で堅物という印象だが、黒い魔石の耳飾りだけがそぐわない。見知らぬ男を警戒するようにキリリとした太い眉をひそめているが、濃い若葉色の瞳には円熟した鷹揚さというか、余裕が滲んでいるように思えた。

 奇妙な引っかかりが、コウメイの笑みを深くする。


「新しくではなく、以前こちらで働いてた者です。急遽呼び戻されまして……それであなたは主人の部屋で何をしているのです?」

「まあ、申し遅れましたわ。はじめまして、わたくしはニコラ、白級の魔道具師です。前ギルド長の私的秘書ですわ。魔術遺産を整理しておりますの」

「はじめまして、ねぇ?」


 笑顔のまま挨拶を受けたコウメイは、疑問を確信にするため、眼帯をずらして彼女を視る。視界にあらわれたノイズを散らすように瞬きすると、幻影が一瞬で消えた。

 彼女はコウメイの魔石色の虹彩を見て、その表情を崩した。


「……あら、もう治っていたのね」

「スペアがあったしな。あんた重病人やってなきゃならねぇのに、幻影で別人になりきって何やってんだよ」

「言ったでしょう、わたくし自身の魔術遺産の整理よ」


 彼女が黒魔石の耳飾りを指先で弾くと、ニコラの幻影が霧散する。


「義眼で見る前に、どうしてわたくしだと判ったの?」

「その耳飾りだよ。研究熱心でストイックな魔術師っぽい外見と、その豪華な幻影の魔武具はチグハグなんだ」

「なるほど、もっと簡素なデザインにするべきだったのね。わたくしもまだまだだわ」


 彼女は魔武具を作るとき、いつも魔術と魔力量に相応しい装飾を足してしまう。市井に紛れるならそこは気を配らねばと頷いた。


「一人二役で遊んでる暇があるなら、俺を呼び出す必要はねぇだろ」

「失礼ね、重病人が歩き回っていたら怪しまれるだけでしょう。最後の詰めがあるのに、寝室に閉じこもっていたら何もできないもの」


 再びニコラの幻影をまとった彼女は、寝室へと続く扉を開け、コウメイを招き入れた。


「わたくしは三ヶ月後に死ぬ予定でいるの。あなたに手伝ってもらいたいのは葬儀の手配と、魔法使いギルドからの盾になること」


 葬儀は親族が取り仕切るものではないかと言いかけて、彼女の兄がすでにいないことを思い出した。言い淀んだコウメイに、彼女は苦笑いで応える。


「あとは相続。親族には爵位以外は引き継がせたくないのだけれど、ちょっと揉めそうなのよね」

「相続対象の財産は爵位とこの館か?」

「現金も多少はあるわ。それで満足してくれればいいのだけれど、魔術遺産を調べられていたら少し面倒になると思うの」

「魔術遺産ってなんだ?」

「簡単に言うと、わたくしが権利を持つ魔術の使用料よ」


 ニコラは天蓋で隠された寝台に近づき、その脇にある椅子に腰をおろした。

 師から継承した魔術や、自ら編みだした魔術、兄が残した禁術も含め、ミシェルが所有する魔術は多い。そしてそれを使って魔道具や魔武具が作られるたびに、彼女の懐に使用料収入が入るのである。


「なんで譲ってやらねぇんだよ」

「これまで魔術師や魔法使いギルドにいっさい関わってこなかった彼らに、よけいな物を相続させるのは危険だから」


 身の守り方も知らない、金銭面だけでしか価値を計れない者に譲れば、誰にどう利用されるか判ったものではない。なるほど、とコウメイは納得して頷いた。


「魔法使いギルドからの盾ってのは、親族に近づけるなってことか」

「それもあるけれど、どちらかというと墓荒しを防いでほしいの」


 ミシェルが権利を持つ魔術や魔武具や錬金レシピを、各組織が狙っている。


「親族が引き継がねぇのなら、弟子に継承させるものじゃねぇのか?」

「継承させられるものはジョイスが独立するときに渡してあるわ。狙われているのは誰にも継がせなかった魔術よ」


 例えば、魔術師の塔とミシェルの私邸をつなぐ転移魔術陣。他にも塔に刻み込まれた古代魔術を解明した答えを彼女はいくつも秘匿していた。彼らはそれを手に入れたいのだ。


「往診、見舞い、秘書、助手、連絡係と、ありとあらゆる肩書きや口実で、あちこちから魔術師や細作が押しかけてきては、書庫や研究室をひっくり返しているわ」


 重病人を装いながら押しかけ秘書をあしらうのにも限界がある。完全撤退に向け寝たきりを演じるようになってからは更に対処が難しくなった。


「ハウスメイドでは狡猾な魔術師に対抗できないし、アレックスには王都での仕上げを任せているの。コウメイが盾になってくれると助かるわ」


 なるほど、二階の一室に固まっている気配は、ミシェルの魔術遺産を探そうとする魔術師らかと呆れたコウメイだ。


「俺は押しかける奴らを監視して、余計なものを持ち出させず、時間が来たら追い返せばいいんだな」

「クレムシュタル王家からの諜報員も頻繁に侵入を試みているようだから、そちらの片付けもお願い」

「……王族の手下なんて、どう対処すりゃいいんだよ」

「難しくはないわ。奴らは罠にかかって転がっているでしょうから、捕えて憲兵に突き出せばいいのよ」


 最低限以下の使用人しかいないサットン邸の防犯は、全面的に魔術に頼っているそうだ。登録している使用人と、正面玄関から来客として招き入れられた以外の者が侵入しようとすると、防衛魔術が発動し、死にはしないが無事ではいられない程度の雷が落ちるらしい。早朝に館の周辺を見回れば、一人か二人は転がっているだろうとのことだ。


「それ、諜報員じゃなくて刺客だよな?」

「この館にいるのは、死期の迫った重病人なのよ。待っていればすぐにいなくなるのに、せっかちだと思わなくて?」


 ミシェルの死を待っていられないほど、連中は急いでいるらしい。


「コウメイの実力は知っているけれど、こういう戦いはあなた苦手でしょう? 物騒だから夜間は館の外に出ないほうがいいわよ」


 艶然と微笑む彼女を半眼で見据えたコウメイは、物騒なのはどちらなのだと言い返したいのを堪えた。伏せった病人の看護のふりに、使用人の采配、魔術師らの監視、そして刺客の後始末。ミシェルが無事に死んだ後にも雑務は山積みだ。


「……ニコラって魔術師にはどういう態度でいればいいんだ?」

「彼らと同じでいいわ。七の鐘が鳴ったら追い出してちょうだいな」


 ミシェルは魔術師らとともに遺産を探すふりをして、館に施された多くの魔術陣を消す作業をしていた。ついでに彼らが持ち出そうとする魔術にも手を加え、決して発動しないように細工しているそうだ。


「来客対応に防犯管理、葬式の手配に相続か」

「わたくしの食事も頼みます」

「……三十五回じゃ少なすぎたな」


 割に合わないと息をついたコウメイは、忙しくなるであろうこれからを想像し、すでにうんざりしはじめていた。


   +


 さっそく執事としての仕事をはじめたコウメイは、七の鐘が鳴ると同時にニコラを寝室から追い出した。


「主人の執務室と寝室は立ち入り禁止だ」


 見舞いと称して押しかけ、書庫で魔術書をひっくり返している魔術師らにも、用件が終わったならさっさと帰れと言い渡す。


「いや、まだ見舞いをさせてもらっていないから」

「ミシェル殿に挨拶させていただかねば帰れませんよ」

「病に伏せっている女性の寝室に押しかけるなんて、さすが魔術師だ、社会常識が独特すぎる」


 隻眼を活かして凄んでみせたコウメイは、力業で魔術師らを館から追い出した。散らかしっぱなしの書庫を義眼でチェックし、魔術師らの置き土産を二つほど発見する。


「そういや見つけた魔道具をどうするか聞いてなかったな」


 何の魔道具であるかはさすがにわからない。コウメイはミシェルに確認をとるまではこのまま放置することにした。



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