ホウキと絨毯と座布団
島のギルドは暇だ。冒険者の数は少ないし、以前のようにアレ・テタルとの折衝や素材の調達業務もない。大陸から独立したナナクシャール島のギルド店番は、とてもとても暇だ。
リンウッドは持ち込んだ己の研究に没頭している。業務日誌に一通り目を通し終えたアキラは、退屈を紛らわせるように昨夜の話題を反芻していた。
松葉杖が完成し、自在に使いこなせるようになったとしても、ヘルハウンドから走って逃げるのは不可能だ。かといって義足の素材集めを仲間に頼り切るのも気がすすまない。自分の義足なのだから自分で素材を集めたいのに、現状では足手纏いなだけだ。
「せめて錬金薬だけでも余るくらいに持たせたいな」
焦りを押し込め、今の自分にできることをと考えると、やはり薬草採取と錬金薬の在庫を充実させることしかない。
「リンウッドさん、魔道具に移動に使うものはありますか?」
「転移魔術陣」
「そういうのではなくて、乗り物のような魔道具です」
自転車やバイクのような、一人で移動するための乗り物で、もう少し小回りの利くようなものが魔道具にあれば使えるのではと考えたのだ。それがあれば移動速度に関してはコウメイやシュウに後れを取らなくて済む。討伐となると別の問題が発生するが、少なくとも薬草採取場への往復くらいは可能になるだろう。
アキラの目的を聞いたリンウッドは、難しそうに太眉をひそめた。
「魔道具の乗り物といったらクリストフの馬だな」
「金属製の巨大な戦馬をこの島には持ち込めませんよ」
あれはヘル・ヘルタントの兵器だ。国外には持ち出せないし、もし手に入れたとしても、乗るのにも人の手を借りなくてはならない魔道具などアキラは求めていない。
「運用が面倒な魔道具ではなくて、空飛ぶホウキとか」
「ホウキが空を飛んでどうするんだ?」
「乗るんです」
「乗りにくいだろ」
「……ですね」
赤いリボンの小さな魔女も、額に傷のある少年魔法使いも、ホウキに乗って空を飛んでいた。魔法使いが宙を移動する方法としてホウキが一番に思い浮かぶのは、転移者の固定観念なのだろう。リンウッドの言うように、実際に乗用することを考えると、確かにホウキの座面は細く座るには不安定だ。
「魔術式を書き込む場所が狭すぎるから、浮くだけの魔術陣しか書けないぞ。何より尻が痛い」
魔道具師の観点からホウキは乗用具には向かないという意見になるほどと頷いたアキラは、もう一つの空飛ぶ道具を思い浮かべた。
「絨毯はどうでしょう?」
あちらも空を飛ぶ魔法の道具としてはメジャーだ。
「それも乗り物にするのか?」
「座りやすいと思いますし、魔術式を書き込む場所はホウキよりはたっぷりあります。荷物も一緒に運べますよ」
「座って飛びたいなら、椅子でいいだろうに、何故絨毯なんだ?」
「様式美、ですかね?」
安定性や座り心地、魔術付与のしやすさを考えれば椅子も悪くはないが、固定観念は頑固だ。
アキラの発想を真剣に検討したリンウッドは、仕組みとしては難しくはないが、アキラが製作するのは難しいと顎を掻く。
「絨毯に魔術式をとなると刺繍が必要だぞ?」
「……裁縫は無理ですね。絶対に刺繍じゃないといけませんか? 布や皮に染色や焼き入れをして描くのでは?」
「素材に力があれば、インクでも魔術は発動するが、耐久性が問題になる。まあその辺りは後でどうとでもなるがな。魔術陣は構築済みか? ちょっとここに書いてみろ」
「いいえ。まだ構想を思いついたところでして」
そう言いつつもアキラはリンウッドが差し出す板紙に、思いついた魔術式をいくつか書き出して見せた。まだ魔道具に刻み込む以前の、思考のメモ書きのようなそれに、リンウッドがちょいちょいと修正を入れてゆく。どうやら空を飛んで移動する魔道具に興味を持った彼は、アキラの製作を監修するつもりのようだ。
「宙に浮く式と、浮いたまま停止を維持する式、他にも乗った人物の思う方向への移動と速度の制御あたりが必要ですよね?」
「術式の規模からすると、これは一人乗りか?」
「義足が完成するまでの足がわりの魔道具ですから、他人が乗ることは想定していませんよ」
だが魔法の絨毯らしきものが完成すれば、コウメイもシュウも乗りたがるだろう。一人乗りだと断っても、さまざまな理由をつけて強引に乗り込むに違いない。その光景がたやすく想像できたアキラは額を押さえた。同じ想像をしたらしいリンウッドも「使用者限定の魔術もつけておけ」と忠告する。
「魔術式は複雑なものになるぞ。省魔力化のために重量軽減の式も組み込んでおけ」
「わかりました。複数の魔術式ですが、並行して展開するか階層で展開するかでも式のつなぎ方が変わってきますよね?」
「アキラの望む働きを考えれば、同時に複数の魔術を展開させる必要があるな。階層を意識して術式を組んだほうがいい」
「となると、浮遊と軽量を軸にして、他の魔術式を重ねて、こんな感じですか?」
「術式には定型の字列があるだろう、そこを共有させるように重ねれば省魔力の効果が高まるぞ」
「ああ、なるほど、こことここですか」
二人の間を往き来するメモ書きが一枚二枚……十枚二十枚と増えていった。
「さて、この術式がうまく働くか、試作だな」
「まずは浮遊の検証ですね」
リンウッドにこれを使えと布の束を渡された。半分物置のようになっている転移室から持ち出したのは、家具に被せていた埃よけの布だ。切ってもかまわないとのことなので、少し大きめの座布団サイズを切り取って、まずは浮遊と重量軽減の魔術式を書き込む。魔術は乗っている者が魔力を流し続ける間しか発動しないように設定した。
布に触れて魔力を流し、浮遊魔術が問題なく働くかを確かめると、次は荷を乗せて浮かせ、最後はアキラが座って安定性を確かめる。
「これは面白いものができそうだ」
「私の義足を後回しにしないでくださいね?」
「素材が揃うまで製作にかかれんのだ、それまでは空飛ぶ布を極めるのも面白い」
研究のために寿命を捧げる狂魔術師は、新しい魔道具作りにハマったようだ。アキラのメモ書きを見返しては、あれこれと意見を出してくる。
「風属性の魔術式が大半を占めるなら、素材もそういうものを選ぶべきだな」
「やはり魔物素材ですよね?」
浮遊の実験に使用した布は、数回の試験でボロボロに朽ち落ちた。魔力耐性のない普通の素材では、せっかくの空飛ぶ絨毯(仮称)も使い捨てだ。魔術陣が消えず、注ぎ込まれる魔力に耐え、発動する魔術を邪魔しない風属性の革素材となると限られてくる。
「鳥系の魔物は島にいないし、巨大蝙蝠は風属性でしたか?」
「風ではないが飛膜は耐久性が高くていい素材だぞ。できればワイバーンの素材がいい」
「……そういえば、アレックスがワイバーン素材をいくつか保管していましたっけ」
「確か革と飛膜があったはずだ」
「あとで倉庫を物色してみます」
ずいぶん前に作った素材リストは何処に保管してあるだろうか。金髪エルフが建物を半壊させた後はどうなっているのか。物色するついでに掃除をして、棚卸しの対価にワイバーンの飛膜をもらうことにしよう。
二人は時間を忘れて魔術式の構築とその検証に没頭した。
新たに布を切り取ったアキラは、今度は浮遊に移動の魔術式を重ねる実験をはじめた。客の来ない魔法使いギルドにアキラを邪魔するものはおらず、作業スペースも簡易の材料もあり、そして指導監修するプロがいる。
最高の環境でアキラは魔法の絨毯作りに専念したのだった。
+
昼前にコウメイが持ち帰った薬草で錬金薬を作ったのと、夕暮れに冒険者らが持ち込んだ魔石と素材を処理する以外は製作に没頭したおかげで、空を飛んで移動する魔道具は三日ほどでアキラの理想とする完成形に近づいた。あとは最終の仕上げのため、しばらく実用して問題点を洗い出すだけだ。
その日のギルドを閉めたアキラは、試作の移動魔道具で帰宅した。
「こそこそと何かやってると思ったら、まさかの空飛ぶ座布団かよ!」
魔術陣を刻んだワイバーンの飛膜が、ダッタザートから取り寄せた薄めのクッションを包んでいた。なかなかに座り心地の良さそうな座布団に乗って帰宅したアキラを見たコウメイは、呆れ顔で息を吐いたし、シュウは大興奮でらんらんと目を輝かせている。
「マジ浮いてるし!」
「階段ものぼれるのか」
「なー、それ俺も乗ってみてーよ。ちょっと貸してくれ、な、な?」
目をキラキラさせながら座布団を借りようと伸ばしたシュウの手が空振りする。
「えー、おい、ちょっと、なんで逃げるんだよっ」
反射神経も運動神経もシュウが上だというのに、彼のフェイントや猛ダッシュを、座布団は軽々と躱している。二人の鬼ごっこはアキラの逃げ切り勝利に終わった。
「捕まえらんねーっ」
「へぇ、なかなかいい動きするじゃねぇか」
「結構大変なんだぞ。速度をあげると消費魔力が跳ね上がるんだ」
シュウに掴まらないように速く動こうとすれば、操作に集中しなくてはならないし、魔力も想定以上に消費する。攻撃魔術と並行して操るのはかなり大変だろう。島の魔物の強さを考えれば、座布団に乗って討伐に向かうのは難しいが、結界に近い薬草の群生地なら問題はなさそうだ。
「これでずいぶんと行動範囲が広がる」
どうだ、と胸を張るアキラの様子がおかしくて、コウメイは噴き出したいのを必死に堪えた。
「こーいうの見せられると反対できねーよなー」
「まったくだ、アキの粘り勝ちだな」
結界を越えて森に入るなと言いたくても、シュウよりも素早く動けると証明されては、反対する理由がなくなってしまった。それでも心配が払拭されたわけではないと気のすすまない様子のコウメイに、アキラは薬草採取場までしか行かないと約束する。
アキラの日課に薬草採取が加わった。
こうやってみると、この二人とても良い師弟関係を築いているなぁ。
それに比べて他の師匠連中は……。
おまけ1
島の移動も、階段の上り下りも、空飛ぶ座布団を使っていたアキラは、リンウッドによる定期的な診断で、脚の筋肉が落ちていると叱られた。それ以降は、薬草採取に向かうときだけ座布団を使用し、日常生活ではロビン作の松葉杖を使い身体を動かして筋肉を鍛えています。
おまけ2
アキラが寝静まった深夜、こっそり座布団を拝借して楽しもうとしたシュウが、階段を転げ落ちる事件が発生。幸いにも座布団のおかげで怪我はなかったが、刻み込んだ術式が損傷してしまいアキラにこっぴどく叱られた。




